一日が過ぎ、朝が来た。
机の上には散らばったカード達。
結局俺は殆ど徹夜という程に考え込んでいた。
普通の思考でいったらありえない事かもしれないがあの学園に通っている生徒なら普通だ。
例えるならば試験前の一夜漬け。
それと殆ど同じような感覚……大会前の徹夜なんか珍しい事でも無い。
適当に着替え、朝食を済ませ寮を出る。
学園までの道ではあちこちで大会に関する話題が溢れていた。
「デッキの調整終わった?」
「う~ん、やってはみたけどやっぱり不安かな」
「だよね、僕もちょっとムラがあって苦労してるんだよ」
とか。
「今年も華麗に生徒会長さんが優勝だろ」
「いや、今年は俺が出てるからな。流石の会長さんも優勝出来ないさ!」
「……去年の大会で開始30分待たずにリタイアした奴のセリフじゃねえな」
他にも歩きながらのデッキ確認を行う奴。
ホントに色々な奴が朝の登校ラッシュの中に居る。
それぞれが大会に向けて熱い気持ちを表にしているという所か。
油断していたら対策した相手以外に敗北を喫してしまうかもしれない……気を付けなければ。
教室では既にエドとバートが試合をしていた。
「
疾風の狙撃者でスペルカード! ミラージュスナイパー! 手札から弾丸を2枚捨て、隼の騎士2枚を撃破!」
「む……今回のエドは回っているな。俺のターン、
悪魔剣士を召喚しターンエンド」
「俺のターンドロー! 疾風の狙撃者でスペルカード! レイジーエイト! 狙撃2枚の弾丸2枚で8
ダメージ!」
「く……これで俺のライフはゼロか。調子が良いなエド。デッキの調整が上手く行ったのか?」
「ああ、強引な戦法かもしれねえけど
カウンターを投入してないんだ。そしたら結構回るんだよ」
確かにカウンターカードは防御的、策略的な面があるが、コンボデッキとしては展開を遅くしてしまうカードでもある。
速攻を心掛けるデッキはカウンターカードを抑える、或いはエドのように一枚も入れないというプレイヤーも居る。
「大会前で強力デッキの完成か、良いタイミングだね」
「うむ、あれだけの早さとなると対抗出来るデッキは相当少ないだろう」
「けどよ、逆にカウンターを使いまくるデッキには弱いんだよな。まぁ、こういうデッキだから仕方ないんだろうけどさ」
エドはそうは言うが、カウンターを中心にしたデッキなんてそうそうお目に掛かれないのだから気にする必要はないように思われる。
実際はカウンターを抜いたコンボデッキが最も恐れるべきなのは速攻型のパワーデッキ。
スペルカードの使用者が次々とセメタリーに送られ、発動出来なくなるという状況が一番怖い。
そして、それに該当するので思い当たるのは「
吸血鬼デッキ」
速攻重視の攻め方をしようと思えば幾らでも可能な
アタッカーが揃っている。
「まあ、俺はこのデッキのこの戦法で大会に臨むとするかな、これ以上の改善は無理そうだし」
「そうだね、どんなデッキにも相性の悪い相手は絶対に居るもん。あんまり考えすぎない方が良いね」
「うむ、相手がよほど悪いか手札事故でも起こらない限り予選は逃さず突破出来るだろう」
エドのデッキは固まった。
それもとても強力な形で。
強力な仲間が増えたと思うと心強いが、本戦まで行ったら戦う事になるかもしれない。
それでも嬉しいのはやっぱり親友という間柄だからだろうか。
「そういえば、今日の授業って大会の準備に充てられてるんだよな? これからどうするよ?」
そう、大会前日はこの学校は決まって準備期間になっているのだ。
意味合いとして大会の詳細の確認、舞台となる校舎内のセッティングといった運営的な物。
そして情報収集、演習、カード交換といった参加者側の物といったまさしく戦闘準備。
「大会前に無暗に戦闘して情報を晒すのは得策とは言えないな。テラスで観戦と行こうか」
「そうだね。特にエドの新デッキは
切り札になるかもしれないからね」
「対策されたらどうしようも無いからな、俺のデッキは」
「でも、さっきまでバートと試合してたじゃん」
「あ……そういやそうだな。……対策してきた連中はお前らに任せるよ」
「言っちゃ悪いが、このクラスにはマークするプレイヤーも居ない、大丈夫だろう」
バートの言葉。
多少自信過剰にも思えるが、確かにこのクラスでは俺達3人が最強のプレイヤーだ。
一部、戦わず観戦メインと言ったクラスメイトも居るが、恐らく大丈夫。
「目指すは上位層の攻略だね」
「あの生徒会長もそうだし、ミルって奴に吸血鬼デッキだろ……時代が違ったら全員優勝出来るメンツじゃねえか」
「吸血鬼デッキについては良く分からないけどな。最悪、デマという可能性すらある」
だとしたらどれだけ楽だろうか。
バートの言うとおり、今年の上位層は十分優勝する力があり、かなりレベルが高い。
去年は生徒会長が一方的に勝っていたが、今回ばかりは想像も付かない。
「ま、上の事を考えても仕方ねえやな。とりあえず本戦出場を最低限の目標にしようぜ」
3人揃いでテラスに赴くと既に大会が始まったかのような雰囲気だった。
至る所でゲームが始まっていて、情報収集に専念するものも多数。
また、カード交換に勤しむ生徒も多数見受けられる。
「見事に色々なタイプに分かれてるね」
「ゲームを繰り返してデッキの調整、情報収集、カード交換……後は策士だな」
バートが言う策士というのは文字通りである。
前述した3つのどれにも当て嵌まらない者。
例えば、情報収集で無くて情報を氾濫させるのが目的の者。
そういった行為をする者は毎回出てくる者である。
例えば、明らかに微妙なデッキでゲームを繰り返し続けて情報を収集する者にわざと見せる。
そして大会当日にはしっかりと組んだデッキで挑む。
情報収集をする者にカモとして自分を見せて、逆に狩るパターンである。
油断させて混乱を招き、そしてペースを握る。
この手の戦法を使用してくるような生徒は大会に慣れているような奴ばかりなので注意が必要なのである。
「情報収集の目的はカモ探しじゃなくて危険人物探し……これが一番安全だよな」
エドが言ったところで人々の集団が出来ている部分を発見する。
見たところ観戦者。
それだけの人が集まるなんていうのは余程の事である。
「何が有るんだ?行ってみようぜ」
エドの言葉に集団に引き込まれるようにして俺達はそこに向かっていった。
近づいてみるとゲーム中……。
中心には昨日見た「ミル」が自分の
ターンを進めていた。
「……あいつだよ。昨日言った特殊勝利のミルっていう人」
「確かに独特の雰囲気を纏った男だな……」
バートが固唾を飲む。
視点はゲーム中のミルに釘付けである。
「私のターン……
強者の帰還で
太陽神アポロンをデッキに戻して2枚ドロー。
アポロンは元々貴方の物ですから貴方のデッキに戻します。
ターンエンド」
ただ淡々とゲームを進めるミル。
その様子は例えるならば勝利までの道を完全に知っていてそれをなぞっているかのようだった。
「僕のターン! 魔理沙でアタック!」
「カウンターカード発動、
シールド。更に非常食。そして
大連鎖を発動します」
相手は典型的なパワーデッキ、それを見越した上での三枚のカウンターカード。
流れは完全にミルが支配していた。
「それでは私のターン……ドロー。
揃いました、「C」「H」「A」「O」「S」を展開。私の勝利ですね?」
周囲からどよめきが上がった。
傍から見ても完璧な試合運びである。
「これは……想像以上だな」
バートも驚きの表情……無理もない、自分も昨日同じような顔をしていただろうから。
周囲の観衆からの会話を聞いていると、今日だけで既に6連勝中で、尚且つLPが一度も20を下回って居ないという。
正直圧倒的だ、生徒会長ともどちらが勝つか想像できない。
「さて、他に私とゲームをしてくれる人は居ませんか?」
ミルの言葉に一同がたじろぐ。
俺も「
破壊の壺」で対策はしてあるのだが、これはジョーカーとして取っておきたい。
暫くして一人の生徒が名乗りを上げた所で俺達はその場を離れた。
「いやー、ソルフォに聞いた時は大袈裟だと思ったがアレはやばいな」
テラスの外れに移動して、エドが言う。
あの様子だとこの校内を探してもまともに戦える奴が何人いるか分かったもんじゃない。
恐らくミルはあのまま勝ちを積み上げて観衆のやる気を削いでいくのだろう。
「デッキもそうだが、戦略も中々の物だな。既に勝利のパターンを完全把握しているのだろう」
「うん。相手の行動に対して正確にカウンターを使って行くもんね。よっぽど手慣れてるみたいだね」
ふとミルの方向を見ると、既に相手が項垂れ別の生徒が名乗りを上げていた。
これからどれだけの連勝を積み上げていくのだろうか。
まあなんにせよ、ミルの情報がエドとバートも分かったというのは収穫だ。
本戦では避けて通れない相手だろうし、対策を強くした方が良いだろう。
「やあ、3人ともおはよう」
「ん?アッシュじゃねえか。お前も情報収集か?」
テラスで単独行動をしていたのだろう、アッシュが3人に声を掛ける。
お世辞にもマークすべき相手、というわけでは無いのだがアッシュは情報収集に長けているのだ。
その為予選のサバイバル戦に滅法強く、何度も本戦まで勝ち上がっている。
「情報収集っていうのも有るけど、少しカードを探していてね。交換を持ちかけているんだ」
アッシュの目的はカード交換。
特定の相手に対する対策カードでも探しているのだろうか。
「そうだ、君達に一つ情報を。
向こうに例の吸血鬼デッキ使いが居たよ。
さっき一戦してたんだけど、中々恐ろしいデッキだったよ」
「マジかよ!? 案内してくれないか?」
エドの頼みに当然と言わんばかりに頷くアッシュ。
しかし思わぬ収穫だ。
大会前日に注意したかった危険人物に会えるなんて上出来である。
「ほら、あそこで紅茶を啜っている彼女だよ。
どうやら今は誰とも闘ってないみたいだね」
「彼女……ってあの金髪のか? 全然強そうに見えないけどな」
金髪の……ツーサイドアップといった所だろうか、紅茶を啜る姿はとても上品だ。
それにしても吸血鬼デッキの使い手が女性というのは意外だ。
今までの強者と言ったら殆どが男だっただけに珍しくもある。
「僕も最初は強いのか疑ってたけどね。
吸血鬼デッキは噂通りの強さだったよ」
「うむ、あまり油断はしない方が良さそうだな」
情報収集家のアッシュが言うのだから本当に強いのだろう。
出来れば試合も見ておきたいのだが彼女はこれ以上試合をするような様子もない。
が、顔が分かっただけで大きな収穫だ。
「さて、僕はもう行くよ。まだやるべき事が残ってるからね」
「ああ、助かったぜありがとよ」
「さて、これで一通りの危険人物は把握したね」
「実力的に危険な人物はマーク済みだな、後は情報的に危険な人物だがこっちは大丈夫か」
「ああ、俺達のデッキはまだクラスの奴以外にはバレてないだろ」
とは言われた物の、流石に連続で強力なプレイヤーを目の当たりにすると自信が無くなってくる。
特にプレイを見てしまったCHAOSデッキを破っているイメージがまるで湧かない。
吸血鬼デッキもCHAOSデッキに並ぶ程に強力と見て良いだろう。
「ん……? 皆どっかに行くぞ?」
テラスの混雑が徐々に解消されていく。
エドの言葉にテラスの出口を見ると確かに何人かの生徒が挙ってどこかに移動をしていた。
「そういえば、大会の前日は生徒会長が公開でゲームをするとか言ってたな」
確かに去年もそんなイベントが有ったような気がする。
学校側の指令なのか生徒会長自身の意志なのかは分からない所では有るが。
「どうする? 俺達も行くか?」
エドの提案にテラスを一瞥してみる。
大半の生徒は観戦に行ったのだろう、テラスの生徒は先程と打って変わって少なくなっていた。
ミルは観戦に行かず、独特のオーラを醸しながらさっきと同じ席に座っている。
そして金髪の彼女も周りの状況を気にもしない様子で紅茶を啜っている。
「会長のデッキは去年と相変わらずって言ってたし……寧ろ吸血鬼デッキを見てみたいんだけど」
正直な所、会長のゲームを観戦した所でただ「凄い」と思うだけで情報は得られない気がする。
それならいっそここに留まって吸血鬼デッキの方を研究したい。
「うむ、俺もソルフォに賛成だが……彼女は闘うような気配も無い。恐らく生徒の減った今、挑む奴もいないだろう」
確かにそこが問題だ。
生徒さえ沢山居れば誰かしらが挑戦するかもしれないが、今はそれが期待できない。
……ならばやはり会長の方の観戦をすべきか?
「それならよ、俺が闘ってくるか? デッキ改造したばっかで少し実戦経験積んどきたいしな」
「本気? だとしたら俺達としても凄く助かるんだけど」
「ま、どこまで戦えるか分かんねえけどよ、やるだけやってくるぜ」
エドが宣戦表明。
早速と言わんばかりに金髪の少女の元へ歩を進めていった。
エドのデッキも回ると凶悪なデッキだから意外にあっさりと勝つかもしれない。
何はともあれ、エドと少女の試合を遠目で観察することにした。
最終更新:2011年07月19日 04:49