バックストーリー外伝 ~The Mad Warrior~

注意

この作品はナイトメア氏執筆のバックストーリーにおける非公式スピンオフです。
鴉乃が勝手に書いているので、バックストーリー本編とは何の関係もありません。
また、ナイトメア氏は執筆に関わっていないので今作の苦情をバックストーリー本編に向けるのはおやめ下さいまし。

……ある地点からクオリティに差がある気がするのは執筆中に長い間が開いたからかと思います(死



「確かに噂には聞いていますが、単なる噂でしょう?」

怪訝そうな表情で男はそう述べた。
王室の中心部でのその言葉は他でもない王に向けられた言葉であった。

王都周辺では現在、奇妙な噂が実しやかに語られている。
男と王は今まさにその噂についての会話を交わしている最中であった。

「わしも信じてはおらぬ。じゃが、火の無い所に煙は立たぬと言うじゃろう?」

「ですが……」

反論の意を示そうとしたところで男は止める。
ここで王に言葉の剣を振りかざした所で何らかのメリットを得られるというわけでもない。
受け止めておけばほとぼりが冷める時というのも自ずとやって来る物である。

「分かりました、警戒を強めるよう指導はしておきましょう」

言って一礼をすると男は王室から立ち去る。
警戒態勢の呼び掛けを約束はした物の全く馬鹿らしい。
心のどこかになんとも言えない微妙な気持ちを抱えたままで仕事場に戻ろうと歩みを早める。

彼はとある王都で兵士長を務めていた。
新米兵士時代から才能を存分に発揮し、勤勉で柔軟な姿勢が実を結んだ。といった評判である。
事実彼は、剣術を始めとして槍術……素手での戦いに至っても王都内で比類する者がいないほどの猛者である。
加えて任務に対しての穴の無さが相まって、まさに完璧な兵士長である。

それだけに、今密かに語られている噂話を信じる環境に彼は無い。
内容はというと至ってシンプル。
「たった一人の男に一国の兵士団の部隊が相次いで滅ぼされている」なんとも馬鹿らしい。

普通なら広まる事も考えられないような非現実的すぎる話だが、何故か男の周りの人間は信じてやまない。
一国の部隊ともなればその兵士の数は何十人、百人以上にも及ぶ。
熟練の兵士が百人近くである。
誰が勝てるだろうか、勝てるわけが無い。
第一、そんな部隊に挑もうなんていう“イカれた”奴なんて存在するわけが無い。
王に反発する気持ちなぞ持ち合わせていないつもりだが、それでも警戒を強めるなんて命令は愚でしかないと思う。

兵士長専用の執務室にて本日の日程を確認する。
これより3時間後に部隊を率いて出動の任務がある。
王の言うとおりに警戒を強めるとするならばこの出動も検討せねばならないのだが知った事は無い、決行の一択だ。

思いを3時間後の任務に対して巡らせていると執務室の扉をノックする音がした。
入室を促すよう返したところ一人の兵士が姿を現した。副隊長だ。

「隊長、本日の出動任務は決行されるんですか?」

「無論だ、中止する道理も延期する道理も無いだろう」

「ですが例の噂の件もありますし」

「お前まで噂に振り回されているのか、あんな噂が本当であってたまるか」

「……分かりました、部隊の者には決行を通達しておきます」

言って副隊長は退室する。
まったく、どうして誰もが噂を鵜呑みにしているのだろうか、馬鹿らしい。
部隊を一人で壊滅させる男が存在するならば、戦士として修練を積んできた日々が完全に否定されてしまうじゃないか。

男は呆れた気持ちを抑えきれないまま任務に向けて仮眠を取る事を決意した。






やがて任務決行の時間となった。

副隊長が事を円滑に運ぶ手引きをしてくれたのならば城前に兵達が集まっているところだろう。
愛用の剣を携え執務室を後にする。

任務は隣の村までの出動、兵団の活動に必要となる物資の調達である。
至って単純な任務だがそれなのに兵士長自らの出動、その理由はやはり例の噂なのだろう。




「あ、隊長。準備は整っていますよ」

「ああ、ご苦労」

ちらりと集まった兵士達を一瞥する。

簡単に言えば完全武装だ、鎧に盾に剣、何れも王都内で手に入る最上の物である。
まるで戦の任務でも受けたかのような風貌だ。
剣一本で出動しようとしている隊長が浮いてみえる。

「はぁ……それじゃ、行くぞ」

そんな様相に思わず溜息一つ入れてから号令を掛けて王都を出た。




「隊長殿、目的の村まではどれほど掛かるのでしょうか?」

「分からん、副隊長にでも聞いてくれ」

道中、幾度か兵達からの質問に遭う。そしてそれを全て副隊長に押し付ける。
実際に、目的の場所までの正確な距離、掛かる時間は全く持って把握しておらず。
本来このような物資調達などの雑務には隊長が指揮を執るだなんてありえない事実なのだ。
楽な任務と高を括って下調べなどと言った作業もしておらず、道は副隊長が知っているので下準備ゼロと言ったところだ。

それでも今回の任務の失敗は無いと確信している。
寧ろ、この程度の任務なんぞ失敗のし様がない、その程度のレベルなのだ。



30分ほど歩いただろうか、辺りには草原が広がっている。
地平線の彼方までをも見渡せそうな一面の大草原、故に“異質”を発見するのに時間は掛からなかった。

「隊長、あれって……」

兵士達が各々のノイズを発しざわめきだすのは直ぐだった。
遠めに見るにアレは人。そして背中には剣らしき物を背負っている。
刹那、脳裏に過ぎるは例の警戒態勢の命令。
馬鹿な、そう思いつつも兵士生活を共にしてきた相棒に手を掛ける。

「……村まではどれだけある?」

剣に手を掛けたままで副隊長に問う。
噂を歯牙にも掛けていなかった自分がこのような行動に出るなんて不可解だと自分でも思うが、何故かそうせずにはいられなかった。
それだけ、草原に見える一つの影は異様な緊張感を放っていた。

「20分ほどです、緊急の撤退は不可能です」

質問の意図を汲んだ副隊長も剣に手を掛けながら耳打ちする。
出発地と目的地のほぼ真ん中の地点、運が無かったか。
ふぅ、と息を吐いて状況を頭の中で整理してみる。

もしも噂が本当であり、尚且つあの迫り来る人影が噂の男だとするならばここで戦う以外の選択肢が無い。
見遣れば兵士全員が各々の武器に手を掛けている。
そうさせるのは人影の持つ独特の雰囲気……強大なそれ故の物だろうか。


瞬間、人影は猛スピードでのダッシュを始めた、進行方向は此方。兵団の空気が一気に張り詰める。
間違いない、噂の真偽は兎も角としてアレは敵だ。戦いは避けられない。

「臨戦態勢だ!武器を構えろ!自分の身を守るんだ!」


怒号を飛ばす
敵は近い
異常な速度が距離を一気に縮める
50メートル
30メートル
10メートル
逃げるのは不可能
戦うしかない
敵は一人
だがその気は凄まじい
目前まで来た敵が剣を振り上げる
前方の兵士が盾を構える



……張り詰めた空気が一変して唖然に変わったのはここからだった。
敵が振り上げた剣に対して前方の兵士4人が盾を構えたはずだった。
しかし、目に飛び込んできた光景は盾に防がれた剣ではなく、剣に吹き飛ばされた兵士達。
4人が吹き飛び、激しく地面に叩きつけられる。
盾は壊れ、立つ事が叶わない致命的なダメージだった。

唖然
同時に恐怖
噂以上の男との対峙、恐怖。


「くくく……お前達兵士なんだろ、ちょっくら遊んでいこうぜ」

不敵な笑みからコンマ1秒。
目に追えない速度で振り上げられる剣。
目標は副隊長を含んだここの5人。
剣一本で防ぐ術を持たないので避けるしかない。
出来る限り、命懸けの反応で大きくバックステップ。
残った4人のうち3人が咄嗟に盾を構える、そして副隊長は少し遅れてバックステップで追従する。

判断は副隊長が正解。
盾を構えた3人は先ほどの映像をプレイバックするかの如く吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。

「少しはデキるみたいじゃねえか、並大抵の訓練、若しくは才能が無けりゃ刷り込まれた恐怖で足なんか動かないもんだがな」

再びニヤリと笑う敵。
考えられないほど大振りな剣を携えたその男。
発する雰囲気……“闘気”は人間のそれとは思えない強力さである。

「お前ら面白いぜ、今日は久々に楽しめそうだな」

その言葉が引き金と思い身構えたが、見当は外れた。
驚く事に男は大降りの剣を背中に仕舞いそして再び二人に向き直ったのである。

「デキると言っても俺とお前らじゃ戦力さは歴然。……ボーナスだ、俺は素手で行くぜ」

なんと剣相手に素手で挑むと宣言を始めた。
完全に虚仮にされていた……だがこれはチャンスだ。
王都内で比類する者が無いと言われた腕前だが、先ほどの剣を持った男には勝てる確率は紙より薄い。
だが素手なら……素手ならば望みはある。


一瞬早く、副隊長が飛び出した。
小細工無しの一閃、剣を思い切り男に向かって振りぬく。
副隊長、王都では隼の剣士という異名をして高い評価を得ていた彼。
その名の如く、速い。
音速、光速、神速とも言える一閃。
シンプルゆえに高速、それ故に強力な一撃。

予期していた結末が回避されたと分かったのはそれから刹那の事だった。
いや、寧ろ予期よりも早く定められた未来が否定された、そんな訳の分からない事態か。
副隊長の隼の一閃は敵に直撃する一歩手前で止められていた。
―――手首を掴まれ

「っー!?」

声にならない驚きから掴まれた手を振り解き引き下がる。
相も変わらず男は再び余裕の笑みを浮かべた。

「どうした?軽い挨拶だぜ?」

その巨大な剣、そしてそれを振り回す筋力。
見た目からただ強力なパワータイプだと思っていた。
が違った。
目の前のこの男は力、速度、技術、精神面に於いて常人の計りを遥かに上回っていた。

「くっ!!」

悔しさと驚きとが絡み合った感情と共に再び男に飛び掛る。
その機を逃すまいと隊長の方も己の相棒を握り締め、ほぼ同時に飛び掛る。
武器を持った2人と素手の1人、聞こえだけならば圧勝の構図。
素早さで上回る副隊長の一撃を遊びか真剣かは不明だがギリギリで避ける。
続く隊長の横切り、これにカウンターするかのような低姿勢での足払い。

攻撃モーションに完全に入っていた状態での一撃、言わば脆い箇所へのピンポイントでの攻撃。
足払いは十分すぎる効果を放ち、隊長はその場で横転した。
その一瞬の光景に気取られた副隊長の方も隙を突かれ同じように足払いを受け、倒れる。

そこに降りかかる追撃の一発、踵落とし。
今まで見てきた剣術や槍術よりも恐ろしさを内包した、身の毛も弥立つような稲妻の如き其れ。
横転の衝撃で体への危険信号が鈍っている、万事休すか。


――――パアン!


そんな窮地を遮ったのは銃声だった。
男の踵落としは止まり、その銃声の方向に向き直る。
新しい人影が2つ。
その正体を把握するのに時間は要さなかった。
紛れも無い仲間だった。

「ギャザー!ゲイル!」

驚くくらいに喜びの感情篭った大声が隊長から発せられた。
仲間二人の登場が途轍もなく大きな出来事の如く感じられる、そんな窮地。

「ったく、俺達がもう少し遅かったらお前ら終わりだったぜ……まー、これも運命って奴さな」

「……噂の通り、とんでもない相手だな……」

この状況にも関わらず割と軽い印象の発言をするのがギャザー。
隊長や副隊長とはまた別の部隊で指揮を執っているやり手。
そして先ほど銃弾を放ち、この窮地を救ったのがゲイル。
部隊の指揮を執るギャザーの補佐を務めるやはり彼もやり手だ。

その機会を逃すまいと立ち上がり、男に警戒を向けたままに新たな仲間と合流を果たす隊長、副隊長。
不思議と男はそれを追いかけ、攻撃しようとはしなかった。


「……もう少しでじいさんも着く……少しの辛抱だ」

隊長に耳打ちをするゲイル。
じいさん……王都の兵士の間ではその呼び名で通る位の愛称だ。
単刀直入に言えば、歳の所為で兵士を退団した物の未だに王都で兵士の訓練を指導している……言わば特別講師みたいな物か。
そんな彼も参加してくれるならば、或いは目の前の敵にも大打撃を与えられるか?

「しっかし、隊長と副隊長を単身で追い詰めるかよ……出鱈目な奴だぜ」

口調こそ軽い物のギャザーの表情は真剣そのものだった。
右手の槍と左手の盾、それから身に纏った甲冑は命懸けの証か。



「そろそろ良いか?あんまり待たされちゃ我慢が効かねえもんでな」

一通りの会話が終わった所で男が4人に目を向ける。
その表情は依然として笑みを浮かべており、まるで人間が小動物を弄んでいるときのような余裕さがひしひしと感じて取れる。
なんとか……なんとかしてこいつの表情を凍りつかせたい。
そう思うのは彼らの兵士としてのプライド故か。

「…………!」

刹那、無言のままにゲイルが銃を抜きそして男に向かって発砲した。
疾風の狙撃者……それが彼の異名だった。
銃を抜いてから敵に放つまで、無駄な動きは一切なくそれに加えて超速度。
一発で勝負を決してしまう可能性を孕んだその銃弾は一直線に男に向かって空を切って進んでいった。

―――――が、男はそれを避けた。
心のどこかで「こいつならやりかねない」、そう思っていた其れを易々とやってのけた。
表情がより一層真剣になったのは、新たにこの場に加わったゲイルとギャザーであった。

「良い一発だった……構えるまでの速度、動作を悟らせない最小限の動き……確かに一流だが、撃つ前に殺気を発してたんじゃ失格だな」

言い終わった直後に再びゲイルが銃弾を発射する。
今度は一発ではない、連射。
弾倉が尽きるまでの早撃ち、間髪なし。

それを一発一発避け、それに加えて避けながら前進してくる男。
その前進がまた速い。
銃弾を避けながら銃弾さながらの速度での前進、あっという間にゲイルとの距離は零に近くなる。
やがて攻撃の届く範囲になった途端に放たれる拳。
横なぎのそれは瞬間移動の如き速度でゲイルに向かって飛ぶ。

が、恐れていた事態は起こらなかった。
ゲイルと拳との間に挟まれたのは盾……ギャザーである。
彼は王都では集約の騎士と呼ばれ称されている、その所以がこの防御である。
仲間のピンチには自らが盾となる、そんな優秀な戦士なのだ。

「チームプレイの成す力、見ると良いぜ」

攻撃を止めたギャザーが男に向け笑いかける。
驚くべきはあの攻撃を受けて体勢一つ崩さない所だろう。
そんな所にも集約の騎士としての高い評価が裏付けられている。

「くくく……ふはは!はっはははは!」

そんなギャザーの言葉を受けてなのか、男はいきなり大笑いを始めた。
それにはギャザーも鋭く反応した。
兵士としての誇りが無意識にそうさせたのかもしれない。

「何が可笑しいっ!?」

「チームプレイの成す力だ?面白すぎるぜ、笑いが止まらねえ!」

男は再び攻撃の構えに入る。

「オマエらに教えてやるよ、チームプレイなんぞ問題にならない本当の闘いって奴をっ!」

瞬間、何度再生しても驚きを隠せないような速度で男がギャザーに飛び掛った。
反射的に盾を構え、男の攻撃に備える。
王都トップクラスの防御力、それを一心に固める。

「甘いわっ!」

男が取った行動は至ってシンプルだった。
盾の上からの思い切りの前蹴り。
常識では測れないその衝撃にギャザーが後ろへ吹き飛ぶ。
それと同等以上の速度で男が地面を蹴り、ギャザーの追撃に向かう。

「やめろっ!」

その光景から男を止めようと飛び出すファルコ。
しかし如何せん間に合わない。
同時にゲイルが男に向けて射撃をする。
が、男が速すぎる。狙いが定まらずに弾は虚しく虚空を切り裂く。

そして容赦なく盾の上から叩き下ろされる踵落とし。
盾と地面とに挟まれ、ギャザーの甲冑が甲高い音を辺りに響かせる。
もう一発。

バキャンッ!

甲冑から妙な音が響いた、今にも割れそうな恐ろしい音だった。
刹那、男の背後からギリギリ間に合ったファルコが斬りつけようとする。
……男はその上を行った。
ファルコの切り払いより速いスピードで振り向きざまに裏拳をファルコの顔面にヒットさせる。
それは一人の戦士の意識を刈り取るには十分すぎる破壊力だった。

次いで更に隊長が切りかかる。
裏拳で体勢を崩したタイミングでの絶妙な横薙ぎだ。
当たる。
一発当てれば勝機はある!
剣の切っ先が男の胴体に触れる。
その瞬間、男は剣を振る速度よりも速く剣と同じ方向に跳んだ。
対象を失い、逆によろめいてしまう隊長。
無論、男はそれを見逃さない。
体勢を崩し、覚束ない軸足を思い切り刈り取られる。
空中で何回転もしてしまうかのような強烈な足払いを受け、そのまま地面に伏してしまった。
僅か5秒、5秒で2人が戦闘不能。


それでも男の狩りは終わっていなかった。
再びギャザーに追撃の踵落とし。
その一撃でなんと、ギャザーの甲冑が割れる。
当然、内部への衝撃は凄まじい……装備と共に彼の意識も壊れる。

残りはお前だけだと言わんばかりに男はゲイルに体を向ける。
やはり突進。
ゲイルの打ち込む弾を片っ端から避けて攻撃範囲に入るや否やゲイルを殴り、決着。



「くくく、ただの兵士にしちゃ楽しめたぜ」

「これ以上の楽しみ……魔法使いや妖怪の類でも探してみるか」

男はそう言い残して壊滅した兵士団の前から立ち去ったのだった。




*


「これは……なんという事じゃ」

目の前の惨状を目の当たりにし、一人の剣士が狼狽した。
ゲイルらに「じいさん」と呼ばれていた彼、到着した時には総てが終わっていた。
壊滅し地に伏している多数の兵士。王都の精鋭であった一団は、まるで大規模な戦争に巻き込まれた容貌だった。

「しっかりするんじゃ!ファルコ!」

ファルコ、副隊長の名前だった。
彼らにはまだ息があった。体を揺さぶると呻きながらも目を開ける。
一人一人を介抱し、王都へと全員を送ろうと決めた彼。
……隊長の姿だけは最後まで見つける事は出来なかった。



―――――――――――――――


「なるほどのう……噂は本当だったわけじゃ」

城の会議室でファルコらから事の経緯を聞き、神妙な面持ちの老年の剣士。
本来は兵士団の方針を話し合う大きな会議室なのだが、ここで話し合ってるのはファルコ、ギャザー、ゲイル、そしてマスターオブソードの4人だけだった。
他の兵士達は休養……隊長は未だに見つかってはいなかった。

「やはり私が隊長を説得して任務を延期するべきだった……そうすれば」

「あんな噂を完全に信じろって方が無理な話だろ、お前の責任じゃねえよ」

強い責任の念に追われるファルコをギャザーが慰める。
彼も噂は単純な噂としか捕えていなかった。
きっと部隊潰滅はどこぞの国家が情報戦でも行っていたのだろう、熟練された戦士達の暗黙の共通見解だった。
が、実際はどうだ。
噂の真偽は言うまでも無く、否、噂で聞いていた以上に恐ろしい“怪物”が存在していた。

「しかし、お主らの盾、剣、銃を以ってしても……とはのう」

「俺のは話にならないよ、俺の盾は素手まで吸い付ける事は出来ないみたいだからね」

言ってギャザーは己の相棒を見つめる。
武器と認識した物を吸い付けるという盾……集約の騎士たる所以である。
そんな盾も素手の前には何も効果を発揮しなかった。
……どんな武器よりも恐ろしい凶悪な素手の前には。

恐らく、あの男が背中の大剣を使っていたとしてもなんとなく完全に防げる気はしなかった。
あいつなら盾ごと吹き飛ばす……そんな妙な確信が持ててしまうほどに圧倒的な差だった。

「私の剣も無理でした」

同じく自身の剣を見つめるファルコ。
どんな攻撃より早く。速く。疾く。迅く。捷く。
そう信じてきて生きてきた戦士生活。
だが当たらなかった、止められた……最も屈辱的な方法で。

ゲイルも一様に己の武器を見つめていた。
表情には出さないがその胸中は恐らくこの場の戦士たちと同様だった。

「力、速さ、反射速度、精神力……なんという事じゃ。それでは“誰も勝てない”ではないか」

戦士たちが感じていた結論が遂に形となって現れてしまった。
同じ戦士としての土俵に上がったら勝てない……勝てるとしたら人間を完全に超越した存在なのか。
戦士たちは大きな壁の前に辟易していた。

そこに姿を現さない一人の戦士の行方は誰も知らなかった。

―――――――――――――――

一方、とある山中。
行方を眩ませていた戦士は一人、彼の剣と共に山奥へと歩を進めていた。
ただ彼は不甲斐なさを感じていた。
元々はあの惨劇は噂を信じず任務を強制的に執行した自分の責任だったのだ。

派手に暴れられ、部隊は壊滅的打撃を受けたが、最終的には死者は一人も出なかった。
あれほどの実力で死者を出さなかったのは偶然では無いだろう。
恐らく狙って……本気を出さずに遊ばれていたのだ。
部隊の事を考えると幸運だった。
しかし、恐怖から兵士の部隊を断念するだろう事は容易に想像が付く。

「くっ!」

苛立ちから近くの細木に剣を振り下ろして切り倒す。
元来の責任感の強さから、部隊の事を考えると自己嫌悪が止まらなかった。

そうだ。
元々自分が強くなかったのがいけなかったのだ。
あの男に勝つまでは行かずとも、少しでも抵抗出来る力があったのなら、その隙に仲間を逃がす事位は出来ただろう。
もっと力が欲しい。

剣を握り締める。
自分の目指すべき強さを思い描きながら、それに近づく決意を固める。

「くくく……それじゃ駄目だな。お前の目指す強さには何年経とうが辿りつけねえ」

そんな決意を踏み躙ったのは事の発端となったあの男だった。
大木に寄り掛かるようにしてあの笑みを浮かべている。

「……どういう事だ」

「確かにお前は普通の戦士としては1流だ。一国の部隊長だけはある。
 だが、普通に鍛えても辿り付けるのは所詮は“優秀な戦士”レベルの境地だ」

本来なら完全な敵の存在のハズだがこの男の言葉を簡単に無視することは出来なかった。
悔しい事にもこいつの戦闘に関する一切に関しては超一流だ。
戦士としてそれは完全に認めてしまっている。
万が一にもこの男の台詞は間違っている事など無いだろう。

「俺の見た所、お前の剣は特殊な物だな。さっきの細木を切り倒した様子から、恐らく斬った対象の質量を無視……ってところか」

言葉を失っていた。
苛立ちから何気なく行った先ほどの行為から、完全に見抜かれていた。

「剣もお前自身の素質も磨けば最高の物に近い。
 優秀な戦士、ってレベルで終わるのはちょっと勿体無いんじゃないのか?」

「お前は……」

「俺はバドール、強い奴と戦うのが生き甲斐って所だ」

言ってその場を立ち去ろうとする。
彼は本当に強い奴と戦うのが生き甲斐なのだろう。
他人に軽い指南を残すと言う何のメリットも無い行為を行っているのだ。

「いつか……いつか強くなったら……今度はお前の顔色を変えてやるっ」

「……お前が俺に足る存在になったらいつでも戦ってやるぜ」

ニヤリと笑みを浮かべてバドールは完全に闇へと消えていった。
きっと彼は強い相手を求めてどこへでも行くのだろう。

残された戦士は強さを求めて新たな道へと歩む決意を固くするのである。


―――――――――――――――

月日は流れた。
あの日を境にバドールの姿を見かける者は居なくなった。
彼を知ってしまった者は「どこか遠い世界で強者を捜し求めているのだろう」とそう思っていた。

ただ、バドールの居なくなった後も兵士団の壊滅事例は絶えなかった。
噂に流れるのは「質量を無視する攻撃」という情報だった。
ファルコらはその噂を聞いて壊滅事件の真相をなんとなく把握していた。

暫くして、ファルコら王都の精鋭達は兵士団を退団した。
同時に、抵抗勢力(レジスタンス)と言う集まりを結成……腕の立つ戦士を集めていた。
そこにはマスターオブソード、彼も参加していた。

かつての仲間の破壊活動を止めるため、それだけの為に結成された勢力だった。
それほどに、そのかつての仲間は強く、凶悪な存在にとなってしまっていた。
いつしか、人々はその姿に畏敬の念を込めて「凶戦士」という通称を付けるようになった。


王都を離れ、墓場の下にアジトを作り、凶戦士の動向を追う彼ら。
彼らは感じていた。
自分達と凶戦士の間には日に日に圧倒的に差が広がってしまっている事を。

凶戦士の強さは凄まじかった。
かつて戦ったバドールに比べれば劣るかもしれないが、それでも十分に人間を超えていた。

彼らを悩ませる問題はそれだけじゃなかった。
歪んだ空間から異世界の者達も押し寄せてくる事態になっていたのだ。
今まではバドールが戦いを求めて異世界の者を倒していた、しかし彼が居なくなった事でそれが溢れかえってしまったという推測も飛び交っていた。

凶戦士ほどの被害は無かったが、抵抗勢力の面々は異世界の者の対策も余儀なくされていた。


「助っ人が居なければ作戦が前に進まないようじゃな」

マスターオブソードも、まるで進展しない状況に苦渋の提案を出していた。
だが、ファルコらと同等、それ以上の助っ人なんか簡単に見つかるものでは無かった。


凶戦士からはかつての隊長の意思が失われ始めている。
ただ破壊活動を繰り返す様子は、別人以上の何かだった。
早く彼を止めなければ……そうは思う物の、その実力差……。


―――――――――――――――

それから1月ほど経っただろうか。
抵抗勢力のメンバーの一人が巡回中に次元の裂け目を見つけたという報告を持ってきた。

「次元の裂け目か、いつもの連中じゃないのか?」

言うまでも無く空間を操る連中の事である。
自分達が目標としているのは凶戦士の方であるのでそちらに興味は無い。

「それが……ちらりと3人組の子供が出てきたような気がしまして……」

「子供だと?」

怪訝な顔を見せるファルコ。
子供で、しかも3人組というのは珍しい……いや、初だろう。
いつものそれではない……恐らくイレギュラー的な何かか?

「よし、私が様子を見てこよう」

言って剣を片手に立ち上がる。
近頃はこの辺りにもならず者が溢れているらしい。
多少の武装は必須だろう。

「おっと、お前一人に行かせるかよ。俺も行くぜ」

「……3人組、興味深い」

格して廃墟に向かう三人。
近々予定している「凶戦士討伐計画」
子供と言う報告を聞きながらも、何故かファルコには謎の期待感が沸いているのだった。

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最終更新:2012年09月25日 23:58