「まさか、カストルとポルックスが、こんなにも唐突に『召して』しまうとは…」
白い礼服を纏った、聖職者のような外見をした男は、そう呟いた。
金色の杖を持ち、白い幅広の帽子をした男。
年は50を越えた頃だろうか。その顔には深い皺が刻まれ、その上に眼鏡がかかっている。
彼は、目の前の木製の机の前に座る男を眺めた。
その男―白髪で灰色のスーツを着た、口髭を蓄えた老人は重々しく答える。
「その事はもういい。それよりも数時間前の『鍵』の方が問題だ」
ここは四方の壁のうち左右の二つを本棚が覆い、窓とドアのある、いわゆる『書斎』とでも言うべき部屋だった。暖色系の壁紙と絨毯に、明るいライトが室内を照らしている。
今、室内には聖職者の姿をした男と老人以外には誰もいない。
聖職者風の男は、顎に手を当てると、言った。
「まさか『再現』間近で奪われてしまうとは。奪った者の検討はついているのですか?」
老人は男の言葉に対し、眉間の皺を更に深くさせて答える。
「それがな…生成中だった『鍵』は、極一部の者にしか知らせていない。
生成に携わるデコイ達も、24時間の監視を怠らぬようにしてある。つまり…」
老人の言葉の続きを、聖職者風の男は引き取った。
「内部の者以外にはありえない、というわけですか…」
しばらく、室内を重々しい雰囲気が包み込んだ。
唐突に、何かを決心した様子で、聖職者風の男は口を開いた。
「やはり全員を洗うしか方法はありますまい。それも、我々『古き神々』達を最優先に」
「お前もやはり、そういう結論に行き着くか」
男の語調とは対照的に、老人は諦めた様な口調であった。
男はそんな老人に目を向けると、言う。
「現在のこの町に存在する『古き神々』は、他の地方の遺跡に赴いたベテルギウスを除外すれば5人。シリウス、カペラ、リゲル、あなたことプロキオン、そして…」
一泊間を置き、男は言った。
「この私というわけですな。そしてその中で信用できるのは、全てを指揮するあなたと、『ゲート』の管理者たる私だけというわけです」
プロキオンと呼ばれた老人はしばらく目を瞑っていたが、再度その瞼を開くと、言った。
「一つ、賭けてみたいと私は思う」
訝しげな表情を浮かべる男から視線をドアへ移し、プロキオンは言った。
「シリウス、入れ」
白いアーマー、フード付きのマントを纏った青年が、ドアから室内へ入ってきた。
シリウスと呼ばれた青年は、感情の篭らない声で答える。
「呼んだか」
聖職者風の男は事情が飲み込めず、疑問の声を上げた。
「何故彼を?」
プロキオンは一瞬迷いの色をその目に走らせたが、やがて口を開いた。
「今回の、『鍵』を奪った裏切り者を暴く役目、こやつに任せようかと思う」
聖職者風の男は一瞬驚愕の表情を浮かべると、その視線をシリウスへと注ぐ。
「本気ですか?彼は我々の中で一番の若輩者だ。それも元ヘブンの粛清官。
本来ならば彼が真っ先に疑われるべき問題だと言わざるを得ませんが」
「だからこそだ。元々この提案を出したのはこやつからなのだ。
それにお前の言ったように我々の中で一番若い。それ故、あの『鍵』の場所どころか、存在さえ知らなかったのだ」
男の方は首を横に振り、尚も言い募る。
「私は反対ですな。『存在を知らなかった』などと、演技で済ませられましょう。
あのカストルを屠った『クロノス』なる者の遣わした内通者でないと言い切れますか?」
「分かっておる。だからこそ、それ相応のリスクをシリウスにも払ってもらおう」
冷静に紡がれた老人の言葉に、シリウスは勿論聖職者風の男も彼に視線を注ぐ。
老人はおもむろに立ち上がると、決然とした表情で目の前のシリウスに向かい、言った。
「3日だ。3日のうちに、裏切り者を見つけ出せ。
もしそれができぬなら、お前を裏切り者として、ワシ自ら処分する!」
シリウスは迷い無く淀み無く、プロキオンの言葉に答えた。
「了解」
シリウスが部屋を出て行った後も、プロキオンと男は話を続けていた。
「『鍵』が奪われた以上、次は『ゲート』の管理者であるお前が狙われる可能性が高い。
ググを護衛につけようと思うが、どうだ?」
「魅力的な提案ですが、辞退させて頂きます」
聖職者風の男は、その顔に不敵な笑みを浮かべると、言った。
「ググがここから離れては、あなたの身の方が危険になりましょう。もし私が襲われたなら、私自らの手で、襲撃者をあなたの前に引きずり出して御覧に入れます」
一泊の間を置き、男は言った。
「この私、アルデバランがね」
最終更新:2012年01月21日 23:42