戦闘狂ふたり

 夜風の吹き抜ける小高く拓けた丘陵で、眼下遠くには街明かりを臨み、
頭上には仄かに暗い青をひいた夜空と、そこに瞬く煌びやかな星々と
朗々皓々たる満月とを掲げ、その二機は世界から隠れるように
ひっそりと対峙していた。互いに余計な兵装の一切は無く、唯一の武装は
背面にマウントされたデュエルソードのみ。彩色もロールアウトカラーで
統一された両機の相違点を挙げるとすれば、その右肩部にだけはそれぞれが、
赤い焔と藍色の三日月とを形取ったエンブレムを点している事か。

熱血「お前のことさ、ずっと気になってたんだぜ」
まじめ「嬉しい奇遇ね。私もそう」

 人独りがやっとという手狭なコクピットの中枢、淡く緑光を放つ
メインモニターを通じ、孤立した周波数の内側で微かなノイズを伴い
言葉は交わされる。焔の声の主は、男。三日月の声の主は、女。

熱血「・・・不躾な呼び出し、応えてくれて感謝するよ」
まじめ「改まって言われちゃうと・・・こっちこそ、ありがとう」

 争いは争いを喚び込み、火薬と硝煙の臭いで酔わせ、何者からも
それ以外を隠して遠ざける。やがて兵士は飲み込まれて、埋もれる。
心に留めていた大儀も理想も。目的と手段は取って代わる。
得る為の戦い、守る為の戦い、明日の為の戦いは
いつしか戦う為の戦いになった。

 任務に実直であった。正直であった。個を塗り潰すほどに。
やがて兵士は遂行する為に任務を選ぶ。塗り潰された己から眼を逸らし
悲鳴からは耳を塞ぎ、痛過ぎる程真っ直ぐだけを見詰め続け、
いつしかその愚直さは戦争だけを許容していく事となった。

 やがて二人は傭兵達から、僚機として戦場を共にする幸運を願い、
敵機として戦場で出遭う不幸を呪われる、そんな存在に成り果てた。
勲章などには目もくれず、褒章などにも応じない。戦場で血と汗に
塗れて銃弾を浴びる事を良しとする。弱き者への容赦を、迷いを
唾棄し、その鉄槌を振り下ろす事を良しとする。そんな傭兵に成り果てた。
 そして戦場は、争いは、満を持してそんな二人を引き合わせる。
一度目は敵として。二度目も敵として。更に三度目も、敵として。
幾度の決着を持ち越した上に、四度目は今も続く独立部隊の戦友として。

 時限爆弾の様な「まさか?」と言う疑念と探り合いは、両者の間で
時計の針に押される内に確信へと変わりその時、挿げ変わるように
戦友としての親しみも信頼も、預けあった背中も、貸しあった肩も、
他愛ない笑いも、何もかもが絶えず燃え盛る紅蓮に焼かれて舞い上がり
灰になって降り注いだ。「まだ間に合う」、と抜け出さんと足掻く
その足元で灰は踏み固められ、咽喉の底に住まう蛇に似て執拗で陰湿に、
腹の奥で広大な蜷局を巻く。憤怒でも憎悪でも無く、恋に似て純粋で昏い、
コロシタイという欲求が。

熱血「・・・初めて会った時からずっと、だ。ずーっと、殺(や)りたかった」
まじめ「言い方が卑猥」
熱血「悪かったな品が無くて」
まじめ「貴方らしいかな、とは思うけど」
熱血「ちぇっ・・・そっちこそ、どうなんだよ?」
まじめ「馬鹿、言わせないでよ」

 茶番にも見えるやり取りだが、コクピットの中に在って二人は極度の
緊張から既に総毛立っていた。べったりとした汗が額に浮いては、肌に
不快な爪を立てて流れ、その爪痕は冷たく頬をくすぐって落ちて行く。
 明朝には二人が二人とも、この場で無事に立っては居ないだろう。
それで良い。こんな場面を迎えられるなんて、これまでの出来事は
全部が全部、この日この場所の為に神様が誂えてくれたのじゃないかと
すら思えるくらいの僥倖だから。互いに殺めたい、殺めて欲しいと
願うほどの相手と殺死合える。神は神でも、微笑んだのは死神だろうが。

まじめ「・・・死合(しあ)えるって・・・」
熱血「ん?」
まじめ「・・・しあわせ、だよね・・・」
熱血「あぁ、そうだな!」

 それが合図となったのか、刹那に幾つもの電子音と轟音とがうねり、逆巻き、
剣の形を模して中空で爆ぜた。鍔迫り合いの体勢となり、両機は腰を落とす。
計器は巡るましく数値を叩き出してはデジタルを塗り替え、瞬き一つで世界が
変わっていく。絶妙な機体コントロールでしか為し得ない鍔迫り合いの最中で
すら、次に踏み込むための猶予をコクピットからバランサーへ、バランサーから
脚部へと伝達。ソードとソードの軋む金属音に混じり、小さな火花が散っている。
 相手を懐に引き込むよう、瞬時に手元と機体とを後ろに下げ、一歩後退りながら
片腕で一撃を振り下ろす。またも両機の間で轟音が爆ぜたが今度は競らず、
そのまま刃を返して上半身を捻ると、裏拳の要領で水平に薙いだ。が、ここでも
鈍い轟音と鈍重な衝撃を余韻に、互いの剣が互いの剣に弾かれて止まった。

 心臓が頭蓋骨の中に移ってしまったかのように、耳朶に張り付く鼓動と呼吸音。
口の中では舌の根も歯の裏側も、痛い程に乾いている。他の物は一切合財が
色味無い灰色に染まって微睡んで緩慢に過ぎ行く。視野に入ってくるのは、
今この瞬間で意味を持つ者は、互いに一人だけ。言葉は不要。
斬り結び、奪い合う唯それだけの充足感。

斬撃で弾ける衝撃と閃きの表裏に、死が鎮座して控え
世界は、意識は、二人だけのこの場所一点に収束して行く。

願わくばこのまま・・・死が二人を分かつまで。


【つづき】
戦闘狂ふたり2


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最終更新:2010年03月25日 00:59
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