自省するにはだいぶ早いかもしれないが、書き始めるだけならきっと問題無いだろう。
1、出生
大陸の西端。ハルーシアの地方領主の嫡男として僕は生まれた。語るまでも無いことだが、ハルーシアは幻想詩の盟主アレクシス・ドゥーセの治める地だ。混沌濃度も低く、「平和」な土地と表現しても差し支えはないだろう。実際、魔境の出現なども少ないようで、領地経営が火の車だったことはあまりなかった、と父から聞いている。
(中略)
4、聖印
12歳の時だ。僕は父から従属聖印を受け取った。「パラディン」の聖印。左手に浮かぶ小さな光を目にして、そして感じた時の思い出は今でも鮮明に残っている。「これで僕も戦えるのかな?」なんて父に尋ねたり、母や宮殿内の従者たちに自慢げに見せて回ったりしていた。それほどに、僕にとって聖印は力であり、光だった。
無論、力には義務が伴う。義務を果たすことを誰もが望んでいたし、自分もそれを望んだ。剣術や帝王学も真面目に教わった。今になって考えると、ケリー少年は「いい子」だったと思うのだが、それは決して他人のためでも自分のためでもなく、むしろ必然と言える流れなのだと思う。実際、自分の中核はこの時期に築かれたと言っても過言ではない。
変化といえば、副次的ではあるけれどもう一つある。貴族主催のいわゆるパーティというものへの臨席を許されたのもこれからしばらくした頃からだ。とはいえ、さすがに父を含めた大人たちが何をしているのかはあまりよく理解していなかったし、当時の自分にとってパーティとは、「新しくできた友達と会う日」くらいの意味しかなかった。社交場ではあるとはいえ、子供を連れてやってくる貴族は多少なりともいた。普段の領地の友達とは、何か違うものを感じたけれど、同世代の友達が増えるのは嬉しいことだった。
(中略)
8、運命
19歳になってすぐの頃、両親や家臣たちから縁談を打診された。「縁談か……もうそんな時期ですか」と返すには返したが、複雑な気持ちだった。色恋沙汰に興味はそこまでなかったが、付き合うということ、夫婦であるということはいったいどういうことなのかはとても気になるものであった。
これには理由はがある。これまでの人生は自分の家の領地内で、さらにいうならば宮殿内でほとんどが完結していた。(それだけ恵まれた土地だという証でもあるのだが、それは置いておくとして、)自分は世間知らずなのではないか?という気持ちは常に抱えていた。新しいものに触れたり、新たな人と会ったりするのが本質的に好きなのだ。無論「新しい関係性」というのも知ってみたいのだ。
そんなこんなで、縁談を受け入れた。相手はブレトランド(ハルーシアから見て北東の小大陸)の令嬢である「サラ・インサルンド」という女性だと聞いた。当時の自分には、期待と不安が両方あったと思う。
さて、縁談当日。僕の目の前に現れたのは、可憐な少女だった。一瞬で分かった。この少女は、「僕の知っている女性」とは違うということが。自分を育てた女性とも、地元の女性とも、ハルーシア社交界の女性とも、何かが決定的に違うと感じたのだが、そこから先はわからなかった。ただ、しばらくしてそれは重要ではなくなった。稚拙な言葉になってしまうが、その日が「楽しかった」のだ。そもそも縁談とはそういうものなのだが、根掘り葉掘り僕の事を聞いてくる彼女の真剣さに、いつのまにか押し負けていたようだ。
実のところ、家臣たちに持ちかけられたのは縁談ではなく政略結婚だとのちに知ったのだが、それを拒絶する気には一切ならなかった。本当に不思議なものだ。
そしてこれを書いている今、自分の胸中に後悔の文字は微塵もない。
9、敗戦
アウベスト・メレテス。その名だけで察しのいいものは察するかもしれない。
結婚後初の戦いに自分は赴いたのだが、かのアウベスト・メレテスの率いる軍団に翻弄され俗に言う「大敗」を喫した。敗因はいくつかある。これらに関してはただ自らの未熟さを呪うしかない。
まずひとつ。敵がアウベスト・メレテスであることだ。戦場をコントロールするためならどんな手段でも立案し、実行し、勝利してきた男と戦うにあたり自分はあまりにも王道の戦闘をしすぎてしまった。結果的に、「突如現れた混沌災害」によって、部隊に大きな損害が発生した。
そしてもう一つは聖印である。自分は聖印を、戦いにおいて敵を殲滅しうる力だと、そう思っていた。実際、一般的な投影体であればまず苦戦することなく倒せはする。しかし、自分は聖印を扱うにあたり最も大切なことを忘れてしまっていたのだ。
「僕は、君主(ロード)にして守護者(パラディン)なのだ。」
この敗北は、自らの進む道を誤った、もしくは誤りかけた自分へ対する天罰なのかもしれない、なんてこともしばらくはよく考えていた。自分を信じてくれる愛すべき妻の助力もあり立ち直った僕がすべきことは、完全なまでに明白だった。誓いを立てた。
次こそは、必ず守ってみせる。この守護者の聖印にかけて。
(中略)
13、ブレトランド小大陸
※ここに貼り付けられた付箋にはこう残してあった。「今回はここで筆を置く。いずれまた続きを書くことになるだろう。」
最終更新:2019年12月15日 09:49