窮地に立たされるフランベルジュ。その前に立つツヴァイ、ドライ。
一瞬の隙を突き、空に舞い上がる―――観客は自分のことさえ忘れ、歓声を上げている。
彼女の「逆転」が見られる。期待に胸を膨らませ、沸き立つ観客。
「……やめろ……」
だが、その中でただ一人。
歯噛みしながらその姿を見上げる人間が、いた。
自身に力があれば。こんな状況でなければ、せめて、割って入ることはできたかもしれないのに。
今はただ、状況を打開しようとする彼女の姿に―――
「―――やめろおおぉぉォォォッ!!」
叫ぶことしか、できないなんて。
桜華絢爛ベルフェリオン
第十話「最強の証明 逆転合体・エールフランベルジュ」
こんなことになるとは思ってもみなかった。
今日という一日を振り返り、率直な感想を俊暁が述べるとすればそれだ。
「……どうするんだよ、本当に」
ロボカップという大きなイベントの前後で、何かしら事件が勃発するところまでは読めた。
しかし、単独行動を許した結果、話が総一の現行犯逮捕にまで発展。
その被害者の中にはよりによって誠二も居た。
どこまで話が転がればいいんだ。
俊暁は思う、あの『悪魔』を見た時から難題ばかりにぶつかっていると。
幸いにも、つい先ほど医師から聞いた話では、酸欠状態に陥っていたものの、命を奪うようなものではないらしい。
状況が落ち着くまで長い時間をあけてしまった。外は雨なのもあり既に暗い。
温まるコーヒー……と、おそらく未成年はこちらの方が好みであろうポタージュの缶を持って病院を歩いていた。
「終わったぞ……って」
「しーっ」
人差し指を前に立てて、パールが注意のポーズ。
彼女のひざ元では、上着をかけられて静かに眠っている春緋がいた。
相当のショックだったのか、ずっと鳴いていたのが一目で分かるような顔である。
おそらく、そのまま疲れて眠ってしまったのだろう。
「悪いな、無茶させた」
「いえ、マスターが勝手にやったことですし」
ポタージュ缶をひとつパールに手渡す。
「あ、あつっ」
しかし、熱くて持ちづらかったのか、わたわたと持て余し右往左往。
見かねた俊暁が、自身の上着を差し出す。
それ越しに持つことでなんとか一安心だが、飲むのにはもう少し時間がかかるだろう。
「……で、どうする?」
俊暁も備え付けの長椅子に座り、落ち付いたところで問いかける。
状況は最悪。このままどうなるかも分からない。どうできるかも分からない。
その上で、彼には聞いておきたいことがあった。彼女の意思だ。
これから何をするにも、意思に反して無理強いをすることはなるべく避けたい。
やむを得ない場合もあるだろうが、それでも聞かなければならない。
「……そうですね。待ちます」
言葉を整理でもしていたのか、少しだけ間を置いた後、いつもより少しだけ表情を引き締めて。
「待つ?」
「はい。今の私に何ができるか分かりませんし、できることが目の前に来たらそれをやろうかなって」
実を言えば、この予想外はいい意味と捉えていた。
しっかり自分の意見をもって発言している。
「不安じゃないのか?」
「でも、そう思っても何もできませんし。それに」
一区切りして、微笑みひとつ。
「……それに、涼さんはエルヴィン最強の人でしょう?
あの人がついているなら、きっと何とかなります」
そこまで聞いて、俊暁は思った。だが、それは「他人任せ」でも「身の振り方をわきまえている」でもない。
吐いた一息、疲れ切ったそれに込められた想いをパールは知る由もない。
「今日は泊まってけ。どうせ天城君の家に一人で放ってはおけない」
「あ、はい。ありがとうございます」
果たして、今回は無事に済むのだろうか?
思いのほか考えがしっかりしていたパールはともかく、彼の不安材料は……。
意識が引き戻される。
現実は冷たい。今自分が乱雑に寝かされている、この床と同じように。
「……はは」
夢の続きかと思ってしまったが、それは一瞬で切り捨てる。そもそも、夢を見られなかった。
周囲は暗闇の中、ライトの光が窓に入るだけまだマシか。
窓といってもガラスはなく、代わりにあるのは素材不明の格子。
たったひとつの真実を痛いほどに思い知らされる。天城総一、逮捕。
逮捕歴追加。まずい。人生オワタ。社会的にオワル。
「これは……」
どうにもならないか。
思い返す。よく考えれば、状況が状況とはいえ、色々と勝手に動きすぎたかもしれない。
それ自体は、状況のこともあり、何とも言えない。まだ残っている問題は……
「……誠二」
そうだ。あいつは、どうなっているんだろう。
今となっては、状況を聞くこともかなわない。そんな状況のまま、この場を過ごせというのか。
「畜生」
心の底から思う。
やってきたこと自体は、最良ではなかったものの、間違ってもいなかったと思っていた。
だが、現にこんな牢獄にいると、浮かぶのは後悔ばかり。
もう戻れない。現実から非現実に突き落とされてしまった。
「ド畜生」
二度目。
これからどうなるかは分からないが、今までの日々に戻れないことはわかる。
あの戦いでパールの記憶に触れた時、自分達と過ごしてきた記憶を見せられた。
あの日々の続きを、彼女とともに紡いでいくことはできない。
「……やめよう」
それからいくらか思考をめぐった末、考えを打ち切った。
今の自分では、どうにも否定的な思考しか回らない。
それに、頭も痛む。かなり痛む。今更気付いたが、頭の傷に手当はない。
囚人とはいえ、この処遇は適当すぎやしないか、と不満も沸かないことはないが、そもそも自分が……
「……寝よう」
また思考が逆戻りしてしまった。
自分の性に合わないことを、いつまでも続けられる天城総一ではなかった。
先の事は考えられない。だが、せめて誠二が無事であることを祈るだけ。
……そう思っていても、心も身体も言うことを聞いてくれず、結局意識を手放したのは朝になってしまった。
鳥のさえずりが小さく聞こえる。
それなのに部屋は薄暗く、何かが強引に投げ入れられるような音が目覚めの原因だった。
正直を言えば非常にだるい、そんな身体を強引に起こし、状況を確認する。
自分以上にボサボサな髪をした、見た感じ自分より少し幼い少年がそこにいた。
おそらく、彼が同じ部屋に投げ入れられたんだろう。
「…………」
気まずい。下手なことは言えない。
視線を他にやると、入口近くに……一応、食事らしきものがあった。
食事として足りなすぎる――自炊できる彼だからこそ、ぼんやり浮かんだ感想。
明らかに硬そうなパンがひとつに、あとは具の乏しいスープ。
何よりそれは一人前だけであり、同じ牢に二人いてこれはない。
まだ刑が決まっているわけでもない、多分ここは留置所か何かだろう。
「……腹、減ってるか?」
気付けば、言葉をかけていた。
多分今食べようとしてもおそらく入らない。それ以上に……入ってきた少年が、あまりにやつれて見えたから。
「情けのつもりか?」
「どうせ今の俺じゃ入る気しねーし、無駄になる」
再びの沈黙。
時間を知るすべも今はなく、ただ沈黙だけが時間を長く感じさせる。
……結局、少しスープが冷めたところで少年は食事に口をつけた。
「……お前、番号は?」
食事を終えた少年は、自分の方を向かないまま、身に覚えのないことを聞いてきた。
「番号?」
「ここに来る前に、番号割り振られたろ」
本当に身に覚えがない。
正直にそう話すと、少年は急に、クカカ、と笑いだした。
「ずさんだな、おい」
「るせー、俺だってこんなとこ……」
「違う違う、お上さんがさ」
そこから急に明るい口調で話し出した少年。
ここには何回も世話になっただの、警察に対しての愚痴だの……。
正直知っている話でもなかったため、頷いたり相槌を打つくらいしかできなかった。
それでも、なんとなく思った。この少年は、完全な悪人というわけではない……。
なんとなく、雰囲気がそんな感じだった。
「そういや、お前って家族いんの?」
ふと、話が切り替わった。
正直、天城総一はこの手の話題があまり得意ではない。
振られるたびに、今までの過去が掘り起こされて、嫌なことを思い出してしまうからだ。
「……病院に母さん。あと、妹がいたんだけどな」
「いた、って……?」
「まあ……火事、かな。そん時に生き別れて」
今は、二人しかいない。それしか言えなかった。
あの忘れがたき真紅の記憶、その事件で自分は……。
「……悪いな」
「いや、お前が悪いんじゃないさ」
謝る少年に、総一はそれでも笑顔を作る。誰がどう見ても、無理をしているような表情だが。
「……なあ。知ってるか、創世事変って」
唐突に、少年は話題を変える。
「創世、事変」
知らないわけがない。創世事変を知らない人間が、エルヴィンにいるはずもない。
「俺んとこってさ、それで住んでるとこ焼かれちまって。弟と二人で暮らしてるんだけど。
金もないし、動けないしで、ずっと閉鎖地区で……出ようと思って色々試したけど、駄目だったんだよ」
遠い目で話す少年。その横顔を見て、自分と何か重なるような感覚を覚える。
もし、自分も……肉親が生きていたら、そんな想いだったんだろうか。
だが、そんな想いは次の一言で打ち砕かれる。
「ああ……あの金ぴかの機体さえ届けられたらなあ」
―――それは、つまり。お前が、犯人である、と?
数時間経ち。今度は逆に、言葉を紡げないでいた。
その場にいた、それどころか、彼を捕まえることに加担した自分が、何を話せると。
彼が捕まったということは、広瀬さんがGS01を捕獲することには成功したのだろう。
なのに、嬉しくない。
喜ぶべきかもしれない事なのだろうが、今はそれをすることなど考えられなかった。
少年の前ということを意識しているのかもしれない。だが、多分そうでなくても、喜べはしなかったのだろう。
GS01の奪還。それは、彼の希望を奪ったことになる。
彼のしたことは、犯罪であるが、状況の打開策でもある。
捕まるのは当然であっても、それが人間として間違っているか、結論を出すこともしがたい。
そもそも、それを判断する資格は、己にはないのではないか。
「天城総一。面会人だ、来い」
告げる男が、二人の間に訪れた静寂を破る。
檻が開けられ、手錠以外を外され、引っ張られていく。
「……ぁ」
袋小路な思考回路が中断される。だが、それは彼と話をする機会も失われるということ。
少年は気にするなと手を振る。心が痛む。
何かかけてやれる言葉でもあったんじゃないか。
考えがぐるぐる回りながら、その心残りも、檻が閉じると同時に、閉じ込められる……。
面会室では、涼が待っていた。
ガラス越しの邂逅。席に座り、職員が外に出る。
「……高見君は無事だ。命に別状はない」
最初に告げられた事実。懸念していた事項のひとつが解決され、とりあえずは一息。
「君の罪状は、戦闘において彼の酸欠状態を引き起こした事。
これは……通常の戦闘で起こりえない事態故、正体の知れない君を犯人にしたのだろう。
それにしては、判断が早すぎるが」
正直、総一自身にしてみれば、逮捕の原因がそこまで自覚できているわけではない。
重要なのは誠二の無事と、如何にしてここから出るか、なのだが。
「……ここから先は、後で話そう」
後? と疑問に思う総一。気づけば、面会室から涼の側に出る道は開いていた。
「刑が決まったわけではない。ある程度の金があれば、保釈は可能だ」
保釈。要するに、条件つきで一時的に外界に出られるということ。
それだけの金を、自分に使った、ということ。
「君に、来てほしいところがある」
彼女が向ける、まっすぐな視線。色々言いたいことはあったが―――その瞳に敵うことはなかった。
二人を乗せた車は、セントラルから郊外の方向に走っていく。
風呂に入り、身なりを整え、パールと合流し、涼の運転のもと、とある場所に向かうことになった。
「……どうして、俺を保釈してまで?」
一番の理由を投げかける。疑問に答えることはなく、来れば分かると言わんばかりに車が進んでいく。
流石のパールでさえも、空気を読んで押し黙る、静かな車内。
やがて各所を抜け、郊外の、本当に田舎に思えるような場所で止まる。
ギリギリでエルヴィンの範囲内にあるその場所……少し大きめの建物。
「え、ちょ、ここって―――」
表札を確認する。その文字には、見覚えがあった。
「『ポインセチア』。ここ、孤児院じゃないっスか!?」
狼狽する総一、それを見て涼のほうに視線を向けるパール。
「花言葉は『聖なる願い』。君が知っての通り、孤児院で教会……そして」
少し表情を緩め、涼は答える。
「“私達”の育った場所だ」
中に入ると、見知った顔に出会う。
「あ、そーくん。久しぶり……って涼さんまで! ほんっと久しぶり!」
二段リアクションを返しながら喜ぶ金髪の女性。
気圧されながらも、総一は握手を受け入れる。
「彼女はアルエット。ここの管理者の一人だ」
「よろしくね」
パールにも挨拶を交わし、手を取る女性、アルエット。
清楚で元気に見える、シスターのような服装をしている彼女に。
「よろしくです。マスターとはどういう関係だったんですか?」
「人前でそれはやめい」
思わず、すぱんと頭をはたく総一。
マスターという呼称は二人と関係者にしか通じない為、当然ではあるが。
「関係といえば……生活の面倒を見てあげた感じかな?
そーくんって中学生までここの世話になってたし」
思い返すパール。そういえば彼は今、一人暮らしだった。
おそらく、バイトもできる年齢ではなかったのだろう。
「……小学校5年の頃に、家預かってもらって、事情でこっち来たんだよ」
頭を抱えながら話す総一。いいから上がるぞ、とパールを押す。
「だいたい皆、ここにいるのは中学生までの頃だな。
多分、天城君は私の抜けた後に入ったんだろう」
懐かしみながら話に乗る涼。偶然にも、二人は同じ孤児院の出身だったらしい。
涼の現在の立場を考えるに、単純に涼が顔を見せられず、そのために面識がなかったと考えれば納得できる。
「……ところで、二人ともどうして孤児院に居たんですか?」
もう一発、すぱんと。
「デリカシーっつーモンが欠片もねーのな、てめえ」
どっとため息。確かに興味深い話ではあるものの、他人の過去を詮索しないのは当たり前のこと。
だが、注意はしたものの、その先の返しは予想外であった。
「……元々、その話をするために来たんだ」
「えっ」
思わず顔を上げる総一。笑みを浮かべて、その背中を彼女は押した。
紅茶と茶菓子が用意されたテーブルに、3人は座っていた。
孤児院の一室、窓の外を見ればアルエットが孤児たちと遊んでいる姿が見える。
外とは違い、3人の間に伝わる空気を吹き払うように、涼が口を開き始める。
「私も、アルエットも。ああやって、ここで育ったんだ」
戻らない思い出を懐かしむように、紡いでいく言葉。
「……『創世事変』の主要因だった人も、一緒に」
「……な」
思い返す光景。エルヴィンに眠る宇宙船が稼働した、唯一の事件。
フランベルジュが、広瀬涼が黒幕を鎮静化、事態を収めた話。
「ってことは、あの時の報道も……」
「事実ではあった」
一般市民だった総一は、当時事件のことを一般市民と同様にしか感じていなかった。
その後日のことを思い出す。
―――広瀬涼は、犯人との関与の可能性を疑われ、拘束されていた。
それが、事実である、と。
「……君には、知ってもらいたい。私のことを」
躊躇いもなく彼女は、自らの真実を総一に伝えていく……。
―――数日後。
天城総一は、先のエキシビジョンと似たような会場の、特等席にいた。
今までと違うところは、近くに海が見えるというところだろうか。
このエルヴィンでは、事件の後に公判があり、決着がつかなかった場合は「戦闘」により白黒をつける。
悪く言えば、片方が執拗にゴネれば、どんな事件でもこの戦闘にもつれ込まれる可能性がある。
実質、保有兵器、ならびにパイロットの強さが裁判における鍵といっても過言ではない。
今回もまた、訴訟を起こした側が必死に聞き入れを拒否したがために戦闘が起こっているのだ。
それは日常茶飯事。エルヴィンではいつものこと。
ただし―――今回、総一はその戦闘に全てを懸けられている。
「……ああ、クソ」
表情はうかない。どうにも、もどかしい。
自分の行動の結果だというのに、自分でどうにもできない。
片側には機動兵器3機。そして、もう片側には―――彼女達がいた。
フランベルジュを始めとしたあの3機。つまり弁護側、広瀬涼の側。
戦力としては申し分ない。彼女が負けることはまず考えられない。
だというのに。
走る嫌な予感に、歯噛みすることしかできない自分を呪う。
『決まったぁぁぁ! 広瀬涼、またもや余裕の勝利ー!!』
始まったと思ったら終わっていた。
三機の極めて理想的なフォーメーションの前に、通常の機動兵器で対抗することはできない。
だからこそ、広瀬涼はバランサーとして機能する。
―――エルヴィンを意のままにしたいのであれば、彼女の存在こそがネックである。
「まあ、期待はしてなかったけどね」
様子を遠目に見ながら、呆れたようなポーズを取る黒衣の人影がそこには居た。
中性的な容姿をした彼は、ゆっくり片手をあげ―――
「じゃあ、本番といくか」
指を鳴らす。
突然、水中から飛び出す水柱。
しぶきを上げながら姿を見せるそれは―――機械を寄せ集めて、竜の形を作ったような、歪な異形だった。
「っ!?」
突如空中から襲い掛かったその異形。
何とか反応し、フランベルジュは背後からの奇襲を避けることに成功した。
東洋龍に似て、胴体にあたる残骸を引きずり、上空から会場を見下ろすのは龍の頭。
「……ゴースト」
呟き、歯噛みする涼。
兵器レベルの廃棄物の塊であるそれは、時折自然発生する現象のひとつ。
機体単体が意思を持つフランベルジュ等のSLGがあるように、
まるでエルヴィンの負の側面と言わんばかりに発生する、破壊をもたらす怪物。
いくらフランベルジュであろうと、単体でこれらをどうすることもできない。
廃棄された兵器が強制的に稼働する。
中途半端に修復された、胴体の兵器が、実弾を、レーザーを撃ちだす。
それ以上に、激しく打ち付けられる胴体。
躱そうとするも、ドライフォートが被弾、大きく宙を舞う。
圧倒的な質量差、機動兵器相手の戦い方とは次元が違う。
このままでは、被害ばかりが増えてしまう。
涼の手元にウィンドウが展開する。
それはフランベルジュの意思。点滅する言葉は―――「FUSION」。
「……やる……のか」
彼女の頭に過ぎるは、数日前に総一に話した言葉……。
「天城君。ひとつ、頼みたいことがある」
あの日、優しい表情で彼女は言っていた。
「もし、君にしか手の届かないことがあったとしたら、迷わず手を伸ばしてほしい」
その言葉の意味が、今なら理解できる気がする。
「いずれ、その時は来る。だから―――」
彼女は分かっていたんだろう。自分がいつ機を狙われるかわからないことが。
「後悔だけは、残さないように」
窮地に立たされるフランベルジュ。その前に立つツヴァイ、ドライ。
一瞬の隙を突き、空に舞い上がる―――観客は自分のことさえ忘れ、歓声を上げている。
彼女の「逆転」が見られる。期待に胸を膨らませ、沸き立つ観客。
「……やめろ……」
だが、その中でただ一人。
歯噛みしながらその姿を見上げる人間が、いた。
自身に力があれば。こんな状況でなければ、せめて、割って入ることはできたかもしれないのに。
今はただ、状況を打開しようとする彼女の姿に―――
「―――やめろおおぉぉォォォッ!!」
叫ぶことしか、できないなんて。
腕を畳み、上半身を形成するフランベルジュ。
外装の一部を分離し、ツヴァイドリルが背に重なる。
身体を畳み、引き出し。腰から下を形成したドライフォート。
三機連結。フランベルジュの脚であった、巨大ロボットの腕から、掌が引き出される。
ツヴァイの外装がその腕と連なり、肩を形成。
三機を巡るエネルギーは一つとなり、生体金属ODENの活性化が始まる。
真紅に染まる機体、それは燃え上がる力を示すように。
心も、力も重ね、溢れんばかりのエネルギーを振り払い。
『逆転合体! エール! フランベルジュッッ!!』
空を赤く染める、光に溢れる紅の巨神。
それは、「最強」の証明。いかなる理不尽をも踏み砕く、最強の化身。
合体直後、ツヴァイであった背部から沸き立つエネルギー。
巨大なブースターとなったそれが、あっという間に両者の距離を詰め、ゴーストの頭を捉える。
「だぁぁあああ―――ッ!!」
強引に頭部を、直上に投げ飛ばす。
それを追いつつ、再び表示されるウィンドウに目をやると。
人もいないであろう廃墟、一番近いであろう場所が表示されている。
試合が終わっている以上、被害を避けるにはその場所に移るのが一番いいだろう。
「リヴァースドリル!」
機体の腰から放たれた、ほぼグリップのみのそれを握る。
瞬間、湧き出す液状金属がグリップの先から何かを形作る。
「でぇやああああっ!!」
ゴーストに刺さったそれは、まさしくドリルそのものの姿。
回転し、表面を大きく抉りながら、ゴーストの本体である頭部を強引に押し込んでいく。
当然ながら、胴体も全てが頭部に追随し―――ギリギリで観客の頭上を越えていく。
暴れるゴーストの、鞭のように身体をしならせた体当たりもものともせず、廃墟に猛進。
「ウェスト、ドリルッ!!」
廃墟に突き落とし、再びドリルを振う。
先ほどまで硬い円錐螺旋の形状を保っていたそれが、一瞬で長大なねじ錐状の―――工具の方の「ドリル」に化ける。
寸分狂いなく、それをゴーストの頭部に投げつける―――甲高い音を立て、貫通するドリルがゴーストと地面を縫い付ける。
だが、終わらない。
未だ抵抗するゴーストは、本体全てを抹消しない限り動き続ける。
動けないゴーストに向かい、突き出す両手。
集まる光、それは生体金属で出来た3機のエネルギーを振り絞った、必殺の一撃。
「メテオ……クラスタァァァ―――ッ!!」
レーザー兵器など霞んでしまうほどの、巨大な光の奔流。
突き刺さったゴーストの本体を、容易く呑みこむそれは、廃墟ごと溶解しつくし。
―――胴体が崩れ落ちる。頭部のコントロールを失い、もとの廃棄物に戻った。
ゴースト、消失。現れた障害も、圧倒的な能力を持つ真のフランベルジュの前では、あっさりと崩れ去るしかなかった。
かくして、天城総一の罪状は決まった。
刑事事件としての罪は問わず、被害者とは示談で決着をつける―――実質上の無罪だ。
だというのに。
「いやー、凄かったですねマスター。あの合体してからの一気呵成―――」
「黙ってろや」
表情の、晴れることのない総一の姿が、広瀬涼の控室にあった。
厳しい表情で、ただ彼女の帰りを待つように、静かに俯いて。
そう。彼女は圧倒的に強いだけではない。
広瀬涼が最強たる所以、それはエルヴィンの住人であれば知らないわけがない。
だが……
ふいに扉が開く。
二人がそこに目をやると、そこにはたしかに涼と俊暁の姿があった。
ただし、いつもの堂々とした素振りではない。
俊暁に肩を貸してもらい、ふらつきながら漸くここまで来れたという体たらくであった。
「……広瀬さん」
立ち上がり、総一。
「何で、あの合体を使ったんスか? ―――その後の貴女のこともあるのに」
フランベルジュの合体。それは、多大なる代償を覚悟で成立する、諸刃の剣。
あの時、孤児院に連れられていった時、自分自身の口で教えてくれたのに。
当の涼は、口を開くのもやっとながら、口少なめに紡ぐ。
「……後悔、したから」
それでも、可能な限り、微笑みでいようと、見せて。
彼女の、意地と、切望。
「君だけを、見捨て、る、なん……て……」
―――言葉は、最後まで続かなかった。
俊暁に全体重を委ねながら、身体の力が急激に抜け―――瞼が、落ちる。
「……こういう奴なんだ」
慣れていると言わんばかりに、受け止める俊暁。
涼の意識は完全に落ち、無防備を晒す―――これが控室でなければ、どうなっていたことか。
「あ、ちょ、涼さん!? ちょま、死んじゃ、これ死んじゃって―――!?」
「落ち着けィ。つーかお前話聞いてたろーが」
ばし。慌てるパールの頭を一発はたいて落ち着かせる。
重ねて言うが、これが控室でなければ、どうなっていたことか。
「広瀬のこと、聞いていたのか?」
「はい、本人から……睡眠発作、ですよね」
俊暁の疑問に答える。
睡眠発作―――突発的に、強烈な眠気に見舞われるという病。
彼女の場合は特殊で、戦闘を行った後……特に、逆転合体を使用した直後に起こりやすいという。
心身ともに酷使した代償として、その状態で睡眠に入った後、日単位で眠り続ける……。
「……あれが発症してから、広瀬はその隙を狙われている。
事実上連戦を組めないから、どうしてもカバーできない範囲が明らかに存在するからな」
連戦を組めない。それは、何かを切り捨てなければ守りきれないということ。
合体しなければ、まだ何とかできる範囲だったのだが―――
「ゴースト……あいつは広瀬の重要な戦闘の時、特に機を見計らったかのように出現するんだ。
私情で考えることはいくらでもできるが……未だ原因不明なのが口惜しいよ」
ゴースト。そのすさまじい戦闘能力は、SLG3機のコンビネーションですら一筋縄ではいかないほど。
涼を妨害するかのような出現、それこそが涼の戦う力を削ぐ原因の一つとなっていて……。
「……今度は、何が控えてたんスか?」
「先のGS01強奪事件。あれに絡んで、閉鎖地区の住民を排除する要求が出た。
決定戦は二日後……過去の例を見るに、広瀬は間に合わない」
「―――ッ」
それでは、何をされるか分からない。
総一の命と、ゴーストのもたらす被害―――それを天秤にかけ。
おそらく、彼女は選べなかったのだろう。
「あいつ、無理にでも起きる気だ。今、自分がギリギリの状態だってのに」
椅子に寝かせた涼は、安らかな寝息を立てて。
本来なら安心しきったはずのそれは―――抗う心さえ、奪われた状態なのか。
総一は、彼女の言葉を思い返す。
『後悔だけは、残さないように』
それは俊暁が言うように、涼が出られない状況を想定して言ったことではない。
言われた本人が、一番よくわかっている。
正義の象徴、最後の砦。その役割を、一人で背負おうとしているのだから。
たった一人の、庇護するべき脆弱な少年に、自身の役割を任せることなど、絶対にしない。
だが。
だが、それでも。
「……トシ兄さん」
「だからやめい」
向き直る総一。いつになく、真剣な表情で。
自分が何を言ったところで、受け入れてはくれないかもしれない。
だが、後悔はしたくない。
涼に託された想い……彼女の想定とは違うが、それでも裏切るわけにはいかない。
そう。これが俺の―――『天城総一』の、後悔しない選択!
「その決定戦、俺が出ます! やらせてください……ッ!!」
最終更新:2011年12月09日 10:19