炉心融解

「では、この子で宜しいんですね?
 書類上の手続きはこちらでしておきます。
 事務処理が済み次第、隊へ配属しますわ。」
「あぁ、頼む。
 どれ位掛かる?」」
「<<ブラスト・ランナー>>の搬入も含めて、数日中には。
 …一つお聞きしますが、何故この子なんです?」
「何か問題が有るのか?」
「いえ、確かに成績も実技も今回の候補者の中ではトップクラスです。
 ですがトップではありません。
 それに…。」
「歯切れが悪いな、らしくないぞ。」
「…それはどういう意味でしょうか?
 協調性に欠けるというか。
 …この子、誰かと話している所を1度も見た事がありませんの。」
「その程度の事なら問題あるまい。
 熱血以上の問題児なら、流石にお断りだがな。」
「…そりゃどういう意味だよ。」
ベテランと<<GRF>>本部を後にする。
前回の戦闘の報告書を提出するついでに、人員の補充について打ち合わせに来たのだ。
本部(実際は隊の担当オペ子)との折衝の結果、<<スクール>>から1人入れる事となった。

<<スクール>>とは、<<GRF>><<EUST>>両陣営の同意の下設立された、所謂<<ボーダー>>養成
所だ。
<<GRF>>と<<EUST>>の<<ニュード>>争奪戦争は泥沼化し、金と資源と命を著しく浪費した。
只でさえ乏しい鉱物資源、エネルギー資源を食い潰し、回収すべき<<ニュード>>が消滅する事態も
珍しくなかった。
その上、戦術核の使用が検討されるに至って、やっとお偉いさん共の頭が少し冷えたらしい。
この時に話し合いで解決出来なかったのは、関係者全員の頭のネジがぶっ飛んでたからに違いない。
そして、終戦協定の代わりに、戦闘に関する厳格な<<条約>>が締結され、戦争は継続された。
(余談だが、戦闘時間や投入戦力・使用可能兵器などは、今も<<条約>>により規定されている。
 それまでは、大戦力同士のぶつかり合い潰し合う殲滅戦だったが、今では最大10対10の<<ブラ
 スト・ランナー>>同士の戦闘、どちらかと言えばスポーツの様になっている。
 特に、第18条「非武装の人間への攻撃の禁止」などの恩恵で、戦死者は激減した。
 尚、万が一<<条約>>を犯した時のペナルティは半端なく厳しいらしい。)
しかし、どちらもまともに戦争を続けられない程に、多くの人材を失っていたのだ。
そこで<<スクール>>設立と相成った訳だが。
将来、両陣営に分かれて戦う<<ボーダー>>を、同じ場所で育てようなんて正気の沙汰じゃねぇ。
昨日まで同じ飯を喰ってた奴と、明日には戦い、下手をすれば命を奪いかねない。
俺達みたいに元々傭兵で<<ボーダー>>に転向したなら兎も角、普通じゃ保たねぇ。
更には、最近は子供にまでブラストの操縦を教えてやがる。
<<エイオース事件>>による孤児が大半らしいが、親に売られて来る子供も居るって話だ。
どいつもこいつも呪われちまえ。

「何か言いたそうだな、熱血。」
「ボスのあんたが決めた事に文句は無ねぇがな。
 もっと腕の良い奴も居ただろう、…なんであの子なんだ?」
「あんなデータだけでは、何も判らんのと同じだ。
 敢えて言うなら、あの内ではあの子が1番長く生き延びそうだった、それだけだ。」
「何だよ、結局は勘じゃねぇか。」
「今まで生きてこられたのは、この勘のおかげかも知れん。
 そう思えば馬鹿にしたもんでもないぞ。」
「…って、おい。」
このオヤジ、いつの間にか缶ビール呑んでやがる、俺を連れてきたのはこの為か。
「子供を戦場に出すのが心配か?
 少年と歳も変わらんだろう。」
「少年は特例の志願入隊じゃねぇか、あの子とは条件が違う。」
「性別が気に入らんのか?
 オペ子も入れると、隊の半分は女だぞ。」
「はっ、あいつらが『女』なんて上等なもんかよ!」
…しまったぜ、うっかり口にしちまったが、あいつらに聞かれたらと思うと嫌な汗が出てくる。
乗る前に確認しなかった自分の迂闊さを悔やむが手遅れだ。
盗聴器が仕掛けられてない事を、信じてもいないが神に祈っておこう、イア!イア!
助手席のベテランの顔を伺うが、口調ほど表情は晴れていない。
このハゲオヤジも心配してるんだな、12歳の女の子に進んで戦争させる程おかしくは無いって
事か。
「熱血、暫く面倒を見てやれ。
 実機でフォーメーションを組める様になるまでで良い。」
前言撤回、このハゲも狂ってやがる。


数日後、隊長室に呼び出された俺は、自分自身が入りそうな大きな鞄を引き連れた少女と対面した。
身長は140㌢位か、華奢な体だ。
白い肌、整った顔立ちで、綺麗な金髪を短く纏めている。
文句無しの美少女だ、その筋の奴なら撃墜間違いないだろう。
ただ表情は硬く、その澄んだ瞳に、何かしら悲壮な覚悟の様な物を感じた。
少女はベテランの話を無言で聞いていたが、指導係として紹介された俺に小さな声でこう言った。
「……よろしく…お願い、します。」
隊の面子に紹介する為ブリーフィングルームに向かう途中、少女に話しかけてみた。
「鞄貸しな、持ってやるよ。」
「……(ふるふる)。」
「荷物、それだけなのか?」
「…(こくん)。」
お嬢が入隊した時は確か、大型トレーラー1台分の荷物が搬入されて大騒ぎなになったな。
そういやあの荷物、あれからどうなったんだ?
「あら、可愛らしいお嬢さんですわね。
 貴方のお子さんですの?」
「ふぅん、パパに似なくて良かったわね。
 ねぇ、ママはどんな女性?」
「知らなかったわ、私、この歳でもう叔母さんなのね。」
探す手間が省けたは良いが、聞いたかこの言われ様。
信仰心の欠片も無い俺は神に見放され、未だに失言をねちねち責め続けられているのだった。
…真逆、本当に盗聴されてるとは思わなかったぜ。
「ベテランから聞いてるだろう、新入りの少女だよ。
 なぁ、そろそろ許してくれよ。」
「ふふふ、少女さんに免じて、今回は特別に許して差し上げますわ。」
「信じられない、こんな大きな鞄を持たせたまま案内してた訳?」
「少女ちゃん、先にお部屋に案内するわね。
 良いわよね、兄貴?」
言いたい事を言い、俺に有無を言わせずに少女を連れ去った。
…はぁ、どっと疲れが押し寄せてきたぜ。

それから数日間、少女の訓練に付き合った。
ナルシー謹製の戦術教本を、暗記するまで読みふけり。
シミュレーターでは、俺が指摘した事項を実践出来るまで何度でも繰り返し。
終いには、俺の自主トレにまでくっ付いて来て、一緒に基地の周りを走ったりもした。
ここまで来ると、まじめとか熱心とかを通り越して、何か鬼気迫る物を感じるな。

「何ですか、熱血君。
 私に見て欲しい物が有ると言ってましたが?」
「ナルシー、わざわざ済まねぇな。
 コレなんだがよ。」
「これは、少女さんのシミュレーションの映像ですか。
 ……………ふむ、成る程。」
「どうやら、俺と同じ意見みたいだな。」
「えぇ、CPU相手の個人演習とはいえ、出来過ぎですね。
 これなら、Bランクライセンス所有者にも、決して引けは取らないでしょう。
 私に意見を求めたという事は、貴方の指導の賜物という訳では無さそうですね。」
「俺にコーチの才能が在るとは思え無ぇよ。
 こっちも見てくれ、オペ子に回してもらった<<スクール>>での集団演習のデータなんだが。」
「…こちらでは、周りと比べても飛び抜けては見えませんね。
 連携が取れていません、技量から考えれば、彼女の方から合わせる事も出来た筈ですが。
 <<スクール>>では手を抜いていたという事でしょうか?」
「ここでの態度を見る限り、そんな事をするとも思え無ぇんだよなぁ。」
「それもそうですね。
 まぁ、本当の所は、彼女にしか知り得ない事でしょう。
 一度ゆっくり、少女さんと話をしてみては如何ですか?」
「……俺が?」
「えぇ、貴方には、閉ざされた心を開かせる才能が有るんですよ。」
「…何だよ、それ。」
「クール君、最近丸くなったと思いませんか?
 配属当初は、まるで抜き身の刀みたいでしたが、ね。
 ベテラン氏も、それを見越して貴方を彼女の指導係にしたんでしょう。」
「うぅむ、さっぱり意味が判らん。
 大体、相手は12歳の女の子だぜ?
 どうやって話せば良いんだよ。」
「やれやれ、では一つ、策を授けましょう。」
「…なぁ、その羽根扇、何処から出したんだ?」
「ふふふ、全ては我が思いのまま、ですよ。
 (いやいや、何だか面白くなりそうですねぇ。)」


「………あの、お話って…なんでしょうか?」
「あぁ、いや、別に何でもないんだけどよ。
 その、旨いケーキが有るから、一緒にどうかと思ってな。
 訓練以外じゃ余り話もしてないからさ。」
…我ながら白々しい事この上ない。
だが、少女は大人しく席に着いてくれた。
軍師ナルシー立案のケーキ作戦、「効果はばつぐん」の様だ。
「紅茶は自販機の奴で勘弁してくれな。」
少女の前に苺が乗ったケーキと紙コップを置く、いつもより幾分表情が柔らかい様な気がするぜ。
野郎一人でケーキ屋に行くなんて拷問に耐えた甲斐が有ったかな。

「なぁ、何で<<ボーダー>>なんかになろうって思ったんだ?
 言いたくなけりゃ、無理に言わなくても良いんだけどよ。」
回りくどいのは苦手だ、直球勝負に出た。
「………お金が、要るんです。」
身寄りの無い少女は、とある小さな教会の孤児院で育った。
ある時、親代わりだったシスターが重い病を患った。
幸い一命は取り留めたが車椅子の生活を余儀なくされ、教会を担保に結構な借金を抱えちまった。
元々寄付金頼みだった孤児院には、その額は絶望的な重荷となった。
子供でも<<ボーダー>>になれると知った少女は、誰にも何も言わず、そっと孤児院を出た。
最悪でも、一人分の口減らしが出来ると考えて。
時間をかけてぽつりぽつり話してくれた事を纏めると、大体こういう事だった。
<<ボーダー>>への報酬は破格と言っても良い、勝利に貢献すれば更に色も付く。
1年も戦い続ければ少女の教会も取り戻せるだろう、尤も、戦い続けられれば、だが。
戦死者が減っているとはいえ、俺達がしている事は戦争なのだ。
少女が死ぬ可能性はゼロでは無い、無論、俺もだが。
瞳に宿る悲壮な覚悟、強迫観念じみた訓練態度、体得した技術の高さ、全てを納得した。
育った孤児院を、大好きなシスターを守る為、少女は全てを捨てて<<ボーダー>>を目指したのだ。
友情を育む時間さえ惜しみ、孤独だけを道連れとして。
12歳の心優しい女の子にとって、それがどれ程険しく過酷な道だった事か。
知らず、少女の頭を撫でていた。
「えっ…あ、あの……なんですか?」
「………辛かったな、良く頑張ったな。」
「…っ!……あ、…う………ぁ…」
予想もしなかっただろう俺の言葉に、少女の中で凍り付いていた何かが溶け、頬を伝って流れ出し
た。
震える細い肩を抱きしめてやると、少女はやがて、俺の胸の中で声を上げて泣き始めた。

「落ち着いたか?」
「…はい。
 ごめんなさい、あの、…シャツ、濡らしちゃいました。」
「そんな事、気にすんなよ。
 なぁ、もっと砕けた話し方で良いんだぜ?
 隊の仲間ってのは、そうだな、家族みたいなもんなんだからさ。」
「…それじゃ、あの、…『お兄ちゃん』って呼んでも、…いい?」
「あぁ、構わねぇよ。
 何だ、意外と甘えん坊だったんだな。」
少しからかってやると、少女は恥ずかしそうに微笑んだ。
この時、初めて見せてくれたはにかんだ笑顔は、とても眩しくて可愛かった。



投下完了。
俺設定が強過ぎたかも知れん。
受け付けないって人には申し訳無い。

前より長くなるとは、如何な了見だ、俺。

最後に、某ボーカロイドとは無関係であると明記しておこう。




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最終更新:2010年02月14日 17:08
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