レイン > 「空のお悩み相談室」【SS】

ゴッ、ゴッ……!
ゴォォォォーーッッ……!!

「それじゃ、巡回いってきまーす!」

能天気な女君主の陽気な声とともに、エーラム自慢の熱気球『CLOUD NINE』は、上空へと舞い上がっていった。



――ここはマージャ村。

音楽と平和を愛する、白狼騎士団軍楽隊長レイン・J・ウィンストンが仮領主を務める村だ。
彼女は今、空にいる。
第3回国際音楽祭後に村に設置された熱気球を使って、村や周辺地域の見回りをしているのだ。

とはいえ、魔境もなくなった現在では、特に異変が見つかることもない。
数日に一回程度、セラフィー、ベゼリオ、メア、アマルなどが交代で、気球の点検や運転の練習等を兼ねた1時間程度の飛行をするだけとなっている。
しかし、この熱気球『CLOUD NINE』は魔法具のため、魔法師か一定の修業を積んだ技師(いわゆる魔法師崩れ)にしか操縦ができない。
そして現在この村にいる魔法師は3人。
ランス・リアン、ベゼリオ・ダンチヒ、マリン・カーバイトである。
だが、前者二人は契約魔法師等としてのやるべきことが多く、必然的に見習い魔法師のマリン・カーバイトが主に操縦を受け持つことが慣習化していた。



「あー、空の散歩は久しぶり♪ やっぱり上から見る景色は違うわよねー♪」
レインさん。一応お仕事なんですから、あんまり気を抜きすぎないでくださいね」
いつものことに苦笑をしつつ、いつものようにマリンは一言伝える。

「分かってるわ。でも最近、いろいろ考えることとか多くなって、こういうところでしか思いっきり気が抜けないっていうか……」
「うーん、……やっぱりそうだったんですね」
慣れた手つきで気球を操作しつつ、マリンが呟く。

「……マリンちゃん、気付いてたの?」
「最近のレインさんの歌のチョイスが、ちょっと変わってきたかなぁって感じていたのと……、それに私、ある程度の未来が見えるのもあるので」
「そっかぁ……。流石マリンちゃんね。……ならこの際だから、ちょっと相談しちゃってもいい?」
「ええ、もちろん構わないです。どんな話になります?」
「そうね……。一番悩んでいるのは、私が今、何をしていくべきかってことなんだけど」
「それはまた、大きな問題ですね……。何をしていくべき……というのは、ええと……今後の方向性とか、目標とか、そういうことです?」
「平たく言っちゃうと、そういうことになるのかなぁ……」
気球の籠から外を見降ろしながら、レインはゆっくり答える。

「私、この間の同盟会議で、言われちゃってるのよね。リンドマン夫人から、ノルドとしてお前の戦力は必要だ。正式な爵位をもらいうけ、ノルドのために尽くせ……ってね」
「……」
無言でうなづきつつ、マリンは先を促す。

「その場はクリスティーナさんが、アントリアの為に、今のマージャ村と今の私が必要だ……って言ってくれて、それで収まってはいるんだけど。ずっと、私の中ではもやもやしてるの」
「そうなんですね……。何ていうか……今までのレインさんに求められてきたものと、ノルドから求められているものが、ずいぶんとかけ離れちゃっている……という感じでしょうか」
「そう!……そうなのよ!」
はあぁー……と、深く息を吐き、レインはマリンに答える。

「私は今まで、周りから求められることとか、何にも気にしてなかった。ただ、自分の感じるまま、みんなと仲良くなりたい!って、それだけを考えて、歌って、盛り上げて、走ってきただけなんだなぁ……って」
「そうですね。……私は、それがレインさんの一番いいところで、みんなもそんなレインさんだから好きになってついてきてくれてると思ってますけれど……」
「……うん。でも、そうやってがむしゃらに走ってきただけで、いつの間にかこんなに大きな力、持っちゃってて。……これがあるからいけないのかなぁ、なんて、たまに思うこともあったりね」
レインふわり、と聖印の光をその場に浮かべ、苦笑して見せる。

レインさんは、それ、捨てたいんです?」
マリンは何でもないように、そう聞いてみる。

「……どうなんだろう。そうかもしれない。私の心の奥底では、こんな聖印、無い方がいいって思っている自分も、居るんだと思う。……ポーラみたいに、歌の力だけで、自由に世界を巡ったりとか、そんな自分がいる世界もあったのかなぁ……なんて、思ったりね」
「……でも、その聖印が必要だって思っているレインさんも、居るってことですよね?」
そう問いかけるマリンに向き直り、こくり、とうなづくレイン

「うん。この聖印は、今のこの世界で、人を助けることのできる力っていうのは間違いないし……これがなかったら、仲良くなる以前に、死んじゃったり困ったりする人たちもいっぱいいるっていうのも、当然知ってる。だから、私がこの聖印を持っているのは、みんなと仲良くなるための必然だった……運命だったってことかな、って、そう考えてるのよ」
少しうつむき、頭を整理しながら、少しづつ言葉を紡ぐ。

「ただ、今までの私が、幸運すぎただけかも……っていうのも、思ったのよ。今まではたまたま、軍楽隊として、みんなを応援してただけ。だけど……ノルドに尽くせ、っていうのは、最終的には……聖印を奪い合えってことだし。がむしゃらに走ってる間に、それを考えるのを、やめちゃってたんだなぁって。」
「大事な、悩みですね」
「……そう。とっても大事なこと。……そうなのよね……」
ここでまた、レインは大きくため息をつく。

「なんで私、ノルドに生まれちゃったのかなぁ……。戦い以外にも、いろんな事、出来ると思うんだけどなぁ……」
「……だったら、やってみたらいいんじゃないです?」
マリンは、さも当然のように言う。

「……やってみる?」
「ええ。感じるがままに、自分の理想に向けて走っていくのが、レインさんの、レインさんたる所以じゃないですか。戦い以外にも、なんでもやってみたらいいと思うんです。レインさんがノルドに生まれたっていう事実は変えられませんけれど、未来は変えられます。……未来、少し見てみましょうか?」
マリンは少し微笑みながら、レインを見つめる。つられてレインも少し笑う。

「ふふ。……未来を見てもらうのは、今はやめておこうかな。でも、マリンちゃんの言うとおりね。……私は、私のまま走ればいいのね。……うん!そうね!」
レインはそう言ってパシッと手を打つ。

「みんなに、私の思うことや感じていることを伝えて、届けて、想像してもらって、それで、それで……それをもっと、沢山の人に……!そして、みんなで仲良くなっていく……。うん、そういうことを出来る道が、きっとあるはずよね……!!」

マリンは優しい笑顔になりながら、レインを見つめている。

「うん、新しい歌、またイメージわいてきた!マリンちゃん、ありがとう!それに、ちょっとやってみたいことも、なんとなく道が見えた気がするわ!」
「それなら、よかったです。私も、夜藍の魔法師としてのお勤め、果たせたみたい……。え、あれ……レインさん……、その、後ろの聖印の光が……?」
「え!?」
マリンに指摘され、ふと後ろを向くレイン。そこには、先ほど浮かべた聖印の光が、形を変えようとしていたところだった。……だがレインが振り向いた途端、何かが切れたのか、それはふわっと溶けるかのように広がって消えてしまった。

「……あ、ごめんなさい!私が変なこと言ったばっかりに!」
慌てるマリンに、広がっていった光を見ていたレインは、即座に首を振る。

「ううん、マリンちゃん大丈夫!気にしないで!……私、なんとなく分かったから!!……やっぱり、この聖印は、私の……ううん、みんなの為にあるものなんだって言うことが!……きっと、私しかできないことをやれって、そう言われてる気がするの!」
マリンに抱きつかんばかりに、興奮気味に話すレイン

「だから、ありがとう、本当に!マリンちゃんに話してよかった!」
「ふふふ。……私も、レインさんに拾ってもらって、本当によかったです。ありがとうございます」
マリンはぺこりとお辞儀をし、そして思い出したかのようにゴォッ、と気球のスピードを速める。

「ちょっとゆっくりしすぎちゃいましたので、残りの巡回は、ちょっと飛ばして行きますよ?」
「え!あ!そうだったわね!巡回、ちゃんとやらなくちゃ!」


ゴッ、ゴッ……!
ゴォォォォーーッッ……!!
エーラム自慢の熱気球『CLOUD NINE』は、スピードを上げ、今日も空を巡る。

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最終更新:2019年12月13日 20:27