「それにしても、敵が多くて大変ね」

一つ影を傘で薙ぎ倒し紫がぼやく。
最初に久瀬が倒したのと同じような種の魔物である。
流石に鬼よりはかなり弱いのだが、それでも数が集まった時は面倒である。
攻撃能力に長ける久瀬は三体ほどを纏めて倒すような剣技を発揮している。
飛びかかってくるのは大抵五から六体と言った所……魔法の連射が利かないみずかは苦戦している。

「大丈夫か、みずか」

考えてみればこの勢力でみずかだけはサポートが専門であり、明らかに戦闘力として劣る。
というかどちらかというと他の二人が強すぎる気もする。

「大丈夫……伊達に久瀬派の一人じゃないわ」

鬼を倒してから既に数時間。
確かに空間の歪みの根底まではあと少しと言った所だろう。
が、ここまでに現れた魔物の数は軽く二桁にも上る、疲れていても不思議ではない。
とは言え、いざとなったら久瀬や紫が戦っている隙に休んでいればいいのだが。

「ほら、次来るわよ?」

剣の一薙を躱しながら紫は久瀬達に呼びかけた。
見ると、魔物の一体が丁度久瀬に向かって走ってきているところであった。
紫の忠告もあり、未だ距離は十分なので反応するには申し分ない余裕がある。
が、悠長に刀を構えている時間も無い、躱してから再度攻撃に転ずるのが良いだろう。
敵を出来るだけ引きつけ、攻撃の構えに転じた隙を狙って距離を取る。
相手の剣は威力だけを突き詰めた重量級の西洋剣……グレートソードという種である。
元より集団戦向きの剣だ……一対一の戦闘で避けるのは容易い。

剣を完全に振り下ろした所を見て、脇腹を蹴り飛ばす。
バランスを崩して倒れこんだのを確認してから刀を抜き、胸の部分を突き刺す。
一段落終えた所だが、安心している暇は一時も無い。
背後から忍び寄る魔物に対して振り向きざまに遠心力で刀を叩きつける。
完全に敵が全滅したのを確認して、やっと一息。
周囲を確認すると、みずかに冷凍されたであろう魔物の氷漬けが一つと、紫によって仕留められた魔物が一体。

「そろそろ黒幕のご登場かしら……ただ、その前に一つだけ山を超える必要がありそうだけどね?」

森の開けた場所……そこにあったのは影が一つ。
明らかに先程の魔物とは雰囲気が違う……黒幕を護衛する隊長といった所だろうか。

「ふふふ……異変を起こしてる集団の構造がどんな物か解らないけど……聢りしたシステムだこと」

確かに黒幕の護衛兵を用意したりその指揮官を用意したりと整った構成を持っている。
という事は、空間を歪めているような奴が各地に分散している可能性もある訳だ。

刹那。その影が久瀬たちの気配を察し、手に持った剣をギラリと不吉に瞬かせる。
観察すると持っている剣は先程の魔物の持っていたグレートソード。
先ほどの物よりサイズは一回り大きいだろうか。
が、体格も雑兵と比べて圧倒的に大きい。

アイスチル!」

敵の攻撃よりも先に動いたのはみずかだった。
魔法が一直線にその魔物に向かって飛んでゆく。
不意の一瞬の奇襲は狙いとして外れでは無い筈だが、魔物はそれを剣で払い落とした。
驚くべきはその剣の速度、グレートソードで出せる速度とは思えない。
雑兵に比べて明らかに基礎的な身体能力が違っているのだろう。

「確かにこいつはちょっとした関門になりそうだな……」

今までにみずかのアイスチルが防がれた場面を見た記憶は薄い。
唯一の救いは相手の装甲が薄い事だろうか。
上手く懐に潜り込んで刀を振りぬければ勝負は決するだろう。
が、問題となるのはあの剣の速度。まともに受けたのならば怪我では済まないだろう。
しかしそんなリスク無しで魔神と戦いを繰り広げる毎日を送っていた訳ではない。
生半可な覚悟で幻想郷に向かおうとしているわけでは無いのだ。

「それじゃ、チームプレイと行きましょうか」

徐々にこちらの間合いを詰めて来ている魔物に恒例の弾幕を打ち込む。
弾幕に対して多少の被弾はするものの、半分以上を剣で薙ぎ払う
久瀬が魔物の前に躍り出ると、一定の距離を保ちつつ隙を探す。
ヒュンという風切り音とほぼ同時に目の前すぐを掠める剣の切っ先。
目の前でみると更にハッキリするが、グレートソードの速度とは到底考えられない。
予め相手の射程よりも少し余裕を持って距離を離していた甲斐があった。
第二撃。
剣の振りの速度もそうだが、戻しの速度も同じく速い。
踏み込んでの脳天目掛けて殺気を込めての一撃。
これも避ける。
が、それもギリギリの回避。
流石に大型剣は遅いというルールを覆されたのは初めての経験なので些か戦いにくい。

振り下ろしを狙って久瀬も刀で応戦する。
が、予想通りそれは防がれ所謂鍔競り合いの状態になる。
無論武器の種類からしてこうなってしまったら負けるしかないので体勢を崩す前に離れる。
空間が不安定である故に久瀬の得意技である数々は使えない。
それにアレは身体への負担が思った以上に大きい、気軽に何度も使っていたら体が持たない。

「それじゃ、久瀬さん。交代しましょうか?」

その言葉と共に久瀬の隣に並ぶ紫。
今までの連続した雑兵戦に加え、今の一瞬の激しき攻防で久瀬は確かに疲れていた。
そうでなかったら先ほどの刀の一撃で決まった可能性もそれなりにあっただろう。
何しろ、一人で紫やみずかの2倍以上の数の敵を倒していたのだ、体力の消耗は激しい。
次に待ち構える更なる強敵との戦闘に備えて休むべきなのは明確だ。
……刹那、水の塊が魔物の剣に当たり当たりに水飛沫を撒き散らした。

「紫さんに助けられっぱなしだったもん。私も頑張るよ!」

至近距離で弾けた水飛沫は魔物の一瞬の目潰しになった。
接近戦は紫、その遠距離のサポートとしてみずか、というこのパーティでは珍しい構図になった。
既に紫は行動開始。
視界を失っている魔物に傘の先端での突き。
続いて人間の女性ではありえないような強力な蹴り。
体勢は崩せ、それなりのダメージは与えたものの決定的な決着打にはならない。
ここで一歩下がると、みずかが再び水の塊を放つ。
塊が勢い良く魔物を捉えるが、魔物が咄嗟の判断で剣を自分の正面に持っていく。
再び散るのは水飛沫。
辺りの大地を潤すが、直接のダメージには程遠い。

そして良いように紫に攻撃された焦燥と怒りから力任せに剣を振るう魔物。
だが、先ほど一歩下がった紫にはその攻撃は届かない。
どうやら未だ視界は完全に回復していない様子である。
しかし、その錯乱から的を選ばずに無差別に剣を振り回す魔物。
恐らく弾幕を放ったところで殆どがその乱れ斬りの中に弾かれてしまうことだろう。
距離を取り、安全圏に逃げ込んでからその錯乱が止まるのを只管待つ。

が……魔物は足を滑らし大きくバランスを崩した。
先程のみずかの放った水が草を滑りやすい状態にしたのである。
流石は久瀬派の中でも知略派として戦っている彼女である。
空かさず放たれるのは紫の弾幕……いつもの針状のそれでは無くてレーザー上の弾幕である。
弾幕が貫いたのは右肩、右手の自由を奪った。
いくらこの魔物の力が強かろうが、グレートソードを左手で自在に操れるとは思えない。

「ふふふ……チャンスってやつね」

背後から飛んできた氷の塊が紫のすぐ近くを通り、魔物を捉える。
今度は腹部の辺りを綺麗に打ち抜く。
今までに無い、確かに手応えのあった大きなダメージ。
そして下がった頭部をコンパクトに打ち抜く紫の強烈な蹴り。
魔物は卒倒した。

「これで決着かしらね、さて、出てきてもらおうかしら?」

紫の呼びかけに空間の様子が一変する。
恐らく、この世界を支配している一人の幹部のご登場だろう。
鳥は恐怖を覚えたかのように鳴き、木々の騒めきが場を支配する。
野生の本能……確かにこの場所で何かとんでもない事が起ころうとしているのは確か。
闇の瘴気が強まる。
空間が大きく乱れ始める。
そして現れたのは…………

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最終更新:2010年04月02日 23:21