「……今日は、よく昔を思い出す。君達が……私の妻に、似ていたからかもな」
「妻に……?」
男の視線は遠く、まるで宇宙船の向こうに何かを見つめているようで。
言葉をかけようとして、言葉に悩んで、そんな時、彼が口走った言葉は……
「変わらずにいてくれて、安心したよ。
―――なあ、『天城総一』」
桜華絢爛ベルフェリオン
第十三話「大混戦! 気になるアイツと共同戦線!?」
「いただきまーす」
テーブルに並ぶ料理、それを囲むように6人の姿。
天城総一の家に漸く戻ってきた食事の光景。
実に何日ぶりだったろうか、様々な困難を乗り越え、やっと全員が揃うようになった。
「……つーか、何この、何」
ここで今更ながらに疑問に思う。
天城総一は、朝早く起きて、ささっと6人分の朝食を仕上げ、並べたわけで。
全員居座っているのがナチュラルにデフォルトだとか、俺はおかんかだとか、
突っ込みどころはいくらでも出てくる状況だ―――勿論朝食代の次に。一番大事なのはそっち。
「まあ、いいんだけどさ……」
思えば、本当に久しぶりの光景である。
戦闘に巻き込まれた誠二は、先日学校で総一に負けず劣らずの無茶をしでかすほどに元気で。
難病を抱えて総一の公判に立ち向かった涼も、やっとのことで通常の生活を取り戻した。
こうして全員集合、同じ釜の飯を食えるだけで十分ありがたいものだ。
本日の朝食はパン主食の洋食ではあるが。
「ところで広瀬さん、事務所っていつから再開します?」
「月曜からだな。さすがに今問題に直面するのは色々無理だ」
「あれほど無茶しておいて今それかい」
俊暁のツッコミも最もである。
自身の身も顧みず、それまで避けていた合体まで披露し、
起きることすらままならない状態でなお公判に臨もうとしていたのだから。
そのせいで少しばかり復帰が遅れてしまったのはまあ些細。
どのみち、公判翌日の学校での事件も本調子で出られはしなかったろう。
「つーことは、今日明日は一応非番ってことか……」
とりあえず、気持ちを切り替えよう。
今日は土曜日。学校は休み、事務所も休みということは……完全にフリーということで。
「……何、しよう?」
やることは特にない。
家になければ外に出る、これも色々まずい。
エルヴィン内のメディアで散々騒がれてあまり間のない現状では、
下手に動けば話のタネになり、またあることないこと書かれて大騒動になること間違いなしだ。
せめて涼のように、世間一般に活動が認知されるレベルになればまだいいのだが。
その涼でさえ、総一をかばうような形になったことで多少穿ったような記事が雑誌にちらほら。
少なくとも、目立つような行動は避けたいのだ。
「マスター、提案があります」
「却下」
なので、パールが言いたげな何かは即刻却下するべきだと判断した。
こういう時は確実に何か自分の意に反するようなことが起きる。
実際、総一も少しずつパールの人となりが理解できるようになっていた。
あれだけ近くにいて慣れないのもおかしい、ともいえるが。
「せっかくですから、どこかエルヴィンの有名なところにでも連れてって……」
「却下却下却下だァァ!?」
はい、正解。
言ったそばから、総一の考えと真逆の言葉が飛び出す。
「お前、今の状況本当にわかって言ってンのか?」
「え、ほら。トラブル解決すればその分株上がりません?」
「巻き込まれること前提かよ!?」
自分から目立つ場所にホイホイ出向けば、確かに総一なら釣れないこともないかもしれないが。
何かイベントがあるたびにトラブルが起こり続けているのは否定できない。
が、それでも声を大にして「そのりくつはおかしい」と叫びたい、一般人のはずだった天城総一のココロ。
「だいたいさ、お前分かってるよな!? 世間一般から俺への視線!
この前なんてマスゴミ殺到してきて大変だったんだからな!?」
「よっ、有名人!」
「茶化すな! こんな形で有名になんざなりたくなかったわ!?」
すかさず春緋の茶々。ただ、それも間違いではない。ベクトルが問題なのだが。
「……で、実際問題どうするつもりだ? このままじゃお前、何もできなくなるぞ」
しかし誠二が指摘するように、周囲の目が気になるとはいえ、それを重視しすぎると動けなくなるわけで。
本当に重要な時、全く動けなくなる可能性も考えなければならない。
「そうなんだよな……何か変装道具とかねェか?」
「あるわけがない」
即座に切って返される。まあわかってた。都合よくあってたまるか。
どうするべきか。人目を気にせず動けるようになるには……。
「えーと……つまりマスターって分からないようにすればいいんですね?」
「まあ、そうなる」
パールの頭にぴこんと豆電球がついたような気がする。
「私にいい考えがあります!」
まずい。こうなったら最後、いいことが起きたためしがない。
急ぎ席を立とうとするも、既に手を掴まれていて―――
唐突に全身を襲う、熱い脈動。
急速に身体から力が抜け、意識が遠くなり―――。
「ん……ぁ?」
気が付いた時、真っ先に目にしたのは、周囲4名からの奇異の視線だった。
「え、何……え?」
視線に気づき、ふと自分を見やる。
少しばかり縮んだような細い体つき、それでいてなおパンパンに張って苦しいほどの胸元。
後ろに流れる、明らかに長くなった後ろ髪。
極めつけは、驚いて漏らした声の、明らかな高さ。
「え、お、ちょま、わた……っ!?」
ついでに、俺、とすら言えない。
確かにその姿は、どう考えても天城総一には見えない。
何故なら……どう考えても、ありえない。性別すら変わるなど、普通の人間には想像できようもないからだ。
「も、戻せーっ!?」
非現実的な事象を起こせるといったら、この中でたった一人。
さっき崖から転げ落ちそうなセリフを吐いたパールに詰め寄る。
「戻せませんよ」
「何故に!?」
「私が戻したくないからです!」
キリッ。
若干乏しい胸を張って、堂々とこんなことを言ってのけるのだからもう。
体力は落ちてるかもしれないが、彼女の頭をむんずと掴んで力を込める。
「狩らせてもらおうか!? お前の魂ごと!!」
「いだいいだいいだい!?」
ぎりぎりぎり。
集まれる限りの知人にこんな姿を見られたものだから、もうたまったものではない。
羞恥心に押しつぶされて死にたくもなる。
「なあ皆からも言ってくれよ頼むから!!」
流石の総一?も涙目である。身体が変わった影響もあるのだろうか。
「……」
が、周囲の面々の反応は、彼の想像から遥かにかけ離れていた。
「……負けた」
「はあ?」
がっくりと項垂れる春緋。どうやら両者の胸元をちらちら見比べていた様子。
「元男にすら負けるって……偏差値高すぎなのよこの周辺!!」
「知るかンなモン!?」
「こうなったらちょっと待ってなさい! 折角だからこの機会にフォルダ埋め尽くしてやるわ!」
「えちょ」
制止の声も聞かず、カメラと自分の着替えを漁り始める。
嫌な予感がしてならない。ちら、と他の3人を見る。
「それにしても……パールちゃんもいい趣味してるじゃないか」
「それほどでもー」
頼みの綱がまたひとつ消滅した。
俊暁といえば、変質した身体を見定めるように視線をちらちらしている。
完全にパールの側についているようである。
だがこんな時こそ、エルヴィンの良識者である涼が何かしらの制裁を―――
「変身能力……確かに使いようによっては便利かもしれないな」
「大真面目だった―――っ!?」
その、涼さん。真面目なのはいいんですけど、周囲の暴走止めるとか何かしてくれませんかね!?
……という総一の願いも虚しく、最大の頼みの綱はぶちっと切れるわけで。
となれば、残る人間は一人しかいない!
「誠二!」
もはや頼れるのは彼だけしかいない。
そう思い彼の目を見た―――瞬間、非常に嫌な予感が拭えなかった。
比較的冷静で知的なはずのあの誠二が、満面の笑みを浮かべているのだ。
長い付き合いの総一は直感した。こいつがこういった笑みを浮かべているときは、大抵……
「示談」
絶妙のタイミングで、嫌なところを突っついてくるパターンだと。
「ド畜生ォォーい!?」
示談と聞けば、思い出す。
総一の公判から数日後、皆で総一の家に押しかけた時、一度総一は誠二に謝罪していたのだ。
自分のせいかは調査不足のため分からないが、機体強奪事件による戦闘の被害を受けていた可能性は高い。
現に総一の罪状のひとつに上げられていたこともあった。
その時の誠二の言葉は、これだ。
「俺は別にいいさ。でもまあ、これだけの事を起こしたんだ……
後でひとつ、何かやってもらうか」
つまり、その何かが、これである。
「せっかくだから、今日明日とその姿で皆につきあってやれ。
戻れるんだったら別にいいよな?」
「今までの反応の中で一番鬼畜な返し方してるよてめェ!?」
周囲に味方の反応なし。背負う水もない四面楚歌。
そして準備ができたのか、春緋がこちらに向かってくる。
「ほら、主役! ちょっとこっち来なさいよ! いつまでもそんな恰好してないで!」
むんずと手を掴まれ、ずるずる。
「合うサイズがないなら、私のも使ってみるか?」
「本当!? ありがとう涼さん!!」
よりによって春緋の方に助け舟を出す涼。
何故かかっちりともう片方の手も掴まれ、ずるずる。
「それでは、出発進行ー!」
極めつけは、両足までパールに担がれ、神輿のように運ばれていく。
止める人間は誰もいない。ああ、どうしてこうなった。本当にどうしてこうなったんだ、おい!?
「ちょま、待って、ま、わ、わきゃ―――っ!?」
その後、三人の着せ替え人形という名の玩具にされ続けたのは言うまでもない。
「えうう……何でこんな……」
結局、着替えと写真の雨あられに晒された総一……もとい、天城 瑞樹(てんじょう・みずき)は、
パンツスタイルもスパッツも許されず、白と青のブレザーに白一色のスカートといったスタイルに身を包んでいた。
下半身がなんだかスースーして慣れない感覚。というか慣れちゃいけない気がする。
「でも、誰が見たってマス……げふんげふん。バレないですよ、みーちゃん」
「台無しにしかかってるよお!?」
パールにまで茶化され、涙目になりながら反論する。愛称まで勝手につけられ、完全に立場が逆転したような気がする。
確かに、名前まで仮のを用意された今の彼女を見て、天城総一だと分かる人間はいないと思うが。
勿論、今やりかかったように、パールのほうからボロを出さない限り。
「つーか、みーちゃんって何だよ!? むずがゆいなあ!?」
「じゃあミッチーで」
「しっかりやろうぜ!?」
これでは信用など置けるものか。
「罰ゲームだとでも思うんだな」
涼しげにペットボトルに口をつける誠二。悔しいが、後に続く言葉は出てこない。
こんな時に頼りになる涼達は、残念ながらお留守番。今の体調を考えれば当たり前であるが。
若干むすっとしながら誠二のほうを見ていた瑞樹だが、諦めたように、溜息とともに視線を前に戻す。
バスも使って、相当移動した。セントラルから北東側、ここからならもう視認できるだろう。
建物の向こう側に見える、銀色の卵状の何か。それは、かつて宇宙から飛来し、人類に多くの技術をもたらしたもの。
あれこそ、エルヴィンの存在理由を作った物体―――ある者は、ザイテンゲヴェールと呼んだ。
「ほえー、おっきいですねー」
立ち入りが許可されている敷地内、ザイテンゲヴェールに一番近い高台の手すりに身を乗り出し、パールが呑気に。
実際km単位に到達するほどの巨大な物質であり、落下により地形を大きく変えたものでもある。
だが、パール除く3人は元々この街で暮らしているのもあり、見慣れたような光景だ。
故にパールの反応は新鮮だった。
「あれがもたらした技術が、何十年もかけて今のエルヴィンを作ったんだ。
それがなければ、今頃人型の20m級ロボットすら完成できたかどうか」
手すりを椅子代わりに座りながら、瑞樹。実際エルヴィンがもたらした技術は多い。
フランベルジュ等の装甲に使われている生体金属や、
それを培養・養殖する過程で生まれた副産物である金属「オルタニウム」。
レーザー技術等に幅広く使われているルミナ粒子等。
オルタニウムは装甲資材などに、ルミナ粒子は照明やディスプレイ等に使用され、
人々の暮らしにも大きな変革をもたらしたのだ。
とはいえ、それは必ずしもいい結果につながるわけでもないのだが……
ザイテンゲヴェールを見上げる瑞樹の目は、複雑。
「随分サマになってきましたねえ、みーずーきちゃん♪」
「うっせ、このえろいん」
仕草に雰囲気を察してか、茶々を入れてきた春緋に呆れ顔で返す瑞樹。
なんだか最近下ネタっぷりがエスカレートしてきた気がする。
「あたし、そのまま女のままでもいい気がしてきた」
「私が困るんだよ」
やっぱり俺と呼称できないあたり泣きたくなる。
やれやれといった具合にため息をつきながら、誠二が会話に割って入る。
「藍澤、アイスでも買いに行くぞ。二人は何がいい?」
割と面白がっていたのだが、さすがに助け舟を出してくれたんだと信じたい。
ちょうど観光名所的な扱いを受けているので、高台の近くには売店がいくつかある。
「じゃあミックスで」「私、巨峰」「きょほー?」
どうやらブドウの種類も知らないらしい。説明しているうちに誠二達は売店に行ってしまった。
結果、やっぱりパールのお守り。総一のときにこの景色を見慣れている瑞樹にとっては、特に目新しいこともなく、
目を光らせているパールを見ては溜息をつくことになる。暇だ。
「……君達も観光か?」
ふと見知らぬ声のほうを向くと、重そうなコートを着た壮年の男が近づいてきた。
「あ、はい。おじさんは?」
初対面にいきなりおじさん呼ばわりはどうかと思うが。
とはいえ、パールの様子に悪気はないと感じたのか、少し笑いながら。
「私か? 私は……少し、思い出に浸りたくなってな」
「思い出、ですか」
「ああ……昔、妻と一緒に、よく娘を連れてきたものだよ」
そう言って宇宙船を見つめる男の姿を見て、瑞樹……中身の総一は、自分に似たものを感じていた。
総一も似たような想いを、あの宇宙船を見ると抱えてしまうのだろう。
彼の言葉が正しければ、今はもう妻や娘とは一緒にいないというのだろう。
母や妹と一緒にいられない総一にとって、それは他人事と片づけられるようなものではなかった。
「あ、その……すいませんでした。ほらパール、お前も」
頭を下げ、パールにも同様の態度をとらせる。
「いや、いい。私が話したくなったから、話しただけだからな」
言いつつ、彼の視線は再び宇宙船に移る。
彼にとって宇宙船、あるいはその技術には、何かの想いがあるのだろうか。
気づけば瑞樹は、男から視線を離せなくなっていた。
「……今日は、よく昔を思い出す。君達が……私の妻に、似ていたからかもな」
「妻に……?」
男の視線は遠く、まるで宇宙船の向こうに何かを見つめているようで。
言葉をかけようとして、言葉に悩んで、そんな時、彼が口走った言葉は……
「変わらずにいてくれて、安心したよ。
―――なあ、『天城総一』」
「!?」
思わず手すりから降り、パールの前に出る。
これまで何も、彼の前でボロを出していないにも関わらず、正確に正体を看破した。
偶然で、あてずっぽうで、答えられるわけもない。意識から緊張感を引きずり出して、彼を見据える。
「……あんた、何者だ?」
「さあな。だが少なくとも、今ここで事を荒げる気はない」
男の表情は極めて穏やかで、確かに戦闘の意思は見えない。
そのまま瑞樹の方を向き、目を捉えて話す。
「……真っ直ぐな目だな」
「は?」
目的も告げず、ただ言葉を並べる男に、対応に困った瑞樹から気の抜けるような声が漏れる。
ここまで意思がないなら、どうして自分が天城総一だということをこの場で話した?
「“彼女”が君の下についたのは、何かの運命かもしれんな。
……君で安心したよ」
「一方的に投げかけンなよ、おい」
言葉が一方的すぎるとの反論。しかし、忘れてはいけない。
「……ところで、何故そんな姿を?」
「今突っつくんかい!?」
今の総一は、天城瑞樹……女性の姿だということを。
女性の姿で男言葉で反論しようにも、凄みも何も出なかった。嗚呼、シリアスになりきれない体質。
「ああ、全く……」
頭を抱えて、パールの方を見る。
彼女のほうは……不思議な表情で、男の方を見つめている……?
「……もしかして、会ったこと、ありますか?」
パールの問いに、男は答えない。動じようとしない。
しかし、確かにパールはこの男に、何かの引っ掛かりを感じている。
ここはパールに問答を任せることにした。
「私……あります。そんな気がするんです、あなたに……」
三人の間に繋がる、沈黙。
その沈黙を壊すかのように、突如鳴り響くのは―――警報だった。
一機、また一機と落ちていく警備隊。
その残骸の上を通過する影―――それこそが、今回襲撃してきた機体群の姿。
空力をある程度無視し、大型バーニアの出力だけで飛行を実現した機体。
しかし、それは純粋にエルヴィンの技術で造られたわけではない。
エルヴィンでは見かけない、微妙に違いのある機体。
警備隊の第一陣を突破した数十の機影。捉えるは、眼前にそびえる銀色の塊。
『目標補足! 今日こそあの忌々しい物体を制圧し、世界に我々の怒りを思い知らせてやれ!』
『応―――ッ!!』
怒号とともに士気を高めた男達が、強行突破をかける……。
「な、何だ!?」
各所のスピーカーから響く警報音。
同様にそれを発している携帯を開くと、どうやら襲撃を受けていることがわかる。
非常にまずいことになった。
体調を考えると、広瀬涼の出撃はないと思っていい。絶対的な英雄を欠いたエルヴィンがどれほど危険な状況か。
目標はこの宇宙船の方角……となれば、確実に狙われるのはこの近くだろう。
「ああ、クソ! パール!」
「はいっさ!」
こうなれば、周囲の騒動など知ったことか。先まで話していた男にも、正体がバレているなら隠す必要はない。
迷うことなく彼女の手を取り、力強く叫ぶ。
「「デバイス・オン!!」」
―――虚空より浮かび上がる輪郭。思い描くは騎士の鎧。
空間を砕き、割り、物理法則を超えて現れる、蒼き力。
右手を握り締め、左足で地面を捕える。風にたなびく紅のマント。
『願望』に応えたその姿は、今も変化を遂げたまま、己に残っている。
故に、叫ぶ。誓いを得る。決して臆さず、怯まず、信じた道を切り開くための、無窮の誓い。
『桜華絢爛! ベル……フェリオンッッ!!』
女性らしい高らかな響きで伝わっていたのだが、もう外面を気にする余裕などない。
影はもうそこまで迫っている。
BMMの一機、マズルカに似てはいるが、本質は非なる別物。
制圧した後に何を望むかは知ったことではない。だが、エルヴィンに武力介入を決め込んだ以上……
「ただで帰れると思うなよ!」
と、決めてみたはいいものの、相手は全員飛んでいる。
一般人もまだ多いであろうこの場所で、「爆発」を使うなどもってのほか。
『大丈夫です、マスター。飛べます!』
対処を考えていると、パールから助け舟が出た。
飛べる。ベルフェリオンが変化したため、飛ぶことができるようになったのか。
パールと繋がっている以上、特別な意識に気を払わずとも、自らが意識すれば飛べるのだろう。
むしろ、変化したベルフェリオンの力を把握するいい機会なのかもしれない。
意識を空に向け、足に力を溜め、今襲撃する敵へと、力を放ち、飛び上がる―――
「……って、のぅわあああああ!?」
うん、確かに飛べた。ただし、猛スピードかつ、乱雑な軌道で。
それは方向の定まらないロケットのような。本当に頭から右往左往しながら突っ込むとは、誰も考えもしなかったろう。
あまりに予想のできない軌道のためか、一機が巻き込まれ、衝突。
「うわ、止ま、止ま、とめ、うわったあ!?」
コントロールを失い、そのまま落下コースに突入したベルフェリオンは、無残にも地面に衝突した。
―――ただし、本来地面のない空中で、である。
「……何だこりゃ」
『強く地面をイメージした結果、そこに立つという振る舞いができたんでしょうね。
飛ぶのに慣れないうちは、そちらの方が簡単かもしれません』
確かに、飛ぶという慣れない行動よりは、たとえ見えない足場でも、立って歩くという行動のほうがイメージしやすいのだろう。
深呼吸し、その場にイメージを張り巡らせ、「立って」みる。
結果、今まで成しえなかった「空中」に立つことに成功した。
だが、呆気にとられていた襲撃犯も、流石にそれ以上棒立ちでいてくれるはずもなかった。
バララララッ! 正気を取り戻したのか、一斉にマシンガンで攻撃を始める。
「うわっ、たっ、た!?」
あっという間にイメージは崩れ、被弾の衝撃もあり、あっさり撃沈―――と思われたのだが。
天城総一としての意地か、呑みこみの速さか。
頭から落ちていく体制から、手を突き出し、後ろに跳ね上がるように体制を整え、空中に降り立つ。
「もうちょい待ってくれたってなあ……」
『言ってる場合ですか! 来ます!』
「わーってらあよ!」
返すや否や、両手に構える黄金のマグナムレールガン。
相手はこちらを通り過ぎ、旋回して向かってくるところだ。
「返礼!」
片方の陣に向かって走り出し、拳銃を構える。
相手も応戦してマシンガンを放つが、冷静に対処すればそうそう実弾には当たらない。
力強く空中の「足場」を踏み切り、飛び上がる。
まるで地上にいるような奇想天外な動きに惑わされたのか、相手の反応が鈍い。
それを機と見た二人の辞書に容赦という記憶はなく―――連射!
頭上からまるで雨のように弾丸を降らせ、容赦なく翼を、四肢を、脳天を撃ち抜いていく。
相手がどんな訓練を積んでいたかは知らないが、対応力は間違いなく総一―――まだ瑞樹か―――が上回っていた。
「着地」を待たず二機撃墜……崩れた陣形を機と見たか、虚空に降り立ち突っ込む。
「パール、アレを!」
「はいさい!」
アレ。二人の間に、それ以上の言葉は要らなかった。
駆けだすベルフェリオンの手に、既に拳銃はない。構えながら空を走る。
「デバイス・チェンジ……ッ!」
一機の横を通過した瞬間、全力で振り抜く。
何も握られていない手―――ちょうど機体を横切る瞬間、閃光の迸り。
その閃光が何を意味するか、理解する頃には……機体の半身が生き別れになっている頃だろう。
振り抜く手には、長大な得物。ロボットのサイズにしても大きすぎる、規格外の実体剣。
それゆえに、質量も規格外。真っ直ぐ振り抜かれ、十分に威力を蓄えた質量の通過―――
「せいぃやああああっ!!」
―――ドグッシャアアッ!!
デバイス・チェンジ。
パールの得た複数の武器を瞬時に切り替える、ベルフェリオン、否、この機体だからこそできる荒業。
ぶっちゃけ名称は瑞樹が適当にほざいたのだが、異なる二種の武器を自在に入れ替えられるのは大きい。
人型ロボットと似て非なる特性ゆえのアドバンテージ。
一機を斬り捨てた直後には、再び拳銃に持ち替え、状況に対応する。
簡単に書くのはいいが、勿論その間もマシンガンが飛び交い、四方から敵に囲まれている。
乱戦の中で規格外な剣を携え、闇雲に振り回すのは愚策と取り、必要な瞬間のみ取り出して斬り捨てる。
今まで荒波に揉まれ、鍛えられてきた己の戦闘直感に任せた、考えるより感じる行動。
ベルフェリオンが覚醒した以上に、中身もまた、戦闘に慣れてきているのだ。
だが。
『かすりすぎです! 折角の乙女の柔肌を!』
「無茶言いなさんな!?」
流石に、数が多い。
防衛隊もこの物量に突破を許したのだろうか。
数をばら撒くマシンガンの攻撃を受け流しきれず、決定的な直撃こそないものの、じりじりと痛めつけられていく。
7機くらい落とした。だが、まだ十数機は残っている。
4機に囲まれ、包囲されながら集中砲火―――咄嗟に飛んで躱そうとするも、そこに待っていたのか、2機が挟撃する。
「やっべ……!」
完全にパターンを読まれた。
たとえ見たこともない機体とはいえ、パターンを見切られ、十数機で包囲すればこうもなろう。
双方の手には銃剣……一か八か、持っていた拳銃の腹で止める!
『後ろ!』
だが、それこそ読み通りか。
後方にいた重装備の機体が砲口を向けている。
恐らく威力の高いであろう光学系キャノン砲……真っ直ぐに向けられている。
避けようにも脇の二機に押し込まれ、身動きが取れない。南無三。
「どうしろと!?」
手も足も出ないとはこのことか。下手に態勢を崩しても、横の二機に潰されるだけだろう。
絶体絶命の最中、キャノン砲に火が入り、そして―――
『そこまでだ』
突如空間に声が響いたと思えば、瑞樹の眼前には見覚えのない後姿があった。
結晶体を纏ったかのような装甲……透き通った水色が太陽の光に反射して眩しい。
そして、後姿の向こうで爆発。突然すぎて、その場にいる誰もが認識できなかっただろう。
だが、瑞樹には、パールには直感的に分かる。人が造ったと思えないような幻想的なフォルム、そしてこの聞き覚えのある声……!
「ベルフェリオン!?」
『貴方、さっきの!?』
同時に、別々の声が上がる。
そう。見たこともないベルフェリオンに、先ほど高台で遭遇した男の声!?
機体は振り向かず、声を投げかける。
『私も、この地を外来に踏み荒らされるのは気に入らなくてな……君達の側につかせてもらう』
「あ、ああ。いいけどさ……」
仕切り直し。一人増えたとはいえ、数による戦力差は歴然。
「まだ負担、でかいぜ?」
『もとより承知!』
背中合わせから、包囲網を崩すべく突撃!
男の前に立つ数機。再び分散し、包囲しようとする。
『笑止!』
背中合わせの相手とは比較にならないほど、真っ直ぐに猛スピードで飛び込み、抜き去った細身の剣で一機を斬り抜く。
瞬く間に右の肩口と、保持していたマシンガンを失った……が、
抵抗の意思を見せ、振り返り、レーザーソードを引き抜こうとする。
『……もう、終わっている』
言葉とともに、次の標的に飛び去った新たなベルフェリオン。
損傷した機体は、追おうとブースターを吹かし―――直後、完全に硬直。自然落下を始めた。
機体に乗っている以上、パイロットは気づくこともないだろうが―――斬られた瞬間から、表面が凍り付きはじめていた。
その異常に気づけたのは、自然落下が始まった時。
既にメインカメラは氷に呑まれ、火の入らないブースターで機体を支えることなどできない。
周囲がパイロットの状況を確認できるのであれば、未知の状況に叩き込まれた混乱と恐怖の中で悶えているのだろうか。
確かなのは、超常的な一撃により、あっさり一機が無力化されたこと。
そして、状況に見とれていたもう一機も、運悪く標的と定められ、数瞬後に同じ道を辿ることになった。
『……水? いえ、違う?』
パールが目を白黒させているのが分かる。
超常的な一撃、それは確かにベルフェリオンのものだろう。
だが、思い出す。
《―――で、その6種は光、闇、炎、水、大地、風。こう割り振られているとわかりやすいでしょう?》
かつてパールは、ベルフェリオンの力をこう形容していた。
だが彼女の様子から、今回の力はどれとも形容しがたいものであるようだ。
となれば、可能性は……一つしかない。
「人造の完成形か!?」
人造デバイス。パールが自らを形容した言葉。
超常的な力を、人工的に作り出し、自らのものとした。
今自らが展開しているベルフェリオンに属性がないとしても、後に作られた人造のデバイスにも属性はない、とは言い切れない。
となれば……研究が進み、さらに元のデバイスの再現度が高くなったとでもいうのか。
「だからあんた何者だよ!?」
『先決はこの場を鎮めることだ!』
考えるうちに、一機、また一機と落ちていく。
掠っただけでも機体を凍らせていく、結晶体のベルフェリオンの一撃。
一発が重く、確実に直撃を与え、突き落としていく、瑞樹の一撃。
結果として、警備隊の増援を待たず、数分で襲撃犯の勢力は壊滅してしまった……。
「……で、何者だよ」
全機戦闘不能になったのを確認し、大きく息をついてから一言。
とはいえ、気は抜けない。むしろ、ここからが大変になる可能性だってある。
最後に仕留めた得物である剣を収納し、再び二挺拳銃を手に。
即座に対応できそうな臨戦態勢……。
『名乗るほどの者でもないが……そうだな』
無抵抗を示すように、相手は武器を収め、手すきのまま振り返り―――
『ガイル=ヴェスティ、とでも名乗っておこうか』
「……ということがありまして」
「じゃねええええええよ!?」
溜息交じりの説明を終えた瞬間、凍り付いていた俊暁が動き出す。
何とか帰宅して報告を聞いた結果がこれである。
「いいか、ガイル=ヴェスティっつーのはな! JDAの中心人物と見られてる人間なんだぜ!?」
「……マジ?」
それを聞いて、流石に瑞樹も驚きに染まる。
JDAといえば、そもそも彼女が今の状況に陥る発端を作った組織ではないか。
直接狙われているのをあまり感じていなかったと思ったら、こんなところで出会うとは。
「その名乗りが本当でなくとも、相手はこちらの動きを完全に把握している可能性が高そうだな。
天城君の近くで事件が多くなってきているのも、奴らの影があるかもしれない……あくまで推測だが」
涼の推測……確かに総一の周辺は、最近一気に厄介ごとが増えてきた。ような、ではなく、確実に。
それが組織による誘導というものだったら納得がいく。
「その気になれば、ガチで始末にかかれるってアピールか……?」
思い出せば、逮捕から判決戦、学校襲撃までの流れが、綺麗に総一が極限まで不利な状況を作り出している。
これにJDAの介入があると考えれば、ここまで綺麗な流れの理由づけも容易だろう。
現にベルフェリオンの覚醒や誠二達のファインプレーがなければ、始末されていただろう。
……今回JDA関係者を名乗る人間が出てきたということは、今後もおそらく何かしらの介入があることは間違いないだろう。
「身の振り方、考えるかな……」
「今のままでいい」
瑞樹のひとりごちた言葉を拾い、涼の即答。
多少の語気の強さに驚き、彼女の眼を見る……本気だった。
「君は今のまま、変わらないで……」
珍しく、憂いを帯びた表情。内心驚くとともに、雰囲気を何とか和らげようと、言葉を紡ぐ。
「まあ、それにゃパールの奴に早く身体戻してもらう必要があるんですが」
……これだけシリアスな空気を出しておきながら、未だ女性の身体という時点で、存在自体がオチのようなものである。
状況を思い出し、はあ、とため息をついたところで―――
「げっちゅー!!」
「にゃわ―――っ!?」
今一番の脅威が現れた。
背後からむにゅりと豊かな胸を鷲掴みにされ、思わず悲鳴ともなんとも言えない、言葉になってない声が湧き上がる。
「は、ハル!? お前なあ!?」
「お風呂はーいろっ!」
背後からの春緋の声。なんか今日一日、えらく春緋だけ楽しんでそうな感じがする。
喜色に富んだ声色に、今までの空気が完全粉砕される。
重い空気が飛んだのはいいのだが、これもこれで瑞樹にとっては困る。
「風呂!? いいから、一人で入れるから!」
「ダメダメ、今の総一は瑞樹なんだから!」
「私が駄目なんだよーっ!?」
ずりずりと引きずられながら退場する瑞樹。
シリアスブレイクの嵐が去り、後に残された大人二人組。
「つーかパール、いいかげん戻せー!? 私を助けろド畜生!?」
「だが断る」
「オ・ノーレェェェ!?」
うん、いつもの天城宅だ。
なんともいえない混沌とした空気を割るように、大きく一息つく涼。
閉まった扉の向こう、風呂場に向かって移動する主に二人のきゃあきゃあとした声は未だに止まないのだが。
「……心配して損したかな」
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」
俊暁のかけた声に、気の抜けたように微笑みつつ返す涼の言葉。
だが、それは決して軽いものではない。
「ただ天城君たちには、今を後悔のないように生きてほしいってだけ」
遠い目で虚空を見つめる。
俊暁は何だかんだで長い付き合いとはいえ、彼女の生い立ちまでは知らない。
それでも、今彼女が自分の後悔を思い出していることくらいは察せる。
「あれなら大丈夫だろ。それを守ってやるのが、俺達の仕事だ」
笑いかける俊暁。おちゃらけた言動はあるが、確かに彼には警察官の鑑たる心意気があるのだろう。
そうだな、と返そうとする直前。
「……遅くないさ、お前も」
唐突に出てきた付け足しの言葉に、一瞬面食らったように俊暁のほうを見る。
「過ぎた時間は、もう戻らない」
「そういうわけじゃないんだが……」
言葉の意味を模索して、二人の間に流れる空白の時間……。
「おお、これはこれは……」
「さーわーるーなー! なんか今日のお前ひどいぞ!?」
「気にしない気にしない。よいではないか、よいではないか」
「ひゃああああ!? ちょ、冗談、やめやめー!?」
そこに差し込むように上がる黄色い声。
……もう、なんか、一気に冷めたような気がする。
居間にも十分に響く声。なんというか、もう……雰囲気ブレイクとはこのことか。
「もげろ」
「もげてる」
「それもそうか」
そもそも、弄られている身にその発言は不適切な気がするが。
ちなみに、休日明けには無事に通学する「天城総一」の姿があったそうな。
よかったね!
「よかァねーわァァァァ!?」
最終更新:2012年05月25日 22:41