思いの外良い人だったな、と私は仄かな回想に浸っていた。
王城と市街とを分ける外堀。それを架ける橋の上。私は今日の出来事を噛みしめるように回想していた。
時間のせいだろう、街並みに人影は少ない。
街灯の朧な灯りと、民家から零れる仄微かな光。そして月光でルエンは照らされていた。
季節のせいか、この時間は少々肌寒い。着ているローブを内側から掴み、ぎゅっと体に密着させる。

さっきまで一緒に書物の整理を手伝ってくれた兵士長さん。
彼は既にこの街並みの中に姿を消していた。
王都兵士部隊の長だからもっと屹然と、悪く言えば固陋な人だと思っていたが存外面倒見が良さそうな人だった。
私自身、図書室の外の人と関わるのは久々だったけど蟠りなく話すことが出来た。
或いは久しぶりの体験というだけで勝手に美化しているだけなのかもしれないが。

私は自分の両肩を抱えるようにしつつ自宅へと歩き始める。
外気に長時間晒されていると寒さをより強く感じてしまう。
明日からもこんな時間まで図書室に残る生活になるのならローブの内側に何か着込む物を用意しておいても良いかもしれない。
或いは何か水晶のような媒介に火のエーテルを封じ、暖を取る魔法器具として持ち歩こうか。
手にほぅと息を吹きかけて冷えた手先を温める。
深まった秋が去る準備をして次は冬を迎えようかとしているこの季節。
季節の変わり目はどうしてこうにも人の気分を感傷的に変えるのだろうか。


城と自宅とはそんなに距離は無い。
物思いに耽りつつちょっと足を動かしていると気付けば帰宅している、そんな距離。
何の面白みも無いごくごく普通の一軒家。
玄関の扉を開けて中に入ると、当然ながら真っ暗で何も見えなかった。
私は手を前に突き出して掌を上に向ける。


「ファイア」


手の上で煌々と炎が燃え盛る。
寒空の下で冷えていた私の頬にも炎の熱が伝わってくる。
掌で灯った灯りを頼りに家の中を進んで寝室を目指す。
自分で言うのも変な話だが、道中の部屋や廊下にはどれも生活感が無い。
というのも、私は1日の殆どを図書室で過ごしているから当然と言えば当然だった。
この家は眠る為に使っているだけと言っても過言ではない。食事すらも図書室で簡単な物だけで済ませてしまう。
時間が無いというのもあったが、ずっとそんな生活だったので私の体が適応してしまっていた。
糖分補給の為にクッキーと砂糖の入った紅茶や珈琲だけの事も多々ある。
多分、魔法使いとか賢者だったら珍しい事でも無いと思う。

寝室に着くとまず手の上の炎を机の上の水晶に翳す。
すると掌の炎は消え、代わりに明るく輝き照明の役割を果たす水晶が完成する。
これは炎の魔法を火エーテルに変換し、水晶を火属性へと比重させた事による作用である。
これで蝋燭無しで部屋に灯りを確保する事が出来る。
帽子を机の上に置き、ローブをクローゼットに掛けてバタンとベッドに仰向けに倒れる。

ローブと帽子を脱ぐとなんとなく普通の女の子になった気分になれる。
魔法学や研究から離れて街行く普通の町娘になったという想像。
気の知れた友人と一緒に遠い街に旅行をしてみたり、いや、もっと身近な。王都を色々遊びまわるのでも良い。
そんなありふれた“普通”がちょっと羨ましく思う事がある。
勿論、私自身幼い頃からずっと触れてきた魔法学の世界が大好きなので今の生活にも満足しているのだけど。
それでもやっぱり外の世界が知りたいと思う。触れたいと思う。

そしてちょっと、“普通の女の子”として見て欲しいという願いも有ったりする。
自分の経歴を驕るわけでは無いが、私は今稀代の魔法使いとして知れ渡っている立場にある。
人々が【火・氷・風・地・電気】の中から1つだけ持つと言われている『得意属性』
私は特異な体質なのか、その5属性が全て得意属性として扱える。
他の魔法使いが必死に勉強して何とか自分の得意属性以外を1つ極められるかという所を、私は生まれつき全てを自在に操れる。
無論それは誇って良い事だと思う。
でも、それ故に私には“対等の友達”がどうしても作れない。
誰かに会っても私は「高名な魔法使い」扱いで対等な立場になることを許されない。

それは贅沢な悩みなのだろう。聞く人によっては怒られるかもしれない。
魔法界でとんでもなく有利な体質と、それに更に普通の女の子扱いされたいなんて欲求。本当に贅沢すぎる。
だから私は吹っ切れて対等の友達なんて諦めている。
……諦めている筈なんだけど、でもやっぱりこうしてローブを脱いでベッドに体を預けているこの時間は好きなんだ。

不意に睡魔が襲ってきた。
普段と同じようなサイクルで動いていたけどそうだ、今日はそもそも帰宅が遅かったんだ。
今日は早くシャワーを浴びて眠って明日に備えないといけない。
私は立ち上がり、机の上の水晶に手を翳して……


アイス


炎属性に偏重した水晶を反属性で相殺して灯りを消した。
水晶に込められた魔法は基本的に取り出せないので、このように反する属性で打ち消して使うのだ。
私は込み上げる欠伸を押し殺しつつ浴室へ向かい、明日の予定について思いを馳せるのであった。

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最終更新:2016年01月01日 04:05