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「ふ~む…」
広げた新聞を見て、男は一人呟く。
ここはとある研究室。
灰色がかった白色の室内には、複雑な構造の機材などが所狭しと置かれている。
壁には重そうな扉があり、その扉から見て正面には、壁一面を覆うほど巨大なモニターが設置されていた。
その両側の壁際には、ホルマリン漬けにされた珍妙な生物の入った瓶が並べられた棚がある。
モニターの前には広いデスクがあり、そのデスクの前に男は腰掛けていた。
酷く白い肌の色をしていて、頭髪は短く切り揃えられた金髪である。
白衣を着ており、20代後半から30代前半くらいの整った顔には片眼鏡が掛けられていた。
男のデスクの上には、何冊もの、色々な種類の新聞が置かれていた。
男は今、その中の最後の新聞を読んでいる。
男がふと顔を上げた時、ゴトンと鈍い音が響き、男の後ろにある重々しい扉が開いた。
扉からもう一人、男が入ってきた。

紺色のアーマー、赤いバイザーの付いたヘルメット、黒いスカーフ
その顔は16~17才くらいの顔立ちだった。
両腰には、赤い柄と青い柄の二本の刀が見える。
新聞を読む男は、入ってきた男を見るなり、言った。
「やあミラージュ君。ああ、今はクロウ・エリュシオンと名乗っていたっけ」
クロウ・エリュシオンと呼ばれた紺色のアーマーの男は、不機嫌そうに答えた。
「どっちでもいい。わざわざ呼び出した理由を答えろ、ノア」
ノアと呼ばれた男は、クロウに向かって今まで読んでいた新聞を放りながら、言った。
「ディグアウトはうまくいっているかね?」
そう、クロウ・エリュシオンはディグアウターである。
彼は、ヘブンの一等粛清官、ロックマン・ミラージュであったと言う過去を持っている。
もう一人のノアという男は『自称』科学者だが、その正体はクロウも知らない。
ただ、クロウがもといた場所であるヘブンについて、かなり詳しく知っており、ただの科学者ではない事はクロウも分かっている。
また、自分の正体を明かさない事だけでなく、その偉そうな態度も相俟って、クロウはノアが好きではなかった。
そのせいか、彼らは今の所『利害の一致』という関係だけで繋がっている。
具体的には、ノアがディグアウトに使えそうな装備を開発し、クロウが使う。そこで得たデータを元に、ノアは研究を続ける、というものである。
彼らがいつどこで出会い、何故この様な関係になったのかは、また別の物語で語られるだろう。
クロウは数ヶ月に1回ここにやってくるのだが、今回は突然ノアに呼び出された。
ノアの研究室は、行くのには面倒な場所にあり、クロウが不機嫌なのはこのせいでもあった。

数々の機材の間を進み、ノアに近づいたクロウは、彼の問いには答えず、新聞を取った。
「ちょっと、その記事を読んでみたまえ。損にはならない情報が載っているよ」
クロウは、新聞を広げると、ノアが指差した記事を黙って読み始めた。

その記事には、『ロック・ヴォルナット』というディグアウターの少年が、『カトルオックス島』という島で幾度も攻め来る空族を打ち倒し、遂には伝説にあった災厄から島を救った、と言う活躍が簡潔に纏められ、そのロック少年の写真が載っていた。
「…これがどうした」
クロウの言葉に、ノアは意味ありげな笑みを浮かべると、言った。
「その記事に載っているのが『ロックマン・トリッガー』だよ。ミラージュ君」
「…何だと?」
クロウは、もう一度新聞に載っているロック少年の写真を見た。
笑顔で手を振っている少年の姿があった。

ロックマン・トリッガー。
マスターの遺志を受け、ヘブンに反旗を翻し、マザーと相打ちとなった粛清官。
ノアは、記事には書いていない事を話し始めた。
「その島で空族と戦いながら、『ロック・ヴォルナット君』はディグアウトを続けた。
そして、遺跡の最深部で司政官を起動させてしまったんだ。
結局、彼は司政官を倒し、彼の外部記憶装置がエデンを帰還させたよ。1年ほど前の話だ」
ノアの話を黙って聞いていたクロウだったが、顔を上げた。
「…それが本当だとしても、今の俺には何の関係も無い話だ。用件はそれだけだな?」
クロウの言葉にノアは、ゆっくり肘掛に肩肘をつきながら言った。
「たまには君もその記事みたいな活躍、してみたらどうだね?」
このノアの発言で、しばらくその場に重苦しい沈黙が走った。

「…本気で言ってるのか?」
呆れたような口調で、クロウはそう言って沈黙を破った。
すると、ノアは先程の発言の本心を語った。
「そうすれば色々とデータが取れて私も得なんだがねぇ」
クロウは再び呆れ、この研究室ではもう何度言ったか分からない台詞を口にした。
「俺をモルモットと一緒にするな」
クロウは踵を返し、自分が入ってきた扉へ向かった。
「ロックマン・ミラージュ君」
ノアの呼び声に、クロウは足を止めた。ノアは話を続ける。
「その島の司政官に一度倒されたロック・ヴォルナット君に協力したのは、彼と戦っていた筈の空族達だったらしい」
ノアの話の意図が分からず、クロウは怪訝そうな顔で振り向いた。
「…だから何だと言うんだ」
「世の中にはね、悪人に見える善人や、その反対もいる。
 くれぐれも、気をつけたまえ」
その発言が何を意味するのか、やはりクロウには分からなかった。
だが、彼にはそれを聞く気も起こらなかった。
結局、クロウは再び歩き出し、ノアの研究室を出て行った。

午後8時。
ここはこの世界でもある程度発展した都市の一つ。
中心部にいくつかのビルがあり、それを囲む様に民家やマンション、アパートなどの居住施設が配置されている、と言う構造の都市である。
クロウはこの町をしばらく歩き、町外れの一軒のアパートに辿り着いた。
敷地面積はそれ程でもないが、高さはこの辺の建物では一番高いアパートである。
このアパートの一室が、クロウ・エリュシオンの住居なのである。
住居と言っても、彼はディグアウターである為、ここにはほとんど長居はできない。
帰ってきた彼は、まず私服に着替えた。
次に、数ヶ月放置したままの部屋を、一時間を費やし掃除する。
それが、彼がここに帰って来た時に、常にまずする事であった。
ひとしきり掃除が済むと、彼は椅子に座り、テレビをつけた。
テレビでは、この都市の銀行に武装した強盗が押し入ったとのニュースが報道されている。
強盗達は多数の人質を取り、銀行に立て篭もっているらしい。
映像では、銀行から離れた場所で、中継のレポーターが話をしていた。
しばらくそのニュースを眺めていたクロウだったが、ふと夕食を摂っていない事に気がついた。時計を見ると、夕食には少し遅い時間となっていた。
彼はテレビを消し、ジャケットを羽織ると、近場の食堂へと歩き出した。

外は、この時間帯には当然だが、人影は見当たらなかった。
辺りは暗かったが、街灯や近くの住宅の明かりで視界は良好である。
秋の初めと言う季節のせいか、少し涼しい気候だった。
見上げると、空には満月が輝いている。
しばらく歩いていたクロウだったが、ふと途中で立ち止まった。
馴染みのジャンク屋に寄っていく事を思い立ったのである。
いつもこの町に帰る度に、クロウはそのジャンク屋に行っていた。
ディグアウト用の装備の整備ももちろんあるが、この町にほとんどいないクロウにとっては、そのジャンク屋はこの町の情報源なのである。
近場の食堂へは少しばかり回り道になるが、クロウは行く事にした。

店の前まで来て、変だな、とクロウは思った。
目的のジャンク屋は閉まっていた。
中は電気もついておらず、また人のいる気配も無い。
いつもならこの時間にも開いている筈なのだが。
この店の主人は元気で頭も良く、滅多に風邪をひかない人物である。
扉のノブを捻ってみたが、鍵はしっかりかかっている。
窓も閉まっており、泥棒が入った可能性は無さそうだった。
店の主人に家族は無かった筈だが、親戚などの身内に何かあったのか、と勝手に推測して、クロウはその場を後にした。


「俺さっき銀行の前通ったけどさ、酷いもんだったぜ」
食堂で料理を注文したクロウの耳に、不意に隣の客達の話が入った。
どうやら話の内容は、先程クロウがテレビで見た銀行強盗の様である。
「犯人側の武装が凄くてな、警察なんか全然歯が立たなかったみたいだったよ」
相手の男はのんびりとした口調で相槌を打った。
「へぇ~、そんなに凄い銀行強盗だったのか」
「ああ。あの武装は空族並だったね。ありゃ銀行強盗なんてもんじゃない。
武装集団だよ。ああ、怖い怖い。俺は警察にならなくてよかったと思ったねぇ」
「警察の方、そんなに酷い状態だったのか?」
「ああ。負傷者多数だよ。このままじゃ人質もヤバイだろうねぇ」
そう言った時、料理が運ばれてきたので、客達の話は少し中断した。
クロウはいつの間にか、その客達の話に注意を注いでいた。
自分の料理も運ばれたので、クロウは料理を頬張りながら、再び隣の客達の話を聞いた。
が、その後の話は、銀行強盗とは何の関係も無い世間話であった。
その時ふと、ノアの話がクロウの頭によぎった。
だが、ノアの話はクロウにとっては不快以外の何者でもない。
それを振り払い、クロウは料理を食べ終えると、アパートへの帰途に着いた。


アパートの自室に戻ったクロウはとりあえず椅子に座り、テレビをつけた。
どのチャンネルでも、銀行強盗のニュースばかりである。
「…全く」
クロウの脳裏に、先程の客達の話が蘇った。
彼は立ち上がり、窓の外を眺めた。
前述の通り、このアパートはこの辺の建物では一番高く、彼の部屋の窓からは数キロ先まで見渡すことができる。
クロウは、銀行の方角を見つめた。
幸い、彼の窓からでも銀行の建物は見ることができた。
その巨大な銀行の建物は、いくつかの警察の照明に照らされている。
ふとクロウは、眼下に見える街並みの方に眼を向けた。
光の灯る建物の数々や街灯が点々としているだけで、動くものは無かった。
「………」
クロウは、窓を閉める。
そして室内に眼を向け、溜め息をついた。
「全く。俺も馬鹿だな」
クロウは、帰ってきた時にまとめてしまっておいたディグアウト用の装備を取り出した。
そして、すぐにアーマーに着替えると、首にスカーフを巻き、ヘルメットを被り、二本の刀を持った。



5分も経たずにディグアウターの姿へ変わったクロウは、まずアパートの屋上へ向かった。
だが、彼はこのアパートの屋上へ上がるのは初めてである。
幸い、屋上へ繋がるドアに鍵はかかっていなかったが、ドアの部品は錆び、とても開けにくい状態だった。
無理矢理ドアをこじ開け、屋上を覗くと、そこは人一人いない、寂しい場所だった。
今時、ここから銀行を眺めるよりテレビを見た方が、状況が分かるのだろう。
「…好都合だな」
そう、それが今の彼には幸いな状況なのである。
空を見ると、先程まで満月が輝いていたが、今は空の殆どが雲に覆われてしまっている。
そのせいか、周りの町を見回すと、銀行の騒ぎが際立っているように見えた。
クロウは眼を閉じ、静かに溜め息をつくと、アーマーの左手首の部分を開いた。
パカリと開いた左手首のアーマーの下には、色々なボタンのついた操作盤があった。
この操作盤で、彼のアーマーの色々な機能を操作できるようになっているのである。
彼は、操作盤に設置されているデジタル時計を見た。
時計は、緑色の文字で『21:59』と表示されている。
時計が『22:00』と表示されると同時に、クロウは操作盤の最後のボタンを押した。
すると、彼の姿はその場から消えた。
「全く…これでまた奴の思惑通りだな」
本当に消えたわけではない。
『光学迷彩』…物体を光学的にカモフラージュする技術。これが彼のアーマーの機能の一つなのだ。
ただし、この機能はアーマー内に取り付けられたバッテリーを急激に消費するため、連続使用は60分が限界なのである。
これはノアの技術である。ノアの技術はノア自身よりも信用できる、とクロウは半ば考えている。

クロウは操作盤を閉じ、屋上の柵の上に、バランスを取って立った。
そしてそこから、彼はアパートの周辺では一番高い民家の屋根に跳び移った。
同じ要領で彼は建物の屋根を跳び移り、銀行へ向かう。
彼からすれば地上の道を行くより、この移動方法の方が手っ取り早いのだ。
ただし、誰かに見つかれば面倒な事になる、と言うリスクもあるが。
気がつくと、先程まで輝いていた満月は、雲に覆われてしまっている。
不吉なものを感じながら、クロウは進んで行った。
銀行に近づくにつれて、騒ぎはクロウの予想よりも大きなものである事が分かった。
そして、彼は銀行の隣にあるマンションの屋上へ降り立った。
見ると、そのマンションの屋上には、銀行の様子を見る為か、多数の警察が双眼鏡を持ち、銀行へ視線を注いでいる。
その為か、そのマンションへ降り立ったクロウに気づく者は誰一人としていなかった。
光学迷彩機能はまだ持続しており、クロウが操作盤の時計を見ると、先程の時間から5分近く経過していた。

マンションの上には、5名ほどの警察がいた。
一人は無線機を片手に持ち、残りの四人は双眼鏡で銀行を観察している様だった。
クロウは、警察たちの後ろから銀行を眺めた。
彼の立つマンションも、それなりに高い方だったが、これから侵入しようとする銀行はそのマンションの1.5倍はありそうな高さだった。
そのガラス張りの壁は全て真っ暗で、ここからでは内部の様子は分からなかった。
「さて、どうするか…」
下を見れば、ずらりと多数のパトカーや装甲車が銀行を取り囲み、装甲車の上部に設けられた照明が銀行を照らし出している。

クロウは、警察の方を見た。
銀行に面した柵の前で4人の制服警官が監視をし、その指揮官らしきコートを着た刑事が下の警察と無線で連絡を取っているところの様だった。
「これでは本末転倒だが…仕方ないか」
クロウは、刑事が連絡を終えて無線機をしまうと、彼の目の前で光学迷彩を解除した。
「!!…何者だ!」
流石に刑事もクロウの姿には気づいたようで、すぐに腰の拳銃に手を掛けた。
だが、そこで終わりだった。
彼の腹にクロウの拳が当たった為である。
「がはっ…」
「悪いな、少し眠っていてくれ」
この騒ぎに、銀行の方を見張っていた4人の警官もクロウの存在に気づいた。
だがその時には、クロウは警官たちの近くまで接近していた。
一人は拳銃を取り出そうとしたが、先程の刑事と同じ様に腹にパンチを入れられ、卒倒した。
もう一人はそれを見て、銃を取り出す暇がないと判断したのか、警棒を手に殴りかかった。
だがその手を捻り上げられ、そのまま背負い投げを喰らう事となった。
背負い投げを喰らった警官はもう一人の警官に当たり、そのまま二人とも気絶した。
最後の一人は、瞬く間に全員が倒されたの見て、戦慄したような顔でクロウを見た。
だが、その3人がやられた時間の間に、拳銃を取り出し、照準を合わせることは可能だったらしい。
「う…動くな!」
「……」
クロウは警官を一瞬見てから、銀行を眺めた。
銀行の様子は、先程と何も変わっていない。ただ、警察側はスピーカーで何事か犯人側に呼びかけている。
「う、動くなよ…」
警官は、銃を向けながら、クロウに近寄っていった。
そして、倒れている刑事の無線機に手を伸ばしたが、その瞬間、銃はクロウの足に叩き落されていた。
驚く間も無く、その警官はクロウの蹴りで気絶した。

銀行の方は、今だ不気味な沈黙を続けている。
警察側がうるさいだけに、それが際立っていた。
クロウは、バックパックから2枚の円盤を取り出した。
半径20センチほどの薄い円盤で、クロウのアーマーと同じ紺色をしている。
「全く…癪に障るが、仕方ないな」
そう言いながら、クロウは銀行の窓を見つめた。
(直線距離にして約30メートルはあるな。ギリギリか…。)
クロウは、2枚の円盤を両足に装着すると、左手首のアーマーを開いた。
そして、光学迷彩を再び起動した。
すると、両足の円盤もクロウのアーマーと共に透明に変化していく。
光学迷彩が機能したことを確認したクロウは、また操作盤で何事か入力した。
すると、両足の円盤が、徐々に地面から浮き始めた。
(反重力ディスク…久しぶりに使ったが、ちゃんと機能している様だな。)
そう思いつつ、またノアの発明に頼った自分をクロウは反省した。


柵を蹴り、クロウは跳び上がった。
反重力ディスクのおかげで、落下する事無く、クロウは滑る様に銀行へ向かって行く。
地上から約40メートルもの高さを滑るクロウ。落下すれば、いくら粛清官の彼と言えど無事では済まないだろう。
下を見れば、銀行を取り囲む何人もの警察も、彼の姿には気づいていない。
クロウは、目の前の銀行の窓に視線を巡らせるが、どの窓にも人どころか、動くものの姿さえ見つける事はできなかった。
「(妙だな…犯人側に動きが無さ過ぎる…)」
何かを要求するでもなく、威嚇するでもなく、銀行強盗たちは多数の人質を取ったまま何もしてこないのを、クロウは不審に思った。
警察側も、自分達より強力な装備を持つ強盗達に手が出せないのだろう。先程から呼びかけはしているが、突入の準備はしていないようだった。
進みながら、クロウは背中のバックパックからナイフを取り出した。
このナイフは、ほとんど無音でガラスを切断する事が可能なものである。
ちなみに、これはノアの技術ではなく、クロウが自分で加工したものである。
銀行の窓まで辿りついたクロウは、手をついて反重力ディスクの勢いを消した。
そして、窓から内部を窺った。
内部は銀行内のオフィスの様で、多数のデスクやパソコンが見える。
だが、電気はついておらず、銀行強盗の姿も見られなかった。
クロウはそれを確認すると、ナイフを窓に突き立てた。
「(これも長い間使っていなかったが…まだ大丈夫の様だな)」
ナイフは易々と銀行のガラスを通り、たちまち人一人が通れるくらいの穴が開いた。
クロウは切断したガラスを持ち、銀行内部に侵入した。


銀行に侵入したクロウは、一つ失敗した事に気がついた。
高層ビルの窓に大穴を開けてしまったのだ。風が窓からオフィス内に吹き込み、いくつかのデスクの上にある書類が散乱してしまった。
「(…仕方ないか)」
クロウはナイフと両足の反重力ディスクをバックパックにしまうと、歩き出した。
オフィスから廊下に出たクロウだが、辺りは静まり返っていた。
「(確かこの銀行は20階建てだったな…)」
オフィスから出てしばらく歩くと、クロウはエレベーターを見つけた。
だが、それは作動していない様である。
また、エレベーターの近くには案内板が設置されており、それを見ると、現在彼は自分が12階にいる事が分かった。
「(下に行くには階段を探すしかない…か)」
仕方なく、クロウは再びフロアを歩き出した。


フロアの片隅で、クロウは鍵の掛かったドアを発見した。
仕方なく鍵をこじ開けると、やっと彼は階段を見つけた。
ドアの先は階段の踊り場で、手すりの外側から下の階段の様子を見る事ができた。
「…!」
その時、階段を上る音が聞こえるのにクロウは気づいた。
下を見ると、電灯を前方に向け、誰かが階段を上がってくるのが見える。
光学迷彩を起動している今のクロウは、肉眼では見る事はできない。
だが念の為、隅に移動した彼は、上がってくる者を観察した。
顔には覆面をし、手にはライフルを持った男。
その身体には黒い防弾チョッキを着て、ズボンのポケットには無線機が見えた。
十中八九間違い無く、銀行を襲った集団の一人であるとクロウは断定した。
その男はクロウの前を素通りすると、先程クロウがこじ開けたドアに注目した。
おそらく、その男は銀行内に侵入者が無いか見回りに来たのだろう。
「…これは!」
男は異常に気づき、無線機に手を掛けた。
だが次の瞬間、その首元にナイフの冷たい感触が当たるのを男は感じた。
「…動くな」
「…!?」
男の背後で、クロウはその首にナイフを突きつけていた。
「だ、誰だお前は!?」
「…静かにしろ。銃を捨てて両手を上げろ」
男は、静かに無線機をポケットに戻すと、言われた通りライフルを床に捨て、両手を上げた。
クロウは、男の耳元で、最小限の声量で言った。
「お前の知ってる事を話してもらおうか」


両手を頭の後ろで組んだ男は、静かに言った。
「け、警察の奴らか!?」
「…黙れ」
クロウは、ナイフを握る手に少し力を入れた。
男は小さく呻き声を上げ、それから黙り込んだ。
「…俺の質問にだけ答えろ」
クロウの言葉に、男はほんの少し頷いた。
「人質はどこにいる?」
「ち、ちち…地下1階の金庫室に閉じ込めてる。か、鍵はボスが持ってる」
思いのほか簡単に答えが得られたので、クロウは拍子抜けした。
だが、それと同時に面倒な事になりそうだとも思った。
「(どんな強盗団かと思ったが…思ったより普通だったな。
だが人質は金庫の中か…厄介だな)」
クロウは、先程から抱いていた疑問を口にした。
「…次の質問だ。今お前達は何をしている?警察にも無反応の様だが」
「………」
今度は、この男は答えなかった。
「どうしても…言えないか?」
しばらくして、男は答えた。
「…ああ。こればかりは死んでも無理だ」
「…そうか」
そう言うと、クロウはナイフを持つ手に更に力を加えた。

「…強情だな」
「ゲホッ…ゴホッ…言えないと言っただろ…殺したいなら早く殺せ…」
男はもはや立つ力も無くなったのか、階段の踊り場の隅で力無く座っていた。
クロウは、光学迷彩を解除し、男の前に立っている。
ちなみに、無線機も銃も、隙を見て彼が奪っていた。
「仕方が無い…何か言い残したい事はあるか」
クロウは左腰に差した刀を抜き、男に近づきながら言った。
男は力無く薄ら笑いながら、口を開いた。
「…いくらあんたでも『アレ』には敵わない。
名のある空族から横流ししてもらった代物だからな。
『アレ』には警察も手も足も出なかった…」
そう言って、男は黙り込んだ。
「…そうか」
静かにそう言うと、クロウは刀を手に男へ歩み寄る。
次の瞬間、衝撃と共に男の意識はブラックアウトした。

最終更新:2012年01月21日 23:11