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クロウの思考が停止する。その様子を見て、目の前の男は言った。
「信じられない、といった顔をしてますね」
緑色の制服と制帽を被り、茶色の鞄を肩から下げたヨハン。凄まじい雨の中、傘も差していない。
何より、彼の立っているのは屋上の縁にある、柵の上だった。
10代の後半、それもクロウやトムよりも若く見える顔立ちに、緑色の瞳。その瞳がクロウを眺め、その顔には不気味と言えるほど整った微笑が浮かんでいる。
クロウは自問した。
何故この男の存在が、今まで頭の中に浮かばなかったのだろうと。
そんなクロウの考えを見透かすかのように、ヨハンは笑顔で口を開いた。
「あなたとリーバードの方が一緒にいる場面は見ませんでしたが、このアパートの1階の廊下で、彼女とはすれ違いましたよ」
ヨハンの話す内容が、クロウとゼゼがこの島を出てノアのいる島へと移動した途端に古き神々の襲撃を受けた、あの時の事だと気づくのにも、今のクロウには時間がかかった。
ヨハンの話は続く。
「ロックマン・テスタメントとの接触については、誰かが尾行する必要などありませんでした。真昼間の街中であれだけ派手な戦闘を行えば、ね」
そう言いながら、ヨハンは柵から下り、屋上へと着地する。
勢いよく柵を蹴ったにも関わらず、まるで重力を操ってでもいるかの様に、ヨハンの身体はフワリと静かに着地した。
「さて、まずは、改めて自己紹介しましょう」
そう言ってヨハンは制帽を脱ぐと、煩わしそうに首を振る。

前髪が、ヨハンの目元を覆った。

「古き神々の一人、リゲルって言うんだ。よろしく」

屈託の無い笑顔で、ヨハン・ニコラス―リゲルは、言った。
「う…ああああぁぁぁぁぁああああ!!!」
叫び声を上げ、クロウは刀を抜くと同時にリゲルへと斬りかかる。
が、薙ぎ払われた一閃は、リゲルの首に当たる寸前に止まった。
「っ…!?」
リゲルは動いていない。それどころか、何の動作もしていない。
ただ、クロウの刃はそれ以上進まなかった。
「へぇ、まだ躊躇してるんだ」
言うなり、リゲルは首筋に当てられたクロウの刃に右手の甲を当てる。
次の瞬間、クロウの刀は彼の手を離れ、遥か後方の床の上へと突き刺さっていた。
「でも闘わなきゃ、今度は自分の命が危ないよ?」
「がはっ!?」
リゲルの左手から放たれた拳がクロウの腹に深々と突き刺さり、クロウの身体が吹っ飛ばされる。
それでもクロウは即座に起き上がった。
両手用の刀は彼の手の届かない所に突き刺さっていた為、片手用の刀2本を両手に握る。
そして、再びリゲルに突っ込んでいった。
「ま、この程度か。今の粛清官は」
クロウの連撃を、リゲルは涼しい顔で避けていく。
頭から足先まで、全く無駄の無い動きだった。郵便屋の格好で、肩に鞄を下げてすらいるにも関わらず。
気が付けば、リゲルの手刀がクロウの左手に握られた刀を叩き落とし、直後に放たれたクロウの右手の刀は、刀身を掴まれていた。

次の瞬間、その刀が砕け散る。

その光景を目の当たりにして、クロウは力の差を思い知った。
彼の目に絶望の色が浮かぶ。それを目の当たりにしたのか、リゲルは楽しそうに、片手でクロウの首を掴んだ。
「前から一度、聞いてみたいと思ってたんだ」
「ぐ…!」
「戦って戦って、戦い抜いた果てに、幸せになれると本気で思ったの?」
動揺を誘うかのようなリゲルの問い。
だが、何故かクロウの心に、その問いが突き刺さった。
それでもリゲルは言葉を止めない。
「戦いの先には次の戦いがある。ずっとそれの繰り返しさ。
そして気が付くと、自分一人になってるんだ」
「がっ!!?」
次の瞬間、リゲルの鋭い膝蹴りが、クロウの腹に直撃した。
リゲルは郵便屋の制服しか身に着けておらず、クロウはアーマーを全身で覆っている。
それにも関わらず、リゲルの膝蹴りはクロウのアーマーを突き抜け、凄まじい衝撃を与えた。
それを確認したリゲルがクロウの首を掴んでいた手を離す。
何か言う力も無くし、クロウの膝が床へと着いた。
リゲルはクロウから、ゆっくりと離れていく。言葉を紡ぎながら。
「結局の所、それが運命さ。それもそういう目的で作られた粛清官ならば、尚更ね」
不意に、金属的な音が屋上に響く。
クロウが必死で顔を上げて振り返ると、リゲルがクロウの手から弾き飛ばされた、片手用の刀を拾う所だった。
その刃をしばらく眺めると、リゲルは視線を―トムの方へと向ける。
トムは未だにクロウに締められた首を右手で押さえながら、呆然と目の前の光景を眺めていた。
「ヨ…ハン…?」
「幸せなんか、どれほど求めたって手に入らないんだよ」
「やめろ…!」
リゲルのやろうとしている事が、クロウには分かってしまった。
何故リゲルがそういう行動を取るのか、それは分からなかったが、それでも次のリゲルの行動がすぐにクロウには分かった。
だが、身体は動かない。

リゲルが一歩、また一歩とトムへと近づく。

「やめろ!!殺すなら俺を殺せ!!」
「そういう運命の元、ボクらは作られたんだ」

クロウの言葉に、リゲルは全く取り合う様子は無い。
リゲルはトムの目の前まで来ると、彼の首を掴み、持ち上げる。
もはやトムには、抵抗する気力は残っていない様だった。

「幸せにはなれないんだよ。ボク達、『ロックマン』はね」
「やめろおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

刃が、トムの心臓に突き刺さる。
大量の血が、刃が引き抜かれると共にトムの身体から噴き出した。
リゲルが手を離すと、トムの身体はその場に崩れ落ちる。
振り向いたリゲルは現れた時と同じ笑顔で、クロウに近づきつつ言った。
「これが現実だよ。君が努力した結果だ」
クロウは愕然とした眼で、横たわるトムの身体を見つめる事しかできない。
そのクロウの首を、リゲルは再び掴んだ。
「さて、質問だ」
自らの頭と同じ高さまでクロウの頭を持ち上げると、その眼を見つめ、笑顔のままリゲルは言う。

「君が死んだら、哀しむ人はいる?」

問いに答える気力など、今のクロウには残ってはいない。
それを見て取ったリゲルは表情を変えぬまま、片手に持った刃を振り下ろした。
だが、その刃はクロウの眼前で止まる。
次の瞬間、リゲルはクロウを放すと、屋上の片隅へと視線を向けた。
「来ると思ってたよ。でも、少し遅かったね?」

そこに、漆黒のアーマーを着た男が立っていた。

身体に合わせたかのようなスラリとした、それでいて各所に禍々しい突起物の付いたアーマー。
ヘルメットには2本の角が後ろへ向かって付いており、顔面も全て覆われている。
クロウの視界の端にもその人物が映ったが、それが誰かを判断する思考力は既にクロウからは奪われていた。
それが誰なのか、リゲルの方から答えが出てきた。
「君のその姿を見るのは久しぶりだな、テスタメント」
「古き神々の一人、リゲル。処分する」

アーマーを纏ったロックマン・テスタメントは、片腕を変形させた。
右手の手首から先が消失し、代わりに眩い光のビームサーベルがその腕に出現する。
そして次の瞬間、テスタメントは斬りかかった。
凄まじい勢いで放たれた斬撃。それをリゲルは受け止めた。
片手から発生させたエネルギーフィールドで。

「ボクをその名で呼ぶんだね。まぁ無理も無いか」
ギリギリと鍔迫り合いの如く、テスタメントのビームサーベルが押し続けている。
その間もリゲルの言葉は続いた。
「テスタメント。君は何の為に戦っていたんだい?戦いの先にあったものを、君も知っているだろ?」
ヘルメットの奥から、押し殺したようなテスタメントの声が聞こえた。
「私を貴様と、同じにするな…!」
「同じさ。最後の一人になるまで、戦いを求め続けてる」
次にリゲルから放たれた一言は、テスタメントを激怒させるのに十分だった。

「シリウスがやらなくとも、いずれ君がマザー・ディエスを殺していたよ」
「…貴様…!!!」

バチリと火花が散るような音と共に、テスタメントが後方へ飛び退く。
テスタメントはビームサーベルを消失させると、そのまま射出口と化した右腕をリゲルへと向けた。
その腕の中に、凄まじいエネルギーが収束していく。
それでもリゲルは言葉を止めない。
「今だってそうだ。こうしてボクと戦ってる。今の君はまるで飢えているみたいだ。
ボクも君も、ロックマン・ロードも、そこにいるロックマン・ミラージュも皆同じさ。
戦いを血肉として、求め続ける。そうしなければ生きていけないんだ」
収束されたエネルギーが、テスタメントの右腕から放たれた。
凄まじい勢いで、放たれたバスターがリゲルへと向かっていく。

しかし、リゲルの腕の一振りで、バスターは掻き消された。

「それが真実だ。実際、今も君はボクと戦ってる」
右腕をまだ向けたまま、テスタメントはメットの奥からリゲルを睨みつける。
「この天気ならボクを倒せると思ったのなら、浅はかだと言うしかないよ。
今の君と同じように、ボクだってエネルギーはまだ十分にある」
そう言うと、リゲルは跳んだ。
現れた時と同じように、リゲルはフワリと柵の上に着地する。
そして、言った。
「3千年前にもう決着はついてる筈だ。翼をもがれた君じゃ、ボクには勝てない」
次の瞬間、リゲルの身体を光が包み込む。
見る間に光となったリゲルの身体は、どこかへと飛んで行った。

リゲルの撤退を確認し、テスタメントは構えた右腕を降ろす。
その視線は、クロウへと向けられた。
「お前は何をやっている」
再び変形し、右手を出現させたテスタメントは、その右手でクロウの頬を殴り飛ばした。
「何の為にディエス様が犠牲になったと思っている…!お前に、こんな所で倒れている暇など無い。そのままそこで腐っているなら、全てが終わった後、私がお前を殺してやる」
そう言うと、テスタメントは柵に足を掛け、跳んだ。
そのまま、クロウの視界にテスタメントが現れる事は無かった。

雨は降り続く。強風と共に。
「俺…は…」
虚ろな眼で、クロウは立ち上がった。
呆然としたまま、その視線の先にトムの死体を映し。
傍らに突き刺さった両手用の刀を、鞘に納めるので精一杯だった。

「…トム…?」

か細い女性の声が、辺りに響く。
出入り口からクレアが顔を出していた。
クロウが何か言う暇も無く、現れたクレアは、トムの死体に駆け寄った。
「ねぇ、ちょっと。一体どうしたの?ねぇ…ふざけてないで起きてよ。ね…」
トムの胸から凄まじい血が流れ、トムの服を濡らしているのに、クレアは気づいた。
悲鳴を噛み殺したような声と共に、クレアが片手で口元を覆う。
「う…嘘…」
クレアの出現に、クロウは動揺を抑え切れなかった。
身体が、自然に後ずさる。
足音が聞こえたのか、クレアが振り向いた。
「…あなたが、やったの…?」
「違う…」
反射的に声が出た。だがクレアの一際大きな声が、クロウに浴びせられた。
「じゃあ、何でこんな事に…!?」
「違うんだ…」
「トムが何したっていうのよ!!」
やにわに、彼女の両目から大粒の涙が流れ始めた。
「ぅ…あああああああ!!」
クレアが泣きじゃくり、トムの遺体に縋り付く。
「…!」

何か、デジャヴを感じた。

その場から一刻も早く離れなくてはいけない。その瞬間、クロウは強くそう思った。
そして彼は、逃げるようにして屋上から跳んだ。隣のビルの屋上へと。
いつかのように、ビルの屋上を走り続け、次のビルへと飛び移る。
クロウは走り続けた。あのアパートから、少しでも遠くを目指し。
「(何だ…何だこれは…!)」
『覚えていない記憶』が頭の中を駆け巡る。
そしてクロウの頭の中で、一つの言葉が木霊した。

人殺し、と。


「戻ったか」
ドアを開けて入ってきたリゲルに、プロキオンは呟く様に言う。
リゲルは郵便屋の服装のままだったが、鞄は無くなっていた。
プロキオンははデスクに座り、相変わらず書類に眼を通している。
ググはその傍らで片手にノートを持ち、待機していた。
リゲルを無表情で眺めるググ。そのググに、リゲルはさり気無くウィンクを送る。
そうしながら、彼は言った。
「失敗しちゃったよ。途中でテスタメントが現れてね」
「お前には簡単な任務かと思っていたのだがな」
そう言いつつ、プロキオンは書類に目を通し続ける。
「シリウスとベテルギウスはもう帰ったのかい?」
「そうだ。シリウスは自室に、ベテルギウスは既に屋敷に帰った。お前ももういいぞ、自室で待機していろ」
その言葉に、逆にリゲルはデスクに近づき、その上に体重を預ける様に片手を置いた。
「ところでさ…シリウスが回収した『ディメンジョン・ゲート』の鍵のレプリカ…今はどこにあるんだい?」
「まだ話す事はできんな。諸々の準備が整った時に、再び会合を開いて今後の検討を行う予定だ」
そう言われたリゲルはおもむろに笑みを浮かべると、言った。
「今後の検討なんて、もう必要ないよ」
「…何?」
意味深な言葉に、プロキオンは書類に目を通していた顔を上げ、リゲルが室内に入ってきてから初めて彼を見た。

次の瞬間、プロキオンの右腕が落ちた。

「ぐあああああぁぁぁぁぁ!!?」
一瞬遅れてプロキオンが悲鳴を上げる。肘付近から切り落とされた右腕は、その焼かれたような傷口から僅かに煙を立たせた。一滴も流れない血の代わりででもあるかの様に。
デスクに落ちた右腕はまだ書類を掴んだまま、転がって床へと落ちていく。
プロキオンは痛みを堪えながら、怒りと困惑を浮かべた目を右腕の傷口へ、次いでリゲルへと向けた。
「貴様ぁ!!何をする!!?」
同時に、急いで彼は残った左手でデスクの裏側にある緊急時用のスイッチを押す。
だが、反応が返ってこない。それを見計らった様に、リゲルは言った。
「緊急用のスイッチの配線はもう切ってたんだったよね?」
言いつつ、彼はこんな事態になっても涼しい顔でデスクの傍らに立つ、ググへと視線を向ける。
ググはただ、頷くだけだった。
「な、ググ!!?」
「彼女はボクに付くそうだよ」
リゲルの言葉に、愕然とした表情で彼女を見つめるプロキオン。
そんなプロキオンの襟首を掴み、リゲルは彼の顔を自分へと向かせた。
「ロックマン・ミラージュをスケープゴートにして、所在の分からないテスタメントかクロノスに今度こそボクを処分させようとしただろ?あわよくば同士討ちになればいいと思って」
一瞬呆気に取られた顔をしたプロキオンだが、すぐに怒鳴り返す。
「馬鹿な、言った筈だ!儂は…」
「こうなってもまだ取り繕うつもり?君がこの3千年、ボクが死ぬのを望んでた事なんて最初から分かってたよ」
リゲルの表情は笑顔にこそなっているが、その眼は笑ってはいなかった。
「生憎、そういう考えの奴には鼻が効くんだ」
その言葉に、プロキオンは怒りの表情を更に濃くし、唸る様に言う。
「そうか…ならば言ってやろう!」
リゲルを凝視したまま深く息を吸い込み、彼は言葉を続ける。
「儂は…貴様を同胞だなどと思った事など一度として無い!我々がヘブンに負けたのも、我々が『古き神々』などと呼ばれ蔑まれているのも…全ては貴様が儂の同胞を虐殺したせいだ!!」
「それで、今やり直してるのか。古き神々の代わりにデコイを使って、今度こそ失敗しないようにとコソコソとマザーから隠れて力を蓄えて…何も変わってないんだなぁ君は」
やがて低い声で、リゲルは言った。
「でも…もう君の時代は終わったんだよプロキオン。君の蓄えた兵士への命令系統はググが押さえてる」
その言葉に、途端にプロキオンはうろたえ始める。
「き、貴様!何をするつもりだ!!?」
「『古き神々の王』…処分させてもらうよ」
その言葉に、プロキオンは驚愕した。声も出せなくなるほどに。
そんなプロキオンなど意に介さず、リゲルは話を続ける。
「用心深い君の事だ、どうせディメンジョンゲートの鍵はベテルギウスかシリウスが持ってるんだろ?彼らを殺すついでに、ボクが回収させてもらうよ」
「き、貴様…!」
喉から搾り出すように呻くプロキオン。微笑を浮かべつつリゲルはググに向かい言った。
「ググ、現在の状況は?」
「勘付かれたのかは分かりませんが、シリウスは自室におりませんでした。ですので、後ほど兵士の一部を使って屋敷内を捜索させましょう。その兵士達ですが、街に出ている偵察兵を除き全員、完全武装で地下に待機済みです」
「そうか…ありがとう」
満足そうに笑顔でそう言うと、リゲルはおもむろにプロキオンのデスクを回り込み、彼の傍らに立った。

そして、彼の右足の膝から下を斬り落とした。

「があああぁぁぁぁぁ!!?」
椅子から崩れ落ち、床に這い蹲るプロキオンを、リゲルは見下ろした。
「そこで見ているといい。君の世界が崩れていく様を」
そう言うと、リゲルはググを伴い、プロキオンの私室を後にした。


デスクの傍で横たわるプロキオンはリゲルとググが去った後も、必死でもがいていた。
右腕と右足を失った彼は、残った左腕と左足で必死に這い蹲り、ようやく壁際まで行くと、壁を背に座って深く息を吐く。
そこに、ドアの開く音が木霊した。
「!!?」

入ってきたのはシリウスだった。
彼は室内の惨状を見るなり、本気で驚愕した様で、しばらく目を見開いた。
ようやく我に返ったシリウスはすぐにプロキオンに駆け寄ると、言葉をかける。
「一体どうした!?」
「リゲルだ…奴が、裏切りおった…!!」
「リゲル…奴か…!!」
納得した様に、シリウスは唸る。
プロキオンはシリウスに発見されたのを幸運に思い、そしてそのお陰でようやく混乱した頭が冷静になってきたのを感じた。
「シリウス…すぐにベテルギウスを呼べ。お前と奴で、リゲルを強襲するんだ。
奴を斃すには今しかない。この街に台風が上陸している今しか!!
奴は地下で兵士達と合流している筈だ…すぐに…!」
「プロキオン。悪いがもうお前の命令に従う事はできない」
静かに、シリウスはそう言った。
「…何…?」
その妙なシリウスの冷静さを、プロキオンはここにきてようやく不審に思った。
「まさか…貴様もリゲルに付くと…?」
「いや違う。俺はここに、お前と決別する為に来た」
プロキオンの反応を待たず、シリウスは無表情で言葉を紡ぎ続ける。
「お前には感謝している。リセットされて間も無い、幼かった俺を保護してくれたのはお前だった。だが…」
一拍言葉を切り、そしてシリウスは言った。
「俺はずっと前から、『奴』と取引していたんだ」
「奴…!?」
プロキオンの言葉に、シリウスはおもむろにドアの方へと振り向いた。
シリウスによって開けられたままのドア。プロキオンの視線も、自然とドアの方へ向く。

やがてドアから、ノアが姿を現した。

「クロノス!!貴様ああああぁぁぁぁ!!!」
憤怒の形相でプロキオンはノアを睨みつけ、絶叫する。
心底楽しそうな顔で、ノアはプロキオンを見下ろした。
「久しぶり…いや初めましてかな、ロゴス…ああ、今はプロキオンだったね」

「貴様が姿を現した時から、全ての歯車が狂い始めたのだ!!」
プロキオンの言葉に、ノアは首を横に振った。
「生憎、今回君が仲間に反逆されたのは私の計画には無い事だ。それに歯車が狂い始めたと言うなら、もっと前からだよ。そう、遡るとすれば、彼が君に保護された時からさ」
そう言いながら、ノアはシリウスへと視線を向ける。
「!まさか…シリウス…!?」
ノアの言葉につられてプロキオンもシリウスの方へと視線を向けた。
だがシリウスは何も反応せず、ただプロキオンを見つめるばかりである。
ノアは深い溜め息を一つつくと、言った。
「今の君は、もう哀れ過ぎて何も言えないな。さて、何か言い残す事は?」
プロキオンの心が、急速に絶望で塗り潰されていく。
観念した彼は、静かに目を瞑った。


「君達の司令官だったプロキオンは、裏切りに遭い重傷を負った」
リゲルとググは、地下に存在する広大なホールにいた。
そこには迷彩柄のアーマーを纏い、ヘルメットとガスマスクを被って機関銃を手にした兵士達が整然と整列している。
彼らの前に立ったリゲルは、ホール全体に聞こえるよう声を上げ、そう話を切り出した。
「今の彼は、正常な判断を行えない状態だ。よってボクが代行を務める事になった」
傍らで腕を組むググを一瞥しつつ、リゲルは兵士達の間を歩きながら話を続ける。
「プロキオンを裏切ったのは二人の古き神々、ベテルギウスとシリウスだ。彼らの顔は君達もよく知っているだろう。ベテルギウスは自らの屋敷にいる。シリウスは行方を眩ませた。彼らを探し出し、殺せ。そして探し当てたら、ボクに居場所を教えろ」
リゲルの言葉に、兵士達は黙って聞き入っている。
「プロキオンはデコイに気づかれないように厳命していたそうだが、ボクは違う。
デコイに気づかれたって構わない。任務を優先するんだ。任務の障害になりうるデコイがいるなら、躊躇無く殺してくれて構わない。幾らだってね」
ここまで言ってから兵士達を眺めて、リゲルは言った。
「つまり君らがやるべき事は、唯一つ」
その言葉が兵士達の間に浸透するのを待ち、ようやくリゲルは口を開く。
「命を捨てて、戦え。以上」
リゲルがそう言った瞬間、兵士達は口々に「了解」と唱えると、ホールの奥にあるエレベーターへと殺到していった。
数多のエレベーターは、兵士達を運び始める。地上へと。
その光景を満足そうに眺めると、リゲルは呟いた。
「さあ、戦争の再開だ」


最終更新:2012年01月22日 00:10