どのくらいの時間が過ぎたのか二人には分からない。数分かもしれないし、
数十分かもしれない。あるいはもう、夜明けが直ぐ近くにまで来ているのかも。しかし
少なくともそんな事は、二人にとって全く重要では無かったから、気にも留めていなかった。
無心に打ち込み、弾き返し、機体の軋みと轟音、数多の電子音とノイズが入り乱れた世界で
お互いの接点だけを頼りに---分厚い金属の剣だけを唯一のコミュニケーションとして、
お互いを慰めあおうとするように幾重にも幾重にも、それを重ね合って行った。
馬鹿げた話だと思う。今は同じ部隊で同じ釜の飯を食い、同じ戦場に立つ仲間の筈。
過去は軍に居たかもしれない。人間はそう都合良く『水に流す』事が出来ない
生き物かもしれない。特に、性根の部分で痛いくらいに真っ直ぐな二人には、
理不尽な事だらけだったのかもしれない。
そして、二人を止める為に今ここで自分がしている事も、馬鹿げた話だと思う。
クール「馬鹿げた話だ・・・」
ナルシ「同感です」
気付かずに独白していた俺に、ナルシーが相槌を返す。
ナルシ「他ならぬお二人の為とは言え、夜更かしはお肌の大敵なんですが・・・」
クール「(そういう意味で言ったんじゃ無いんだがな)」
ナルシ「しかし、普段と少々違う獲物・・・たまにはこんなシチュエーションも燃えると
言う物ですね!さぁクールさんも張り切って行きましょう!」
クール「あ、あぁ・・・」
ナルシ「おや元気がありませんね?」
クール「仲間の乗っている機体を、獲物と言ってしまえるセンスに、気後れしてな」
ナルシ「ふふふ・・・クールさんは優しいんですねぇ」
クール「怒らないんだな。皮肉を言ったつもりなんだが」
ナルシ「クールさんの心境、当てて見せましょう。・・・熱血さんを撃つのが怖いのですね」
クール「流石だ、否定できん」
俺とナルシーは、二人から離れて数百メートルの狙撃ポイント居る。狙っているのは
両者ブラストの腰・・・つまりコクピットのほぼ真下部分。人体と同様ブラストの駆動に
おいても重要で、動かないわけにはいかない部位。そこを狙撃銃・遠雷でピンポイント
に破壊する。当初はインテリや少女の推薦で通信による説得が試みられたが
二人が部隊の回線を閉じてしまっており、通信が取れない以上、実力行使で止める。
立案は俺とナルシーだ。ベテランさんも推してくれた。インテリとお嬢は抗議の
悲鳴を上げたし、少女は今にも泣きそうな顔になったが。
今は照明弾の打ち上げを待っている。暗視野での狙撃では不慣れでしょうから、と
ナルシーの案だ。照明弾が上がれば、恐らく二人は高速での離脱動作を試みる。
それから照明弾が消えるまでの数秒が、今回与えられた任務遂行の猶予だ。
念のため、ベテランさんとお嬢がブラストに搭乗し、二人の近場に潜伏する
手筈にはなっているが、あの二人を相手にどこまで接近出来るのか疑わしい。
各自の準備が整い次第、照明弾は打ち上がる。撃ち仕損じれば、ベテランさんとお嬢にも
危険が及ぶだろう。このまま見守っていても、熱血とまじめのどちらかは失うだろう。
俺は熱血のブラストを撃つ。ナルシーさんはまじめのブラストを撃つ。
コクピットの真下を狙う。外したら・・・どう転んでも良い結果にはならない。
怖く無い訳が無い。
あいつはどうだか知らないが、熱血の事を親友だと思っている。
口に出していった言った事なぞ無いし、今後もそんな事は有り得ないだろうが。
独立部隊での熱血は、戦場では斬込み隊長を買って出る。自分の戦果よりも
仲間の無事を優先する。時々ぼんやりしている事もあったが、基本良く喋る。
その姿はまるで、無くして来た物を一生懸命集めようとしている風に、俺の眼には映った。
だから俺は、熱血が「フレイム」なんて仇名で呼ばれる死神だったと
気付いても、そ知らぬ振りを続けて来た。それがどうして、こうなった。
彼女が、まじめが悪いのか?彼女がもう一人の死神だった事が?
そ知らぬ振りを続けた俺が悪いのか?あの二人の人生も、俺の人生も、
今日この日この場所に集う全ての人生の、一体何が悪かったと言うのだ?
ナルシ「クールさん、お気を確かに持って下さいね」
随分と黙り込んでいたからだろう。ナルシーが宥めるような口調でそう言った。
ナルシ「得てして儘成らない事は多い・・・ですが、何れも人のする事です。
こんな『馬鹿げた話』は私達の力で捻じ伏せ、こちらの我儘を通しましょう。
あのお二人には悪いですが、あっちは二人分、こっちは七人分ですからね」
クール「・・・そうだな、そうするとしよう・・・っ」
少女 「クールさん、ナルちゃん、照明弾の準備おっけーだよ!」
少年 「僕の方も準備完了。位置に付きましたっ」
若い声が二つ、部隊の回線に飛び込んで来る。
ベテラ「・・・ここいらが限界だな。準備完了だ、いつでも飛び出せるぞ!」
お嬢様「クールさん、あまりナルシー様といちゃつかn・・・私も宜しくってよ!」
インテ「こっちもレーダー類のチェック完了でーす、二人は逃がしませんよー」
次々と準備完了の旨が報告される。一部に要らん言葉もあったが。
ナルシ「良いタイミングですねぇ、流石皆さんです!
それではインテリさん、照明弾の発射タイミングをどうぞ。
後はクールさんと私がすこーし頑張りますので!」
インテ「了解しました!それでは・・・カウント行きますっ。3・・・2・・・1・・・0ぉぉぉ!」
サイトを覗き込んで機体を捕らえ、静かに深呼吸。意識を鋭く尖らせて行く。
銃口の先には何がある?命を奪うだけじゃ無く、命を救う銃があっても良い筈だ。
熱血、お前もまじめも、無事に連れて帰らせて貰う。
俺の我儘、通させて貰うぞ。
最終更新:2010年03月25日 00:58