第二十章



これからどうしようか。
それがカイルとシュシュの頭痛の種であった。
時間はカイルが凶戦士を撃破したあたりまで遡る。


剣を放せなかったカイルは結局、両手に構えたままファルコたちと合流することにした。
岩場をしばらく歩いていくと、ファルコたちに出会うことができた。
「カイルくん…!無事か?それに…凶戦士は?」
カイルは倒すことはできたが、助けることはできなかったこと、ブラストという男の行動について説明した。
ファルコは真剣な面差しで聞いていた。
「そうか…。そんなことが…。ん、ところでなぜ剣を両手に握ったままなんだい?」
それは、とカイルが答えようとしたとき、
「ファルコさん!協力者の少女を保護しました!」
若そうな兵士の声が入ってきた。
「ご苦労。下がっていてくれ」
その兵士が連れてきたのは、シュシュであった。
疲労が感じられるが、それでも安心感のある笑顔で近づいてくる。
「カイル!無事だったんですね!……ってなんで剣を構えてるんですか?」
2度目の質問に苦笑いをしながら説明する。
「手の筋肉が固まっちゃったみたいで…」
シュシュとファルコが納得する。
「そういうときは……」
シュシュが剣に気を付けながらカイルの右手を取り、手首を外側に曲げると、指先に自由が戻った。
カイルは剣から離れた右手をグーパーした。
「こうやって肘の辺りの筋を伸ばしてあげると治るんですよ」
左手にも同様の処置を施す。
「サンキューな、シュシュ」
カイルが剣を鞘に納めたのを見て、シュシュははにかんだ表情を返した。
「そういえば、シュシュの方は上手くいったのか?」
本来の目的であるXYZ。こちらはどうなったのであろうか。
「ええ…、こちらは首尾よくいきました。敵を撃破しこちらに向かっていたところ、彼らと合流できたので」
シュシュは先ほどの若い兵士に視線をやる。
「そういえば私のところに来たということは、大地さんの方にも?」
「ああ、彼の捜索もしているよ。……噂をすれば、だ」
ファルコが岩の影からこちらに伝令が来たのを見つけた。
「少年の協力者は発見できたか?」
伝令に声をかける。伝令の兵士の表情はすぐれなかった。
「それが………」



「……なんだよ、これ…」
カイルは開いた口が塞がらなかった。大地が凶戦士に飛ばされたと思しき場所に案内してもらったが、そこは大きなクレーターが出来上がっていた。
自身の世界にはドラゴンがいたが、ドラゴンが3頭入るのではないかという広さである。
このあたりに大地は飛ばされたはずなのだが、大地は発見できず、代わりにこの巨大なクレーターがあったとのことである。
「………」
シュシュは眉を寄せながら、半球状の窪地に降りて行った。
カイルもそれについていく。
その中心にしゃがみ、シュシュは目を閉じた。
「……大地さんがいた気配がありますね。あとはXYZの気配も」
「やっぱり、大地はいたのか!?」
彼女はスンスンと、可愛らしく鼻を鳴らした。
「それから次元の狭間のような匂いもします」
ゆっくりと目を開け、カイルとファルコの方に向き直る。
「……ちょっと情報を整理したいので、基地まで考えさせてもらえませんか?」

「大地さんは、次元の裂け目、つまりゲートを人工的につくる小型の装置を持っていました。カイルは覚えてますよね?」
基地に着き、さっそくシュシュは説明を始めた。
カイルがコクンと頷く。ファルコは黙って腕組みをしていた。
「クレーターの原因はおそらく、複数の装置が一斉に作動してしまったことだと思われます」
自身の仮説を提唱した。
「そんなことがあんの?」
カイルが訝しむ顔をする。疑っているというよりは、単純によく解っていないのだと思われる。
「作動の理由は不明ですが、大地さんが持っていた数の装置が一斉にゲートを開けた場合、爆発的に裂け目が拡がることが考え得ます」
この推測にシュシュは確信を持っていた。エルフの世界で、装置開発段階において2つの装置でゲートを開いた場合の実験が行われていた記憶がある。
ゲート同士の相互作用で足し算以上にゲートが拡張する、という結果が得られたていたはずだから、今回はそのケースだと考えられる。
「それで問題なんですが…」
シュシュがこれからどうしようか、と続けようとしたところで、コンコンと扉が鳴った。
「ファルコさん!」
先ほどシュシュを保護した若い兵士であった。
「失礼します、お取込み中でしたか」
ファルコはシュシュに顔を向けた。シュシュは兵士の方へ促した。
「マスターオブソードがお呼びです」

「問題ってやっぱり大地のこと?」
ファルコが出ていったあと、カイルは尋ねた。
「ええ……。合流する方法が…ありません。この世界に来た時のゲートがおそらく開いたままなので、移動ができると思いますが…」
このようにして、冒頭の状態に戻るのである。
「そういえば、前はシュシュの世界に行く、って言って行けたよな。大地のところに行くと思って大地のところに行けないの?」
カイルが疑問を口にする。
「いえ、それはできないと思います。空間移動に関してはある程度、実験されましたが、特定の人物の場所に移動はできませんでした。
自分が生まれた場所は、そこをイメージできれば移動が可能みたいですが……」
声が沈んでしまう。
「うーん、どうするか……」
頭を抱えてカイルは唸る。
………。
しばらく沈黙が場を支配した。
「……あの」
私は遠慮がちに声を出す。元々、主張はほとんど決まっていたのだ。口にするのを躊躇していただけで。
「次の世界に移動しましょう」
一旦、大地との合流を諦めるということ。
大地がこの世界へ選択的に戻る方法は、シュシュたちが大地のもとへ行けないのと同じ理由で存在しない。
それよりも、大地の無事を信じて、お互いに進んでいった方が合流できる可能性が高い。
このような理由からの判断であったが、感情で動くタイプのカイルに受け入れられるか不安があった。
「……わかった。そうしよう」
やっぱり反対か…ってあれ?
「先に進もう。シュシュの判断を信じるよ」
カイルがシュシュの瞳を見つめた。
「……カイルには反対されると思ってました」
予想とは違う反応にシュシュは驚きを隠せなかった。
「いや、シュシュが反対してたのに凶戦士と戦ったからなぁ……と思って」
カイルは視線を逸らす。
私の反対を押し切ったことを後ろめたく感じているのだろうか。
ふぅ、と息をついてカイルの頬を両手で挟んで、強引に目を合わせる。カイルは少し驚いた顔をしていた。
「私も納得してやったことなんですから気にしちゃダメです。カイルがやらずにはいられなかったことなんでしょう?」
シュシュは力強くニッと笑った。


「それで用事とはなんですか?」
老剣人に尋ねる。この場には、ギャザーとゲイルも集まっていた。
長く伸びた白鬚を弄りながら、彼は口を開いた。
「本国からの早馬でな。凶戦士を退けたということで、お主らに褒賞と新たな称号が与えられることとなった」
ピュゥーとギャザーが口笛を吹く。しかし、自分は顔をしかめたと思う。
「カイル君たちに何かないのでしょうか?」
お前はやっぱりそう言うよな、という視線がゲイルとギャザーから送られてくる。
「うーむ…。儂も彼らの事情をあまり詳しく話さずに伝えたんじゃがな。事情を考えると金品はおそらく役に立たないであろうし、
検討した結果、彼らの体格に合った最高級の装備を授けるということになりそうじゃの」

「とりあえず、予定は纏まりましたね」
シュシュはフゥーと息を吐き出し、満足した様子である。
次の空間に移動することはシュシュの意見通りであったが、二人の回復を見込んで3日間はここに滞在することとなった。
バタバタと基地内が騒がしくなってきた。カイルとシュシュは気になり、部屋の外に出ることとした。
「どうしたんですか?」
先ほどの若い兵士が近くにいたため、つかまえて声をかける。
「ああ、凶戦士の脅威が消えたからね。基地を撤退する準備をしているんだ」
そういえば、この基地は対凶戦士用のものであった。
カイルとシュシュは顔を見合わせる。意見は同じのようだ。
「「あの、何か手伝いましょうか?」」

3日後、カイルたちはファルコたちとゲート手前まで来ていた。
「お心遣い感謝します!」
カイルは新品で軽量の肩当や籠手などを、シュシュは胸当てと携帯できる仕込み槍を譲り受けた。
「私たちはここまでだが、無事を祈っているよ。……本当にありがとう」
ファルコたちはこれから本国に戻り、褒賞式があるらしい。
「こちらこそありがとうございました。ではまた会える日を」
この手の挨拶はシュシュが得意だ。
カイルとシュシュは頭を下げ、手を繋いでからゲートへと足を踏み出した。

「ギャザー・インテンシブ。攻撃を一手に引き受ける勇気とそなたの功績を讃え、ここに褒賞と『集約の騎士』に代わって『収斂の騎士』の名を授ける」
ギャザーが跪いてから剣を抜き、国王に手渡す。国王は剣を受け取り、剣の向きを換えて、ギャザーに剣を返す。
「ゲイル・スナイパー。敵を撃ち抜く正確無比な射撃とそなたの功績を讃え、ここに褒賞と『疾風の狙撃者』に代わって『神風の狙撃者』の名を授ける」
ゲイルが銃で、ギャザーと同様のやり取りを行う。
ファルコは目を閉じ、凶戦士とカイルのことを思い浮かべた。
「ファルコ・フェンサー。兵団を纏めていた胆力と敵を切り裂く鋭い剣戟、そなたの功績を讃え、ここに褒賞と『隼の剣士』に代わって」
謎の男と共に消えた凶戦士はかつての心を取り戻せるだろうか。あの真っ直ぐな少年は折れ曲がらずにこの先の道を歩けるだろうか。
「『白鷹の剣士』の名を授ける」
2人の未来を信じて目を開けた。

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最終更新:2015年06月14日 22:16