3月14日
20世紀ぐらいにジパング列島地方の製菓会社が顧客からバンバンお金を巻き上げるために、
「バレンタインデーは恋人と甘いチョコの日」とデマを流した上、
それだけでは飽き足らず「3月14日はお返しのホワイトデー」とデマの上にデマを重ね、
それがまさかのリア充に大ヒットして世界的なイベントとなった日。
まったく、二世紀前のジパング列島住民は何を考えてたんだろうか、
よほどのリアル充実して、やることなすこといろいろと浪漫があふれすぎている民族だったんだな、多分。
そんなことを考えながら、恋人たちやバーゲンセールやらで賑わっている商店街を歩く。
まあ、個人的にこんな催しは嫌いではない。むしろ戦場に行かないで済む分「いいぞもっとやれ」とけしかけたい気分だ。
「お、奇遇だなぁ少年。」
不意に後ろから声がかかる。
「あら、熱血さんじゃないですか。何故一人でこんなとこに?」
「いやあ、ほら、今日ホワイトデーじゃねえか、だからバレンタインデーのお返しの品をちょっとな。それよりお前こそなに一人でここにいるんだ?」
「僕はただ当てもなくぶらぶらしているだけですよ。」
「ふーん…お返しの物とか買わなくていいのか?」
「いえ、僕はもう済ませてますから。」
「?そうか、早いんだな。なにを贈ったんだ?」
~~~~~そのころお姉さん方は~~~~~
インテリ「うふふ~~」
まじめ「あれ?インテリさん今日はやけに機嫌がいいわね、何かあったの?」
インテリ「それがね、前回の戦闘で使用した新型玖珂のデータが出たからあとで送られてくるっていうのよ!」
まじめ「オペレーティングルームからデータ提供なんてよくあることでしょ?何でそんなに興奮してるの?」
インテリ「いやー確かにそうだけど、こういうデータって普段一回の出撃では収集量が足りなくて、完成させるためには何回も出撃しなきゃいけないのよ。」
まじめ「それはそうでしょうね…経験は何回も積み重なれて始めて役に立つとも言われてるしね。」
インテリ「でも今回は一戦だけで十分な実戦データがとれたのよ!きっと私の活躍がよかったのよねえ」
まじめ「は…はぁ…」
お嬢「あらインテリさん、今日はかなりご機嫌なご様子で、何かいいことでもありましたの?」
インテリ「実はね、かくかくじかじか…それにしてもお嬢も機嫌がいいみたいね、何かあったの?」
お嬢「ああ、実は前回の戦闘での出来事なんですけど、私、東ルートのクリアリングを任されたでしょう?」
まじめ「確かそうだったわね。皆そのルートは行く必要がないって思ってたけど、少年君ったら固執してそのルートを作戦に入れたのよね。」
お嬢「ええ。そして私がそっちのルートを進んでいた時、敵軍の兵器開発場を発見したの、覚えています?」
インテリ「そういえばそんなこともありましたね。でも私のデータによればそこはあんまり価値がある資料はないはず…」
お嬢「いいえ、その正反対でしたわ。私その後作戦から外されて物資運搬を任されたのですけど、私が運搬した物の中になんと新型狙撃銃の試作品とデータが入っていましたの!」
まじめ「それは…すごく幸運でしたね。それでその新型兵器とは一体?」
お嬢「詳しい情報は教えてくれませんでしたけど、なにやらビームを使うとか言っていましたわね…それより追加報酬がガッポガッポでものすごくおいしいですわ♪」
インテリ「それはよかったわね(私も研究資金とかほしいなあ…)。そういえばまじめは?何か特別なことなかった?」
まじめ「え?う~ん…私は普通だったかなあ」
お嬢「嘘おっしゃい。作戦中に少年君の読みが外れて熱血と二人で孤立してたじゃない。」
インテリ「しかも敵10機位に包囲されて。しかし少年君もひどいわよねえ、『作戦を続行しなければ敗北確定なので援軍を送れません。あと五分ぐらい熱血と二人で持ちこたえてください』って。怖かったでしょう?」
お嬢「そうそう、幸い熱血さん、乱戦に強いから助かったものの…あれ?まじめさん、なんか顔が赤いですよ?」
まじめ「え、あ、う、うん、なんでもないわ。それより少女の姿が見えないんだけど、どこへ行ったのかしら?」
インテリ「あ、確かに少女ちゃんの姿が見えないわね。」
お嬢「あら、少女ちゃんなら今さっき軍のお偉いさん方に呼ばれていきましたわ。何か用事があるとか。」
まじめ「へぇ~少女ちゃんに用事って何だろう?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「そうですね…まあいろいろと、皆さんが個人的に欲しがっているものをプレゼントしましたよ。」
「そんなのわかるのか?」
「日頃皆さんを観察していたら自然とわかるようになってきますよ。」
「へぇ~それじゃあさ、まじめに何贈ったらいいかアドバイスしてくれないか?」
「まじめさん、ですか…そうですね…ここは普通にホワイトチョコ
とかどうですか?」
「ホワイトチョコ?」
「ええ。彼女、結構まじめな方ですから、こういう王道な贈り物の方がいいと思いますよ。」
「そうか、ナルシーもそんな事言ってたしな、それならチョコにするよ。アドバイスありがとう。」
「どういたしまして。」
お菓子屋さんに向かって走っていく熱血を見送る。
正直言って、人に何をプレゼントすればいいかとか、そういう助言をするのは苦手だ。
いや、人に助言をする、というのが苦手なのかもしれない。
人に助言をするには、まず人の立場に立って考えねばならない。
そういうのが苦手なのだ。
さて、散歩ももう飽きたし、僕もそろそろベースに戻るとしようか。
久しぶりにピアノでも弾こうかな…
~~~~~~~~~~
暖かい日差しの下、バルコニーで独りピアノを弾く。そんな休日。
このピアノ、オペ嬢に頼んでやっと支給してもらった物だ。
ピアノとセットでついているメガネをつければ楽譜が奏でる世界が見えるという最新の品だ。
「才能の無駄遣い、といったところですかね?」
今日は本当、よくロマンがあふれすぎているものに出会う。
しかし、そういうのは嫌いじゃない。
『近代名曲選 ピアノ・第三巻』
当てずっぽうにページを開き、偶然あたった楽譜を弾く。
「『想い出は遠くの日々』、ねぇ…」
自分に想い出なんてあるのだろうか。
そういえばこのメガネ、人によって違うものが見られるそうだ。
同じベートーベンの『悲愴』でも、人によっては絶望に満ちた戦場が、または希望に満ちた愛の物語が見られるらしい。
もしかしたら僕も…光と幸せに満ちた、『子供らしい』想い出が見られるかもしれない。
そんな僕らしくもない希望を抱きながら、ピアノとセットのバーチャルグラスを装着して、鍵盤に指を伸ばす。
~~~~~~~~~~
暗い。真っ暗だ。
ここは何処だろう…
ただっ広い空間に、僕が独りで座っている。
何も見えない、でも何か聞こえる。
大人の話し声だ。
最初は嬉しそうに話し合っていたけど、次第に声が険悪になっていく。
そして机を叩く音、取っ組み合う音。
ついには戦争の音まで聞こえた。
空を飛ぶ爆撃機、空襲警報、われ先ながら逃げる人の音、取り残された女子供が泣き叫ぶ音。
そして、静かになる。
長い長い沈黙。
そうだ。
僕の歩んできた道はこんなのだった。
幼いころに両親をなくし、孤児院で育った。そしてその孤児院も、戦争の火に燃やされた。
それからは少年兵として志願した。
そのころは、まだブラストなんてなかった。ボーダー回収装置なんてアイディアさえなかっただろう。
今みたいに完璧な《条約》もなかった。戦って、負けたら死ぬ、そんな戦場。
生き残るためには何でもやった。敵の裏を掻いたり、必死に不意打ちする機会を狙っていたり…
そして戦闘を重ねるうちに、だんだんと心を閉ざしていった。
当たり前だ。戦場で心を開くとか、気が狂っている。そんなの自殺行為だ。
今思うと波乱の道だった。
だけど、どんなに僕の居場所が変わろうと、一つだけ変わらなかったことがある。
孤独だ。
ずっと独りだった。孤児院にいたころも、軍隊にいたころも。
もともと孤児院では暗いやつとして通っていたし、軍隊にはガキに自分から話しかけるなんて大人はいなかった。
何をしても独り、周りには誰もいない…
…
気がついたら、涙を流していた。
家族なんかなかった。教わることができる父親と、甘えさせてくれる母親、そんなの、物心ついたときからもういない。
寂しい。
このまま、周囲の闇に溶け込もう…
そう考えた、そのときだった
「おきてよ~少年君~」
突然、光が差し込んできた。
眩しい。
「ねえ、少年君、少年君ってばぁ~」
誰かが僕を揺さぶっている。人肌の体温を感じる。
「おきてって、あれ?少年君?泣いているの?」
…暖かい。
人が、こんなに暖かいと思ったのは、初めてだ…
~~~~~~~~~~
目を開く。
眩しさを感じるほどの日の光と、心配した顔をしている少女が目に入る。
メガネは…もう取り外されていた。多分少女がやってくれたのだろう。
「少年君?大丈夫?なんか泣いていたみたいだけど?」
無邪気な顔で聞いてくる。
「いや、大丈夫ですよ。心配かけてすいません。」
「そう、大丈夫ならいいけど。」
少女の顔が、またいつも見るような眩しいほどの笑顔に変わる。
「そういえば少年君~今日ベースの偉いおじさんに呼ばれたんだけど、何の用だったか当ててごらん?」
あふれんばかりの活気で聞いてくる。
「さあ、見当つきませんね…でもその笑顔を見る限り、なんかいいことがあったんでしょう?」
「えへへ~実はさ、じゃ~ん」
そう言われてひとつの小箱を差し出される。
中身は…勲章か。少なくとも五つはある。
「コンボ金、トリックスター金、クリティカルキル銅、ターレットスキル金、アンチターレット銀、コアアタッカー、プラントゲイナー、バトルアシスト銅、スカウター金、黄金武勲」
一気に勲章を全部読み上げる少女。
「知ってる~?これ全部前回の出撃でゲットしたんだよ!すごいでしょ!」
ああ、知ってるとも。僕がそうなるようにしたのだから。
「それでね~今日偉いオジサンがね~これを全部渡してきて、ほめてくれたんだよ、すごいねって!」
よかった、喜んでいるみたいだ。
ほかの三人へのホワイトデーのお返しはすぐ決まったのだが、少女へのだけはなかなか決まらなかった。
仕方ないから『思いっきり活躍させる』を少女へのプレゼントにした。
僕ながら大成功のようだ。
「そうだ、そういえば今日ってホワイトデーだよね?」
突然、少女がイタズラをたくらんでいる顔で聞いてきた。
「確かに、そうですね…」
「少年君、私へのプレゼントは?」
おやおや、まだ欲しがるのか?
まあ、無理もない。『僕が助けてやった』ということに気づいてないようだし。
「その勲章箱で、どうですか?」
ちょっと遠まわしに指摘してみる。
「え?ああ…うーん、確かにこんなに勲章取れたのは少年君の指揮のおかげだけど…」
ちょっと俯き、ボソボソと続ける少女。
「でも、ほら、だってさあ、今日、こ、恋人の日だし…」
なるほど、そういうことか。少しニヤけた。
ま、そんなのもいいかもしれない。それに、年上のお姉さん方の相手をするよりはましだ。
「だって…だってこれ結局私が自力で戦闘で勝ち取ったものだもん!もうちょっと少年君の心がこもった物が欲しい!」
無理やり思いついたような理由をつけ、顔を赤くして反撃してくる。
改めて少女を見てみる。
短く纏まっている綺麗な金髪
「そうですか…でも残念ながらお菓子の類は用意してないので…」
興奮したせいか、少し紅潮している顔。
「うーん…チョコじゃなくてもいいから、とにかく少年君の心がこもったものが欲しい!」
さっき走ってきたのだろう、息が整わず上下起伏している胸。
「そうですか…」
ピアノ椅子から立ち上がり、少女にゆっくりと歩み寄る。
「それなら…これはどうですか?」
「え?」
そして、その華奢な体に、手を回す。
「ふぇ!?」
彼女の耳元で、息を吹きかけながら言う。
「僕の真心のこもったキス、とか。」
不意に、風が吹く。バルコニーのそばの桜の木から、花びらが舞い落ちてくる。
「へっ…?え?!あっ…ふむぅ」
~~~~~~~~~~
唇が重なる。
なんか、なんとなく、甘い香りがする。これが「キスの味」ってやつだろう。少女の体、最初は強張っていたが、だんだんと力が抜けていくのがわかる。
突然、以前読んだものを思い出した。
フランス式のキスとか言うものだった。お互いの舌を絡ませるというもの。そうだな…試してみるのも悪くはないかもしれない。
ちょっと強引だが、舌で少女の唇を裂け、閉じている歯をこじ開ける。
一瞬、彼女がまた強張ったが、すぐに、さっきよりも、柔らかくなった。
舌と舌が絡まる。
お互い、まるで相手を吸い尽くそうかのように、舌を絡ませる。
少女の唾液を飲み込んでみる。気持ち悪いとは感じなかった。むしろ暖かい。
そうやってそのまま動かず、ただ夢中に舌だけを絡ませ合う。
~~~~~~~~~~
どれほど経っただろう。
口を離し。目を開く。
明るい日差しと、それに負けないほど明るく見える、少女の顔。
突然、少女が倒れこむ。あわてて両手で抱きかかえる。
「ふぁ…」
先程にに勝り紅潮した顔、とろんとした両目。
また、風が吹く。桜の花もまるで照れ隠しのように沢山舞い降りてくる。
「ふぅ…」
少女の目も次第に焦点が合わさっていく。
「どうでしたか?」
満面の微笑みで少女に聞く。まあ、聞く必要もないのはわかっているが。
突然、僕の背に少女の両腕がまわってくる。
まるでさっきまで見ていた心の闇を、吹き飛ばすような眩しい笑顔。
「少年君、だぁいすき♪」
~~~~~~~~~~
ホワイトデー。
白い日。
白く明るい、光。
暗いところを、照らしてくれる、光。
暖かいなあ……
End.
最終更新:2010年04月01日 21:08