アットウィキロゴ
時は、クロウがシリウスに刺され意識を失った直後に遡る。

クロウとシリウスの一連の闘いを、ディエスは見ていた。
遺跡の各所に設けられたカメラが、彼女のいる部屋のモニターに繋がっている。
中央に大きなモニターがあり、それを取り巻くように小型のモニターが配置された構図。
遺跡の各地からの映像が小型のモニターに届けられ、その中で注目したいモニターを中央のモニターが表示するという方式だった。
クロウが息絶えるのを見届けた彼女は、後方にある部屋の扉へと向き直る。
シリウスはクロウが倒れたのを見届けると、脱ぎ捨てていたフード付きのマントを再び纏い、真っ直ぐディエスのいる部屋へと進んで来ていた。
やがて扉が開き、シリウスはディエスの眼前に立つ。

シリウスはディエスの姿を認めると、口を開いた。
「カペラ。お前の命とゲートの鍵、今ここで貰い受ける」
ディエスは眼を細めると、言った。
「シリウス。あなたにとってロックマン・ミラージュとは、何だったのですか?」
「倒すべき敵だった。それ以上でも以下でもない」
即答。対してディエスは憤りを含んだ声で、シリウスに言った。
「ならばこう言いましょうシリウス。あなたは彼を倒してなどいない。
あの勝負、あなたの負けでした」
「知った様な口を利くな…何も知らぬ癖に!!」
獰猛な、唸る様な声。ここにきて、シリウスは怒りに似た類の感情を初めて発露させた。
ディエスはそんなシリウスを見て、静かに言う。
「ならば教えてください。あなたは、あのような結末で本当に良かったのですか?」
しばらくの沈黙。シリウスはその間目を瞑っていたが、やがて眼を開くと共に言った。
「この戦いで、どちらが最後に生き残っているか。それがそのまま勝敗に繋がる。
俺はそう信じていたが、奴にとっての俺との勝負は全然別の形だったようだな」
このシリウスの答えに、意外にもディエスは一種の納得を覚えた。
ロックマン・ミラージュは正々堂々とした勝負を望み、ロックマン・ロードは殺し合いの果ての勝敗を望んだ。
この見解の相違。これがクロウがシリウスを殺せなかった原因であり、そしてそれをシリウスが『侮辱』と受け取り、あのような行動に駆り立てた原因であったのだ。
それを理解したディエスの心は、言い知れぬ哀しみを覚えていた。

「くだらん問答はもういい。それより自分の身を心配するべきだ、カペラ…いや、マザー・ディエス」
「…ロックマン・ミストやロックマン・ミラージュと同じように、私も殺すのですね」
ディエスの言葉に、シリウスは何故かしばし考え込んだ。
そして、やがてシリウスはアーマーの内部から何かを取り出した。
「…?」
掌に収まる程度の、小さな長方形の箱のようなもの。
シリウスは片膝を床につけ、その箱を床の上に置く。
やがてその箱から無数の足が生え、床の上を這い回り始めた。
「これは盗聴器だ。こうやって移動して、目当ての場所に取り付くと、周囲の声を録音する」
足の生えた箱は再びシリウスの掌の上に戻ってきた。シリウスはそれを持ち上げると、膝を床から離して再び立ち上がる。
そんなシリウスを見つめたまま、ディエスは困惑していた。
今更何故こんな事を話すのか。この疑問が頭の中で渦巻いている。
そんなディエスを意に介さず、シリウスは言った。
「これを使って、お前とクロノスとの会話を録音した」
そこまで聞いてディエスは、シリウスの話の内容が自らの裏切りを発覚させた、あの録音テープの事だと理解した。
だが、何故今更こんな話をするのか。それだけがまだ分からない。
「…そう、プロキオンには報告した」
シリウスの話に、ディエスは何か不吉な予感を感じた。
「…何が言いたいのです」
「いや、簡単な話だ」

そう言うと、シリウスは手に持っていた録音装置を握り潰した。

「こんなもので、ミラージュやミスト、ましてやテスタメントの眼を誤魔化すなんて真似ができる訳が無い!」
ディエスは、シリウスの話に再び困惑せざるを得なくなった。
そんな様子を見て取り、痺れを切らしたのか、シリウスは口を開く。
「簡単な話だ。録音したのは俺でも、古き神々でもない」

シリウスの話を聞き、ディエスが思い出したのは、クロウと交わした会話だった。
やがて、彼女の全身を寒気が襲ってくる。
追い討ちをかけるように、シリウスは言った。
「お前なら分かる筈だ。その時、その場にいた者達の中で、誰が一番…裏切る可能性があったのか」
「ま…まさ、か…!!?」

『そうだ。私だよ』

その声が聞こえたのは、彼女の背後からだった。
その声を聞いて一瞬身体を硬直させ、ディエスは恐る恐る振り返る。

中央のモニターに、椅子に腰掛けたノアが映っていた。

周りの小型のモニターは、いつのまにか砂嵐となっている。
椅子に座り足を組んだノアの表情は、いつものように微笑んでいた。
『私が君との会話を録音し、それを彼に渡した』
愕然とした表情で、ディエスはノアを見つめ、やっとの事で声を出す。
「何故…そんな事を…」
『説明の前に、まずは紹介しよう。私の最後の駒、ロックマン・ロード君だ』
そういってノアは、片手をディエスの前に立っていたロードへと向けた。ロードはただ無表情で、ノアへと視線を向けている。
「答えてください。何故、こんな事をしたのですか…!?」
苛立ちを含んだ、押し殺すようなディエスの声。ノアは依然微笑を浮かべたまま、言う。
『…かつて、私は言ったね。君と私が味方同士であるかどうかは、君次第だと』
一拍の間を置き、ノアは言った。
『しかしながら、君次第というのはね。「今後の」という意味ではないんだ』
「一体、どういう…」
ノアの言葉の意味を理解できず更に問おうとしたディエスだったが、丁度その瞬間、ノアの真意を理解した。
「…私が過去に、あなたに何かした、と…?」
『ああ。そうだ』
ディエスの脳裏を3千年間もの記憶が駆け巡る。だが、その中に目の前の男の顔は出てこなかった。

不意にノアの顔から微笑が、完全に消えた。
『何故、「彼」を…見殺しにした?』
「『彼』…?」
ノアの言っているのが誰の事なのか。ディエスは最初、分からなかった。
そんなディエスを、ただただノアは冷たい眼で眺めている。
「…まさか…!?」
思い当たった。過去に自分が見殺しにした者の事を。彼女は驚愕と共に、ノアを見上げた。
「あの人の事を…知っているのですか…!?」
『今は私が質問しているのだ。答えたまえ。何故見殺しにしたのか』
無慈悲なノアの声が響く。
「私、は…」
ディエスは俯き、絞り出すような声で言う。
頭の中では様々な理由が思い浮かんでいた。だが今となっては、どれも言い訳でしかないように思えてならない。だからディエスは、言った。
「怖かった。あの人が受ける苦痛を、私も受けるかもしれない。そう考えると…」
紛れも無い、当時の本心を。ノアはディエスを見下ろし、無感情な声で言う。
『…それでも君ならば、彼を救えるかもしれなかったのに』
「ええ…これが報い、なのですね」
ディエスは最後にノアを一瞥すると、シリウスへ向き直った。
その時に見たノアの顔は、どこか寂しそうにディエスには思えた。


向き直ったディエスは、何かを決意したような眼でシリウスを見つめた。
「覚悟は決まったようだな」
シリウスはそんなディエスを見て、言う。
「ええ。私は逃げ続けていました…でももう、逃げたくはありません」
驚くほど落ち着いた、小さな声で彼女は言う。
表情には微笑すら浮かんでいたが、その眼には、涙が溜まっていた。
シリウスはノアへと視線を向ける。ノアはただ一度、頷いた。

次の瞬間、風のような速さでシリウスの刃が、ディエスの腹へと突き刺された。

ディエスの背から、鮮血と共に刃が突き出てくる。
吐血が、静かにディエスの口から流れ出てきた。
刺されたままディエスは、間近に迫ったシリウスの顔を見つめ、言った。
「何故あなたの顔は、そんなにも空虚なのですか?」
「…!!?」
次の瞬間、シリウスはディエスに抱きしめられていた。
「何のつもりだ…!?」
予想外の行動に戸惑うシリウス。その耳に、ディエスの声が響いた。
「あなたに私が犠牲になる価値があるのかどうか…確かめさせていただきます」
ディエスの言葉に、全身が総毛立つ。思わず、シリウスは後ずさった。
あまりにもあっさり、ディエスの手はシリウスから離された。同時にシリウスの剣も引き抜かれ、大量の返り血が彼に降りかかる。
そのまま、ディエスは前のめりに倒れた。

しばらくディエスの亡骸を見つめていたシリウスだったが、不意に顔を上げる。
その視線は、モニター上のノアへと真っ直ぐに注がれた。
「こんな事したツケ、お前にもいずれ来るぞ」
ノアの表情には、いつのまにか再び微笑が戻ってきている。
『無論、承知している』
「行き着く先は地獄だ。誰にとっても」
『それでは、地獄で会おう』
ノアがそう言うと、彼の姿を映し出していたモニターは消えた。
シリウスはしばらくそのモニターを眺めていたが、やがておもむろに片手を開き、見つめた。

小さな結晶のようなものが、シリウスの手の中にある。

シリウスは、ディエスを刺し殺した瞬間の感触を思い出していた。
あの瞬間、ディエスはシリウスの片手に、これを握らせたのだ。
「これが『鍵』か…デウス・エクス・マキナへ到達する為の」
再びシリウスはそれを握り締めると、アーマーの中へしまい込んだ。
そして彼は振り返り、来た道を戻り始める。
その脳裏に、ディエスの遺した言葉が残っていた。


一歩踏み出す度に、確信が強くなる。
何の前兆も無い。だが、まだ何かあるとシリウスは断定していた。
そして、クロウと決闘を行った部屋へと入る。
「やはりか」

部屋の中央に、身長3メートルを超える人型のモノが立っていた。

「マザー・ディエス…だな?」
それは、まるで巨人が禍々しい鎧を纏っているかのような姿だった。
全身の至る所に鋭利な刃物のようなものが生え、赤紫色のカラーリングを施されたモノ。
『ええ。戦闘端末です』
その頭部にも、人の面影は無い。鎧が覆っているように見え、眼の部分には二つの赤い光が灯っていた。
その姿を見据えながら、シリウスはおもむろに先程しまったディメンジョン・ゲートの鍵を取り出すと、掲げる。
「これは何のつもりだ」
『あなたを試すと言った筈。あなたが負けた時は、返してもらいます』
「…そういう事か」
納得したのか鍵を再びしまうと、シリウスは再びディエスに向き直った。
「その戦闘端末、本来ならばここの司政官のものか」
ディエスは答えない。
その代わりなのか、彼女は傍らに横たわっていたクロウの身体へと眼を向けた。
重力を操作しているのか、彼女が片腕をかざすとクロウの体は宙に浮き始める。
そして、ゆっくりと部屋の壁際まで移動させ、床へと置いた。
一連の様子を眺めながら、尚もシリウスは言葉を続ける。
「ここの司政官本人は…殺したな?」
再びシリウスへと視線を向けたディエスは、言った。
『否定はしません。一等司政官ロックマン・デュナミスは、私達に協力してはくれませんでした』
剣を抜きながら、シリウスはディエスを睨む。
「お前の本質が分かったぞ、マザー・ディエス」
そして一歩、踏み出した。
「口では理想を掲げつつ、常に冷酷な行動で自らの望みを叶える。密かに裏切ってたとはいえ、お前のような人間が、何の躊躇も無く長い付き合いだったアルデバランを抹殺できるのかと疑っていたが…これで合点が入った」
ディエスは、何も反論しようとはしなかった。
ただ歩き出したシリウスを見て、凛とした声で言う。
『話すべき事はもう済んだ筈。始めましょう。最後の戦いを』
「ああ。望む所だっ!!」
そして、シリウスは徐々に歩測を速め、遂に駆け出した。


ディエスが片腕を一振りした瞬間、その軌跡に沿って地面から火柱が上がる。
シリウスは横っ飛びでそれをかわした。そして即座に立ち上がると、再び走り出す。
そのシリウスを見据えたディエスは、次の瞬間全身の突起からレーザーを照射した。
「ちっ!!」
咄嗟に、着ていたマントで防御するシリウス。念の為に着直して正解だったと胸中で呟きつつ、次の瞬間驚愕した。

自分の周りを、無数のリングビットが取り囲んでいた。
当然、マントで隠れていない部分もリングビットは狙っているようだ。
「全く…豪勢だなぁっ!!」
シリウスは大きく跳躍した。その次の瞬間、それまでシリウスがいた場所に無数のレーザーが殺到する。
シリウスが着地したのは、リングビットの上だった。
そのままリングビットを足場に利用し、着実にディエスに向かって突き進む。

『(あの不安定なビットを足場に利用するとは…!!)』
ディエスは、今度は頭上に無数の火球を出現させ、シリウスへ向けて放った。
だが、着弾の寸前にシリウスは跳躍し、火球はその直前に足場にされていたリングビットを砕くだけの結果に終わる。
だがその光景を見終える前に、シリウスはディエスの間近まで待っていた。
「貰ったっ!!」
ディエスの頭部へ目掛けて、上段から剣を振り下ろすシリウス。
「いいえ!」
だがその前に、シリウスへ向けてディエスの片手が掲げられていた。
そして、シリウスの体は宙に浮く。
「っ…!?」
剣を振り下ろそうとした手も動かない。
次の瞬間、ディエスは掲げた腕を勢いよく、己の後方まで振るい落とした。
その軌跡に沿ってシリウスの身体が宙を舞い、そしてその先の壁へ叩きつけられる。
「がはっ!!」
何度目かの吐血。
気づけば、ミスト・クロウ・ディエスの血と己の血で、シリウスの全身は真っ赤になっていた。
だが、口元を手の甲で拭い、彼は不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。
「確かに強いな。だが…」
再び剣を掲げ、ディエスへと向ける。
「俺はお前を超える。どんな手を使ってでも」
そして、再び走り出した。
今度は、ディエスの周りを走り始める。まるで弱点を探るかのように、ディエスの戦闘端末の各所を隅々まで眺めつつ。


『どんな手を使おうと、今のあなたに私が倒せる可能性は限りなくゼロに近い』
周囲を巡るシリウスに何の反応も見せず、淡々とディエスは言う。
「…そうやって、高を括っていろ」
急に、摩擦をつけて足を止める音が部屋中に反響した。
即座にディエスは、シリウスへ向けて腕を掲げる。だが――
『っ…!!?』
「言ったろう。どんな手を使ってでも、と」
ディエスの戦闘端末には様々な能力が搭載されている。だがどれも攻撃手段だ。それを見越した上で、シリウスはこの場所に止まった。
すなわち、ロックマン・ミラージュの身体の傍。
足を一歩後ろにつけるだけでその身体に触れる事ができるまで接近した位置。
そして、その気になればすぐにでもディエスに飛びかかれる位置。
闘いの前にディエスは、遺体とはいえわざわざ部屋の脇にまで、それも丁重に運んでいたのだ。この使い方に効果の無いわけがない。
「どうした、攻撃しないのか」
手を掲げたまま、ディエスは動かない。
だが、このままずっとここでこうしていれば、そのうち腹を決めてディエスはこちらに攻撃を仕掛けてくるに違いないと、冷静にシリウスは分析する。
「ならば、こちらからいくぞっ!!」
そして、シリウスは跳びかかった。

だがそれを予期していたのだろう。ディエスは左腕を飛び掛ってくるシリウスに向ける。
しかし、迫ってくる影を先程のように拘束したところで、『それ』が違うものだとディエスは気づいてしまった。
『っ!!?』
ディエスが拘束したのは、シリウスの着ていたフード付きのマントだけだった。
「待っていたぞ…その隙を!!」
次の瞬間、彼女から見て右の側面から声がかかった。
『…少し、喋り過ぎですね』
冷静な声が響く、彼女は再び飛びかかろうとしていたシリウスに、右腕を向けていた。
「ぐっ!!」
再び重力で拘束されるシリウス。
だが、そのシリウスに彼女は何か違和感を感じた。
マントを着ていないのは当たり前だ。今もう左腕で拘束しているのがシリウスのマントなのだから。ではこの違和感はどこから来るのか。
その答えを知る前に、答えの方から彼女を襲ってきた。
『なっ…!!?』
シリウスに向けて掲げられた右腕。その腕に、上方向から落ちてきた刃が真っ直ぐ突き刺さっていた。
『(投げていたというのですか、今の瞬間に…!?)』
シリウスにかかっていた重力操作が解除される。
それを待っていたのだろう。シリウスは一気に跳躍し、ディエスの腕に突き刺さった剣の柄に手をかけると、そのまま腕を引き裂いた。
その勢いのまま、ディエスに背を向けて着地するシリウス。続けて振り向き様に攻撃を加えようとするのを、スローモーションで彼女の視界が捉える。
今の攻撃で右腕はもう使えない。左腕は既にシリウスのマントへの無意味な重力操作は解除している。
すなわち、シリウスの追撃とディエスの左腕の迎撃。どちらが早いかがこの決着の行方だった。

次の瞬間、シリウスの刃がディエスの胸部の中心に突き刺さった。


シリウスは、根元から折れた自分の剣を眺めた。
「折れちまったか。まぁ、人間三人斬ってまだ刃毀れ一つ無かったんだ。丈夫な方か」
折れた剣の切っ先は、部屋の中央に仰向けに横たわる、ディエスの戦闘端末の胸に深々と突き刺さっていた。
バチバチと、内部の機器類がショートでも起こすかのような音が断続的に部屋の内部に響いている。
「何か、言い残すことはあるか」
シリウスはディエスへと視線を向けてそう言った。
だがディエスは答えない。
その頭部には、先程まで輝いていた赤い輝きは無かった。
「そうか…もう死んだか」
ディエスを尻目にシリウスは、クロウを一瞥するともと来た道へと歩き出した。

「おや、思ったよりも早かったですね」
1階層上へ来て、ある部屋へと入ると、ベテルギウスが涼しい顔でシリウスを迎えた。
辺りには兵士達の手足が転がっており、いずれも断面は焼かれたような痕となっている。
そして、ベテルギウスの数メートル前に膝をついて肩で息をするテスタメントがいた。
その服装はボロボロで、所々にある斬られた様な一直線の傷から血が流れている。
「カペラを殺したのですか?」
「ああ。戦闘端末まで持ち出してきたが、かろうじて破壊できた」
シリウスの言葉に、驚愕の表情でテスタメントが顔を上げた。
「ディメンジョン・ゲートのキーは手に入れられましたか?」
無表情で、シリウスは頷く。
そんなシリウスに対して満足そうな表情で、ベテルギウスは踵を返した。
歩きながら、その視線をテスタメントへと向ける。
「だそうです。私を止めつつもここを横切ろうとした兵士達を消し炭にしてみせた辺り、あなたも相当の実力だったのでしょうが…ここまで、ですね」
数歩歩いてから、ベテルギウスは足を止め、シリウスへと視線を向けた。
「そう言えば、カペラを討ち取った証拠らしいものを持っていませんね、シリウス」
「…ゲートのキーだけでは不足か?」
「首を持ってくるのが理想的ですね…でないとプロキオンが納得してくれないのですよ」
「…アーマーに付いてる血を鑑定してくれ。カペラの血が致死量検出されるだろう」
「ふむ、まぁそれでいいでしょう…作戦は無事終了です。撤収しますよ」
ベテルギウスは未だ部屋の入口に密集している兵士達に向かい、そう言った。
シリウスはテスタメントに視線を移す。彼は、憎悪の眼でシリウスを睨んでいた。
そんな視線を受けてもシリウスは無表情で、その部屋を出て行った。

『…テスタメント、そこにいますね?』
「…はい」
テスタメントは、屈辱と共にディエスとシリウスが闘った部屋へ歩いてきた。
その脳裏に映るは、ベテルギウスという名の古き神々の一人。
あれは確実に『手加減』をしていた。そう断言できる。
あまつさえ、こちらが必死で戦闘中に部屋を横切ろうとする兵士を処分していたにも関わらず、その隙を突こうともしなかったのだ。
まさか、そこまで力の差があるとは思ってもみなかった。
そして何より、ベテルギウスという者が何を考えているのかテスタメントには理解できなかった。
前述したように、自分が兵士を処分した事にも何の反応も示さなかったのだ。
自軍の駒が減って喜ぶ武将などいる訳がない。
そんな事を胸中で考え続けていたテスタメントだったのだが、この部屋に来て中央に横たわるディエスを見て、それも吹っ飛んでしまった。
そのディエスに駆け寄った時、先程の会話がなされた。
「ご無事ですか…!?」
『いえ…残念ながら、もう長くは保たないでしょう』
その言葉に、奥歯を噛み締めるテスタメント。
ディエスはテスタメントに視線を向けたまま、考えた。
このまま一人で死ぬのだと思ったが、何かを伝えられる相手がいた幸運への感謝を。
そして、彼に何を伝えるべきなのかを。
ノアの裏切りか、シリウスの正体か、それとも、自分の過去か。
だが、彼女はどれも選ばなかった。
『テスタメント。最期に一つ、頼みがあります』
「…ですが、ディエス様…!」
言い募るテスタメント。だがそれには構わず、ディエスは伝えるべき事を精一杯の力で語った。
『私の遺志を、継げとは言いません。あなたの信念に従って、行動して下さい』
「…了、解…!」
今のディエスには、虚勢に近いものだとは分かっていたのだが、テスタメントの力強い返事が何よりも励ましとなった。


段々と意識が薄れてくる。これが死なのだと、ディエスは実感した。
視界の先に、光が見える。それが部屋の明かりなのだと、分かってはいた。
だが、ディエスはその光に手を伸ばした。

浮かんでくるのは、一人の人物の顔。

「ああ…やっと……会える…」

その者のために自らの運命を捧げ、その者のために自らの命運が絶たれる事になった。
最期に、その者の名を口にした。

「…イデア…」

光に向かって伸ばされたディエスの手が、彼女の死と共に落ちる事は無かった。
伸ばされた腕を、テスタメントが握っていたからだ。
テスタメントは静かに、その手を自分の額に寄せた。
目を瞑る。彼はそのまま、沈黙した。

彼がクロウ・エリュシオンを見つけるのは、もう少し先の話。


最終更新:2012年01月21日 23:58