ロラン「恋人を撃ち落とした日」

前作よりも前の時系列の話になります

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アーサー様、大至急館へお戻りを
ギネヴィア様がご出産なされました

はい……それはもう大変美しい男の子でして………








僕が生まれたその日の事はよく覚えていない
ただわかっているのはその日に彼、彼女、いや、両親が僕をロランと読んだこと
そして、少なくともその時はまだ僕を愛していた事だった



「なんだこれは…レースか?」

「はい、父上…シルクに編み込んだ物です」



4歳、僕は気持ちは外向きで人に何かを与える事が好きな少年だったと聞く
大抵裁縫だ。 父に始めてそれを見せた時は案の定『そういう反応』をした
男女を見る目、差別的な目、ないより人としても息子としても見ていない、
彼、父アーサーは決まって僕の作品は破り捨て剣を握らせた



「何度言わせたら気が済むんだ?構えがなっていないぞ!殺されたいのか!?」

「申し訳ありません父上」



何度ぶたれたかは知らない
剣を取り上げられ、峰打ちを何度も叩き込まれた、数えるのも億劫だった
慈悲を求めるのも抵抗するのも面倒だ、謝罪の意すらない言葉に腹を立てた父は更に強く僕を殴った
時には火で熱したナイフを握らせ、腕に反省文を書かされることもあった
母はそんな父を止めることも無く、僕に視線を向けることもなかった

多分、一族の恥だとしか思ってないだろう
僕の家計は由緒正しき騎士の家庭だった

そこに存在した『過ち』である僕の最も苦手とすることは殺傷意外に他ならず、
得意なことは全てそこでは役に立たないことだった



5歳

愛のない結婚が将来的に決まった
レベッカ・アーデルハイド
綺麗に纏められた赤い髪の女の子
女の子といっても、鏡で見る僕の顔と大差がないため何処が違うのか僕にはわからなかった

ただ一つ言える事は………彼女の得意技は命の接収だった


「捉えた!」


新緑の風景に赤が塗り加えられる
野生のインコだ。ここらでは珍しく発見される個体で『食用としては扱われない』
それを彼女の手に散った弓は矢を弾き、射殺した
無邪気に喜び跳ね回る彼女の傍、僕はただそこにある死を呆然とありのままに受け止めていた
きっと、考えることを放棄せずには居られなかったのだろう

そのインコは、僕の名をカタコトで呼び続け、息絶えた
彼、もしくは彼女は僕の親友だった…数少ない…



目を覚ますと僕は自室に横たわっていた
意識はハッキリしていなかったし記憶も無いが、普通に食事はしていたしおかしな事は無かったらしい
無論、生返事しかできないような状態で不信がられてはいたが



「アンタさぁ…男の子なんでしょ?」

「だったらこのハツカネズミ、殺して見なさいよ」



ある日彼女がその尻尾を紐のように鷲掴みにして見せつけたのは生きたハツカネズミだった



「ロニー…?」



彼、もまた僕と同じ寝床で息を潜めて共に時間を過ごした親友に違いなかった
怒りは感じなかった、何も感じなかった、ただその場にある事実を呆然とありのままに受け止めていた


「何よ?できない理由があるの?」

「お父様に叱られるのよ?」



正直、他にも何か言っていたようだが覚えていない
ただロニーを取り返そうと必死に腕を伸ばしたり、部屋の中を逃げ回るレベッカに対して泣き喚いていた事しか覚えていない



「いいわ、お手本を見せてあげる!」



子供は残酷だ
つくづくそう思う
無邪気に命を遊び半分に奪うことだってするし

大切なものを守るために、加減を知らずその手を血に染める事もある



『ウア"ア"ア"ア"ア"ァァァ ァ ァ ア ァ ァァァ ァアア"ア"────ッ!!』



それが僕の抵抗した証なのか
彼女の断末魔だったのかも
やっぱり、覚えているはずもない

ただ彼女は仰向けに倒れて僕の両足の関節で動きを封じられ、
馬乗りされた状態で胸から溢れた真紅の血潮でドレスを染め上げていた

僕は、両の手で握った鋏を突きたてた、ただそれだけに過ぎなかった
ただ、目の前ある光景をありのままに、そう、現実を言葉で飾ることも誤魔化すこともなく受け止めていた




さて、その後僕の親友はどうなっただろうか
肝心のロニーがいない事に気付いたのは、既に『時が過ぎてからだった』
礼拝へ馬車で向かう途中両親が乗り合わせた馬車が横転し、二人とも呆気なくこの世から消えてしまったらしい
事故死だ
だが、真実を述べるなら『間接的に僕が殺した』事故のそもそもの原因が、

馬車道に飛び出した『赤い鼠』に馬が驚き、馬車を振り回して建物に思い切り叩きつけた

…という事だった
赤い鼠というのは間違いなく血を浴びたロニーだったのだろう

そう、僕が『仮初めの恋人を撃ち落としたその時』両親の運命
そして、僕自身の運命も大きく変わったのだ






僕には遺産が残らなかった
それはそうだろう、何せ城も、金庫も、何もかも混乱に乗じて火種を放ち焼き尽くしてしまったのだから

微かに人間の燃える油の匂いがしたのは、多分それを意識していた僕だけだろう






葬式もまた、それと同じ匂いがした
火葬によって身の穢れを清め、骨を土に返すしきたりだったらしい
喪服に身を包んだ僕は行く当ても帰る先もなくただ並ぶ墓標を見据えていた



『風邪を引くといけない……ご両親は残念だったが、ここにいても帰ってはこないんだよ』


一人の紳士が、傘を僕の頭上に翳して、道場の目で真っ直ぐこちらを見下ろし、声を噛み殺していた
紳士を一瞥した後、墓石に視線を戻して、始めて口にしたことない憤りを今自覚したかのように零すのだった


『だったらここに居る、ここに居ればずっと帰ってこないって言うならそれがいい』

『……お父さんとは、仲が悪かったのかい』

『男の人が嫌になったよ。それに諂う母さんも大嫌いだった
 ああするべきとかこうするべきとか、
 確かに大切なことだけど、それしか頭にないんだもの、僕はもう、何で生まれてきたのかわからなくなったよ』

紳士から見て、その少年は文字通りあらゆる『意味』を失った糸のきれた人形であった
その時彼が少年に対して何を思ったのだろうか、
哀れみか?神への祈りか?それは、今となっては誰も知る術はない

『名前を聞いておこうか』

「……」

…………ロラン……ロラン・リンドブルム






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最終更新:2014年02月25日 00:23