第十二章外伝 それぞれの思い



「とりあえず、今日はもう寝たほうが良いだろう」
ファルコのその言葉でカイル達には部屋があてがわれた。
といってもエルフの世界のようなものではなく、もっと簡易的なものだった。
それに部屋も一人ではなく、カイルと大地で一部屋、シュシュが一部屋と言われた。
カイルとしては、エルフの世界のものよりもこちらの方が自分の世界のものに
近い気がしたし、1人よりも2人のほうがにぎやかで良いと思っていた。
カイルも大地ももう寝ようと思い、蝋燭を消そうとした。
が、その時部屋のドアがコンコンと音を立てた。
カイルはドア――これも極めて簡易的で簡単に取り付けてあっただけだ――の方を
見る。すると、
「あ、あの……カイル…?」
シュシュの声だった。いつもの彼女とは違い、なんとなく頼りなさげで、
心なしか声を震えていた気がする。
「?シュシュ?どうしたの?」
カイルが返事をすると、ドアがキィと鳴って開いた。
シュシュは腕には枕を抱え、服もこれまたいつもと違うものをを着ていた。
魔導士の服装ではなく、お城にいた時のお姫様専用のパジャマでもなく、
少し動きやすそう感じで、寝間着だからだろう薄着ものを身につけていた。
――着替えといえばカイルも大地もエルフの世界で渡されたものがあるのだが。
シュシュは顔を桃色に染めてきょろきょろしながら言った。
「ここで……てもいいですか?…だと…なんです」
「え?」
カイルは聞き返した。彼女の声が小さくてよく聞き取れなかったのだ。
シュシュは少し困ったような顔でソワソワしていたが、やがて決心したようだ。
「こっちで寝ても……いいですか!?あ、あの……1人だと怖いんです!…夜」
「……………」
カイルとシュシュ、そして大地の間に気まずい沈黙が流れる。
ここで寝てもいいですか?ってどういうこと?
えっと、つまりシュシュは1人が恐いからここで寝たい、って言ってる。
えーとだから……?
「ってええ!?イヤイヤイヤ!普通に考えてダメ……」
カイルはシュシュが何を言っているか気付き、断ろうとした。
しかし、
「お願いします!1人でいるのが怖いんですっ!!」
シュシュは小さな胸を張って答える。
誇らしげにされても……。
彼女が上目遣いで懇願してきた。
――というかシュシュがお願いする時にいつも使う手だ。
カイルが返答に困っていると、大地が無言で横をすり抜けドアから出ようとした。
「え!?ちょっと!大地、何処行くの?」
カイルは必死で大地を引きとめようとする。
「何処って……、ちょっとその辺さ?」
大地が彼の母親譲りの笑みを浮かべた。
もっとも、カイルはその笑みがどういう意味であるか知らないのだが。
「待って!」
カイルは大地を追いかけようとした。だが、シュシュに服の袖を腕ごとつかまれてしまった。
「お願いしますっ!カイル!」
えええええ!?
カイルは悶絶するしかなかった。


ほー。姐さんもけっこうやるんさ!
大地はニヤニヤ笑いをしながら部屋を出た。
でも、姐貴が1人怖いってホントさ!?
わざとこっちに来たような気がしないでもない。
――まぁ、どっちにしろ墓場の真下で1人で寝るのは気持ち良くないか。
………っていうか兄貴鈍すぎるんさ。
やっぱ兄貴はまだ姐さんのことをかわいい、くらいにしか思ってないんさ、多分。
カイルがシュシュに対して頬を染めたのは見たことがあるが、
それはあくまで微妙なお年頃による異性への感じ方であって、
いわゆるあの感情、ではない。
前向きにとれば、意識されている、といったとこか……。
もう姐貴がはっきり言っちまえばいいんさ!?
そこまで考え、そこから先を妄想し始めた大地だったがあることに気が付いた。
おそらく自分はカイルとシュシュ、2人のことがセット好きなのだ。
片方ではなく両方。
そういえば昔、村に15歳くらいで駆け落ちしたやつらがいた。
大地としてはそんあ急いでる奴らよりも、ゆっくりだがカイルたちのほうが
よっぽど好感がもてる。
大地は2人のことをずっと観続けたいと思った。


「……で、…――だから……なんです!」
カイルは結局シュシュを部屋に入れることになってしまった。
――あの状況でカイルに断るなどという芸当ができるわけがない――
そして現在シュシュが一方的に話し続けているのである。
カイルが「ふーん、そうなんだ」と言うと、
シュシュが「ありがとう」と、とても嬉しそうに笑うのでカイルも聞こうと思ったのも
事実なのだが。
「……でエイリーは私の憧れなんです。師でもありますし、キレイですし」
そのことについてカイルが
「そうだねー。大地もスタイルがいいとか言ってたし」
と適当に相づちをうった時だった。
「!?」
シュシュの薔薇色のほっぺがかわいらしく、ぷくぅ、と
思わずつつきたくなるほどふくらんでいたのだ。
「?…な、何……?」
きっと本人からすれば真面目だったのだろうが、カイルには頬をふくらますシュシュが
どうしても愛らしく見えてしまって、とてもシュシュが本気だとは思えなかった。
「…………」
「ど、どうしたの……?」
答えが返ってこなかったので、もう一度聞いたのだが、それも返ってはこなかった。
結果、カイルとシュシュは見つめ合うことになったのだが、
やがてシュシュは、カイルの顔と自分の胸をチラチラと目を二、三度往復させた後、
プイっと顔をそむけてしまった。
「シュシュ?ど、どうしたの…?」
カイルは顔をそむけてしまったシュシュを回り込むようにして
シュシュと目を合わせた。
「な……、なんでも、ないです……」
心なしか彼女の顔はうつむき加減で少し悲しそうに言った。
瞳がわずかにぬれていたようにも思えた。

カイルが何を言えばいいか迷っていると、大地が戻ってきたので、
3人は寝ることとなった。
部屋の外からはなにも音がせず、しんとしている。
洞窟の中だから涼しくはないのだが、寝苦しいわけではない。
だけど、布団に入ってからずいぶん時間が過ぎた気がする。
目を閉じると、どうしても悲しそうなシュシュの顔が浮かんでしまう。
――どうしてシュシュはあんな顔をしたんだろう?
たしかエイリーの話をしていたんだったと思う。
だけど、なんで――?
やはりカイルにはどうしてもそれが分からなくて頭を抱えてしまう。
でも、シュシュが悲しんでるなら……、力になりたい。
カイルがそう思ったとき、バサッという毛布をどかす音がした。
音の正体はシュシュだった。
シュシュは布団から抜け出すと、静かに部屋を出て行こうとした。
カイルはそれを追いかけようと布団から出ようとしたのだが、
なんとなくそれははばかられた。
なので、シュシュが部屋から出た後にシュシュのうしろを着いていくことにした。
カイルは気付かれないようにうしろを行く。
夜で灯りも消されていたが、カイルはリブラにもらったゴーグルを使いシュシュを見る。
シュシュもどうやらうしろを気にしているようである。
――気付かれてたらなんて言い訳しよう?
そうこう思っているうちにシュシュは目的地に着いたようである。
そこは風呂場とおぼしき場所だった――ファルコに確かそう言われたと思う。
風呂―?でもたしかシュシュってオレや大地よりも先に入ったんじゃなかったっけ?
やはり不自然なことが、まだあり悪いと思いつつも、影から隠れてそこを覗く。
すると、シュシュは上着を脱ぎ始めた。
カイルは顔を赤くして、あわてて目をそらした。
もしかしてホントにお風呂だったのかな……?
そんな考えが頭をよぎったが、それはすぐに打ち消されてしまった。
思わず、声をもらしそうになった。


シュシュはゆっくりと服を脱いでいく。
露わになったシュシュの小さい背中には、
彼女には無骨な程の奇妙な幾何学模様のタトゥーがあった。
三角や四角、円などのその模様は、白いシュシュの肌とは全く似合わないくらい黒く、
まるで陰と陽を表しているかのようだった。
シュシュは背中にあるそれを、苦々しげに覗いた。
――拡がってきている。
シュシュがそう思った時、それは唐突にきた。
「――ッ!くっ――!!はぁ!」
彼女の体を激痛と表現するのも、生ぬるいような痛みが駆け抜けた。
言葉にすれば、例えば痛覚神経をヴァイオリンの弓で引くような――。
声にすらならない絶叫がほとばしる。
永遠とも思える時間。
「……ハァ…ハァハァ…ハァ…」
が、しばらくすると痛みは退いた。
この痛みは好きではない。痛みが好きな者は少ないと思うが、そういうことではなく。
痛みを感じている間は、それこそ本当に痛みで頭がいっぱいにしてしまう。
その時だけ、シュシュはシュシュではなくなり、その時だけは両親のことも、
エイリーたちのことも、大地のことも、一番大切な彼のことも忘れてしまうのだった。
それがイヤだから、この痛みは嫌いだった。
シュシュは乱れた息と髪を整えつつもう一度、まだ丸い肩越しにタトゥーを見た。
実のところ、これがいつからあったのか、シュシュは正確には知らない。
だが、これは時々とてつもない痛みを与えるのだ。
そして、徐々に拡がりつつある。
気づいたのはシルフの世界でだった。自分の世界にいた時はなかった。
これができたのは、おそらくエルフの世界からコロボックルの世界に移動した時だと思う。
シュシュには、その前後の記憶がポッカリと抜け落ちてしまっていた。
関係ないとは、とてもではないが思えない。
途切れた記憶が再開された時には、横に彼がいた。
そういえば、あの時も助けてもらったんだっけ……。
その次も、その次も、やさしい彼はいつも守ろうとしてくれた。
そう、彼はやさしい。
そんなこと、分かり切っている。
だから、シュシュも彼に甘えて、少しの我が儘もしてしまうのだ。
あの日、父のお墓参りに行った時だって……、
シュシュは行き先も告げずについてきてもらった。
彼なら、泣いてしまう自分に絶対何かしてくれると思ったから。
まさか手を握られるとは考えなかったけど、本当にうれしかった。
それに、今日だって甘えた。いきなり、泣き出しそうになってしまい、
絶対に困ったはずだ。
今度は、背中ではなく露わになっている正面の胸のほうを見る。
それを見て、はぁ、と少し悲しげにため息をもらした。
……わ、私だって大人になったらエイリーくらいに………。
半ば、無理矢理納得させるかのように暗い胸中で呟いた。

だが、この発作とも言える痛みはその思いすら、シュシュから削り取ってしまう。
だから、誰にも知られてはいけない。
自分のことのように悩み、解決しようとするであろう彼には、絶対にだ。


現実はうまくいくようには、できていない。
望んだものは叶わないし、求めたものは失う。
それと同じように、シュシュが一番知られたくない相手にも知られてしまった。
現実は厳しい。
カイルは布団の中に入っていた。
どうやって戻ってきたか、まったく覚えていない。
重くならないまぶたが、さらに軽くなってしまった。
何度も寝返りをうつのだが、シュシュの苦しみと背中のタトゥーは目から離れてくれない。
どうすればいいんだろう?
何ができるのだろう?
彼女のためになることはなにか。さっきまで、
力になりたいなんて思っていたのに、なんにもできない。


どうすれば………

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最終更新:2010年05月28日 22:47