最初は、困惑。生まれて初めて遭遇した事態への戸惑い。
状況を整理しても数多く残る疑問。いくら考えたところでなんの答えも導くこともできなかった結果。
よし!あたしじゃわかんない。誰かに助けてもらおう。
そう思って、携帯電話を開いてみたけど、液晶の隅に表示される圏外の文字。
なにかの間違いであってほしいと思ったあたしは試しに自宅に電話をかけてみた。
やっぱりあたしのかしこい携帯電話は、ご主人様に誤報を知らせるような真似はしていなかったらしい。
状態マークの言う通り電波が送信できないらしくツーツーツーという虚しい音だけが聞こえてきた。
携帯が通じねぇってどこの山奥だよ?無通信のアプリしかできねえよ!
という一人コントの中で知った外部との連絡手段が絶たれているという事実。
おかげ様で混乱は危機感へと変貌し、あっという間に未知なる存在への恐怖へと成長を遂げた。
少女はどうしようもなく素直な人間だったから。
我慢しようともせず、声を潜め、嗚咽を押さえて、泣いた。
朝方時間をかけて完成させた化粧がぼろぼろと崩壊していくことも気にせずに。
誰か助けてよぉ。
奈々子ぉ、亜美ちゃあん、まるお~!
誰でもいいよ、この際能登でもいいよ。我慢してやるよ。
ひとりじゃ心細いよ。
あたしをひとりにしないでぇぇ~!
森の中をふらふらと歩きながら、木原麻耶はありとあらゆる方向を懐中電灯で照らす。
涙に滲む視界が誰かの姿を据えてくれることを願いながら。
◇
Q.加古功について教えてください。
A.弟よ。
びびりの弱虫。いつだって周りに、特にキリエくんに甘えてばかり。
だけどそれを認めずに彼を見下して自分が上の位置に立ってるつもりでいる。
そうすることでささやかな優越感を保ってる大馬鹿者。
一人じゃ何もできない、逃げてばっかの甘えったれのくせにね。
本当に、愚かで、情けない子。
◇
闇に支配されし森の一角に身を潜める民家。
生活していく上で必要最低限の家具しか揃えられていない質素な作りの部屋の中。
自分の存在を他者に知られることを恐れた加古功は、灯りをつけることもなく隅で膝を抱え込んでいた。
(チャンスだ。生きるんだ、生き残るんだ。オレは生き残るんだ!)
昨日まで一緒に居た和久隆が。小高勝が。矢村大一が。半井摩子が。
死んだ。地球を守るために。命と引きかえに。死んだ。地球の身代わりになって。
次は?次の犠牲者は――次に呼ばれた身代わり人形は、オレだった。
夢でも嘘でもない。現実。理不尽な現実。目を閉じたってずっとそこに立っている現実。
拒否は不可能。そこに希望なんて無かった。逃れることのできない破滅への道のりしか。
そんなとき、奇跡は起きた。一寸の光がオレを絶望の中から導き出した。
生き残ることができるかもしれない小さな光。他の奴らにとっては闇かもしれない。
でもオレにとっては間違えなく光、希望だった。
<<死>>という選択肢しか与えられていなかったオレにとっての希望。
やってやる。やってやるさ!生き残るためなら何だってやってやる!
一瞬、白い灯りが窓硝子を突き破って室内に侵入する。
加古は悟った。すぐ外に誰かが居ることを。
息を殺して窓から森の方を覗き込む。血走った眼球を一心不乱に動かして、その視界に獲物を認めた。
(女…!)
無用心にも懐中電灯をつけて周囲を散策する女が一人だけ。
執拗に目を凝らすが他に武器を手にしている気配も、他に仲間が居る様子も無い。
イケる。直感的にそう思った。
(やってやるやってやるやってやる!殺ってやるよ!)
先程ここで調達したばかりの果物ナイフをポケットに忍ばせ立ち上がる。
ふるふると大きく笑う足。胸の内に孕んだ恐怖を無視してカコは女の元へと足を繰り出した。
◇
Q.能登久光について教えてください。
A.能登っちは俺のマブダチだよぉ~ん!
どんなやつかっていうと~…あれだね!眼鏡がすっげ~オシャレ!似合ってるかどうかは別としてさぁ~。
最初はどこのエロ教師だよって笑っちゃったけど、あのセンスは評価すべきっしょ~。
あとねあとねぇ、すっげ~友達思いなんだじぇ~。
修旅のときなんて北村大先生や高っちゃんのために一肌二肌脱ぎまくってたよね!
何で能登に彼女できないのかが不思議だよ~。俺が女子だったら絶対付き合ってるよぉ。
まぁどちらかといえば俺は高っちゃん派なんですけれども!や~ん照れちゃうぜ~。
あとうざいとかもよく言われてんな~!特に木原に。
そうそう、木原といえばさ~最近能登から木原の話をよく聞くようになったよ~。なんかあったんだっけあのふたり?
ていうか、なんで能登?ホワッツ?もしかして君って能登っちに惚れ――
◇
黒縁の眼鏡。
素朴な顔立ちに、そばかすがチャームポントのオトコノコ。
成績並。ただし国語だけはできる。運動神経並。ビジュアル並(だと信じたい)。
それこそが俺、能登久光だ。
まあ簡単に言えばどこにでも居そうな、平凡な野郎ってこと。
そんなこれといって特徴の無い主役性ゼロの俺が、だぜ?
いきなり拉致られて、なんとかランドのネズミっぽいやつにさ、地球を守るヒーローになって、殺し合え~なんて言われたわけだよ。
んで、最終的にわけわかんないまま妙な島に放り込まれて、現在森の中を迷走中。
「これってほんとに進んでんの?いつになったら森を抜けられるんだよ」
地図の右上のほう。
俺が居るのは多分そこらだ。
アバウトすぎるのは仕方ないだろ?それ以上はわかんないんだもん。
とりあえず今は地図とにらめっこしながら、遠くのほうに顔だけ突き出してる山を目印に、森の出口へ向けて両足を交互に繰り出して進んでるわけ。
え?辿り着いたら?それからどうするのかって?
んなもん、決まってんじゃん。
名簿を見るに、ここには、高須たちも居るらしいんだよ。
放っとけないじゃん?親友として。
亜美ちゃんは可愛いしタイガーと櫛枝はクラスメート。
き、木原だって、…ほら!亜美ちゃんの友達だしさ!一応!
だからまずは見晴らしのいい場所で人探し。そんでみんなでこの島を出る。
首輪が爆発?ないない、いくらなんでもあんなの嘘っぱちだって春田でも分かるよ。
最初に死んだ男も、殺し合いってのも、どうせどっきりでしょ?
誰も本気になんてしないだろ、常識的に考えて。
もしもマジになってるやつが居たら?
はは、そんときゃそいつを指さして、大笑いしてやるよ。
だって今時「地球を救え」だぜ?
ガキじゃねえんだからさ。
信じるほうがどうかしてるって。
ただ木が列を作っているだけの光景にも見飽きてきた頃、やっとエリアが断定できるポイントを発見した。
民家が三軒。その奥には更に二軒。
地図を見れば分かるが、森の中に民家が並ぶエリアはA-4しかない。
となるとあと少し西へと進めば森から出られるということだ。
ゴールまでもう一息というところで、能登は足を止め木陰に隠れる。
前方をゆく人影。
「あの後ろ姿は…木原?」
木原麻耶。
さっき彼が言った通り、亜美の友人であり能登のクラスメートであり、同時に、想い人でもあった。
きっかけは先日の修学旅行。スキー場で。
能登が親友の一人であり、木原麻耶が想いを寄せる北村祐作と、逢坂大河とをくっつけるために、彼女の恋路に横槍を入れた。
それが事の発端で喧嘩になり、きっかけにもなった。
もしかしたら、それは「気持ちに気付いたきっかけ」だったのかもしれないし、本当に「好きになったきっかけ」だったのかもしれない。
細かいことなんて本人にだって分からない。
でも。とにかく。誰がなんと言ったって。能登久光は木原麻耶が好きだった。
だが前途の通り能登は木原の邪魔をしたのだ。
ただでさえ「女」というものは一度敵視した人間を執拗に、粘着に、憎み続ける生き物。
修学旅行から二日、三日と経過していない今、木原の怒りまだ消え去っていないに違いない。
だから能登はそのまま前進することを躊躇した。
(声、かけづらいな。二人きりになんのは気まずい…いや、おいしいけどさ。
せめて高っちゃんとか亜美ちゃんとか、他のやつを見つけてからでも…)
しかし、木原は本当に、いろいろな意味で「女の子」なのだ。
女の子が、暗い森を、理解しかねる状況の中、ひとりぼっちで歩いている。
きっと怖くて、寂しくて、どうしようもない不安に押し潰されそうで、仕方がないだろう。
それも好きな女ときた。見て見ぬ振りなどできると思うか?
(できるわけ、ないじゃん)
思ったよりも簡単に結論は出た。
身を隠すことを放棄して足を踏み出す。能登は木原への、最初の一歩を。
◇
能登久光が木原麻耶への接近を開始したのと、加古功が二人の間に割り込んできたのは、ほぼ同じタイミングだった。
三秒後。
手を、足を、胴を、小刻みに震わせながら尻ポケットに入ったナイフを取り出す加古功。
四秒後。
煌く刃の存在に気付き一瞬固まって、思考を停止させたまま、それでも失うことを恐れディパックの中身を無我夢中で探る能登久光。
五秒後。
神経質になっていたためか、僅かな物音に気付いて、素早く振り向く木原麻耶。
そして。
◇
Q.木原麻耶について教えて下さい。
A.ふぅん、麻耶について知りたいの?へぇ、ああいう子がタイプなんだ?…なんてね。あたしの親友の一人よ。
どんな子かっていわれたら…あたしは、一途でかわいい女の子だと思うな。
けして友達を傷つけようとはしない、良くも悪くも素直な子。
でもたまに喧嘩っ早いところはあるかな?
最近は能登くんといろいろあったから、余計ピリピリしてるみたい。
きっと麻耶は能登くんのことを誤解してると思うの。あの喧嘩だって本当は…。
能登くんもかわいそうだし、なんとか二人の仲を取り持ってあげたいんだけどね。
あの子、…単純っていうかな?けっこう自分が見たもの、思ったこと以外信じない節があるから、心配なのよ。
やっぱり時間に身を任せるしかないのかしら。
なにが二人にとっていちばんいいのか、って考えてるんだけどあなた、なにか良い案はない?
◇
「能登、だよね。…今、ぁ…んた、なにやったの……?」
掠れる声。今にも消え入りそうなほどに弱弱しい声。
聞いておきながらも一歩後ずさりをする。
なぜなら聞いた張本人は、中途半端にその答えを知っているのだから。
麻耶が振り向いた瞬間、銃声が鳴り響き、受けた力の奔流に沿って1メートルほど吹き飛び、少年の身体は傍の井戸の底へ落下。
彼女が見た一部始終はそれだけ。少年がなにを持っていたのかも、なにをしようとしていたのかも、麻耶は知らない。
知っているのは、能登光久という人間が。友人が。額に穴を開けた少年の奥で、銃を構えて立っていたということだけ。
そこから先。考えられることといえば。
ひとつしか、ないではないか。
「殺した…の…?そ…だよね…?」
「ち、ちが、よ…ちがう…。…俺がやらなきゃ……おまえが…だから…」
「あたしが…あたしが…なによ…!?あたしのせいにすんの!?」
「放っておいたら、だって…仕方ないじゃん……今のは…」
答えにならない答え。噛み合わない会話。曖昧な返事。
動揺しているのは麻耶だけではなく、能登も一緒なのだ。
そんな能登の気持ちなぞ麻耶は知らない。
分かるわけがなかった。
考えようとする思考力さえ、能登の言い分を聞く余裕さえ残されてなかった。
幽霊のような足取りで距離を縮めようとする、銃を握ったままの能登から、麻耶は逃げるように後退する。
「くんな、くんな…近寄んじゃねぇ!ひとっ…ひひひ人殺し!」
怒鳴り散らされて、能登は身体を硬直させる。
涙のせいで塗りたくったマスカラがボロボロと落ちて、まるで化け物のように歪んだ麻耶の顔が怖かったわけではない。
強い拒絶。自分に向けられた恐怖心。<<人殺し>>というワード。
それらの弾丸はまっすぐと、能登の心を撃ち抜いていたのだ。
ショックのあまりに弁解しようという気すら消失していた。
「さ…さささっ、サイテー!にっににっ、二度と、…二度と!あたしの目の前に現れんな!」
トドメ。
実弾よりも重たく、痛い、絶交宣言。
走り去っていく麻耶の後ろ姿を呆け顔で見つめることしか能登には出来なかった。
能登は地球を救うヒーローでも、麻耶の白馬の王子様でもなく、ただひとりの、ちっぽけな人間でしかなかったから。
◇
もしも、麻耶が孤独にも押し負けぬたくましい心の持ち主で、単独行動を貫こうとしていれば。
もしも、加古が最初に見つけたのが女の麻耶ではなく、男の能登であれば。
もしも、能登が悩むことなく、もっと早くに麻耶に声を掛けていれば。
きっとこうはならなかったろう。
それでも、「もしも」はあくまで「もしも」。
仮定を並べているだけであり、加古功が生き返るわけでもなければ、木原麻耶の恐怖を解消できるわけでもない。
能登久光が人を殺した。
その事実だけは、誰がどうしたって、永遠に生き続けるのだ。
【A-4森・民家周辺/1日目深夜】
【木原麻耶@とらドラ!】
[状態]:健康 恐怖 動揺 疾走中
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、武器(未確認1~3)
[思考・状況]
3.ここから離れる。
2.能登への恐怖。
1.ひとりは嫌だ。
【能登久光@とらドラ!】
[状態]:健康 動揺 茫然喪失
[装備]:拳銃@ケイゾク
[道具]:基本支給品一式、武器(未確認0~2)
[思考・状況]
2.――――。
1.知り合い(高須・大河・亜美・櫛枝・麻耶?)を捜索。
【加古功@ぼくらの 死亡】
※加古の死体はA-4の井戸の中に放置されています
※加古のディパックの行方については後続書き手にお任せします
最終更新:2011年05月11日 12:14