後藤光尊

  • 後藤光尊
右投左打、内野手、背番号1
ニックネームは「ゴッツ」、「ごっつぁん」
奥さんは元グラビアアイドルのますみ夫人

高校時代は甲子園出場、その後大学へ進学したが
その才能を妬んだ先輩に履修登録日に監禁され、留年させるといういじめを受け退学。
しかしその後、川崎製鉄千葉に入社し、都市対抗野球で若獅子賞を獲得、日本代表にも選出され
ドラフト10位でプロ入りを果たしたという華やかなプレースタイルとは裏腹に壮絶な人生を歩む苦労人である。
なお、中学時代にはラグビーも掛け持ちしており、名門校にスカウトされるほどの実力を持つ。
(この経験がアクロバティックな守備の礎となっている?)

難しい打球を捌いてみせたかと思えば、イージーゴロをトンネルするファンタジーな守備と
期待していないところでヒットを打つ空気の読めない打撃が得意技
また、悪球打ちも得意でインローの捌きが非常にうまい。
その活躍っぷりにファンは「もっと後藤しっかりしろ」と言いながらも愛されるネタキャラクター
2chでは生意気でぐうたらなネタとして登場するが、本人は練習熱心で極めてまじめな選手である

左投手が苦手であり通算打率は1割台という打てなさっぷりだったが
(そのため左投手相手の阿部真宏、右投手相手の後藤と併用が長く続いた)
2007年後半より成長を見せ2008年は二塁レギュラーを完全に手中にした

2008年は規定打席に到達し成績打率.285、本塁打14本、打点57、盗塁13個はチーム日本人内トップ
大石監督からも「内野の要は後藤」と言われるまでの成長を遂げた

2008年シーズン中にファインプレーで右肩を脱臼
選手生命が危ぶまれる大怪我だったのだが一ヶ月少々で一軍に復帰
守備も軽快、さらに以前以上のペースで打ち始め、改めて後藤のファンタジーなキャラが際立つ事になった

2009年は5月に右太ももを肉離れし、早々に戦線離脱。
さらに復帰を焦り、ケガを再発しまい復帰は9月にまで遅れてしまい満足な成績を挙げれなかった。

2010年はどんでんに3番に抜擢され、当初オリファンたちには重責すぎると思われたが
チームリーダーしての自覚が生まれ今までは不安定だった打撃が見事開眼。
3番にふさわしい成績をマークし、打率.295、16HR、73打点とキャリアハイの成績を残した。

2010年オフにFA宣言を行使し他球団(中日などが獲得を狙っていた)に移籍すると思われていたが、
11月28日のファンフェスタにて「来年もこれからもオリックスでプレーする事になりました」と残留を表明。
ドラフト大失敗・カブレラ放出などの暗いニュースが続いてきたが、
ファンからの人気が高い後藤の残留は久々の明るいニュースとなった。

2011年はいつも通り序盤に苦しむも終盤にかけて調子を上げ統一球で球界の平均打率が大きく下がる中で自身初の3割を達成した。





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      (・) ゚∀゚)   ミ   
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      し(_) 

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最終更新:2012年03月18日 15:48
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