第十三章
カイルは布団からでてムクリと起き上がった。
部屋を見渡すと大地はそこにはいず(いつもカイルや
シュシュよりも早く起きるので不自然ではない)、シュシュがまだスー、スーと寝息を立てていて、呼吸のたびに布団が上下するのが分かる。
彼女の寝顔は穏やかで昨晩していたあの苦しそうな顔は見る影もない。
いまはまだシュシュのために何ができるか分からないが、結局それをするには、昨日見てしまったことをシュシュに話さなければならない。
何ができるかとか、どうすればいいとか、そんなことはどうでも良かった。
それが、カイルが昨日から夜通し悩み続けてきたことの「答え」だった。
カイルがそんなことを考えながら見つめていると、シュシュのまぶたが動き、やがて藍色の目をあけた。
「あ、お早うございます、カイル……、ふわぁ」
シュシュはまだ寝ぼけ眼でトロンとしている。カイルも実はまだ半分寝ぼけているような状態なのだが、カイルは「答え」をシュシュに伝えるべく、彼女が立ち上がると、その肩に両手を置いた。
「ふぇっ!?な、なんですか?」
そうとうびっくりしたようだ。彼女の人となりを知るものなら、耳を疑うような声が出た。
「大事な話があるんだ」
大事な話、と聞いてシュシュの体がビクンと跳ねる。
彼女の両手がおずおずと胸の前に置かれた。顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
が今、まさに大事な話をしようとしているカイルはそれに気づいていない。
「その、昨日の夜のことだけどな………」
カイルはそこまで言ってから自分が、
後ろ姿とはいえシュシュの裸を目撃してしまったことを思い出した。
「………!」
今度は、とんでもない記憶を掘り起こされたカイルの顔が耳まで真っ赤になった。
ええとそうだ確かに見ちゃったけどどうしようどうしよう――――
パニック状態に陥ってしまったカイルは次の言葉を紡ぐことすらできなかった。
一方、シュシュも両肩に手を置かれ正常な思考ができなくなってしまっている。
「……………、」
周りから見ると、少年が少女の肩に手を置いて二人とも顔を真っ赤にして黙っているという少し妙な光景が作り上げられていた。
二人が我にかえったのは、ドタドタという足音がしたからだった。
ドアがガチャとなる瞬間に二人ともなんとなく離れた。
「ちょっ、起きるんさ!二人とも………、ってあれ?」
大地が勢い良くドアを開けた。二人の様子を感覚的に察したのだろうか。
大地は一瞬だけニヤっと笑ったのだがすぐに真顔に戻った。
「っと。そうじゃなかった…。なんか大事な話があるっぽいからついてくるんさ!」
その声色に真剣なものを感じ取ったカイルとシュシュは無言でうなずくと、大地についていった。
シュシュたちがついていった先には、ファルコ・ギャザー・ゲイルの三人と椅子に座った知らない中年の男がいた。三人のほうは何故か思いつめた顔をしていて、それはひょっとして自分たちが呼ばれた事と関係があるのかもしれない。
そして、中年の男のほうはというと、顔立ちは渋いという言葉が似合うものだった。無造作でボサボサな髪の毛とひげが男をそれっぽくしている。
その男が何者なのか、大地に小声で尋ねてみた。
「(あの男の人は誰ですか?)」
「(知らないんさ、おれっちもここにつれてこいって言われただけだから、あの男は見るのも初めてさ)」
そんなこっちの会話がまるで聞こえてしまっていたかのようなタイミングで男が立ち上がった。
シュシュはその動作に思わずビクリと体を揺らす。
だが。
「君たちが空間の裂け目に関係している三人じゃね?」
その男はこちらを見て、にっこりと笑ったのだった。声はあまりしわがれてなく、外見の年の割りに若く感じさせた。
「わしの名は
マスター・オブ・ソード。最近じゃ、じいさんやジジィなどと呼ばれておる」
その男をじいさんやジジィと呼ぶにはまだ早いような気がしたし、立ち上がって分かったのだが、体つきもしっかりしている。
マスター・オブ・ソードと名乗ったその男は返事を待たずに続けた。
「昔は『剣を極めた剣客』とまで呼ばれたんじゃが、今はここの抵抗勢力(レジスタンス)の長をやっているよ」
その言葉に反応したのはシュシュだった。
「抵抗勢力……ですか?」
ということはここはそのアジトという事である。
確かにそう考えれば、墓場の下に住んでいるのも納得がいく。
「そうじゃ、抵抗勢力……。」
そこで彼の口調が昨夜のファルコのような重い口調に変わった。
「君達も昨日聞いただろう?……
凶戦士のことを。ここは、ヤツのための組織なのじゃよ」
シュシュがその言葉を脳内で咀嚼していると、
「その凶戦士っていうヤツ1人のためにこの組織があるのか?」
カイルが口を開いた。
それはシュシュが疑問に思ったことでもある。
そもそも単純に1人が暴虐をする程度なら墓場の下に避難などしなくとも良いはずだ。
「1人のために組織があることが不思議かね?まあ、確かにそうじゃろうな……」
マスター・オブ・ソードの口調はゆっくりだった。
「だが、それなら1人のために避難しなければならない理由を考えてみてはどうじゃろう」
「………」
つまり、それほどに凶戦士が凶悪で危険、ということ。
なるほど。
シュシュは思わず納得してしまった。
でなければ、こうなるはずがない、と。
「君達がいた廃墟があったじゃろう。……あれをやったのは、凶戦士だ」
「……それってホントなんさ?」
大地が呟くように言った。
聞くというより、口をでてしまった、という感じだ。
「もっと言うのなら、あの時君らと戦っていた賊は凶戦士が壊していったものから金目のものを奪おうとする連中じゃ」
それを聞いてシュシュはカイルを見た。
カイルが下唇を噛んでいるのが、分かった。
彼が何を考えているのか、なんとなく想像できる気がする。
僅かに沈黙が続いた。
「……っと、話が少しずれてしまったな。本題に入るとしよう」
マスター・オブ・ソードがそれを破った。
「この話をしたのは、君達にお願いがあったからじゃ。
………明日の明朝に行われる凶戦士の討伐作戦に参加して欲しいんじゃ!!」
モノローグ
マスター・オブ・ソードは力を貸して欲しいと言った後、その理由を述べた。
それが、108つのユグラの一つかどうかは分からないが、
どうやら凶戦士も特別な力を使うらしい。
だが、この世界の人々は何かそういう力を割りかしあっさりと受け止める。
そのことが気になりカイルは、残ってマスター・オブ・ソードに質問をした。
「む……、ああ、そういうことか。それはじゃの……この世界には不思議なことがたくさんあるのじゃよ」
カイルがよく分からず、?のマークを頭に出していると彼はすぐに具体例を出してくれた。
「ええと、そうじゃな……、ギャザーが持っとる盾なんかがそうじゃな。
あの盾はな、持ち主が武器と認識したものを吸い寄せる力があるんじゃ」
そういえば、初めて会った時も、賊の斧が盾に吸い寄せられていった気がする。
「だから、君達の話も案外すぐ受け入れられたのじゃ」
カイルはなるほど、と納得した。
カイルは自分にはまだ知らないことがたくさんあるんだなぁ、と思いつつ部屋を後にした。
大地達3人は昨日の寝室にいた。
カイルは何か疑問があり、残って質問をしていたのか少し遅れてきたが、今はここにいる。
―――討伐作戦に参加して欲しい、というマスター・オブ・ソードの希望に対して3人は
まるで打ち合わせをしていたかのように、一斉に同意したのだった。
こういう時は気が合うんさ。
大地は素直にそう感じていた。
この自分を含めた3人は、仲が悪いわけではないのだが、好みなどにけっこう差があったりする。
だが、ここで戦うと言わない者だったなら、そもそもこのメンバーにいなかっただろう。
つまり、そういうヤツらなのだ、自分たちとは。
………まあ、おれっちは他にも気になることがあったからなんだけどさ。
「で、とりあえずどうするんさ?」
こういう時に話し始めるのは、大抵自分だった。
「……んー。今、できることはないかもしれないから、ここはしっかり休んでおいた方がいいんじゃねーか」
カイルが言った。もっともだ。今のところはそれしかする事はないだろう。
「それにしても、ユグラ宝器の力が使えるからといって、戦いに参加して足をひっぱることにはならないでしょうか?」
シュシュが良く言えば冷静、悪く言えば後ろ向きな発言をした。
この発言ももっともだと思った。自分たちはXYZに対抗しうる力を持つが、それでも全員子供である。いつまたXYZ三神将のような連中があらわれてもおかしくないし、敵に勝つ保証もない。
だが、
「いいんじゃねーさ?うちらの力を貸して欲しいって、言い出したのはあっちなんだし」
大地はわざと横着に答えた。
自分たちはそういう思考を通り越すして、XYZと戦おうと決めているのだ。
正直な話、敵の戦力すら分からない。全くの未知だ。
しかし、敵がいくら強かろうが未知であろうが、関係ない。
できる・できないという判断基準はもう捨てている。
大切なものを失いたくないから。
大地はそんなことを考えつつ、少しだけ自分の故郷に思いを馳せた。
翌日
カイル達は今、ファルコに連れられ少々荒れた道を進んでいる。
目的地は昨晩の話に出てきた、凶戦士に襲撃された村、ということらしい。
寝起きなのにあまり眠くないのは、少し緊張しているせいかもしれない。
今まで戦っている時は無我夢中であったし、敵の方から攻めてきた。
なのでカイルは実際の所、自分から攻める、というのは初めてだった。
――――先ほどアジトを出る前に朝食の時間があり、あまり食べる気がしなかったが、
決戦前なので、無理矢理のどに押し込んだ。
ここにはギャザーとゲイルはいない。
ファルコが言うには、三方向からの奇襲を行うらしい。
作戦開始の合図はゲイルが一番最初に遠距離からの攻撃を行うようだ。
その代わりにレジスタンスの男たちが数人、加わっている。
ファルコ・カイル達・レジスタンスのメンバー、とこの順番で道を行く。
男の内の1人からこんな声が聞こえてきた。
「………まだ子供じゃないか。大丈夫なのか?」
ボソッと言っただけで本気で抗議するつもりはないらしい。
だが、ここでカイルの負けず嫌いが反応してしまった。
口を開こうと振り向きかけたが、突然クイクイ、と服の袖を引っ張られた。
引っ張られた方へ振り向くとシュシュが小さな口を真一文字に結び、やわらかそうな手でカイルの袖のはしをつまんでいた。
シュシュは黙ったまま、首を横に振った。
とりあえずここは踏みとどまれ、ということか。
カイルは何か言おうとしたが、結局それを押し込むことにした。
カイルが前をむき直すとシュシュは、ホッと口を綻ばし、手を放した。
しばらく歩くとファルコが茂みの中で、急に足を止めた。
理由は聞かなくても何となく分かった。
ファルコはカイル達を手招きし、茂みの隙間から、そっと覗かせた。
そこには確かに何かがいた。
2メートル以上の巨体と、その体の3分の2ほどの大きさの大剣を持っていた。
そして周りにはグチャグチャに潰された建物であったものが転々とある。
ピリピリとした何かが自分の肌をつつくのが分かった。
冷や汗が出てくるのを感じる。
目をそらすことが難しいと思ったのは多分、初めてのことだったんじゃないかと思う。
カイルは再び自分の裾が引っ張られているのが分かった。
でもそれはさっきのとは全然違う、もっと弱々しかった―――。
いつの間にか、ファルコが自分たちを背でかばうようにしていた。
自分の裾を掴んでいたのはシュシュだった。
その表情からシュシュの恐怖が伝わってくる。
「約3分後にゲイルが攻撃を開始する」
ファルコがカイルの肩に手を置いた。励ますような声だった。
だけど、もうカイルの耳にはあまり入ってこなかった。
それは彼が今までに感じたことのない“恐怖”を与えられたことによって、
「カイル」という少年をつくっていた“芯”が本人によって再自覚されたからだった。
カイルはいまだ震えているシュシュの手をしっかりと握った。
………そうだ。いくら怖くったって関係ない。
もっと強い気持ちが自分の中にはある。
凶戦士がどんなに怖かろうと、強かろうと
それでも……、それでも守りたいものがあるんだ!
凶戦士を見た3人の中で大地だけは特に恐怖を抱かなかった。
それが何故かは分からないが、さらに不自然なことがあった。
―――あいつの大剣にも、宝石がついてたさ………。
「10秒前………、9………、8……」
作戦開始のカウントダウンが開始された。
場の緊張が高まる。
少し息が荒くなった。
「3………、2………、1………」
次の瞬間、長くも短い悪夢が始まろうとしていた。
だが、誰もそんなこと知るはずもない。
「………0!」
そして、戦いのない時間は終わりを告げる。
討伐作戦、開始!!
最終更新:2010年08月07日 22:44