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 独身最後の日ぐらい、思い出に浸る事を許して欲しい。
まだ新しい草の感触を靴底に受けながら私は今、小学校の裏山にいる。
タイムカプセルを探しに来たのだ。

「大人になったら二人で開けようね」
小学校三年の頃。彼と二人で木の根元に穴を掘ってそれを埋めた。
 当時、彼は無二の親友で、やがて私の恋人になった。
彼は私の生活の一部だったし、私も彼の生活の一部だったと信じている。
破綻の理由―私が幼かったのか、彼が弱かったのか。
恐らくその両方だろう。終わりの方は一緒にいるのが苦痛でしかなかった。
唇を重ねたのも、体を繋げたのも全て「耐えられない沈黙」を紛らわす為で、その行為の中に愛があったのかは判らない。
口から紡がれていた言葉は嫌悪と嫉妬と利己的な思考、人工甘味料の様なツクリモノの睦言。
 彼は、去った。四年も前の事だ。

 一本の大木の根元には、桜の花弁で織られた薄紅の絨毯が広がってた。
その絨毯を、持ってきたシャベルで切り裂き、土をえぐる。
 ザック、ザック。
土の感触が湿った匂いと共に手に伝わってくる。
 ふと手を休めて小学校の方を眺めると、木々の向こうに後庭が見えた。
あそこは今、花盛りだ。ここからはその様子が一望出来る。
(見て、ここから学校が見えるよ)
(春は二人で、ここで花見だ。そこの桜も楽しめるし最高だね)
そう言い出したのが始まりで、それから毎年ここに二人で来た。
(また来年も、ずっとずっと―)
 首を振り、シャベルを持ち直して再び土に向き直った。
シャベルを使う手に自然と力がこもる。

 太陽がいつの間にか西の方に傾いていた。
「うそ・・・来た時はまだ空の高い所にあったのに」
なかなか見つからない事に苛立ちと焦りを感じ始めていた時だった。
 石とは違う、何かがシャベルの先に当った。
手の動きが止まる。
鼓動が強く、速く打つ。
シャベルを放り捨てた。
掘り起こした花弁交じりの土に膝をつき、手で土を掻き分ける。
爪が茶色になり、服の袖が汚れた。ジーンズが水気を含んだ土の所為で濡れて膝が冷たくなった。
でもそんな事はどうでも良い。
渾身の力を込めて半分埋まったままのそれを、引き抜くように掘り出した。

 出てきたのは古いお菓子の缶。
そう、これだ。二人で埋めたタイムカプセルだ。
缶に付いている土を手で払い落とし、すっかり錆びついてしまった缶を持ち上げてしげしげと眺めた。
同時にあの日の事が甦ってくる。
「埋めた時は、ぴかぴかしてた気がするんだけどなぁ」
缶は今、その面影は有るが大分変わってしまっている。
無理もない。二十年近くが経ったのだ。

 少し変形した缶を抱えて気合いを入れ、呻きながら開けにかかった。
 がばんっ
缶の方も生意気に大きな音をたて、何とも乱暴に開いた。
反動に思わず尻餅をつき、その拍子に中身がこぼれ落ちる。
「ああっ・・・」
坂から転げて行きそうだったものを掴んだ。ひんやり冷たいそれは―
「ビー玉?」
赤、青、緑。透明なのはラムネのもの。
起き上がって散らばったビー玉を拾い、他の中身を覗きこんだ。
 あの頃流行っていたメモ帳やお菓子の景品。二人の名札。
 小さな、小さな宝物達。
 あの幼い二人の宝物。
「絶対」を誓い合った。
永遠が有ると信じていた。未来は今日の続きと信じて疑わなかった。
でも此処にいるのは私だけ。あの日の私じゃない、独りになった私。
この宝物を埋めた少女は何処に行ったの?
―私ノ過去ノ中デ息絶エタノ?
 ならば私は人殺しだ。私は汚れた人間だ。
変わっていく周りの所為にして大事な物を無くしたのだ。

 「そんな事、無いと思います」
突然の声に驚き、見上げると婚約者の北原さんが立っている。
「ど、して、此処に?」
嗚咽交じりに問い掛けると、北原さんは私の右側にしゃがみ、お義母さんから話を聞いて探しに来ましたと言った。
「此処じゃないかな、と思ったんです。案の定でした」
タイムカプセルですか、ちょっと良いですかと呟いて北原さんはビー玉をと一つその中から取り出す。
「綺麗ですね―西日にきらきらしていて」
ほら。
確かにきらきらと輝いていた。黙って頷いた。
「二十年近く経っているのに全然変わっていないんでしょう?」
「ええ。でも缶なんか、ほら。こんなになって」
まるで私みたい。すっかり汚くなっちゃった。
自嘲気味に呟いて、また私は土に顔を向けて泣きだした。

 握っているビー玉を見つめて、北原さんはぽつりと言った。
「僕も貴方もこのタイムカプセルみたいに見えます。
貴方の外見は確かに昔と変わったでしょう、そのお友達の方も。
でもそれはこの世界では仕方無い事です。流れの止まった川の水は腐ってしまうんですから。僕はそう考えています」
私の右手をそっと取り、握っていた青いビー玉を乗せる。
「未来の自分に見せる為に埋めたんですよね?」
一体何が言いたいのだろう。判らないまま答える。
「そりゃ、『タイムカプセル』ですし」
「だったら良いじゃないですか。未来の自分は“変わった自分”、つまり“成長した自分”ですよ。変わった事に何の問題があるんですか」

 ああ、そうか。
大事な宝物を未来の自分に見せてあげたい。それだけだった。
こんな事があったんだよって、未来の自分に思い出させる為に埋めたのだ。
「良かったですね、思い出せて」
北原さんは微笑んだ。
「このビー玉が、中身が大事だったのでしょう?」
 『中身が大事』。その言葉にまた私は俯いてしまう。
「でもほら、私は中まで変わって―」
その言葉は優しく、でもきっぱりと遮られた。
「ないですね」
正確には、変わったけど元に戻ったのだと言う。
「だってほら、今貴方は此処で大事な事を思い出したんでしょう?大事なもの、取り戻したんですよ」
見て下さい、と青いビー玉を指さす。
「ほら、貴方の手の中に戻っている」
―私は北原さんに抱きついて泣いた。

 「本当に、良いんですか?」
タイムカプセルをもう一度埋め直す私に、北原さんは尋ねた。
「ええ、良いの。もう一人、見に来るだろうし」
土を被せて、そっと立ち上がる。花弁がひらりと足許に落ちるのが見えた。
「彼にも思い出して欲しいの」
妬けるなあ、と北原さんは嫌味の無い笑顔を見せる。
その様子を見て、私は初めてこの人に好意を覚えた。
この人にはいつか話せる日が来るだろう。
ビー玉の様な深い青に染まる景色の中で、確信した。

 「帰りましょうか」
北原さんはそっと手を差し出す。

その手をとる事に、もう躊躇いは無かった。
最終更新:2009年05月01日 03:39
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