第十二章 戦士達の苦悩



ならず者たちと戦っていた大地は明らかに異変を感じていた。
?なんさ?こいつら、さっきと微妙に空気が変わったような…。
その疑問は男達の叫びによって解決された。
「退けー!!逃げろ!!」
男達は全員迷うことなく出口に駆け寄って逃げていく。
大地としては、そっちから襲ってきといて、勝手に逃げるとはどういうことだ、
と思ったのだが、逃げている男達を見ているうちにあるものを発見したので止めた。
「姐さーん、生きてるさー?」
大地が発見したのはものではなく、シュシュだった。
彼女は地面に座り込んでいて、その様はまるで丁寧に作られた人形のようだった。
――大地がシュシュを見つけた時、あるもの、と思ったのもそのためだ。
「え、ええ、なんとか。大地さんのほうは……」
シュシュは少し心配そうに大地を見る。
「ん…、おれっちも大丈夫さ!それより兄貴のところへいくさ!!」
本当のことを言えば、大丈夫、というほど万全ではない。
大地は一体多数は苦手でカイルやシュシュよりも傷を負っている。
だが、それよりもカイルがどうなったのか、のほうが気になるのだ。
そう思い、ふと大地はあることに気が付いた。
カイルがシュシュと自分を守ろうとばかりすること、
シュシュがカイルを想うこと。
それと同じように自分もまた2人のことを心配しているのだと。
出逢ってから、そんなに経っていないのにも関わらずだ。
――ま、兄貴が守ろうとするのは、なんか理由がある気がするけどさ。
大地はカイルの何かを読みとっていた。
そもそも2人が心配なのは兄貴が鈍いからさ!?
「?どうしたんですか?大地さん」
ボーッとしていたのが、気に掛かったのだろう。
シュシュが真顔で尋ねてきた。
「イヤ。、なんでもないんさ。兄貴の所に行こう」
大地は今そのことについて没頭するのは止めて、外に向かった。


カイルが廃屋の屋根の上を見るとそこには、筒に取っ手をつけたと思われる
何かを持った、若い男が立っていた。
「………」
その若い男は無言を携え、たたずんでいた。
「くっ!あの老いぼれがなんだ!?」
もうほとんどの人数は逃げてしまっているのだが、残った数人のならず者の一人が屋根に向かって手斧を投げつけた。
だが、その軌道は途中で不自然に曲がってしまった。
「じいさん馬鹿にすると怒っちゃうよ~」
その斧が曲がっていった先には、どう考えても怒っているとは思えない
笑顔のこれまた若い男がいた。――男は甲冑と兜を身につけていたがそれでも
分かる笑っていた声だった。
そして、斧はなんと男が持っていた大きい盾にくっついてしまった。
「っ!そっちにもいやがったのか!?」
そうすると、また別のならず者が盾を持った男に矢を射ろうとした。
男が矢を弦にかけた。かけたのだが、かけることができなかった。
なぜなら、弦が切れていてだらしなく垂れ下がっていたからだ。
「!?」
男は疑問の表情をする。
当然だ。かけた直後までは切れていなかったのだ。弦に矢をかけた感触もきっと
あったことだろう。
困惑する男を突如、冷たい感触が襲った。それは金属のものだった。
「武器を捨てて、すぐ立ち去れ」
男はその声を感じるとほぼ同時に、自分自身の首に
細身の剣がつきつけられていることを悟った。
その男の横にはいつの間にか、細身で長身の髪の長い男が立っていた。
しばしの沈黙が簿を流れたが、やがてならず者はギリ、と歯ぎしりをすると、
「ちっ!おぼえてやがれ!!」
武器を捨てて逃げていった。
すると、残った数人も逃げてしまった。
カイルはそのわずか数秒の出来事にポカンと口を広げることしかできない。
ただただ驚いているカイルに長髪の男が近づいてきた。
「君は……、何者だ…?ならず者達と戦っていたようだが」
特に怪しんでるわけでもないような口調で普通に疑問を挙げているようだった。
何者だ…?て言われても……。
カイルはその質問に戸惑うしかない。
が、そんなカイルに
「カイルー!無事ですかー?」
と、シュシュの声が聞こえてきた。
廃屋のほうを見るとシュシュと大地がこちら側に来ようとしていた。
「仲間がいたのか……」
シュシュは男を発見し思わず足を止める。
「質問を改めよう…。君達は何者だ…?」
男が再び聞いた。



大地たちは今3人に連れられ歩いていた。
3人、というのはもちろん無言の男、甲冑の男、長髪の男達のことだ。
君達は何者だ?
その質問にはシュシュが答えたのだった。
シュシュの話では彼らはこの辺りに住んでいる戦士達のようだ。
会話の内容はなんとなくしか聞いていなかったが、どうやら彼らのアジトに行くらしい。
――さすが姉貴さ。
大地は素直に感心していた。やはりエルフの王女様だけあって対人といったものには
慣れているのだろうか。
だが、大地はシュシュ達との会話に明らかに不自然なことを
感じ取っていた。
それは、2人とも普通に会話をしていたことだった。
カイルと大地が最初から会話ができたように
シュシュとこの世界の人々も似たような言語を使っている、ということも
あるかもしれないのだが、彼らの言葉はなんと大地にも聞き取れたのだ。
そのことが大地の頭を苦悩させていた。


「ふぅ、やっと着いた~」
甲冑の男が陽気な声で言った。
その男が着いた、と言った場所は共同墓地、と思われるところだった。
シュシュは墓地、というとどうしても父の墓のことを彷彿させてしまうのだった。
だけど、シュシュが父を思い出して泣いている時に、もう会うことができない、そう思っていた時にカイルはそっと自分の手を握ってくれた。
あの時カイルは何も言わなかった。
カイルがその時何も言えなかったことを悔やんでる、
そんなことは彼女が知るよしもない。だが、シュシュにとってはそれで十分だった。
彼がとても遠慮がちではあったけど、しっかりと私を放さないでくれたこと。
それにシュシュがどれだけ助けられたたことだろうか。
シュシュはその時のことを思い出しているうちに急に恥ずかしくなってしまった。
――あのとき、カ、カイルが私の手を……。
そういえば、大泣きするところも見られてしまった。
「?シュシュ、大丈夫?顔、真っ赤だけど」
ビックリした。ものすごくビックリしてしまった。
「カ、カイル!?な、なななんでもありません!大丈夫です!」
ハッと我に返ると彼の顔がすぐ近くにあった。心臓がドキンと跳ねる。
自分の顔がカイルの瞳と同じくらい紅くなってしまっていることに気付いた。
シュシュの青い瞳にそれは対照的だった。
「だったらいいけど……。ほら、みんな行っちゃったよ」
と言ってカイルは指さす。
どうやら墓地の下にアジトがあるようだ。
墓石がずれていてそこにはなにやら長方形の穴があって、中に階段が続いていた。
3人と大地はもう中に入ってしまったようで、
「兄貴~。早くくるんさー」
という大地の声が聞こえてきた。
「珍しいね、シュシュがボーっとしてるなんて。……風邪じゃないよね?」
カイルが本当に心配そうに顔をのぞき込んでくる。
シュシュは顔がさらに染まっていくのを見られたくなくて、
だけど、目をそらすのはいやで。
「大丈夫です」
なるべく凛とした声で言ったつもりだった。
少年はシュシュの桜色の頬には気付くことはなく、
「そっか。でも、具合が悪いならオレは、言って欲しい。だって
………オレとシュシュは…仲間じゃん」
と少し照れたような笑いを浮かべた。
それを見てシュシュも思わず一緒に笑みがこぼれてしまう。
「あは、行こう、カイル」
シュシュは笑いながら、彼を追い越すように墓の入り口に入っていった。
中はヒンヤリとしていて、火照った顔に心地よかった。
シュシュの胸はいまだに高鳴りを続けていたが、
これもまた居心地が悪いものではなかった。
悩みのタネでもあり、喜びの源泉でもあるその感情はシュシュの心に深くあった。
カイルの紅色の瞳も。照れてはにかんだような笑みも。
そういうふうに気遣ってくれるところも。


カイルもシュシュに続いて中に入った。
シュシュのいつもの敬語のがさっきだけ使われていなかったことは
カイルだけが聞いた。シュシュも実は気付いていなかったが、カイルだけが気付いた。
墓の地下でもあるそこはヒンヤリとしていて涼しかった。
「………」
後でゴゴゴ、という音がしたかと思い、
振り返ると銃を持っていた男が入り口となった墓をずらしてまた閉めていた。
「よし。これで大丈夫だな」
長髪の男が確認の意味を込めて言う。
中はけっこう広い造りになっており、さらには灯りが灯されていることで
奥にもまだ色々と続いているのを知ることができた。
「とりあえず、ここでいいだろう」
長髪の男がそう言って岩に腰をおろした。テーブルが置いてあり、椅子代わりの
岩もある。
カイル達が今いるのは、入り口からもう少し進んだところで、
途中で何人かの人々とすれ違ったが、みな長髪の男や甲冑の騎士と軽く
挨拶を交わすだけで、カイル達についてはあまり深く聞いてこなかった。
「簡単な説明はさっき聞かせてもらったが……、
あの変な裂け目から来た、というのは本当なのか?」
「ええ」
シュシュはさっきまでとは違った口調で話した。
全てではないが、理解するのに必要なことを。

「なるほど、そういうことだったのか」
シュシュの話を一通り聞き終えた後、長髪の男が口を開いた。
まだ、完全に理解できたわけではないだろうが、とりあえずは大丈夫なようだ。
「そういえば、こちらのことをなにも話していなかったな」
長髪の男がふとした様子で言った。確かに名前も聞いていないし、
戦士というのはシュシュの話で聞いたのだが、そもそも何故
墓の下に住んでいるのか、それが一番気になるところだ。
「私の名は、ファルコ・フェンサー。隼の剣士、とも呼ばれている」
最初に長髪の男が淡々とした口調で自己紹介をした。
次に視線は隣にいた甲冑の騎士に集まった。
だが、
「ん?オレ?オレは、ギャザー・インテンシブ。
あー、後、集約の騎士とか呼ばれてたな」
と、とぼけたような感じで名を名乗った。甲冑を外しながら、乾いた声で笑った。
その様子にファルコはあきれた様子でため息をついた。
「……ゲイル・スナイパー。……疾風の狙撃者
いきなり今まで無言だった男がボソッと言った。
カイルは最初何を言ったのか分からずポカンとしてしまった。
が、それがすぐに自己紹介だと分かり納得する。
「まー、コイツは気にすんな、元から無口なんだ」
先ほどギャザーと名乗った男が軽く言った。
整理すると、長髪の男がファルコ、甲冑の騎士がギャザー、無口な男がゲイル、
ということらしい。
カイルから見れば、一人一人全然違う性格なのにどうして、
この3人が一緒になったんだろう?そう思った。
だけど、気が合うって、案外そういうことなのかもしれない。
同じベクトルに興味や性格が向いているのも気が合う、なのだがお互いに
足りない、欠落した部分を補い合っているのもまた、気が合うではないか。
多分、自分達3人だってそうだ。
カイルとシュシュと大地は全く違う性格だけど、少なくともカイルは
2人のことを必要としている。
「……私達が墓の下にいるのは、外が危険だからです」
カイルがもの思いにふけっていると、いつの間にか話が進んでいた。
ハッと我に返る。どうやら墓の下にいる理由を言うところらしい。
「確かにさっきのような奴らがいたら危ないですけど…」
シュシュが少し遠慮気味に尋ねた。
さっきのような奴ら、とはここに来る前に戦った
ならず者達のことを言っているだろう。
「イヤ、奴らではなくもっと危険なのがいるんだ……」
ファルコが声のトーンを落として重い口調になった。灯してある明かりの火が揺れた。
「!それってXYZのことですか?」
カイルは思わず聞いてしまった。敬語など使ったことがないのだが、
いつも敬語のシュシュの近くにいたせいか自然と出てきた。
「XYZ?……ああ、さっきの話にでてきた空間を操る奴らか。
奴らでもない…。私達が最も恐れているのは………」
「ファルコさぁん、伝令です!」
ファルコの言葉はそこで切れてしまった。
話そうとした瞬間に後から若い男の声が聞こえてきたからだ。
若い男はかなり急いできたようでハァハァと息を切らしている。
「また、ハァ……、凶戦士にやられたとの報告が……!!」
カイル達は突然の出来事に唖然としているしかないのだが、
その言葉を聞いた瞬間、ファルコの顔が青ざめていくのが分かった。
「くっ!!またか!」
ファルコが悔しそうに机を拳で叩く。
いったいどうしたというのだろう?
「あの……ファルコさん…凶戦士、というのは…?」
シュシュがさっきよりもさらに遠慮がちに聞いた。
ファルコは苦しげに答える。
「凶戦士は…怪物だ…。ヤツは……世界の全てを憎んでいる。
何故そうなのかは分からない!だが、ヤツにあるのは…破壊衝動だけだ…!」
ファルコはそう言って黙ってしまった。
大地はそれまで聞き役に徹してきたのだが、ファルコの言葉を聞いて
ファルコが凶戦士に対して抱いているのは、恐怖だけではない気がしたのだ。
「ひょっとして……さっきの廃墟もソイツがやったんさ…?」
大地は尋ねた。
が、ファルコはなにも言わない。
――ということはつまりそうである。
「ああ、そこもアイツがやったんだ。つっても、あそこの壊され方は
まだマシだがな」
黙ってしまったファルコの代わりにギャザーが答えた。
「凶戦士は強すぎる。ヤツは『歴戦の悪魔』だ……」


ほぼ同時刻 某所

「………」
歴戦の悪魔はついさっきまで村であった場所にいた。
今は村ではなく、ただの荒れ地のようになってしまっている。
生きる者はいない。自分が全て壊した。
そこでは通常ならあり得ないことが起きていた。
大きいものがなかった。彼以外には。
瓦礫までも何故か小さくて、何かに無理矢理、力で縮まされていて、
全てがひしゃげたアルミ缶のようだった。
自分自身がしたそれになにを思ったのか。
「……破壊……」
凶戦士はつぶやいた。

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最終更新:2010年08月06日 13:02