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「畜……っ、生―――ッ!!」
あらゆる意味で、押し潰されてしまいそうな状況。
その全てを振り切るように、力を解放する。
わかっている。これで最後。もう二度と、彼らに表で会うこともないだろう。
己の責任もある。しっかりとけじめをつけて、終わろう。
左手をかざし、一歩踏み出し、全速力。
放たれる機銃、ミサイル、レーザー―――その全てが、着弾する直前、左手の輝きに消える。
飲み込まれる覚悟で放つ銀色の光。
其が触れるあらゆるものを分解・抹消する究極のご都合主義、此処に極まる―――

  桜華絢爛ベルフェリオン
    第十二話「絶望の果てに」


 ―――あの公判の翌日。
その日、天城総一は友人たちと待ち合わせず、一人で高校に出発した。
理由はたった一つ。それを恐れ、傷も治らぬまま一人で登校しているのだ。

誰一人として、自分に近寄ろうとしない。
意図的に避け、中には得体の知れない目で見ている視線まで感じる。
それはそうだろう。
今まで散々吊し上げられてきた状態にも関わらず、今回の騒動で、
よりによって広瀬涼の仕事であるはずの重要な戦闘を受け持ったのだから。
だから春緋も、誠二も呼んでいない。

(マスター、誠二さんの……)
(わかってる)
腕輪の状態であるパールと直接意思交換をする。
誠二には、自分を追い込むなと釘を刺された。
おそらく自分の考えている行動を察していたからの言動なのだろう。
だが、今回の騒動ではっきりしたことがひとつある。
それは、デバイスを所持している以上、誰を巻き込むかわからないということ。
最早、どんな方向から、どんな手段で自分に干渉してくるか分からない。
現に社会的な地位は、致命的に傷つけられているのだろう。
だからこそ、はっきりとけじめをつけるために。
胸に一つ決めて、今日は登校することに決めたのだ。
(……悪いな、誠二)
約束は、果たせそうにない。


その日、二人が最初に見た天城総一は。
顔が出た直後、全力で投擲された鞄が顔面を直撃し、仰け反る姿だった。
「おう帰れよてめぇ!」
「来んじゃねえよ!」
気の荒い男子生徒が、なおも立つ総一に掴みかかる。
周囲を見渡すと、視線はどれも嫌なものを見る目で。
この中で、どれほどの人間が男子生徒に賛成の立場でいるのだろうか。
「……っ」
「よせ」
席を立とうとする春緋を制する誠二。
この中で彼らの行動を止めてしまえば、それはこの教室の世論に真っ向から反抗すること。
そうなれば、今後彼女までも何をされることか。だからこそ、総一は二人と一緒に登校しなかったのだろう。
これまであれだけ派手に報道されていれば仕方ないとはいえ、
何の対抗策も持たないことに歯噛みしながら……。

だが。
「ちょっと、やめなさいよ!」
そんな彼らに声を荒げ、立ちふさがる長髪の女子生徒。
「何だ灰原、おめえ犯罪者の味方するってのか!?」
「失望したよ。公平に判断してくれるかと思ったのに」
そんな男達の罵声も気にも留めずに立ちふさがる。
灰原ほのか。クラス内でも委員長を務める少女だ。
「してるわよ、公平に! どんな事情があったって、教室で暴れたら他の人に迷惑でしょう!?」
現に彼女の意見は一理ある。
いくら拘留沙汰を起こした人間相手であっても、皆が通う教室で暴力沙汰になっていいという理由にはならない。
「……チッ」
面倒そうに、掴んだ総一を強引に突き飛ばし、男は席に戻った。
明らかに刺々しい視線が周囲から向けられているものの、ほのかは気にもせず、壁に激突した総一に手を伸ばす。
「ほら、立てる?」
「……一人でいい」
だが、その手を振り払い、一人で立ち上がる総一。
明らかに孤立した雰囲気……介入があろうと、ギスギスした雰囲気は抜けないながら、席に座る。
(マスター、今の手を取っても……)
(俺と同類に見られンだろーが)
本気で心配してくれた彼女に取る態度ではない。分かっている。
自分の置ける状況がこんなものでなければ、迷わず取っていただろう。
その後、先生が来てホームルームが始まっても、雰囲気が抜けることはなかった。

「……先生」
「何だ、天城。また何かやらかしたのか?」
その後、ホームルームが終わり、廊下。
去ろうとする先生を、わざわざ呼び止めた総一の手には、封筒がひとつ。
「これを」
渡したその封筒―――中身は、見ないでもわかる。
封筒の表側に書かれている三文字は、『退学届』。
「お前……」
「失礼しました」
渡した後、先生の呼び止めも聞かず、急ぎ教室に戻る総一。
「待て」
だが、やはり首根っこを掴まれる。
予想していた行為だが……振り向くと、意外にも自分に絡んできたのは……
「誠二?」
「言ったはずだ。自分を追い込むなと」
まさか、動くのが誠二だったとは。
予想外ながらも、手を払い席に戻ろうとする。
「おい、総一!」
「分かってンだよ!」
怒鳴りつける、その表情は見せない。
本当は分かっているのだろう。状況が状況である以上、仕方なくの選択でもあった。
だが、それでも言っておかなければなかった。
誠二の見る最悪の未来が、現実になろうとしている。
だからこそ止めようとしたのだが、説得するための言葉が出てこない。
「総一……」
かける言葉が見つからない。時間だけが過ぎていく。

―――そんな雰囲気をぶち壊しにしてくれたのは、よりによって最悪の来客だった。

大地を揺らす衝撃。校舎に響く着弾音。
窓からも見える巨大な威容。
突如現れたそれは、学校の近くに着弾するように、明確な攻撃行為を行ったのだ。
どよめくクラス内。突然の事態に、混乱しないほうがおかしい。
―――もう一撃。何らかの威嚇行為だと思われるが、それでも学校が突如襲撃を受けるなど誰が想像できようか。
そもそも、病院と同じく非戦闘区域に含まれているここで、どうして……。

「……なあ。やっぱり今回も、あいつのせいじゃないか?」
誰が言ったか、その言葉。
クラスの中から唐突に放たれた言葉は、意識を一つに纏めるには十分のものだった。
今まで、様々な事象の中心人物にいた男がいる。
ならば今回も、彼が居るせいで学校が襲撃されたと考えれば、否定できる材料はあるのだろうか。
「……そうだ」
「お前しかいねえじゃねえか!」
細々とした同意の言葉は、やがて集まり、巨大なうねりとなる。
四方八方からの敵意が突きつけられる。
理解していた、いずれはこうなると。
情報を敵に回すということは、どこから信頼を崩されてもおかしくないと。
だからこそ、窓の方へと歩みを進める。

「悪いな、みんな。もう二度とここには来ねェ」
窓をかけ、枠に足をかける。
「……今まで、ありがとうな」
振り向いて見せる、精一杯の笑顔―――それは、感情を極限まで押し込めた、一秒と持たないものだった。
そのまま、飛び降りる。
今の表情は、とても他人に見せられるものではない。
今まで当たり前だったものが、崩れていく。
おそらく、今回の襲撃の目的は自分で間違いないだろう。
だからこそ、これからどうなろうと、学校への被害だけは防がなければならない。
そう。これから、どうなろうと。

「……デバイス・オン!」
呼び出すその声は、理不尽を振り切るような、苛烈。


「―――ぅ、ぐ」
着地の衝撃だけで、突然の痛みが身体を襲う。
無理もない。昨日の今日で、常識はずれの性能といえど自然治癒に任せて、病院にも行ってないのだ。
この調子では、今後も行けるかどうかすら怪しいが。
胸のあたりが痛み出す。先日、槍が掠めた部分だ。
だが、それがどうした。
巨大な威容は刻々と迫ってきている。
下半身がキャタピラで、巨大な砲塔を構え―――。
「ガチターン」
「何ですかそれ?」
「そういう俗称なんだよ」
だが、ベルフェリオンと比べてもさらに大きなその機体。
学校までは一直線に大通りがあるが、その幅ギリギリを占有する。
とにかく、でかい。だがそれは、逆を返せばいい的だということで。
「Freeze(動くな)!!」
宣告し、わざとかすめるように拳銃を放つ。
一応の礼儀、学校が被害を受けそうな状況といえど、一方的にこちらから仕掛けるわけにはいかない。
そうでなければ、またマスコミに変なことを書かれかねない。
「次は当てるぜ」
そう言って、返答を待つ。
瞬間、わかりきった答えが待ち構えていた。
「マスター、相手に高エネルギー反応!」
「ですよねー!?」
警告無視。真っ直ぐ構えた巨大な砲塔に、エネルギーが充填していく。
どうせそんなことだろうと、身体を翻して回避―――

待て。
真っ直ぐ、構えた?

―――バシュウウウッ!!
放たれる光の奔流。あろうことか、それを真正面から受け止めた!
「う、ぐぐぐぐ……!」
熱い。身体が焼ける。膨大な熱量の塊を、自ら受け止める。
「ま、マスター!? どうしてそんな無茶な……はっ!?」
遅れて、パールも気づく。
相手は真っ直ぐ砲塔を構えている。背後には学校。
自分がもしこの砲撃を避ければ……言うまでもない、大惨事。
前言を撤回する。いい的なのは、己自身だった。


「ひゃああああ!? 当たる、当たるーっ!?」
「レーザーだ! 撃ってきたぞ!?」
「逃げろ!」
「もう遅いぞ! 逃げる間に直撃する!」
混乱状態のクラス。
騒ぎ出す周囲に、もはや制止など通用しない。
学校生活は完全に混乱し、逃げ惑う、縮こまる、阿鼻叫喚……。
「……な、何なのこれ?」
混乱の隙間を縫って、ほのかは誠二たちと接触する。
ニュースでは聞いているが、実際に直面するのはこれが初めて。
友人関係以上に、事件への関与が深い二人に聞くのは自然といえる。
「俺も断定はできない……」
「あれが『本物』なら、もう形振り構わなくなってきてるわね」
本物。春緋と誠二の間でなら通じるが、既に病院でJDAの襲撃を受けている前例がある。
ならば、こんな場所でも奴らの息のかかった何者かが出現するのはおかしくないことではある。
最近大人しくなっていたと思いきや、これだ。
「でも、どうしてこんなところに……」
春緋が思わず呟いた、その言葉を実例で返すかのように。

『……だから、あれって学校を狙うんじゃなくて、天城総一を狙ってるんじゃないかって』
放送が、流れる。
『ってことは何だ。決着つけばあいつは帰ると?』
『そうかもしれない』
偶然拾ったかのような雑談が、校内に流れる。
『そもそも、出来過ぎなんだよ。あいつが出席した日に突然あんなのが出てきて。
 もしかしたら、自分で呼んで自分で倒して、正当性を示そうってマッチポンプなんじゃないか?』
『あー、その線もあるな。だとしたら、あれも単なるパフォーマンスってことか』
『くだらないだろ?』

実際戦っている者の身にもなってほしいくらい、身勝手極まりない推論。
しかし。実際自分たちの目の前で、ありえない戦闘が起こっている以上。
まして、自分たちが巻き込まれる可能性が高く、非常に危険な身にいる以上。
その推論を、否定しきれる人間がいないわけもなく。

「……そうだ」
「何だよ、全部あいつのせいじゃねえか!」
「何度騒ぎ起こせばいいと思ってるんだよ!」
「ふざけんな! そんな馬鹿で死んだとか笑えねえぞ!」
「そうだ、帰れ!」

吹き出た疑惑は、不満となり、爆発する。
見える不安に向けて、少なくとも口で攻撃が通用する相手に向けて、爆発する。

「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」
ね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ー
「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」
ね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ー

湧き起こるネガティブコール。
その全てが、目に見える不安に突きつけられていた。
相手の攻撃を避けることもできずその身に受け、盾に徹している男の背中に。

「が、あが―――どあああああっ!!」
ミサイルの着弾。大きく後ろに吹き飛ばされる。
よろよろと起き上がるものの、そのたびに距離は詰められていて。
何の目的で狙っているかは知らない。あるいは、本当に天城総一のみが狙いなのかもしれない。
それでも、関係のない学校に、破壊者の手が少しずつ伸びているのは間違いない。
少しでも避けたら、容赦なく狙われる。狙わなくても、流れ弾が着弾するかもしれない。
頼れるものは何もなく、必死に受けて、傷ついて。
目に見えて削れ、罅の目立つベルフェリオン。確実に、生命の危機は、迫っている。
『マスター……っ』
パールでさえも、あまりに苛烈な戦況に言葉を失う。
最初のような、ある種余裕を持った会話すらも交わすことができない。

だのに。

「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」
ね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ー
「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」
ね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ー
「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」
ね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ー
「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」
ね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ー
「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」「死ーね!」

湧き上がる怒号。一心不乱に突き刺さる、怒りの念。
一度耳に入ったそれは、守りたいと思った人々からの、憎悪。
予想はしていた。覚悟はしていた。なのに、痛い。
胸も痛い、手足も痛い。なのに、それでも必死に保ってきた、心が、痛い。
「畜……っ、生―――ッ!!」
あらゆる意味で、押し潰されてしまいそうな状況。
その全てを振り切るように、力を解放する。
わかっている。これで最後。もう二度と、彼らに表で会うこともないだろう。
己の責任もある。しっかりとけじめをつけて、終わろう。
左手をかざし、一歩踏み出し、全速力。
放たれる機銃、ミサイル、レーザー―――その全てが、着弾する直前、左手の輝きに消える。
飲み込まれる覚悟で放つ銀色の光。
其が触れるあらゆるものを分解・抹消する究極のご都合主義、此処に極まる―――

―――はず、だったのに。

「ぐ、が―――ッ!?」
突然の圧力。
自身の身体を大きく弾くように、力が生まれる。
脚を前に動かせない。身体が弾かれるのをこらえるだけで精一杯。
動かせるのは、唯一左手だけ。
この未知の現象、それを覆せるのは、この左手の輝きのみ。
堪えながら、過去に思考を巡らせる。光のベルフェリオン、クライガイストを助けた時。
両腕にこの力を行き届かせて、バリアを砕いた。
ならば、右手だけでなく、自身の全てを光と化せば、あるいは。
必死に想いをつなぐ。届け、届け、届け。
思った通りに光は浸食し、身体にかかる反発は薄らぎ、かざした左手は、手は、手は―――

砕けた。

「ぁ、あ……ああ、ああああ゛あ゛あ゛あ゛――――――!!」
入った罅から、左手が割れていく。腕が割れていく。身体が割かれていく。
想像を絶する痛み、同時に打ち消す力を失い、大きく後ろに吹き飛ばされていく。
校舎に激突―――する寸前。無意識の成せる業か、意地でも後ろを傷つけさせない必死の願いか。
不完全ながら片手で受け身を取ろうとした結果、ギリギリで校舎を飛び越え。
校舎の後ろ、ロボットの実動授業のための巨大スペースへと、転げ落ちる。
仰向けになった身体は見るも無残、散発的に見られる罅は全身に深く。
砕け散った左腕の破片は完全に消滅、今も緩やかに、肩のあたりから……。

だが。
そんな彼の願いを踏み砕くかのように。
巨大な悪鬼は銃口を向ける。
それは真っ直ぐ自分に―――校舎を貫き、自分に当たる位置に。

終わる。終わってしまう。
理不尽な言葉の暴力、機体の圧倒的な火力、全てが、全てが、自分から何もかもを奪ってしまう。
もはや、その感覚すら遠くなっていく。
完全なる、敗北。敗北は、死。その死は、自らだけではなく、周囲全てを巻き込んで。
願った力は、それを退けるはずのものだったのに。
その全てに終わりを告げるように、巨大な砲塔に、無情にも火が―――


『……っざけるなぁぁッ!!』

唐突の、着弾。
それは、奇跡的に火の入った砲塔の中に滑り込む。
エネルギーの行き場を荒らされ、暴走したそれは、いともあっさり爆散した。

立ちはだかるは、銀色の巨体。
要所に青の塗装を施した、この街では特徴のない、普遍的なもの。
訓練用の実体銃にレーザーソードと、およそ戦う装備ではないはずの。
BMM-01、マズルカ。
どこにでもある機体を駆り、どこにでもいるような少年が、生命をかけて咆哮する。


『お前たちが何を見て、聞いて、何を感じたのかは知らない!
 だがな、後ろを見てみろ、お前達の!!』
教室に響く、茶番な放送を上塗りするかのような言葉。
下手したら裏返りそうなほどの、熱の入った必死な言葉。
「……高見君?」
包帯の手放せない少年が、その声の主に気づく。
現れた脅威に立ち向かい、訓練用の武器で一矢報いたその勇姿は。
紛れもない、ただの高校生。

『少しでも外したら学校に直撃する! お前たちにも被害が出る!
 あいつはそれを理解して、お前たちの盾になってたんだ!
 あそこまでボロボロになって、左手まで失くして!
 命賭けてまで人気取りする奴がどこにいるんだよ!?』
響き渡る誠二の声。格納庫のコンソールにもたれかかり、ため息をつく人間がひとり。
「ふう、成功ー」
「……すごい、本当にできちゃった」
春緋の後ろで、呆然とするほのか。

事のあらましはこうだ。
放送が入り、それが種となって批判の風潮が作られてしまったとき。
三人は教室をこっそり抜け出し、格納庫に直行していたのだ。
訓練用の機体でも弾避けにはなるだろうと、誠二は授業に使用するBMMに乗り込み。
春緋は学校中に彼や自分達の声を伝えるために、この格納庫のコンソールを通じてハッキングを仕掛けたのだ。
幸い、精密機械を扱う都合上、格納庫には高性能のコンピュータがあり、
そこなら最速で学校中の放送をジャックできるのではと考えた。
ほのかを連れていたのは、HR前の騒動で彼女が総一の味方をしたため、
批判の風潮で被害を受ける可能性があったため。
結果的に、即席ながらそれらの考えは上手くいった……
「……総一、大丈夫かな。生きてるよね」
そう、総一の容態を除いて。
自分の手を握り締める春緋。
格納庫からベルフェリオンの全容を確認することはできない。
「もうやだよ、私、こんなの……!」
そのまま頭を抱え、春緋。
いつ誰と死別するか分からない、危険の連続。
一体いつから、こうなってしまったのだろう……。
「……信じよう」
弱気な背中に手を置くのは、ほのか。
「二人なら大丈夫だって、信じよう」
根拠はない。でも、今はそれしかできない。
今は託すだけ。学校中に流れる、彼の決死の声に。


「何を信じてるんだ!? テレビか!? 新聞か!? ネットか!?
 もっと簡単なものが、すぐ近くにあるだろ!!」
必死になって叫ぶ。春緋はおそらく、やってくれたのだろう。
ならば、今の自分は、この怪物の足止めをするだけ。
警察への連絡は一応した。総一のことを考えると、間に合うかどうか怪しいが。
未だ総一の家に留まり続けている、俊暁への連絡もした。
無茶をしたせいか、まだ涼はまともに立てず、彼自身も彼女のため動けないという。
正直、望みは薄い。遅かったのだろうか。
いや、総一が吹き飛ばされているのを見るに、遅かれ早かれだったのだろうか。
それでも。
それでも、切望する。
「現実を見ろ! お前たちの為に、必死で頑張ったのは誰なんだ!?」
放つ火砲。訓練弾でも、ミサイルを撃ち落とすだけの威力はある。
分厚い盾。ある程度は、機銃の嵐にも耐えられる。
「認めてやれよ、いい加減!
 死にかけてまでお前たちを守ったのは、他の誰でもない、天城総一なんだぞ!?
 せめてそいつを殺すような声だけは、やめてくれよ……っ!!」

響く言葉。
切実なその声と、行為は、言葉の暴力で襲撃者に加担していただけの生徒たちに波紋のように広がる。
静まり返る教室。そんな中、ひとつだけ駆けだす、包帯に顔の一部を包んだ影。
デスコールに参加もできず、ただあたふたするだけだった少年は、弾けるように廊下へと飛び出す。
窓の外に見える、傷だらけのベルフェリオン。
井上純は、一瞬ためらうように息を吐き、意を決するかのように大きく吸って。
「天城君ーっ! 死なないでー!! もう僕たちは、大丈夫だから―――!!」
何が大丈夫なのか、自分でも言っててわからない。
だけど、何か声はかけたかった。
公判のときは、実感できなかったけど、自分達の命を懸けられ、命がけで戦った彼の姿を見て。
そして、同じく命を懸けて、自分たちの暴走を止めてくれた誠二の姿を見て。
何もできない僕だけど、せめて声はかけさせて。

そんな、自己満足にも似た小さな声は。

「総一ー!」
「寝てんじゃねえぞー!」
「返事してー、総一君ー!!」

小さいながらも、連鎖を巻き起こし。

「ごめんなー! 俺達が悪かったー!!」
「起きてくれー!」
「天城ー! 生きてくれー!!」

やがてそれは、大きな波となり、伝わっていく。
疑念すら過去のものとし、大きな波が押し流していく。
それは絶望に向かうものではなく。最後に一つ、大きく残った……切望。


「……皆」
聞こえる。聞こえてくる。皆の声が。
望まれる声。希望を求める声。
今までの非難は、正論だったのかもしれない。正直、そこは諦めていた。
だけど。今は、皆が望んでいる。自分が生きることを。
赤黒く霞んでいく視界を、無理やりに開く。
残った片腕だけで身体を支え、立ち上がる。
最初に視界に映ったのは、跳ね跳ぶ金属の塊。
攻撃を耐えきれず崩れ、機能を失っていくBMMの姿。
誠二。ありがとう。お前がいてくれたから、皆は無事でいられた。
もう一度だけ、たった一つだけ、チャンスがある。
お前も、皆も、守り通してみせる。
確かに一度、何もかもが通じず敗れた。
だが、それでも、貫き通したい意思がある。
心に湧き上がる渇望/切望/希望。
それは、天城総一を突き動かす、最後の力。

ベルフェリオンは『がんぼうき』。望みを叶える『がんぼうき』。
―――叶えてみせろ、この切望! 叶えてみせろ、『がんぼうき』!!

「願望(ねがい)に応えろ、ベルフェリオンッッ!」

光の奔流。感じるのは力の脈動。
失った感覚が、戻ってくる。
浸食された左腕が、光と共に顕れる。
身体を包む蒼の鎧が、より大きく強く強調される。
背には深紅のマント。切望するは「守る」力、故に生まれる「騎士」の姿。

(……桜)
周囲を包む光の粒は、まるで早咲きの桜のように。
舞い散る様が、鮮烈に目に焼き付いていく。
確信した。この手に残った最後のチャンス、それを掴む力は宿っていると。
故に、宣言する。決して臆さず、窮まず、最後のチャンスを手に入れる。

「天破壌砕の脅威に無窮! 桜華絢爛、ベルフェリオン!!」

そして、飛び出す。
願いを一身に背負い、それを叶えるために。
段違いに速く、鋭く。誰の目から見ても、見違えるような動きで。
左手をかざす。放たれる光は、機械的に攻撃を続ける兵器から、全てを遮り。
そして、再び訪れる反発力。おそらく、それは眼前の兵器から発せられる、特殊な力場。
力の流れまで、鮮明に見えるような感覚。
中心を見据え、全速力で駆ける……それは最早、力場などに遮れるものではない。
全てを覆すご都合主義、銀色に輝く光―――それは、いくら復活したといえど、そう持つものではないと理解している。
だから、一刻も早く。その中心を崩すために、右手を伸ばし―――

静寂。

一瞬、全ての時が制止したような。
誰もが見守っていた。固唾を呑んで。
希望を背負い、ご都合主義を成さんと敢行した、最後の突撃。
貫いた右手を、ゆっくりと引き抜く。
光とともに現れる、大きな金属の塊。
少しずつ抜けるそれは、剣の形。
望んだ「騎士」の形を成す、最後のピース。

それを成した当人でさえ、何をどうしたのかは分からない。
ただ夢中に、力を望み、この兵器の力の中枢を、握りしめた。
反発力は生まれない。きっと、これも自分が望んだご都合主義なのだろう。
自分がすべきは、最後の幕引き。陳腐なご都合主義で突き進んだ舞台を降ろす、最後の一撃。
「天城総一、大立ち回り!」
振り上げたそれを、叩き潰すように振り下ろす。
綺麗に中心を貫いたそれに、神経のように思考を巡らせる。
爆発のイメージ。内部の全てを呑みこみ膨れ上がる、巨大な爆発のイメージ。
「この世の不条理―――ぶった斬りぃッ!!」
擦るように引き抜く。
内部に飛び散る火花、それが契機となり、兵器の内部に広がる小爆発。
やがてそれは大きなものとなり、上空に火を噴くように、大きな爆発。
それを見届け、振り返る。
たなびくマント。青の巨体。地面に擦れる、身の丈ほどある巨大な剣。
それは、戦いの終わり。
ご都合主義の極まった、勝利という二文字による幕引きだった。

ttp://napateck.web.fc2.com/bfo.jpg


事態を収束させた後、天城総一が真っ先に取った行動は。
今回の件の謝罪と……正式な別れのため、教室に向かうことだった。
既に今回、前代未聞の事件に発展してしまった以上、ただでさえ危うかった自分がここにいるのはまずい。
だが、それでも一言、言っておきたかった。
それは、折れそうな自分を支えてくれた一言をくれた、皆だからこそ。
「……今までありがとう。俺、今日でここ、抜けます」
感謝の意とともに一礼。
万一本心でなかったとしても、その場だけだったとしても。
あの言葉で、どれだけ自分が勇気を貰ったことか。
自分には、この機会で最後だとしても十分だと、本気で思っていた。
担任の教師が、机の前に移動する。

……次の瞬間、総一の考えていたことは、思い切り破られることになる。
物理的に。自分が出した退学届を、全力で引き裂いたのだ。
「というわけで、明日から授業は再開します。
 天城は間違えて遅刻しないように」
突然の事態。呆気にとられた総一をよそに、流れが進んでいく。
「ちょ、ちょいちょい。大丈夫なんですか!? 今日みたいなことがいつ起こるか……」
流石に焦って抗議する。学校に迷惑をかけた以上、この場にいたらこれ以上のことは十分に起こり得ると。
だが、担任は軽くその言葉を流す。
「生徒全員を無事に卒業させるのが教師の義務だ。
 これは職員会議でも決定した事項だから、よろしく」
つまり、たった一回の奇跡で、退学届を無にしたと。
呆然とする総一に、投げかけられる声が……。

「ここはエルヴィンだからな。トラブルの一つや二つ、皆覚悟の上だ」
全力で手を貸してくれた誠二が、肩をすくめながら。
「そうよ。諦めてちゃんと学校生活送りなさい」
陰で支えてくれた春緋が、うんうん、と頷きながら。
「大丈夫。陰口なんて言わせないから」
「他の誰でもない、天城君と一緒にいたいって。皆もそう思ってるよ」
自身の味方を貫き通してくれた、ほのかと純も。
皆、変わらず笑顔で迎えてくれて。

「……あり、がとう」
今、実感する。
普段通りに過ごしていた生活は、周囲の誰もに支えられていて。
それは、本当に幸せなことなんだと。
だから総一の方も、精一杯の笑顔で、皆に返す。


「―――『アルカエスト』の目覚め、か」
学校の屋上で、呟く人影。
中性的な容姿を、昏い服装に包んだ何者かが、その呑気な様子を眺めていた。
「それにしても、ベルフェリオンであの機体を破るなんてね。
 予想以上に頑張ってくれたよ」
愉快そうにくつくつと笑いながら、ひとりごちる。
自身の手駒であろうものを、一つ失ったにも関わらず。
「君にはもっと踊ってもらわなきゃならないからね。
 まだ本格的なステージに上がったばかりで、調子に乗ってもらっちゃ困るよ」
立ち上がり、歩いていく。その足から、まるで影が払われるように、急速に消え失せて。
「さあ、次はどんなネタを使おうかな?」
消え失せる、哄笑とともに。
屋上には何もなく、ただ冷たい風だけが吹いていた……。

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最終更新:2012年05月25日 22:44