世界設定 山村ルーフ編


「さ、行くわよ」

桃色の髪を靡かせ、少女は友の手を引く。
自分がこの手を離さない限り、きっと二人はずっと一緒にいられるから。
だから手を繋ぐ。
だから手を離さない。



王都ルエンの東に聳える「ヴェーク山」
その山の歴史は盗賊の歴史だった。
今でこそ護身術程度の知識として受け継がれている盗賊術であるが、その源流を辿ると歴史の根の深いところに辿り着く。


山村ルーフ。
ヴェーク山の頂上にひっそりと存在する小さな村である。
王都ルエンと魔法都市デュミナスを結ぶ中継地のような村であるが、
その険しい山道の存在により遠回りで山を迂回するルートを取られる事が多く、実際に足を運んだ経験のある者は少ない。

盗賊の村という異名とは裏腹に、山の頂上に待つ長閑な時間の流れは訪れる者に感動を与える。
王都からは稀にルーフ行きの馬車が出る事があり、一部の旅行マニアは逃すまいと情報を張り巡らしているらしい。


ルーフの起源は遥か昔に遡る。
それは、王都ルエンが建立されるよりも昔の話。
アルスター大陸の南西部一帯は盗賊の勢力により治められていた。

取り分け、ヴェーク山は険しい環境条件に野生動物や魔物の存在から、盗賊の修行の聖地として重宝されていた。
その気になれば狩猟により生計を立てる事が可能である為に、山に暮らす盗賊も多数存在していた。
彼らこそが後のルーフを作りあげる始祖たる存在である。

ヴェーク山付近を支配していた盗賊には、大きく分けて2つの流派が存在していた。


一つは最も古くから盗賊術の名を知らしめていた「ガル」という流派である。
ガル派は近接格闘術に長けた流派であった。
純粋な五体を用いた格闘術。
魔物や獣の爪を武器として用いた爪術。
短刀を扱い、素早く動く事に重きを置いた短剣術・双剣術。
懐に容易に忍ばせる事が可能な軽量な武器のみで戦闘が可能なガル派は、多くの盗賊によって学ばれ、盗賊術の基本として扱われた。


そしてもう一つが「イゼル」という流派である。
イゼル派は元々、ガル派がヴェーク山での狩猟の際に編み出した技術が基となり独立した物とされている。
旨とするのは主に遠距離射撃術。
獣や魔物を仕留めるのに有用な弓術。
弓術を更に破壊的にすべく火薬の使用を始めた銃術。
イゼル派の功績は、身体能力に恵まれていない者にも戦闘能力を与えた点であろう。
故にイゼル派の使い手には女性の盗賊も多く、盗賊コミュニティ内における女性の地位向上に大きく寄与されたとされる。


目覚ましい発展を見せていた2つの流派であるが、王都ルエンの建立によりその勢力は衰退していく事となる。
盗賊たちの中には王都兵士団の軍門に下り、王都の勢力を強める者も多かったという。
それを良しとせず、ヴェーク山で盗賊活動を続ける者により作られた集落が後の「山村ルーフ」となる。



その後長らくヴェーク山で停滞していた盗賊術であるが、ある時第3の流派が誕生することとなる。
魔法都市デュミナスからの流れ者によって齎された「マーゼ」である。

そもそも人間の手により発展してきた盗賊術であるが、実は人間よりも遥かに盗賊術に適した種族が存在する。
「獣人」である。
天然で人間より優れた敏捷性や筋力を誇る彼らが盗賊術の噂を聞きつけて興味惹かれるのはある意味で当然であった。
山村ルーフの名がじわじわと広まるにつれ、デュミナスに住む獣人達の中にはルーフに惹かれる者がいた。

そんな彼ら獣人たちにより発展したのがマーゼ派である。
元がデュミナスからの流入に近い物である為、盗賊術に魔法技術が使われるのが特徴であった。
より隠密性を高めるべく初級闇魔法を用いた暗闇術(煙幕術)
獣や魔物に対する殺傷性を極めた毒術。
盗賊術に更なる敏捷性を加えるのに風魔法を用いたりもした。

アルスター軍事同盟により平和に近づいた今でこそ盗賊術が発揮される機会は少ないが、
現代のルーフでもこの3つの流派が伝統として受け継がれている。
ルーフに生まれた子供達は10代前半までに教養としてどれか1つの流派を修めるのである。



ところで、ルーフの民は姓という意識が非常に薄い。
元々はヴェーク山に残存した盗賊たちによる集落が起源であるのだ。
家族に重きを置くよりは、仲間社会としての側面が非常に強かった。

そのような歴史背景もあってか、現代のルーフにも家族単位の姓という概念は存在しない。
代わりに自らが修めた流派の「ガル」「イゼル」「マーゼ」のいずれかを名乗る文化がある。
故にルーフに姓に該当するものは3通りしか存在しない。
「ガル」「イゼル」「マーゼ」の名を得る事がルーフに置ける“子供”を卒業する通過儀礼のようなものなのである。


例えば現代ルーフで一番の実力者とされる少女。
彼女は射撃術を修めたので「フィリーネ・イゼル」と名乗っている。
因みに彼女はイゼル派を修めた後にも魔法も学び、マーゼ派の技法も使えるようにはなったのだが最初に修めた流派を名乗るのが通例らしい。

もう一人、彼女の友人である「ティムル・ガル」
名を見て分かるように彼女は近接格闘術に長けたガル派を修めた少女である。
一般的に、高い身体能力を必要とするガル派を少女が目指すことは稀なことではあるが、
彼女には獣人の血が流れているので少女ながらもガル派を修めるのに十分な身体能力を持っている。


彼女のように、現代のルーフでも獣人の遺伝子を持つ者は少なくない。
それ故に、ルーフの民達は他の都市の者に比べると魔物といった異種族の存在にも抵抗が無い。(デュミナスの民は別格として)

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最終更新:2016年10月11日 15:38