『弾幕を掻い潜って上に昇る。しっかり掴まっていろ』
ゼゼの警告を聞き、クロウはリーバードへ変化したゼゼの背中の突起を掴んだ。
『では、行くぞ』
そう言った途端、バーニアが噴射され、ゼゼの身体が次第に前に進み始める。
クロウはスカーフで口元を覆うと、片膝をついた。
次第にスピードが上がってくる。
そして、行き止まりとなっていた前方の壁が上下に開き、滑り込むようにその先へと飛び込んだ。
気がつくと、海中にいた。
ゼゼは水を切り裂く様に飛んでいる。
「(なるほど…ノアが言ってたのはこういうことか)」
発進前にノアはクロウにブレスユニットを装着しろと言っていた。
あまり従いたくない気持ちもあったが、ここはノアの居城だ。
大人しく従った方がいいだろうと、己の勘が告げていた。
その判断は正しかったようだ。
それについて何か思う間も無く、急速に水面が近づき、そして到達した。
激しい水音と共に、眼下に水面が映る。
現在、天候は曇。空には厚い雲がかかっていた。
そして、その雲の向こうから攻撃は島に加え続けられている。現在も。
『雲の上に行くぞ』
ゼゼの声を耳に受け、クロウは視線を前方に戻した。
そして、今度は正面から雲がクロウに突っ込んできた。
傍から見れば逆で、ゼゼが雲に飛び込んだ形だが、クロウの側からはそう見える。
雲の中に突っ込んだ途端、激しい雨と風がクロウの身体を叩いた。
予想以上の衝撃に、クロウはゼゼに掴まるのに必死にならざるを得ない状態となる。
そして数秒後、青空が視界いっぱいに広がった。
「…!!」
『なっ…!!』
そして、クロウどころかゼゼも驚かざるをえない状態となった。
自分達の視界に、青空だけでなく『敵』の姿もいっぱいに映ったのだから。
天空を覆う、巨大な身体。
ゼゼの身体などまるで小鳥の様に感じられるその身体は、東洋の龍の姿をしていた。
空を旋回しながら、その身体の各所に取り付けられたレーザー砲台とミサイルポッドが、今も雲の下に撃ち続けられている。
『…おのれっ!!』
珍しく声を荒げたゼゼが、その口腔内にエネルギーをチャージし、龍の姿をした敵に向かっていく。
「おい、焦るな!!」
クロウの言葉も既に遅く、旋回する身体の上方からゆっくりと頭部が姿を現し、その瞳がこちらを向いた。
驚くべき事に、その頭部の眼は、リーバードの瞳だった。
「あれも…古き神々か…?」
これまで世界中の遺跡をディグアウトしてきたクロウだったが、あそこまで大きなリーバードには出会った事が無い。
全長だけならば、確実にあのケフェウスを超えているだろう。
ゼゼが、その身体にチャージしたエネルギー弾を撃ち放った。
それは龍の身体の側面に当たり、激しい爆発を巻き起こす。
しかし、煙が晴れると、そこには無傷の身体が存在していた。
『…!!』
驚愕するゼゼ。対してクロウは、冷静に相手を分析する。
「装甲も並ではないか…頭を狙え!!」
クロウの言葉に、再びエネルギーをチャージしたゼゼは向きを変え、急速に上に向かって上昇を始めた。
そして、十分昇り切ったと思われたところで身体を反転させ、今度は急降下に入る。
『これで…どうだ!!』
龍の頭部を狙い、ゼゼはチャージしたエネルギー弾と、続けて無数の火球を乱射した。
だが、龍の方もこの攻撃を読んでいた様だ。
その口腔内には、ゼゼと同じくエネルギーがチャージされていたらしく、迎え撃つように口を開く。
その口から、眩い閃光と共に一筋のレーザーが発射された。
「!避けろ!!」
クロウの声とほぼ同時に、ゼゼは翼を動かし、弾道から逃れるように羽ばたいた。
間一髪、凄まじい巨大なレーザーがゼゼに向かって閃いた。
反射的に羽ばたき避けたゼゼだが、龍は再びエネルギーのチャージを始める。
そして同時に、大空に声が響いた。
『待ちかねたぞ』
その声に目を見開いたクロウは、反射的に声を上げていた。
「お前は何者だ!!」
龍は長い胴体を燻らせながら、返答する。
『我が名はポルックス。古き神々の一人』
「やはり…古き神々か…!」
次に声を上げたのは、ゼゼだった。
『我々を尾行していたのか!?』
ゼゼの声とは対称的に、余裕たっぷりにゆっくりと、龍―ポルックスは答える。
『我らの索敵範囲を侮っていたな』
そこまで答えると、ポルックスはレーザーの第二射を発射した。
再び緊急回避を行うゼゼ。どうやら話はこれで終わりのようだった。
ゼゼは再び上昇し、ポルックスの上を取ろうと飛行している。
だが、クロウは眼下の光景を見て叫んだ。
「避けろ!!」
『!!?』
見ると、雲の下の島に向けられていた無数のレーザーやミサイルが、今度は全てゼゼに向けられていた。
『くっ…!!』
無数のレーザーを掻い潜るが、ミサイルはそうはいかない。
ポルックス自身のレーザーで撃ち落されたのが大半だったが、幾つかはしぶとくゼゼを追尾している。
『掴まっていろ!!』
「…!!」
ミサイルがゼゼに追いつくか否かと言う所で、ゼゼはブースターを逆噴射し、急速にスピードを下げた。
ミサイルはゼゼの身体を素通りし、目標を見失ったミサイルをゼゼの火球が撃ち落す。
更に、それによってできた黒煙にゼゼは突っ込んでいった。
姿を隠し、奇襲を仕掛けるために。
エレベーターが止まる音が、かすかに聞こえた。
モニターで戦況を見ていたノアが振り返る。
「………」
物音はしない。ノアは頭こそ後ろへ向けたが、身体は向き直らなかった。
そして、彼はほんの少しだけ口の端を吊り上げる。
「今日は、望まぬ来訪者が多いね。招待状など出していないというのに」
その言葉が終わるか終わらないかという時、エレベーターのある廊下と研究室を隔てていた扉が、ほんの少し開かれた。
まだ人一人分にも満たないその隙間。
その隙間から、銃弾が飛んできた。
銃声はほんの僅か。サイレンサーを使用していたのだろう。
銃弾はノアの右目を覆う片眼鏡に直撃した。
衝撃で、ノアの頭が上方向に仰け反る。
砕け散った破片がノアの右目の周辺に飛び散った。
その砕ける音と、破片が床に降り注ぐ音が、しばらく室内に木霊する。
ノアは視線を扉に向けると、右目の周辺に残った破片を面倒そうに手で払い落とした。
「出てきたまえ。いい子だから」
微笑み、ノアはそう言った。
一瞬の沈黙の後、扉の隙間から銃身が現れ、やがてそれを持つ手、そして身体が扉を押し開けて入ってきた。
元々照明の少ない研究室だ。その人物の顔形ははっきりとは分からない。
「なるほど、上のリーバードは囮か」
ノアに向かって銃を向けたまま、その人物は言った。
「物分かりがいいな。俺の任務はロックマン・ミラージュの背後にいる者の調査と排除。
分かっているだろうが…今ここで死んでもらうぞ」
男の声。その言葉を聞いて、ノアはしばし顎に手を当てると、言った。
「まぁ何だ、ここは散らかすと面倒だし、場所を変えようじゃないか」
男は油断無く、威圧感を帯びた声で返す。
「お前にそんな権利があると思っているのか?お前は今すぐ…」
その言葉が終わらないうちに、男は驚愕した。一瞬で目の前の景色が一変したからだ。
今度は眩しいほど隅々まで照明が照らされた場所だった。
急に眼に入る光量が多くなったので、男は片掌を目の上に置く。
「…!!」
顔は動かさないまま、周囲を眺める。
六角形の部屋。まるでホールのようで、かなり広かった。
壁・床・天井はクリーム色の大理石でできており、茶色のストライプが所々に描かれている。
「何をした…!」
目の前には、ノアが姿勢も変わらずに突っ立っている。
「だから、場所を移動したんだって」
さも当たり前のように、ノアは言った。
光に目の慣れてきた男は、目の上に置いた手をどけた。
ボサボサの長い黒髪に、無精髭を生やした男。顔形から年齢は50代に近いように見える。
前髪が長く、男の目元辺りを完全に覆っている。
身体には灰色のアーマーを着て、その上から濃い茶色のコートが全身を覆っていた。
「(…これ以上の問答は不要!)」
男はそう判断を下すと、コートの内側に手を突っ込んだ。
出てきたのは、先程よりも口径の大きな銃。片手に一本ずつで計二丁。
それを、取り出すと同時に撃った。
だが、驚愕したのは男の方だった。
「…一体どうなっている?」
弾丸は、当たらなかった。
代わりに、ノアの背後の壁に着弾していた。
「(馬鹿な…この距離なら確実に奴に当たる筈だ。だが…)」
男は、今見た光景が信じられなかった。
「(奴に当たると思った瞬間…『弾丸が奴を避けた』…!?)」
「全く…もう少し話をしたかったのだがねぇ…」
「その正体…探らせてもらうぞ!!」
次の瞬間、男は両手の銃を捨てると、ノアに跳びかかった。
いつの間にか男の両腕には鋭い爪が片手に三本ずつ装着されている。
「(銃で効果が無いのならば…これで奴の頚動脈を…!?)」
しかし、いつの間にか地面に倒れ伏していたのは…男の方だった。
視線を下げると、自分の首が掴まれていた。
どうやら、首を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられたらしい。
「まだやるかね?」
「ぐっ…!!」
だが、両手は空いている。
男は、片手の爪をノアの首に突き立てようとした。
しかし、爪は全部、既に根元から折れていた。
「まだまだぁ!!」
男はノアの手首を掴むと、部屋の中央へ投げ飛ばす。
そして、コートから更に新たな銃を二丁取り出した。
「実弾が効かないのならばっ!!」
再び、的に向かって銃を乱射する。
銃口からは実弾ではなく、緑の閃光が一直線にノアへと進んだ。
だが、結果は実弾と同じだった。
閃光はノアを避け、その後ろの壁に着弾し、焼け焦げた痕を作る。
男は、改めて戦慄を感じると共に、自然と口を開いていた。
「お前…何者だ…!」
その問いに対し、ノアはしばし無表情で沈黙していた。
そして、少し俯きつつ、言葉を選ぶようにゆっくりと言う。
「そうだねぇ…君らと同じさ」
ノアの発言の内容が、男はすぐには分からなかった。
その様子を見て取ると、ノアは顔を上げ、言った。
「私も、古き神々の一人だよ」
その言葉を聞いて、男は目を見開いた。
その反応を、ノアは少し楽しそうに僅かに口の両端を吊り上げ、眺める。
そして、続けてノアは言った。
「待っていたよ。君のような者が、来るのをね」
男は眼を細めると、どうすれば相手に有効な攻撃が与えられるかを考えた。
自分の持つ武器で、果たしてそれが可能なのか。
男は、最終手段を使う必要も考慮に入れざるを得なかった。
状況は膠着状態に陥っていた。
ポルックスは身体中の全砲塔をゼゼに向けているが、巧みな動きでその全てをゼゼはかわしていく。
だが、ゼゼの方はそれが精一杯であり、ポルックスを攻撃する事自体が難しい。
『(くっ…)』
ゼゼは思考を巡らせた。
現状で最善の手は、相手のエネルギー切れを待つことだろう。
しかし、あれだけ巨大な身体を持つ相手だ。
おそらく内蔵されているエネルギー量は凄まじいものがある。
それに、こちらも永久に飛び続けていられはしない。
そして何より、相手はただのリーバードではなく、古き神々だ。
時間が経てば経つほど、相手はこちらの動きを見切っていくだろう。
このままでは、やられるのはこちらだ。
『(だからこそ…)』
そう、だからこそ、この状況を覆す為に、背中に荷物を背負っているのだ。
「…何か嫌な事を考えなかったか?」
『…何も』
「それより、妙だ。段々奴の砲撃の量が減ってきた」
ゼゼは、視線をポルックスに向けた。
確かに、砲撃の量が減っている。
そう確認した瞬間、ゼゼは戦慄した。
ポルックスが、その身体の各所からバーニアを吹かし始めたのだ。
『こちらを追い込むつもりか…!』
そう言っている間に、ポルックスはその身をうねらせ、ゼゼに向かって突進を始めた。
「逃げろ!」
『言われずとも!!』
ゼゼは身を翻し、最高速まで加速する。
だが。
『!!?』
確実に、追いつかれていた。
視界の隅に、ポルックスの頭部が映り、段々と自分を追い抜いていく。
それを感じたゼゼは、即座に背中のクロウに警告を発した。
『掴まれ!!』
「!!?」
頭部、すなわち機首を上に向けたゼゼ。
その身体が急速に空高くへ上がっていく。
しかし、相手はそれを予想していた様だった。
ゼゼとほぼ同じタイミングで、ポルックスも首を上に向けていた。
『くっ…!!』
そして、徐にポルックスは、更に首の向きを変えていく。
相手を引き剥がそうと必死になっているゼゼは、一瞬その変化に気づかなかった。
それが、間違いだった。
視界にポルックスの身体が突然映り込む。
それを認識すると同時に、ゼゼは視線を周りに巡らせる。
状況を把握したゼゼは、全身に悪寒を覚えた。
「おい…やばいんじゃないのか…!?」
クロウも、今の状況に危機感を覚えた。
ゼゼを包囲するように、周りをポルックスの身体が覆っていた。
すなわち、ゼゼを包囲するように、とぐろを巻いていたのだ。
『(完全に…見誤った…!!)』
こんな芸当は、ゼゼの何倍もの速度を持っていなければできなかった筈だ。
つまり、相手はゼゼが焦るのを待ってから、本気でスピードを上げてきたという事だ。
大きさの差が有り過ぎたせいだったのだろう。ゼゼは最初、相手より自分の方が速さは上だと思い込んでいた。
ここに至って、ゼゼは自分の見通しの甘さを完全に思い知らされた。
そしてそこから立ち直る時間を与えてくれるほど、古き神々の一人は甘くなかった。
「ゼゼ!!」
クロウの叫びが木霊する。
ポルックスの身体の各所にある砲塔が、一斉に籠の鳥を狙い、掃射された。
『…!!!』
右手に実弾の拳銃、左手にレーザーガンを持ち、男はノアに銃撃を続ける。
一箇所に止まらず、しきりに移動して様々な角度から。
だが、どちらの銃弾もノアに届きはしなかった。
「(どういうことだ…どうなっている!!)」
ノアは悠然と歩き、部屋の中央で男の姿を視線で追うのみ。
男は地面を蹴り、壁に向かった。
そして壁を蹴ると、ノアの真上から銃撃を行う。
だが、それも当たりはしなかった。
「(落ち着け…ここは敵の本拠地だ。
どんなに奴に有利な事が起こっても不思議ではない筈だ…!)」
男は舌打ちすると、両手の二種類の銃を捨てた。
そして、コートの中から手榴弾を取り出すと、ピンを抜いて投げる。
「これならどうだ!!」
手榴弾は、ノアの近くの地面に着弾すると同時に爆発した。
しかし。
「馬鹿な…!!」
ノアは、無傷だった。
地面は、綺麗にノアの周囲一円だけが黒煙を上げていない。
「で…いつになったら降伏してくれるのかな?」
驚愕する男に、ノアは悠長にそう喋りかける。
男は、改めて目の前の人物に戦慄した。
「(まさか…まさかここまで厄介な相手だったとはな…!)」
自分の有する全ての攻撃手段が全く通じない。
飛び道具はその性質に関係なく当たらず、かといって至近距離からの直接攻撃はことごとくが捌かれ、逆に気がつけばこちらが地に伏せている。
そもそもこちらがこれだけ攻撃しているのに、相手は全くこちらを攻撃してきていない。
既に、男の思考は『対象の排除』を優先するか『ここから出る』ことを優先するか、揺らぎ始めていた。
無論、任務より自分の命が大事だというわけではない。
ただ、一度屈すれば、目の前の男は自分を簡単には殺してくれそうも無い気がするのだ。
そして男は、最後の手段を用いる事を決意した。
まず、前髪をかきあげる。
それを見たノアの眼に、興味の色が帯び始めた。
「…ほう」
その額には、リーバードの瞳が輝いていた。
「改めて名乗ろう。俺の名はカストル。お前が言った通り、古き神々の一人だ」
対して、ノアは益々興味を引かれたといった眼で、男を見つめる。
「ふむ、上のとは違い潜入が任務だから人型で来たというわけか」
カストルと名乗った男は、顔に笑みを浮かべた。
「なるほど、貴様は確かに強い。
流石はロックマン・ミラージュを手駒とするだけはある」
「ふむ…お褒めに預かり光栄、といった所だねぇ」
薄く微笑むノアに対し、カストルは表情を固めると、言った。
「だが…一度引き受けた任務だ、ここからは本気で貴様の抹殺に取り組むとしよう。
この古き神々の一人・カストルの真の力…とくと味わうがいい!!」
そしてカストルは、額の眼を輝かせた。
次の瞬間、その身体全体が発光する。
その様子を、幾分眼を細めながらノアは眺めていた。
そこに現れたのは、巨大な蜥蜴だった。
黒い体表に赤いラインの入った身体。
口の中には鋭い牙が生え、尻尾は鞭のようにしなり、床に叩きつけられる。
そして、その全身から蒸気が噴出した。
それを見て、ノアはその表情に、闘争心を表すかのような笑みを僅かに除かせる。
「これはこれは…とても面白そうだ」
『グオオオオオオォォォォォォ!!!』
巨大な蜥蜴と化したカストルは、咆哮した。
凄まじい振動が部屋全体を揺らす。
その姿にノアは、小さく呟いた。
「では…オペを始めよう」
その呟きと共に、彼の両手は少しずつ変化を始めた。
一方、上空では。
『がぁっ!!?』
その悲鳴を上げたのは、ゼゼではなかった。
その数秒前、身体中の砲塔からの一斉射撃と共に、唯一の脱出路―とぐろの真上から、ポルックスはゼゼを見下ろした。
口腔内のエネルギーを完全にチャージした状態で。
絶体絶命の状況に、ゼゼができる事は速く飛ぶことだけ。
だが、その速さが圧倒的に足りない。
それ故に、ゼゼは悔しさを感じながら呆然とすることしかできなかったのだが。
その時、背中のクロウが動いた。
『!ミラージュ!!何を…!!?』
ゼゼがその言葉を叫んだのと、ポルックスが一斉射撃を開始したのはほぼ同時だった。
そして、ポルックスが悲鳴を上げたのも。
『っ…!!』
当のゼゼは、悲鳴すらも上げられない状態だった。
身体中をレーザーに貫かれ、ミサイルに爆破されているのだから、当然だろう。
そして、真上から強大なビームが降り注いだ。
『ぐぅ…一矢報いおったな…!!』
ポルックスは激痛に耐えながら、自身の身体の中心で渦巻く黒煙を眺めた。
その片目に、片手用の刀が突き刺さっていた。
一斉射撃を開始する寸前に、クロウが投げつけてきたものだ。
ポルックスはこのクロウの芸当に驚愕し、そして感心すら感じていた。
足場が垂直で、その上高速で飛行する事による凄まじい圧力が働いていたにも関わらず、クロウはそれを凌駕する力で正確にポルックスの片目を狙い、刀を投げたのだ。
しかも、クロウのこの攻撃は予想外の被害をもたらしていた。
元々、ポルックスはとぐろの真上から真下に、完全に垂直な形で口腔内のビーム砲を放つつもりだった。
だが、発射寸前に抉られた片目。
その激痛によって、反射的にビーム砲の発射角度が僅かに逸れてしまった。
そして、そのそれたビーム砲が、とぐろを巻いていたポルックス自身の身体をかすめていたのだ。
『ぐぅ…味な真似を…!』
それによって、ポルックスの身体の尾に近い部分が派手に破壊されていた。
数々の部品が砕け、眼下の海に破片が落下する。
『だが、奴らは破壊し…!?』
その言葉が終わらないうちに、ポルックスの身体の中心で渦巻く黒煙の中から、一つの影が飛び出した。
それは高速でポルックスの顔の傍を通り過ぎ、天空へと舞い上がる。
あれだけの攻撃が直撃したにも拘らず、ゼゼは生きていた。
『無茶な事をする…!』
ゼゼは背中のクロウに毒づいた。
クロウは片手用の刀をポルックスに向かって投げると同時に、ゼゼの身体をよじ登っていた。
激しい風圧で今にも落ちそうだったが、そうしなければならなかったからだ。
そして、ゼゼの頭の上で、シールドアームを起動。
上から降り注ぐビーム砲から身を守っていた。
だが、上からの攻撃こそ防げたものの、周りのレーザーとミサイルまでは防ぎ切れない。
それらの攻撃を頭以外の全身に受けたゼゼは既に満身創痍となっていた。
「悪かったな…後は任せろ」
天高く舞い上がったゼゼの身体。
クロウは眼下にポルックスの姿を確認すると、跳んだ。
ポルックスからは、上空の太陽のせいで、ゼゼの影が二つに分かれたように見えただろう。
そして両手用の刀に手をかけ、一気にクロウはポルックスの頭部へ飛び込んだ。
鞘から刀を抜き放ち、ポルックスの―口の中へと。
「っ…!!」
『グオウッ!!?』
クロウはポルックスの口の中へと飛び込み、ビーム砲の砲塔に刀を突き入れる。
刀を切れ味は十分だった。凄まじい火花と共に、血のように赤い液体が激しく噴出する。
『貴…様ぁ!!』
だが、これで倒れるほど古き神々は甘くなかった。
クロウの身体を噛み砕こうと、顎に力を入れてきたのだ。
「ぐっ…う…!!」
歯に手をかけ、押し潰されまいとクロウも力を入れる。
だが、力の差は歴然。
次第にクロウは膝をつき、段々と彼のいる空間が狭くなっていく。
しかし、その時だった。
ポルックスは、視界に強い光が輝いているのに気づいた。
その光に目の焦点を合わせ、そして驚愕した。
それは、口腔内にエネルギーを溜めたゼゼの姿だった。
勿論、照準は既にポルックスの頭部へと向いている。
『しまっ…!!』
言う間も無く、ゼゼのエネルギー弾がポルックスに向かい、放たれた。
ポルックスの、機能している残りの眼の方へと。
『ぐおおおおおぉぉぉぉ!!』
着弾と共に激しい閃光。
ポルックスの眼は激しい黒煙を上げ、続いて小規模な爆破が断続的に発生する。
視界を完全に奪われたポルックスは、憤怒した。
『くそっ!!殺してやる!殺してやるぞっ!!』
だがその時、口腔内の砲塔に突き刺されていた刀が金属的な音と共に引き抜かれた。
そして、冷静な声が、口の中から響く。
「悪いが、無理だな」
『ガアアアアアア!!!』
そして、上顎とその先にある脳へ向かって、刀が突き入れられた。
クロウの身体はゆっくりと落下していく。
背に激しい風を受けながら、クロウは頭上の光景を見上げた。
激しい爆発が、ポルックスの頭部で巻き起こっている。
そして、力を失った巨大な体躯が、落下を始めていた。
「どうだ…勝ったぞ…古き神々…!」
クロウは眼を瞑り、呟いた。
ケフェウスに全く歯が立たなかった、プリズナの町での自分を思い出しながら。
そのクロウの耳に別の声が聞こえると共に、彼の身体に衝撃が走る。
『生き残らなければ、勝ちとは言えない』
気がつけば、ゼゼの背中の上に居た。
ゼゼの背中に生えた角に引っ掛けられる形で。
クロウは溜め息をつくと、答える。
「…そうだな」
『どうやら島からかなり離れてしまったらしい。だからしばらく飛んでいるぞ』
「ああ、分かった…」
クロウは、既に見上げる形から見下ろす形となったポルックスの残骸が落ちゆく光景を眺め、頷いた。
しかしそこで、ふとゼゼの状態の悪さが眼に入った。
所々から黒煙を吹き、ブースター付近がバチバチと鳴っている。
体色が黒いせいで今まで分からなかったが、装甲も所々焦げていた。
「…大丈夫か?」
しばらく沈黙してから、ゼゼは言った。
『正直、かなり辛い。意識を保っているだけでも精一杯だ』
そう答える声からして、苦しそうだった。
「…糞…!」
クロウは、こうして重傷を負ったゼゼに乗せられて行かなければ島にすら戻れない自分の無力さに、腹を立てた。
既に、こんな無力感は何度も味わったというのに。
それに追い討ちをかけるかのように、ゼゼが言った。
『もし、私が地下まで戻れなかったら、ノア様に…伝えてくれないか』
クロウは即答する。
「言いたいことは自分で伝えろ。奴に対してそんな役目を背負うなど、真っ平御免だ」
最終更新:2012年01月21日 23:31