「ディメンジョン・ゲート…それは、この世界で唯一『古き神々の王』の元へと到達する事のできる扉なのです」
アーマーを着つつ、クロウは大鷲の首輪から発せられるディエスの言葉を聞いている。
「大体予想してた通りだな。古き神々とあんた達で鍵の争奪戦が行われているのもその為か」
「ええ。今私の手元にあるのはプロキオンが『再現』させた、鍵のレプリカです。
おそらく本物の鍵は、3千年前にヘブン側が勝利した際、処分されてしまったのでしょう」
アーマーを着終えたクロウは、装備の確認を行った。
「…もう、既に古き神々は動いているのか」
「はい。既に配下の兵士達が、私達を探して遺跡内に突入しています」
話の内容とは違い、ディエスは全く恐れていない様子である。
「あんたは逃げないのか」
「…ええ。迎え撃った方がこちらに都合がいいですし、何より…」
そこで一拍間を置いて、ディエスは言った。
「テスタメントを、ミストを、そしてロックマン・ミラージュ、あなたを信じています」
クロウは、最後にもう一度僅かに刀を抜くと、その刃渡りを確かめつつ言った。
「期待に応えられるかは分からない。だが…すぐそちらへ向かう」
鷲の傷を見る限り、とても飛べそうに無い。部屋に置いていかざるを得ないようだ。
鷲の首から首輪を取ると、部屋の扉を開けつつ、小さな声で言った。
「ロードとも…決着をつける時かもしれないな」
ミストは眼を見開いた。
レーザーが包囲し、中心のシリウスに間違いなく全弾直撃した筈だ。
だがシリウスは、無傷だった。
冷静に着弾直前のシリウスの動作を思い返し、無傷である理由をミストは導き出す。
「…ビームコーティングか」
着弾の寸前、シリウスはマントで全身を覆っていた。
そのマントとフードがレーザーを防いだのだろう。
予め実弾系の武器も持って来ていて正解だったと、ミストは少しばかり安堵した。
「安心したか?」
そこに、一際大きなシリウスの声が響く。
自分の心を見透かしたかの様なタイミングでかけられた言葉に、ミストは片眉を上げた。
そして次の瞬間、ミストは驚愕した。
今自分のレーザーを防ぎ切ったマントとフードを、シリウスは脱いだのだ。
床にそれらを脱ぎ捨て、彼はミストに向き直る。
「フェアじゃないだろ?俺がこれを着ていると」
そう言いながら、シリウスは剣を抜く。
「それに、そもそもお前を倒すのにこれは必要ないからな」
その言葉に、ミストは歯を食いしばった。
互角である筈の相手が、あろう事かこちらを見下しているのだ。
ミストはすぐに無表情に戻り、前に一歩踏み出すと同時に言った。
「すぐに…そうは言えなくなる」
次の瞬間、ミストはシリウスに向かって突進した。
二丁のレーザーガンを後方に発射しながら。
シリウスもそれに応じ、タイミングを合わせて剣を横に薙ぎ払う。
だが、剣が届く前にミストは跳んだ。それと同時に、リングビットによって偏向された先程のレーザーが、シリウスに向かっていく。
シリウスは挟むように左右から飛び来るレーザーを屈んで避け、見上げた。
ミストは空中で逆さになりつつ、レーザーガンをシリウスに向かって連射する。
更に、それと同時にシリウスの周囲からも、無数のレーザーが襲い掛かっていた。
シリウスが見上げる直前に、ミストは自分の周囲にレーザーを連射していたのだ。
それらのレーザーはリングビットで偏向され、シリウスに向かっていた。
「なるほど…思っていたよりはやるな」
そう言いながら、シリウスは動いた。
次の瞬間、シリウスは身体を回転させて周囲のレーザーを全て叩き落としていた。
「…!?」
更に上から放たれたレーザーを必要最小限の動きで全てかわすと、回転した勢いを殺さずに上方向へ斬り上げを行う。
「(銃口の角度を計算してかわしたと言うのか…今の一瞬で!?)」
全てのレーザーを防ぎ、かわされた驚愕でミストは反応が遅れた。
胸の中央に、縦方向に深々と剣の刃が抉り込まれ、アーマーを砕き、内部の肉体から鮮血を散らせる。
そのまま身体ごと吹っ飛ばされ、ミストの身体はバウンドしつつ地面に落下した。
「ガハッ…!!」
地面に血を吐きつつ、鉄の味を噛み締めながらミストは体勢を立て直す。
全く計算が違っていた。プリズナの町でロックマン・ミラージュはこのロックマン・ロードに勝っていたとテスタメントは報告している。
そのミラージュと、ミストはこの街で引き分けた。
つまり、少なくとも自分の実力がシリウスより下なんて事はあり得ない筈だと、ミストは胸中で自答する。
無論、鍛錬は欠かしていない。シリウスがプリズナの町から鍛え直したとしても、大幅に自分がシリウスに差をつけられるなんて事はあり得ないと、ミストは思っていた。
「(だが…今のは、俺よりも格段に速い動きだった…!!)」
片膝をついた姿勢のまま、ミストはシリウスを睨む。
シリウスは余裕の表情でミストを眺めた。
「計算が狂った、とでも思っているんだろ?」
シリウスは肩に剣の刀身を乗せつつ、言う。
「プリズナの町でミラージュに負けた俺が、自分より強いなんてありえないと思ってるんだろ?」
やはり先程と同じように、思考を当てられた。
ミストには、言い返す言葉が見つからなかった。
シリウスは担いでいた剣の切っ先をミストに向け、更に言葉を紡ぐ。
「答えは簡単。手加減してたんだよ。いや、芝居とでも言っていいかもしれない」
「…何を言っている…!?」
ミストの問いに、一歩踏み出しながらシリウスは言った。
「これ以上ヒントをくれてやっても、お前は答えを出せるカードを持っちゃいない。
つまり…何を言おうと、無駄だ」
そしてシリウスは、刃を向けたままミストに近づいていった。
「う…おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
次の瞬間、ミストは立ち上がってレーザーガンを連射した。
同時に狂ったように部屋中のリングビットが動き、四方八方からシリウスにレーザーが降り注ぐ。
そして、同時にシリウスも走り出した。
的確に身体を動かし、自分に当たる軌道のレーザーだけを正確に剣で叩き落し、そして。
ミストを斬り払った。
無言で、シリウスは先程床に投げ捨てたフード付きのマントを拾い上げると、着直す。
そんなシリウスにミストは、残りの力を振り絞りレーザーガンを向けた。
しかしその引き金が引かれる前に、その腕が床に踏みしめられていた。
もう一つのレーザーガンは既に届かぬ所まで転がっている。
何よりミストの傷口からは勢いよく血が流れ、床の赤い円は瞬く間に広がっていた。
シリウスは剣を逆手に持ち直すと、床に仰向けに倒れ付すミストに切っ先を向ける。
そして無表情でミストを見下ろし、言った。
「何故お前のレーザーが当たらなかったか、分かるか」
ミストはそんなシリウスを虚ろな眼で眺めたまま、答えない。
ミストの死に際の顔を見つめたまま、シリウスは言った。
「視覚と聴覚、それに勘。これだけで十分だ。
周囲のリングビットのどれにレーザーが増幅されたかは、聴覚で判断できる。
お前自身が俺に撃つレーザーは、銃口の角度からどこを通過するか判断できる。
そして何より、お前は俺と同じ粛清官だ。獲物のどこを攻撃すればどう弱体化するか、叩き込まれてる。
だから、俺はお前が俺のどこを狙ってくるか分かったんだよ。勘…いや、本能でな」
シリウスの言葉に、ミストは感嘆にも似た驚愕を味わわざるを得なかった。
「…完敗…か」
ミストは、もはや自分がシリウスに傷一つ付けることすら不可能である事を悟った。
できたのは、彼に返り血を浴びせる事くらいだ。それすらも自分の力ではない。
ミストは、これまで自分がやってきた事を思い返した。
ヘブンでの粛清官として戦った日々。
ギャスパー・ゲイルとの取引。
燃え盛る戦艦の中での、ロックマン・ミラージュとの死闘。
ロックマン・テスタメントに助けられ、マザー・ディエスと対面した時の事。
何もできないままマザー・セラが目覚め、そして全てが終わって行ったのを見る事しかできなかった事。
テスタメントとミラージュと共に、アルデバランを討ち取った事。
虚ろな眼で虚空を見上げ、ミストは思った。
「(悪くは…なかったな)」
次の瞬間、シリウスの剣が彼の喉を貫いた。
「嘘…」
ディエスはモニターの向こうで起きた光景に呆然とした。
受け入れ難い事実だった。今しがたシリウスに喉笛を貫かれたのが、ロックマン・ミストだという事が。
勿論彼女は、同胞を目の前で失うという事くらい山ほど経験している。3千年前に。
しかし、それでも。
「……っ…!!」
それでも、彼女はそれに慣れる事はできなかったし、慣れようとも思わなかったのだ。
通信機を起動し、彼女はテスタメントに呼びかけた。事務的な口調で。
「…テスタメント。ミストが敗れました。シリウスは、無傷です」
驚愕の声が返ってくるかと思ったが、テスタメントは少なくとも表面上冷静な声で返す。
『…そうですか。まずいですね。ロックマン・ミラージュは間に合いますか?』
「ギリギリ、と言わざるを得ません。残念ですが」
どちらも、あえて事務的な口調を崩さない。少なくともディエスは。
テスタメントが向こうでどんな表情をしているか分からないが、彼が心まで冷徹でない事はディエスにはよく分かっていた。
『分かりました。こちらはもうすぐ兵士達と交戦する事になるでしょう。
シリウスはこの遺跡の構造を知らない筈だ。それで幾らか時間稼ぎにはなりましょう』
「そうですね…ロックマン・ミラージュにはこちらからどう進むか指示を出しますから、あなたは戦いに専念してください」
『了解』
テスタメントが短くそう返したのを機に、ディエスは通信機を切った。
そして、椅子の背もたれに身を預ける。
「(…泣くのは、全てが終わってから)」
彼女は、この3千年間誰かが死ぬ度に自分に言い聞かせ続けた言葉を、再び胸中で呟いた。
分かってるね?という問いが研究室内に、極めて事務的な声で響く。
モニターの前に立つノアが発した声だ。その背に視線を向け、ゼゼは跪いていた。
「はい」
凛とした声でゼゼは答える。
ノアは、モニターを見つめ続けている。
モニターは、彼らのいる島の周囲を映していた。
多数の飛空船が旋回しつつ、島を包囲している。
「それでは、行って参ります」
頭を下げて立ち上がり、ゼゼは振り向いて歩き出した。
ノアからは何の返答も無く、そのままゼゼは出て行く。
ゼゼには分かっていた。
これが最期になるかもしれないという事が。
だがいずれにしろ、ノアの思惑通りに進む事こそ、ゼゼの望みなのだ。
たとえ、それによって自分がどうなろうとも。
そしてゼゼは飛び立った。
まだ飛空船団は島に上陸していない。こちらの様子を窺っているのだろう。
ゼゼの姿を視認できる距離まで近づいた途端、多数の砲撃がゼゼを襲った。
だが、鳥の様に飛び回るゼゼに、いずれの弾も当たりはしない。
古代の技術を使って作られた古き神々の一人・ポルックスが相手だった時とは違い、現代のデコイによって作られた兵器など、ゼゼに当たる筈もない。
ゼゼは口腔内にエネルギーをチャージすると、手近な一隻の船のエンジンに向かって、迷い無く発射した。
爆音と黒煙。
次第に高度を落とし、船は落下していく。
それを見た他の船が、狂った様に砲撃を続ける。その間を縫う様に、ゼゼは進んだ。
『…遅い!』
船と船の間を飛ぶ。砲撃が互いの船を削り、中の者達が更に混乱している様子がゼゼには手に取るように分かった。
だが、あまりにも簡単に話が進んでいく事に、彼女は言い知れぬ不安を感じていく。
『(おかしい…次にここを襲撃するなら、あの時の古き神々以上の実力の者が来ると思っていたが…)』
念の為、島の周辺を常にサーチし続けながらも、ゼゼは飛空船に攻撃を加えていく。
飛空船は3隻いたのだが、結局10分もしないうちに全て落とされていた。
しかし、ここにきてゼゼの不安は最高潮に達してくる。
『(そうだ…囮だとするなら、私の探知能力を超えるステルス機能を備えているかも…!)』
そしてゼゼは、先のポルックスとの戦いで既に半ば焦土と化している島へ降り立った。
「…あれだけの数の兵を見殺しとは、随分ですね」
ゼゼの思った通り、島の中央付近に、二人の人影が立っていた。
人型に変化し、その二人の人影を観察する。
一人は、白いスーツを着た青年の様だ。前髪が長いせいで目元が見えなくなっている。
もう一人は、黒いスーツに軍人が被るような帽子を被った外見。服装こそ男性のものだったが、顔立ちや肩幅からゼゼはそれが女性なのだと見て取った。
「手を下した本人がボクらを非難するのかい?面白いね」
白いスーツの男が、意地の悪そうな声で言う。同時に黒いスーツの女性は一歩前へ踏み出すと、その頭に被った帽子を取った。
「っ…!!」
緑色の短髪。ゼゼよりも鋭く、冷たい印象を与える顔立ち。そして額にある、赤いリーバードの瞳。紛れも無く、ゼゼと同じ高位のリーバードの証。だが、ゼゼにとってはそんな事はどうでも良かった。
「ググ…!!?」
一歩後ずさる。数多の疑問が頭の中に浮かび、ゼゼは混乱した。
「どう…して…」
「久しぶりね、ゼゼ」
ググは薄く笑う。
「私が古き神々の側にいた事が、そんなに不思議?」
ゼゼは言葉を発する事ができない。
無理もない。目の前の女は、まだゼゼがヘブンにいた頃、唯一彼女と同じくマザーを守護していた者なのだから。
ノアに仕えるようになって、もう会う事は無いと思っていたのだから。
そんなゼゼの呆然とした表情を見て、ググは心底嬉しそうに、笑った。
「フフ…本当に何にも知らないのね、あなた」
「どういう…意味ですか…!?」
ようやく搾り出せた問い。それに、ググはやはり楽しそうに答えた。
「私もビックリしたわ、あなたが生きてるなんて。絶対に死んだと思ったのに」
そう言われ、ゼゼは回想する。
自分が死にそうになった経験は、思い返すと一つだけだった。ヘブンから離反し、ノアの元に身を寄せる事になった出来事。
戦場でレーザーにその身を焼かれ、飛ぶ事は愚か身体も動かせず、ヘブンの者達に見捨てられた。
その彼女を救ったのが、ノアだった。
確か、その戦場にはググも来ていた筈だと、ゼゼは思い出した。
その場面自体は忌まわしいものだったが、ノアに救われた時の事を回想していると気分も落ち着き、ゼゼはようやく冷静な頭でググの顔を見る事ができた。
そんなゼゼの表情の変化を見て取り、ググは言う。
「思い出した様ね。だったら、あなたが知らない事を一つ、教えてあげる」
「…何でしょう」
ググは、残酷な笑顔をその顔に浮かべた。
「あなたを撃ったのは、この私よ」
「っ!!?」
ゼゼの表情がみるみる変化し、引き攣った。その頭に様々な言葉が浮かぶが、うまく口に出せない。
その間にも、ググの言葉は続いた。
「あのまま私がヘブンにいても、結局使い潰されるのは目に見えてたわ。それを、古き神々が教えてくれた。だから私は、私と同じマザーの守護者だったあなたの首を手土産に、古き神々の元へ行こうと思ったの」
非情な言葉が、次々にググの口から出てくる。信じられないような顔で、それをゼゼは聞いていた。
「結局、私があなたにトドメを刺す前に粛清官達に墜落したあなたが発見されちゃってね。迂闊な行動はできなかった。
ま、あなたの首が無くっても、古き神々は私を受け入れてくれたけどね」
ゼゼは、ヘブンにいた頃のググを思い出していた。自分よりも早くマザーの守護者になっていた彼女に、今の様な面影は全く見られなかった。
優しく自分に接してくれた。失態を犯し、マザーに処分を受けそうになった自分を、庇ってくれた事さえあったのだ。
ゼゼはもはやまともに言葉を紡ぐ事ができない。
それでも目の前のググは、過去とは似ても似つかぬ顔で言った。
「でも、感謝してほしいわね。きっと私がそういう行動を取ったから、クロノスという人はあなたを救ったんでしょう。つまり、私がいなければ、あなたは彼に会う事も無かったわけだし」
この一言は、逆にゼゼを覚醒させる事になった。
これまでの話が事実だったとしても。
目の前で本性を晒しているググがヘブンにいた彼女と正真正銘同一人物だったとしても。
自らの仕えるノアの思考まで、分かったような口調で語られた。
それは、ゼゼの逆鱗に触れるのに十分な言葉だった。
「ググ…」
俯き、静かにゼゼは言う。
「なぁに?」
「あなたの顛末はよく分かりました。ですが…私の事まで、そしてノア様の事まで憶測で語らないで下さい…!」
ググは悪戯っぽい笑みで返した。
「そ。それで、どうするの?」
ゼゼは顔を上げた。確固たる想いを胸に抱いて。
「私の役目は、変わらない!ノア様を、そしてここを守る!!
退かないならあなた達を、処分します!!」
ググはヘブンでゼゼに接していた時と全く同じ、優しい笑顔で、言った。
「そう、じゃあ昔のよしみで、ゆっくり殺し合いましょう?」
その笑顔に、一瞬凄まじい感情がゼゼの中で発露する。
そして彼女は、リーバード体へ変化しようとした。
「あー、ボクの事を忘れて話を進めてもらっても困るんだけど?」
静かに二人の話を聞いていた白いスーツの青年。彼が二人の間に歩いてくると、言った。
「ゼゼ、だっけ?ボクはリゲル。古き神々の一人だ、よろしく?」
ゼゼは無言で、リゲルと名乗った白いスーツの青年を睨む。
彼の背はゼゼよりもかなり低く、クロウよりも低い。
その青年は、両手を広げて言った。
「ところで君らが闘うのは構わないけど、ボクは誰が止めるのかな?」
その言葉に、ゼゼは冷静な言葉を返す。
「言った筈です。あなた『達』を処分すると」
「そう。じゃあボクら二人同時に相手する覚悟があるって事か」
リゲルは髪の毛を触りつつ、そう納得した様に呟く。
その言葉、いやその声に、ゼゼの記憶が一瞬呼び覚まされた。
「…その声、どこかで…」
それを聞いた瞬間、リゲルは口元に笑みを浮かべた。
「ああ、今頃気づいたんだ」
「…?」
リゲルは片手を上げ、前髪を掻き上げた。
露になる目元。そして、顔形・輪郭がゼゼの記憶を瞬時に辿る。
そして、ゼゼは思い出した。
「あなたは…ロックマン・ミラージュのアパートにいた…!!」
続けて言葉を紡ごうとするゼゼを、リゲルは手を下ろしつつ遮った。
「ま、今はそんな事どうでもいいよね。
…ああ、これ知られたら殺せって言われてたな、プロキオンに」
わざとらしく言うリゲル。ゼゼは、そんな彼を再び睨んだ。
「…ならば尚更、あなた方をここで処分しなければなりませんね…!!」
そんなゼゼを見つめたまま、リゲルは言う。
「ググ、君の好きにしていいよ。ボクは、決着がつくまでここで見ていよう」
「ありがとうございます」
「な…何のつもりですか…!?」
礼を述べ、頭を下げるググ。対照的にゼゼは声を荒げた。
「安心していいよ。決着がつくまで下には行かない。それに…君は今、自分の心配をするべきだ」
そう言いつつ、リゲルは二人から離れた場所に腰を下ろす。
しばらくリゲルを睨んでいたゼゼだったが、ようやく視線をググに戻した。
「…分かりました。まずはググ、あなたから処分させていただきます…!」
相手の策に乗るのは危険だ。
だが実際ゼゼは、リゲルとググの二人を同時に相手にできるとは思っていなかった。
そもそも、リゲルはあのポルックスと同じ古き神々の一人だ。ポルックスと同程度の実力はあると考えた方がいいと、彼女は思う。
それを考えると、二人同時に相手をするのは危険過ぎるのだ。
それならば、まずググを倒してからリゲルに取り掛かる方がいいとゼゼは判断した。
ググにしても彼女と同程度の実力がある。だが、それでもゼゼはググを倒すつもりだ。
そして、リゲルには歯が立たなくとも刺し違える覚悟だった。
「…いくぞっ!!」
そして、ゼゼは変化した。ググも同時に。
「…追いつかれたか」
背後から、アーマーをつけ、フルフェイス型のヘルメットをつけた兵士達がその部屋に突入してくる。
それを肩越しに眺めるシリウス。そうして再び向き直った。
「やはり俺の勘は当たっていた様だな…ロックマン・ミストに続いてお前に出会うとは」
兵士達は、たちまち部屋の中央にいる二人の男を包囲した。
一方はシリウス。もう一方は―白いコートを纏った、ロックマン・テスタメント。
両者に対して、兵士達は一定の距離を置いて包囲している。
そして、隊長らしき者が前へ進み出ると、口を開いた。
「シリウス様ですね。プロキオン様から話は聞いています」
シリウスは視線をテスタメントに向けたまま「ああ」と返す。
テスタメントの後ろには小さな扉があり、それを守護しているのは一目瞭然だった。
「お前らは手を出すな。足手纏いだ」
そう言うとシリウスは剣を抜いた。対して、テスタメントは静かに口を開く。
「正直、お前を見くびっていた。無傷でミストを倒すとは」
「…だったらどうする」
一歩前に進み出て、シリウスは僅かに笑みを浮かべつつそう言った。
テスタメントは片手を握り締め、答える。
「責任を取る」
「…そうか…!!」
言うが早いが、シリウスは突進した。
「っ…!!」
横に薙ぎ払われた剣。それをテスタメントは左手で受け止めていた。
ダメージはおろか、その片手にはめられている黒革の手袋にすら傷は入っていない。
「ちっ!!」
次の瞬間、テスタメントの右の拳が上方から振り下ろされる。
身を引き、間一髪でそれをかわしたシリウスだったが、振り下ろされた拳は易々と床を打ち砕いていた。
「はぁ!!」
そのテスタメントの肩口に、シリウスは剣を振り下ろす。
だが次の瞬間、その刃をテスタメントの左手が掴んでいた。
「何…!?」
次の瞬間、シリウスの身体が宙を浮く。
剣を硬く握り締めていたのが災いし、剣ごと投げ飛ばされた。
周囲を包囲していた兵士達の一部が、投げ飛ばされたシリウスの身体を受けて将棋倒しとなる。
「糞っ…!!」
急いで体勢を立て直そうと前を向いたシリウスの背筋に、凄まじい悪寒が走った。
テスタメントの右手は既に光が収束し、その掌を広げてシリウスに掲げられていた。
「しまっ…!!」
言葉を最後まで紡ぐ事無く、次の瞬間凄まじい閃光がシリウスと、彼の後ろにいた多数の兵士達を巻き込む。
衝撃で包囲していた兵士達が後ろへ吹っ飛ばされ、放出されたバスターの軌道に沿って床が砕け散った。
光が収まると、シリウスはその場から消し飛んでいた。
兵士達は皆テスタメントに視線を向けているが、その雰囲気には先程よりも強く怯えの色が見られる。
しかしテスタメントは、全く警戒を解いていなかった。
当然だ。今の一瞬で何が起こったか、全て見ていたのだから。
そしてテスタメントは、斜め上方を見上げた。
「シリウス、まだあなたには死んでもらっては困りますね」
「…あんたまで追いついてたとはな」
空中に、ベテルギウスが立っていた。
その横で、シリウスは逆さまに宙吊りにされている。何で吊られているのは全く分からないが、とにかく健在なのは確かだった。
テスタメントはその光景を観察した。シリウスのマントが下方向に垂れている事からして、重力操作では無さそうだ。
急にベテルギウスの足場とシリウスを吊っていたものが無くなったかのように、二人は地面へ落下した。
ベテルギウスは綺麗に、シリウスもあの体勢からかろうじて転倒せずに着地する。
そしてベテルギウスは言った。
「シリウス、彼の相手はあなたにはまだ早いようですね。ではここは私に任せて、あなたはカペラの所へ行って下さい」
訝しげな表情でシリウスは訊ねる。
「奴を倒さなきゃカペラの所には行けない様だが」
「いえいえ、そんな事はありません」
笑顔で、ベテルギウスはそう言った。
テスタメントのサングラスの奥の眼が、僅かに見開かれる。
「彼は私が抑えましょう。その間に、あなたはあの扉を抜けてください」
「ああ、分かっ…」
シリウスの言葉が終わらないうちに、テスタメントが片手に光を収束させ、二人へ向けて解き放った。
凄まじい光の本流が、再び室内を満たす。
衝撃に、床や壁が大きく抉れ、破片が室内に散乱した。
当然兵士達も無事ではなく、大多数の者は壁に叩きつけられ、衝撃が収まる頃には全員退却の方向で動いていた。
だが。
「さて、久方振りに面白くなりそうですね」
全く変わらぬ語調の、ベテルギウスの声が聞こえる。
テスタメントは今度こそ眼を見開いた。
二人は無傷でその場から動かぬまま、立っていた。
唯一違う光景があるとすれば、ベテルギウスの持つ物だ。テスタメントは最初ステッキかと思ったのだが、それは蝙蝠傘だった。
その蝙蝠傘が、今は展開されている。
一方シリウスはゆっくりとテスタメントに向かって歩き出した。
その横を通り、彼の後方にある扉へと進む。
テスタメントは動く事ができなかった。
何故なら、微笑むベテルギウスが、凄まじいプレッシャーを彼に送っていたからだ。
そして遂に、シリウスは扉を開けて出て行った。
扉が閉まる音がすると、テスタメントはベテルギウスを睨みつける。
「お前は、何者だ…!」
テスタメントの言葉と、同時に放たれた凄まじいプレッシャーをベテルギウスは涼しい顔で受け流した。
「私が何者かなど、どうでもいいではありませんか」
そして次の瞬間、両者は地面を蹴った。
最終更新:2012年01月21日 23:50