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暗闇の中で、スポットライトが四方に向かい合った四人の人物を照らしている。
一つは、黒いマントとシルクハットを被った男を。
もう一つは、黒いスーツを着て、額まで禿げ上がった白髪に髭を生やした老人を。
更にもう一つは、純白のスーツを着た金髪の小柄な少年を。
最後の一つは、白いマントとフードを被った男を。
帽子とフード、そして髪の毛や姿勢のせいで、全員その顔は影となり、見えなかった。
「これで全員じゃな」
最初に口を開いたのは、老人だった。
「さて、今日の議題は幾つかあるが、まず…ベテルギウス、貴様の行動についてじゃ」
老人の言葉に、黒いマントを着た男が発言した。
「ほう、私の行動に何か御不満な点でも?」
彼の言葉に、小柄な少年がクスクスと小さな笑い声を漏らす。
片眉を吊り上げ、老人は不愉快そうに言った。
「黙れリゲル。ベテルギウス、貴様はどういうつもりだ?何故探偵など雇った?」
シルクハットの男―ベテルギウスは言った。
「純粋に、興味が湧いたからですよ。
あの銀行強盗犯は何故、その様な選択をしたのか、がね。
まぁ、私も今後はこのような行動は慎む事にしますよ、プロキオン」
老人―プロキオンはしばらくベテルギウスを睨みつけていたが、やがて言った。
「まぁ、分かればよい。今のわしらには時間が無い。次に進むとしよう。
次はその銀行強盗事件、並びに先日起きた、空族の一件じゃ」
その時、プロキオンの言葉を遮り、白いフードの男が口を開いた。
「何故、私がここにいるのでしょう?私は本来、あなた方に使われる立場である筈。
議題を進める前に、この場に私を呼んだ理由をお話し頂きたい」
プロキオンはそれを聞くと、視線をベテルギウスの方へ向けた。
それを受け、ベテルギウスは口を開いた。
「今プロキオンが話した議題こそ、あなたに聞かせたかったからですよ。
元一等粛清官、ロックマン・ロード」
白いフードの男―ロックマン・ロードは、真っ直ぐに視線をベテルギウスに向けた。
「そうですか。ならば最初にそう言っておいてほしいものですね」
ロードの言葉に、ベテルギウスはただ微笑を浮かべるだけだった。
「続けるぞ」
プロキオンがそう言うと、プロキオンとベテルギウスの間の空間に、モニターが現れた。
そのモニターには、所々にノイズの入る、粗い映像が映し出されていた。
それを見て、初めて小柄な少年―リゲルが口を開いた。
「何だい、これは」
「銀行強盗の当日、銀行に取り付けられていた監視カメラだ。
先日の空族の件では現場に監視カメラがなかったのでな、こちらの映像しかない」
「へぇ、で、これに何が映っているんだい?」
苛々した様子で、プロキオンは言った。
「黙っておれリゲル、すぐに我々の望むものが見えてくる」

映像は、シンプルな銀行の廊下を延々と映していた。
左下に『22:29』と表示されている。
だがその時、映像に変化が生じた。廊下の奥の方から、一人の人物が現れたからだ。
その人物は丁度カメラの中央付近で立ち止まった。その顔ははっきりと映っている。
と、次の瞬間、その人物の真横の壁が盛大に砕け始めた。
そして、映像は砂嵐へと切り替わった。
「これで全部だ」
「たったこれだけ?何だつまらない」
リゲルの言葉に、プロキオンはあからさまに不快そうな声を響かせる。
「黙れと言った筈だぞリゲル。今回の議題は、この映像に映っていた人物についてだ」
そうプロキオンが言うと映像が巻き戻り、人影が廊下の中央付近にいる場面で止まった。
リゲルがそれを見て、言う。
「この装備は…ディグアウター?何故銀行にディグアウターが?
プロキオン、これは銀行のどこの映像なんだい?」
何度言ってもリゲルが発言を止めないので、プロキオンは諦めたらしかった。
「そう急かすな。ここは銀行の地下一階。普通の客は出入りできん場所だ。
この映像は事件解決より約40分ほど前のものだ。
このディグアウターは、その事件解決に一役買った人物らしい。
無論、公式には発表されとらんがな」
プロキオンの言葉に続いて、ベテルギウスが口を開いた。
「デコイが一人で敵地の真っ只中にいるなど、通常ならば考えられません。
それも、今の映像を見る限り、おそらく銀行強盗の攻撃をまともに受けていた。
しかし、この人物はその後も銀行強盗と戦い、見事事件を解決に導いています。
驚くべきは、この人物は後日警察に頼られ、先日の空族退治にも参加している事です」
リゲルは急に口笛を吹くと、言った。
「なるほど、それで空族の話に繋がってくるんだね」
「そういう事です。さて、こんな事が、果たしてただのデコイに可能なのでしょうか?」
そこでベテルギウスは、リゲルではなくロックマン・ロードを指差した。
指差されたロードの眼はモニターに釘付けとなっており、その口元は――笑っていた。
「俺は…こいつを知っている……知っているぞ!!」
訝しげな視線を送るリゲルを意に介さず、ロードは高笑いを始めた。
「フッ…フハハハハハッ!!まさか!!まさかまたお前の姿を見る事になろうとはな!!
あの時は俺の負けだったが、次は必ず…必ずお前を殺す!!
待っていろ、ロックマン・ミラージュ!!」
「黙れぃ!!!」
プロキオンの一喝に、ロードは半ば強制的にに高笑いをやめさせられる事となった。
「ロードよ!勝手な行いは許さんぞ!!
ただでさえ現在は、ヘブンの件で我々の尻には火が点いておるというのに!
これ以上厄介事は起こすな。分かったな!!!」
ロックマン・ロードは、ゆっくりと跪き、言った。
「仰せのままに。古き神々よ」


お大事に、との声を背に受け、クロウは病院を出た。
長い間安静にしていた為、身体が酷く鈍くなっているな、とクロウは感じた。
「………」
装備を入れたバッグを片手に持った彼の現在の姿は、私服である。
彼は、一瞬周りに視線を巡らせると、この町の住居であるアパートに向けて歩き出した。
しかしその注意は、彼の出発と同時に駐車場を出た一台の乗用車に向けられていた。
「(一体何者だ…?)」
彼は先程はっきりと、その車の中の男達からの視線を感じたのである。
しばらく歩き続けて、やがて彼は納得する答えを頭の中から探し出した。
「(なるほど、私服の刑事か)」
銀行強盗の一件以来、クロウ・エリュシオンと言う存在は警察の注意を引いている。
おそらく、彼らは今後も何かと理由をつけては、空族の一件の時の様に彼を利用しようとするだろう、と彼は予測していた。
「(やはり、あの時投降したのは間違いだったのか?)」
銀行強盗の一件…満月の夜の出来事が、クロウの脳裏を掠める。
「(いや…仮定や後悔などするべきではないな)」
そう結論付け、クロウは仕方なく後ろからついてくる車を放置した。
だが念の為、車の入れない路地など、色々な道を歩いて尾行を撒き、アパートへ戻った。

「やあ、久しぶりじゃないか」
階段を上がり、彼の部屋の階まで到達すると、声が聞こえた。
ボサボサな金色の短髪で緑の瞳の、20歳前後の青年が、階段の頂上付近にいた。
「トムか」
トム・クレイブ。このアパートの近くにある大学に通う学生である。
また、クロウの部屋の隣に住んでおり、クロウとは顔見知りであった。
「相変わらず辛気臭い表情してんなぁ。
ディグアウターなんて世の子供達からは大人気の職業だってのに」
「俺の気分と職業は全く関係が無い。お前も相変わらず暇そうだな」
クロウの言葉に、トムは爽やかに笑った。
「それがな、聞いてくれよ。またフラレてなぁ……」
「お話中のところ失礼してもよろしいですか?」
気がつくと、クロウの後ろに一人の少年が立っていた。
トムとは違いしっかりと整えられた金色の短髪に緑色の瞳、整った顔立ち。
そして緑の制帽と制服。
「お、ヨハンじゃねぇか。お前は相変わらず働き者だな」
「いえいえ。それよりこの階のリチャード・キースさんにお手紙ですよ」
その名前を聞くと、トムは苦そうな顔をした。
「あのおっさん、いびきが五月蝿いんだよなぁ。何回抗議しに行ったやら。
でも凄ぇゴツイからあんまし強くも言えないんだよなぁ」
トムの話に、ヨハンはクスクスと笑った。

「それでは、私はこれで」
「おう、サボんなよー」
「ははは、あなたと一緒にしないで下さい」
そう言い残すと、ヨハンはさっさと下の階へ降りて行ってしまった。
「野郎、意外と毒舌じゃねぇか…」
何に対してなのか分からないが、悔しがるトムをクロウは呆れた様子で見ていた。
「俺はもう部屋に入るぞ。と言うかお前はここで何してたんだ」
「暇だったんだよ。なぁ、飯食いに行こうぜぇ」
現在の時刻は午後四時。昼食には遅過ぎ、夕食には早過ぎる。
無茶言うなとクロウが返そうとした所で、別の声が廊下に響いた。
「クロウ・エリュシオン」
いつの間にか、トムの背後に、一人の女性が立っていた。
腰まで伸びた緑の髪を後ろで縛った、褐色の肌で紅い瞳の20代前半ほどの長身の女性。
額には包帯が撒いてあり、服装は灰色の長袖のシャツとズボンを着ている。
その女性は、毅然とした表情で真っ直ぐクロウを見つめていた。
「何故……お前がここにいる?」
呆気に取られたクロウの問いなど聞こえなかったかの様に、その女性―ゼゼは言った。
「ノア様がお呼びです。至急来いと」
その時、ゼゼの横にいたトムが耐え切れなくなった様に口を開いた。
「あー…彼女?」
「違う。トム、頼むから部屋で大人しくしていてくれ」
「しゃあねぇな…分かったよ」
いつからか廊下内にたちこめた重い雰囲気に、トムは大人しく従い、部屋に戻った。
だがクロウは、あの様子だとドアの前で聞き耳を立てているだろう、と予想した。
クロウはゼゼに向き直ると、幾分怒気を帯びた答えを彼女に返した。
「断る。幾らなんでも緊急過ぎるぞ。いつもなら俺に選択権を与えていた筈だ。
それが直接お前を寄越すなど…」
「それほど緊急な要件であると、予測がつきませんか?」
発言を途中で遮断されたクロウは、しばし沈黙し、思案し、そしてやっと結論を出した。
「(奴め…これで下らん話なら拳の一発でも喰らわせないと納得がいかない!!)」
クロウは黙って振り返り、自分の部屋へ向かって歩き出した。
そして、ゼゼの方へは振り向かず、言った。
「俺の部屋の前で待て。支度をしてくる」

5分で私服からたちまちアーマー姿へと着替えたクロウは、部屋から出てきた。
「ついてこい。ただし足音を立てるな」
ゼゼを一瞥し、小声でそう言うと、クロウは階段を上階の方へと上りだした。
ゼゼは、訝しげな視線を向けながらも、無言でクロウの後を歩き出した。


「…まだ開いてるな」
アパートの屋上。そこは、クロウが銀行強盗を退治しに行った時のままだった。
ドアも相変わらず鍵が無く錆びて酷く開けにくい状態で、無理に開けると軋む音がする。
「俺はこの島から遠ざかるまで光学迷彩を起動しておく。
本来のお前の姿は、おそらく誰かに見られるだろうが…仕方ない」
「いいえ。私の姿は誰にも見られる事はありません」
ゼゼの言葉に疑問を浮かべながら、クロウは屋上に出ると、軋む扉を無理矢理閉めた。
「なるほど、ここならば誰にも見られる事無く飛び立てます」
そう言うとゼゼは、額に巻かれた包帯を解いた。
その額には、大きな赤い瞳がその存在を誇示する様に、輝いていた。
次の瞬間、ゼゼの身体が発光した。
そしてその発光が止んだ頃には、その身体は漆黒の巨大な『鳥』へと変化していた。

クロウは右腕の操作盤を開くと、慣れた手つきで操作を始めた。
それから一分も経たずに、クロウの姿はその場から『消えて』いた。
「エネルギーが尽きる前に、とっとと行くぞ」
『ならば早く乗れ』
一瞬顔をしかめてから、クロウは変化したゼゼの背中に乗った。
すると、ゼゼの身体もその場から消え始めた。
「お前も光学迷彩が使えるのか…!」
クロウの言葉を無視し、ゼゼの身体はその場から浮上を始めた。
クロウは傍にある、ゼゼの背中から生えた長い角を掴み、バランスを取る。
十分にアパートの屋上から浮上したゼゼの身体は、次の瞬間遥か遠くへ飛び立っていた。
『ノア様からの命令だ。着くまで光学迷彩は解くな』
「………」
変化した途端口調の変わったゼゼに、クロウはあまり良い気分はしなかった。

「…そう言えば、お前には一つ聞きたい事があった」
前方から凄まじい風が吹きつけてくる。
首に巻かれたスカーフを口元まで引き上げながら、クロウはそう言った。
『何だ』
今のゼゼの耳に言葉が届くかどうかクロウは少し心配だったが、どうやら通じたらしい。
「何故お前はノアに服従している。奴に造られたのか?」
しばし、沈黙がその場を包んだ。
その間にも、ゼゼの身体は凄まじい速度で前方へと進んでいる。
既に、周りには陸地も見えず、360度の全視界が水平線だった。
『…私は、元はマザーに仕えていた』
突然ゼゼが言葉を発したので、クロウは顔を上げた。
今、彼は片手で傍らの角を掴み、その場にうずくまっている。
この場に立つと、頭から足先まで全身に風を受けてしまう為、体力を消費するのだ。
クロウはその体勢のまま、黙ってゼゼの話に耳を傾けた。

『私はこの世に生まれた時からマザーに仕えるのが使命であり、それが当然だと思った。
 だが、マザーの方は私の事をどう思っているのか、分からなかった』
「そのマザーというのは、どちらだ?」
『ヘブンの…マザー・セラの方だ』
そう聞いて、何となくゼゼの話の結末がクロウには見えてしまった。
「…俺がヘブンにいた頃は別のリーバードがマザーに仕えていたな」
『ああ。ノア様が仰っていた。おそらく私の弟に当たるのだろう、と』
「そうか…続けてくれ」
一泊の間を置き、ゼゼは話を再開した。
『ある時の事だ。私はマザーの命令で、地上へ向かった。
イレギュラーと戦っている粛清官たちを、支援するようにと。
その場には、もう一人…マザー・ユーナに仕えるリーバードも来ていた。
戦いは混乱を極め、空からでは味方と敵が判別もできない状態だった』
それを聞いてクロウは、自分の粛清官の時代を思い出さずにはいられなかった。
『だが私は、容赦無く地上を攻撃した。マザーの命令は絶対だったからだ。
…それが仇となったのだろうか。地上から放たれた一発のレーザーが私を射抜いた。
動力部付近を撃たれた私は、地上に落下した。
だが…誰も虫の息の私の事を気に掛けなかった。
私は、頭の中で、必死にマザーに助けを求めた。
しかし…戦いが終わっても、誰も私を助けようとはしなかった。
一人の粛清官が私の姿を見て、言っただけだった。
「リーバードが使えなくなった。マザーに報告する必要がある」とな。
私は…絶望した』
しばし、ゼゼは沈黙した。その時の事を思い出しているのかもしれない。
クロウは、ポツリと言った。
「お前も…ヘブンに見捨てられた者の一人か」
クロウの言葉がきっかけとなり、ゼゼは再び話し出した。
『次に、私が目覚めたのは、ノア様の研究室だった。
あの方は、私を一目見て仰った。「私はとても運が良い」と。
その言葉の意味が分からなかった私は、言った。「殺してくれ」と。
だが、あの方は首を振り、答えた。「今日から、私の駒にならないか」とな』
「…その問答、聞き覚えがあるな」
『私は恐れた。だから…言った。「いつかお前も、私を見捨ててしまうのだろう」と。
あの方は…言った。「ならばその命、私に預けてくれ」と。
そしてこうも言った。「そうしてくれれば、君は私の一部。身体の一部を喜んで捨てる人間などいない」と。
そして最後に「嫌になればいつでも私を見捨ててくれていい。君にはその自由がある」と、そう言ってくれた。
『自由』という言葉を聞いて…私の中で色々な想いが浮かんでは消えた。
そして……私は…あの方に従う事を選んだのだ。』
ゼゼの話が終わる頃、目的地は視認できるようになっていた。

そこは、直径3キロほどしかない、ごく小さな島。
上空から見ると、その内部はただ森があるだけに見える。
そして、周囲の殆どは、切り立った崖で覆われている。
砂浜は少ししかないが、その僅かな砂浜のお陰で、船での侵入も辛うじて可能である島。
ノアが住むのは、そういう島だった。
着陸し、人間の姿へと変化したゼゼと共に、クロウは島の中心へと進む。
森の中は酷く歩き辛く、毒蛇や毒蜘蛛等もいる。
「いつもいつも歩き難くて嫌になるな。わざわざ歩いた痕跡を消してでもいるのか?」
クロウの質問にも、ゼゼは反応しなかった。
そして二人は、島の中心へと辿り着いた。

そこには、荒れ果てた白い建物があった。
何が原因かは分からないが、上半分は消失し、下半分は植物の蔦や苔が覆っている。
二人は、打ち捨てられてどれだけ経つかも分からない、その建物の中へと足を踏み入れた。
そこは、昔は教会だったらしい。
中も荒れ果て、もはや見る影も無いが、壊れた長椅子らしいものも何脚かある。
上半分が消失しているせいで、日光がその内へと直接注いでいた。
「来たぞ」
クロウがそう言うと、しばらくしてから、声が聞こえてきた。
『やあ、案外早かったね』
建物の入り口から正面奥、壁に近いところに、突如として地下へと続く階段が現れた。
二人は迷わず、その階段へと足を踏み入れる。
二人の姿が完全に地上から消えた瞬間に、階段への出入り口は消失した。
中は蛍光灯が弱々しく点いているだけだったが、空間自体が狭いせいで十分に中の様子は分かる。
階段はすぐに途切れ、開いたエレベーターの扉がそこに現れた。
まるで二人を待っていたかのように。いや、事実待っていたのだ。
階段とは違い、エレベーターの中は明るい電気の光で満たされていた。
ここでも、二人が中へ入ると、途端に扉は閉まり、エレベーターは下へと動き出した。
研究室のある階まで着くのには、かなりの時間がかかる。
クロウには、この先にある研究室が地下何メートルの地点にあるのか検討もつかなかった。

15分ほどして、やっとエレベーターは到着した。
その先には再び暗い廊下が10メートルほどあり、その奥に、黒く重い扉が待っている。
この扉の先が、やっと目的地である、ノアの研究室だった。
クロウは足早に廊下を通り過ぎると、片手で扉を開けた。


「やあ、よく来たねミラージュ君」
「お前が強制的に連れてこさせたんじゃないか。
納得の行く説明はしてくれるんだろうな?」
「勿論だよ。ところで、最近新聞は読んだかい?」
急なノアの質問に多少苛立ったが、クロウは渋々答えた。
「いいや。入院していたんでな、しばらく読もうとは思わなかった」
「そうかね。ではこの映像を見てくれたまえ」
そう言うとノアは、部屋の奥にある巨大なモニターに目を向けた。
待っていたかの様にモニターは点き、巨大な紫色の菱形をした物体が映し出された。
次の瞬間、それは光り輝くと、突如として消失した。
そしてその代わりに、黒い肌をした長髪の男と、短髪の少女が映っていた。
「この通り、マザー・セラが目覚めた」
「…と言う事は、ヘブンは再興されるのか?」
モニターに映った人物こそ、かつてクロウが忠誠を誓っていた人物だった。
だが今のクロウには、あまり興味を抱く事ができない出来事だった。
「いいや。そうはならないだろうね。マスターももういない。
彼女には忠誠を尽くすべき相手がいないんだ。ならばやる事は一つ」
「何だ」
「人類再生プログラムだよ、ミラージュ君」
そう聞いた瞬間、クロウは目を見開いた。
人類再生プログラム―今地上にいる人類『デコイ』を一掃し、オリジナルの人間達を復活させると言う計画。
今の世界を選んだクロウにとっては、何としても阻止するべき計画だった。
「何だと…!」
「まぁ落ち着きたまえ。マザー・ユーナはおそらくセラには賛同しない。
以前だって中立の立場を取っていたからね。
それにロックマン・トリッガーも関与している。
近いうち、おそらくは地上かヘブンのどちらかでセラとトリッガーの対決が起こるだろう。
今日はこの件について、君に頼みがあるんだ。だから呼んだ」
クロウは胸中に凄まじい焦燥を感じつつ、言った。
「今回ばかりはどんな要求でもいい、早く言え!」
ノアはそんなクロウを横目で見つつ、言った。

「全てが終わるまで…ここでじっとしていてほしいんだ」

「…何?」
クロウは一瞬、ノアが何を言っているのか分からなかった。
だが、その言葉が意味する所を理解した時、大声を上げていた。
「何故だ!!」
「君には余計な事をしてほしくないからさ。
君の行動によっては、最悪私の存在がマザーに知れる事となる。そんなのは御免さ」
ノアの言葉は、室内に冷たく響き渡った。

「ふざけるなよ!ようやく協力できそうな件かと思った途端何もするなだと!!
今回ばかりはお前には従えない。帰らせてもらう!!」
「どうやってだね?」
ノアはいつもの微笑を口元に浮かべ、言った。
「ゼゼはもう飛ばない。そうだね?」
ノアはそう言うと、ゼゼの方に顔を向けた。
ゼゼは一瞬迷ったような顔をしたが、覚悟を決めて、答えた。
「ノア様が、そう命令下さるのなら」
クロウは両腕をワナワナと震わせながら沈黙していたが、ついに喚いた。
「俺は絶対に帰るぞ!泳いででもな!!」
「冗談を。一番近くの島でもここから70キロはある」
「冗談かどうか、その目で確かめろ!!」
クロウはそう言うと、入ってきた扉へと戻り始めた。
それを見たノアは、その後を追って歩き出した。
「いやいや、勝手に君に溺死されると尚更困るな。大人しくしてくれ、ミラージュ君」
「五月蝿い!!」
遂にクロウは耐え切れなくなって、背後から近づく気配に振り向き様に抜刀した。
「っ…!」
だが、そこには誰もいなかった。
「すまんね」
そう聞こえたかと思うと、突然クロウの全身に電流が走った。
「ぐっ…!」
全身から力が抜けて、クロウの身体は床に崩れ落ちる。
彼の視界は90度傾き、最後には無機質な天井が映った。
そして、その隅に、ノアの顔が現れる。
「しばらく頭を冷やしたまえ」
「奪うな…やっと…手に入れた…ものを…!」
情けない。まるで捨て台詞の様だ。そうクロウは頭の片隅でボヤいた。
そして、彼の意識は暗闇の中へと消えた。

「ノア様、少し酷過ぎるのでは?」
一部始終を見ていたゼゼは、若干小さな声で言った。
ノアはクロウの背後から一瞬で前方に瞬間移動し、高出力のスタンガンで昏倒させていた。
ノアはゼゼに笑いかけながら、言った。
「そうだね。約束、覚えてるかい?」
ゼゼはしばらく沈黙すると、言った。
「私はあなたを見限りません。あなたがいなくなれば、私の居場所は無くなりますから。
ですが、異議を申し立てるくらいはさせて下さい。あなたに付き従う者として」
それを聞いたノアは一瞬呆気に取られた様な顔をした後、微笑しながら、静かに言った。
「ゼゼ、本当にすまない。今回だけは私にも譲れぬ事情があるのだよ。
それでもいいなら、今後も私についてきてくれるかい?」
ゼゼは、凛とした声で言った。
「ええ、勿論です!」


最終更新:2012年01月21日 23:17