「お前達か……この世界を荒らし回っている侵入者という輩は」

気づいたらそいつは魔物の在った場所に立っていた。
人間……否、別の種族なのかもしれないが見た限りでは間違いなく人間である。
先程の魔物達とは異なり、大きいだけの剣ではなく早さも両立させた剣。
所謂バスタードソードと呼ばれる種の物である。
片手両手持ちに対応した、使う者によっては相当な戦闘力を誇る剣である。

「見た所、妖怪とかそんな類ではないようね? 何者?」

「察しはついてるんだろお嬢さん? 人間さ」

人間……自身の口から発せられた。
無論そこで嘘を吐くメリットも何よりもその様子が無い。
XYZとは魔物達の集団かとも思っていたがそうでは無いのかもしれない。
幹部に人間を置いている位なのである。トップの種族は想像も出来ない。

「しかし、この瘴気の中で正常を保てるなんてな……お前達こそ何者だ?」

「あら、ただのしがない討伐者ですわ」

「……中々喰えない奴だな」

そして入る戦闘態勢。
バスタードソードは両手持ち、一気に走って間合いを詰めようとする。
一足先に動いたのは紫。進行方向の一直線上から横に翔び、パーティの間合いを取る。
久瀬は走ってくる敵に向けて、自分も走り出す。
やはり前線で戦うのは久瀬、接近戦が可能なのは彼だけなので当然か。
否、接近戦なら紫も可能かもしれない。
しかしやはり接近戦の能力に長けているのは久瀬か。

「俺と剣戟か、果たしてどこまで楽しめるかな」

敵のセリフ……剣術には相当な自信があるらしい。
それは真剣勝負中に言葉を発するという所からも読み取れる。
何よりも独特の使用法を持ったバスタードソードを武器として選んでいるのである、剣術には長けていて当然か。
剣と刀がぶつかる。
強烈な金属音と共に火花が飛び散った。
両者共に力負けはしていない、しかし長期戦になったのならば武器の性質から久瀬が力負けするだろうか。
だが、体力が長持ちしそうなのは久瀬である。

「さて、久瀬さんが負けるとは思わないけど、どうなるかな?」

観戦している感じになってしまっているみずか
紫も同様で、久瀬と敵との距離が近すぎて弾幕も魔法も放てない状況になってしまっているのだ。
確かに敵の能力は未知数だが、魔神との対決を何度も経ている久瀬が簡単に負けるとは思えない。

一瞬、剣と刀とが揺らぎ二人は距離を取る。
両者とも鍔競り合いは得策でないと判断したのだろうか。
が、一瞬の躊躇も無く敵は久瀬との間合いを詰める。
距離があると遠距離からの攻撃の的になると判断したのだろうか、成程、魔物と違い頭も切れるようだ。
何より驚くのはその観察力か……。

久瀬の剣を持つ手を狙って剣を振る敵。
剣道で言うところの小手という奴だ、久瀬は手首を捻って手を剣の軌道上からずらす。
剣は手の下ギリギリの所を通って空を切る、さあ反撃だ。
体勢を崩している所に刀を振り下ろす。
タイミングはピッタリ、普通の剣術の持ち主ならばこれ一撃で勝負は決しただろう。
が、そうは行かない。
久瀬もそれは可能性として考慮して、承知していた。
いつの間にか敵は剣を片手持ちにして使用していた。
両手で振り下ろしたのではなく、右手で久瀬を狙いそして今刀を防いだのは左手。
……両利きか、それにしても一瞬で右手と左手をスイッチした能力は流石としか形容しようがない。
恐らくはそれ相応の訓練を積んだのか、或いは才能による賜物か……。
何れにせよ、ただ戦闘を繰り広げただけでは勝機は見えにくいか。

崩した体勢からの反撃は無いと考え、久瀬は再び刀を、今度は横に薙ぎ払うように振るう。
それも防ぐと、完全に体勢を立て直し久瀬に向かい合う。

「流石に、たった三人でこんな世界に乗り込んでくるだけの事はあるな」

感心の念を示すそいつの姿。
久瀬はというと既に相手の力量を予想していたので今更驚くことも無かった。
持っているのは銀の刀……鉄の其れより重量がある故に使い勝手は若干劣る。
それでも十分に並みの、否、少しばかり優れた剣客であっても既に勝負は決しているはずだった。
恐らく単純な剣術の腕だったらば最上級の物。
普通に戦っていたのならば勝敗は天秤のように移ろい易い物になるだろう。

「ふ……久しぶりだ。この胸躍る感覚」

戦いの中に見出せる歓びのような物……それを久瀬はヒシヒシと感じていた。
この世界に来てから……仲間である紫を除いてしまえば文句なしで最も手強い者。
それ故に胸が高鳴る。
この位の感情を持っていないのならば戦士や……そう、退魔師なんて務まらないだろう。

剣。
首を狙ってくる殺意に溢れるそれを刀で受け止める。
腕に走るのは微妙な疲労感。
先ほど紫の提案で少しでも休息を取っていなかったのならば今の一撃で大きく体勢を崩してしまったか。
或いは絶命も有ったかもしれない。
紫の心遣いに感謝を覚えながら再び刀を振るい始める。

金属音、金属音、金属音
火花を散らす度に刀を握る掌に、腕に鈍い痺れが走る。
だがそれを気にしている暇もない、気合でカバーし刀を手放さぬように力を込める。
正に一対一の剣戟。
距離を一気に離そうにも、紫とみずかが手を出せない状況を把握されているので間合いは離せない。
敵としてはこれが一番の安全策を選んでいる事になるだろう。
最初から紫やみずかに勝負を掛けた所でそこに攻撃可能な久瀬が加わったのならば不利になってしまう。
やはり頭が切れる敵は厄介だ。

受け止め、薙いで、躱して、また薙いで。
ある一定以上の能力を持った者同士がこのような一対一の争いをすると膠着状態になる。
然し、迎えるのは完全な膠着状態ではなく体力の底、底辺。
無論久瀬にはまだ体力的な余裕は十二分にあった、が敵は両利き、いずれ均衡が崩れる。
再び鍔競り合いになった所を久瀬は賭けに出る。
今までのように距離を取る事なく、次は刀で相手を押し返そうと一気に力を込める。
流石に予想だにしていなかったのか、上体を崩し脚に力を込める敵。
そこを見逃さずに攻撃を加えようとする。
……刀ではなく軸足を刈り取るようなローキック。
下肢を満足に動かせない状況の敵は、確かに上体を刀で狙われたのならば防げたかもしれない。
綺麗にローキックが決まり、バランスを更に崩す。
だが倒れない、追撃を防ごうと右手で剣を振り回す。
標的を持たないそれは、躱す必要もない。一歩距離を取って敵の疲労を待つ。

やがて、体勢を立て直し、斬りかかってくる敵を久瀬は吟味した。
足での踏み込みが弱まったお陰か、剣の速度は目に見えて落ちている。
チャンスか、久瀬は躊躇することなく刀を胴に向かって振った。
敵の剣は空を切り、久瀬の刀は敵を捉えた。
銀糸が舞った様に……空間を切り裂く一瞬の光景。
確かに刀は目標を横薙に切り裂いていた。
が、傷は浅い。
流石に敵は一流の猛者だけあって、致命的な一撃は免れたらしい。
上等だ。
既に技術が物を言う戦闘では無くなっていた。
後は久瀬が最後まで冷静に、選択のミスを無しに事を進めれば勝利まで繋がる。
そして、その戦闘中の選択の仕方は長い間に渡って戦闘を続けている久瀬は理解していた。
リスクを最小限に抑え、敵を確実に捻じ伏せる術を。

距離を取ったまま敵を観察。
決して敵に時間を与えている訳では無い。
敵のリアルタイムな状況、状態、それを知る者が一時一時の勝負を制する。
そう、敵は弱っているが致命的な物ではない。
迂闊に追撃を狙って飛び込むのは得策ではない。
剣を握ったのは左手。
右手だと傷口が痛むのだろうか、ならば好都合である。
と、左手が揺らぐ。
来るであろう一撃にバックステップで対応。
だが、飛んできたのは剣ではなく火の玉。
そこまで予想していないのと、バックステップを踏んだばかりだったのが災いした。
完全に避けられず、肩の部分を焦がす羽目になる。

俗に言う魔法戦士という奴か……完全に油断していた。
確かに剣術に長けているとは言え、久瀬と同等、いやそれより少し下回る程度だ。
それだけで幹部が務まるかというと確かに首を捻る。
完全に油断していた。
その位までは気を回していて当然では無かったのか?

兎に角、敵の新たな能力が解明されたところで刀のみでの勝機は僅かに薄まった。
ならばどうするべきか?
歪んだ空間という下で体に負担が掛かっても奥義を発動するか。
……いや、他の選択肢があるのではないか?
久瀬が得意とする空間操作以外の術。

ヴァジュラ。
名の由来は帝釈天(インドラ)の武器である。
これならば相手が如何に魔法戦士だろうが対等以上に戦える筈である。

技の発動。
風が吹き抜け、辺りに独特の雰囲気が充満する。
耳に響く強烈な音と共に大気が一瞬稲光し、電気の束が突き刺さる。
敵方も心底驚いた様子で、身動きを取る間も無く雷の餌食となる。
苦悶の表情を浮かべながら、今度は火の玉を乱雑に、狙いを碌に付けずに発射する。
無論、そんなものが当たる筈もない。
電気の痺れから、動きも満足に出来ていない、機会到来だ。

重力に任せて刀を振り下ろす。

―――カキィン!

意に反して響いたのは金属音。
剣客としての自負心、傲慢からだろうか敵は混乱の中であまりにも重要な一瞬の判断を勝ち取った。
そして渾身の反撃。
見事に久瀬の左腕に切り傷を負わせる。

「ッ!」

咄嗟の判断で右手を庇う事が出来たのが、久瀬の生まれながらに持った天性の判断力だろうか。
この瞬間においての利き腕のダメージは勝負を大きく揺るがしてしまう。
追撃。
初めての決定的な焦りに付け込む一撃。
体勢の完全に整っていない不完全な追撃、それを右手の刀で難なく受け止める……そこまでは良かった。
衝撃で傷口に走る鋭く、大きな痛み。
それが焦りに僅かに揺らいでいた判断力を完全に崩した。
敵が放った足払いがは意識の外へ所在していた。
視界が一気に様相を変え、同時に来る落下感。
綺麗に決まった足払いに完全に転んでしまう。

「久瀬さん!」

みずかが思わず叫んでしまうほどに、敵の止めの一撃は間近に迫っていた。
ゾッとした。
判断力とは別に本能が危機を察知して、体を転がせそれを避ける。
久瀬の丁度胴体が位置した場所に敵のバスタードソードが大地に向かって突き刺さっていた。
みずかの叫びがなかったら自分はどうなっていただろうか。
心臓が早鐘のように鳴る。
普段から冷静といえど、流石に生命の危機に晒されても冷静というわけには行かない。

今度は久瀬が取り乱す番か。
いや、それは拙い、心を落ち着けねば。
が、敵はそんな隙を久瀬には与えてはくれない。
二の矢、三の矢と言うべき容赦ない攻撃を久瀬に向かい放ってくる。
反撃の隙を見つける余裕もない。
防戦一方という状態……。

「拙いわね……このままじゃ最悪、押し切られちゃうわよ? 彼」

紫が呟いてしまうほどに事態は劣勢。
刀が銀製で重い、空間が歪んでいて秘技が使えない、情報の分からない敵、様々な不利要素が重なりすぎてしまった。
最も大きいのが連戦続きで完全とは程遠い体力だろうか。
実力的には久瀬が優位だったかもしれない……が、実戦は屡実力通りとは行かない事がある。

「……くっ!」

みずかが唇を噛む。
信頼という絆で結ばれた仲間が苦しんでいるというのに何もできない自分はなんと無力な事か。
行き場のない怒りが、心を支配する。
ただ、見守る事しか出来ない自分を殺したくなる。

「……言っておくけど、余計な手出しは逆効果よ。第三者の力っていう新たな力が事態をどう変えるか分かったもんじゃないわ」

今にも飛び出しそうなみずかを先に諭して釘を打っておく。
遠距離支援専門の魔術師が出た所で一歩間違えれば久瀬に被害が出てしまう。それは敵も意識して動いている。
それに、飛び出して行った所で魔術師と魔法剣士なんかでは接近戦の格が違う。
どうしても飛び出したら被害が出てしまう可能性をゼロにすることが出来ない。
敵も相当消耗している。
若しも久瀬が負け、紫が相手をすることになっても余裕で紫が勝つだろう。
いや、不利な要素を全く持っていない紫だったのならば最初から戦っても勝利は堅かったかもしれない。
何故、久瀬と敵との一騎打ちになってしまったのか……紫は自分への反省を抱えていた。

紫にとっては幻想郷に帰れさえすれば仲間もいるし、久瀬がどうなろうと状況的にはどうでも良い事に思える。
が、幾つかの戦闘を潜り抜ける内に、紫にも久瀬に対しての信頼という絆が湧き始めていた。
このまま久瀬を見殺しにするのは心痛い。

やっとの事で久瀬がなんとか立ち上がったのを見て、紫は一瞬の安堵感を覚える。
左手の傷口が広がっているのは、新たな不安要素として久瀬を苦しめるだろうか。
事実、その鋭い痛みに十分な戦闘を行う事も叶わない。

……ならば、久瀬はどうするべきなのだろうか。
答えは久瀬の中で決まっていた。
ヴァジュラ……。
再び雷が敵に襲い掛かる。
稲妻の閃光と共に久瀬の中から体力が一気に抜けていく。
恐らく、これが久瀬の最後に残された希望の一欠片だろう。
電気にもがく敵に向け、久瀬は残りの体力を全て刀に捧げた気分でそれを振り下ろす。

それは久瀬を勝利へと導いた。
終わりを告げる、不吉ながらも確かな手応え。

ふと、体を支えていた足腰の力が一気に抜け、久瀬はその場に座り込む。
視界が霞む……一瞬、紫とみずかが見えた。
そして、空。

ザシュ…………。
直後に久瀬の耳に届いた、何かを切り裂くような音の正体は、暗闇に誘われてしまった意識の所為で久瀬には判断する事が出来なかった……。

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最終更新:2010年04月12日 03:25