行き交う住人の影が疎らになり、王家の晩餐会が始まろうとする宵の頃。
城内一階のエントランスは甲冑の鳴る音が粛々と響いていた。
奏でられる跫音は速遅様々であり、かつ幾重にも折り重なって反響する。
王城の一階は兵士達の詰所となっている。

王都ルエン。海沿いに聳える大都市である。
アルスター大陸に現存する都市の中で最大の規模の街であり、唯一の王制を敷く都でもある。
兵力や資金力の面でも秀でており、大陸の各都市が結んでいるアルスター同盟都市ではルエンの国王が盟主として舵を取っている。
その為、各地各都市に兵士隊を派遣を執り行ったりと大陸内では巨なる影響力を誇っている。

場面はそんな大都市の王城。
上層階は王や姫君の晩餐の仕度で調理師やら商人やらが駆けずり回っている頃。
兵士達は己の詰所である一階にて、明日の国内防衛の作戦会議やら派遣都市の警備計画会議やらに追われていた。
一日を終え、民間人は各々の自宅にて夕食を愉しむような時間になっても兵士達は休む暇も無く任務に打ち込んでいる。

そんな王都兵士隊を率いる兵士隊長。カイン・ラズワードとて例外ではなかった。
警備に城内業務、派遣に新米兵士の訓練。
多種多様、多岐に渡る業務の進捗を確認する為に、彼は城内を歩き回っては兵士達と言葉を交わして現在の状況をまとめていく。
ここ数日、明らかに兵士の業務が増大している。カインは認識していた。
手元の資料を確認してみるも、同盟都市からの派遣要請、警備の依頼の件数は確かに一月前と比べ数倍に膨れ上がっている。
現状、あまりの激務に体調に異変を来たす兵士の数も徐々に増えてきており、最近では外部の戦士に委託して兵士隊の業務の一部を任せたりもしていた。


「なにか妙な事でも起こらないと良いけどな……」


カインは現状に一抹の不安を抱えていた。
兵士の業務が増えるという事態は基本的には好ましいこととは言えない。
本来、兵士が動く必要が少なければ少ないほど同盟都市内の治安情勢は良好な状態である筈なのだから。
兵士が必要になる状況と言えば……例えば、そう、紛争などだろうか。
とは言っても現段階ではどこかの都市が交戦中だとかそういった報告は上がってこない。
その為、この急増した兵士の業務に関しては「良くないこと」という漠然な不安でしか筆舌に尽くせないのであった。


一通りの兵士達の動向も確認し終わり、カインは今日書き記した資料を机に放ってから詰所の一角の席へと腰を落ち着ける。
激務とは言え、王都の兵士達は優秀なものであらかたの作戦会議は形としてまとまっていたのを確認出来た。
伝令の話を聞くに、現在王都の各地で都市内の見回りをしている兵士も体調などの問題も無く警備任務に当たっているとの事だった。
時刻は夕食時を過ぎて、就寝に入る人々も出てくる辺りか。
この様子ならばもう幾分かの時間が経てば甲冑の音も静まっていく事だろう。

彼は相棒の剣を脇に置き、ほぅと一つ伸びをした。
蒼空のように爽やかに彩られた空色の髪は少し汗に塗れている。
今日は午前中から今までずっと歩き通しに近かったのだ。昨日も一昨日も似たようなものであった。
流石に熟練の兵士である彼とて多少の疲労が蓄積しているのは実感していた。
救いと言えば、彼は甲冑の類を装備していなかったという点であろうか。
体のしなやかさを利用して剣を振り、相手の攻撃を見切って受けるのではなく避わす。
そんな戦闘スタイルの彼にとっては甲冑のような重い鎧は性に合っておらず、革製の軽量な装備を好んでいた。


「隊長!会議も終わったので失礼します!」

「ああ、お疲れな」


資料を整理しながら、業務を終えた兵士達が帰っていくのを見送る。
大分人も疎らになってきたか。
城内に灯っていた灯りも次々と消えていき、今では仄暗さがエントランスを包み込んでいた。
カインは机の資料を揃え、詰所の本棚の一角へと押し込む。
しかし中々の疲労感であった。早い所休まないと明日の業務に差支えが出るかもしれない。

最終確認で帰る前に一通り王城内を見回る。
前に一度、夜の王城に子供が紛れて残り彷徨っていた事件があって以来カインが自ら最後に見回る事にしていた。
とは言っても、夜勤の兵士が残っていることこそ有れど無関係の人が残っていることなど滅多に無いのだが。

暗い城内をランプ片手に回っていると、不意に一階の一角から光が漏れているのに気が付く。
確かここは……図書室だったか。
この時間に誰かが図書室に残っている事は珍しい。
或いは熱心な賢者が時間を忘れて研究に没頭しているだけなのかもしれないが。
とりあえずただ見過ごして大事だったら事が事なのは確かだ。

カインは扉を一つ二つノックしてからゆっくりとノブに手を掛けた。

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最終更新:2015年07月03日 23:20