おかんのあら汁(原価1Gくらい)

 おかんのあら汁(原価1Gくらい)

※ヒント、パラレルワールド

<1>


 エーファ―王国の漁師はいくつかの組に分かれて漁をする。エルフは水中で呼吸ができる種族であるため多くが海女や銛を使った漁師になる。この分野では人間はエルフに叶わない。近海の獲物はエルフの独壇場だ。すると人間の方は沖に出て漁をすることになる。沖の方が多くの獲物と、大きな獲物にありつけるためだ。

「うああああ!? 化け物タコだああああ!?」
 必然、こういうことになる。
「銛だせぇ! 船に取り付かせるな!」
「でけぇぞ! 絶対に止めろ!」

「へっへ……」
 そして俄かに殺気立つ船の上で、にやりと笑う女が一人。
 銀色の髪と褐色の肌。かなり薄着で肢体を惜しげもなく晒している。
「でっかい獲物や、逃す手ないで!」
 そして、奇妙な訛りをしていた。


「うえーい! 戻ったでー!」
「うわっ!? 磯くっさ!?」
 酒場の門扉を蹴り破らんばかりにあけると、真横から抗議の声が上がった。
「おうジョゼ、戻ったで!」
「くさいくさい! 近寄らないで!」
「おりゃあぁ!」
 銀髪の女はバタバタと暴れる黒髪の小柄な女の子を捕まえると、しなだれかかるように臭いを擦り付けた。
「レオちゃん、レオちゃーん! 助けてレオちゃーん!」
 小柄な女の子が心の限り叫ぶと、奥からバタバタと音がして。
「なんやなんや!? えっちな奴か!? 見せて見せて!」
「どうなってんのこの店は!?」
 奥から三角巾をつけた女がやってきて、キラキラした目で二人を見た。

「なんやちゃうんか、おかえりレイラ」
 レオと呼ばれていた金髪に白い肌のエルフが呼びかけると、銀髪の褐色の人間は笑って答えた。
「ただいま、おかん」

「離れろー! くせー!」
 そして黒髪褐色のエルフがまた悲鳴を上げた。


<2>


「それにしても本当に臭いな、今日は。どしたん?」
「本当に酷いよ? 海に落ちたってそんなにしないと思うけど」
「あんま臭い臭い言わんといてや……日ぃ落ちてから水浴びもちょっと嫌やから今日は我慢しといて」
 酒場の一角、奥の方に押し込められた三人が座っている。周りからは『おい別の席にしろよ!』と声があがったが
「じゃかしいお前らだって明日の朝にはくっせぇ臭いしとるわ! 嫌なら家かえって嫁さんに謝らんかい! ここでツケ払わせるで!」
 と金髪のエルフが怒鳴ると口笛を吹いたり明後日の方向向いたり『いえーい、磯臭い女サイコー!』などと言ったりし始めた。

「いやね、でっかいタコを捕ったんやけど、途中で捕まってしもーて。なんやヌルヌルするし最悪やったわ」
「なんや、やっぱえっちな奴やん」
「はぁ?」
「レオちゃんレイラそういうのわかんないと思うよ?」
「ジョゼがそういうの分かるほうが問題や思うわ」
「なんやスケベの話か? このスケベ」
「スケベな目にあってるのはそっちでしょ!?」
「女の子がスケベスケベいわなーい」
「レオちゃんが言い出したんじゃなーい!」

 見た目だけなら見目麗しい三名の、しかし全然可憐じゃないやり取りは、しかしこの『宝船の巡航亭』の日常だった。
 『宝船の巡航亭』は国の産業として漁業が多くを占めるエーファ―では珍しくもない漁場に近い場所の小さな店。金髪のエルフ、レオーナ・レオはそこの女店主だ。接客や調理をそっちのけで客と一緒に酒を飲んだりしているが、容姿が美しいこともあいまって案外繁盛している。酔っぱらってくると金の勘定が怪しいのがなんとも言えないが。
 そして黒髪のエルフはそこに手伝いに来ている自称看板娘(本職は海女だが)のジョゼ。エーファ―のエルフとしては一般的な黒髪と褐色だ。可愛らしい容姿をしていて本当にどこかのお姫様と言われても信じてしまえそうだったが、結局この娘も客と一緒に酒を飲んだり配膳のついでに客のツマミをちょろまかしたりしている。しかし客はちょっとそういうのも期待しているのでなんとも言えない。
 で、最後の銀髪の人間がレイラ・レオ。女店主レオーナの一人娘であり、泊りがけで漁に出ることが多いのでこの三人の中では一番『宝船の巡航亭』にいることが一番少ないのだが、この店の手伝いに出るときは最も客の被害がデカい。
「あ! レイラてめー、帰ってきたな!」
「?」
 常連がまた一人入ってきてツカツカと近づいてきた。
「うっ、くっせ……」
「やめてや、結構傷つくんよ」
「だがここで逃すといつになるか分かんねえからな! この際気にしねぇ」
 男がバン、とカードを取り出す。
「勝負だ!」
 慣れた手付きでカードを確認すると、レイラはニヤリと笑う。
「ええで、やろか」


「ひーん」
 下着一枚で『宝船の巡航亭』から逃げ帰っていく常連に、レイラはグラス片手にひらひら手を振る。
「まいどー」
「またひん剥いたの? というか早すぎ……」
「ぜんぜん金持っとらんかったから。おかんなんか飯あるー?」
「あるでー。まかない」
 他の客に呼ばれていっていたジョゼが戻ってきたときにはもう勝負は終わっていて、ジョゼはテーブルに散らばったカードをかき集める。
「……あれ、このカード」
「しー」
 ジョゼが何かを言いかけると、レイラは口元で指をたて、もう一つの手で髪をかき上げた。
 何故かその手にカードが二枚握られている。
「男の相手は楽やな。ずっとチチだの足だの見てて隙だらけや」
「………」
 カラカラと笑うレイラに、呆れたような顔をするジョゼ。
 レイラのこの薄着はこのイカサマを見破られないように視線誘導する目的があるという。
「そんなことばっかりしてるとお嫁さんの貰い手がなくなるよ?」
「ジョゼこそいい感じの年齢なってきてるやん。その辺どうなん」
「私は永遠に皆のアイドルだから」
「……おーおーえれー自信」
「アンタらに結婚なんてまだ早いで!」
 厨房の奥から声が飛んでくる。
「いやアンタはそろそろ身固めろよ」
「ぐはぁ」
 店中から声が飛んできて厨房の奥で撃墜された音がした。
 レオーナ・レオ。御年77歳である。

「まぁ実際そういう人居ないの?」
「はぁ?」
「だってずっと船の上じゃん。男の人ばっかりでしょ?」
 海女をしているジョゼは実のところ出会いは少ない。漁師とはそこまでの接点はないし、海女はその名の所為か何故か女性ばかりだ。しかしレイラは船で何日も航海して漁場へ向かう遠洋漁業に従事している。結果、何日も男たちと一緒にいることになるのだ。
「いやや同じ船の奴らは。くっさいもん」
「レイラに言われてれば世話ないね」
 悲しい話だが、船の上で貴重な真水を使って体を清めるなんてできない。そして思春期の娘であるレイラは何日もその臭いを嗅いでしまっているのである。特殊な癖でももっていなければ嫌悪の対象であるのは想像に固くない。
「あの船に乗るって聞いて絶対そうなると思ってたけどね……」
「予想以上だったわ」
「なんだってそんな男だらけの職場にいったのさ。こっちで一緒に海女やってれば良かったじゃん。お店も私が手伝わなくてもよかったし」
「……あんま負けたないねん」
「?」

 人間である以上、水場でエルフには勝てない。これは技術とか練度でどうにかなる問題ではなく、生態レベルで人間とエルフは違うのだ。水の中で魚みたいに呼吸できるエルフに人間が勝てる道理なんてなく、潜水の技術が問われる海女という仕事において人間は大きく差をつけられる。
 そして、ジョゼはエルフだ。レイラとジョゼは数歳しか違わない。ジョゼが子供たちの間でボスになった頃からの付き合っているレイラにとって、ジョゼは最も近い比較対象だった。そんな彼女に大きく差を付けられる仕事に就くことをレイラは嫌がった。
 エーファ―はエルフと人間がともに暮らす国だ。寿命も生態も大きく違う二種族の間にそのような確執があることは珍しくもない。
「一発逆転! みたいな方がウチらしいやろ」
「なにそれー? 今回そんなに儲けたの?」
「そりゃもうがっぽがっぽやで」
 そして、そのエルフと人間の間にある壁に心を痛めているのがジョゼだ。だからこそ、レイラはそれをジョゼに漏らすことはない。このことを彼女が知ったらきっと悲しむだろうから。
 それに実際給料がいい。なにせ歩合だから。大物がとれようものなら1か月漁に出なくてもいいことがある。船の連中もそうだが、ものぐさなレイラにとってこれは大きい。まぁその分獲れないときは本当に獲れないのだが。

「ほーれおまたせー」
「まってました!」
 厨房の奥からレオーナがデカい丼をもってやってくる。ふわりと磯のいい香りがした。
「お、レオ姐さんそれなに? そんなものメニューにあったっけ?」
「ただのあら汁やで? 時々ウチらがまかないで食ってるやろ」
「お、いいなぁレオ姐さんのあら汁旨いんだよなぁ」
「えーお前食ったことあんのかよーずりぃ。レオ姐さん俺にも頂戴!」
「ちょお!? ウチのおかわり無くなるやろぉ!」
「かまへんかまへん、こーなると思って結構作ってあるから」
 店中から俺も俺もと声が上がり、仕方ないなぁとジョゼが立ち上がる。二人が忙しそうにぱたぱたとあら汁を配るのを見ながら店を見渡す。
 この店は不思議だ。エルフと人間の確執が根深いところにあるこのエーファ―の地で、何故かこの店はエルフと人間が一緒に飯を食う。酒を飲む。肩を組んで歌う。それはあの二人がエルフと人間に分け隔てなく接するためだろうか、それとも単に酔っぱらってしまえば種族という差をあっさり越えてしまうのだろうか。店に入ってしまえば仲良くなるのにそんな大層な理由などいらないのか。

 あら汁を飲む。汁はぎゅっと煮詰まっていて味も風味も深くて濃い。そして具沢山だ。魚のあら、根菜の皮、野菜くず。まかないなのだから店で本来出せないようなものを使って作られているのに、そのどれもが暖かいスープの中に一緒に溶け込んでいてレイラの疲れた体に強烈に染み込んでいく。
「おかんのあら汁がいっちゃん旨い」
 別にレイラも高級料理に勝てるとは言わない。ただ、こんなものでも最高の味になるのだから不思議だった。
「なんや急に。気持ち悪いなぁ」
 言葉とは裏腹に、レオーナはニコニコと笑う。
 ジョゼはどっかのテーブルで一杯ご相伴に預かって一緒に歌っていた。レオーナがそちらを見ながらまた目を細めた。
「レイラ」
「ん?」
「アンタが旨そうに食べてくれるのがウチも嬉しいで」
「………何急に。はずかし」
 レイラが少し顔を赤くしてそっぽを向くと、がっはっは、とレオーナが笑った。

「いやぁ、アンタが磯の臭いぷんぷんで帰ってきてからこっそりあら汁継ぎ足しておいて正解やったわぁ~。あれ原価めっちゃ安いからおかげで結構儲かったで~」
「……ああ、なんか長いと思ったらそんなことしてたのね」
 商魂たくましくて大変結構。そういうとこを見せなかったらいい話で終わってくれるのに。


<3>


 明くる日。
「んあ~……あれ、レイラもう行くんか?」
 水浴びを済ませ服を着替えたレイラが出立の準備をしていると、朝まで常連たちとバカ騒ぎしたあと結局カウンターで寝てしまったレオーナが顔を上げた。
「うん、先月と先々月獲れなかったから続けて行こうってことになっててさ」
 ジョゼの方はべろべろになったところで上の部屋に置いてきた。あれでも嫁入り前の娘だ。
「そか。ほな頑張ってなー」
「はいよー。いってきまーす」

 外に出ると日がもう高い。ぐっと背伸びをして鞄を担ぎなおす。
「んー、次は普通に鯨がええな~」
 少しまだ濡れた髪をかき上げて、レイラは港へ向かって歩き出した。

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最終更新:2022年12月01日 04:48