不穏な空気が流れる。
なんだ今の音は? 何が始まる?
敵は倒し、空間も徐々に安定し始めている。

「紫さん……」

不安そうにみずかに名前を呼ばれるも、紫自身が戸惑っている状態なので何もフォローできない。
明らかなイレギュラーの出現に、状況を把握しきれない。
刹那、何かが飛んできた。
……人間だった。
不敵な笑みを浮かべながら、二人を見据える男が一人。
飛んできたのではない……自ら跳んで、二人の前に着地したのだ。

「何者?」

いつでも魔法を放てる態勢を整え、みずかが問いかける。
見た所剣士だ。それも腕利きの。
タイプはパワー系統、背中の異様に大振りな剣がそれを物語っている。

「俺か? 俺はただの破壊者さ」

警戒心ゼロで男が答える。
戦闘態勢に入っている魔術師を目の前にして、それで尚警戒心を解いているのだ。
その態度の意味はなんであろうか?

「魔術師に妖怪か……どちらも強そうだが、ここで倒しても面白くもないな」

くるりと背を向けて周囲の気配を探る男。
本当にこの男は何者なのだろうか。
先程自分では「破壊者」と名乗っていたが、その意味する所が分からない。

「くくく……来るな。団体さんが」

男が呟いたのとほぼ同時に空間の裂け目が現れ、何人もの人間が次々と地面に着地していった。
見た所、全員が魔術師のような服装をしており、魔導書を持っている者も居る。
数にして20人程度と言ったところであろうか、全員が男を睨みつけるような表情で警戒心をむき出しにしている。
そんな中、その団体から1人が前に歩み出た。

「この異変に便乗して破壊活動ですか、そうはさせませんよ? バドール

「マディションか……相変わらず懲りねえ奴だな」

どうやら歩み出たリーダー格の男はマディションというらしい。
見た所かなり若く、それでいて強い雰囲気を身に纏っている。
恐らく、やり手の魔法使い……でなければそこまでの雰囲気はありえない。
紫は半ば無意識の内に紅魔館の某魔法使いの顔を思い浮かべていた。

「手勢だけは多いようだが所詮は手品。オマケに骨の有る奴も数人程度。今回も任務は失敗じゃねえのか?」

驚くべきはその余裕の態度か。
数十倍もの数の相手を目の前にして、未だに笑みを浮かべている。
そんな光景を部外者であるみずかと紫は黙ってみている事しか出来ない。
急な展開に未だに頭がついていっていない。

とか迷っている内に、目の前に炎の壁が現れた。
戦闘が開始したのだ。
炎は容赦なく男に襲いかかり、やがてその姿を完全に覆いつくす。
端から見たら一瞬にして勝負は決したと判断できるだろう。
が、男のあの表情を見ていた二人には無論、ここでの決着は無いだろうと推測できる。

案の定と言った所か、突如炎が開け男がそこから出てくる。
なぜそうなったかは見ていた者に理解は出来なかった。
相当強い力で炎を振り払ったのだろうか。

刹那、男が魔術師の集団に向かって一直線に走り出す。
速い……この世界に初めて来た時に出会った鬼と同等、或いはそれ以上か?
数人が軽い身のこなしでなんとかその集団から距離を取り、攻撃を避けようとする。
逃げ遅れた大半が男の攻撃をもろに喰らう。

力強い……それだけじゃ形容仕切れない攻撃。
剣は抜いていなかった、遊んでいるのか?
故に集団が受けた攻撃は殴り……。
それでも、しっかりとした人間が5人、吹き飛んだ。

続く二撃、それで逃げ遅れた魔術師は全員が地面に伏せた。


驚いた。
一瞬にして一人の男が一集団を半壊させたのだ。
それも武器も使わず、素手で。

それは本当に名乗った通り「破壊者」である。
残ったのは精鋭である。
マディションと名乗ったリーダー格の男を含めた8人。

8人の顔付きが一層厳しいものになる。
そりゃそうだ。
あんな惨状を見せられたのなら警戒を強めない方が可笑しい。
紫もみずかも、戦いの外に居るのだが警戒している。
目の前の戦いが終わった後、自分達はどうなるのだろうか、それを気にかけている。

空間が安定し始めている今ならば、倒す事は叶わなくても逃げ切る事ならなんとかなりそうである。

先に動いたのは8人。
それぞれが炎や氷の塊を次々と男に向かって放つ。
魔法を使えるみずかには分かる事だが、8人それぞれの詠唱間隔が通常よりずっと短い。
故に、上級魔術師でも一握りの者しか出来ないような魔法の連射が行われている。
形容するならまさに弾幕。

「ふん、やはり所詮は手品」

男は背の大剣を抜くと、弾幕に向かって思いっきり振りぬいた。
氷塊は砕け散り、炎は消し飛ばされ、弾幕は完全に消えた。

「止めるな! 撃ち続けろ!」

叫んだのはマディション。
射撃速度が上がる、相当訓練されているのだろう。
増える弾幕、それをやはり焦る様子もなく剣で叩き落とす男。
魔法を手品と言うだけの事はある。

切り払い、薙ぎ払いながら少しずつ歩を進める男。
そして、一気に加速。 8人の内3人を一気に剣で斬る。
斬るというよりはハンマーのような鈍器で叩き飛ばす感じ。
斬られながらも吹き飛ぶ3人に、残りの5人は険しい顔で距離を取る。

フォーメーションはバラバラ。
人数が少なくなった今、固まるよりはこちらの方が良いかもしれない。
しかし、一人はマークされていた。
また人数が減る。


その時、意識を取り戻した久瀬がゆっくりと立ち上がった。



意識を取り戻して直ぐ、久瀬はその場の異常を敏感に察知する。
洞察に時間は掛からない。
理由は分からないが、目の前で新たな戦いが繰り広げられている。

はっとし、久瀬はみずかと紫の姿を探す。
すぐ近くに二人はいた。
彼女たちもまた、この場の流れに着いて行けていないのか。

「久瀬さん!?」

最初に久瀬の目覚めに気付いたのはみずか。
全身が疲労感と痛みで悲鳴を上げそうだが、堪えて凛として構える久瀬。
ここで初めて久瀬は空間が安定している事に気付く。
……今の体力状況では身体への負担が大きすぎて技なんか発動出来そうにもないが。

「気絶していたのか……情けない」

体の節々が痛む。
そして何よりも全身の疲労感が凄まじい。
極度の精神状態で戦っていたのだから体力の摩耗は計り知れない。

「待ってて、すぐに回復するから」

言ってみずかが回復魔法を放つ。
ヒールウォーター」水属性魔法に長けるみずかにとっては使い慣れた基本的な回復魔法だ。
最上級の魔法に比べて、疲労も傷も完全回復という訳にはいかないがそれでも久瀬には十分な回復だった。

「有り難い、いつ私達もあの戦いに身を投じるか分かったもんじゃないからな」

その言葉にみずかが、そして紫が反応する。
緊張感を更に引き締め、戦いを見守る。
最初から紫には参戦の可能性に対しての覚悟は有った。
当然、みずかにもそれは有ったが、目の前の惨劇を見ていると自信が揺らぐ。

今まで久瀬派として久瀬と共に沢山の敵と対峙した経験がある。
魔神、魔物、勇者紛いの剣士、魔力に長けた魔術師。
だが、目の前のバドールという男はその中のどれよりも強力なインパクトを持っている。
力自慢の魔物も居た、速さが自慢の魔神も居た。
が、そのどちらも過去戦った相手を上回っている。

「ちぃ……!」

憎らしげにバドールを睨みつけるマディション。
冷静な性格で通ってる彼だが、この状況には苛立ちしか感じられない。
残りの仲間は自分含めて3人。
しかも敵は本気を出していない……遊んでいる。
遊んでいる男に自分たちが壊滅してしまう等、これ以上の屈辱はそうそう無い。

「さて、そっちの三人もついでに遊んで行けや。 戦い足りないんでね」

遂に来た。
険しい表情でマディション側に歩み寄る紫。
それに続いて久瀬、みずかが歩み寄って行く。
各々に多かれ少なかれ不安は確かにあった。
が、恐らくこの男からは逃げられないだろうという確信も持っていた。
空間移転の時間なんて待ってはくれない、況してや走って逃走なんて事はもっと非現実的だ。
なら、ここはもう戦うしかない。
幾ら相手が驚異的な戦闘能力を持っていたとしても、こちらは6人。
それも久瀬派のトップ2人に魔法使いの精鋭3人、幻想郷最強クラスの妖怪が1人。
集団のリーダー格が集まったオールスター……まともに戦えばどんな奴だろうが倒せる筈。

「良いんですか? 私達の戦いに貴方達を巻き込むなんて……。 ここは時間を稼ぎますから逃げて下さい」

「お生憎様。私って逃げる性質じゃないのよ。戦略的な後退なら良いんだけどねぇ」

「困った人は見放せないんだよ」

「それにあの男、私達の目的を邪魔する障害になり兼ねない。人数的に有利な今、潰してしまうのが得策と言う物だ」

三人の意思は完全に合致した。
後は目の前の男と戦うだけ。

「これで6人、やっと楽しくなってきたぜ」

言って、バドールが飛び出した。
目標は魔法使いの二人。
二人は慌てて氷の礫、火の弾を発射して怯ませようとする。
が、バドールは突進しながらもそれを見事な身のこなしで全て避けていく。
近くで見ると一層分かる事だが、魔法の弾幕や後ろへのバックステップ程度では容易くこの速攻に屈してしまう。
恐るべき動体視力とそれに付いていける驚異的な身体能力。
熟練された戦士でも先ず触れる事すら出来ないままに戦闘不能にされてしまうだろう。

大振りのナックル。
だが、その大振りが恐ろしいほどに速い。
成す術も無く一人が倒れる。
そしてそこから振りまわされる剣。
あっさりともう一人も沈んだ。

「……! 来るわよ! 久瀬さん!」

紫が警告を飛ばす。
次のターゲットは久瀬。
間髪無く剣を振りかざし、最短距離を一直線に走ってくる。
こう対峙すると、なんと重厚な重圧感を持っているのだろうか。
並みの戦士だったらばそのプレッシャーに足が竦み、回避すらままならないだろう。
だが、そこは百戦錬磨とも言える久瀬派のリーダー。
冷静に距離を測り、敵の攻撃の軌道を予測する。
ずばり、胴体を狙った横の薙ぎ払い。

バドールが久瀬の眼前まで迫る。
右手の剣の描く軌道はドンピシャの胴体への薙ぎ払い!
貰った、ここで刀を突き出せばこっちの方が速く相手を貫く!

異様なのはそこからだった。
突き出した筈の刀は目標物を貫く事なく、虚しく虚空を突き刺していた。
回避された……既に相手は攻撃モーションに入っていたと言うのに。
予め分かっていなければ出来ない芸当。
久瀬が軌道を予測した事、それに対してカウンターを被せる事も前提で突進してきたのだ。

そこから繰り出される攻撃は……蹴り。
稲妻のようなミドルキックが腹部を捉え、容赦なく襲う。
強烈だった。
上体が薙ぎ倒され、地面に勢いよく叩きつけられる。
鈍い音が響き渡る。
追撃。
バドールの剣が、倒れた久瀬に振り下ろされる。
体が動かない、叩きつけられた衝撃で体が脳の命令を全く受け付けない。

「させないわよ!」

バドールの剣が大地に叩きつけられた。
そこに久瀬の姿は無い。
久瀬が今居るのは、バドールから20メートル近く離れた場所。
どうやらギリギリで紫の空間転送が間に合ったようだ、

「紫さん……感謝します」

久瀬は既に肩で息をしていて、疲れた様子で立ちあがった。
死の淵が見えたのだ、当然だ。

「これはチームプレイよ。単体の戦闘力じゃ勝負にならないわ」

久瀬の方には視線も向けない。
いや、向ける事が出来ないのだ。
バドールへの警戒心を解いた瞬間に飛びかかられたら反応が遅れてしまう。
そして、やはりと言った所かターゲットは紫に変更された。
一瞬ニヤリと笑みを浮かべたかと思うとやはりダッシュで一直線に駆けてくる。
相手の攻撃など被弾するわけがないという自信か、そこまでダッシュを繰り返すのは。

紫の繰り出したのは弾幕。
クナイ状、ナイフ状、純粋なエネルギー弾、それぞれが幾つも混合された弾幕。
傍から見ていて見惚れてしまう程の美しさをも兼ね揃えたそれが、攻撃の意を剥き出しにしながらバドールに飛ぶ。
紫は今までとは違い、最初からトップギアで勝負に挑んでいた。
容赦ない弾幕、言うならば数の暴力。

が、信じられない光景が広がっていた。
何発もの弾幕、一発一発に神経を込めたそれが当たらない。
クナイもナイフもエネルギー弾も、全てが目標にヒットすること無く宙を舞い、消える。

完全に避けられていた。
紫は逃げ道を塞ぐという意味で最初からターゲットを狙わずにただばら撒く弾幕も放っていたが、それも通用しない。
全ての弾幕を紙一重、もっと言うならば掠る程度で回避していた。
掠っているのはわざと……どこまで弾幕を自分の体の近くで回避できるかを楽しんでいる。
そして、やはり最短ルートを割り出し、間合いを詰められる。

過去に自分の弾幕をこんな風に避け、そして攻略された経験がある。
同じ幻想郷に住む、「博麗 霊夢」そして「霧雨 魔理沙
バドールは彼女達と同じように、弾幕を回避していた。
無論、バドールが二人の事を知っているとは思えない。
天性の動体視力、そして言うならば野生の勘、それだけで避けている。
たったそれだけで、毎日の様に弾幕を避けている幻想郷の者達と同等の動きを見せている。

「くっ……!」

思わず焦りの声が漏れる。
倒せるとは思っていなくても少しくらいの足止めにはなると思っていた。
が、無理。
紫の弾幕を以ってしても足止めにすらならない。

「紫さん!」

尋常ならぬ嫌な空気を察して、みずかが叫ぶ。
久瀬が接近戦で負けたのだ、当然のように紫が相手になる訳も無い。
つまり、接近を許した時が敗北の時。
弾幕を出している今、境界の操作をして瞬間移動なんて事は出来ない。
ならば……?

紫は懐から一枚の紙切れを取りだし、それを掲げた。
「スペルカード」紫の切り札である。
結界が物凄い勢いで展開され、辺りを取り囲む。
放っていた弾幕の軌道は歪み、想像だにしない方向に飛び、乱舞する。
展開された結界は、ダッシュしているバドールを押し、接近を許すまいとする。

「す……凄い……」

驚きの声を漏らしたのはみずか。
今までの弾幕や空間移転といった技は魔法使いでも使えるような物の延長上に有った。
しかし、目の前で展開されているこの光景は違う。
人間の魔力を超えた圧倒的な奥義。
人間の魔法使いが幾ら修練を積んでも辿りつけないような境地。
紫のスペカはそれを示していた。


弾幕が踊る。
加速、減速、縦横無尽。
規則性の全くない動きでバドールに襲いかかる。
予測不能。
故に回避不能。


「呆気に取られてる暇は無いわよ……構えて」

紫の張り詰めた口調がみずかを始めとした3人に注意を飛ばす。
確信に近い何かがあった。
いや、それはもう明らかな事実なのだろう。

――――あいつはこのスペカじゃ倒せない

そんな悪い予測に精神が持っていかれるのは、やはり先ほどバドールの姿にリンクした幻想郷の者たちの存在があったからであろう。
この程度のスペカじゃ彼女らは倒せない。

「くくく……久しぶりだぜ?この俺に傷を負わせたなんてな」

結界が支配していたテリトリーはやがて消え去り、中から不敵に笑う男が現れた。
目視すると体の所々に掠傷や浅い切り疵。
予想通り、どれも致命傷とは程遠い負傷と言ったところ。

「過去に居なかったぜ、これだけの実力の相手なんてなぁ。……ここで伸すのが惜しくなるぜ」

自信の強さへの圧倒的な自信から来るのだろう、その愉しみを貪るような笑みは。
このまま続けたところでそう容易に決着の刻は来ないだろう。
妙な空間での戦いの所為か紫も久瀬も絶好調というわけでは無い、特に久瀬の不調っぷりは苦しい。
先ほど戦った魔法剣士も絶好調なら瞬殺していても可笑しくないのである。
況してや、今目の前に立っている男は例え久瀬が絶好調だったとしてもどうか、というほどの相手だ。


今の状況でバドールと戦ってもジリ貧だろう、本質的にはやられるのを待つだけ。
何か手は無い物だろうか。

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最終更新:2013年06月22日 18:48