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そこは、暗闇に閉ざされた、四角い部屋だった。
窓は無い。ここが地下にある為だ。
白塗りの壁の一辺には、唯一の出口のついた鉄格子があった。
部屋の中にあるのは、寝台と排泄用の便器。幸いにも水道は通じている。

まぁ、警察署なのだから当たり前ではあるが。

クロウは、何度目なのか分からない溜め息をついた。
既に一週間、ここで生活している。
アーマー・武器類は全て没収され、今は囚人服のような簡素な柄の服を着ている。
時折、彼は呼び出され、色々な事を聞かれた。
彼は警官たちを気絶させた事を『苛々していたから』と話し、銀行強盗については『何も知らない。その日銀行には行っていない』と言い続けた。
勿論、反省しているとも言った。相手が信用したかは分からないが。
ちなみに、彼の尋問を担当したのは見知らぬ警察官で、毎回顔も変わっていた。
彼は寝台に横になり、額に手の甲を当てて考えた。
「(…いつまで続くんだ?)」
この町の法がどうなっているか彼は知らなかったが、早くこの状況からは脱したかった。
見張りをしている初老の警官に目をやるも、既に机に突っ伏して寝てしまっている。
光源は、その警官の頭上にある小さな電球しかない。
時計は、その奥の壁に掛かっていた。時刻は、午前0時を過ぎる頃。
「(考えていても仕方がないな…)」
クロウは、その体勢のまま、ゆっくり眼を閉じた。

誰かの気配を感じ、彼は目を開けた。
その時点でまだ彼は寝入っていなかった。時間は10分と経っていない筈だ。
「っ…!!」
鉄格子の外に、一人の女性が立っていた。
20代前後だと思われる整った顔立ちをした、美しい女性だった。
銀色の髪は腰まで伸び、身体は黒いローブが覆っている。
身長はクロウより頭一つ分小さいくらいである。
「…何者だ?」
クロウは睨みつつ、静かに言った。
女性は、消え入るような小さな声で、言った。
「気を、つけて下さい。あなたは、既に狙われています」
「何だと…!?」
クロウがそれ以上言葉を発する前に、女性は消えた。
その消え方に、クロウは見覚えがあった。
「ホログラフ…!?」

「(今のは…何者だ?)」
ホログラフと言う、特殊な技術を使える者は、この世界には少ない。
クロウが知る限りでは、ヘブンに関係した者達、そして『ある人物』だけであった。
そして、クロウはどこと無く、今の女性とその人物の雰囲気が似ている様な気がした。
「(ノアと…何か関係があるのか…?)」


状況が変化したのは、それから更に一週間経った頃だった。
両手に手錠をかけられ、取調室に連れて行かれるところまではいつも通りだった。
だが、取調室にいる刑事の人数は、これまでよりも多くなっていた。
クロウと相対する者が一人。その男の背後、部屋の隅に一人。クロウの背後に一人。
いつもは相手が一人なのに対し、今回は室内に三人いた。
その中の一人は、クロウには見覚えがあった。
壁の隅に寄りかかり、鋭い視線をクロウに送るこの男。
二週間前、彼を直接逮捕した、カーネル・ジョンソン警部補であった。
クロウは視界の隅にこの男を認めたが、反応はせず、いつもの様に椅子に座った。
彼の前に座る男は、これまでの刑事達よりも随分歳を取った男だった。
口元と顎は黒い髭が覆い、頭髪には白髪が混じっている。
顔に刻まれた皺の数を見るに、年齢は少なくとも50はいっているだろう。
周りの刑事達と同じ様にスーツを着ているが、体格は随分大柄な男だった。
クロウが座ったのを確認すると、男は口を開いた。
「君がクロウ・エリュシオンか。随分若いな。
早速だがまず一つ、何故君が嘘をついているのか聞きたい」
クロウの胸中に、ヒヤリとした感覚が走った。
「…何の事だ?」
相手の男は少し笑った。反対に、その後ろにいるカーネル警部補は不機嫌そうだった。
男は言った。
「まず、強盗団のリーダー格の男。名をサイモン・デクスターと言うんだがね。
彼の供述では、どうやら君が強盗団の鎮圧に関わっていたそうじゃないか。
そしてついに先程、ジャンク屋の店主が尋問に耐え切れずに、全て白状してくれたよ。
カーネル君の努力が無ければ、この事実には到達できなかっただろうな」
益々満足そうな笑みをこぼしながら、男は言った。
憂鬱な気分に陥ったクロウに対し、男は続けた。
「何故隠していたのかね?影のヒーローでも気取っていたのかな?
それとも…自分の顔が世間に知れ渡るのを恐れてでもいたのかね?」
「…」
クロウは男を睨みつけながらも、沈黙したままだった。
「ま、答えたくなければ、それでもいい。
問題は、そして今回の本題は、君の今後についてだよ、クロウ・エリュシオン君」

そう言うと男は、自分の胸に右手を当て、言った。
「申し遅れたね。私はジョージア・ゴードン。この警察署の署長をやっている」
「何…?」
これにはクロウも驚かざるをえなかった。
いきなり、この町の警察の最高責任者が出てきたら、どんな人間でも驚くだろう。
「ふむ、やっと口を開いてくれた。我々もこれでやりやすくなるというものだ」
クロウの反応を見て、満足そうに男―ジョージア・ゴードンは言った。
仕方なくクロウは、疑問を素直に口にする事にした。
「何故いきなり、そんな大層な人物が俺の前に現れるんだ?」
「それはだね、これから話す事柄が、それほど重要な件だからだ。
だがその前に、まず君に選んでもらいたい」
「選ぶ…だと?」
ジョージア・ゴードンは、人差し指と中指を掲げた手を、クロウの前に示した。
「今、君の前にはね、二つの道が続いている。
一つは、通常の犯罪者と同じ道だ。検事から取調べを受け、裁判を受けてもらう。
そして、今回わざわざ私が君の前に出て話すのは、もう一つの道についてなのだ」
「…どういう事だ?」
クロウは目を細くして、ジョージアが突き出した手を眺めた。
「君の力だ。クロウ・エリュシオン君。その力を生かし、我々に協力する気はないかね。
まだ君は承諾の意を表していない。だから詳しくは言えないが、我々がこれから行う作戦に、君も参加してもらいたいのだよ」
クロウが何か言う前に、ジョージアは滑らかに話を続ける。
「無論、既に各方面には話がついている。
これを承諾すれば、君は不起訴となり、罪には問われない」
「…裏取引…というわけか」
クロウは静かに、ジョージアを睨みつけた。
ジョージアは腕を組み、困った様な顔で言った。
「ふむ、気に入らない様だな。確かに、これは不正な行為だ。
だが、これも罪を償う方法の一つ、と考えて欲しいのだよ。
銀行強盗を一人で鎮圧した君の力。
それをただ黙って見過ごすのは、こちらとしてはとても勿体無く思えてしまうのだ」
クロウはふと、署長の背後にいるカーネル警部補の方に視線を移した。
予想通り、この取引は彼にとっては不服な様で、非常に不機嫌そうな顔であった。
まぁ、クロウが殴り倒したのは他でもなく、彼自身とその部下だったのだから当たり前だ。
ジョージアはそんなクロウを見ながら、再び口を開いた。
「無論、この選択肢の方が、時間もかからんし君にも都合がいいと思う。
分かっていると思うが、君がこれを承諾しない場合、ジャンク屋の主人から得た証言をマスコミに公開する必要があるからね」
クロウはしばし困惑したが、最後には承諾せざるをえなかった。
「…いいだろう。受けてやる」

「受けると言った以上、お前達がこれから行う『作戦』とやらを聞かせろ」
答えに満足そうに頷く署長に、クロウは容赦無く言った。
だが、それは署長も予期していた様で、彼はゆっくり頷くと、両手を机の上に組んだ。
「これは、この前の銀行強盗事件にも関係ある事なのだよ。
そして、我々この街の警察が長年頭を悩ませている件でもある」
「何…?」
署長は深く息を吸うと、言った。
「空族だ」
「空族…」
その単語は、確かにクロウの耳にも聞いた覚えがあった。
確か、銀行強盗達は多数の兵器を『空族から横流ししてもらった』と言っていた筈だ。
「その空族が相手か」
「その通りだ。その空族は、以前よりこの町に目をつけていた。
目立った襲撃や宣戦布告などは全くしてこないが、今回の銀行強盗事件の様に、大事件の裏に糸を引いている場合が多い。
おそらく、そうやって我々警察を疲弊させ、そして一気にこの町を占領しようと画策しているに違いない。
しかしながら、我々もそれを黙って見ているつもりはない。
既にアジトの場所は掴んでいる。我々は一気にそこに踏み込み、捕縛・逮捕しようと計画しているのだよ」
署長の話は、途中から熱が入っていた。
「なるほど…つまり俺はその作戦に参加すればいいわけだな。
で、その空族に所属する者達の逮捕に協力すればいい、と」
「…うむ、その通りだ。だが間違いが一つある。『者達』ではなく『者』だよ」
署長の言葉に、クロウは顔をしかめつつ、聞いた。
「そこに所属しているのは一人だけなのか」
「その通り。我々が相手しているのは、たった一人の人間と、機械仕掛けの兵士達なのだ。
だから君が目指す相手はただ一人……『ギャスパー・ゲイル』と言う男だ。
その為我々は、その空族の事を『ゲイル一味』と呼んでいる。
…話はこれで全部だ。何か質問はあるかね?」
クロウは腕を組むと、静かに言った。
「無い。ならば俺は、お前達が作戦を開始する日まで自宅で待機させてもらう」

再び留置場にクロウは入れられた。
署長は、『我々の計画が外部に知れては困る』『万が一、君に逃げられたら事だろう?』との理由で、作戦開始の日までクロウをここから出さない気らしい。
「まぁ、あの部屋もここも大して変わりは無い…か」
そう言うと、再びクロウは硬い寝台に身体を寝かせた。


それから更に一週間が経った頃だった。
クロウはふと、上の階から響く足音が妙に慌ただしいのに気づいた。
「…何だ?」
クロウの呟きに、見張りの初老の警官が答えた。
「ゴミ処理場で身元不明の死体が見つかったそうだ。
全く、この町も物騒になっちまったな。昔はのどかだったのに…」
感慨にふける警官に、クロウはふと素朴な疑問を投げてみた。
「…ゴミ処理場ってどの辺りだ?」
「知らんのか。まぁこの町に滅多にいない者にゃあしょうがないかねぇ。
ほら、南に最近新しく建てられた空港があったろう。そこの隣にあるんだよ」
クロウはその答えに、自分がこれまで、どれほどこの町を知らなかったのか実感した。
「…空港が新しく建ったのか」
「それも知らんのか。
最近飛空船でこの町にやって来る輩が多いってんで、役所が新しく建てたんだよ。
まぁ、そのせいで元々東の方にあった古い空港の方は誰も寄り付かなくなったがな。
役所はあそこの土地をどうするつもりかねぇ…」
そこまで言って話し疲れたのか、その警官は「喉が乾いた」と言って、出て行った。
クロウはしばらく、自分の記憶と今の会話を元に、この町がどのように出来ているのか頭の中に描いていた。

それから数時間して、クロウは突然名を呼ばれた。
呼んだのは、先程彼と話したあの初老の警官だった。
彼の隣には、書類を片手に持った若い刑事が立っていた。
「く…クロウ・エリュシオン。オウル警部から命令が下った。
会議室で私と共に会議を傍聴するように」
クロウは立ち上がり、言った
「…例の作戦についてか?」
その刑事は新米の様で、台詞は命令口調だが棒読みで、緊張からか少し震えていた。
「そ、そういう事だ。会議室に入ったら質問等は一切受け付けられない」
「…あんたをわざわざ同行させるのは、脱走防止か?」
その刑事は牢の鍵を開けながら、言った。
「行く前にこれを着るようにとの事だ」
刑事が牢の中に放ったのは、警察官の制服だった。
上着とベルト、ズボンだけであったが、クロウはこれに少しばかり驚いた。
「…これは、どういう事だ?」
「け…警部が、会議にその服で出させるわけにはいかないと」
言われて、クロウは自分がまだ囚人服だったのに気がついた。
なるほどと思いながら、クロウは一つ気になった点を聞いてみた。
「…手錠は外してくれないのか?」
刑事は、大声を張り上げて「当たり前だ」と言い放った。

最初、クロウは会議室と聞いて、円形のテーブルを囲んで話し合うものと思っていた。
だが、案内された部屋は予想よりも遥かに広いものだった。
奥には大きなスクリーンが設置され、そこに会議に使う資料を表示するようだった。
そこから手前まで、複数人で使うテーブル、そして多量の椅子が等間隔で置かれている。
ざっと見渡しただけでも、その机の数は、百個以上はあるだろう。
それほどこの部屋は広かった。
既に会議の時間に近い様で殆どの席が埋まっており、空いているのはスクリーンから遠い席だけであった。
クロウは先程の若い刑事の先導で、隅の席に座った。
どうやら、若い刑事は上司からクロウを目立たせないように言われている様である。
ふと前方を見ると、スクリーンの横にある席には、以前会った署長が座っていた。
『集まった様だな。』
スピーカーを通して、重々しい声が聞こえた。
スクリーンの前にいる眼鏡を掛けた中年風の刑事がマイクを手に、喋っていた。
『知らない者もいる様なので一応名乗っておく。
私はオウル・ランドール警部だ。今回の作戦の指揮を執る』
そう言うと、オウル警部は片手を署長に向け、言った。
『ジョージア・ゴードン署長は今回、直接作戦には参加なされない。
しかし、作戦中はここ警察署にて、随時状況を把握しておられるのでそのつもりで』
署長は、会議室にいる全員を見渡すと、ゆっくり頷いた。
『それと当たり前の事だが、今回の会議の内容は絶対に外に漏らしてはならない。
ここにいる全員の命がかかった作戦なのだからな。肝に銘じておいてくれ。
さて、それでは早速、作戦の説明に入ろうか…』
オウル警部がそこまで言った所で、突然クロウたちの後ろにあるドアが開いた。
全員の視線がすぐにそちらに殺到する中、一人の男が入ってきた。

オールバックの長い銀髪、片目が切り傷で塞がった、40か50代ほどの男だった。
身体には黒を基調とした、上から下まで覆ったコートの様な服で覆われている。
両手には黒い手袋をし、足には灰色の靴を履いている。
その片目の男は室内の者たちを見回すと、スクリーンの前にいるオウル警部を見つめた。
「…ここの様だ」
『な、何だね君達は。』
片目の男はオウル警部の方に向かい、部屋をゆっくり横断しながら言った。
「君が署長か?」
オウル警部はこの発言に火がついたのか、マイクを持ったまま男に向かい怒声を浴びせた。
『何者かと聞いているんだ!!』
その時、もう一人の男がドアから現れた。片目の男と同じ服を着ている。
「隊長!!全く…先にどんどん進まないで頂きたい」
もう一人の男は片目の男を見るなりそう言うと、室内を見渡し、小さく言った。
「すいません、どうやら隊長が無礼な態度を取ってしまった様で」

二番目に入ってきた男は、饒舌で温厚そうな男だった。
短く切られた黒髪は前髪が七三分けにされている。
年齢は多く見て30代くらいで、目はかなり細く、それがその男を温厚そうに見せていた。
服装こそ片目の男と同じだが、靴だけは同じ形の茶色のものであった。
その男は急いで、オウル警部に接近した片目の男の肩を左手で叩き、言った。
「あなたの容貌では相手が警戒してしまうのも無理は無い。
どうか、交渉は私にお任せください」
片目の男は温厚そうな男を横目で見るなり、言った。
「もう一人はどうした?」
温厚そうな男はその質問が答え難かったのか、しどろもどろな口調で答えていた。
「そ、それが…どうやらあなたを追いかけている途中ではぐれた模様です」
「私が奴をここに連れてくるまでに話をつけておけ。いいな」
「りょ、了解致しました」
片目の男はさっきとは反対にドアへ向かい、そして出て行った。
温厚そうな男は申し訳無さそうにオウル警部に頭を下げる。
「いやぁ、本当に失礼致しました」
オウル警部が何か言う前に、署長が立ち上がって、言った。
「いや、よく来てくれた。しかし、少しタイミングが悪かった様だね」
署長の言葉にギョッとした様子で、オウル警部は振り向いた。
署長は席から離れ、温厚そうな男を皆の前に立たせると、片手を彼に向け、紹介した。
「オウル警部にも話していなかったんだがね、彼と彼の仲間が、今回の作戦に加わる」
オウル警部はようやくマイクを下げ、質問を求める様に署長に向かい、言った。
「彼らは一体…?」
「紹介が遅れました。私はレナード・ガットマン。ICSOに所属しています」
署長の代わりに、温厚そうな男・レナードは言った。

「IC……SO?」
オウル警部の質問に、レナードは快く、饒舌に答えた。
「近年、警察でも歯が立たない空族が増えています。
特に1年前のカトルオックス島。あれなど酷いものでした。
この事態を重く見た有力な島々は資金を出し合い、ある組織を設立しました。
『International Counter Sky-thieves Organization』…すなわち『国際空族対策機関』。
その通称が『ICSO』というわけです」
そこで言葉を切り、肩をすくめてレナードは言った。
「まぁ、まだ設立して間も無い組織ですから、強力な戦力などはありません。
現在、我々の組織の目的は、『平均的な空族の戦力を把握する』事にあるのです。
このデータが集まれば、近い将来、ある程度各島々で自衛が出来る事になるでしょう。
そして今回、我々の組織の存在を知ってらしたこちらの署長さんが、この作戦への協力を要請なさったので、我々は今回参上した次第です」
レナードの説明の間も、署長は満足そうな表情をしていた。

「ほほお…そんな組織があったとは初耳ですな」
感心する様に、オウル警部は言った。
「で、今回派遣された班は、三人構成となっています。
先程ここにきたのが私の上司にして今回の派遣班の隊長を務めます、アルバート・ブライアン。気難しい人なので、そこの所、どうかよろしく」
オウル警部は先程の男―アルバートの態度を思い出したらしく、顔をしかめた。
レナードの話は続く。
「もう一人、隊長に負けず劣らず無口で気難しいのがいるんです。
名をウォルフ・グロッグ。彼の事もよろしくお願い致します」
レナードがそこまで言った所で、室内に二人の男が入ってきた。
一人は先程のアルバート・ブライアン。もう一人が話にあったウォルフ・グロッグだろう。
ウォルフは、他二人よりも若く、10代後半から20代前半といった顔の男だった。
長い金髪を後ろで纏め、細く鋭い両目は周りを見据えている。
背は他二人よりも若干低く、服装は彼らと同じで、靴はレナードと同じ色だった。
「話はついたか?」
アルバートは戸口で、レナードに呼びかけた。
レナードは片手でOKと示し、二人に近くの空いた席に座るよう示した。
二人が席に座ったのを確認すると、レナードはオウル警部の方を向き、言った。
「ではどうぞ、作戦会議を続けてください」
少し不服そうであったが、オウル警部はコホンと咳払いを一回すると、説明を始めた。

オウル警部によると、作戦は至極シンプルなものであった。
まず数名の隊員が、空族が根城にしている戦艦に潜入。
事前に配られた爆弾で、空族の兵器と動力炉を爆破。戦力を減退させ、逃走を防止する。
そして、突入部隊が一気に突入をかけ、空族のリーダーであるギャスパー・ゲイルを逮捕する、と言うものだった。
作戦の説明と共に、空族のリーダー、ギャスパー・ゲイルの顔写真と特徴が語られた。
長い黒髪で凶悪そうな顔。片目に眼帯をつけている。
オウル警部の話では、右腕が隻腕となっているらしい。

「作戦開始は一週間後だ。各自、それまで訓練を怠らぬように」
そう言って、オウル警部は会議を締めくくった。
「(会議と言うよりかは説明会だな)」
そう思い、クロウは席を立とうとしたが、横の若い刑事に小声で引き止められた。
「待て、会議終了後に君をオウル警部の元に連れて行くよう指示されている」
大多数の警官が室内から出払った後、刑事はクロウをオウル警部の所まで連れて行った。
警部はスクリーンの横の席で、書類を片付けながら署長と話し合っている。
「警部、例の男を連れてきました」
オウル警部は若い刑事に礼を言うと、クロウに視線を向けた。

見定める様な眼で、オウル警部はクロウを見た。
「君には、『潜入班』に回ってもらいたい」
潜入班。説明にあった、兵器の爆破と戦艦を航行不能にする役割の班である。
クロウは警部の威圧的な視線にもたじろがず、意外そうな口調で言った。
「そんな重要な任務を俺に任せて大丈夫なのか?」
クロウの問いにオウル警部が答えようとした時、室内に声が響いた。
「何の話をしている?」
気がつけば、会議室のドア付近に、先程のICSOの三人がいた。
声を上げたのは、『隊長』ことアルバート・ブライアンであった。
彼は視線をクロウの顔、そしてその手に掛けられた手錠へと走らせた。
そして、今度はオウル警部と署長の方へ視線を向け、言った。
「説明してもらおう」
オウル警部が困った様な顔で署長を見る。署長はただ無言で、頷いた。
「仕方がありませんな」
そう言うとオウル警部は、クロウの事を先の銀行強盗の一件から、洗いざらい説明した。

「正気の沙汰ではないな。この件に犯罪者を使うなど…!」
警部の説明を聞いた後、アルバートはそう言った。
言い返そうとするオウル警部を下がらせ、ジョージア・ゴードン署長は諭す様に言った。
「ちゃんと説明を聞いておられなかったようですな。
彼は確かに多数の警察官を妨害しました。ですがそれ以上の命を守ったのですよ」
だが、アルバートはそれでは引き下がらない。顎でクロウを指し示し、言った。
「結果的には確かにそうなった。
だがこいつのやり方は、一歩間違えば人質全員射殺されてもおかしくなかったものだ。
ましてや、自分の行動の為に警察官を排除するなど、言語道断にも程がある。
その上にこれでは、呆れてものも言えない!!」
彼は、最後には近くの机に拳を激しく叩きつけていた。
それでもなお署長は言い返そうとしたが、その前に言葉を発した者がいた。
先程険悪なムードになりかけた場を治めた、レナード・ガットマンである。
「では、こういう案はどうでしょう?」
全員の視線が彼に注がれる。
「潜入班にこちらのウォルフ・グロッグも入れる、と言うのは?
ウォルフが任務と、彼―クロウ・エリュシオンでしたかな?―の監視を担当する。
そうすれば、潜入班の仕事も確実性が増すでしょう」
そう言うと、彼は背後にいるウォルフ・グロッグを皆の前に立たせた。
ウォルフは、先程のように周りを睨むばかりで、一言も言葉を発しなかった。
「いいでしょう。こちら側に異論はありませんな。後はそちらの上司殿の判断だけです」
署長はそう言うと、アルバートへ視線を向ける。アルバートは険しい顔で言った。
「ウォルフ、奴が不審な行動を起こした時は、迷わず撃ち殺せ」

レナードの意見により方針が纏まり、やっとICSOの三人は去っていった。
「君もそろそろ戻ってくれたまえ。
すまないが、決行当日までの間も今まで通り留置場で生活してもらいたい」
「全く…仕方が無いな」
会議室を出ようとして、ふとクロウは足を止めた。
そう言えば今回の会議に、こういう重要な場ではいつも顔を見る筈の者がいなかった。
「俺を逮捕した刑事の姿が無かったな。
確か……カーネルという名だったと思うが」
クロウがその質問を言った瞬間、署長は即座にオウル警部の方へ視線を走らせた。
オウル警部は視線を受けつつ、会議で説明をする直前の様にコホンと咳払いし、答えた。
「カーネル警部補は1週間ほど前に起こった殺人事件を調べている。
そちらに回ってしまったので、今回の作戦には参加できなくなった」
説明を聞きながら、クロウはしばらく、彼らを交互に眺めていた。
警部はともかく署長の様子は、会議の時とは明らかに違っている。
だが、彼らの表情からは、具体的な事は何も読み取れはしない。
「…そうか」
連れて来られた時と同様、若い刑事に先導され、クロウは部屋を出て行った。


決行当日・深夜0時。
辺りは静まり返っている。
ここは町から東にある、昔は空港のあった場所。今は使われていない。
昔は多くの人々が利用したであろう、全2階の古ぼけた建物があった。
横に長いその建物の入口に入ると、すぐに広いロビーに着く。
そこには古い、埃の積もったカウンターがあるだけで、他は何も無い。
ここに、大勢の警察官が集合していた。
皆一様に、制服の上から防弾チョッキをつけ、ヘルメットを脇に抱えている。
現在は待機時間で、大半の警官は話し込むか、黙っているかである。
そのロビーから扉を挟んで奥の部屋に、クロウ、オウル警部、そしてICSOの三人がいた。
その部屋はあまり広くなく、様々な通信用の機材が置かれている。
クロウはやっとこの日、全ての装備を返却され、アーマー姿となっていた。
警部はクロウとウォルフに、空族の居場所について説明する。
「ここから更に東に、ここが使われていた当時、飛空船を整備していた巨大な工場がある。
空族は、そこに自分達の飛空船を隠しているのだ。
ここまでは流石に来ないが、その周辺を奴らの手下のロボットが巡回している。
そいつらに見つからず、工場、そして飛空船の内部に侵入してほしい。後は説明通りだ。
それでは、頼んだぞ」
オウル警部は四角いアタッシュケースをクロウに渡した。
中には、作戦で使用する無数の爆弾が入っている。
それを確認すると、外に繋がるドアを開け、クロウは歩き出した。

クロウは今、広大なアスファルトの道を当ても無く歩いていた。
昔、複数の飛空船が同時に離着陸する為使われていたスペースである。
首の黒いスカーフを、口元を覆う様に引き上げながら、クロウは進んで行った。
10分ほどすると、やっと工場らしき建物が微かに見えてきた。
「…ん…?」
よく見れば壁・天井がトタンで覆われた建造物が見えるのだが、どうやら一つではない。
大小様々な工場群が密集している様である。
クロウは一番近い建物に接近すると、壁を背にし、通信機の電源を入れた。
「聞こえるか」
通信機からは、重々しい声が聞こえてきた。
『ああ、聞こえる』
「ここは複数の工場が密集している様だな。空族が潜んでいる工場はどこにある?」
しばらく、答えが返ってこなかった。
どうやら向こうで、警部とアルバートが話し合っている様だ。
最終的に、『今から指示通り動け』と言う答えが通信機から返ってきた。
ふと後ろを見ると、全くの無言で、ウォルフは音も無くついて来ていた。

既に出発してから30分以上が経過している。
大分奥に進んだ頃、ある音を聞いて、クロウは反射的に通信機の電源を切った。
足音である。それも何か金属的なものが歩いている感じのものだ。
クロウは壁を背にし、息を潜めて辺りを見回した。
その独特の音のせいか、耳を澄ますとどこから響いてくるのかすぐに分かる。
二人のいる道の先はT字路となっており、そこから右に続く通路から聞こえる。
ふと後ろを見ると、クロウから少し離れてウォルフも警戒していた。

そして、それは現れた。
身長1メートルほどの、白いロボット。
機関銃と一体化した右腕が目を引く。だが、それ以上に、顔は特徴的だった。
幾何学模様が施されていた。それも、歩く度にその模様の中心部が赤く発光するのだ。
それが姿を現した瞬間だった。非常に小さな銃声がした。
瞬間、そのロボットの頭部に小さな風穴が開き、ロボットは崩れる様に倒れた。
「…お前がやったのか」
クロウが振り向くと、ウォルフが黒い銃を構えていた。
その銃身にはサイレンサーが取り付けられている。銃声が小さかったのはその為であった。
「軽率だな」
クロウの言葉に、ウォルフは威嚇的な目を彼に向ける。
だが、既にクロウは通信機で警部と相談していた。
『それは『ポーン』と呼ばれる、ゲイル一味が使う手下ロボットだ。
総勢何体いるのかは分かっていない』
「そんな事はどうでもいい。これからどうする?」
しばらく、オウル警部は沈黙していた。おそらく判断が難しいのだろう。
ウォルフの方を見ると、倒れたロボットに近づいていた。
何やら色々な配線を取り出し、頭部を弄っている。
その様子を眺めていると、通信機から突然、レナードの声が発せられた。
「ウォルフが倒した兵士のメインコンピューターをスキャンするでしょう。
それで本命の工場の位置が分かる筈です」
レナードの言う通り、何かを確認した様子のウォルフは、立ち上がって歩き出した。
「…仕方ない。」
クロウは、ウォルフについて歩き出した。

それからしばらく、二人は工場群の間を歩いていた。
途中、何度か先程と同じ様なロボット兵…ポーンと出くわす事があった。
だが、元々クロウもウォルフも気配を消す事に慣れていたらしく、見つかる事は無かった。
そして、ウォルフの足は、ある地点で止まった。
「…ここなんだな?」
クロウの質問が聞こえていないかの様に、ウォルフはその工場をずっと見上げている。
その工場は、他の工場より幾分か離れた位置にあった。
おそらく、他の工場よりも巨大な飛空船の整備に使われていたのだろう。
長さ、高さ、そして奥行き。どれも、下手なビルより遥かに巨大であった。

他の工場より何倍も大きいとは言え、壁も床もトタン張りである事に変わりは無い。
クロウのいる地点からは、この工場の左右の端は見えなかった。
入口らしきものも見当たらず、中の様子を探る事ができるものと言えば、遥か上方の壁にある小さな窓だけであった。
クロウはとりあえず、オウル警部達の指示を仰ぐ事にした。
「ウォルフが本命の工場を見つけた。だが入口が見当たらない。
見つけるにはまだかなり時間がかかりそうだが、どうする?」
『ああ、その前に、アタッシュケースの中に爆弾と共に発信機がいくつか入っている。
まず近くの壁に一つ取り付けてくれ。それが突入班の目印になる』
「…次にまたこんな作戦がある時は、もっと正確な位置を事前に掴んでおく事を勧める」
呆れながら言ったクロウの台詞は、当然の事ながら無視された。

「取り付けは終わったが…突入班の為に爆弾も取り付けておくか?」
『いや…その辺りの工場はあまり頑丈にできてはいない。やめておいてくれ。
それより、すまんが進入口は自力で見つけてくれ。迅速にな』
「…しょうがない」
クロウは佇んだままのウォルフに目を向け、言った。
「お前は右に行け。俺は左に行く」
そう言った途端、ウォルフの眼光がその鋭さを増し、クロウに向けられた。
どうやら、『監視』という任務の事は忘れていないらしい。
「…勝手にしろ」
クロウは左方へと足を進め始めた。
当然ながら、数メートル後ろをウォルフはついてきた。

「…長かったな。」
数キロにも及んだ道程の先に、やっと建物の角が見えた。
その角を曲がると、露出された非常階段があり、その先にドアを見つける事ができた。
後ろを振り向くと、やはりウォルフの姿は見える。
クロウは、非常階段を上り始めた。


最終更新:2012年01月21日 23:15