隊長室の前で深呼吸し、端末から呼びかける。
まだ、ちょっとだけ緊張する。
「あの、少女です、報告書をお持ちしました。」
「あぁ、入ってくれ。」
中ではベテランさんが煙草を咥えていたけど、私が部屋に入ると慌てて火を消した。
そんなに気にしなくてもいいのに。
「お待たせしました、どうぞ。」
最近は勉強を兼ねて、私が戦闘後の報告書を作ってるの。
報告書を作る事で、その時には気付かなかった事が色々判るんだって教えて貰った。
「少女の報告書は判り易くて良いな。
以前、熱血に作らせた事があるが、アレは酷かった。」
難しい顔をして報告書を書いてるお兄ちゃんを想像して、ちょっと笑っちゃった。
首をぽきぽき鳴らしながら報告書を読むベテランさん、そっと背後に回って肩を揉んだ。
「おいおい、そんな事はしなくても…済まんな、デスクワークは肩が凝っていかん。」
広い背中、きっと、お父さんってこんな感じなんだろうな。
「俺を…恨んではいないか?」
「…?」
「俺が何人かの候補の中から君を選んだ、その所為で君は、ここで戦争をさせられている。」
「…いえ、皆さん親切にして下さいます、…わたし、この隊に来れて、良かったです。」
「そうか……楽になったよ、ありがとう。」
ベテランさんの前に回って、小さな包みを差し出す。
「これは?」
「…あの、チョコレートです、今日は…」
「あぁ、2月14日だったな、有り難く頂くよ。
熱血はブリーフィングルームに居たな、早く持って行ってやれ。」
その言葉に、顔が赤くなっていくのが自分でも判った。
…ベテランさんの意地悪。
ブリーフィングルームには、クールさんとナルシーさんと少年君が居た。
スナイパーの位置取りについて、少年君に講義してるみたい。
クールさんは、最初は怖い人と思ったけど、そうじゃなかったの。
あまりお話しした事はないけど、いつもみんなの事を気にかけてる、とても優しい人。
ナルシーさんは、何でも知ってるし何でも出来ちゃうすごい人。
チョコレートの作り方も、ナルシーさんに教えて貰ったの。
少年君は、いつもにこにこしてて、みんなから可愛がられてる。
わたしも、少年君みたいに笑えたら良いのにって思う。
「…何か用か?
…………これは?」
「チョコレートですよ、クール君。
有難う御座います、少女さん。」
「ボクにもですか?
嬉しいなぁ、あ、来月にちゃんとお返ししますね!」
ナルシーさんと少年君は喜んでくれてるみたい。
クールさんは、困ってるのかな?
「…済まんが、甘い物は余りな。」
「ご安心下さい、クール君のは甘さ控えめのビターチョコですから。」
「どうしてナルシーさんが知ってるんですか?」
「さて、どうしてでしょうね?
(ぽりぽり)うん、美味しいですよ、頑張りましたね、少女さん。」
「あ、あの、ナルシーさんのおかげです。」
「少女さんの手作りなんですか?
凄いや、ありがとうございます!」
「…そうか、ならば、受け取らん訳にはいかんな。
……有難う。」
「そう言えば、肝心の熱血君は何処に行きましたか?」
「…機体の構成を変えてみるとか言ってたな。
シミュレータールームじゃないか。」
「少女さん、頑張って下さいね!」
もう、みんなしてからかうんだから。
シミュレータールームからお姉ちゃん達が出て来た。
「あら、少女さん、ごきげんよう。」
「あ、もしかして、シミュレーター空くの待ってた?
ご免ね、占拠しちゃってて。」
「でも、面白いデータが取れたわ。
また連携パターンを増やせるわね。」
お嬢お姉ちゃんとまじめお姉ちゃんは親友なんだって。
時々すごいケンカをするけど、次の日にはまた一緒に朝ごはん食べてるの。
インテリお姉ちゃんはすっごい勉強好きで、わたしの勉強も見てくれるんだ。
みんなをモデルにしたマンガを描いてるんだけど、ナイショにしてるんだって教えてくれた。
可愛く描いてくれるのは嬉しいけど、その、…エッチなのはいけないと思うの。
「お姉ちゃん達、えっと、これ、…いつもありがとう。」
「まぁ、私達にですの?」
「へぇ、手作りなんだ、有難う、少女ちゃん。」
「あーもう、可愛いんだから!
あんな馬鹿兄貴なんて放っといて、私のお嫁さんになってよ!」
「抜け駆けはさせませんわよ、インテリさん。
少女さんは、私と結婚するんですの。」
「いい加減にしなさい、二人とも。
少女ちゃん、本気で困ってるわよ。」
「じゃあ間を取って、私達三人の嫁って事で。」
「それでしたら異存はありませんわ。」
「ん~、まぁ、それなら良いかな。」
えっと、あの、…ど、どうしよう?
「ふふ、冗談よ、安心してね。」
「折角ですから、お茶を淹れましょうか。
良い茶葉が手に入ったんですの。」
「でも、少女ちゃんを引き止めちゃ悪いわ。
少女ちゃん、兄貴ならハンガーに行ったわよ。」
「ふふふ、御武運を。」
「頑張ってね。」
むー、お姉ちゃん達まで。
ハンガーでは、整備班の班長さんとオペ子さんがお話してた。
搬入物資の打ち合わせかな?
班長さんは整備班の偉い人で、いつも大きな工具を持ってるの。
このハンガーで寝泊りしてるんだって。
オペ子さんは<<GRF>>の人で、戦闘の時は戦況を伝えてくれるの。
綺麗で落ち着いててお仕事も出来て、大人の女性って感じ、憧れちゃうな。
「あの、これ、整備班の皆さんでどうぞ。
いっぱい作ったんです。」
「俺達にかい?
有難う、少女ちゃんの機体は念入りに整備するからな。」
「えっと、オペ子さん…」
「私にも?
有難う、少女ちゃん。
…ここでの生活には、もう慣れた?」
「はい、あの、皆さんに良くして頂いてます。」
「そう、素敵な笑顔が出来る様になったのね。
…少女ちゃん、
そっと抱き寄せられた。
「こんな下らない戦争なんかで死んではダメ。
絶対に生き延びるのよ。」
「………はい。」
「そりゃ、<<GRF>>職員の台詞じゃないよな。」
班長さんが笑いながら言った。
「熱血を探してたんだろ?
機体構成で煮詰まってたからな、屋上じゃないかな。」
お兄ちゃんは考え事する時、屋上で寝転がって空を眺める事が多いの。
「はい、行ってみます。」
階段を上がって、屋上に続く扉の前で立ち止まる。
どうしよう、ドキドキしてきちゃった。
大きく深呼吸して、ヘアバンド代わりのバンダナを触ってみる。
いつかの訓練の時に、髪が邪魔にならない様にってお兄ちゃんがくれた、迷彩柄のバンダナ。
私の1番の宝物で、出撃の時には必ず持って行く大切なお守り。
お姉ちゃん達は「センス悪い」って怒ってたけどね。
…うん、落ち着いてきた。
鞄に1つ残った包みを確認する。
お兄ちゃんの為に作ったチョコレート。
みんなへの「好き」とは違う、特別な「好き」を込めたチョコレート。
お兄ちゃんは鈍感さんだから、わたしの気持ちには気付かないと思うけど。
インテリお姉ちゃんは、「兄貴のは鈍いを通り越して『愚鈍』ね。」って言ってたっけ。
今はまだ、気付いて貰えなくてもいいの、…側に居られるだけで幸せだから。
でもいつか、この想いをちゃんと伝えるんだ。
もう一度、深呼吸する。
…よし、覚悟完了!
扉を開けて屋上に出る、思ったとおり、お兄ちゃんは寝転がってた。
まだわたしに気付いてないのかな?
もしかしたら、機体構成を考えてて、そのまま寝ちゃったのかも。
目標を確認、これより作戦行動を開始します!
最終更新:2010年03月08日 00:25