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木製の装飾が施された、赤い絨毯の敷かれた廊下。
頭上には淡い照明が一定間隔ごとに配置されている。
窓は無い。ここは地下にあたる場所だ。
時刻は早朝。地上ならば東からの日の光が窓から見えることだろう。
黒服を着た案内者は、やがて一つの扉の前で立ち止まった。
そして、二枚の扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと扉を開く。

室内には、複数人の人物がいたが、皆一様にドアの前にいる自分へと視線を送ってきた。
中は薄暗いが、かろうじて全体が見渡せる。
中央に円形をした広い、濃い茶色のテーブル。
今自分が立っている入口の正面、テーブルの向かい側に、老人が杖をついて立っていた。
黒いスーツを着て白髪に髭を蓄えた、厳格な顔つきをした老人。
テーブルの右側には、間隔を置いて二人の人物が座っている。
老人に近い側には、燕尾服を着た金髪の男。老人よりも大分若い。
入口に近い側には白いアーマーとマントに銀髪の若い男。鋭い眼がこちらへ視線を注ぐ。
左側には、白いスーツを着た青年が座っていた。マントの男と同じかそれ以下と思われる年齢の容姿。前髪が長く、目元を隠している。
部屋の四方の隅には、自分を案内したのと同じ黒服の男達が陣取っている。

テーブルに近づくと背後で扉が閉められた。
後ろを一瞥すると、扉の両側にも黒服の男達が立っていた。
ここに至って彼女―ディエスは、違和感を覚えた。
そして、それを感じるのが遅すぎたという事もかすかに感じていた。
整った顔に、その違和感を感じさせぬよう努めながら、ウェーブのかかった長い銀髪をなびかせて、手近な椅子へと向かう。
服装は、いつもと同じ紺色のドレスを着て来ていた。
「(これは…最悪の事態が起こったのかもしれませんね…)」
部屋の中には黒服が6名。今までの会合では、この黒服たちが同じ室内にいる事など無かったのに。
ディエスは、周囲に気づかれぬように生唾を飲み込むと、一番奥に唯一立っている老人―プロキオンに向かって言った。
「プロキオン、どうしたのですか?今日は随分と物々しいではありませんか」

「ふむ、そうだな…」
プロキオンは、ただそう言い淀むのみ。
そうして、そのプロキオンが今回の会議の開始を宣言した。
「集まった様だな。では会議を始めよう」

全ての者の命運を変える一日は、こうして始まった。

プロキオンの言葉が終わるのを待ち、更に先程の質問を投げかけようとしたディエスだったが、その前に別の声が響く。
「じゃ早速、ベテルギウスの報告を聞こうよ」
そう言ったのは、彼女の左横に座る白いスーツの青年―リゲルだった。
そんなリゲルに、プロキオンは苛立ったような声を漏らす。
「アルデバランの報には一言も無しか、リゲル…!」
プロキオンの声に、リゲルは楽しそうな声で答えた。
「死人に興味は無いね。それよりボクはベテルギウスの情報が気になるのさ」
リゲルの言葉に、更に怒気を強めて発言しようとしたプロキオンだったが、隣に座る燕尾服の男―ベテルギウスがその前に口を開いた。
「ふむ、帰ってきて早々のアルデバラン死亡の報は、私にも寝耳に水でしたねぇ。
まぁ、プロキオン以外は誰も気にしない様ならば、報告に移ろうと思いますが?」
そう言って、プロキオンに視線を向けるベテルギウス。
その会話でディエスはベテルギウスがしばらくこの町を留守にしていた事を思い出した。
「薄情な奴らじゃな、全く…いいだろう、報告に移れベテルギウス」
この流れで、結局ディエスはこの会議に違和感を抱えたまま、臨む事になった。
プロキオンの言葉を受け、ベテルギウスが目の前のテーブルに置いてある、自分用の端末のキーを叩く。
すると、各々の席の前に置かれた端末に、写真と共に文面が映し出された。
「私が行って来た遺跡と、そこの最深部の端末に載っていた情報をまずは羅列しました」
「予想はしておったが…やはり手がかりは僅かじゃな」
こういうデータを読む事において、プロキオンは随一の早さを誇る。
情報を一瞬で把握し、整理し、様々な作戦を立案する。そういう能力に彼が長けている事をディエスは知っていた。
「ええ、何せ3千年前、しかもヘブンと敵対していた者たちのデータですから。
ま、これらの情報にも大して価値はありませんでした」

ベテルギウスの言葉は続く。
「結局、古典的な方法…別の地区にいる古き神々達に話を聞く、という方法しかありませんでした」
「随分苦労なさったでしょう?」
ディエスの言葉に、微笑みつつベテルギウスは答える。
「お気遣いありがとうございます、カペラ。
それで、かなりの地区を渡り歩いたわけですが…」
相変わらず、丁寧な物腰のベテルギウス。対して、同じように敬語を使っていても今は亡きアルデバランのそれには傲慢さが伴っていた事を彼女は思い返した。
最も、そのアルデバランを亡き者にした張本人こそ彼女自身なのであるが。
そんな事を考えていた彼女の耳に、ベテルギウスの一際高い言葉が入った。

「結論から申し上げましょう。『クロノス』などという古き神々は、存在しません」

その言葉に、テーブルを囲んでいた者達が一斉に各々のリアクションを取る。
プロキオンは「何じゃと!?」と驚きの声を上げ、リゲルは「へぇ…」という声を漏らしつつ笑い、マントの男―シリウスは声こそ出さないものの、目を見開いていた。
「それは確かですか…?」
ディエス自身もその言葉には驚かざるを得ず、思わずそう発言する。
ベテルギウスはゆっくりと頷いた。
「元々、3千年前には古き神々達の中でもかなりの地位を誇っていたプロキオンがその存在を認知していない、という時点でおかしいとは思っていました。
プロキオンには劣るものの、私も古き神々の間にかなりのネットワークを持っています。
それを駆使して情報を集めましたが、全く有力な情報は出て来なかったのです」
ベテルギウスの言葉に、ディエスは思考せざるを得なかった。
そんなディエスに構わず、ベテルギウスは話を締めくくる。
「ですので少なくとも、3千年前にヘブンと戦った古き神々の中にあの者はおらず、『クロノス』という名とあの容姿を持つ者を知っている古き神々は、存在しないでしょう」
「何と…」
その情報の衝撃からか、プロキオンは背後の椅子にガクリと座り込んだ。
ディエスは考える。てっきり、何らかの理由で『古き神々の王』に怨みを持つに至った古き神々の一人なのかと、思っていた。
だが…あの『ノア』と名乗った男は、一体何者なのか。

それを思考している間に、いつのまにか話が進んでしまっていた。
「まぁいい…既に所在は掴んでおるのだ。情報を得る機会は幾らでも訪れるだろう。
次の議題だ。シリウス、出せ」
この発言に、ディエスの違和感は一層大きなものになった。
今公表された事実。普通ならしばらく議論される筈の話だ。なのにプロキオンは、何の躊躇いも周囲への確認も行わず、『次の議題』への移行を指示した。
やはり何かおかしいと感じるディエスを他所に、シリウスは何かを取り出すと円形のテーブルの中央に置く。
「まずは全員、これを聞いてほしい」

『ごきげんよう、お揃いで』
聞こえてきたのは、先程議題となっていた男、クロノスの声。
そして次の瞬間、ディエスは全身を震わせる事となった。
『ええ、ごきげんよう。何とお呼びすればよろしいですかね?やはり…クロノスと?』
一瞬、誰の声なのかディエスは分からなかった。
だが、それが自分の声だという事を思い出すのに、そう時間はかからなかった。
そして既に、円形のテーブルを囲む者達の視線は、ディエスへと集中していた。
『いや、対外的には『ノア』と名乗っている。そう呼んで貰って構わない』
『そうですか…ではノア。こちらから質問してもよろしいでしょうか?』
それ以降も、この二人の会話が続けられ、やがてテープが止まった。
しばらくの沈黙の後、静かにプロキオンがこの場所での彼女の名前を呼ぶ。
「カペラ、弁明を聞こうか」
最初にこの部屋に来た時の、プロキオンの様子。シリウスの視線。
まるで警備というよりも、この場所から人を出さないようにしているかのような黒服達。
ディエスは全てを理解した。もう遅すぎたが。
そして彼女は俯いた。
「何も言わぬのか?」
プロキオンの言葉は、次第に強くなっていく。
「儂に対して、何か言う事は無いのか、カペラ」
ディエスは何も言わなかった。
「認めるのだな?儂を…儂らを裏切っていた事を」
やはりディエスは、沈黙で返した。
「よくも…儂を、騙しおったなぁ!!カペラ!!!」

プロキオンの怒声と同時に、部屋中の黒服達が拳銃を彼女に向ける。
「洗いざらい吐いてもらうぞ…どんな手を使ってでもな!!」
そこで初めて、ディエスは顔を上げた。
表情は凛としていた。それだけでプロキオンを気圧する程に。
そして、小さいながらも室内全域に響く声で言った。
「それは、無理です」
次の瞬間、部屋の中央の天井が眩く輝いた。
照明ではない。もっと強烈に眩く輝く光が、部屋全体を照らし出す。
「なっ…!!?」
そして次の瞬間、テーブルの中央に何者かが着地した。
「お前は…ロックマン・テスタメント!!」
ロックマン・テスタメント。プロキオンにそう呼ばれた男は、ゆっくり顔を前に向けた。
いつのまにか部屋の天井には大穴が開き、その穴は屋根から地下室まで、この屋敷の全フロアを貫いて太陽光を彼に浴びせかけている。
白いロングコート、手には黒革の手袋。切り揃えられた金髪に、整った顔立ち。そして、その眼を覆い隠すサングラス。
突然の出現に、その場の全員の行動は遅れざるを得なかった。
彼らが動き出す前に、テスタメントは行動を開始する。
着地し膝を折った姿勢のまま、彼は目の前に相対している人物―プロキオンに向かって右手を向けた。
そして開放される。チャージが終わり、今しがた全フロアを貫いた威力のバスターが。
「っ…!!」
それ以上の言葉を言う暇も無く、プロキオンが光の渦に飲み込まれる。
同時に、その衝撃が部屋の者達全員を襲った。
黒服達は吹っ飛び、ベテルギウスはシルクハット、シリウスはマントで防御する。
そして、ようやく光が収まった。

光の後には、滅茶苦茶になった室内が残った。
黒服達は壁に叩きつけられ、動けないでいる。
天井や壁の一部は崩れ、瓦礫が室内に散乱していた。
ディエスは、右側にいたベテルギウスとシリウスが無傷で立っているのを見て取った。
左へ視線を向けると―リゲルは、席にいなかった。
そしてテスタメントは、目の前の光景に驚愕の眼を向けていた。

「いけないなぁテスタメント。このボクの前で、仮にも『頭』を潰そうだなんて」
「っ…!!」
いつのまにかプロキオンの前に、右手を掲げてリゲルが立っていた。
彼の掌からはエネルギーシールドが発生している。
間違いない。そのシールドが、テスタメントのバスターを相殺し切ったのだ。
プロキオンは驚愕に声も出せない状態で、リゲルの遥か後ろで尻餅をついている。
リゲルは、笑みを浮かべたままテスタメントを眺めた。
「テスタメント!」
ディエスは声を響かせると同時に、跳んだ。
その服装からは想像できないほどの跳躍で、テスタメントの背後に着地する。
そして、彼の肩を掴んだ。
テスタメントも体勢を立て直しつつ、それに応えて頷く。
「逃がすか!!」
次の瞬間、その言葉と共にシリウスが飛び出した。
腰の鞘から剣を抜き放ち、ディエスへと視線を向けていたテスタメントに斬りかかる。
だが、既に遅い。ディエスとテスタメントは共に光に包まれ、上空へと消えて行った。


「さて、どうします?」
標的のいなくなった室内で、最初に言葉を発したのはベテルギウスだった。
だがベテルギウスの言葉は、突然の事態に呆然とするプロキオンの耳には入らない。
そんな彼らを見ようともせず、シリウスは剣を収めると出口へと向かった。
リゲルはと言えば、去っていくシリウスを一瞥しつつ、プロキオンの様子に呆れていた。
そしていつもの様に軽口を叩こうとしたリゲルだったが、改めて眺めたプロキオンの顔を見て、その口を閉じる。
「…ゆ…」
その顔は、凄まじい憤怒に駆られていた。
彼の両の拳は、その外見年齢に見合わぬほど硬く握り締められている。
次の瞬間、プロキオンはおもむろに瓦礫に近い状態となったテーブルの前へ行くと、その表面に右手の拳を叩きつけた。
「許さん…絶対に許さんぞ!!どんな手を使ってでも、抹殺してやる!!!」
その声には凄まじい迫力が伴い、リゲルはその顔から笑みを消さざるを得なくなった。
逆にベテルギウスは、まるで楽しくて仕方が無いと言わんばかりに、微笑んでいた。

それからの流れは、実に緩やかだった。
プロキオンは現在この町に彼が有している改造デコイの兵士達に招集をかけ、半日と経たぬ内に集結させた。
その数約1000人。
そして改めてベテルギウス・リゲル・シリウスを呼び出すと、再び会議が始まった。
もっとも、今度は『作戦会議』だったのだが。
流石に先程使われた会議室は使えないので場所を変更し、古き神々だけで行われた。
最新の設備の施された会議室でプロキオンは、スクリーンを背にして話を始める。
「現在ディメンジョンゲートは兵士のうち50名を割いて厳重な警備をさせておる。が、ロックマン・テスタメントが相手ではこの警備もおそらく無駄であろう。
だがな、待ち構えているつもりなど毛頭無い。今度は儂らが攻勢に出る番だ!」
部屋が暗くなり、スクリーンに町の地図が映し出される。
プロキオンは指揮棒を手に取ると、説明を始めた。
「おそらく…カペラはこの町の遺跡のどこかに隠れているに違いない。今度ばかりは儂も本気だ。兵力に物を言わせ、燻り出す。
現在確認されうる遺跡への入口をそれぞれ1個小隊で24時間監視させ、更にそれぞれの入口から1個中隊を突入させる。長引くようなら2時間経つごとに更に1個中隊を増援で突入させるのを繰り返す」
退屈そうに座っていたリゲルがここで口を挟んだ。
「で、ボクらにはその指揮をやれって言うんじゃないだろうね?」
プロキオンは首を振り、答えた。
「いや。お前達に指揮官の働きなど求めん。むしろ1兵士として行動してもらう。
勿論デコイの指揮下に入れなどとは言わん。それよりは独立して行動しろ。
そして…相手の戦力を、どんな手を使ってでも殲滅しろ」
リゲルは納得したように頷いた。
それを確認すると、プロキオンは説明を再開する。
「ベテルギウスは南、シリウスは東から遺跡に入れ。
それと兵士達にも言い含めておいたが…一般のデコイには気づかれるな。絶対にだ」
「え、ちょっとボクは?」
プロキオンの言葉に、リゲルは再び声を上げた。
「リゲル。お前には別の任務を行ってもらう。こちらには兵士500名とググも投入する」
そう言うとプロキオンは映写機を操作する。新たに映し出された地図は―彼らが『クロノス』と認識していた男の住む島だった。

このプロキオンの提案に、その場の全員が絶句した。シリウスが真っ先に声を上げる。
「カペラの勢力の殲滅とこの場所の攻略を同時に行うというのか。しかもそんな兵力で。
カストルとポルックスが瞬く間に倒された場所だぞ」
シリウスの問いに、表情を変えないままプロキオンが答える。
「そんな事は百も承知だ。だが、今回はロックマン・ミラージュがあの島にいない。あのリーバードだけならばググ一機で十分仕留め切れるだろう。
そして肝心の『クロノス』だが…おそらく500名の兵士でも打ち倒すのは不可能。
だがリゲルならば…」
ここで、そのリゲル自身がプロキオンの言葉を引き取り、言った。
「ボクならば、倒せずとも島ごと吹き飛ばせる…だろう?」
「ああ。『クロノス』自身が島から脱出しそのままお前を倒すような事があっても、それはそれでデータが取れる」
肯定するものの続けて放たれた発言に、リゲルは僅かに不快そうな顔をした。
そんなリゲルを一瞥すると、溜め息をついてシリウスは言う。
「戦力がカストルとポルックスの時に見たもの『だけ』ならの話だがな」
「それはそうだが…」
言い淀むプロキオン。シリウスは返事を待たずに、マントを翻して出口へと歩き出した。
「ま、待て!まだ兵士達の編成が終わっておら…」
プロキオンの発言が終わらないうちに、シリウスは扉を閉めて出て行った。

「全く…つくづく言う事を聞かん奴だ…」
がっくりと肩を落とすプロキオンに、リゲルも立ち上がる。
「じゃ、ボクはググと合流して、500の虫けらと一緒にあの島に向かえばいいんだね」
「ああ。そういう事だ」
その返事を聞くと、リゲルも部屋から消えていった。
それを見送ると、ベテルギウスがようやく口を開く。
「ふむ、それにしても…本当に一般のデコイに悟られずに事を進められますか?」
ベテルギウスの言葉に、プロキオンは頷いた。
「儂の率いているデコイの組織も動かし、警察にも圧力をかける。それで十分だろう」
「それは幸いですね…では、私も行くとしましょう。朗報をお待ち下さい」
そう言うと、シルクハットを被りつつベテルギウスも出て行った。
一人残ったプロキオンはテーブルの上で両手を組む。
そして、燃えるような眼で眼前を睨んだ。

数時間後、遺跡内。
「…やはり、始まりましたか」
目の前の複数のモニターを眺め、ディエスは呟いた。
モニターのいずれにも、プロキオンの指揮する兵士が遺跡内に突入する様子が見える。
「申し訳ありません。あの時、私が確実に仕留めていれば…」
跪いたまま、テスタメントが申し訳なさそうに言った。
だがディエスは微笑むと振り返り、口を開く。
「あなたは十分にやりましたよテスタメント」
壁に寄りかかっていた、顔の半分が火傷に覆われ、濃い赤色のアーマーを着た青年がここで発言した。
「…どうする」
その青年の言葉を受け、テスタメントが更にディエスへと進言する。
「早急に避難するべきかと思われますが」
テスタメントの言葉に対し、ディエスはゆっくりと首を横に振った。
「逃げる事はしません。むしろ、ここで迎え撃つ方が得策でしょう」
彼女の言葉の意味を理解できなかったのか、テスタメントが訝しげな表情を浮かべる。
「向こうは多数の兵士を擁しているとはいえ、その兵士は牽制の意味しか持ち得ません。
問題はこちらに攻め込んでくるであろう古き神々達です」
ディエスの言葉を受け、テスタメントが答えた。
「ええ。リゲルは私が必ず止めます。戦闘力は分かっております。
シリウスはおそらくミストと互角…ミストが敗れる事があったとしても、深手を負わせはするでしょう」
火傷の青年―ミストを一瞥しつつテスタメントはそう言った。それに対し、ミストはほんの少し頷く。テスタメントの話は続いた。
「問題は、ベテルギウスです。どれほどの能力を持つのか分からない。それでも私ならば止める自信はありますが、リゲルと同時に攻めて来られれば難しいですね」
テスタメントの話を聞き、ディエスは一拍の間を置くと、言った。
「だからこそここで迎え撃つのです。ここならば、『アレ』があります」
ディエスの言葉に、テスタメントは眼を見開いた。
「…『戦闘端末』、ですか」
その言葉に、ディエスは迷いの無い眼で頷くと、言った。
「そして念を入れましょう。ロックマン・ミラージュを呼んでください、テスタメント」


正午より少し早い時間。
その部屋は窓から差し込む陽光に照らされていた。
地上から離れた、2階部分に位置するその部屋。その床に、壁を背にして一人の男が胡坐を掻いていた。
黒い短髪に、17~18程の年齢と思われる、鋭い眼をした青年。
その青年―クロウ・エリュシオンの手には、刀が握られていた。現在、その刀の点検と整備を行っているのだ。
アーマーは着ておらず、私服姿。
傍らの窓は網戸すら開けっ放しのまま。『連絡』が来る事を予想しているからだ。
テーブルの上に置かれたラジオからは、今日の天気予報が流れてくる。夕方から夜にかけて台風がこの町を襲い、それは深夜にまで続くそうだ。
だが、今の天気は晴れ。そんな兆候は一切見られず、ただ蒸し暑い日中が続いている。

もう今日中に連絡は無いだろうかと半ば落胆し、立ち上がろうとしたクロウの眼に、窓枠に着地する大鷲の姿が映った。
やっと来たかと言おうとして、クロウはその大鷲の異変に気がついた。
「…何があった」
大鷲は翼の各所に銃弾を受けて、血を流していた。
胴体に当たっていないようなのが幸いと言えるだろう。クロウは大鷲をどう扱っていいか分からなかったが、見過ごしておく事はどうしてもできずに、救急箱を取ってきた。
大鷲の首には、いつものようにスピーカーが取り付けられており、そこから女性―ディエスの声が聞こえてくる。
『まさか、この鷲までが標的にされているとは思いませんでした。あなたの元に辿り着けたのは奇跡としか言いようがありません』
消毒液と、銃弾が食い込んでいないか調べるためにピンセットを持ちながら、クロウは返事をする。
「…話が悪い方向に転がった様だな」
『ええ、非常にまずい事態です』
そしてディエスは、これまでの経緯をクロウに伝えた。彼女の元に即刻救援に向かってほしいとも。
それに対し、鷲の翼に包帯を巻きながら、クロウは目を細めて言った。
「あんたとノアの会話を録音した奴が、あの中にいたという事か」
クロウの言葉に、しばらくディエスは押し黙る。

やがてディエスは言った。
『…そうかもしれませんね』
ようやく包帯を巻き終わったクロウは、救急箱を片付けつつ、更に言葉を紡ぐ。
「あんたの立場なら、普通真っ先に疑うのは俺だろう。
なのにあんたは、俺に助けを求めている。疑う素振りなど一切無い。何故だ?」
今度は即答で、ディエスは答えた。
『信じているからです。
あなたは、一度私に協力して下さった。それだけで、十分あなたを信じる事ができます。
そして同じように私は、テスタメントもミストも裏切らないと信じています』
その答えに、クロウは溜め息をついた。
「…あんたは、人が良すぎる」
その言葉に、ディエスはほんの少し悪戯っぽく笑いながら、答えた。
『これでもちゃんと観察してますよ?その上であなたに協力を求めました。そして今も』
クロウは深呼吸すると、アーマーを収納したケースを取り出した。
「分かった。すぐにそちらに向かう…この前のマンションの地下室でいいのか?」
ディエスは、今度はすまなそうな声で言う。
『いえ、そこもマークされている可能性があるので閉鎖しました。
それでかなり申し訳ないのですが…監視する兵士達をやり過ごして、どこかの入口から潜入してもらいたいのです』
「分かった。潜入は得意分野だ」
そう言うと、クロウは手早くアーマーに着替え始めた。
そしてしばらく迷っていたが、やがて言った。
「…こんな時に言う話でもないんだが、『ディメンジョンゲート』というものが何なのか、何故その鍵を古き神々達が躍起になって探しているのか、まだ俺は説明を受けていない」
『説明する時間がありませんでしたね、申し訳ありません』
そこで一拍の間を置き、ディエスは言った。
『まだ準備に時間がかかるでしょう?今のうちに、全てお話ししましょう』


遺跡内、上層。
フードを被ったシリウスは、廊下を進んでいた。まだデコイの兵士達は突入していない。
プロキオンは、デコイの社会に完全に気づかれないように事を進める構えだった。
しかしながら、あの数の兵士に全て隠密行動をさせるのには莫大な時間がかかる。従って、プロキオンの兵士達が部隊を整えて突入するにはまだ時間がかかるだろうとシリウスは踏んでいた。
「…今日遺跡に入ったディグアウターは気の毒にな」
あえて口に出した事柄。おそらく兵士に出くわしたディグアウターが存在したとしたら、消されるに違いない。
『古き神々』の存在が、表の社会に出る事などあってはならないのだから。
そうして思考を巡らせているのとは対照的に、シリウスは己の『勘』を頼りに遺跡を進んでいた。
この町の遺跡は広く深い。カペラ―マザー・ディエスが身を隠す場所など幾らでもあるだろう。だからこそプロキオンは人海戦術という荒業をやむなく使っているのだ。
従って、単独行動をしている今のシリウスはこの方法で進むしかない。
だがシリウスも、ヘブンで数々のイレギュラーを駆逐してきた一等粛清官だ。この手の勘に自信はあった。
そして、ある部屋に辿り着いた時、彼の勘は一層確かなものとなった。
「…お前を知っている」
シリウスは、部屋の中央にいる一人の男を眺め、そう言った。
男は応えない。
代わりに、男の周囲に浮遊する無数の金属の輪が、シリウスの侵入と同時に一斉に動き出した。
「ロックマン・ミスト。元ヘブンの一等粛清官」
言われた男―ロックマン・ミストはゆっくりと顔を上げ、シリウスを睨んだ。
シリウスは眼だけで周囲の状況を把握する。威嚇するように、金属の輪は彼の周りを飛び回る。
ミストは、シリウスを睨んだまま口を開いた。
「お前に割く時間はない。早々に終わらせる」

シリウスはそんなミストの言葉を聞き、凶暴な笑みを浮かべた。

「そうか、やってみろ」
そう言うと同時に彼は剣を抜く。
ミストも殆ど同時に腰のホルスターから二丁のレーザーガンを取り出した。
それを見届けると、シリウスは一歩踏み出した。
だがその瞬間、ミストは頭上にレーザーを連射し始める。
偏向され、拡散され、あらゆる角度からレーザーがシリウスに襲い掛かった。



最終更新:2012年01月21日 23:49