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@iori_ta さんによるスピンオフ。下に山下恵子さんとコ-スケさんによる朗読があります。ぜひご覧ください。

 孤独は定められたもの。重圧はついて回る物。裏切りは必ず、隣にいる。だから私は、その崇拝をどこまでも愛していた。

 私が成人を迎えた日、国は三日三晩眠ることなく盛大な祭りを行った。国民が一人残らず、みな自主的に私の誕生に感謝し、私の成長を祝福し、国の繁栄を祈った。
 城下町は隅々までもが煌びやかで、歓喜の歌に溢れていて、笑顔でない民など一人もいなくて、私はそれを城の自室から延々と見下ろしていたのだった。

 成人を迎え、国の長となることがより具体的になるにつれ、私の生活は緩やかに変化した。外交、政治、国の治安、考えるべき事は多くある。部屋にこもって書類に目を通しているうちに一日が終わってしまう事も珍しくなくなった。
 王女であることの責任や期待。いつまでも甘やかされているだけのお姫様では居られないのだ。


「隣国の王子より社交界へのお誘いが」
 家臣の言葉に上の空で返事を返す。社交界も大切だけれど、今はそれより作物の不作が問題だ。雨量が少ないことが原因と言っていたか。雨を降らせることはできないので、水路を増やしてやる他ないだろう。とすると資金が問題だ。
 眉間に深い皺が寄っているのが鏡を見なくても分かった。外交がいかに大切かについて高説を垂れていた家臣の言葉が、尻すぼみに消えていく。大の大人が情けない。私は心の中でだけため息をつく。
 最近はいつもこうだ。静かな事は好ましいが、腫れ物に触るようにされるのは嫌いなのに。


「姫……」
 書類にペンを走らせていると、少し遠くから私を呼ぶ声がしてふと顔を上げる。
「ひめ……」
 次第に涙に濡れていく情けない声。聞き慣れたそれは、張り詰めた糸をそっと緩ませてくれるようだ。
「またバーモントですか。あやつはいつまでも王女の事を「姫、姫」と……。私からもきつく言って聞かせねば」
 廊下から聞こえるバーモントの声に、家臣も気付いたらしい。先ほどまでの雄弁さを取り戻した男を私は一言で黙らせる。
「よい」
 理由など話さない。家臣は「でも」と言いかけた声を飲み込んで、少しだけ小さくなった。
 私が姫でなくなって、全ての国民が私を王女と呼んでも、彼にだけは許すと決めていた。世界でたった一人、まだ私を「姫」と呼ぶ彼の事を。

 あの祭りの一日目。城で行われた聖誕祭で、剣舞を舞った彼の姿を思い出す。
 長い祭りの中であの時間が一番嬉しかったと言えば、彼はどんな顔をするだろう。笑って、それから、やっぱり泣くのかもしれないな。そう思ったら暖かな気持ちになった。
 第一騎士団の剣舞を大勢の人間が見ていた。みなが感嘆し、言葉をなくしていたのを知っている。多分、私はそれが、人生で一番誇らしかった。
 私のための舞い。剣先にまで彼の魂が込められた美しい祈り。目に焼き付いて離れなくて、私はいつか、それがなければ立ち上がれなくなる日が来るだろうと思った。
 私が取りこぼしたきらめきを、自分の物を捨ててまで拾おうとする彼の忠誠。痛々しいほどまっすぐで、尊くて、だから、彼以外の誰もがその尊さを持っていないことを知っている。

 立ち上がり、重たいドアを開ける。長く続く廊下の向こうに、バーモントの後ろ姿が見えた。
 凜と通る声、自信に満ちた立ち姿の裏に私は臆病を隠している。これは永遠に悟られてはならない秘密。彼の目に映る私は、何者にも染められず、揺るぎない、ダイヤモンドのような物でなければ。
 威厳の中にありったけの親愛を込めて私は言う。
「私はここに居るぞ」
 

 バーモントがはじかれたように振り返る。その目に宿る崇拝を、私はきっとなくせない。









最終更新:2016年03月19日 21:33