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 何もない、と思う。この人生。
 別にこの人生を呪っているわけでも、恨んでいるわけでもない。
 ただ、何もない―
 命でも賭ければ、何かがあるかもしれないと思ってボーダーになったが、この人生の意味を教えてくれるものには出会えなかった。
 死ぬのは怖くなかった。明日を夢見て戦う敵に、明日を捨てて突っ込んで、撃って斬って破壊した。
 怖いのは、この人生に慣れること。何もない苛立ちをぶつけるように砕き続ける。前線から前線に。死線から死線に。
 分からなくなっていた。何かを見つけるために戦っているのか、死ぬために戦っているのか……
 それが変わったのは多分、彼女に初めて会った、いや、彼女を初めて見たとき。
 基地で、俺が機体を調整していたとき、彼女は白いシュライクから降り立ち、黒いクーガー、俺の前を横切った。
 気付いたら、目で追っていた。
 別に、寝たいとか、そういうのでは無かったと思う。
 ただ、気になった。
 そのときは気付かなかった。自分が他人に興味を持つなんてことが酷く久しい、いや、初めてかも知れないことに。

 次の戦場。負け戦。所謂撤退戦。死にたいわけじゃない。早々に下がっていた、が、敵に囲まれた白いシュライク―彼女の機体を見たとき、自分でも意味が分からないくらい、行動が一変した。
 レーダーも確認せずに突っ込み、向かってくる奴等、ヘビーガードを撃ち倒し、シュライクを蹴り倒し、クーガーを斬り伏せた。敵のサインを出す奴は、全て。
 俺は恐れた。何を? 何かを。
 分からない尽くしの中で、唯一分かるのは、俺が恐れることに、彼女が関係していること。話したこともない、彼女が―


『出過ぎだ! 無茶するな!』
「え?……」
 いきなり私の視界に飛び込んで来て、圧倒的な強さを見せつけてくれたクーガータイプからの通信。
『死にたいのかって言ってる!』
 助けてもらったのは間違いない、けど、その言い方は、苛つく。
「なっ、なんですの!? いきなり!?」
『下がれ! やられるだけだぞ!』
 脇道から飛び出してきたツェーブラ頭が叩き下ろしてくるティアダウナーを、彼はデュエルソードで受け流し、その刃を押すようにしてツェーブラの首を跳ね飛ばす。
 敵への反応、対応、それを成し得る操縦技術。それを兼ね備えた人。
 今のだって、下手に受ければデュエルソードごと叩き切られかねない。それを当然の様に―
『何の為のシュライクだよ!? 動け! 下がれよ!』
 でも、私にだってプライドはある。
「さ、下がったら負けるでしょう!?」
『下がらなくても負ける! 負け戦で一つしかない命使うかよ!?』
 足下に飛び込んできた41型手榴弾を、まるでサッカーボールの様に蹴り飛ばす。とんでもない行為。
「偉そうに! 貴方はいったいなんですの!?」
『ただのボーダーだよ! 他人の命まで気にしちゃ悪いか!?』
「私の命の使い方は私が決めますわ!」
『そういう考え! 気に食わないな!』
 敵が建物を飛び越えてくる。ティアダウナーを左腕で抜き、迎え―
「貴方に好かれる為に兵士をやってはいませんもの!」
 ―見誤った。近い。
 ティアダウナーを抜く前に左腕が吹き飛ぶ。ワイドスマック。その銃口が、胸部に穴を開けるか―
 そう思ったときには、敵の脇腹から肩へ、デュエルソードが抜けていた。
『……それじゃ無理だろ。下がれよ。意地はってないでさ』
「貴方はっ!」
 崩れ落ちる敵を尻目に、彼は41型手榴弾を放り投げる。
『片腕でどうすんだよ。蜂の巣にして下さいって言ってるようなもんだぞ。早くさ、俺ならここに手榴弾ポンポン投げ込むぞ』
「……分かりましたわ」


 BRから降り立つと、間もなく整備員がBRに群がる。昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵の業界だが、まぁ、契約している間はきっちりやってくれるだろう。
 歩み寄って来た整備担当に装甲の交換と弾薬の補充を頼む。その喧騒から少し離れ、ポケットに突っ込みっぱなしの小銭を漁り、BR格納庫の隅にある自動販売機に投入。
 上から一段目、左から三つ目のボタン。ガコンと落ちてきた缶の炭酸飲料をいつもの様に拾いあげ、お決まりの様にどこの自販機脇にもあるベンチに座り、プルタブを開けながら愛機を眺める。
「――」
 右肩の装甲が割れてる。右胸から頭部にかけて弾痕。運良くカメラには当たっていない。
―良くないな。コクピットハッチにも当たってる。サブマシンガンだったからまだ良いものの、遠雷や38式系、サワードだったらヤられてたかもしれない―
 多少無茶はしたとて、それが言い訳には……いや、無茶をやるのが馬鹿か。
「………と! ………いま……!?」
 炭酸を呷る。渇いた口腔が冷やされ、潤っていく。泡が喉を刺激する。甘ったるい味は無視した。
 しっかし、これは凍る寸前じゃあないのか? 多分整備員の誰かが自販機いじくりまわしでもしたんだろうが……
 まぁ、頭を冷やすには丁度良いと思う。
「あな…! 聞きな………」
 新しい装甲を運ぶクレーンがギィギィと軋む。ガシャガシャと弾倉に弾が込められる。今そこで運ばれている41型手榴弾が誤って爆発でもしたら死ぬだろうなと思う。
 ふと、あの弾薬の束は今手に持ってる缶何本分の値段なのかと考える。が、考えたところで益はないだろうとその思考を止める。
「貴方! いい加減にしなさい!」
 クレーンの音も装弾の音も圧す、耳元で発される甲高い声。
 そちらに目をやると、女がいた。
「先程から何度も何度も呼んでいますのに! 私の事を馬鹿にしていますの!?」
 年は20程……いや、分からんか。女は化粧で化けると言うしな。
 緩やかなウエーブのかかったブロンドと肩を揺らし、整備の音に負けじと大声を張り上げている。
 ……目の保養になりそうな女だ。その眉がつり上がってなけりゃ、もっと良い女だろうに。
「なんですの!? その目は! これだから男というものは!……」
 さっきの―俺のクーガーの横に並んで立っているシュライクタイプのパイロット―あの時、気になった女。確かにそれだった。
 良く分かったものだと思う。白いシュライクなんて、探せば幾らでも居ようにさ。
 ククッと喉を鳴らすような笑いが、つい漏れた。
「そもそも! あんなことで『助けてやった』みたいな顔をされるのは迷惑ですわ!」
「気にすんなよ。別に俺は恩を売りたいわけじゃあない。敵がいたから倒した。やりたいようにやっただけだ」
「えっ?」
「俺は撃破スコア伸ばせる。あんたは生きてる。それで両者万歳だ。そうだろ?」
 鳩が豆鉄砲食らったような顔してら。ん、やっぱ険がない方が、良い顔してるな。
 スコアなど付けないが、まぁ言い訳としては上等な気がした。
 立上がり、中身が半分以上残った缶を彼女に押し付ける様に渡し、貸し出されてる部屋に向かう。
「それでも飲んで頭冷やせよ。俺はもういらん」
「あ、ちょっと……」
「あんなとこで熱くなったら死ぬだけだぜ? せっかくの人生、生きなきゃ損だよ」
 背中越しに、ひらひらと手を振ってみせる。振り返らぬ様にと努める。
 彼女は、正面から見るには、眩し過ぎた。
 俺の台詞かよ、と思う。生きなきゃ損、なんて。つい先日まで人生なんかと嘆いてたクセに。
 まぁ、分かる気はする……単純明快だ。それを正面から見たから、分かる。
 一目惚れだ。彼女に。だから生きたいと思う。生きていて欲しいと思う。こんな時代に、この想いが叶うはずもなかろうに。


投下した。反省はしていないと思っている、はず。たぶん。
件のTUEEEと燃え分は今回薄め。続きは書いて自己満足の為に垂れ流すつもりだけど気にしないでね

【つづく】
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最終更新:2010年04月25日 22:20
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