第十九章
「おおお!!」
ファルコはひたすらに剣を振るう。倒れた異形の者は2体。まだ、無数の魔物が残っている。
魔物の動きは素早いというわけではない。しかし、足の爪による攻撃が鋭いのと耐久力が高いのが特徴であった。
このままでは、
カイルのところへ駆けつけることはおろか、後衛であるゲイルや気絶した仲間を守り切るのにすら不十分であった。
ファルコが一瞬だけ、後ろに注意を向けたとき、魔物に不意を突かれてしまった。
―――しまった!
取り囲まれて完全に身動きが取れなくなる。そのうちに、数体の魔物はゲイルの方へ向かう。
まずい。ゲイルはかなり早い方だが、銃を扱う者はスキが大きい。あの数はゲイルでも処理できない。
マスターオブソードを見やるが、彼も手一杯であった。
くっ!
ファルコは近くにいた魔物を斬りつけるが、それだけでは魔物は止まらない。
複数の魔物とともに再び向かってくる。
が、その方向はこちらではなかった。
「ずいぶん湿気た顔してるじゃんか、ファルコ」
軽そうな口調。騎士の出で立ち。
「ギャザー!!」
気が付いたのか!
ファルコは周りの魔物がギャザーへ向かっていくのを見ると同時に、ゲイルの方へ駆けた。
走るというよりは、もはや滑空していると表現した方が的確な速さで進む。
……しかし、ギャザーは敵の武器や攻撃を敵意に反応して引き寄せるものであったはず。知性を持っているとは思えない魔物とはいえ、敵そのものを引き寄せたことは今までない。
盾の力が拡張されたのだろうか…?
数瞬の思考をしているうちにギャザーのところへ辿りつく。
魔物はあと1歩のところまで迫っていた。ギャザーは苦い顔をしている。
飛び立ちそうな勢いで突撃し、ギャザーに接近していた魔物を斬り裂く。
「…助かった」
ギャザーは小さい声で礼を言ってから、銃を
アサルトタイプに持ち替えた。魔物を目標に射撃をする。ギャザーを背にしながら、ファルコは3体の魔物を相手取った。
「…アレをやろう」
低い声でギャザーが言った。
「アレって……、時間を稼いで欲しいってことなのか?」
コクン、とゲイルは頷く。
確かにアレならば、この魔物たち全体に
ダメージを与えることができる。
発動までに時間がかかるが、前衛に3人いればなんとかなるかもしれない。
…よし!
「マスターオブソード!ギャザー!これよりある作戦を決行する!!」
ファルコは腹のそこから声を張り上げる。内容はこれだけで伝わるはずだ。
「オペレーション『ミラージュスナイパー』!」
*
――勝負をかけよう。
シュシュは逸る気持ちを抑えながら、そのタイミングを待つ。
そして、そのタイミングをつくるために、インファイトで猛攻する。
シュシュが僅かに大振りになった瞬間――少年は大きく距離をとった。
……ここだ!
このタイミング。少年は接近戦の途中で必ず距離をあけるのだ。遠距離かつ持久戦になるほど、
シュシュにとって不利となっていくため、少年が意図的にとっていた行動であろう。
少年が後ろに跳び始めたと同時に、2本の槍を形成して射出する。
これまで接近攻撃を続けていたことから、中距離以上の攻撃がシュシュにとって負担となることは
読まれていただろう。それによって、少年は中距離攻撃への警戒を薄くしていた。
が、少年は少々驚いた程度で、飛来する槍を難なく躱す。
――そこへ向けて、シュシュが槍で猛チャージをかける。
その種はカイルの炎の加速度と似通ったものだ。
3本の槍のうちの1本を手槍に纏うようにして形成、それを少年が躱した方向へ射出してその勢いを突撃につなげたのである。
これは少年が最初にシュシュに対して仕掛けてきたものと同じ一人コンビネーションでもある。
少年は今度こそ完全に意表を突かれたようであった。慌てて飛び退こうとする。
しかし、そこにはすでに新たな1本の水の槍が放たれていた。
少年は苦しそうに僅かな安全地帯に身体をねじ込む。
が、片足のみに体重が乗った状態を狙いすまされ、シュシュに足を払われてしまった。
体勢が崩れていたことから少年はいとも簡単に地面に伏せられ、シュシュがその上に馬乗りになる。
シュシュは間髪入れずに槍を振突き刺す。少年は咄嗟に穂先をナイフの刃で受け止めた。
直後シュシュは頭を横にずらし、頬のすぐ横の空間を通常より太い水の槍が貫いた。
――当たれっ………!!
*
『ミラージュスナイパー』はゲイルをキーマンにした作戦である。
ゲイルの銃は完全なる機械式ではない。その原理のいくらかをゲイル自身の魔力とも言うべきもので補っている。
内部の詳しい機構はゲイルにしか解らないが、それを利用して、自身が認識する敵すべてに照準を合わせ、一斉に射撃するというものである。
しかし、それをやるには時間がかかる。また、照準を合わせている間に敵が大きく動いてしまえば、どうしようもない。
その二つを満足させるのが、前衛の役目だ。後衛を守りつつ、ある程度敵がまとまるように誘導するのだ。
そのため、本来はスナイパーは敵から不可視の位置でなければならないが、今回は知性を持たない敵であるので、その点はクリアできている。
ファルコとマスターオブソードはスピードで攪乱し、ギャザーは敵意を収斂していた。
ゲイルの脳内では、敵までの距離、照準、大気条件が演算されていく。
かつて、彼と共にこの作戦を行ったときがオーバーラップする。
ミラージュスナイパー発動までの時間は、敵の数と速さを考えれば、90秒といったところだ。
残り85秒。敵の爪を躱しながら、その場に留まらせる。
残り65秒。ギャザーが敵の攻撃を受けるもなんとか踏みとどまった。
残り45秒。マスターオブソードが姿勢を大きく崩した。ファルコは自身の敵を一瞬だけ放置し、そのフォローに行く。
残り25秒。2人と合流し、ある程度敵をまとめることに成功した。
残り15秒。敵に剣を弾かれてしまう。徒手空拳でなんとか壁役を継続した。
残り10秒。ゲイルの後ろから1体の魔物が接近。2人に任せ、そちらに向かう。
残り5秒。伏兵の接近と発動までぎりぎりの時間であった。
残り1秒。ゲイルと魔物の間に身体を挟み込む。
*
「このっ!!」
大地は力をこめて、狼を蹴り飛ばす。
「オオン!」
狼は難なく着地し、爪に付いた大地の血を舐めた。
――くっそ…、こういう多角的な攻撃は嫌いなんさ……。
この世界に来てすぐに、山賊と戦ったことを思い出す。
あのときは屋内であったから、壁を使って相手の攻撃方向を制限することができた。
だが、ここにはそんなものは存在しない。
―――どうするんさ……?
狼がこちらを窺っている。もう間もなく突撃してくるだろう。
大地の顔から汗が滴り落ちる。それが地面に落ちた瞬間。
ないならつくればいい
狼が猛スピードでこちらに向かってきた。
天啓が降りたのは同時だった。
そんなこと大地は考えたこともなかったが、できるという確信があった。
否、ある意味では大地の中にはそんな確信はなかったのかもしれない。宝器が、斧ができると伝えたものであったからだ。
「…カタストロフ」
大地はその力を使う。
もう狼は目と鼻の先まで迫ってきている。
狼と大地の距離が槍1本分まで、近づいたとき大地も斧を振り上げた。
その直後、大地と狼の四方を囲う土の壁がせりあがってきた。
「グルッ!?」
狼は左に大きく躱すつもりであったのだろう。
壁にぶつかると、バランスを崩しながら前進してきた。
が、そこには振り下ろされた大地の斧が迫っていた。
狼の爪が先か、大地の斧が先か。
肉を裂く、水っぽい音が鳴った。
*
シュシュは馬乗りになっている状態から蹴り飛ばされる。
少年がゆっくりと立ち上がった。
水の槍は少年の顔面に当たる寸前に、槍の形を保てなくなり、顔面に大量の水が当たっただけとなってしまった。
「危なかったよ、残念だっt…」
少年はそこで言葉を切った。自身の体の異常に気が付いたのだろう。
「か…はっ…なにを…した…」
少年はガクリと膝をついた。
やはり、4発目の槍は形を保つことができなかった。シュシュもそれは折り込み済みで、顔面に発射したのだ。
殺傷能力を持たせる程の圧縮はできないが、それでも水を自由に動かす程度のコントロールはまだできる。
そこで、シュシュは大量の水の一部を少年の鼻孔から気道、肺まで移動させたのである。この少年が
呼吸をせずとも戦闘可能である可能性もあったが、今の状態を見るにそれもなさそうだ。
――上手くいった…。
エイリーはシュシュに、いつも無駄なく単調に躱すから動きが読まれやすい、と言った。
それならば、相対した敵においても、無数の躱すルートを一つずつ減らしていけば敵は自身の思惑通りに動くのではないか、と考えたのであった。
今回は減らす方法が、相手の虚を突くというものであった。
シュシュは起き上がって、少年に近づいていく。
せき込み喘ぎながら地べたをのたうつ少年に槍を突き立てる。
*
残り0秒!
ファルコは魔物の攻撃を白刃取りしていた。
ゲイルの銃から、花火のようにいくつもの光弾が放たれる。
それは弧を描きながら、無数の魔物に向かっていく。
着弾のダメージで浮足立ったところを、マスターオブソードとギャザーがトドメを刺していく。
ファルコは魔物と組み合った。ゲイルがこちらに気付いて、アサルトライフルの持ち手で殴りかかる。
ミラージュスナイパー発動後は、弾切れともいうべき現象が起こり、銃弾を打てなくなるのだ。
ファルコとゲイルがスイッチする形となった。
そこへ、どこからともなくファルコの元へ
隼の剣が飛んでくる。
ギャザーであった。
剣を受け取ると、ファルコは魔物へ剣を振り下ろした。
*
凶戦士はカイルに近づいていく。
――この少年は…ここで殺す…!
この少年を見ていると目の奥がズキズキと痛んだ。
殺す……コロス…!!
殺さなければ、何か大切なことに気付いてしまいそうだった。そして、それを自覚したが最後、自我を保てなくなるような気がしていた。
「ハァ…ハァ…」
カイルは巨大な岩を背にしていた。
岩に激突する直前、吹き飛ばされた方向とは逆向きに炎を出して加速度を生み、なんとか減速したのであった。
とはいえ、衝突は避けられなかったし、そのダメージも負ってしまった。
全身の関節が悲鳴をあげている。
しかし、休んでいる暇はない。凶戦士がこちらに向かってきている。
ゆっくりと立ち上がり、凶戦士を睨み付ける。
凶戦士は突撃しながら、剣を大きく振りかぶった。
重い身体に鞭を打って、その凶刃を左に躱す。そして、そのまま炎の加速度と共に突きを入れる。
エルフの世界での修行を思い出す。後からリブラに聞いたが、その意図とは動きの無駄を無くし、初動を早めるというものであった。
突撃と共に繰り出す剣は体重があるほど威力が出る。身体の小さいカイルには不向きであるが、初速が最高速となるだけの加速力があればそれを補うことができる。
凶戦士は振り下ろしの返す刀で突きを受け止めた。カイルは腕が痛むのも構わず、火炎加速の出力を上げる。
「おおぉぉ!!」
受け止めていた大剣が僅かに押され始め、凶戦士は衝突点をずらして突きをいなした。
カイルの首筋を目掛けて大剣が横薙ぎにされる。
「ッ!」
反射的にしゃがむ。大剣はカイルの髪をかすめていった。
――やっぱりだ、コイツの剣は最初よりも大振りになってる!
肉体的疲労なのか、はたまた精神的消耗なのか。カイルにはそれが判別できなかったが、この機を逃す手はないと強く感じた。
しかも、凶戦士は今、剣を振り切った瞬間である。カイルはしゃがんだ際の筋肉の収縮を利用して、ダッシュしながら斬りかかる。
カイルのダメージを考えれば、おそらく、これが最後の攻防となるであろう。
が、歴戦の悪魔の異名は伊達ではない。身体の軸を回転させ、強引に大剣を返した。
凶戦士の強力な
カウンターである。
しかし、それは空振りに終わった。
カイルはスライディングし、凶戦士の又をすり抜けたのであった。凶戦士の両足に決して浅くはないダメージを加えながら。
「ぐうっ…!?」
完全に虚を突かれた凶戦士は、防御はおろか姿勢の制御すら危うくなっている。
カイルは急ブレーキをかけながら、低姿勢を保ち再び突撃した。
そして、高く跳びあがり、まっすぐに剣を振り下ろした。
凶戦士はカイル目掛けて剣をアッパーカット状に振り上げる。
この戦いにおいて、最も激しい剣戟の音が響いた。
「うおおおおおっっ!!!!」
火炎加速で剣を強引に押さえつける。関節が苦情を訴えているが無視する。
横からの攻撃ならば自身の重心の置き方で衝撃をいくらか逃がすことができるが、上から押さえつけられては地面とカイルに挟まれているため、そんなことはできない。
また、凶戦士は先ほどカイルから足に手痛い傷を負っている。
足で踏んばらなければならない凶戦士にとって、これは
ディスアドバンテージであった。
対して、カイルにとっては、凶戦士には質量が無視されてしまうため、上からも下からも体重が乗らないという点では同じだった。
カイルはこの戦闘の最終目標を思い起こす。最終目標とは――
「「武装解除?」」
カイルと大地の声がダブる。作戦会議の最中であった。
「ええ。カイル達の話を聞く限りでは、凶戦士はすでにまともな思考や記憶を失っている可能性が高いです」
シュシュの返答から、凶戦士の曖昧な応えを思い出す。あれは、お茶を濁したわけではなく、本当に解らなかったのであろうか。
彼女はこう続けた。
「宝器が私たちとリンクしているのは知っての通りだと思います。なので、使用者の気がふれれば、宝器もその影響を受けるんです。
逆に宝器が凶暴な意思を持てば、使用者も汚染されてしまいます。凶戦士とその宝器は、凶気が循環してしまっているのではないでしょうか」
羊皮紙にその図を描く。
「そこで、宝器を凶戦士の手元から解除してしまえば、その循環はとりあえずは止まります。
そうすれば、凶戦士も正気を取り戻す可能性がありますし、最良の結果が得られれば『倒す』と『助ける』を同時に達成することとなります」
澄ました顔でシュシュは締めくくった。
「はああああぁぁぁ!」
カイルはより強く炎を噴出させる。
凶戦士を『倒す』だけならば、この炎を凶戦士に向かって放つだけで良かった。でも、そういうわけにもいかない。
ビシビシッ!と足場がひび割れた。カイルの押しに地面が耐えられなくなったのだ。
「ぬうぅっ!!」
凶戦士の足場が崩壊し、ただでさえ悪かったバランスがさらに崩れる。
ここだっ!!
「―――――!!!!」
音にならない声をあげる。
カイルの力が臨界点に達した。
一瞬だけ、カイルには世界から音が消えてしまったように感じられた。
次の瞬間、凶戦士の大剣の刃が砕けた。
カイルの剣はそのままの勢いで、凶戦士を肩から胸にかけて切り裂いた。
鮮血が飛び散るのと同時に、凶戦士は砕けた大剣を手放しながら、ゆっくりと倒れこむ。
*
大地の斧が、狼の首から肩にかけてを抉り取った。
土の壁に狼と斧がぶつかるが、構わずにさらに力を込める。
やがて土の壁は崩れ、狼は斧で地面に打ちつけられた。
「ガッ!?」
大地は狼が動かなくなったところで、斧を引き抜いた。
赤い血が勢いよく放出された。こういうところは普通の生き物と変わらないようだった。
安心したのか、大きく息を吐き出し、大地はカイルたちの方向へと足を向けた。
その直後。
後ろから何かが迫ってくるのを感じた。
ぎりぎりのところで躱す。が、上着の左脇部分を噛みちぎられてしまった。それは先ほどの狼の生首であった。
生首は地面に着いて、何度かバウンドすると今度こそ完全に動かなくなった。
――はあ…はあ…!
鼓動が激しくなっている。なんとか躱せたとはいえ、今のは本当に危なかった。大地はそうしてちぎられた部分を見やった。
それは上着の左脇――ポッケがあった場所だった。
「ッ!?」
大地はあることに気づき、顔を蒼くした。
そのポッケは、ジェミニに渡された、次元に扉を開く装置のストックが入っている場所であった。
そこまで思い至ったとき、狼の首を中心に爆発のような次元の裂け目が生まれた。
――まずいんさ!!
爆発から逃れようと、大地は走る。が、その甲斐なく飲み込まれてしまった。
「うわあああああああ!!」
その叫び声も裂け目に飲み込まれ、辺りに響くことすらなかった。
*
「はあ……はあ……」
カイルは疲労と安堵感に包まれながら、息を切らす。まさか壊れてしまうとは考えてもいなかったが、ぎりぎりで軌道を変えることができた。
そのままであったら、凶戦士の首を斬ってしまうところであった。とはいえ、傷は浅くないため、凶戦士自身もなんとかしなければならない。
その前に壊れて柄だけになってしまった凶戦士の剣を回収しようと思い、握っていた剣を鞘に納めようとした。
が、カイルは剣を放すことができなかった。強く握りしめ過ぎたせいで、手の筋肉が固まってしまっていた。
そのときであった。カイルの脇を一迅の風が走り抜けたのは。
「!?」
カイルが何かを感じた直後、凶戦士の身体と大剣は風に包まれていた。
その風とジョーカーのような、道化のような出で立ちには見覚えがあった。
「お前は…、
ブラスト!!」
カイルは剣を構えた。
「やめておきなさい。私はこの男と宝器を回収しに来ただけですよ。それに」
ブラストは視線をカイルの上から下まで動かした。
「この男と戦って君はすっからかんでしょう」
ムッとしてカイルは言い返す。
「XYZは自分が倒す、って言ってたろ!」
ブラストはフッ、と微笑んで
「これは師匠の頼みでしてね。師匠には借りがありますから」
軽く流した。
「師匠?誰だよそれ!」
怪訝そうな表情をしながらカイルは噛みつく。が、その瞬間、突風が吹き抜けた。
カイルは思わず目をつぶるが、風が止んだころにはブラストと凶戦士の姿はなかった。カイルの頭を撫でたそよ風に交じって
「それはまだ言えませんね。……それでは、オルボワール」
という声が聞こえた。少しばかりむかつきを覚えたが、腕の鋭い痛みですぐに忘れてしまった。
最終更新:2014年12月31日 22:15