従来の電子技術が電子を独立した存在として扱ってきたのに対して、強相関量子科学は多くの電子が高密度に詰め込まれて強く相互作用している電子集団の性質を研究する世界最先端の科学だ。その先駆者である十倉好紀氏は電力をほとんど使わない情報処理など持続可能社会への土台づくりに邁進する。 福島原子力発電所の事故の影響で節電義務の法令化も始まり、エネルギーへの危機感は高まる一方だ。発電施設の増設だけでなくエネルギー消費そのものを削減する技術の開発がいまこそ求められている。 「究極の目標は電力をほとんど使わない情報処理です。電流を流せば熱を生じてムダが発生しますが、熱にならないような電子の流れができれば、ほとんど電力を使わなくてすみます」 理化学研究所(以下、理研)強相関量子科学研究グループのグループディレクターである十倉好紀氏は、私たちが驚くような話を当たり前のように語った。
従来は、電子1個を独立した存在として扱ってきたが、“強相関電子系”では多くの電子が高密度に詰め込まれた状態の中で、強く相互作用している電子の集団と見る。 電子が絡み合った集団は、個別の電子とは異なった性質を持つことが分かってきており、その現象を解き明かし、機能を制御する技術の研究が世界の物性物理学界で最もホットなテーマの一つになっている。
高温超伝導は強相関電子系でのみ現れる現象であり、その仕組みが分かれば、さらに高温での超伝導が実現すると考えられている。現在は超伝導が起きる最高温で135ケルビン(約摂氏マイナス138度)だが、もし常温で超伝導が可能になれば、損失電力ゼロの送電や高効率モーターも夢ではない。
強相関電子系を応用すると、発電効率を飛躍的に高めることが可能だ。電子が高密度に集まると、マイナス同士の電荷で反発し合いながら、結晶状に並び、強い安定状態となる。これを「モット状態」と呼ぶが、この“電子の固体”ともいえる結晶に温度、磁場、電場、光などの刺激を与えると、一瞬にして電子が“液体化”して安定が崩れ、別の物質に変わることが分かっている。絶縁体や半導体を金属に変える“錬金術”が実現するのだ。
十倉氏はこのような強相関電子系理論を活用した画期的なエネルギー革命を4つの分野に絞り、「イノベーション“4”」と命名している。持続可能な社会を実現する土台を築くために理研などで研究者グループを率い、世界的な業績もすでに上げている。
イノベーション“4”とは次のとおりだ。
(1)太陽電池の発電効率を40%以上にする
(2)熱電変換性能指数を4以上にする
(3)高温超伝導が起きる温度を室温を大きく超える400ケルビン(約摂氏127度)以上にする
(4)蓄電池のエネルギー密度をキログラム当たり400Wh以上にする
リチウムイオン電池のエネルギー密度は、キログラム当たり120~130Whなので、いずれも現在の性能を3倍以上に引き上げる野心的な目標値だ。実現すれば、電力やエネルギーに対する考え方や利用法が革命的に変わり、低エネルギー・高付加価値の持続可能社会が生まれるだろう。
「この分野の研究では日本が世界のトップを走っています。ドイツもかなり進んでいます。アメリカはこうした基礎研究よりも実用化研究に熱心です。日本が最先端を行っているとはいえイノベーション“4”は、既存技術の改良では達成が難しいでしょう。新しい原理に基づく強相関電子系の技術開発が必要で、10年、20年で実現するものではありません。考えてみれば、電気を効率的に送り、自由に使えるようになってまだ100年ちょっとしか経っていません。次世代のエネルギー革命は100年スパン、1000年以内の時間軸で考えなければなりません。だからこそ、基礎研究が大切なのです」