第二十一章



大地は目を開けた。
まず目に入ったのは無機質で薄暗い天井であった。
それから、自分の身体がベッドに入っていることを感じる。
更なる睡眠を要求する頭に抵抗しながら、身体を起き上がらせようとした。
しかし、ガチャリと金属音がすると、ベッドに引っ張り返された。――両腕がベッドの柱に手錠で括り付けられていた。
「………起きた」
この部屋に自分以外の存在があることに、その声で初めて気づいた。
そちらに顔を向けると、少女が椅子に膝を抱えて座っていた。
ただ、少女の容姿を見るに、あまり健康的な印象は見受けられなかった。
シュシュのような美しい白い肌ではなく病的な青白さであり、緑色の髪はボサボサで床まで垂れていた。
緑色も大地の戦斧についている宝石のような鮮やかなものではなく、くすんだ黒みがかったものだった。
前髪もかき分ける気がないのか、目が半分ほど隠れてしまっている。
が、服装だけはしっかりしていて、きっちりとしたものを身に着けていた。
服の雰囲気はファルコやゲイルが着用していたものと似ている。兵士なのだろうか。
「……あなた、獣と格闘技でもしていたの?」
どこか陰のある声だった。大地は自分が狼の魔物と戦い、ゲートの暴走に巻き込まれたのを思い出した。
同時に、傷が手当されていることにも気づいた。
「ちょっと狼と戦ってたんさ。……とりあえず、これをなんとかして欲しいんさ」
視線を手錠にやる。
「ごめんなさい……。やっぱり信用できなくて…。その…大きい斧持ってたし……怪しいし…」
どうやら不審がられているようだ。ファルコたちはすんなり受け入れてくれたが、これが普通の反応なのかもしれない。
自分だって、大斧を持って倒れている男を見たら、この少女ほどでないにしろ用心はするだろう。
「なら、なんで助けてくれたんさ?」
少女は顔を膝にうずめた。
「私も拾われたから………」
消え入りそうな声だった。あまり、聞いて欲しくないことだったのかもしれない。
それ以上は聞かずに、不自然でない程度に話題を変える。
「一人でおれっちを運んだんさ?」
少女は顔を下げたまま、首を横に振った。
「街はずれに倒れていたところを見つけて、……街の人に説明してここまで手伝ってもらったの」
「怪しい男を運ぶのに、他の人は何も言わなかったんさ?」
少女は僅かに顔を上げた。
「私が……変わってるのはいつものことだから……」
それってどういう?と大地が思ったのと、ドアがドンドン!と叩かれたのはほぼ同時だった。
「…!隠れて……」
少女が立ち上がり、大地に必要以上の布団を被せてきた。とりあえず従って身を潜めることにする。
「ユーティライネン大尉!いらっしゃらないのか!」
「今、開けるわ……」
ユーティライネンタイイと呼ばれた少女はゆっくりとドアへと向かい、開錠した。
「明日の作戦会議への出席要請であります!」
布団の隙間から、様子を窺えないかと首を伸ばす。
外にいたのは、屈強そうな男2人だった。少女と似たような恰好をして、何かが書かれた羊皮紙をこちらに突き出している。
「……解ったわ」
羊皮紙を受け取り、少女はドアを閉めようとする。
が、男たちはそれを遮った。
「大尉殿は噂では、不審な男を家に連れ込んだとか。何か怪しげな術でも使うつもりか」
大地はムっとしたが、動くと手錠の金属音がしてしまうので、我慢して息を殺した。
「……噂に振り回されるなんて、滑稽だと思わない?」
イライラとした視線で睨み返すと、少女はドアを閉めた。
簡単に閉まったところをみると、男たちも本気で探りを入れていたわけではないようだ。
「チッ、この『魔女』が……」
「やめとけ、祟られちまうぞ…」
ドアの外で心無い会話が聞こえた。
少女は俯きながら、ベッドに近づき布団をはぎ取った。
「なんなんさ!?あいつら!」
声が遠ざかっていくのを確認して、大地は呻く。
「……いいの」
少女が大地をのぞき込む。思ったよりも顔が近い。この少女はあまり身長が高くないようだ。
下を向く少女の前髪が垂れ下がり、隠れがちな顔を初めてしっかりと見ることができた。
両頬には可愛らしいそばかすがあったが、灰色の瞳の下にはクマができていた。
額にはサークレットを着けている。
「でも!ユ、ユーティライネンタイイ?は悔しくないんさ!?」
名前を呼ぼうとして詰まる。先ほどの男たちがこう呼んでいたが、名前をまだ知らないことに気付いた。
頭が一瞬、冷静になる。人に名前を聞くなら、やはり自分から名乗るべきであろう。
「……おれっちの名前は樹大地。大地って呼んで欲しいさ。……名前、教えてもらえないんさ?」
少女は最初、黙っていたが、やがて口を開いた。
「私はテトリューシュカ・ユーティライネン……。テトラ、って呼んで…。それと大尉ってのは軍内での称号よ……」
テトラ。大地にとっては不思議な響きに感じた。
「テトラはなんで……魔女だなんて……」
灰色の瞳は僅かに揺れている――ように見える。
「……悪いけど、今日初めてしゃべった人に話したくないわ」
テトラの瞳が無機質さを取り戻す。
「拘束は…解きます」
そう言って、ポケットから鍵を取り出した。
「信用してくれるんさ?」
カチャリと音がすると、両手が自由になった。
「……多少は。ただし、あなたの斧は担保として預かってることにするわ。見たことない意匠だったし、怪我してるくせに斧は中々放さないんだもの。……大事なものなんでしょう?」
上半身を起こし、部屋を見渡す。テトラの口振りから、恐らくどこかに隠してあるのだろう。
大地はベッドから出ようとしたが、足を引っ込めた。足の踏み場がないほど本や羊皮紙が散乱していたからだ。
「……ごめんなさい。物を整理するの苦手で………」
テトラはシーツを1枚とると、物を避けながらソファへと向かっていく。
「今日はもう寝るわ……。あなたはベッドを使ってちょうだい……」
「え、それは悪いんさ」
怪我人とはいえ、あまり甘え過ぎるのも良くない気がする。というか、軍服のまま寝るつもりだろうか。というか、サークレットも外していない。
「遠慮しなくていいわ……。服も大して変わらないからだいじょう…ぶ……」
と言ってテトラは寝付いてしまった。
大地も彼女の好意に甘えて、ベッドで眠ることにした。
目をつむり、今後について考える。
目標はもちろん、カイルたちとの合流である。
しかし、ゲートを開ける方法がない。もしかしたら、こちらに飛ばされたときのゲートが開いたままかもしれないが、
このあたりの地理が分からない以上、それがどこにあるか知ることができない。
またテトラのこともある。シュシュの話では、宝器は引かれ合うらしい。
シュシュとカイル、カイルたちと自分、自分たちと凶戦士の邂逅を思い出せば、この少女が宝器所有者もしくはその関係者と考えるのが自然である。
宝器所有者の戦力は重要である。
XYZの侵攻がこの世界にも多少は起きているだろうから、テトラに事情を話すべきだろうか。



大地は目を開けると、ベッドから這い出た。
「………起きた」
起き上がった気配を感じたのか、テトラはこちらに顔を向けた。
「朝ごはん」
テーブルの上に食パンとジャムが置いてあった。大地の分の椅子は強引に設置したのだろう。大量の羊皮紙が下敷きになっている。
「にふぇーでーびる(頂きます)」
両手を合わせてお礼を言う。
「唐突だけど……斧を渡す代わりに頼みがあるの」
テトラはもう食べ終わりのようで、最後の一切れを口に入れた。
「色々助けてもらったし、できることならなんでもするさー」
快く返事をする。彼女の軍服は案の定、皺がついていた。
「……まずは質問に答えて欲しい」
パンを飲み込む。ジャムは知らない味のフルーツだった。
「……最近、この街は正体不明の敵の攻撃を受けている。あなたと何か関係があるの……?」
ギクっとする。テトラと会話で駆け引きをするべきか。否、助けてくれた人には誠実であるべきであろう。
半分くらい髪で隠れた灰色の瞳を見つめた。
「正体不明の敵が何を指してるのかによるけど、多分…あるんさ」
テトラの目つきが確かに変わったのを見逃さなかった。
「その敵について解ってることを教えて欲しいんさ」
やはり彼女らが戦っているものもXYZと関係があるのだろうか。まずはそれを確かめねばならない。
テトラは一瞬、思案したあと口を開いた。あちらもある程度、情報を公開しなければならないと考えたのだろう。
「調査隊の話では、裂け目のようなものから出現したという話よ。それとヒトではないみたい……。異形の者、と言われてるわ」
大地は自然とため息をついた。ほぼ確定でXYZである。
「…俺っちの話、信じてくれるんさ?」
「可能な限り……」
目を細めたその表情が、彼女のどんな感情を表していたのだろうか。
ともかく、大地は自身の身の上やXYZの情報を話すことにした。

「………」
テトラは先ほどと同じ表情をしていた。いや、真一文字だった口元がへの字になっている。
呆れているのか。それとも突拍子もない話をされて怒っているのか。
「とりあえず……信じるとして話を進めるわ」
まあ、そういう反応であろう。シュシュに感服せざるを得なかった。もちろん聞き手にもよるだろうが、ファルコたちはシュシュの話をすんなり信じてくれたように見えた。
大地自身もそうである。会って間もない人から信頼を得る、というのはとても大変なことなのだと痛感した。
「………」
「………」
二人の間に沈黙が訪れた。
「それで?」
「え?」
予想外の質問に大地は間抜けな返事をする。
「…敵勢力やあなたのことは解ったわ。奴らを倒すための弱点とかはないの……?」
まくしたてるような言い方だが、イライラしているのだろうか。
元々、張りがあるとは言えない声であり、視線も見えづらいので、感情の見極めが難しい。
…弱点か。思案する。
そこで、大地は首なし騎士を倒したとき、消滅する瞬間、コアのようなものがあったのを思い出した。
しかしそれが本当に弱点なのか分からないため、黙っていることにした。
というか、姐さんにそういうの聞いとけば良かったさ…。
「うーん、知らないんさ。でも、だいだい生き物ぽい形をしてるから、殺そうとすれば殺せるんさ」
テトラは口元に手を当てた。
「そう……。分かった」
どうやら納得してもらえたらしい。テトラはすっと立ち上がった。
「……私はもう行くわ。斧はそこの棚の裏にあるから、このあとは好きにして」
テトラが棚を指さし、出ていこうとした。
「ちょっ、XYZと戦うなら俺っちm「いらないわ。あなたが出てくると面倒」
振り返りもせずに断られた。
「自分が如何に特殊な存在か解ってる?今まで出会った人は協力的だったかもしれないけどみんながみんなそうとは限らないの」
それはとても早口で大地が言い返す間もなく、家を出てしまった。


大地は棚の裏に隠されていた斧を取り出していた。
どうやらこの棚の裏には元々隙間が存在していたようで、壁と棚に挟まれるかたちで斧があった。
「ふう。やっと取れたんさ」
隙間に手を入れ、斧を取ろうとするうちに奥にいってしまい、苦戦したがなんとか取り出すことができた。
棚をどかすことも考えたが、棚の上には無造作に本が積み重なっていること、棚の前にも物が散らばっていることからそれも叶わなかった。
テトラはどうやってここに隠したのだろうと考えたが、どうやら斧を壁に立てかけて隙間に挿入したようだった。
床には刃によってついたと思われる長い傷ができていた。
…さて、どうしたものか。
テトラは好きにしていいと言ったが、正直感情でも理屈でも彼女から離れるのは避けたかった。
助けられた恩を感じているし、宝器に関係あるとも考えていた。
とりあえず……片づけをしよう。
散らばり放題の部屋を見渡してため息をついた。


砦の門をくぐる。目指すは会議室だ。
テトラは軍に所属している。とはいっても現場で戦う兵士ではなく軍師であった。
歩いていると、チラチラと視線を向けられる。
とある事情から私は腫物にさわるような扱いを受けている。
いや、そのような扱いであっても所属を許されていることに満足すべきであろう。
ガチャリ。会議室の扉を開けた。
「これで全員揃ったな。では会議を始める」
そう言ったのはこの砦のリーダーである少佐だ。私のことを良くも悪くも思っていない男だ。その点では好感を持つことができた。
「遅かったのではないですかな、軍師殿」
この嫌味は同じ階位の大尉だ。どうやら私のことをライバル視しているらしい。この男の嫌らしい笑みと細い目が嫌いだった。
「遅くなったことは謝罪いたします。…ですが今は会議を進めることが先決なのでは…?」
大尉はふん、とだけ鼻を鳴らした。どうやらこれ以上何かを言うつもりはないようだ。
「まずは敵について確認しよう。では頼む」
少佐から任せれた兵士が説明を始める。
「偵察隊が確認した敵の数は一個中隊程と思われます。場所はこの砦から北西の森林地帯に居を構えているようです」
規模はこの砦にいる兵力の半分弱といったところか。
「接敵したところ敵1人1人の強さはこの砦の兵と変わらぬ模様です」
兵士1人の強さは同じ、と。
「ご苦労だった。では具体的な作戦を立てていくとしよう。ユーティライネン大尉、何か案はあるかね?」
少佐は兵士を労うと私に話を振った。
与えられた条件をもとに脳をフル回転させる。
私はこのためにここにいることを許されているのだ。ここで最善を尽くせなければ存在価値はない。
数秒の沈黙と引き換えに私はそれを導き出した。
「…プル(おびき寄せ)をするのはどうでしょうか」


「ふぅ……」
大地が一息ついたのはテトラの家の掃除が大方完了したからであった。
この部屋、水回りなどの衛生面は清潔であったものの、物があちらこちらに乱れていた。
ばらばらになっていたものを大まかな分類で1か所に集め整理することができた。
が、その途中大地には気になることがあった。
ふと、整理していた本をパラパラと見ていた時であった。
本が読めるのである。
もちろん大地には書かれている文字にも言語体系にも覚えはない。
しかしそれでも意味を理解することができるのであった。
どーいうことなんさ……?
そういえば、ファルコたちともテレパスなど使わずとも会話ができていた。
どうやらこの変化は今に始まったことではないようだ。
やっぱり宝器の力なんさ…?
自身の戦斧を見つめる。考えうるに宝器が言語を媒介しているのかもしれない。
まあ、姐さんたちと合流出来たら聞いてみるんさ。
これ以上考えても答えが出ないと思い、他に気をむけることにする。
さて、どうしようか。
夕食を作る。大地はそんなに料理ができない。そして使っても良い食材がどれかもわからない。これはダメだ。
買い物をする。ここのお金を持っていないし、怪しまれながらこの家に運ばれた以上、あまり行動はしたくない。これもなしだ。
お風呂を沸かす。風呂くらいなら沸かせる。それに昨晩ソファーで寝てくれたテトラに少しでも恩返しができる。これは良さそうだ。
そうして風呂場へ向かう大地であったが、辺りがもう暗くなり始めていることに気付き、まずは部屋のランプに明かりを灯すことにした。


話し合いの結果、作戦実行は3日後となった。
会議が終わったテトラは医務室へと足を向けた。
ある女性と約束があったのである。医務室のドアを開けると薬の匂いがテトラの鼻孔を刺激した。
「いらっしゃい」
私を歓迎した人物はメディ・クリン―――この砦専属の医者の一人である。
私の母の遠縁であるらしく、私が独りになったときこの砦の軍に私を推薦してくれた人だ。つまりは私にとってはかけがえのない恩人である。
「…こんにちは」
ぺこりと挨拶をする。ドライに見えるかもしれないが、私が人に対してぺこりと挨拶することなどほとんどないのだ。
「それじゃあさっそくはじめましょ!」
お姉さん―――実際には母と同い年なのでとてもお姉さんという年ではないのだが、彼女に初めて会ったときこう呼ぶように言われたのだ―――とは
今日、クエイスという駒と盤を使ったゲームをする約束をしていたのであった。
クエイスというのは戦争を模したボードゲームで相手の大将を討ち取ることが勝利条件となる。
「この前も私が負けたからまた先攻でいいわね!?」
私は彼女に向かい合う形で椅子に掛けた。
このゲームを2人でやり始めてからというものの私は彼女に負けたことがなかった。
私はこの砦で軍師をしているのだから当然なのだが、そんなのが相手でもメディは楽しいようだ。
前に聞いてみたところ、このゲームをしているとき私が楽しそうだからこのゲームをしている、と言われた。
なるほど。確かにクエイスをしているときは楽しい。
「じゃあ最初はこれかな」
メディが初手を指した。私は少し考えたあと、プルを盤上で試してみることにした。
「ちゃんと掃除してる?」
手を進めながらメディが尋ねた。私はコクリと頷いた。大嘘だ。
掃除をしていないと答えたら、彼女は私の部屋を訪れるだろう。そして2人で掃除をすることになる。
彼女の手を煩わせるのは嬉しくなかった。それなら日ごろから掃除をしろ、と言われるだろうが私にはそんな能力はないらしい。
なので、彼女が訪れる前日は全力の掃除するようになっている。
「それからちゃんと食べてる?」
再び彼女が尋ねた。私はっまたコクリと頷いた。これはあまり嘘ではない。
もちろん贅沢をしているわけではないが、三食しっかりたべている。
こんな風に彼女が構ってくれるのを嬉しく思いつつも、甘え続けてはいけないとも感じていた。
「よしよし、ちゃん眠ってもいるね?それなら……てあれ?」
どうやら気付いたようだ。彼女の大将が詰んでいることに。
「うわあ…やっぱりテトラは強いなー。っともうこんな時間か」
外を見るともう暗くなり始めていた。
「…そろそろ帰ります」
私は駒を片づけようとして立ち上がった。
が、その瞬間彼女に抱き留められた。
「3日後戦いに行くんでしょ?」
私は目を細めてハイ、と呟いた。私は軍師だから前線には出ない。でも、戦いに行く前彼女はいつもこうする。
「またクエイスしてね」
彼女の腕にギュゥと力がこもるのを感じた。
「はい…絶対、約束…します」
彼女の白衣をギュっと握りしめた。


テトラは一度開けたドアを閉めてしまった。
自宅のドアを開けたはずだったのだが、朝とはずいぶん光景が違ったせいだ。
もう一度ドアを開ける。
「おかえりさー。っていうかなんで1回閉めたんさ?」
見間違いではなかったようだ。
「…なんでもないわ。ところでこれは…?」
あんまりにも整理整頓された部屋中を見渡す。
「これさ?お世話になったからお礼に片づけようかと」
はぁ…、とため息が漏れてしまった。というか、出て行ってもいいと言ったはずなのに。
が、そこで彼は真面目な顔つきになった。
「いや、それがそーにもいかないんさ。この世界に来ておれっちとテトラが関わった、ってことはテトラと宝器が関係してる可能性が高いんさ」
…なるほど。そういう事情があったわけか。だが、それはそちらの事情だ。しかも、この話に信憑性も何もあったものではない。
「あいつらを倒すには宝器を使うのが手っ取り早いし、おれっちの他にもう1人その担い手が増えるんならテトラの戦いも有利になるんじゃねーさ?」
少し見直した。ちゃんとこちらのメリットを提示してきた。
「あなたにその必要があるのと、私たちにリターンがあるのは分かったわ。…でも私があなたを軍へ連れて行ったらあなたは取り調べを受けて牢屋に入れられるかもしれないわよ」
ならば相手のリスクを挙げてやろう。
「…それでも信用してもらうようになんとかするんさ」
「……具体的にどうやって?」
間髪いれずに切り返す。
「えっと、例えばXYZと戦って証明するんさ!」
………。
どうして私はこんな会話をしているのだろう。
そもそも聞く価値のない話ならば、私が帰った時点でこの部屋から彼を追い出している。
話を聞いてしまっている時点で、交渉の余地があるような話なのだ。
朝方は、彼にとっても面倒にならないよう出ていくよう言ったが、悪い言い方をすれば彼を利用できるのではないだろうか。
彼が言ったように戦場に彼を配置すれば何かしらの役に立つかもしれない。
問題は彼自身が信用できるかどうかだ。彼が敵の間諜である可能性はないだろうか。
彼の話は作り話にしては想像力が豊か過ぎるし、軍のものでないと知り得ない敵が空間を裂いて出てくるということも知っていた。
彼の言葉には意味があるが、彼自身が信に値するかどうかはまだ判断できなかった。
「やっぱりダメなんさ?」
沈黙を否定と取ったのか、心配そうな表情をしている。
私は彼を試す善い方法を思いついた。
「……クエイスをしましょう」

クエイスを指すと、なんとなくその人の人柄が分かる。
クエイスをやっていて私が感じたことだ。
もちろん、私よりもはるかに強い人ではその人柄を察することはできないだろう。
だからクエイスをやっても彼が間諜であることを見抜けなかったのなら、彼は私以上の指し手ということになる。
私が最も得意な分野で彼の本質を見抜けなかったのなら、それは他にいくら疑ったところで見抜けなかったということだ。
「……駒の動きは覚えられた…?」
部屋にあるクエイスを用意する。彼が掃除してくれたおかげですぐに準備することができた。
「多分…大丈夫なんさ。でも勝つなんて……」
彼はいっぱいいっぱいという顔をしている。これも演技なのだろうか。
「…勝たなくてもいいわ…。でも勝とうとして…」
先手は大地の方だ。彼なりに考えた一手を指した。
メディのときとは違う、勝つためではなく相手を試すための手を私は指す。
「あの、これってこっちに動け…」
「ええ……大丈夫よ」
良かったという手つきで彼は駒を動かした。
「ん…?これって…もしかして」
「詰み…私の勝ち…」
ふぅ…と大地は残念そうなため息を吐き出した。
クエイスをした印象では、どうにも素直な手であった。
とてもスパイをしたり、内側から敵を攻撃するようなタイプにはとてもではないが思えない。
どころか、攪乱するような動きにはてんで弱かった。
「………」
彼はとても不安そうだ。それもそのはず。私とのコンタクトが失われれば、この世界での宝器探しとやらはほぼ絶望的なのだから。

私は深呼吸をして心を決めた。
「…いいわ。しばらく私の家にいてもいいわ……」

「ホントなんさ!?やったんさ!」
彼は飛びつきそうに喜んだ。
「…そのかわりメリットは提供して……。掃除もしてほしい…」
え、という顔を彼はする。が、すぐに真剣な眼差しをした。
「…わかったさ。しばらくよろしくお願いさ、テトラ」
「こちらこそ……。よろしく大地……」
彼が差し出した手に、私はそっと握手した。

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最終更新:2016年01月01日 00:16