「礼だ。色々教えてくれた分のな」
静まり返った中で、ポツリとクロウは言った。
彼の目の前で、頭を強打された男は力無く気絶している。
斬ったのではなく、刀の柄で殴ったのだ。
もし男を斬ってしまえば、刀の切れ味も悪くなるしアーマー類も汚れるからである。
クロウは、男を12階のフロア内へ放り、ドアを閉めた。
かなり力を入れて殴ったので、おそらくあと数時間は起きないだろう。
クロウは再び光学迷彩を起動し、階段を下り始めた。
「(『アレ』とは一体何だ…?)」
少なくとも、この町の警察たちを蹴散らせる程の兵器である事に変わりは無い。
「(思ったより面倒な事になりそうだな…)」
5階辺りまで降りた時、クロウはドアの外側から人のいる気配を感じた。
12階とは違い、そのドアに鍵は掛かっていなかった。
だが、覗ける程の隙間は開いていない。
「(何かある…か?)」
クロウは、試しにそのドアをノックしてみた。
しばらくするとドアが開き、先程の男と同じ格好の男が、ライフルを向けながら首を出した。
「(やはり…何かある様だな)」
クロウはドアノブを引っ張って一気にドアを開いた。
無論、光学迷彩を起動しているので、当然その男は驚く。
男がライフルのトリガーに指を掛ける前に、クロウは膝蹴りを鳩尾に喰らわせ、気絶させた。
倒れた男をまたいで、クロウはフロア内へ歩き出した。
注意深く辺りを見回しながら歩いていたクロウだったが、床に一筋の光の線が差しているのに気づいた。
見ると、とあるドアから光が漏れている。
更に、クロウの耳に話し声も聞こえてきた。
「順調だ。あと30分ほどで金の回収は終了する」
「警察の方はどうだ?」
「奴ら、最初の脅しが効いたんだろう。ただ喚く事しかしてない。
ほぼ計画は終了と見て間違いないだろう」
足音を立てずに近づき、ドアから中を覗くと、クロウは状況を把握した。
最初に会った男や先程の男と同じ、覆面の男達がデスクを囲んで話し合っていた。
おそらく、一番奥にいる大柄の男がボスだろう。
そのボスらしき男は呟いた。
「奴らが痺れを切らしてここに突入した時には、俺達はもぬけの殻…というわけだ。
俺たちの勝利は目前だな」
クロウは、室内の人数を数えた。
「(全員を一瞬で倒すには…ちょっと多過ぎるな)」
室内には、およそ10人前後の男達がデスクを囲んでいる。
5脚ほど並べられた椅子に座る者と、それを囲む様に立つ者。様子は様々だ。
そのうち、武器を持つ者は立っている5人ほどの男達。いずれもライフルである。
だが、座っている者たちも銃を隠し持っていると見ていいだろう。
「(さて、どうするか…)」
光学迷彩ならばボスに近づくのは容易だろう。
だが鍵を入手するとしたら、ボスを含め室内の全員を倒す必要がある。
クロウはナイフを取り出し、部屋に入ろうとした。
だがその時、何かが全速力で走ってくる音がフロア内に木霊した。
クロウだけでなく、室内の者たちも気づいた様である。
そしてクロウは、こちらに向かってくる男の姿を見た。
先程膝蹴りで気絶させた男だった。
だが、男はクロウには気づいていない様子である。
男は全速力でクロウの目の前の扉を開け、室内の者達に向かって叫んだ。
「ゆ、幽霊だ!幽霊が出たぁ!!」
クロウは心中で密かに苦笑した。
光学迷彩がデコイ達には珍しい技術とは言え、まさか幽霊と間違われるとは。
「…はぁ?」
と、部屋中の男達が言うのを、クロウは呆れながら聞いていた。
「と、とにかく来てくれぇ…」
と男が言ったので、仕方なく室内の半数ほどの男たちが部屋を出て行った。
間抜けにも程があるが、千載一遇のチャンスだとクロウは思い、室内へ入った。
そして内側から音を立てずにドアの鍵をかけると、室内を見回した。
座っている男が五人、手前に立っている男が一人、奥に立っている男が一人。
おもむろに、クロウは手前の男の腹を肘打ちで強打した。
「ぐあっ!!」
男の叫び声に、部屋中の男達が注目した。
既にその男に意識は無く、腹を抱えて倒れている。
「おいおい、どうした?」
座っていた男の一人が立ち上がり、男に手を差し伸べた。
クロウはその男の腹にパンチを入れ、奥の立っている男に向かって投げ飛ばした。
「な!?」
立っている男は予想外の事態に反応できず、投げられた男を顔面に喰らい、頭から床に叩きつけられ、気絶した。
「何者だ!?」
ボスは立ち上がり、拳銃を腰から取り出してドアの方へ向け、乱射した。
だが、正面のドアに無数の穴が穿たれるだけで、人の気配はしなかった。
そうしているうちに、いつのまにかボス以外の者たちは気絶していた。
不意に、背中に痛みが走り、ボスは銃を取り落とした。
「動くな」
静かに、だが鋭い声で、クロウはボスに言った。
「…だ、誰だ…」
低く野太い声からすると、中年くらいの男の様だ。
クロウはナイフを背中に突きつけたまま、静かに言った。
「人質を解放しろ」
「な…何だと?」
「あんたの手下から聞いた。
人質の入れられている金庫を開けるには、あんたの持つ鍵が必要だと」
「警察の回し者か…」
手下にしてもボスにしても、犯罪者の考える事は皆同じらしい。
まぁ、この町に犯罪者を捕まえるような物好きは警察くらいしかいないが。
「…早く鍵をよこせ」
クロウがそう言った直後だった。
階段の方に向かっていた者たちが戻ってきたらしい。ドアを叩く音が響いた。
また、先程ボスが銃を乱射した為、室内に異常があった事が知れてしまっている様だ。
「どうしたんだ!早く開けろ!!」
「おい、何があった!?」
ボスはこの状況が有利と判断したのか、かすかに笑い声を上げた。
「見ろ、これでお前は終わりだ。」
クロウはナイフを持ち直し、ボスの首に突きつけて言った。
「奴らがドアを蹴破る前に、俺はお前を殺せるぞ。
言っておくが俺はこれ以上待つつもりは無い」
ボスの首から一筋、血が流れた。
おそらくあと数ミリ、ナイフが首に食い込めば、頚動脈から血が噴出するだろう。
流石に焦ったのか、ボスは白状した。
「…ポケットの中だ」
「御苦労」
クロウはボスのズボンのポケットに手を入れた。
言った通り、鍵はその中にあった。
ドアが破られたのはその直後だった。
「どうした!?」
入ってきた仲間達を見るなり、ボスは屈んで、叫んだ。
「撃て!撃ちまくれ!!」
クロウはとっさに、背後の窓ガラスに飛び込んだ。
5階の窓から、一気にクロウの身体は落下して行った。
「…!!」
クロウは刀を抜き、ビルの壁面に突き立てた。
その途端、クロウの身体は、一瞬地に引っ張られ、止まった。
「全く…思った以上に手こずったな…」
辺りは暗い。どうやら警察が照らしていた壁面の裏側のようだ。
クロウが上を向くと、覆面を被ったボスが5階の窓から下を覗き込んでいるのが分かった。
「おい!まだ生きてるぞ!銃を貸せ!!」
ボスがそう叫んでいるのが微かに聞こえた。
気づくと、先程までは起動していた光学迷彩が解除されてしまっている。
クロウは急いですぐ下の階の窓ガラスを蹴り破り、刀を壁面から引き抜いて飛び込んだ。
「だ、誰だ!!」
目の前の廊下に男がライフルを構え、立っていた。
他の強盗達と同じく、覆面に防弾チョッキの格好だ。
「(しまった…!)」
少々焦りながら、クロウは地面を蹴って男に接近した。
だが、男がトリガーを引く方が早かったようだ。
何発かの銃弾がクロウのヘルメットのすぐ横をかすめ、背後の壁に穴を開けた。
だが次の瞬間、クロウの刀により男の持つライフルの銃身は斬り飛ばされていた。
「ひ、ひいいいぃ……」
クロウは刀の柄で怯え切った男を殴り、気絶させた。
「(最近簡単なディグアウトしかしてなかったツケが回ってきたか…)」
クロウは刀を納めると、左手首の操作盤を開き、光学迷彩を起動しようとした。
「(…意外と高いツケだな)」
先程落下しそうになった衝撃のせいらしい。操作盤は動かなくなっていた。
前に見た時は点灯していたデジタル時計も、表示されなくなっている。
クロウはしばらく、左腕を振ったり操作盤を叩いたりしてみたが、結局諦める事にした。
警戒しながら、クロウは片手にナイフを構えてフロア内を歩き出した。
「一階か…」
遠くに見える窓ガラスに映る警察の照明で、クロウは現在のフロアが分かった。
また、強盗襲撃時の警察との戦闘は熾烈を極めたのだろう。フロア内には割れたガラスや倒れたドア、多数の弾痕のある壁などが数多く見られた。
「(そろそろ強盗達の警戒も厳しくなる頃だろうな…)」
先程ボスを襲撃した為、少なくともクロウの存在は強盗達に知られてしまっている。
人質のいる地下1階の警備も厳重になってしまっているだろう。
階段に向かう途中、クロウは案内板を見て、とある事に気がついた。
今まではこの銀行は地下1階までだと思ったが、地下2階もあったのだ。
「(何故だ…普通、人質を隠すなら一番奥に隠すと思うが…。
地下2階には地下1階の様に人質を閉じ込められる金庫が無いのか?)」
この事実が、妙に頭に引っかかったクロウは、一先ず地下2階へ行く事にした。
だが、光学迷彩の無い今、これまでの様に階段を歩いていけば、おそらくは確実に見つかってしまうだろう。
クロウはエレベーターのドアをこじ開けた。
「(やはり…ここはノーマークか)」
エレベーターの内部は、上も下も敵の気配は無かったが、1階のフロアと同じく暗闇に閉ざされている。
クロウはバックパックからマッチを取り出して火を点け、下へ放った。
マッチの炎は、10メートルほど下で落ちたようだった。
「(これくらいの高さなら…大丈夫そうだな)」
クロウは、エレベーターの内側の鉄骨につかまり、ドアを閉めると、下へと飛び降りた。
かなりの衝撃と音がエレベーター内に木霊したが、強盗達が気づく様子は無い。
まだ消えていないマッチを拾うと、クロウはその火を頼りに地下2階のドアを探し当てた。
少しばかりドアを開けると、照明の光がクロウの眼に飛び込んできた。
「(ん…ここは照明が点灯しているのか…)」
ボス達のいた5階を含め、地上の全てのフロア内は照明が点灯していなかったのに対し、地下2階のフロアの照明は点灯している様だった。
「(単純に外から見えないからか…?それともやはりここで何か…)」
ドアから内部を伺うと、警備していると思われる強盗が二人組みで目の前を横切った。
「(ただ警戒してるだけか?それとも…)」
クロウは二人組みが遠ざかったのを確認して、ドアを開けた。
エレベーターの横にある、フロア内の案内図をクロウは見つめた。
やはり、地下2階の奥にも大規模な金庫室がある様だった。
手下やボスの話しぶりから、ここに人質を入れている可能性は低そうに思えた。
「(おそらく…ここに何かあるな…)」
途中の警備の強盗達を気絶させ、クロウは金庫室へ歩いた。
強盗達の数は5階よりも多かったが、出会うのは少人数のグループばかりだったので、即座に全員気絶させる事は容易であった。
金庫室へ辿りついたクロウの眼に、巨大な金庫が映る。
金庫と言うよりは、頑丈な部屋と言った方が正しいのかもしれない。
目前にある扉には、表面に鍵穴とダイヤルがついている。おそらくこの二つで施錠されているのだろう。
しかし、クロウが見た時には、どちらも機能してはおらず、金庫の扉は開いていた。
内部から話し声が聞こえてきたので、クロウは警戒しながら金庫の中を覗いた。
「(なるほど…こういう事か)」
金庫の奥の壁が破壊されており、そこから脱出口が開いている。
その周りの7人ほどの強盗たちは、おそらくこの金庫に元々あったものであろう、大量の札束を鞄に詰め込んでいた。
その強盗たちは、ここまで侵入される事を想定していなかったのか、武器類を持っていない様である。
「これが上手くいけば、俺たちの生活もようやく楽になるな」
「全くだ。俺たちをコケにした奴らにも一泡吹かせられるし、一石二鳥だな」
などと、喜々と語り合う強盗たちに呆れながら、クロウは金庫内へ入った。
「…沢山の人々を危険に晒してまで、自分が楽になりたいか」
「な、何だお前!!」
クロウの姿に、強盗たちは瞬時にパニックに陥った。
その後は、クロウにとってはボスに鍵を出させるより簡単だった。
1分もしない内に、7人の強盗たちは、瞬く間に倒されていた。
クロウは、おそらく強盗たちが脱出に使うだろう穴を見つめた。
人一人分が通れる程度の大きさである。
金庫の強靭な壁は容易く破られており、その奥には、下水道が見えた。
強盗達の話し声が消えれば、下水道の流れる音だけがフロア内に響いている。
「(5階のボス達が警察を引き付けている間に、金を持った者達はここから逃げ出す…か。
その辺の空族よりは綿密な作戦…と言えなくは無いか)」
言いながら、クロウは脱出口の傍らにある物体を見つめた。
比較的大きなドリル。金庫の壁を破壊し、脱出口を開いたのはおそらくこれだろう。
だが、大規模な工事に使うには少々小さ過ぎる代物であった。
クロウは、このドリルを前にどこかで見た様な気がした。
「(どこだったか…思い出せないな…)」
クロウは、思い出せないが、本当に身近にあった様な気がして、思わずドリルを持ち上げた。
ドリルはかなり重かったが、一人で持てない重さではなかった。
ディグアウトで使うくらいが丁度良い大きさと重さである。
そこまで考えた所で、クロウはこのドリルをどこで見かけたのか思い出した。
「(まさか…)」
クロウの頭を嫌な仮定が通り過ぎたが、ここでは事実を確かめようも無い。
とりあえず彼は、地下1階の人質たちを解放する事にした。
まず階段に行き、クロウは下の階から、慎重に地下1階の様子を伺った。
強盗の手下の一人は、階段の踊り場にあるドアに寄り掛かり眠っている。
「(…末端はこの程度か)」
クロウは即座に、音も無く飛び掛り、手下の男の腹に肘打ちを見舞った。
呻き声を出し、男はその場に倒れた。
「ん?どうした?」
ドアの内側にいたと思われる手下の一人が呻き声を聞きつけ、ドアを開けて様子を見に来た。
その男は倒れている男を発見したが、声を出す事はできなかった。
ドアの陰にいたクロウに首を絞められていたからだ。
結局、その男も首を絞められたまま、気を失った。
クロウは、ドアからフロア内を窺った。
地下1階のフロアは、地下2階と同じ様に電気が点灯している。
クロウは他に手下がいないのを確認すると、フロア内に侵入した。
案内図を見ると、地下1階の構造は地下2階の構造と同じ様である。
クロウは、人質が閉じ込められていると思われる金庫室へ向かった。
途中、何度か手下達と遭遇したが、その度に即座に気絶させて、クロウは進んだ。
しかし、人質の近くとなると、流石に遭遇する人数もこれまでのフロアより多い様である。
だが、それはクロウも予想していた事だ。
「(このまま無事に人質を解放できれば良いんだがな…)」
突如『何か』を感じ、クロウは振り返った。
だが、そこには誰もいず、電灯に照らされた廊下が広がっているだけである。
「(気のせいか…?今、火薬の臭いが…)」
瞬間、クロウの右真横の壁が爆ぜた。
「…!!」
激しい衝撃がクロウを襲い、彼の身体は左側の壁を突き破り、その奥の広いオフィスまで吹き飛ばされた。
「見つけたぞ…!!」
先程聞いた、強盗達のボスの声がオフィスの中に響いた。
次の瞬間、先程クロウの身体が突き破った壁を薙ぎ倒し、何かとても巨大なものがオフィス内へ、悠然と入ってきた。
クロウは体勢を立て直し、声のした方を見据える。
「なるほど…それがお前達の切り札か。警察を倒した程の」
それは、巨大な象の姿をした兵器だった。
身体の所々に重火器を搭載し、その鋭い牙は、電灯に照らされ輝いていた。
その大きさは、フロアの天井付近にまで達し、10メートル四方はあるオフィスの4分の1を占領していた。
その頭部が開いて、ボスが姿を現した。
「もう許さんぞ。この俺をコケにした貴様は!」
「…そうか」
クロウはボスを見据え、両腰の二本の刀を抜く。
「おっと、お前の相手はこいつだけじゃないぞ!」
象型の兵器の両側から、二体の兵器が飛び出し、クロウに躍り掛かった。
獅子の形をしたそれらは、接近戦用の兵器らしい。その爪と牙は、易々とクロウのアーマーを切り裂けそうなほど鋭く、既に多量の血が付いていた。
二体は鏡に映したように対称的に動き、その爪は確実にクロウを狙って突き出された。
クロウは少しばかり驚きながらも、両手の刀で双方の爪を受け止める。
獅子達ではなく後ろの、象型の兵器の中にいるボスにその眼を向け、クロウは言った。
「ようやく…本気で潰しに来たか」
獅子型の兵器は一旦後ろへ退き、クロウに向かって吠え立てた。
その体長は3メートル程で、スマートな姿をしている。
全身赤茶色で、たてがみの部分は体よりも濃い色合いだ。
クロウは、その獅子達の姿が気にかかった。
(あの身体…どう考えても人が入るには無理が有り過ぎるな…。
先程の動きから考えても、やはり無人機か。と言う事は動きを制御しているのは…)
とその時、象型の兵器の、背中の部分にある砲塔が火を吹いた。
「…!!」
クロウはとっさに横っ飛びで砲撃を回避した。
砲弾はクロウの前にあったデスクを薙ぎ倒し、床に大穴を開ける程のものだった。
(なるほど…象型の兵器が遠距離用で、獅子型が近距離用というわけか…。)
先程の砲撃で、まわりのデスクにあった書類が宙を舞っている。それを目障りに感じながら、クロウは歩き出した。
途端に、獅子型の兵器が走り出す。
二体はデスクの間を縫う様に動きながら、クロウの左右から飛び掛った。
クロウは二体を引き付けつつ、爪が当たる寸前で後ろへ跳んだ。
予想通り、二体は一瞬前にクロウがいた所で激突していた。
「(やはり…この動き方、誰かが遠隔操作しているな…。
この状況で考えられるのは…)」
クロウは、二体の向こうにいる象型の兵器を見た。
獅子達が動いている間、象型の兵器は動いていない。
おそらく、内部にいるボスは獅子達を動かすのに四苦八苦しているのだろう。
クロウは獅子達を飛び越え、象型の兵器に近づき、言った。
「…お前の負けだ!」
獅子型の兵器から、ボスの声が響いた。
「な、何だとぉ!!」
クロウは左手の刀を納め、背後の獅子達を指差しながら、言った。
「お前の手下が言ったよ。『これら』は空族から横流しされた兵器だとな。
他の手下達も言っていた。『これが上手くいけば、生活が楽になる』とな。
お前達、この銀行強盗を計画する前は、ごく普通のこの町の市民だった。違うか?」
「な…何ぃ…!!」
「空族とは違い、これらの兵器を使い慣れていない様子だな。ライオン達の動きで分かった。
使い慣れてない状態でも警察は倒せただろうが、俺は違う。」
クロウは象型の兵器に、そのコクピットにいるボスに右手の刀を向け、言った。
「…お前にはもう、勝ち目は無い」
「ほ…ほざくなぁ!!!」
象型の兵器は、その全武装を滅茶苦茶に撃ち始めた。
だがどの弾も、歩みを進めるクロウに当たりはしなかった。
「こ…こんな所で終わって…終わってたまるかぁーーー!!」
ボスは、今度は獅子達にクロウを襲わせた。
背後から襲い来る二体の獅子達を、クロウは振り向きざまに切り裂いた。
獅子達は飛び掛った姿勢のまま、クロウの左右にあるデスクに突っ込み、動かなくなった。
二体とも、その頭部の口から上の部分は切り裂かれ、クロウの後ろに転がっていた。
おそらく、切り裂かれた部分が命令を受信していたのだろう。もう獅子達は動かなかった。
「ぬ…ぬうううぅ…」
その光景に、ボスは唸る事しかできなかった。
「(せめて象の操作と獅子の操作を別々の者がやれば少しはマシになってだろうに…)」
そう思いつつ、クロウは象に近づいて行った。
圧倒的な力の差を感じ、ボスは屈辱と悔しさを感じていた。
自信を持っていた計画が、思わぬ乱入者に潰されようとしているのだ。
ボスにとっては、我慢ならない事態だった。
「完璧だ…完璧だった筈だ…この計画は…」
ボスがそう言うと共に、象型の兵器の牙が徐々に赤くなり始めた。
「(…何だ…?)」
その牙から、高温の熱が発生している事に、クロウは気づいた。
「お前如きに、この計画を潰されてたまるかぁーーーー!!」
突如、象型の兵器は突進を開始した。
「何…!?」
多数のデスクを薙ぎ倒しても、その勢いは衰えを見せない。
クロウは横に飛び退こうとしたが、一瞬遅かった。
彼の身体は吹っ飛ばされ、遥か後方の壁に激突した。
「ぐ…!」
脇腹のアーマーが砕け、焼け焦げている。どうやら一瞬あの牙にかすったらしい。
脇腹の痛みが、内部の肉体までダメージを与えられた事を物語っていた。
「(戦意喪失したと思ったが…詰めが甘かった様だ…)」
バックパックから包帯を取り出すと、クロウは立ち上がった。
象型の兵器は、再び牙を発熱させ、クロウに突進しようとしている。
クロウは左手で包帯を巻きながら、目の前のデスクの上に上った。
そして、右手に持っていた刀を納め、再びボスに向かって声を上げた。
「もう一度言う。お前に勝ち目は無い!」
「死ねぇーーー!!」
凄まじい速さで突進する象型の兵器に対し、クロウはナイフを取り出すと、投げつけた。
ナイフは寸分の狂い無く、象型の兵器の、右のアイセンサーに突き刺さった。
「な、何ぃ!!」
操作を誤ったのか、象型の兵器は勢いのまま姿勢を崩し、そのまま壁に突っ込んだ。
「(俺もまだまだだな…)」
クロウは目の前の光景を見つめながら、自嘲気味にそう思った。
ディグアウターになってから、クロウが傷を負うのは滅多に無い事であった。
彼が傷を負う場合は大抵、油断か慢心かが原因である。
今回もそれが原因であった。
「(反省する前に、始末はつけなくてはな)」
クロウは刀を抜くと、まだ立ち上がろうとしている象型の兵器を見据える。
デスクを足場にしながら、瞬時に象型の兵器に接近した彼は、その巨大な胴体を真っ二つに斬り裂いた。
次の瞬間、傷口を中心に象型の兵器は大爆発を起こした。
爆発から出てくると、クロウは刀を鞘に納める。振り向いて、爆発に巻き込まれたであろう強盗達のボスに、言った。
「地獄で反省しろ」
次の瞬間、警報と共に天井から水が噴射された。
破壊した兵器から立ちのぼる炎で、銀行内のスプリンクラーが作動したのだ。
水に濡れながら、そこら中に散乱する書類やデスク・椅子の破片を掻き分けて、クロウはオフィスから出て行った。背後の瓦礫の中で人影が蠢いていたのに気づかぬまま。
金庫室。先程のスプリンクラーのおかげで、手下達は軽いパニックに陥っている。
「(これは…好都合だな…)」
クロウが室内の様子を窺っていると、部屋の外の様子を見に行こうと3、4人の男達が部屋から出てきた。
彼らも浮き足立っていた様で、クロウが彼らを気絶させるのは容易な事であった。
再び金庫室を見ると、中にいる手下は2人しか残っていない。クロウは一気に室内へ突入し、たちまち彼らも気絶させた。
最後の一人を倒すと、クロウは、人質の閉じ込められている金庫に目を移した。
金庫の扉は、地下2階のものと同じく鍵とダイヤルがついたものである。
クロウは鍵穴に、先程ボスから奪った鍵を入れると、ダイヤルを回し始めた。
「(…こういう時の為の装備を持ってくるべきだったか…)」
一向にドアは開く気配は無かった。
いくら元粛清官でディグアウターのクロウでも、ダイヤル式の金庫を無理矢理開けるのは初めての経験だったのである。
一向に開きそうに無いダイヤルを相手に数分間奮闘したクロウだったが、相手はそれなりに名のある銀行の大金庫である。
「(全く…いい加減にしてくれ…!!)」
遂にクロウはダイヤルを諦め、思い切り刀でドアに斬りつけた。
すると、呆気無くドアは開いてしまった。
内部には、目隠しされ、口にガムテープを巻かれた人々が大勢座っているのが見える。
「(………)」
腑に落ちないものを感じながら、クロウは金庫へ足を踏み入れた。
下の階のものと同じ様に、金庫内はかなり広く、その壁は厚かった。
幅、奥行き共に10~15メートルほどで、中には20人ほどの人々が座っている。
その多くは、事務員や銀行員ばかりである。
皆、手首を縛られ、布で目隠しされ、口をガムテープで塞がれていた。
クロウは、その中で一人だけ異質な格好の男を見つけた。
他の人質と同じ様に目隠しされ、口にガムテープを張られているが、その格好はスーツやネクタイではなく、薄汚れた作業着であった。
頭には頭髪が一本も無く、その代わりと言っては難だが黒い口髭を生やしていた。
その頬は、中年の男相応のしわが刻まれている。今は見えないが、おそらく目尻の辺りも刻まれているだろう。
クロウは、その男に見覚えがあった。
「(…事情を聞く必要があるな)」
クロウはその男の目を覆っている布を解いた。
男は驚愕した様子で、布を解いたクロウを見た。
クロウは、周りの人質に聞こえない程度の声で男の耳に囁いた。
「テープを外す。騒ぐな」
クロウは、男の口を覆うテープを一気に剥ぎ取った。どうやらかなりの痛みが生じたらしく、男は低く呻き声を上げた。
落ち着きを取り戻した後、男は口を開いた。
「な、何であんたがここに?」
クロウは座り込む男を見下ろし、言った。
「それはこっちの台詞だ、ジャンク屋」
そう、この男こそ、数時間前にクロウが立ち寄ったジャンク屋の主人なのだ。
「そ、それは…」
ジャンク屋の主人は、言葉に詰まった様に言った。
クロウは、言葉を続けた。
「この下の階に、あんたの店で見かけたディグアウト用のドリルを見つけた。
事情を説明してくれないか…簡潔に」
「おいおい、もうそこまで調べはついてんのか…」
ジャンク屋の主人は、観念した様に言った。
「奴らに…強盗達に加担してたんだよ。ついさっきまでな。
だが俺には元々そんな度胸は無かったんだ…降りたいと申し出たよ。
そしたら、ここに押し込まれた」
クロウは溜め息をつき、言った。
「何故奴らに加担した?」
「あんたは知らなかっただろうが、うちでまともな客はあんたくらいだったよ。
最近は経営が苦しくなってきてな…。
そんな時にタイミングよくこの話を持ちかけられた。思わず乗っちまったよ」
ジャンク屋の主人は諦めたのか、淡々と話していた。
「随分短絡的な動機だな…」
クロウは主人の言葉に、心底呆れた様な声を出した。
「正直、失望したぞ。こんな銀行強盗に手を貸すくらいなら、他に方法があった筈だろ」
「そんなに甘くは無いよ…この町はな」
このまま話していても埒が明かない、そう判断したクロウは、言った。
「警察に自首しろ。でなければ俺がお前を警察に突き出す」
主人は、慌てた様に言った。
「そ、そんな事、奴らに降りると申し出た時から決心してる」
クロウは主人を睨んだ。
「嘘をつくな。俺がここに来なければ、あんたは明日も、何事も無かったかの様に振る舞いながらジャンク屋を続けていた。違うか?」
10秒程の沈黙の後、悔しそうにジャンク屋は呟いた。
「…ああそうだよ。ったく、あんたにはいつも敵わない。
人生経験は俺の方が上の筈なのに…畜生」
再びの沈黙の後、決心した様にジャンク屋は立ち上がった。
「…せめて償いはする」
ジャンク屋の言葉に、クロウは無表情に言った。
「なら…人質の拘束を解いてくれ。それと、俺と一緒に人質達の誘導を頼む」
クロウはジャンク屋の主人と共に、人質達の拘束を解いていった。
人質達は最初、クロウとジャンク屋を強盗達かと勘違いしていたが、他の強盗達との格好の違いなどもあって、誤解はそれほど長くは続かなかった。
人質達の反応は、怯えている者、同僚と話す者、クロウに説明を求める者など様々だった。
最初はその声も静かなものだったが、拘束を解いた人数が多くなるほど、彼らの声もかなりの大きさのものとなっていった。
全ての人質の拘束を解き、彼らの声を静めるのに、クロウはしばらく時間がかかった。
やっとの事で人質達を静かにさせると、クロウは彼らに呼びかけた。
「この下の階の金庫に、下水道に繋がる脱出口がある。
そこから地上に脱出し、警察に助けを求めてくれ。
フロア内はスプリンクラーが作動してびしょ濡れになっている。滑らない様に注意しろ」
そう伝えると、クロウは彼らとともに下の階の金庫を目指した。
地下1階と地下2階の手下は全員気絶させたが、1~5階はまだ手下がいる可能性があるからである。
ほとんどの手下はクロウが気絶させたので、移動は容易であったが、途中で様子を見に来た上の階の手下たちを気絶させる必要もあった。
そうして、やっとクロウと人質達は、地下2階の金庫室まで辿りついた。
「全く、やっとこの事件も終わりだな」
脱出口まで人質達を誘導する事ができたクロウは、ポツリとそう言った。
「ここを歩いて行けば、いずれ地上に出られる梯子が見つかるだろう。
地上に行ったら、警察に助けを求めろ」
脱出口の前まで行くと、人質達にそうクロウは言った。
人質達は、急ぐ者やクロウに礼を言う者など様々だったが、全員無事に脱出して行った。
「クロウ、この後、お前はどうするつもりだ?」
脱出口の前で、最後の一人…ジャンク屋はクロウに尋ねた。
「人質が脱出したと分かれば、強盗達もおとなしく投降するだろう。
切り札の兵器もボスももういない。奴らに抵抗する術は無い」
「そうか…よかった…」
安心した様子のジャンク屋に、クロウは語調を強め、言った。
「お前は、ちゃんと自首しろよ?」
「ああ…分かってるよ」
静かにそう言うと、ジャンク屋の主人は脱出口を歩いて行った。
クロウはジャンク屋の主人が歩いて行くのを見届けると、フゥと溜め息をついた。
「(ミッションコンプリート…と言った所か)」
後は警察に任せても問題無いだろう、そう思い、クロウも脱出口へ入ろうとした時だった。
微かに焦げ臭さが、彼の鼻をかすめた。
「(…何だ?)」
ふと下を見ると、クロウは妙な足跡がある事に気がついた。
綺麗な黒い線が、靴底の形を表している。
微かな焦げ臭さが、その黒い線から発せられている事に気づいたクロウは、それに触れてみた。
アーマーに覆われた手に付着した粉。それが、焼けて粉末状になった鉄だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
クロウは、脱出口に向かうその足跡を眺めた。
多数の人々が通ったので、かすれているものや、ほぼ無くなっているものもあるが、金庫の入り口からこの脱出口まで、一直線に続いている事は分かった。
「………」
その足跡は、まだできて数分しか経っていないかの様に新しかった。
「(あれで死なないとは…何て奴だ…!)」
クロウは、すぐに全速力で脱出口を走って行った。
最終更新:2012年01月21日 23:12