SF百科図鑑
Stephen Baxter "Mayflower II"
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匿名ユーザー
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July 31, 2005
Stephen Baxter "Mayflower II"
読了。面白かった。ジーリークロニクルに属する世代宇宙船もの。<長大な時間軸におけるスケールの大きな進化や宇宙のヴィジョン>というバクスターの真骨頂が出た傑作だと思う。ただ、後半の展開が物語としては甘いのが、相変わらずバクスターらしい。オチも単純すぎて、物足りない。目的地についたメイフラワー号のエピソードを、ぜひ続編として書いて欲しい。また、この世代宇宙船の設定は非常に魅力的なので、船内エピソードだけで何本も長編が書けそうである。本作の長編化でもいいし、アナザ-ストーリーという形でもいいので、ぜひお願いしたい。ジーリークロニクル、日本で出ている二冊のうち一冊だけ読んでいるけど、平均的に質が高いので、もう一冊も読んでみるか。
これで英国協会賞コンプリート。もうSFは十分満喫した。あとは、基本的に、毎年の3賞受賞作をその都度読んでいればだいたいのジャンル内の流れはつかめるだろう。今後は基本的に、好きな作家を重点的に読むつもり。
テーマ性 ★★★★
奇想性 ★★★★
物語性 ★★
一般性 ★
平均 2・75
文体 ★★★
意外な結末 ★★
感情移入力 ★★★
主観評価 ★★★(30/50点)
<あらすじ>
メイフラワー2号 スティーヴン・バクスター
ポートソルには破滅のときが近づき、五隻の世代宇宙船が飛び立とうとしていた。より健康で優秀なものが優先的に乗船資格を与えられた。
ルーセルは、兄のディラクから、三号船の乗船資格を持つナノ化学者のブレンに心臓病が見つかったので、ルーセルがくりあげで乗船資格を与えられる見通しになったと告げられた。兄は既に五号船の資格を得ていたが、何とか三号船への異動を認めさせようと考えていた。
しかし、ルーセルは、もし世代宇宙船に乗るならば、恋人のローラを置き去りにしなければならない。
***
ポートソルは岩と氷で出来た太陽系の小さな星で、人類が入植してから長い年月が経っていた。五人のファラオがエイリアンのクアックス人と協力して統治していたが、クアックス人からの<地球解放>と、それに引き続いて、<連合>の船が本格的な改革のため訪れる見通しとなったことにより、ポートソルの文明は滅びることが確実な見込みとなった。クアックス人と協力していた一派は間違いなく処刑されるだろう。ポートソルの文明を後世に残すために、五人のファラオがそれぞれ200人の住人を連れ、五隻の世代宇宙船で脱出するという計画が立案された。合計五万人中、生き残れる千人は健康と能力と抽選によって選抜された。船は光速以下でしか飛べない。だから、目的地に着くには莫大な時間がかかるだろう。
ルーセルは恋人のローラと<先祖たちの森>で会った。ドームテントを設営し、エアロックから入り、中でセックスをした。終わってから、ルーセルは、繰り上がりで宇宙船に乗れることになったと打ち明けた。だが、ローラと話すうちに、ローラたちを置き去りにすることに耐えられなくなったルーセルは、行くことをやめた、アンドレや兄にそのことを伝える、とローラに宣言した。
出発まであと19日、だが実際には残された時間はもっと少なかった。
***
目覚めるとヴァーチャルなアンドレ女王(ファラオ)が、出発〆切時刻まで20分と告げた。アンドレは優に200歳を超えるだろう。クアックス人と協力する代わりに老化防止措置を受けている。
ルーセルは慌てて部屋を飛びだし、地上道路に移動した。車に乗ろうとしていると、自分たちも乗せて欲しいという親子連れが現れた。<連合>が予定より早く、七日後には来ると言う。人工生殖で家族制度を禁止する<連合>が来れば、この家族は離れ離れになるだろう。だが、乗船権のないこの家族を連れていっても、どのみち乗船を断られる。無理だ。ルーセルは彼らを振り払い、車を出した。
面前でアンドレの虚像が残り時間をカウントダウンしていた。ルーセルは焦りながら次第にスピードを上げた。前を遮る検問官をついにははね飛ばした。そして、おれたちはみな、自分が生き残ることだけを考える、ただの動物になり下がってしまった、と感じていた。
***
ルーセルは2番目の検問を通過し、残り五分でエアロックをくぐって船に乗りこんだ。兄のディラクによばれ、座席に座り、シートベルトをした。船は出発した。
***
船はいったん木星に近づいた後、その引力を利用して太陽系外に飛びだした。乗員たちはそれぞれの仕事を始めた。バクテリアの駆除、空調など。七日目に兄のディラクがやってきて、今日が<連合>の到着予定日だと告げた。彼らは展望室に上がった。七隻の<連合>の船が、ポートソルを襲う映像だった。ディスプレイが予想される死傷者数を淡々と表示していた。
***
ルーセルは廃物を利用したナノフード・バンクの設計という急務に着手した。200人の乗員の10パーセントは乗船権がないのにドサクサにまぎれて乗りこんだ警官たちであり、必要な人材が必ずしも揃っているわけではない分、ルーセルの仕事は困難を極めた。だが、彼らの生き残りの命運を決する重要任務だった。
21日目に木星に接近した。五隻の船がふたたび集結する最初で最後の機会だった。この後、光速を超える速度で追ってくる<連合>を船をまくために、五隻がそれぞれバラバラの目的地に向かう。
アンドレ船長は、2万4000光年の彼方にある衛星銀河の<カニス・メジャー・ドワーフ銀河>を目的地に設定した。そして、この船を<メイフラワー号>と命名した。
***
日が経ち月が経つにつれ、人々は仕事に没頭していった。宇宙船自体が1個の閉鎖された宇宙になった。宇宙船を無事に保つためには、船内の空調や船殻の気密性を100%保つ必要があるため、ナノマシンがフル稼動しつづけた。船は出発時点で未完成であったから、残る工程をいち早く完成させる必要があった。そして、将来の突発時に対する耐久性、アンドレいわく<未来耐久性>をつける必要があった。
ディラクは、ティラという女性と恋に落ち、アンドレによってカップリングを認められた。ティラは、夫のみならず子供を捨ててきていたが、何らの後悔も表さず、新たに子を儲けて幸せを得ることにしか関心を示さないのが、ルーセルには不可解だった。ルーセルは、自分の内面と外部が乖離するのを感じていた。内面では、ローラその他の人々を捨ててきたことを後悔しながらも、外面においては、船という現実とそのために自分に与えられた仕事に没頭することができた。
***
1年後、アンドレは委員会を召集した。彼女は人類学の話をしたいと切りだした。この船を生かすか殺すかは技術ではなく、人間の問題だ。人口調節と、遺伝子の健康維持。人間はそのための入れ物に過ぎない。われわれは緻密な遺伝子スクーリングを経て、できるだけ多様でかつ異常の少ない遺伝子を持つ者だけが選ばれた。遺伝子の健康を保つためには、カップリング、産児を遺伝学的にコントロールする必要がある。われわれの中の<短命者>の一般的寿命は百年だが、記憶と目的と統制をそれ以上の期間維持するには、アンドレのような<不死者>が存在しつづける必要があるのだ。それがないと、偉大な始祖、マイケル・プール(ルーセルの先祖)の<グレートノーザン号>ですら失敗したように、このミッションも、内部の者の仲間割れで失敗するだろう。アンドレはクアックス人の技術で不死性を獲得したとはいえ、クアックス人と人類の身体構造は違うから、施術の成功率は40%に過ぎなかった。アンドレも確実にミッションの終了まで見届けられる保障はない。そこで、別の不死者が必要なのだ。これがアンドレの主張だった。
ルーセルは、「短命者の人権はどうなるのだ?」と問いかけたが、この極限的な環境下にあっては、乗員の存在目的はただ、人類の遺伝子を目的地まで健全なまま送り届けることであり、いわば遺伝子の入れ物としてしか意味がない、それゆえ、民主主義も愛も、存在し得ない、それは目的地に到着し、より自由度の高い環境を獲得してからの問題だ、と一喝された。
更にアンドレは、クアックス人によってもたらされた不死遺伝子が一般に流布していること、彼らにも不死を付与することが可能であることを告げた。ディラクは、ティラと子孫を作ることを打診するが、遺伝子健康上不適確であるとして断られ、憤然として席を立った。だが、ルーセルは、今や自分に死という逃げ道すらなくなったことを知り、自分の運命を受け入れざるを得ないことを自覚した。
今や船殻の氷が溶け、船殻がむきだしになろうとしている。透明な船殻から私が外を監視しつづければ、この船が外の宇宙を、つまりこの船の任務を忘れることはない、とアンドレは断言した。
***
船は銀河系を離れると、ダークマターを利用して進んだ。不死措置を受けた10人の委員は<長命者>と呼ばれ、<短命者>とは異なる区画に住んだ。遺伝学者のルールと医師のセルアが不死措置を実施した。ルーセルもこの措置を受けたが、簡単な注射と錠剤で済んだ。
ルーセルは、記憶と知識を目的地まで維持するという自らの任務のため、医学、人類学、社会学、倫理学、エコシンセシス、宇宙船推進工学などを勉強した。彼は知の化身、機械となった。
ある日、一人の長命者が腎臓障害を生じた。クアックスの技術も完全ではなかった。ルールが癌で死んだのは驚きだった。
ルーセルは気分転換に兄を訪ねた。兄は髪に白髪が混じり、長男のトミは八歳になり、次男のラスが五歳になっていた。先日名付け式に呼ばれたばかりなのに、時の経つのが早く感じた。
ルーセルは不死措置のためにまる禿になっていた。甥っ子を驚かせてしまったので、次は鬘をかぶってこようと思った。
<短命者>は10の部族に分かれ、それぞれの部族が相互に交流し、全体が一つの氏族となっていた。兄はその部族のリーダーになっていた。かれらはおのおのの技術と教育によって個人として尊重され、相互依存的な文化を特徴とした。多数決的な民主主義は排され、説得による全員一致を目指し、すべての少数派を尊重するコンセンサス主義を採っていた。意見の不一致が生じれば、徹夜で議論した。一番合意が難しいのが生殖に関することだった。愛情に基づく婚姻と、優生学的に決定される産児とは明確に区別されねばならなかった。
ディラクは社会契約の雛型を紹介された。第一に、大人になったとき人は自己の希望と共同体のニーズに合わせて仕事を選ぶ。第二に、産児についても同様である(人口政策上、子供が不要な状況においては、子供を作ってはならない。逆に子供が必要な状況においては、子供を作ることを強いられる)。第三に、親になる時期をできるだけ先延ばしし、十分な教育を与える。第四に、婚姻相手のみならず産児相手も自由に選べるので、両者を同一人とすることもできるが、またいとこ以上であることと、<長命者>の許可が必要である。第五に、遺伝子的欠陥のある者は、産児をしないことに同意しなければならない。
ルーセルは、それは遺伝学というよりも優生学であり、ローテクであるという感想を述べた。もしそのルールを破った場合、どうなるのか、とルーセルが問うと、ディラクは、どんな事態になってもわれわれは彼を説得し、危難を乗り越えなければならない、われわれには警察も監獄もないのだから、と語った。
ディラクはルーセルも不死措置を止めて<短命者>に戻らないか、というものの、ルーセルが今もローラを愛し、彼女を置き去りにした罪の意識からこの運命を受け入れたことを思いだし、謝った。ルーセルは、兄さんたちのほうが人間らしいことは確かだよ、と述べた。
***
それから<長命者>と<短命者>の交流はほとんどなくなった。長命者は<修道院>と称される一角にこもった。老化速度の大きく異なる長命者と短命者の間に、<おそれ>による溝が生じた。
長命者同士で長時間うまくやる秘訣は、互いにつかず離れずの関係を保つことだった。
ある日、16歳の少年がルーセルを訪ねてきた。トミだと思ったが、トミの孫のポロと名乗った。つまりディラクの曾孫だ。ポロは、ディラクが死にかけているから会いに来て欲しいと告げた。第一世代の<短命者>たちが次々と死期を迎えていた。
ルーセルはポロとともに、ディラクの村へ向かった。ポロは額にあざをこさえていた。学校で先生にぶしつけな質問をして、定規でぶたれたのだ。短命者の教育は、教えたことを覚えるに十分なほどの頭のよさを要求しつつも、それを革新する創造性は厳禁するというパラドックスをはらんでいた。
ティラはしわくちゃの老婆になっていたが、まだ生きていた。ルーセルは村の人々が行う儀式を一通り済ませた後、兄の部屋に通された。短命者は共同体の維持のため様々な儀式を生みだし、絶えず規則は変更されていたが、長命者の権威は絶対であり、アンドレのはじめに設定したコンセンサスルールは、共同体の不決断という逆機能を生んでもいた。その中で、兄は長命者のルーセルの兄という立場を利して、影の実力者としての特殊なカリスマ性を発揮していた。その分、きたるべき兄の死は、共同体の人々にとって大きな損失だった。
ルーセルは、兄の子孫を紹介された後、兄のベッドに通された。兄は眠っているように見えたが、ルーセルに気付いた。兄の腹は病魔でパンパンに膨らんでいた。兄は、「このたわけもの、五十年間も訪ねてこないとは!」とルーセルを詰った。それから、いつもの兄弟の会話が始まった。ディラクは、遺伝子的に厳選されて生まれた子や孫たちの活躍を自慢し、ルーセルは、長命者の間にも病魔に屈するものが現れていることを語った。セルアによれば、様々な原因があるということだが、アンドレはそれを、単なる<死の願望>だとあざ笑った。不死措置も、死の願望が発生させる病魔を妨げるほどの力は有しないという。
この訪問を最後に、ルーセルを訪ねてくる短命者は、誰もいなくなった。
***
ルーセルはアンドレの呼ぶ声で目覚めた。ルーセルは、よだれを垂らしているのを短命者の女に見られたことをアンドレに詰られた。長命者は既に残り三人になっていたが、そのうちのセルアが死んだという。アンドレも死にかけている。短命者の管理方法を変えたほうがいい、という。彼らは船内のピラミッドの頂点に立つ者として、老いた姿を短命者にさらすべきではない、とアンドレはいった。
ルーセルたちは生命維持機能つきのカウチに座って生活している。ルーセルは船内のヴァーチャルサーチ機能にアクセスし、船内の様子を視察した。兄と死別して200年が経っていた。ルーセルは90歳で老化がほぼストップしていた。船内の基本的な様子は変わっていないが、人はめまぐるしく入れ替わっていた。<専制者>と称する長命遺伝子を持つらしき人々が、自らをルール(遺伝子学者の長命者)と名乗り、村を世襲でおさめている。かれらはクアックス人の不死措置が隔世遺伝したのだろう。長命のもの同士で子をつくり、寿命において他の短命者と大きな差をつけ、子の数ではなく寿命の長さを、自らの権勢の根拠にしていた。<尊師>たちは独自の儀式をあみだし、部屋部屋に不思議なデザインを施している。子供たちは限られたことしか教えられず、物事の原理原則を全く知らない。言葉も大きく変化し、貧弱になっている。
意識を肉体に戻すと、アンドレは、専制者を何とかする必要がある、われわれの弱さに気付く前に、われわれの権威を個人化する必要がある、と語った。彼女の提案は、船のログから見つけ出した若いころのルーセルとローラの映像を、ルーセルの<回答>とともに短命者たちに見せるようにすることだった。アンドレは自らの死ぬ姿を短命者に見られたくない、だからルーセルだけでそれをやってくれ、という。アンドレが死んでも、ルーセルには船というパートナーがいるから大丈夫だ、と。
そして、アンドレは死んだ。
この船が出発して250年。まだ、目的地までの行程のわずか0・5%を飛んだに過ぎなかった。
***
ルーセルの時間感覚は次第に長くなっていった。眠ってから目覚めるまで1年が経過していることもあった。彼の知識はすべてふみならされた船の廊下のように存在の実感がなくなっていた。
その間に、短命者の社会は、姻族関係を結んだ<専制者>(平均寿命が部下の二倍に達する)たちによって統合され、彼らが水を一括管理した。短命者の知的レベルは著しく低下し、ルーセルが<詩人衆>と称する連中が教育を取りしきっていた。
ハイリンという若者は、非<専制者>から生まれ、小さいころからルーセルの映像や神話に憧れていた。彼は傑出した知的能力を示し、セールという女と恋に落ちた。結婚が認められ、産児の許可を専制者に求めた。遺伝子は適合したものの、この求めは拒否された。専制者は拒否の理由をルーセルの意思と説明した(実際にはルーセルに問い合わせはなかった)。ハイリンは、自分が優秀すぎるために拒否された、と考えた。そして、船中の同志に呼びかけ、革命を起こした。船中の専制者を倒した彼は、ローラの仮面をつけたセールを伴って、ルーセルの神殿に突入し、ルーセルに怒りをぶつけ、「お前は存在しない、専制者のでっち上げだからだ!」と迫った。
ルーセルは、脚に感覚はないものの、器具の補助で何とか歩ける力はあった。かれは、やむなく<修道院>のドアを開けると告げた。ドアを開けると、入ってきたのは幼い少年だった。<詩人衆>の代表を呼んで来いというと、少年は泣いて逃げさった。まもなく、<詩人衆>が現れ、畏敬の面持ちでひれ伏した。ルーセルは重々しい足取りで彼らの間を歩きまわり、短命者の統治を失敗したことへの怒りを表明したが、短命者の存在は幻のように希薄に感じられた。かれは、今後の統治は<詩人衆>が行うこと、専制者は円形ロビーに幽閉すること(1世代で死に絶えるだろうという見込みだった)を命じた。
更に、ハイリンを連行させた。かれは憎憎しげにルーセルを見たが、その顔に知性の光があった。処刑するしかなかったが、自らの手で行うのはいやだった。他の者に処刑を命じ、死体を見せしめに晒させた。
以後、ルーセルは二度と修道院を離れなかった。
***
5000年が経過し、船内に疫病が流行したり、セールの村の娘たちが計画的遺伝子配合によりローラ似の娘だらけになったりということもあったが、特にルーセルの興味を引かなかった。ハイランの再来を恐れる人々が頭のいい子供の遺伝子を残さないように気を配ったため、短命人の知的レベルは低下していった。
ルーセルは船内の出来事に興味を失い、船と接続された感覚器官を通じて、船外の宇宙を観察しつづけた。あるとき、これまで受け取ったことのない、人間のものではないシグナルを受け取った。
***
二万年がたち、ルーセルは、船内ログから構築したアンドレのヴァーチャル人格に起こされた。短命人の村に事件が起こったので解決しろという。
久しぶりに見る短命人の世界は、部屋の構造などは全く変わっていなかったが、家具はなくなり、短命人たちの知性は退化し、もろもろの仕事はただ異性の気を引くためにだけなされるようになっていた。食事や衣類などは船の設備が面倒を見てくれるため、受身の生活が可能なのだった。必要がなくなり、かつ制度的に抑圧された知性、精神は後退し、生物学的現実が前面に出ていた。人々の顔はみなローラに似ていた。かれらはエンパシーを獲得しているようで、泣いている女を取り巻く人々が一緒に泣いていた。やがて、取り残された女を観察すると、子供の腕を持っていた。血の跡をたどると、<専制者>を閉じ込めた区画との境界の隔壁に通じていた。隔壁には穴が開いていた。
隔壁の向こう側を見ると、<専制者>は死に絶えておらず、四つんばいで裸で毛むくじゃらの影のような動物に変わり果てていた。一日することといえば、ただ食べるだけ。不死性を獲得する一方で、精神は完全になくなっていた。不死であるため生殖の必要はなく、むしろ人口を一定以下に保つためには有害であり、単に子供は事故による人口減少等に備えたフェイルセイフのような存在に過ぎなかった。彼らは子供たちを奴隷のように使って食べ物を持ってこさせた。<短命者>の子供をさらってこさせて食べたのも彼らだった。
不死性は神ではなかった、むしろ、生物学の進化、自然選択の法則が働き、ただの妖怪を生んでしまったのだ。
ルーセルは、隔壁の穴をふさぎ、両区画の間にバリヤーを張った上で、薄い真空の空隙を開け、完全にシャットアウトした。
そして二度と隔壁の向こう側を見ることはなかった。
***
2万5000年目に、船は、太陽系から超光速船でやってきた人間たちに追いつかれた。
ピリアスとトレックと名乗る男女は、人類が長い戦争を耐えて太陽系を守り、<連合>は敗北して解体したこと、今や人類が銀河系の覇権を握ったことを語った。メイフラワー号は2万5000年かけて1万3000光年を飛んでいた。2万5000年は世代宇宙船の新記録だという。
ピリアスとトレックの目を通じてルーセルは自分の姿を見た。ワイヤーとチューブの巣の間にぶら下がった、黒くしなびた物体だった。このような状態では、連れて戻ることはできまい。
地球人たちは、変わり果てた姿の短命人や専制者たちをシャトルに移して、太陽系に連れかえった。
船は、目的地のカニス・メジャーまでまだ半分しかきていなかった。誰もいなくなり、すっかりきれいになった船は、ルーセルを乗せたまま、果てしない暗闇を飛びつづけた。
~完~
これで英国協会賞コンプリート。もうSFは十分満喫した。あとは、基本的に、毎年の3賞受賞作をその都度読んでいればだいたいのジャンル内の流れはつかめるだろう。今後は基本的に、好きな作家を重点的に読むつもり。
テーマ性 ★★★★
奇想性 ★★★★
物語性 ★★
一般性 ★
平均 2・75
文体 ★★★
意外な結末 ★★
感情移入力 ★★★
主観評価 ★★★(30/50点)
<あらすじ>
メイフラワー2号 スティーヴン・バクスター
ポートソルには破滅のときが近づき、五隻の世代宇宙船が飛び立とうとしていた。より健康で優秀なものが優先的に乗船資格を与えられた。
ルーセルは、兄のディラクから、三号船の乗船資格を持つナノ化学者のブレンに心臓病が見つかったので、ルーセルがくりあげで乗船資格を与えられる見通しになったと告げられた。兄は既に五号船の資格を得ていたが、何とか三号船への異動を認めさせようと考えていた。
しかし、ルーセルは、もし世代宇宙船に乗るならば、恋人のローラを置き去りにしなければならない。
***
ポートソルは岩と氷で出来た太陽系の小さな星で、人類が入植してから長い年月が経っていた。五人のファラオがエイリアンのクアックス人と協力して統治していたが、クアックス人からの<地球解放>と、それに引き続いて、<連合>の船が本格的な改革のため訪れる見通しとなったことにより、ポートソルの文明は滅びることが確実な見込みとなった。クアックス人と協力していた一派は間違いなく処刑されるだろう。ポートソルの文明を後世に残すために、五人のファラオがそれぞれ200人の住人を連れ、五隻の世代宇宙船で脱出するという計画が立案された。合計五万人中、生き残れる千人は健康と能力と抽選によって選抜された。船は光速以下でしか飛べない。だから、目的地に着くには莫大な時間がかかるだろう。
ルーセルは恋人のローラと<先祖たちの森>で会った。ドームテントを設営し、エアロックから入り、中でセックスをした。終わってから、ルーセルは、繰り上がりで宇宙船に乗れることになったと打ち明けた。だが、ローラと話すうちに、ローラたちを置き去りにすることに耐えられなくなったルーセルは、行くことをやめた、アンドレや兄にそのことを伝える、とローラに宣言した。
出発まであと19日、だが実際には残された時間はもっと少なかった。
***
目覚めるとヴァーチャルなアンドレ女王(ファラオ)が、出発〆切時刻まで20分と告げた。アンドレは優に200歳を超えるだろう。クアックス人と協力する代わりに老化防止措置を受けている。
ルーセルは慌てて部屋を飛びだし、地上道路に移動した。車に乗ろうとしていると、自分たちも乗せて欲しいという親子連れが現れた。<連合>が予定より早く、七日後には来ると言う。人工生殖で家族制度を禁止する<連合>が来れば、この家族は離れ離れになるだろう。だが、乗船権のないこの家族を連れていっても、どのみち乗船を断られる。無理だ。ルーセルは彼らを振り払い、車を出した。
面前でアンドレの虚像が残り時間をカウントダウンしていた。ルーセルは焦りながら次第にスピードを上げた。前を遮る検問官をついにははね飛ばした。そして、おれたちはみな、自分が生き残ることだけを考える、ただの動物になり下がってしまった、と感じていた。
***
ルーセルは2番目の検問を通過し、残り五分でエアロックをくぐって船に乗りこんだ。兄のディラクによばれ、座席に座り、シートベルトをした。船は出発した。
***
船はいったん木星に近づいた後、その引力を利用して太陽系外に飛びだした。乗員たちはそれぞれの仕事を始めた。バクテリアの駆除、空調など。七日目に兄のディラクがやってきて、今日が<連合>の到着予定日だと告げた。彼らは展望室に上がった。七隻の<連合>の船が、ポートソルを襲う映像だった。ディスプレイが予想される死傷者数を淡々と表示していた。
***
ルーセルは廃物を利用したナノフード・バンクの設計という急務に着手した。200人の乗員の10パーセントは乗船権がないのにドサクサにまぎれて乗りこんだ警官たちであり、必要な人材が必ずしも揃っているわけではない分、ルーセルの仕事は困難を極めた。だが、彼らの生き残りの命運を決する重要任務だった。
21日目に木星に接近した。五隻の船がふたたび集結する最初で最後の機会だった。この後、光速を超える速度で追ってくる<連合>を船をまくために、五隻がそれぞれバラバラの目的地に向かう。
アンドレ船長は、2万4000光年の彼方にある衛星銀河の<カニス・メジャー・ドワーフ銀河>を目的地に設定した。そして、この船を<メイフラワー号>と命名した。
***
日が経ち月が経つにつれ、人々は仕事に没頭していった。宇宙船自体が1個の閉鎖された宇宙になった。宇宙船を無事に保つためには、船内の空調や船殻の気密性を100%保つ必要があるため、ナノマシンがフル稼動しつづけた。船は出発時点で未完成であったから、残る工程をいち早く完成させる必要があった。そして、将来の突発時に対する耐久性、アンドレいわく<未来耐久性>をつける必要があった。
ディラクは、ティラという女性と恋に落ち、アンドレによってカップリングを認められた。ティラは、夫のみならず子供を捨ててきていたが、何らの後悔も表さず、新たに子を儲けて幸せを得ることにしか関心を示さないのが、ルーセルには不可解だった。ルーセルは、自分の内面と外部が乖離するのを感じていた。内面では、ローラその他の人々を捨ててきたことを後悔しながらも、外面においては、船という現実とそのために自分に与えられた仕事に没頭することができた。
***
1年後、アンドレは委員会を召集した。彼女は人類学の話をしたいと切りだした。この船を生かすか殺すかは技術ではなく、人間の問題だ。人口調節と、遺伝子の健康維持。人間はそのための入れ物に過ぎない。われわれは緻密な遺伝子スクーリングを経て、できるだけ多様でかつ異常の少ない遺伝子を持つ者だけが選ばれた。遺伝子の健康を保つためには、カップリング、産児を遺伝学的にコントロールする必要がある。われわれの中の<短命者>の一般的寿命は百年だが、記憶と目的と統制をそれ以上の期間維持するには、アンドレのような<不死者>が存在しつづける必要があるのだ。それがないと、偉大な始祖、マイケル・プール(ルーセルの先祖)の<グレートノーザン号>ですら失敗したように、このミッションも、内部の者の仲間割れで失敗するだろう。アンドレはクアックス人の技術で不死性を獲得したとはいえ、クアックス人と人類の身体構造は違うから、施術の成功率は40%に過ぎなかった。アンドレも確実にミッションの終了まで見届けられる保障はない。そこで、別の不死者が必要なのだ。これがアンドレの主張だった。
ルーセルは、「短命者の人権はどうなるのだ?」と問いかけたが、この極限的な環境下にあっては、乗員の存在目的はただ、人類の遺伝子を目的地まで健全なまま送り届けることであり、いわば遺伝子の入れ物としてしか意味がない、それゆえ、民主主義も愛も、存在し得ない、それは目的地に到着し、より自由度の高い環境を獲得してからの問題だ、と一喝された。
更にアンドレは、クアックス人によってもたらされた不死遺伝子が一般に流布していること、彼らにも不死を付与することが可能であることを告げた。ディラクは、ティラと子孫を作ることを打診するが、遺伝子健康上不適確であるとして断られ、憤然として席を立った。だが、ルーセルは、今や自分に死という逃げ道すらなくなったことを知り、自分の運命を受け入れざるを得ないことを自覚した。
今や船殻の氷が溶け、船殻がむきだしになろうとしている。透明な船殻から私が外を監視しつづければ、この船が外の宇宙を、つまりこの船の任務を忘れることはない、とアンドレは断言した。
***
船は銀河系を離れると、ダークマターを利用して進んだ。不死措置を受けた10人の委員は<長命者>と呼ばれ、<短命者>とは異なる区画に住んだ。遺伝学者のルールと医師のセルアが不死措置を実施した。ルーセルもこの措置を受けたが、簡単な注射と錠剤で済んだ。
ルーセルは、記憶と知識を目的地まで維持するという自らの任務のため、医学、人類学、社会学、倫理学、エコシンセシス、宇宙船推進工学などを勉強した。彼は知の化身、機械となった。
ある日、一人の長命者が腎臓障害を生じた。クアックスの技術も完全ではなかった。ルールが癌で死んだのは驚きだった。
ルーセルは気分転換に兄を訪ねた。兄は髪に白髪が混じり、長男のトミは八歳になり、次男のラスが五歳になっていた。先日名付け式に呼ばれたばかりなのに、時の経つのが早く感じた。
ルーセルは不死措置のためにまる禿になっていた。甥っ子を驚かせてしまったので、次は鬘をかぶってこようと思った。
<短命者>は10の部族に分かれ、それぞれの部族が相互に交流し、全体が一つの氏族となっていた。兄はその部族のリーダーになっていた。かれらはおのおのの技術と教育によって個人として尊重され、相互依存的な文化を特徴とした。多数決的な民主主義は排され、説得による全員一致を目指し、すべての少数派を尊重するコンセンサス主義を採っていた。意見の不一致が生じれば、徹夜で議論した。一番合意が難しいのが生殖に関することだった。愛情に基づく婚姻と、優生学的に決定される産児とは明確に区別されねばならなかった。
ディラクは社会契約の雛型を紹介された。第一に、大人になったとき人は自己の希望と共同体のニーズに合わせて仕事を選ぶ。第二に、産児についても同様である(人口政策上、子供が不要な状況においては、子供を作ってはならない。逆に子供が必要な状況においては、子供を作ることを強いられる)。第三に、親になる時期をできるだけ先延ばしし、十分な教育を与える。第四に、婚姻相手のみならず産児相手も自由に選べるので、両者を同一人とすることもできるが、またいとこ以上であることと、<長命者>の許可が必要である。第五に、遺伝子的欠陥のある者は、産児をしないことに同意しなければならない。
ルーセルは、それは遺伝学というよりも優生学であり、ローテクであるという感想を述べた。もしそのルールを破った場合、どうなるのか、とルーセルが問うと、ディラクは、どんな事態になってもわれわれは彼を説得し、危難を乗り越えなければならない、われわれには警察も監獄もないのだから、と語った。
ディラクはルーセルも不死措置を止めて<短命者>に戻らないか、というものの、ルーセルが今もローラを愛し、彼女を置き去りにした罪の意識からこの運命を受け入れたことを思いだし、謝った。ルーセルは、兄さんたちのほうが人間らしいことは確かだよ、と述べた。
***
それから<長命者>と<短命者>の交流はほとんどなくなった。長命者は<修道院>と称される一角にこもった。老化速度の大きく異なる長命者と短命者の間に、<おそれ>による溝が生じた。
長命者同士で長時間うまくやる秘訣は、互いにつかず離れずの関係を保つことだった。
ある日、16歳の少年がルーセルを訪ねてきた。トミだと思ったが、トミの孫のポロと名乗った。つまりディラクの曾孫だ。ポロは、ディラクが死にかけているから会いに来て欲しいと告げた。第一世代の<短命者>たちが次々と死期を迎えていた。
ルーセルはポロとともに、ディラクの村へ向かった。ポロは額にあざをこさえていた。学校で先生にぶしつけな質問をして、定規でぶたれたのだ。短命者の教育は、教えたことを覚えるに十分なほどの頭のよさを要求しつつも、それを革新する創造性は厳禁するというパラドックスをはらんでいた。
ティラはしわくちゃの老婆になっていたが、まだ生きていた。ルーセルは村の人々が行う儀式を一通り済ませた後、兄の部屋に通された。短命者は共同体の維持のため様々な儀式を生みだし、絶えず規則は変更されていたが、長命者の権威は絶対であり、アンドレのはじめに設定したコンセンサスルールは、共同体の不決断という逆機能を生んでもいた。その中で、兄は長命者のルーセルの兄という立場を利して、影の実力者としての特殊なカリスマ性を発揮していた。その分、きたるべき兄の死は、共同体の人々にとって大きな損失だった。
ルーセルは、兄の子孫を紹介された後、兄のベッドに通された。兄は眠っているように見えたが、ルーセルに気付いた。兄の腹は病魔でパンパンに膨らんでいた。兄は、「このたわけもの、五十年間も訪ねてこないとは!」とルーセルを詰った。それから、いつもの兄弟の会話が始まった。ディラクは、遺伝子的に厳選されて生まれた子や孫たちの活躍を自慢し、ルーセルは、長命者の間にも病魔に屈するものが現れていることを語った。セルアによれば、様々な原因があるということだが、アンドレはそれを、単なる<死の願望>だとあざ笑った。不死措置も、死の願望が発生させる病魔を妨げるほどの力は有しないという。
この訪問を最後に、ルーセルを訪ねてくる短命者は、誰もいなくなった。
***
ルーセルはアンドレの呼ぶ声で目覚めた。ルーセルは、よだれを垂らしているのを短命者の女に見られたことをアンドレに詰られた。長命者は既に残り三人になっていたが、そのうちのセルアが死んだという。アンドレも死にかけている。短命者の管理方法を変えたほうがいい、という。彼らは船内のピラミッドの頂点に立つ者として、老いた姿を短命者にさらすべきではない、とアンドレはいった。
ルーセルたちは生命維持機能つきのカウチに座って生活している。ルーセルは船内のヴァーチャルサーチ機能にアクセスし、船内の様子を視察した。兄と死別して200年が経っていた。ルーセルは90歳で老化がほぼストップしていた。船内の基本的な様子は変わっていないが、人はめまぐるしく入れ替わっていた。<専制者>と称する長命遺伝子を持つらしき人々が、自らをルール(遺伝子学者の長命者)と名乗り、村を世襲でおさめている。かれらはクアックス人の不死措置が隔世遺伝したのだろう。長命のもの同士で子をつくり、寿命において他の短命者と大きな差をつけ、子の数ではなく寿命の長さを、自らの権勢の根拠にしていた。<尊師>たちは独自の儀式をあみだし、部屋部屋に不思議なデザインを施している。子供たちは限られたことしか教えられず、物事の原理原則を全く知らない。言葉も大きく変化し、貧弱になっている。
意識を肉体に戻すと、アンドレは、専制者を何とかする必要がある、われわれの弱さに気付く前に、われわれの権威を個人化する必要がある、と語った。彼女の提案は、船のログから見つけ出した若いころのルーセルとローラの映像を、ルーセルの<回答>とともに短命者たちに見せるようにすることだった。アンドレは自らの死ぬ姿を短命者に見られたくない、だからルーセルだけでそれをやってくれ、という。アンドレが死んでも、ルーセルには船というパートナーがいるから大丈夫だ、と。
そして、アンドレは死んだ。
この船が出発して250年。まだ、目的地までの行程のわずか0・5%を飛んだに過ぎなかった。
***
ルーセルの時間感覚は次第に長くなっていった。眠ってから目覚めるまで1年が経過していることもあった。彼の知識はすべてふみならされた船の廊下のように存在の実感がなくなっていた。
その間に、短命者の社会は、姻族関係を結んだ<専制者>(平均寿命が部下の二倍に達する)たちによって統合され、彼らが水を一括管理した。短命者の知的レベルは著しく低下し、ルーセルが<詩人衆>と称する連中が教育を取りしきっていた。
ハイリンという若者は、非<専制者>から生まれ、小さいころからルーセルの映像や神話に憧れていた。彼は傑出した知的能力を示し、セールという女と恋に落ちた。結婚が認められ、産児の許可を専制者に求めた。遺伝子は適合したものの、この求めは拒否された。専制者は拒否の理由をルーセルの意思と説明した(実際にはルーセルに問い合わせはなかった)。ハイリンは、自分が優秀すぎるために拒否された、と考えた。そして、船中の同志に呼びかけ、革命を起こした。船中の専制者を倒した彼は、ローラの仮面をつけたセールを伴って、ルーセルの神殿に突入し、ルーセルに怒りをぶつけ、「お前は存在しない、専制者のでっち上げだからだ!」と迫った。
ルーセルは、脚に感覚はないものの、器具の補助で何とか歩ける力はあった。かれは、やむなく<修道院>のドアを開けると告げた。ドアを開けると、入ってきたのは幼い少年だった。<詩人衆>の代表を呼んで来いというと、少年は泣いて逃げさった。まもなく、<詩人衆>が現れ、畏敬の面持ちでひれ伏した。ルーセルは重々しい足取りで彼らの間を歩きまわり、短命者の統治を失敗したことへの怒りを表明したが、短命者の存在は幻のように希薄に感じられた。かれは、今後の統治は<詩人衆>が行うこと、専制者は円形ロビーに幽閉すること(1世代で死に絶えるだろうという見込みだった)を命じた。
更に、ハイリンを連行させた。かれは憎憎しげにルーセルを見たが、その顔に知性の光があった。処刑するしかなかったが、自らの手で行うのはいやだった。他の者に処刑を命じ、死体を見せしめに晒させた。
以後、ルーセルは二度と修道院を離れなかった。
***
5000年が経過し、船内に疫病が流行したり、セールの村の娘たちが計画的遺伝子配合によりローラ似の娘だらけになったりということもあったが、特にルーセルの興味を引かなかった。ハイランの再来を恐れる人々が頭のいい子供の遺伝子を残さないように気を配ったため、短命人の知的レベルは低下していった。
ルーセルは船内の出来事に興味を失い、船と接続された感覚器官を通じて、船外の宇宙を観察しつづけた。あるとき、これまで受け取ったことのない、人間のものではないシグナルを受け取った。
***
二万年がたち、ルーセルは、船内ログから構築したアンドレのヴァーチャル人格に起こされた。短命人の村に事件が起こったので解決しろという。
久しぶりに見る短命人の世界は、部屋の構造などは全く変わっていなかったが、家具はなくなり、短命人たちの知性は退化し、もろもろの仕事はただ異性の気を引くためにだけなされるようになっていた。食事や衣類などは船の設備が面倒を見てくれるため、受身の生活が可能なのだった。必要がなくなり、かつ制度的に抑圧された知性、精神は後退し、生物学的現実が前面に出ていた。人々の顔はみなローラに似ていた。かれらはエンパシーを獲得しているようで、泣いている女を取り巻く人々が一緒に泣いていた。やがて、取り残された女を観察すると、子供の腕を持っていた。血の跡をたどると、<専制者>を閉じ込めた区画との境界の隔壁に通じていた。隔壁には穴が開いていた。
隔壁の向こう側を見ると、<専制者>は死に絶えておらず、四つんばいで裸で毛むくじゃらの影のような動物に変わり果てていた。一日することといえば、ただ食べるだけ。不死性を獲得する一方で、精神は完全になくなっていた。不死であるため生殖の必要はなく、むしろ人口を一定以下に保つためには有害であり、単に子供は事故による人口減少等に備えたフェイルセイフのような存在に過ぎなかった。彼らは子供たちを奴隷のように使って食べ物を持ってこさせた。<短命者>の子供をさらってこさせて食べたのも彼らだった。
不死性は神ではなかった、むしろ、生物学の進化、自然選択の法則が働き、ただの妖怪を生んでしまったのだ。
ルーセルは、隔壁の穴をふさぎ、両区画の間にバリヤーを張った上で、薄い真空の空隙を開け、完全にシャットアウトした。
そして二度と隔壁の向こう側を見ることはなかった。
***
2万5000年目に、船は、太陽系から超光速船でやってきた人間たちに追いつかれた。
ピリアスとトレックと名乗る男女は、人類が長い戦争を耐えて太陽系を守り、<連合>は敗北して解体したこと、今や人類が銀河系の覇権を握ったことを語った。メイフラワー号は2万5000年かけて1万3000光年を飛んでいた。2万5000年は世代宇宙船の新記録だという。
ピリアスとトレックの目を通じてルーセルは自分の姿を見た。ワイヤーとチューブの巣の間にぶら下がった、黒くしなびた物体だった。このような状態では、連れて戻ることはできまい。
地球人たちは、変わり果てた姿の短命人や専制者たちをシャトルに移して、太陽系に連れかえった。
船は、目的地のカニス・メジャーまでまだ半分しかきていなかった。誰もいなくなり、すっかりきれいになった船は、ルーセルを乗せたまま、果てしない暗闇を飛びつづけた。
~完~
silvering at 13:37 │Comments(4)
│読書
この記事へのコメント
1. Posted by slg July 31, 2005
13:57
投票内容
件数 場名 レース 式別 馬組 金額
(1) 新潟(日) 11R 馬 連 BOX 05,07,13
各100円(計300円)
合計 300円
件数 場名 レース 式別 馬組 金額
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2. Posted by slg August 01, 2005
21:02
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