「ふぁ~あ…」
店主は大欠伸をした。
ここはジャンク屋。客の姿は無い。大都市であるこの町では、規模に従ってディグアウターもそんなに少なくないわけではなかった。
だがそれに比例して、ジャンク屋自体の数もそんなに少なくない。
その為、この店のような小さな店舗では、客足もまばらな現状であった。
一時期―ウェルナー・フォン・ミュラー氏が禁断の地に乗り込むと発表してから、その後一連の騒動が収まるまで―は、それに触発されたかのようにジャンク屋を訪れる客も多かったのだが、その時期も過ぎた今では、客足も減ってしまっている。
それでも現在の社会の根幹を支えている職業をサポートする職である。今でもこのジャンク屋は、店の収入だけで食べていける位には客は来ていた。
しかしながら現在は夕刻で、先程まで来ていた客も去ってしまっている状況である。
この分だと今日は店仕舞かな、と店主は考え始めていた。
とその時、店の扉が開いた。
「!!?」
店主は、驚き過ぎて椅子の背もたれに体重を預け過ぎ、そのまま後ろへ倒れてしまった。
「…大丈夫か?」
「く…クロウ・エリュシオン!?」
何故なら、その客は以前、警察に捕まった筈の男だったからだ。
その上今その男は、乾いているのが見て取れるが頭から血を流している。
「な…何でここに…仕返しにでも!?」
「何で俺がお前に仕返しする必要がある?」
店主は、目の前の男と路地裏でした取引を思い起こしながら、言った。
「ぎっ、銀行強盗を倒した事を黙っててくれって言ってただろう!結局俺はそれを守れなかっただろう!!?」
店主の言葉を聞いて、男は事も無げに答えた。
「ああ、そんな事か。気にしないでいい。警察の尋問に一般人がそんな簡単に耐えられる筈は無いと最初から予想はできていた」
男の言葉を聞いて、店主は幾分か安堵すると共に、その頭に冷静さが戻ってきた。
「じゃ、じゃあ、今日は何の用で来た?その頭の怪我は?」
男はしばらく黙って店の中を見回すと、そこにあった一つの代物に目を向けた。
「怪我の事はいい。それより、懐かしいな…これを買い取りたい」
「おーいクロウー!いないのかー?」
トムは、アパートの一室の扉を叩いていた。
しばらく叩き続けているが、反応は無い。
「マジかよー…いや頼りっきりなんてのも駄目だとは思うけどさー…」
トムは、途方に暮れていた。
もうすぐクレアの帰宅時間だ。それまでに花屋に向かいたいところだったのだが。
いよいよ自分一人で危険なストーカーから彼女を守りつつ夜道を歩かなければならないと覚悟を決めて、最後に一回扉を叩こうとしたトムだったが。
「何か用か?」
「ひっ!!?」
部屋の中からではなく、背後から声をかけられた。
振り向くと、自分が訪ねようとしていた人物がまさにそこに立っていた。
私服姿で、頭から血を流し。
「お、おおお、お前一体どうしたんだ!?」
その姿に仰天しつつ、トムはその問いだけをやっとの事で口から吐き出した。
「ん?この怪我か?ちょっと一本背負い食らってこめかみを地面に擦りつけた時に切っただけだ」
「一体何をやってきたんだ!?朝からこんな時間まで」
「ちょっと用事だ。それよりまた護衛があったな。ちょっと待っててくれ。応急処置だけするから」
トムの質問を軽く受け流し、クロウはそう言って室内に入った。
血を拭き取って傷口に消毒液を塗り包帯を巻いて部屋から出ると、昨日と同じようにクロウはトムと共に花屋へ向かった。
道中、クロウは明日は別の用事ができて護衛の役目を引き受けられないと申し出た。
「そっか。まぁいいよ。俺もこのままお前に頼りっきりなのも情けないと思い始めてたからな。
それより…今日は修行でもしてたのか?何か歩き方がぎこちないぞ」
痛む節々を意識しつつ、クロウは言った。
「…気にするな」
「気にするなって言われてもなぁ」
確かに、少しばかりクロウの歩き方は違和感を感じるものになってしまっていた。
「やっほー!今日もありがとうね二人とも!」
やはり、ストーカーの被害に遭ってるとは思えない明るさで、クレアは店から出てきた。
「…今日は大丈夫だったのか?」
クロウがすかさずそんな質問をすると、案の定少し暗い雰囲気になってクレアは答える。
「あー…不審な人影とかは今日はまだ見てないけど、ちょっと怖くて郵便受け見てないんだよね」
「大丈夫かー?今日マンションまで着いたら俺が見てやろうか?」
トムの気遣いの言葉に、クレアは少しばかり元気を取り戻した様だった。
「うん、お願いできる?それとさ二人とも、明日は私給料日だし、今日はカフェでも奢るよ!」
クレアの提案に、トムは子供のように喜ぶ。
「お、よっしゃー!」
「い、いや、そこまでされなくとも…」
「いいじゃんいいじゃん奢って貰ってけって!」
喜びつつトムはクロウの首に手を回す。こうして、半ば押し切られる形でクロウも含めた三人は、街角のカフェに入っていった。
クレアはココアを、トムはカフェオレを頼み、クロウはコーヒーを頼んだ。
しばらくして各々の飲み物が運ばれる。
「あんまし昨日話せなかったけどさ、エリュシオンさん、ディグアウターなんだって?」
クレアが視線をクロウに向けて、そう言った。
「ああ」
「今までどんな遺跡に潜ったの?」
興味津々と言った様子で、クレアは目を輝かせてクロウに問いかける。
横を見ると、トムもこの質問は気になるようで、クロウに視線を向けていた。
「あー、そうだな…」
クロウは仕方なしに、これまで巡った遺跡の事を話し始めた。
プリズナの街でジャック・アースガルドに話した時の事を思い出しながら。
「へぇー、やっぱり危険な仕事なんだね」
クレアは感心したように、そう言った。
「俺が協力を頼んだのも分かるだろ?」
「うん、頼もしそうだよねー」
二人はそう言葉を交わし、頷き合っていた。
「そう言えばエリュシオンさん、生まれは?」
次のクレアの質問に、クロウは思考が停止した。
こういう時に、どうはぐらかせばいいのか。
適当な話をでっち上げればいいのだが、そんな話を今の短時間で作り出すなど今のクロウには無理な芸当だ。
結果として、クロウはほぼ素直な事を口走っていた。
「あー…覚えてない。気がつけば親も無かった」
このクロウの言にはトムも驚いた様子だった。
「って事は天涯孤独!?」
「そうなるな」
場が微妙な空気に変わり、トムとクレアが顔を見合わせる。
続いて、クレアが質問した。
「子供の時は、どうやって暮らしてたの?孤児院?」
このクレアの言葉に、クロウは一瞬動きを止めた。
『孤児院』という単語に、頭の中で何か、引っ掛かりを感じた。
「(…何だ?一体…何の違和感だこれは?)」
クロウの様子に異常を感じたトムとクレアが、怪訝な顔でクロウを見つめる。
それに気づいたクロウは、慌てて口を開いた。
「い、いや、親がいないというだけで天涯孤独というわけではなかった。
親戚筋に引き取られてな、その家が裕福だったんで、今はディグアウターになってる」
「裕福か…そっかー、ディグアウターもお金かかりそうな職業だしねぇ」
「そっか、クロウにもそういう事情があったんだなー」
クレアもトムも各々の意見を述べている。
クロウは内心で溜め息をついた。
それからカフェを出て、例によってクロウとトムはクレアの家の周りを警護した。
クレアのマンションの郵便受けには幸いにも何も入ってはおらず、またその数時間、怪しい人影はどこにも見られなかった。
明日はいよいよ古き神々の一人、アルデバラン襲撃の日である。これが最期になるかもしれないと、クロウは月を見上げ、覚悟した。
翌朝。クロウは自分の部屋で目を覚ました。
玄関へ行くと昨日の様に手紙が置いてあり、中には『午後6時に例のトンネルに来い』とだけ書かれていた。
「まだ時間はあるな…」
クロウは顔を洗い、歯を磨きつつ、無線機でノアへの呼び出しを行った。
今回はノアではなく、ゼゼが出た。
『ノア様に何かご用件でしょうか?』
「いや、ゼゼ、お前に頼みがある」
『はい?』
疑問の声を上げるゼゼに、クロウは断られるのを覚悟して、頼み事を口にした。
「ふむ…ミラージュ君がそんな事をねぇ…」
ゼゼがクロウから聞いた頼み事をノアに話すと、眠い目を擦りつつノアはそう呟いた。
今、ノアは目の前の数々の画面に映るデコイの社会を眺めている。
「よろしいでしょうか、ノア様?」
ゼゼがそう問いかけると、ノアはゼゼに笑顔を向けた。
「ああ、構わんよゼゼ。ただ、その前に一つ、私からも頼みがあるんだが、いいかね?」
「ええ、何なりと」
頭を下げるゼゼに対し、ノアは口元に笑みを浮かべると、言った。
「これからちょっと、出かける。支度をしてくれたまえ」
「…は?」
ノアの言葉を、ゼゼは信じられなかった。
ゼゼがこれまで仕えてきて、ノアは一度として研究室から出た事が無かったのだ。
それが今、急に『出かける』と言った。
どういう意図で言われたのか理解が追いつかず、思わずゼゼは呆けた返事をしてしまっていた。
そしてノアは、再度口を開いた。
「聞こえなかったかね?出かけると言ったんだ」
だが、こんなにも簡単に、ノアは『出かける』と口にしている。
「は、はい!ただ今!!」
ゼゼは言い知れぬ不安を抱えつつ、ノアの命令を頭に刻み込んだ。
午後4時。
アーマーを装着し、片手用の刀二本と両手用の刀一本を携え、クロウは支度を終えた。
両手用の刀はポルックス戦での損傷が激しかった為、ノアによって修復と改良が施されている。そして、それに伴い、外観も普通の刀から白鞘となっていた。
黒いスカーフを首に巻き、用意していた大きな鞄を肩に担ぐと、クロウは立ち上がった。
「よし…行くか」
「遅かったな」
トンネルの前でテスタメントが立っていた。肩に大鷲の姿は無い。
トンネルの周辺は山と崖に挟まれ、そんなに広くない道となっている。
クロウは最初ここまで来るのにタクシーを使おうと思ったのだが、そのタクシーまで巻き込む事になりかねないと判断したため、徒歩で来ていた。
「ミストはどうした?」
「既に作戦地点まで行った。おそらく、アルデバランがここを通るのももうすぐだろうからな」
そう言うと、テスタメントはトンネルに向かって歩き始めた。
「覚えておけよ。遂行地点はここより500mの場所だ。
ここが崩落したのを確認した後、速やかにそこまで来い。
スイッチはこれだ。押してから15秒で爆破する。その間に退避しろ」
そう言うとテスタメントは徐に立ち止まり、トンネルの壁に片手を突き込んだ。
コンクリート製の筈のトンネルの壁はボロボロと崩れ、中からコードに繋がったダイヤル式のスイッチが引っ張り出された。
内心で驚きつつもそれを受け取り、クロウは言った。
「走り去る車がアルデバランのものだとどう判断すればいい?」
両手を叩いてコンクリートの破片を振り払いつつ、テスタメントは答える。
「奴は黒塗りのリムジンを使う筈だ。この道でそんな自動車を使う輩など、奴以外にはありえない。だから黒塗りのリムジンが走ったら無線機で連絡しろ。そしてその車の後にトンネルに入ろうとする輩がいれば、絶対に阻止しろ。デコイを巻き込みたくなければな」
クロウは昨日テスタメントに説明された内容を思い出しつつ、言った。
「手筈通り戦闘が開始されたらここを爆破し、崩落させるんだったな」
「その通りだ。爆破の後は必ずトンネル内へ向かえ。戦闘に参加したいならば」
クロウは頷きつつ、肩に担いだ鞄を地面に下ろした。運搬業務などに使われる大きな鞄だったが、それでも中の品を入れるのにギリギリの大きさだったものだ。
「言われていた品だ。ここまで持ってくるのは随分大変だったぞ」
テスタメントはその鞄に視線を向けると、言った。
「手筈通り、必ず遂行しろ。まさかとは思うが崩落に巻き込むな。
戦闘中もだ。どこかに隠していろ」
「ああ、分かってる」
クロウが頷いたのを確認しテスタメントは袖を捲くると、腕時計に目を通した。
「そろそろ奴がここを通る時間帯だ。私はもう行く」
そう言うとテスタメントはトンネルの奥まで歩き去った。
クロウは道の端に鞄を置き、光学迷彩を起動する。
「さて…生きて帰れるかな…」
遠くから、自動車のヘッドライトが近づいてくるのが分かった。
クロウはトンネルの壁に寄りかかると、その車種と運転手の顔を見ようと、目を細める。
やがてどんどんライトは大きくなり、遂に自動車はクロウの横を通り過ぎた。
「(なるほど…リムジンというのは分かり易くて幸いだったな)」
確かに、3列のリムジンだった。運転手は黒いスーツをした大柄の男。いかにも警備員と言った感じである。
そこで、クロウは気がついた。
司教という立場の者なら、護衛がいるのも当然の事。
だが、その護衛が何も知らぬデコイだったら?
クロウは振り向いた。トンネル内は黄色い照明が間断無く辺りを照らしているが、カーブを描いているこのトンネルでは奥の方の光景は見られない。
クロウは無線機を起動すると、口を開いた。
「テスタメント!奴が通ったが、奴の護衛はただのデコイじゃないのか!?」
『安心しろ。そいつらは殺すつもりは無い。それより手筈通りやれ』
有無を言わさぬテスタメントの言葉。
仕方なくクロウは戦闘開始の合図を聞き逃さぬよう、無線機に耳を澄ました。
テスタメントはクロウからの無線に答えると、無線機をポケットに入れた。
そして、道の真ん中に立つと、走ってくるリムジンを見据える。
トンネルの中央付近はややカーブが緩く、見通しの効く空間となっていた。
そしてテスタメントの姿を視認したリムジンは、甲高いブレーキ音と共に止まった。
黄色い照明に支配されたこの空間で、二つのヘッドライトがテスタメントの白いロングコートを照らしている。
途端に運転手がドアを開け、威嚇するように叫んだ。
「何だお前は!!」
テスタメントは運転手に視線を向けて、声を上げた。
「この車の主に用がある」
途端に、車の助手席と2列目の2つのドアが開き、屈強そうな男が3人現れた。
3人が3人共に黒いスーツを着ている。しばらく、テスタメントとその男達との睨み合いが続く。
だがその時、最後尾のドアが開き、もう一人他の男達と似た体格の男が出てくきた。
男はどうやら最後尾に座るもう一人の人物を止めようとしている様で、その顔色は戸惑ってさえいる様子である。
「危険ですよ司教!!」
だがそんな男の制止にも関わらず、制止されていた人物はドアを開け、車から降りた。
「暴力はいけませんよ皆さん。平和的な話し合いで解決できる事ならね」
白い礼服を纏った、40~50代ほどの男。皺の刻まれた顔に、白髪交じりの頭、眼鏡越しの温厚そうな目付き。
予定通り、エンリコ・マルケス司教であった。
「さて、お話でしたら伺いましょう。何の用です?懺悔でもなさりたいので?」
「私が何者なのか、何の用で来たのか。お前ならば検討が付く事と思うが」
間髪入れずに答えられた言葉に、司教は困惑した声を上げる。
「ふむ…分かりませんね。お名前と、ご用件をお聞かせ願えませんか?」
今度はしばらく黙っていたが、テスタメントは言った。
「エンリコ・マルケス、お前を殺す為に来た。この…ロックマン・テスタメントが」
テスタメントの言葉を聞いて、一瞬司教は驚愕の表情を浮かべた。
だがそこから口元に笑みを浮かべると、言う。
「ロックマン・テスタメント…テスタメントね、テスタメントですか。
奇遇ですな、私もあなたに用件があるのですが」
「何だ」
感情の無いテスタメントの問いに、司教は笑顔で言った。
「あなたに、我等の中にいる筈の反逆者の情報を吐いてもらいたいですな。『エンリコ・マルケス司教』の裏の素性も、私がここを通るのも、我々しか知らぬ筈なのでね」
途端に、運転手も含めた黒服の男5人が、武器を取り出した。
ライフルやサブマシンガンのような銃器を出す者もいれば、剣やハンマー、ナイフなど刃物を取り出す者もいる。
皆一様に服の中から武器を取り出すと、上着を路上に放った。
「なるほど、お前達もケフェウスの配下と同じ、肉体改造されたデコイか」
そう言ってから、男達から司教へと視線を向けテスタメントは言った。
「では認めるのだな。自らが古き神々の一人・アルデバランであると」
司教は眼鏡を外し、顔中に笑顔を浮かべ、言った。
「ええ。ですがそれを知るのはあなた一人ですな。つまりここで始末すれば、全て丸く収まるという事だ」
途端に、男達が動き出し、その攻撃がテスタメントへ殺到した。
『戦闘開始だ。デコイ共を気遣う必要は無い』
テスタメントの合図が、無線機の奥からクロウに伝えられる。
クロウは内心で舌打ちした。警備のデコイの命まで気遣っている今の自分に、少しばかりの焦りと疑問を感じつつ。
だが、ここを爆破しなければもっと多くのデコイが犠牲となる可能性がある。
何より、事態を察知した他の古き神々が加勢に来る可能性もあるのだ。
クロウは仕方なく、爆破装置のダイヤルを捻った。
ダイヤルの横のランプが赤く点灯し、警告音を鳴らす。
クロウは即座にトンネルの奥へ走り出した。
そこで、鞄を置いたまま忘れていた事に気づき、迷う暇も無いまま足を止めて身体を反転させ、鞄に手を伸ばした。
そして紐を掴み、再び走り出す。
頭上から爆音が聞こえたのは、その直後だった。
爆音と共に地面が揺れる。
テスタメントに飛び掛ろうとした者や銃弾を見舞おうとした者は、悉くその振動に驚愕し、体勢を崩した。
テスタメントはそのチャンスを逃しはしなかった。
目の前まで迫っていた男の手を捻り上げ、その身体を銃弾の盾にすると、ライフルを構えていた男に投げつける。
同時にサブマシンガンの男が反応したと見るや、その銃口の直線状を計算して銃弾を回避し、ハンマーを振り下ろそうとした男の顎を蹴り上げた。
男がよろめいたのを確認しその鳩尾に勢い良く拳を穿つと、その身体ごと吹っ飛ばす。
男が手放したハンマーを片手で持ち上げ、今まで攻撃を受けなかったナイフを持った男に向かって振り下ろした。
血飛沫が上がるが、それを浴びる間も無く跳び、車のボンネットを蹴って足先をサブマシンガンを構えた男の顔面に叩き込んだ。
最後に男が取り落としたサブマシンガンを拾い上げ、最初に投げた男とそれに当たったライフルの男に向かい掃射。その手足を撃ち抜いた。
短時間で、5人の大男が戦闘不能となった。
「後はお前だけだ。エンリコ・マルケス…いや、アルデバラン」
その間に振動はようやくの収まりを見せたが、電気系統に不備が生じた様だ。トンネル全体を照らしていた黄色い照明は、皆バラバラに点滅を始めた。
振動が収まった事で、辺りは静かになったわけではなかった。
手足を折られたり撃ち抜かれたり、吹き飛ばされたりした男達の呻き声がまだその場に漂っていたからだ。
司教―アルデバランは、困ったような笑みを浮かべる。
「いやいや、この程度で私一人にされても、困りますな」
そう言うと彼は、手を叩いた。
「さあさああなた達、痛みに悶えるのはその辺にして、早く復帰なさい。
プロキオンがどれだけの金をかけて、君達を改造したと思っているのです?」
「…!」
テスタメントは少しばかり驚愕した。アルデバランの号令に、未だ足を押さえている者はいたものの、皆一様に体勢を立て直し始めたからだ。
「なるほど、確かにこの人数差ですが、相手が只者でない事は分かったでしょう。
さて、既にこんな状況です。本気を出す事を『許可』致しましょう」
「っ!!」
アルデバランがそう言った瞬間、これまでにないスピードで男達のうち三人が姿勢を低くし、テスタメントに突っ込んで来た。
テスタメントでも一瞬反応が遅れるほどの速さで。
「ちぃ!!」
一番近くに迫ってきていた男の拳を、紙一重で避けるテスタメント。
驚いた事に、その男の空振った拳はコンクリートの壁に突き刺さり、そのまま大きく砕くほどの威力を持っていた。
更に二番手三番手が、地面を跳んで襲い来る。
だが、後ろに待機していた男二人がそれぞれライフルとサブマシンガンを構えているのが、テスタメントの視界の端に映った。
「っ…間抜けめ!!」
床に膝を着いて二つの銃口の斜線上を逃れると、飛びかかって来ていた男二人と最初に自分に拳を浴びせようとした男一人が全身に銃弾を食らう。
だが、そこでテスタメントは驚愕の光景を目にした。
銃弾を受けても男達は何の反応も示さないばかりか、自分に向かってきていたのだ。
「くっ…!!」
立ち上がり後ろに下がろうとするテスタメントの足を、一番近くまで迫って来ていた男が飛びかかり、拘束する。
銃器を持っている男達の方へ視線を向けると、二人の男は自分達の武器の異常に気を取られていた。
どうやらサブマシンガンは弾切れ、ライフルは弾詰まりを起こしたらしい。
だがそれを確認した瞬間、テスタメントの視界を最初に拳を向けてきた男が遮った。
「がっ!!」
途端に凄まじい威力の拳がテスタメントの胴に当たり、そのまま吹っ飛ばされ、トンネルの壁に激突する。
脳を揺さぶられたテスタメントの耳に、拍手が木霊する。
「ハッハッハ、どうやらプロキオンの心配も杞憂に終わりそうで、良かったですな。
どうですロックマン・テスタメント。ただのデコイに傷を負わされる屈辱は」
口の中に鉄の味か広がり、自然と口の端から血が流れ出た。
「あなたの素性もその詳細も既に存じておりますよ。
三千年前の一等粛清官で、今は各地の古き神々を倒して回っているという事もね。
巨大な敵ばかりを相手にしていると、こういう小さな敵に足元を掬われるのですなぁ」
テスタメントは、片手で口の端を流れる血を拭った。そしてその手を眺め、そこで自分が黒い手袋をしているのを思い出した。
「これが、淀みか」
アルデバランの言葉に賛成するように、テスタメントは自嘲気味にそう言った。
そして、彼はサングラスを外した。その金色の瞳を、周囲に向ける。
その後、ゆっくりと両手の手袋を外し、その場に放った。
「申し訳ありません、ディエス様」
そう言うと、彼は顔の前で、拳を握る。
「楽には死ねないと思いたまえ。さあ君たち、この男を動けなくさせなさい」
アルデバランの命を受け、男達が近づいてくる。
テスタメントは拳を握ったまま、動かない。
彼に一番近くまで歩いてきていた男は、気がついた。
テスタメントの握った拳の中に、淡い光が生まれていた。
その光は次第に、ゆっくりと、確実に強くなっていく。
何事かと思いながらも、男はテスタメントに向かって手を伸ばした。
そこで初めて、テスタメントは両目をその男に向けた。
「え…?」
アルデバランは目を疑った。
先程までテスタメントに向かって手を伸ばしていた筈の男が消失したからだ。
周りの男達も何が起こったのか分からず、目を見合わせている。
だが、ある事実にアルデバランは気づいた。
よく見ればテスタメントの足元に、今消失した男の手足が転がっていた。
その断面は高温の物に触れたかのように焼け焦げ、煙を上げている。
「どうした。来ないのか?」
「ぐぅ…どうしたのです、さあ…行きなさい!!」
アルデバランが声を上げた。
男達はその声に追い立てられるように、走る。
だが、その男達は全員、かすかに確信していた。
自分達の命はもう無いのだという事を。
「もう一度言う。後はお前だけだ。アルデバラン」
次の瞬間には、最初の男と同じように手足だけを残して消失した男達の残骸しか、残っていなかった。
「今度は訂正の必要は、ないな?」
最終更新:2012年01月21日 23:45