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クロウは、慎重に非常階段を上がって行った。
無事ドアには辿りついたものの、当然ながらドアには鍵がかかっている。
更に、その表面は一見して分かるほど錆びついていた。
おそらく鍵があっても、開けようとすれば凄まじい音が響くだろう。
クロウは、刀に手をかけた。が、その手をウォルフが掴んだ。
「…何のつもりだ」
クロウが鋭い眼でウォルフを睨むと、彼はドアの横の方を指差した。
そこには、足場は無いが、手の届きそうな所に窓が見える。
暗闇で見え難かったが、その窓は頻繁に開閉されている様で、枠には埃一つついていない。
「なるほど」
小さくそう言うと、クロウはナイフを取り出し、静かに窓の近くの壁に深く突き立てた。
そしてそれに足を乗せ、窓枠に手を掛けて、内部の様子を見る。
「…!」

中には、巨大な戦艦が鎮座していた。
照明が灯っていない為その全容は掴めないが、この工場を使うだけあって、かなり巨大だ。
どうやら世界中に存在する戦艦・飛空船等と同じく、海洋生物の姿を模しているらしい。
今クロウから見えているのは、尾ヒレの様な部分だった。
「…」
しばらくその戦艦に気を取られていたが、ウォルフの視線にようやくクロウは気づいた。
気を取り直し、クロウは窓の向こうを観察する。どうやら、向こう側にも足場はある様だ。
クロウは、試しに窓に手をかけてみた。
「まさか…罠か?」
窓はあまりにもあっさりと、横へスライドし、開いた。
クロウは首だけ中へ入れ、左右に人がいないのを確認すると、一気に忍び込む。
数秒間、刀の柄に手をかけ、辺りをくまなく見回した。だが、異常は無い。
窓から外に手を出し、ウォルフに合図すると、彼も手際良く入ってきた。
どうやら、ここは小さな廊下らしい。手すりの先に、目当ての戦艦が見える。
まずいな、とクロウは考えた。
ここは一本道。もし工場周辺での様に見張りと鉢合わせれば、逃げ道は無い。
それと同時に、ある嫌な考えがクロウの頭にちらつき、ついに無線を起動させた。
「オウル、目当ての戦艦を見つけた。工場内に配置されている」
『おお、そうか。慎重に進んでくれ。やつらに気づかれないようにな』
「一つ、思ったんだが…本当に空族のボスはこの戦艦の中にいるのか?
 戦艦だけがここで整備されていて、ボスは別の場所にいる、なんてオチは御免だ」
回答は、オウル警部の代わりにレナードから返ってきた。
「その可能性はあるでしょう。しかし、今回の作戦で戦艦や兵器などは破壊できます。
 結果、大幅な戦力が失われるのですから、ボスは何もできなくなるでしょうね」

「兵器などの戦力も、ここ以外に蓄えている場所がある、と言う可能性は無いか?」
今度は、オウル警部が答えた。
『一々疑い出せばキリが無いぞ。エリュシオン、我々警察の捜査能力を信用しろ。
 今は黙って指示に従え。いいな』
一方的に無線は切られた。クロウは苛々した様子で舌打ちすると、無線をしまう。
そして、無言でやりとりを聞いていたウォルフを睨んだ。
「いくぞ」

歩いていくと、戦艦本体に廊下が渡されている部分があった。
だが、戦艦部分から先は厚そうなドアが隔たっている。
ここまでは見回りの兵士に出会わなかったが、そのドアから先はそうもいかないだろう。
クロウは、他に侵入できる部分が無いか、探す事にした。

どうやら、工場の外には数体のロボット兵士・ポーンが配置されていたが、工場内には一体もいないらしい。
戦艦の周りを一周したが、ただの一体にも出くわす事は無かった。
廊下の途中に階段があったので、1階までクロウ達は降りた。
そして、この一階に降りたお陰で、決定的な侵入口を発見する事ができた。
「……」
戦艦の前部は、下部より上部の方が前に出た、流線形をしている。
その下部に、大きなシャッターが付いている。
おそらく、そこから様々な兵器を出し入れさせているのだろう。
そのシャッターが、僅かに開いていた。
「(窓の時といい……招き寄せられている様に思えてならない…)」
クロウは、流線型をした戦艦の前部を見上げた。
この形から察すると、おそらく模した魚は鮫だろう。
覚悟を決め、クロウはウォルフに、侵入する旨を片手で示した。
ウォルフも、油断無く辺りを見回した後、静かに頷く。
二人は、僅かに開いたシャッターの間に身体を滑り込ませた。


予想通り、そこは巨大な格納庫だった。
天井の高さから察するに、この部屋は戦艦の容積をかなり割いているに違いない。
そして、様々な兵器が、そこに悠然と並んでいた。
銀行強盗事件の際クロウが相手にした、あの象型の兵器や獅子型の兵器に似たものも見える。
「想像以上だな…」
思わず、そうクロウは口走っていた。

「戦艦内に侵入。多数の兵器を発見した」
『よくやった。早速取り掛かってくれ』
安堵した様な口調で、無線からオウル警部の声が聞こえた。
アタッシュケースの中を見る。平たい円柱形で、片手で5個は掴めそうな爆弾だった。
「随分小さい爆弾だな。これでちゃんと兵器は破壊できるのか?」
『技術班が総力を挙げて開発した代物だ。丁重に扱ってくれ』
爆弾に丁重も何もあったものではないが、クロウは慎重に扱った。
一つ一つの兵器の、コクピットに近いと思われる部分に爆弾を設置していく。
この作業の間は、一際強くウォルフの視線を感じたクロウだった。

「終わったぞ。だが…本当に空族の兵器はこれで全部なのか?」
『空族の兵力にしては少なかったのかね?』
「いや…むしろ十分過ぎるくらいだ。だが…ちょっと不安でな」
クロウの言葉に、呆れた様な口調でオウル警部は言った。
『ならば問題無かろう。お前の不安だけで作戦を遅らせるわけにはいかない。
それよりも早く動力炉に向かい、同様に任務をこなせ』
「…了解した」
クロウは通信を切ると、格納庫の奥の壁にドアを発見し、慎重に開けた。

そこには、廊下が一直線に伸びていた。
クロウは武器を構えながら、慎重に進んでいく。
「(この廊下の天井の高さと船体の大きさから考えて…3か4階層はあるか?
ここは船の前部だから、動力炉のある後部まで向かう必要があるな…)」
そう思いながら歩いていると、ふと横の壁に、ボードが掛かっているのを見つけた。
そこには、この階の見取り図が書かれていた。
「(随分とタイミングがいいな…)」
冷や汗をかきながら、クロウは見取り図を眺めた。
目当ての動力炉は見つからない。この先はほとんど『倉庫』と書かれていた。
「(動力炉は上の方か。仕方ない。)」
見取り図によれば、階段は現在地の廊下からさほど遠くない場所にある。
クロウは、慎重に廊下を歩き続け、すぐに階段を見つけだした。
次の階でも、見取り図の発見は容易だった。
そして、この階にこそ動力炉があると思われる『機関室』の表示を見つけた。
発見される恐れを感じながらも慎重に進み、クロウはやっと機関室のドアをくぐった。
「………」
そこには、予想以上に巨大なエンジンが積まれていた。
天井の高さから、おそらくこの部屋は2階層分使われているだろう。照明は点いていない。
クロウはすぐに辺りを確認した。兵士のいる気配は微塵も感じられない。
「(ここにも兵士は無し…か。どうも……おかしいな)」

クロウは、動力炉にも兵器と同様に爆弾を仕掛けると、無線機を起動した。
「動力炉を発見し、爆弾を設置した。これで任務は完了だな」
『よくやったぞ。もう作戦の成功は近い。これでこの町も安泰だ』
嬉しそうなオウル警部とは裏腹に、クロウの悪い予感は先程よりも強くなってきていた。
「で、爆弾のスイッチはそっちに戻ってから押すのか?」
『いや、ちゃんと爆弾が作動したかそちらで確認して欲しい。
 戦艦内かもしくは戦艦のある工場内の、見つかる心配の無い場所に身を隠せ。
 身を隠したら、再び連絡してくれ』
了解した、と返そうとした時、不意に無線機の奥から声が聞こえた。
『エリュシオン、お前はそこに来るまでに何回敵と遭遇した?』
今までこの無線機から聞こえる事の無かった声、アルバートだ。
「3、4回ほど…だな。いずれも工場の外での話だ」
『妙だな、スムーズに事が進み過ぎる…ウォルフはいるか』
クロウは背後のウォルフに視線を向けながら、言った。
「いる。…奴は何なんだ?何故言葉を発さない」
今度はレナードの声が聞こえた。
『まぁまぁ、確かに敵の兵士が少な過ぎるのは気になりますが、早く作戦を進めましょう。
 とにかく、ずっとそこにいては見つかる危険性があります。
 早いところ身を隠すべきだと思いますね』
促しの声に、クロウは仕方無く、機関室を後にした。

相変わらず、廊下は静まり返っている。
これまで来た格納庫も、廊下も、機関室も、照明は点いていなかった。
しかし、工場の周りだけはロボット兵が巡回している。
この事実に、クロウは不安を禁じえなかった。
何故肝心の戦艦内の警備が手薄なのか。いくら考えても、まともな理由は思いつかない。
とりあえずクロウは、戦艦の最下層にある倉庫に身を隠す事にした。
兵士には一度も出会わなかったが、相変わらず慎重に、クロウは倉庫のドアを開けた。
「!!!」
何故、戦艦内に兵士が一体もいないのか。その理由が、ここで分かった。
「そういう事…だったか…」
そこに、整然と並んでいた。
先程の格納庫の様に、ロボット兵がそこに並んでいた。
ドアを開けた音にも、クロウの声にも反応していない。
どうやら、まだ起動していない様である。
倉庫の広さは丁度上の階の機関室と同じ位だ。
クロウの背後にいたウォルフも、この光景には息を呑んだ様だった。
「ここで待機しているのか…」
静かにそう言うと、クロウはその倉庫へ足を踏み入れた。

無線機を起動しようか、クロウは迷った。
おそらく、一定以上の音がこの室内に流れれば、ロボット兵―ポーン達は起動するだろう。
それを察してか、後ろのウォルフも足音を立てないように歩いている。
並んだポーン達の後ろの方に、身を隠せそうな大きな荷物が並んでいた。
どうやら、『兵士の待機所』と言う役割の他に、本来の意味で倉庫としても使っている様だ。
クロウは、周りのポーンに触れない様に注意して歩き、やっとそこへ辿りついた。
近くで見ると、無数の木箱が並べられ、その上からシートを被せている様だった。
クロウは音も無く跳躍すると、そのシートの上へ飛び乗った。
一瞬、着地時の音が響いたが、どうやらその程度の音ではポーンは起きないらしい。
クロウは、無線機を起動し、できる限りの小声で呼びかけた。
「先に言っておく。できるだけ小さな声で話してくれ。ここは奴らの倉庫の中だ。
目の前に起動していない無数のポーン達がいる。…ここで爆弾を起動させる」
『なっ…何を考えてる…!そこにいては見つかるぞ…!』
「いや、よく考えてくれ。奴らはここから出て行き、そして艦内を動くだろう。
まず爆破地点を探し、そしてそれ以外の部屋、それから工場を探す。
だがおそらく、ここを探すのはかなり後になってからの筈だ。
まさか自分達がいた場所に堂々と敵が入り込み、潜んでいるとは中々考えないものだ」
しばしの沈黙の後に、答えは返ってきた。
『よかろう。私がカウントするから、ゼロになった時に爆破してくれ。いいな』
ふとクロウはもう一つの班、すなわち突入班の方が気になった。
「…突入班の方はまだ待機しているのか?」
『いや、ついさっきそちらの工場へ向かった。ICSOのレナードも行った筈だ』
クロウは、律儀にここまでついてきたウォルフを一瞥しながら、言った。
「分かった。ではカウントしてくれ」
オウル警部は、5からカウントを始め、数字を減らしていった。

轟音。激しい振動。それが一気に室内を襲った。
警報の様なものが艦内に響き渡り、室内の照明が一斉に点灯する。
無数のポーン達は予想通り、顔の幾何学模様を輝かせ、慌しく動き出した。
規則正しく、ポーン達は部屋から出て行く。ここまではクロウの予測通りだった。
だが、最後に、3体のポーンが部屋に残った。
背後の荷物の方を振り向くと、そちらへ向かい歩き始めた。
「ちっ…しっかりした奴らだ…!」
クロウは荷物の上からポーン達とは反対の方向へ飛び降り、刀を抜く。
そして、一気に荷物の影から飛び出し、一体の首を斬り飛ばした。
即座に残りの二体へと眼を向けたが、既にウォルフがその二体の頭を撃ち抜いていた。
クロウは、いつもの様に眼だけを爛々と光らせたウォルフに言う。
「これで無事に任務は達成した。お前も俺を監視する必要は無い」
ウォルフはこれまでで一番鋭い眼で、クロウを睨んだ。

しばらく、睨み合いが続いた。
クロウは睨み続けながら、通信機に声を掛ける。
「予定通り、爆破を実行した。突入班の方はどうなってる」
『うむ。そちらからの通信も今入った所だ。
目当ての工場を発見。内部の戦艦に向けて突入を開始したよ。
途中、多数のポーンと交戦したが、こちらに損害は無く全て倒したそうだ。
君とウォルフは、突入班と協力し、ギャスパー・ゲイルの逮捕を目指してくれ』
「了解し…」
返事をする途中、先程の爆破よりも大きな轟音と振動が響いた。
あまりの振動に、ウォルフもクロウもその場に膝をつく。
異常を察したのか、通信機の向こうからオウル警部の呼び声が聞こえた。
『何だ!?一体どうした!』
「分からない。何か爆発した様な感じだった。オウル、あの爆弾は時間差で爆発するのか?」
『そんな筈は無い。スイッチを押せば、一斉に爆発するようにできている筈だ!』
「では少なくとも爆弾ではないという事だな。原因究明に向かう」
そう言うと、クロウは立ち上がった。
轟音の方向を考えると、どうやら原因は格納庫の方角にある様だ。
彼は、倉庫のドアへ走り出した。
これまで通り、ウォルフもその後をついてきていた。

「なっ…」
格納庫は、火の海となっていた。
整然と並べられていた数十体もの機動兵器の一つ一つに爆弾を取り付けたのだ。
その様な光景になってもおかしくは無い。クロウも、それは予想していた。
だが、予想外の点が二つあった。
一つは、この戦艦にスプリンクラーなどの消火設備が一切無かった事。
戦闘艦としては致命的な事だが、これはクロウには関係の無い事だ。
問題はもう一つ。彼の視界の先にいる、一体の兵器。
人型をした、巨大なロボット。それが、巨大な腕を振るっていた。
その身体は、先程この格納庫に置かれていたもののどれよりも巨大なものだった。
一際眼を引くのが、巨大な鉄球の様な形の、腕の先端である。
その周りには、既にここまで到達できていたのだろう多数の突入装備をした警察官がいた。
彼らは、この兵器を取り囲み、拳銃やライフルを浴びせている。
だが、どれも全くと言っていいほど効果は無いらしい。
そして、その兵器が腕を振るう度に、多数の警察官達が吹き飛ばされていた。
「くそっ…」
他にも突入班が侵入する経路はあるだろうが、ここが一番効率の良い場所だろう。
しかし、そこに兵器が暴れ回っていれば、作戦は大幅に遅れてしまう。
クロウは迷わず、刀を構え、人型の兵器に向かって走り出した。

巨大な人型の兵器までには、まだ少し距離がある。
クロウにとって、その距離が問題であった。
巨大な鉄球付きの腕。その長さは相当なものだ。
クロウの刀とのリーチの差は、かなりのものがあった。
真っ向から闘っていけば、確実に相手の方が有利な状況である。
だから、あの兵器に知覚されていない今の状況から奇襲をかけるのが一番の手なのだ。
クロウは、できる限りの力で前方の兵器へと走って行った。
だが。
「くそっ…!!」
人型の兵器は、その顔をクロウの方へと向けた。存在が知られてしまった。
当然、クロウの刀は届かない。だが、幸いにも相手の腕も届かない距離であった。
その時、こちらを向いた相手の頭部に、変化が生じた。
その中央部分、すなわち顔面の部分が、上下に大きく開いたのだ。
そして、その開いた部分からは、大きな砲身が顔を覗かせていた。
「…!!」
その砲身が火を噴くのと、クロウが後ろに跳んだのは、ほぼ同時だった。
一瞬前、クロウがいた場所で大爆発が起こった。
「何て奴だ…くそっ…!」
後ろに跳んで回避したクロウは、その砲撃の威力に思わずそう言った。
地面がめり込み、そしてその部分には大きな炎が発生している。
どうやら、焼夷弾が装填されているらしい。
クロウはしばらく、砲撃を避けながら、あの兵器をどう倒すか思案した。
だが、その答えが出る前に、状況に変化が起こった。
クロウの前に、ウォルフが出て来たのだ。思わず、クロウは叫んだ。
「何をしている!!」
ウォルフは、いつもの様に黙ってその場に立ち、銃を構えていた。
だが、中々引き金を引かず、両手で銃を持ったまま、動こうとはしない。
兵器はウォルフを見つけると、クロウに対してと同じように砲身を向けた。
「おいっ!!」
クロウが叫ぶのとほぼ同時に、砲撃はウォルフの足元に着弾し、大爆発を起こした。

「くそっ…!!」
このままここで考えを巡らせても、ただ被害が拡大するだけだ。
ウォルフの最期を目にしたクロウはそう結論をつけ、走り出した。
人型の兵器はその照準をクロウにつけ、再び砲身を向ける。
クロウが跳ぼうとした、その時だった。
突然、そのロボットの頭部が、大爆発を起こした。
「!!?」
クロウは思わず、後ろを見た。

全身に炎を纏ったウォルフ・グロッグが、先程爆発した場所から出てきていた。
「な…!?」
しばしウォルフの姿を凝視していたクロウだったが、大きな轟音で正気を取り戻した。
ふと目の前の人型の兵器を見ると、頭部がほぼ無くなり、地面に倒れ伏していた。
おそらく、あの兵器が砲弾を発射する刹那、ウォルフがその砲弾を打ち抜いたのだろう。
クロウは再び振り向いて、ウォルフの方を見る。
ウォルフは、今まで着ていたICSOの所属である事を示すコートを脱ぎ捨てていた。
そして、そのコートの内側には、ボディアーマーがあった。
ディグアウターが着る様なタイプで、色は赤。
だが、決して鮮やかではなく、どす黒くなる直前の血液の色、と言った風であった。
「なるほど…そういう事か」
クロウは、今までウォルフが自分の後を忠実について来れた理由が今分かった。
普通の靴では音が出てしまう場面でも、ウォルフは決して足音を出してはいなかった。
それも、特殊に加工された脚部のパーツがあったからだ。
クロウは、今までそれに気づかなかった自分に呆れた。

巨大な人型の兵器を倒した事で、格納庫には突入班の警官が次々に入ってきていた。
クロウはその様子を見ながら、無線機を起動させる。
「こちらエリュシオン。そっちで状況は把握しているか?」
有無を言わさぬような怒りを込めた、低い声が無線機の中から聞こえてきた。
『突入班からの連絡で大体の状況は把握している。
一体どういう事だ。説明してもらおう』
「俺は、船の格納庫にいた兵器には全て爆弾を取り付けた。
だが、突入班を襲ったあの兵器は、最初格納庫にはいなかったものだ。
問題はどこから入ってきたか、だろうな」
今度はアルバートの声が聞こえた。
『その説明、本当なのだろうな?』
クロウは溜め息をついて、言った。
「嘘なら、とっくにウォルフが俺を撃ち殺してる。
お前も自分の組織の者なら信用できるんだろう?」
返答は沈黙であった。クロウは、これが妙に気になった。
「お前、ウォルフを俺の監視につかせると聞いた時も、決して良い顔はしていなかったな。
まさか、自分以外の誰も信用していないのか?」
『馬鹿を言うな!お前は黙ってさっさと任務を果たせ!!』
一方的に、無線は切られた。
その様子に呆れたクロウだったが、その時、二度目の異常事態が起こった。
格納庫の壁が轟音と共に破られ、そこから、先程の人型の兵器が何体も出て来たのだ。
「な…何だとっ!!」
この事態に、ウォルフでさえもその眼に驚愕の色が浮かんでいた。

「一体…どういう事だ…」
先程オウルが言った言葉を、クロウは呟いていた。
格納庫の壁と言う事は、つまり格納庫の隣の部屋から出て来たに違いない。
だがその隣の部屋には、あんな兵器を収納できるスペースなど無かった筈だ。
廊下の壁に掛かっていたボードによれば、の話だが。
「やはり……罠だったのか……!!」
クロウは唇をかみ締め、そう呟く。
そして、先程廊下へと続いていたドアを一瞥すると、ウォルフに向かって叫んだ。
「ウォルフ!!この作戦、完全に失敗だ!!
警官たちを避難させ、すぐにここから逃げろ!」
既に、多数の兵器は、逃げ惑う警官達に長い腕を叩きつけ、砲撃を浴びせている。
クロウは、この状況を打破する、最後の賭けに出た。
何をする気なのか聞きたそうな眼のウォルフを尻目に、彼はドアをくぐり、走りだした。

完全に、こちらが予想し得なかった異常事態。
クロウは戦っていた時も、そして今こうして走っている時も、考えていた。
あの人型の兵器の出現。更にその増援の出現の、タイミングの良さ。
これは空族のボスが、カメラなどで自分達の動きをリアルタイムに把握していた為だろう。
そして人型の兵器は、自身のいるフィールドが『戦艦の内部』である事を考慮に入れた戦い方を一切していなかった。
そこから、空族のボスがどの様な状態なのか、二通りの推理ができる。
一つは、この戦艦自体がダミーであり、ボスは安全な位置でこの作戦を見ている。
だがこれは考え難い。何故なら、こんな大規模なダミーを一介の空族が作れる資金力を持ち得るのか、甚だ疑問であるからだ。
もう一つは、戦艦の損傷などに気を使っていられないほど、形振り構わない状況なのか。
これは、クロウたちの動きに気づいたボスが焦ってあの人型の兵器を起動させた、という推測だ。
この推測ならば、人型の兵器の、出現の仕方にも説明が付く。
一体が倒された為に、ボスが何体もの同型機を一斉に起動させたと考えられるからだ。
この推測から考えると、現在ボスは焦って脱出しようとしているに違いない。
クロウは階段を駆け上がりながら、無線機を起動させ、言った。
「オウル!突入班は、戦艦の置いてある工場を包囲しているのか!?」
『あ、ああ。何せ、人員の多くを割いた班だからな。
 班の内、文字通り戦艦に突入する隊と、包囲する隊に分けてある。それがどうした?』
「いや…それでいい」
それならば、空族のボスは工場内から出る事はできない。
クロウは、各フロアのボスがいそうな部屋を探し始めた。
下の階では、未だに何度も轟音が鳴り響いている。

先程は見ていた各フロアのボードも、既にクロウは見ていなかった。
まぁ、一度騙された代物を再び参考にする者などいる訳が無いのだが。
正直、各フロアを探し回るのは、流石のクロウでも骨が折れる作業だった。
更に、時間が掛かれば掛かるほど、階下の突入班が気になってくる。
クロウはできるだけ急ぎ、空族のボスを探した。
そして、ついに最上階まで辿りついた。
「…あとは…この階か……」
驚いた事に、最上階は廊下だけが広がっていた。
階段を上りきると見える、見渡す限りの廊下と、遥か前方に見えるただ一つのドア。
クロウは躊躇い無く、そのドアへ走って行った。

殆ど打ち破る様に、ドアを開ける。だが、鍵は掛かっていなかった。
「………」
そこは、明らかにボスの部屋と分かるものだった。
高級そうな、鮮やかな金色の装飾が施された木製の机。
同じ素材と装飾がなされた棚が、両側に置いてある。
赤い絨毯も金色の縁取りがなされた、高級感のある代物。
椅子に至っては、大きな背もたれの、柔らかそうな黒皮のものだった。
だが、そこには誰も座っていない。
クロウは、その椅子の間近まで歩き、その上に手を当てた。
アーマーを通して、その表面の温度が伝わってくる。
冷たい。つまり、かなり前からここにボスはいない。
「やはりこの作戦…失敗か…?」
作戦の情報が漏れたのか、察知が早かったのか、それとも元からここにいなかったのか。
どちらにしても、今ここにボスはいない。クロウの行動も無駄に終わった。
彼は念の為、隠し通路などが無いか、奥の壁や左右の棚の裏側を、徹底的に探した。
だが、それらしいものは何一つ出てこなかった。
残りの希望―工場を包囲した突入班が逃走するボスを捕縛する事を願い、クロウは部屋を出ようとした。

異変は、その時起こった。

今まで不規則に続いていた轟音、すなわち格納庫での人型の兵器が暴れる音。
その音は、いつの間にか止んでいた。その代わりに、別の轟音が響きだした。
連続し、轟音は響いている。クロウは、これが何の音なのか、考えた。
だが、その答えが彼の頭に出る前に、異変は更に変化を始めた。
轟音と同じ様に連続して、床が激しく振動を始めた。
奇妙な浮遊感を感じ始めた所でやっと、クロウはこの異変が何なのか理解できた。
「戦艦が…動き始めた…!?」

反射的にクロウは、無線機のスイッチを入れた。
こちらが何か言う前に、焦った様な声が響いてきた。
『一体どうした!?何があったと言うんだ!』
「落ち着け。俺は今、空族のボスがいたと思われる部屋にいる。
だが、肝心のボスは影も形も見当たらない。そして部屋を出ようとしたらこの異変だ。
一体何が起こったか、そっちで把握できないか?」
クロウの言葉で、やっとオウル警部は普通に話し出した。
『よく聞け。工場を包囲していた隊、それに工場内部から戦艦を監視していた隊。
この二隊からの報告だ。突然工場の扉が開き、戦艦が動き出したそうだ。
エリュシオン、ちゃんと動力炉に細工をしたのか!?』
「当たり前だ!…だが、ちゃんと作動したかどうかは確認していない。
もしかすれば、あの爆弾だけ不発だったのかもしれない」
格納庫の方が気になったクロウは、そちらの様子をオウル警部に聞こうとした。
だが、答えは警部の方から返ってきた。
『戦艦に直接突入した隊からの連絡が来ない。
彼らの安否が確認できるのは君だけだ。早急に確認してきてくれ!』
「何だと…!」
クロウは急いで無線機を切った。そして、階下へ向け走り出した。

確か、自分は戦艦に突入した隊の避難を任せた筈だ。あの男に。

動力炉に仕掛けた爆弾は爆発しなかった。
爆弾はケースに何個も入っており、どれがどこに設置されるかは分からない。
すなわち、動力炉に設置した爆弾に手を加えられるのは、クロウ自身と、あの男だけ。

空族のボスはここにいなかった。つまり、作戦が漏れていた可能性がある。

これら全ての事象が、ある推測によって、説明できた。

「………」
嫌な臭いだった。普段は焼かれない肉が焼ける臭いだ。
格納庫は、炎とこの臭いに満ちていた。
あれだけいた人型の兵器は、全て砕け散っていた。
そこら中に、焼かれ、潰され、そして射殺された警官の死体が転がっていた。
「何故だ…!」
クロウの問いにも、瓦礫の上に立つ男は答えない。
アーマーと同じ色の液体に濡れた、男―ウォルフ・グロッグの眼は、鋭かった。
「…そうか」
クロウは刀を抜いた。もはや問答など無意味である事は明白だった。

クロウはウォルフを見据えながら、無線を起動した。
「聞こえるか。戦艦はまだ移動し続けているのか?」
『どうした!戦艦に突入した隊はどうなっているんだ!?』
有無を言わさぬ口調で、クロウは言った。
「質問に答えてくれ」
しばしの沈黙の後に、オウル警部は言った。
『非常に遅くであるが、飛行し続けている。方角は南、海へ向かっている。
この速度だと、そこまで行くには数時間は飛行する必要があるがな。
じき無線も使えなくなる。今のうちに答えろ。突入班はどうなった!!』
「全滅だ」
沈黙が返ってきた。もしかすればオウル警部は気絶したかもしれない。
「アルバートはいるか」
いる、とアルバートの重苦しい答えが返ってきた。
だが、更に重苦しくさせる報告をしなければならない。
「そちらさんの隊員が裏切った。戦艦に突入した隊を全滅させたのもそいつだ」
『何だと!?ウォルフもレナードもか!?』
アルバートの言葉で気がついた。
クロウの足元の、人型の兵器の残骸。その下に、一本の腕が見えた。
特徴的なコートの袖が見える。
その右腕は、何かを掴むような動作をしたまま固まっていた。
「いや、レナードは死んだ」
更に驚愕するアルバートの声にノイズが入った。
そのノイズを合図に、急速に向こうの声が小さくなり、そして聞こえなくなった。
クロウは無線を切って、バックパックにしまった。

「見事に騙された。お前が裏切り者だったとはな」
クロウはウォルフを見据え、言った。ウォルフは喋らない。
「これだけの人間を殺しても顔色一つ変えないか」
クロウは歩き出した。ウォルフは両手に持つ拳銃のうち、右手の一丁を彼に向ける。
それでも、クロウは歩き続けた。
「何故何も言わない。それとも何も言えないのか」
ついに、クロウはウォルフの目の前に立った。
ウォルフは、そのクロウの額に銃口を向けている。それにも構わず、クロウは言った。
「お前は、一体何者だ。ウォルフ・グロッグ」
そう言った直後、急にクロウの全身が総毛立った。
それまでずっと無表情だったウォルフの顔に、変化が起こっていた。
その顔には、口の両端が上に引き攣った、氷の様な笑みが張り付いていた。
「お前こそ何者だ。クロウ・エリュシオン」
静まり返った格納庫の中で、銃声が響いた。


最終更新:2012年01月21日 23:15