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辺りは暗く、何も見えなかった。
地面は白く、コンクリートなのか大理石なのかすら分からない。
クロウは、周囲を見回した。
目の前に立っている『影』を除けば、ここには誰もいない。
自分が何故ここにいるのか、どうしても思い出せなかった。
目の前の『影』を睨みつけ、クロウは言った。
「誰だ」
『影』…全身を黒いマントが包み、顔を黒い覆面が覆うその姿。
反応は期待していなかったが、答えは返ってきた。
「さて…どう形容したものでしょうか」
煙に巻くようなその言葉に、クロウは目の前の人物に対しての警戒をより一層高める。
続けて、目の前の『影』は言った。
「あなたの知る人物であり、あなたの知らぬ人物であり。そして…」
一拍置いて、『影』は言った。
「ワタシは、アナタですよ」
クロウは、沈黙で答えを返した。
『影』は肩を竦めると、再び言う。
「そうですね…ここでは便宜上『アバター』とでも言っておきましょうか」
ようやくクロウは口を開く。
「何の用だ」

『影』―アバターは、言った。
「力が、欲しくはありませんか?何にも負けぬ、力が」
クロウは即答した。
「いらん。お前のような怪しい奴のそんな申し出などに、受ける人間がいると思うか」
答えはすぐに返ってきた。
「でしょうね。今のアナタならばそう答えると思っていましたよ」
その言葉を皮切りに、アバターの身体が後方へ下がり始めた。
「では、しかるべき時に、また逢いましょう」
「…!」
その声を最後に、クロウが追いかける間も無く、アバターの姿は消え去った。
その声は、どこかで聞いたことのある声だった。


「…!」
眼を開けると、よく見る天井が眼に映った。
「…夢?」
確かに自分の住んでいるアパートの部屋の天井。
今の光景が夢であった事は明白だった。が。
「…嫌に、鮮明だったな…」
クロウは眼を細めて夢の中の光景を思い返す。
だが、夢の中にいた『影』の声だけは、もう思い出せなかった。
「………」
そんな中途半端な心情で、クロウはベッドを出て洗面所で顔を洗った。

私服姿で食堂から帰ると、いつものように隣人のトムが郵便屋のヨハンと世間話をしている。
だが、その彼の顔を見るなり、トムが話しかけてきた。
「よう、またあの人が来てるぜ?」
クロウが答える前に、ヨハンが申し訳無さそうに口を開いた。
「あ、僕はこれで」
ヨハンの様子を見て、クロウは呆れた口ぶりでトムに言った。
「相変わらず下らん話で郵便屋を拘束してるのか。
いい加減そいつの事も考えてやれ」
クロウの言葉に動じた様子も無くトムは言い返す。
「いいじゃんか減るもんじゃなし」
「時間は減るものだ」
「それでは」
そう言って、ヨハンは階段を降りていった。
それを見送ると、クロウはトムに、先程の言葉の確認をする事にした。
「で、あの人とは?」
「ほら、時々来てる、緑色の髪の女の人だよ。
いい加減彼女だって認めろって」
クロウの背中を叩いて、トムは陽気に笑う。
クロウは妙な勘違いをされている事に呆れつつ、答えた。
「親戚だ。お前が思ってるような事など無い」
そして、トムが返事する前に、クロウは部屋に戻って行った。


部屋に入ったクロウはドアを閉めると、部屋の中央にいた女性を睨んだ。
「何の用だ」
部屋の中央に立っていた、腰までの緑色の髪を後ろで束ねている女性はクロウを見ると、答えた。
「私がここに来る必要がある用件は、一つだけなのですが」
ゼゼの前を通り過ぎてベッドに腰掛けたクロウは答える。
「…何故今回に限ってわざわざ…ノアの奴の所まで行かなきゃならない?
てっきり、これまで通り通信機で報告するものと思っていたんだが」
ゼゼは僅かに眼を細めてクロウを見ると、答えた。
「知っておられましたか?
プリズナの町…あの町で起こった騒動は、割と広範囲に情報として伝わったのですよ。
ですので、ノア様は通常の通信機でなく、直に会って話を聞きたいと仰られました」
ゼゼの話を聞いたクロウは小さく舌打ちをすると、言った。
「分かった。行けばいいんだろ。まぁ、メンテナンスも必要だった事だしな。
屋上で待ってろ。支度する」

ヒビの入ったアーマーを着て、片方にヒビが入っている二本の刀を背負うと、クロウは部屋を出て行った。
隣人に外出を悟られぬようにドアを開閉し、鍵を閉めると、屋上へ登る。
屋上に着くと、いつものようにゼゼが待っていた。
「…随分大変な眼に遭ったようですね」
クロウのアーマーのヒビをみて、ゼゼは言った。
「いいから、早く行くぞ」
クロウが無愛想にそう言うと、ゼゼはコクリと頷き、眼を閉じた。
途端、ゼゼの身体が発光する。
そして数秒後には、巨大な漆黒の鳥型リーバードが屋上に立っていた。
いつものようにクロウはその背中に乗り、右手の操作盤を操作する。
すると、クロウとゼゼの身体が透明に変化し、その存在を覆い隠した。
光学迷彩。クロウのアーマーの機能の一つである。
身体が完全に消えたのを確認すると、ゼゼはブースターを起動し、身体を浮遊させて一気に発進した。


薄暗い研究室。
機材が積まれた部屋の奥、モニターの前にある一組の椅子とテーブル。
その椅子に、白衣を着た長身で肩までの金髪の男、ノアは座っていた。
「古き神々の一人、ケフェウス…」
クロウが報告を終えると、ノアは顎に手を当て、しばし考えを巡らせている。
「そして二人の粛清官、ロードにテスタメントか…」
「ノア…あの遺跡に行けと言ったのはお前だったな。
あの遺跡があんな施設だった事を、お前は知っていたんじゃないのか?
知っていたなら、何故俺にそれを話さなかったのか、説明してもらおう」
クロウの言葉に、いつものように口元に微笑を浮かべると、ノアは言った。
「知っていたよ。だが、まさか司政官が住人に紛れていたとは予想していなかった。
しかも、その上でそれを知った古き神々の一人に脅されてたとはね。
そんな事態が起きていた事を事前に知っていたなら、君に話したさ」
ノアの言葉に、クロウは眼を細めて口を開いた。
「そういう事態が起こっている事は知らなかったから、俺に伝えなかったと?」
「ああ。余計な事を言うと、下手をすれば君があの遺跡を目覚めさせてたかもしれんだろ?」
僅かに怒気の篭もった声で、クロウは言葉を返す。
「そんな素人の様な真似を、俺がすると思うか?」
「とにかく、そんな事よりももっと話すべき事があるとは思わんかね?」
一方的にそう言って話を打ち切ったノアは、おもむろに立ち上がった。
「時間を無駄にしたくないんでね、続きは刀とアーマーを修復しながら話すとしよう」

私服に着替えたクロウは、壁を背にして床に座り、ノアに視線を向けた。
機材にクロウのアーマーと鞘から抜いた刀を収納し、操作盤に何事か入力しながら、ノアは話を始める。
「報告を聞いたところによると、一番謎なのはロックマン・ロードだね」
「ああ、俺もそれはずっと考えてるが、答えが出ない」
入力が終わると、機械が作動を始める。
作動音と振動が、辺りに響き始めた。
「後は、ロックマン・テスタメントがケフェウスを消し炭にした件かな。
話を聞く限り他の古き神々の命令だった様だが、そうなると古き神々内で内部分裂が起きている事になるね」

ノアの話は続く。
「ケフェウスの一派は目的も行動もはっきりしているから言及する必要は無いだろう。
ロックマン・ロードに関して問題なのは、また君の前に現れる可能性があるという事だ」
クロウは、プリズナの町で会った男―ロックマン・ロードを脳裏に思い浮かべた。
白いアーマーとヘルメット。
灰色の、フード付きのマント。
銀色の剣。
微かな狂気と殺気を宿した瞳。
「あいつの口ぶりは、またすぐ俺の前に現れる事も可能だと仄めかしていた」
「下手すると、君の住んでいるあの町に現れるかもね」
クロウの方に振り向いて、楽しそうにノアはそう言った。
しばし、クロウはそんな事態になった場合を考えた。
ロードが現れたなら、また十中八九斬り合う羽目になるだろう。
もし、あの町の住人を巻き込むような事になったとしたら。
ましてや、それで死人でも出たとしたら。
苦い表情で、クロウは答える。
「それだけは、あってほしくは無いな」
それを聞いて、満足そうにノアは言った。
「そう言えるようになったのなら、良かった。
君にあの町を紹介して正解だったね」


修復されたアーマーを着終えたクロウに、ノアが説明を始めた。
「あー、よく聞きたまえ。機能を幾つか追加した」
「…どんなものを?」
クロウの問いに、ノアは一気に説明を開始した。
「まず、脚部に反重力ディスクの小型版みたいなものを取り付けた。
これを起動すれば、足を下に向けている限りは浮遊する事が可能だ。
ただ、連続効果時間は10分程度だから気をつけてくれ。それと…」
そう言って言葉を切ったノアは、怪しい笑みを浮かべ、再び口を開いた。
「三種類の薬品をね、収納したんだよ」
それを聞いて、クロウは顔をしかめる。
「薬品だと…?」

ノアは、何も持っていなかった筈の右手から、三つの細長い試験管を出現させた。
三つの試験管は、全て器用にノアの指の間に挟まっている。
その手つきは、まるで手品の様だ。
それでも何のリアクションも返さないクロウをつまらなそうに一瞥しつつ、ノアは説明を始めた。
「まず一つ目が、五感を数十倍にまで高める薬品だ」
「何…?」
シンプルであるからこそその効果の凄まじさが分かる説明。
クロウは声を上げざるを得なかった。
「効果時間は約1分。それ以上続くと君が発狂してしまうからね」
「どういう事だ?」
ノアはニヤリと口元に笑みを浮かべると、言った。
「痛覚も数十倍だし、周囲の変化にも敏感になるからね。まぁ実際体験してみればわかる」
そう言うと、ノアはもう一つの試験管を左手で指し示した。
「こっちは、今のとは逆の作用。特定の感覚を麻痺させるものだ」
「特定の感覚だと?」
クロウの疑問の声に、ノアはクロウのアーマーに視線を向ける。
「どの感覚を麻痺させるかは、操作盤で指定するようになってるよ。
ちなみにデフォルトでは痛覚に設定してある」
再び試験管に視線を戻し、ノアは言葉を続けた。
「これも効果時間は1分。
こっちは特に理由は無いが、先程の薬と同じ方が覚えやすいだろう?」
「…俺は餓鬼じゃない」
低い声で言うクロウに、ノアは苦笑しながら三本目の試験管に目を向けた。
「こっちは特別だ。君には勿体無いくらいだよ」
「どういう事だ?」
再び意味ありげな笑みを浮かべて、クロウに視線を向けノアは言った。
「治療用のナノマシンだよ。
身体に何箇所も致命傷を受けても、時間さえあれば自動的に治してくれる代物だ。
ただし、手足の欠損は補えないし、広範囲過ぎる傷は治りはするが痕が残る」
「…随分な代物だな」
恐ろしさすら感じるその薬品を見つめ、クロウはただ一言そう言った。

「ちなみに君のアーマーに搭載している量は、一回の治療のみの効果しかない。
今は、君が致命傷を受けた場合に自動的に投与するようセットしてある」
「…今後もその設定でいい」
おそらくただ渡されただけでは使いどころに迷っただろうな、とクロウは思った。
「それと、重要な事だから言っておく。
この三種類の薬は、併用ができない。
痛覚だけ麻痺させて他の感覚を鋭敏化させたりといった事はできないんだ。
勿論、他の薬品の効果時間中に致命傷を受けてもナノマシンは働かないようになってる」
「…難しいな」
クロウは、ノアの持つ三つの試験管を眺め、そう言った。
ノアはそんなクロウの様子を見ると、試験管を袖の中にしまい、言った。
「さて、私からは以上だ。君からは何かあるかね?」
「ある」
静かな返答に、ノアは少し驚いた顔で視線をクロウに向ける。
これまで、クロウの方から抗議こそあれ、要望の類は来なかったからだ。
「ふむ…何だね?」

クロウは立ち上がると、修復された二本の刀を鞘に入った状態で片手に持ち、言った。
「…もう一本、刀を作ってほしい」
「ほう、その二本では不満かね?」
しばし沈黙してから、クロウは言った。
「二刀流は、多数を相手にする場合は有効だ。
だが、一対一で相手が両手用の剣だった場合、不利になる局面が幾つかある。
例えば鍔迫り合いだ。
相手は一本の剣に全ての力を集中できるが、二刀の場合では力が二手に分散してしまう」
「…そういう事態にならんようにすればいいだけの話ではないかな?」
クロウは眼を瞑り、答える。
「相手が弱ければそういう事もできるがな。
プリズナの町で闘った限りでは、ロードの実力は俺と同程度かそれ以上だった。
だから、そんな判断をして行動できる余裕はないだろう」
ノアはこめかみに指を当て、しばし考えながら言った。
「ふむ…いいだろう。少々時間はかかるが待っていたまえ」


『…確認した』
島の遥か上空で、声が響いた。
「地図上にも存在せず、レーダーにも映らん島か…潜伏にうってつけだな」
最初の声がスピーカーを通すかのような機械的なノイズを含んだものだったのに対し、もう一つの声ははっきりとした人間のものだった。
『既にあのリーバードが着陸して数時間が経つ…まだ動かぬのか』
人間の声は、冷静に答える。
「焦るな。町の方の者達からまだゴーサインが出ていない。それに…」
そして一拍の間をおき、人間の方は言った。
「お前の力では、あのような小さき島、一瞬で消し飛ばしてしまうだろう。
それでは手がかりも何もあったものでは無い」
対して、機械的な声は苛立ちを含んだ声を発した。
『町でグズグズしている奴らなど知った事か。
それに、既に五感のリンクは済んでいるのであろう?気兼ねする必要がどこにある』
しばらく黙った後、人間の方は口を開く。
「…そうだな。どうせならば粛清官とリーバードを仕留めるのも一興か。
シリウスが我々を殺しにかかってくるかも知れぬがな」
『ふん。あのような小僧に何ができよう』
先程よりも幾分低く小さい声で、人間の方の声は言った。
「俺が降りたら合図する。仕掛けろ」


突如、室内に警報が響き始めた。
同時に、ゼゼが駆け込んでくると、ノアの前に跪いた。
「緊急事態です。レーザーとミサイル攻撃が上の島に降り注ぎ始めました!」
「何!?」
驚くクロウに対して、ノアは眼を細めると、言った。
「君ら…尾けられた?」
ビクリと肩を震わせるゼゼ。驚いた様子で振り向いたクロウは、反論する。
「もしそうなら、気づかない筈が無い」
「そうかな…」
言いつつ、ノアは目の前のデスクに取り付けられたキーボードのボタンの一つを押した。
目の前の巨大なモニターに、島の様子が映し出される。

島の様子に、クロウもゼゼも息を呑んだ。
島全体が爆撃を受けているのだ。
上空、雲の上から降り注ぐ無数のレーザーとミサイルによって。
傍目から見るだけで、全域が焦土となるのにそう時間はかからない事が分かる。
しかし、エレベーターで繋がっている筈の島がこんな状態なのに、この研究室には全くと言っていいほど、その衝撃は及んで来ていない。
「どうするんだ?このままだとエレベーターが丸見えになるぞ」
「勿論、君らに迎撃してもらう」
相変わらず余裕を浮かべたまま、ノアはそう言った。
丁度その時、研究室の隅でずっと動き続けていた機械が、その動きを止めた。
「丁度いいね」
モニターに注目しているクロウとゼゼを尻目に、ノアはその機械の方へ歩み寄る。
そしてその蓋を開けると、中から何かを取り出した。
「ミラージュ君。あの攻撃を仕掛けているモノを斬ってきたまえ」
「…本気で言ってるのか?」
ノアの取り出したそれは、両手用の長尺の刀だった。
「ゼゼ、君も行くね?」
クロウの言葉に構わず、ノアはゼゼに視線を向ける。
先程から無言でモニターに見入っていたゼゼは、ノアの言葉に振り向くと、恭しく答えた。
「仰せのままに」
その答えを聞いたノアは、満足そうに言った。
「決まりだ」
しかし、勿論クロウは納得していない。
我慢できなくなったように、彼はノアに詰め寄った。
「敵の姿すらまだ見えていないのに、『斬れ』だと?無茶を言うな!」
が、そんなクロウの勢いすら軽く受け流すようにノアは言った。
「君は自分の腕に自信が無いのかね?」
「何…?」
「自信があるなら、できる筈だ。相手がどんなものだろうとね。
後は得物と移動手段。そして今はどちらも揃ってる。それで十分ではないか」
ノアの言葉に、クロウはしばらく彼を睨みつけていたが、やがて言った。
「いいだろう。何が相手だろうが全て……斬る」


最終更新:2012年01月21日 23:31