――― とある田舎道 ―――
笠の男「ふぅ…ふぅ…… やはり、彼女に託して良かったな…。歩くだけでここまで苦しいとは…もはや歳だな…(腰元に刀を携えた男。陽だまりの草道を歩いている)」
笠の男「ふぅー…… …… ……だが、やっぱりな… 娘の晴れ姿は、見たかったかもなぁ…(歩みを止めて汗を拭う。広大な紺碧が広がる空を仰いで、名残惜しそうに苦笑する)」
そして場面は、十刀剣武祭へと戻る…
――――― ガ キ ャ ァ ン ッ ! ! ! (閃きと共に残響する金属音。熱気と歓声が湧きあがるステージ上で、今、二人の剣士が最後の大勝負に出ようとしていた)
氷冬「ハァ…ハァ……っ……(喘鳴を無理矢理呑む込むように自らを落ち着かせ、変幻した四刀を握り直す)
雛菊「フゥ…フゥ……!(傷口から滴る鮮血や蓄積した疲労をものともしないように、不敵な笑みをつくって彼女と対峙する)
大剣使いの男「…いよいよ大詰めと言ったところか。この勝負…先がまるで見えん。(だからこそ…胸躍るこの展開に、目は離せないものだ…!)(観客席の手すりを強く握りしめ、二人の行く末を静かに、そしてどこか熱く見守っている) 」
エー「むむむっ、これはこれは…(客席の上に乗せたダンボールの中で、缶ジュース片手に観戦している)…すごいですよ…エゴさんの試合よりも…エゴさんの試合よりも!!!! 」
エゴ猫「分かった…分かったから!!遠回しに俺様をディスるのはやめてくれエーちゃん!!(涙目) 」
プルスト「この試合…なかなか楽しませてくれる。仕事は…まあ、
カレンに任せて…もう少しここにいますか。)(自嘲しつつも何処か観戦を愉しむ子どものように心を弾ませている) 」
雛菊「フォンッ――― ザ ァ ン ッ ! ! (刀を振うその目にはもう迷いはない。純粋に、本能のままに、自らが研ぎ澄ました刃を解き放つ)」
氷冬「はっ!(キギギィン…ッ… ! ! ! ツァリリリ――― ギャキャァンッ ! ! ! )(刀身で受け止め、その表面上にある刃を滑らせ受け流す)でぅッ…!!(ギャギィギィギィンッ ! ! ! )(低空跳躍からの縦回転斬りで圧倒する) 」
シグマ「実力伯仲か…剣戟は苛烈――― それでいて精神は共に安定している。真の
実力者の、格の違いが窺えると言えよう。」
雛菊「ッ…!( ザギャギャギャァンッ ! ! ! )(その回転斬りに対する反回転斬りで応戦し、弾いた)フォンッ―――スァンッ―――ズォッ ! ! (火花が頬を掠める中、音速移動と共に三段斬りを繰り出す)」
氷冬「ギャンッ、ギンッ、キャガァンッ ! ! ! くぅ…ッ…!( ズザザァー…ッ… ! ! )(三度の斬撃を受け流し後退する)」
雛菊「 ヒ ュ ォ ン ッ ――――(退く氷冬の隙を許すまいと一度の踏み込みで目と鼻の先へ―――追撃の刺突を仕掛ける)」
スカーフィ「―――!!(はっと息を呑む) 氷冬危ないッ!!」
氷冬「―――ッ゛ッ゛!(刺突が腹部を掠め、僅かな痛みに顔が歪む)――― 来た!!(懐に雛菊が入り込んだのを確認するや否や、片腕の二刀を振り上げる)」
雛菊「(手応えは薄い… まさか…―――)――はぐ…っ…!(予感は的中――氷冬の狙った反撃が炸裂し、切り裂かれた衣と共に血飛沫が上がる)…く…ぁ――――― “宮”ッ!!( ドッ、ゴッ、ドスァッ ! ! ! )(開いた片手で手刀をつくり、彼女の死角から高速乱打を叩き込み―――)―――― “ 弓 ” ッ !!!( メ ゴ ォ ッ ! ! ! )(強烈な柄打ちで吹き飛ばす)」
氷冬「なッ――― が…っ、あ…ッ…きゃふ…ッ…!!(数多の乱打が華奢な身体に次々と打ちこまれ…)――― かふ…ぁッ……!!!( ドッ…ドシャアアァァ…ッ… ! ! )(とどめの一撃に大きく吹き飛ばされ、盤上に転がり倒れる)」
剣士「奴(雛菊)の一撃が入ったぞ…!!あれは一溜まりも無いんじゃないか…?」
フーナ「……ッ…!(私たちにはただ見守ることしかできない…でも、それでも…!私たちは氷冬が必ず勝つと信じてる…――――「友達」の努力を、ずっと見ていたから…!)(胸元に手を添え) 」
雛菊「スタン…―――ファルルルルル…ッ… ! ! (軽い跳躍と同時に全身を地面と水平にしながら高速回転)―――“風車『轍』”―――( ギ ュ ル ル ル ル ル ァ ッ ! ! ! )(車輪のように回転を帯びた風の光刃は盤上を抉り轍のような傷跡を残しながら、横たわる氷冬へとてつもない速度で迫る)」
氷冬「はぁ…はぁ……!(腹部を抑えつけながらゆっくりと立ち上がり、朦朧とした視野で迫る車輪を捉える)ススス…スチャン―――(何を思ったのか、三本を納刀し、一刀流の構えに)…一刀流――― “轍『 逆輪 』(わだち『げきりん』)”!!( ギ ュ オ ア ァ ッ ! ! ! )(こちらも雛菊と同じく回転斬りで抵抗、しかし、その回転方向は彼女のものとは反転し…)――――― ガ キ ャ ア ア ァ ン ッ ! ! ! (稲妻と衝撃が空間を迸る。それは、互いの回転する剣戟の完全停止を表していた)」
雛菊「――――!!!(止められた剣戟に、緩慢とした世界の中で唖然となる)」
氷冬「…はぁ…ッ…(先の私の回転斬りへの反撃…貴女の剣技を参考にさせてもらったわよ…)」
キリギリス「こ、これはすごいッッ!!!雛菊の苛烈な猛攻を、氷冬が瞬時に食い止めたァッ!!!」
大剣使いの男「……!なるほど、左回転で迫る奴(雛菊)の剣技に対し、逆回転でその攻撃を防いだか…っ!」
モララー「かぁ~ッ!!滾るッ!滾るねえッ!!(今にも身を投げ出したくなるような興奮に駆られ) 」
たしぎ「……!( …『刀剣覚醒』同士の激突…ッ… 伝説と伝説のぶつかり合い…! これが世界に名を轟かす剣豪の剣術…!凄い…)――――凄い…ッ…!(ただ、その一言に尽きる。もはやズレた眼鏡など気にせず、試合に釘付けである) 」
雛菊「……ッ…ッ…!(込み上げてくる躍動、鼓動、激動に、傷だらけの表情が思わず綻んだ)…氷冬さん… こんな気持ち…今まで感じた事がありません…!もっと、もっと…貴女と戦いたい…!(シュボッ…ボボボッ… ! ! )(先程の回転斬りによる摩擦熱を帯びた刀身が陽炎の様に揺れる)―――貴女に私の『剣』を見せたい…!!( シュドドドドッ ! ! ! )(燃え盛る刀身から放つ刺突“火蜂”、数多の銃弾の如き連撃を炸裂させる)」
氷冬「はぁ…はぁ… …ん、く…ッ…!(雛菊… あれが"本当の彼女"… 私もかつて感じたこの気持ち…――― そうか、剣士は誰だって、みんな…初めから…)――――― ニ ッ (傷だらけでありながら、今にも倒れそうでありながら、何処かでこの激闘を待ち望んでいたかのように不敵な笑みを見せつける)ガキンッ、ガッ、ギャァンッ、ギィンッ、ガキャァンッ ! ! ! (迫る炎刀を、一刀、二刀、三刀と増やしながら弾き返し…)――― ガ キ ィ ィ ン ッ ! ! ! ! (再び戻った四刀で振り払った)」
フーナ「……?二人とも…笑っている…?(全力でせめぎ合う氷冬と雛菊、その二人の表情に違和感を覚える)」
雛菊「ガキィンッ… ! ! キィンッ、カキャアァンッ ! ! !ファンッ――― キカギャァンッ ! ! ! (斬り上げからの左右振り返り斬り、そして低跳躍からの振り下ろしで攻める) 心が、刀が!今に叫びたいと震えている…!過去のしがらみも――(かつての恩師の血で染まる木刀…)己の弱さも――(その恐怖に震える幼き自分…)"自分"を閉じ込めていた全てを越えて!私は―――まだ見た事のない光(あした)を切り開いてみせます!!(フォンッ――― ザ アァ ン ッ ! ! ! )(大気を裂く強烈な一閃で薙ぎ払った)」
氷冬「くっ… ッ…!(キャギィンッ、カキィンッ ! ! ! キギャァンッ ! ! ! )(斬撃の応酬をいなしながら少しずつ後退するが、気迫に圧倒されていく)今の貴女…最高に素敵よ。でも…――――(最後の一閃を四刀で受け止める。その衝撃に吹き飛ばされそうになるも両足を踏みこんで耐え抜き、ステージの端で静止する)――― 私は負けない…ッ…!(徐々に上がる口角と鼓動。しかし刀を握るその手は依然落ち着きを保つかのようにしっかりと握られている。その手にあるは、決意と言う刃―――彼女の脳裏に、ある男と交わした言葉が過る)」
――――― " 待っているよ。君を。 " ―――――
氷冬「…約束したんだ… もう一度『あの人』に会うんだって…!( オ ゥ ン … ッ … )(瞳を閉ざし、無我の境地へ沈む―――)」
ピキ…ッ… パキャァ…ッ… パ キ パ キ … ッ … ! ! ! (氷冬を中心に盤上が凍てつく)
氷冬(八舞)「―――― だから私は…貴女を越えていく…!!!――――( ヒ ュ ォ ォ ン ッ ! ! ! )(白銀の瞳を開眼。空気と大地を凍てつかせる氷刀が、吹雪の如き勢いで駆け出した)」
雛菊(六道)「(…もう何も恐れない…何も迷わない…私は…私だけの"刀"を振うんだ―――― )( キ ュ ガ ァ ァ ッ ! ! ! )(神々しい光衣を纏うや否や光の速度で立ち向かう)」
ギィンッガァンッ、ギキィンッ、ガンッ ! ! ! キィンッ、ガギャアァンッ ! ! ! ! (荒れる吹雪と翡翠色の光が入り混じる盤上。そこに数多の光刃が交差し、火花と金属残響が飛び交う)
八頭身ギコ侍「ぬッ……!疾風迅雷の如き疾駆!!氷刀と華蝶…刻むは閃(ひらめき)の園…!!よもや何者も、あの娘たちを止められまい… 」
雛菊(六道)「 ヒ ュ ォ ン ッ ――― フ ァ ン ッ ――― シ ュ オ ン ッ ! ! ! (三段からなる神速歩行で氷冬の死角に入り、上空から刺突を繰り出す)」
氷冬(八舞)「 フ ォ ン ッ ――― ズ シ ャ ア ア ア ァ ァ ァ ァ ア ア ン ッ ! ! ! (雛菊の高速突撃を滑る様な歩方術で回避。雛菊の突きが地面に炸裂し、土煙が舞う)」
アイク「………(腕を組んで仁王立ち、静かに観戦している)」
雛菊(六道)「 ボ フ ン ッ ――― タ タ タ タ タ タ ッ ! ! (土煙を割って飛び出した後に駆け出す)」
氷冬(八舞)「 ス ン ッ ――― キィンッ、カキャンッ、キャギィンッ ! ! ! (雛菊に合わせて滑走。並走する彼女と剣戟を繰り出しながら盤上を駆け回る)――――(さっきよりも鋭く、早くなってる…!)(白銀の瞳で雛菊の挙動を追う。もはや先程とは次元を異にする彼女の力に目を更に細める)」
スライム「わっ!わわわっ、うわぁーーーーー!?(両者の圧が観客まで広がってきて吹き飛ばされる) 」
破龍皇帝・グランドジークフリート「クハハハ…まさに驚天動地の閃劇よ。我が骨の髄まで響き渡るぞ…貴殿らの刀剣の"鐘"がッ…!」
雛菊(六道)「カキンッ、キャンッ ! ! ギャキィンッ ! カァンッ、キィンキィンカンッ ! ! ! (疾駆と共に振う斬撃。その瞳は真っ直ぐに氷冬ただ一人を捉えていた)――――(体が軽い…心が静かだ… 私はまだ、強くなれる…今にもはや限界なんてない…!氷冬さん、貴女となら… 貴女とこうして戦えるだけで、私は、もっと…ッ…!――――)――“三線蝶”ッ!!(虚空を蹴りながら、空中で鮮やかに刀を振い続ける)」
フーナ「……氷冬は最後まで…絶対に諦めない…!行けぇーッ、氷冬ーーッ!!」
氷冬(八舞)「(戦う度に、刀と剣士は進化する…でもそれは私だって一緒…!自分と「この子たち」を信じて、ただ振うだけ―――)―――“滅終”ッ!!(×状の斬撃を放ち応戦する)」
ド グ ゥ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ ー ー ー ー ン ッ ! ! ! ! (激突からなる衝撃と土煙が舞い上がる)
氷冬(八舞)&雛菊(六道)『 ズ ザ ザ ザ ァ ー ー ッ … ! ! (土煙の中から互いに跳び出す) ス タ ン … ―――――― ダ ッ ! ! (互いに距離を置いて一斉に駆け出す)』
大剣使いの男「……ッ…!! 間違いない…"次で"すべてが決まるぞ…ッ!!!(ごくりと息を呑む) 」
スカーフィ「いっけえええええええええぇぇぇーーーー!!!氷冬ああああぁぁぁぁーーーーーッ!!!!(客席からめいいっぱい叫ぶ) 」
雛菊(六道)「(一刀に全精神を注ぎこみ、虚空を薙ぐ)―――― ダ ン ッ ! ! ! (淡い光を零す蝶が天へ舞う) 僕(やつがれ)、三尺下がって師の影を踏まず ―――(跳び上がった天で折り返り、居合の態勢のまま地上の氷冬と対峙する)――― 七尺踏み入れ師の陽を頂く…ッ!!」
氷冬(八舞)「冬来たりなば春遠からじ ――( タ ン ッ )(上空へ跳び上がり)―― なれば最果に届く閃は近しき ――――――」
雛菊(六道)「――――― “ 一 念 三 千 大 千 世 界 ” ! ! ! ―――――」
氷冬(八舞)「――――― “ 莽 斬 魅 祇 流 ” ! ! ! ! ―――――」
ザ キ ィ ――――――――――――――― ィ ィ ン … ッ …(音速を越えた互いの刃は時空を裂いた。風が凪ぎ、声音が鎮まり、麗艶たる髪が揺れ下がり、呼吸が止まり、すべての時間が沈んだ)
雛菊(六道)「―――――――――――――」
氷冬(八舞)「―――――――――――――」
雛菊「――――― …… ト サ ァ … ッ … (永遠に止まるかと思われた世界が動き出した時、その目覚めを知らせるかのように蝶が揺れ始め、今、地に落ちた―――)」
キリギリス「…… …… …… ……ハッ……!!…こ、これは…ッ……」
大剣使いの男「………まさか…っ……」
フーナ「……? ……!! ……これって………!」
キリギリス「っ~~~~~~~~~!!!!決まったああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ~~~~~~~~~ッ!!!!!!熾烈を極めた第六回戦!!!この戦いを制したのは…――――――――― 『 氷冬 』だああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!!」
わあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!
フーナ&
スカーフィ『やったあああぁぁぁ~~~~!!!(大歓喜の余り二人手を取り合って喜び合う)』
キリギリス「なんという逆転劇!なんという快進撃!!こんな展開は今の今まで見た事がない!!かつて百刀剣武祭で華蝶風月に敗れてしまった氷冬… 敗北からの逆転勝利で見事序列二位を討ち負かしたああああぁぁぁぁーーーーッ!!!素晴らしい試合でしたああああぁぁーーー!!!!」
大剣使いの男「……フッ…実に…実に、見事な剣戟だった…!(感嘆し、激励の拍手を送る) 」
カイ「フュー♪あっちのお譲ちゃんが勝っちまったか。こりゃあどっちが勝ってもおかしくねえ、すげえ試合だったもんだ。(なるほどな…シグマの奴が珍しく人間の催しに興味を示したと思えば…なるほどな…これには流石の俺も納得だわ。)(ふっと不敵な笑みを零して) 」
氷冬「………ススス…――――スチャン…ッ… ……(納刀後、仰向けに倒れている雛菊のもとへ歩み寄っていく)」
雛菊「はぁ……はぁ……っ… …は、ははは…あはは……っ… 負けちゃいました…(剣豪として、序列上位者としてのプライドも一切感じられないような、その敗北に満足の笑みを全面に浮き出していた)」
氷冬「…雛菊…… ……ありがとう、貴女に出会えて、本当に良かったわ。(そっと手を差し伸べる)」
雛菊「……はい、私もです。氷冬さん。(その手を取って立ち上がる)…貴女にはたくさん驚かされました。最初に出会った試合から…復活して、共に罪剣と戦い…そして今、強く逞しくなった貴女と決着を付けられたこと…そのすべてが、私の人生の中で…とても素敵な思い出として刻まれるものになりました…(ふふっとほくそ笑む)」
氷冬「…私は『世界』を知るためにここへ来た…貴女や多くの剣士たちと戦って、私もまた強くなれた… もう、これ以上の言葉が出ないくらい…感謝している…―――――!(ふと胸元に感じるものに気づく。懐にしまわれた一通の封筒…それを静かに抜き出し、雛菊に手渡した)」
雛菊「……?(「これは?」と小首を傾げながら、手渡されたその封筒を見つめる)――――――!!!(そして驚嘆する。その送り主の名を目にした瞬間に)」
氷冬「……ここへ来る道中で、出会ったの。そして、貴女に渡すように頼まれたわ… 貴女の偉大な師範…いえ…――――― 「お父さん」から。」
雛菊「……そん………ぁ…(衝撃の展開に思わず口元を覆う。そして恐る恐るその封筒に再び視線を落とす)」
氷冬「…………―――――――」
それは、十刀剣武祭開催式が始まる5時間前。ある田舎道―――――
氷冬「(心地の良い蛙の声が奏でる、田んぼが広がる田舎道を歩んでいる)……(やれるだけのことはやった。後はASの言う通り、自分を信じて戦うだけ…)(これから直面する大きな試合へ向けて、緊張しながらも希望を膨らませている)」
笠の男「ふぅ…ふぅ……(氷冬の目前で膝に手をつき荒い呼吸をする男が一人。腰元に刀を携えたその男は宛ら風来坊の様な風貌をしていた)…参ったな…もう体力に限界が……まだ村を出て間もないというのに…これじゃあ………?(笠を脱ぐと、それの為に見えなかった氷冬の姿に気づく) 」
氷冬「……?(何だろう…とても衰弱しているわね。剣士…?ということは、ひょっとしてこの人…)…」
笠の男&氷冬『――― あ の ―――』
氷冬「…ぁ……(互いに返事が被って恐縮し)」
笠の男「………はっはっはっ…(手を差し出して「どうぞ」のジェスチャー)」
氷冬「(軽く会釈した後、男のもとへ歩み寄る)…あの、ひょっとして貴方も刀剣武祭へ…?」
笠の男「……!おお、そうだが…もしやするとお譲さんもかな…?これは奇遇だね。(先程まで苦しんでいた顔が晴れる様に笑みを零す)」
氷冬「ふふっ、そうね。(男に釣られて笑みを零す)……(年季が入った刀…それに、若干歳を取っているようにも見えるけれど…この人の目、"強か"だ…)(第一印象から感じる男の姿に、思わず感心する)」
笠の男「……ふむ…(しかしそれは男も同様だった。骨董品を睨む鑑定士の如き鋭い眼から、彼女の実力を推し量っていた)……よし。(そう言うと重い腰を上げる様に背伸びし、改まった表情で彼女と向き合った)…それなら、一つだけ…お譲さんに頼みがある。今出会ったばかりの、こんな老いぼれの他愛もない頼み事だが…どうか聞いてはくれないだろうか?…この先に団子屋がある。まずは頼みのお礼として御馳走しよう。」
氷冬「あら、いいわよ。最近甘味が寂しかったから。(嬉しそうに舌をちょっぴり出して)」
笠の男→鑢「それはよかった。…ああ、私は翡翠鑢という。お譲さんの名前を聞いてもよろしいかな…?」
氷冬「……?(「翡翠」…?何処かで聞いた事が………!)(その時、以前の試合で完敗を喫した雛菊の像が過る)……(まさか、ね…)…雪桜氷冬よ。」
鑢「氷冬か…良い名前をしている。…見ての通り、これでも私は今でも剣士だ。昔はそれなりにやんちゃしていたのだが…歳を取ってしまってな…今ではほら、この通りの体たらくだ。(くははと苦笑) だが、君はとても強い剣士だと、私には分かるよ。さ、行こう。私の記憶が正しければ、確かもうすぐ着くはずだ。」
氷冬「ええ…(覇気を失いつつある老剣士…しかし気付いていた。その瞳の奥で輝く光は、依然として「剣士」なのだと。)」
――― 団子屋 ―――
氷冬「♪~(店前の椅子に腰かけ足をぷらぷらさせながら三色団子を頬張り、お茶を啜って春の風情を堪能している)」
鑢「(店内の奥席で筆を執って手紙を書き記している)……うむ。(その手紙を折り畳み、封筒の中へしまう)…お譲さん…いや、氷冬さんや。(店から出て氷冬のもとへ)刀剣武祭へ出場するんだってな。これは天より授かった運命と言えるだろう。」
氷冬「ええ、そうだけど……どうかしたのかしら?」
鑢「…これを渡してほしい奴がいる。―――――『 雛菊 』という名前だ。」
氷冬「んぐっっ!!??(仰天の余り団子を喉に詰まらせてしまい、慌ててお茶を含んで飲み干した)ぷはっ……ぇ…ええぇ…!?(そのまさか。予感は的中した。)」
鑢「ああ、私の娘だ。君と同じく、あの大会に出場していると聞いてな。(そう言い彼女の隣へ腰かけ、目前に広がる川に視線を落とす)…私はもともと、ある村で剣道を教えていた。ある日、捨てられていた彼女を拾って…私の娘にした。以来彼女は娘として、弟子として、剣の道を極めていったよ。(俄かに語り始める)」
氷冬「……(湯呑を両手で握りながら、真剣に話に耳を傾けている)」
鑢「彼女は素晴らしい才能を持っていた。僅か短期間で師範である私の領域まで実力を伸ばしたんだ。だから私は、親離れさせ、もっと広い『世界』に目を向けさせようと…彼女と真剣勝負を行うことにした、最後の稽古としてな。もちろん彼女が勝ったよ。子は父を越えるというからな。ははは…!…だが…相手が父(わたし)であったことに動揺していた娘は、剣の握り方を誤ってしまったみたいでな… 私に傷を負わせたことを、深く負い目を感じる様になってしまった。」
氷冬「……(雛菊…)(今まで出会った誰よりも凛々しく、気高く、強い剣豪の過去を知り、その真実に思わず固唾を呑んだ)」
鑢「私に打ち勝った娘は、そのまま旅へ出てしまった。残念ながら、深く眠りこんでいた私はその旅路を見送ることが出来なかった。…彼女は強い。私が鍛え上げた自慢の娘であり、一番弟子だからな。しかしそれと同時に、"弱く"もあったんだ。…彼女は誰よりも強く、そして優しかった。だからこそ、あの時私を傷つけてしまったことを、きっと今でも…いや、これからも先ずっと…後悔しながら生きていくに違いない。私は私自身がどうなろうと構いやしないさ。どうせすぐに年老いてぽっくり逝くのだからな。」
鑢「…しかしな、娘はまだまだ若い。たとえ剣の腕前が強くたって、彼女はまだ幼子なのだ。いつか挫折したり、後悔したりすることがあるだろう。それでいいんだ。だが…彼女はまだ自分の弱さをずっと抱え込んだままだ。それじゃあいつまでたっても成長なんかできない。…だから、いつか、親として、娘に会って、ちゃんと向き合って話をしたかった。(自らのしわくちゃの掌を見つめる)…私がもう少し若ければ、そうしたかったよ。(自嘲気味に笑い、首を左右へ振る)」
氷冬「…鑢さん…(複雑そうな面で彼の横顔を見やる)」
鑢「…だから、この手紙を君に託したい。私が娘に伝えたいことは、すべてここに詰まっている。本当なら、面と向かって話をしたかったのだが…今は、こうするのが互いの為かもしれないからな。(そう言い、氷冬にその封筒を手渡す)……頼む。(彼女に頭を下げ)」
氷冬「……(手渡された封筒をしっかりと受け取る。手紙の内容は、当然知る由もない。しかし、先程の話から、父が娘に何を伝えたいのか…その綴られた思いの温かみは、感じ取れた)…確かに受け取ったわ。必ず彼女に送り届けるから。」
鑢「…ありがたい。(安堵の笑みを零した後、氷冬の顔を凝視する)……君は、娘とは似て非なるものを感じるよ。君もまた、強くなるために多くの壁とぶつかり、その度に切り開いてきたのだろう。…君にこの手紙を任せられたこと、これを運命と呼ばずに何と呼ぼう。(ゆっくりと立ち上がる)……娘は強いぞ。(にっとはにかんで)」
氷冬「ええ、知ってるわ。その為に、もっと強くなったんだから。(不敵な笑みで応え)」
鑢「ふふっ…武運を祈る。(そう言い残し、来た道へと折り返していった)」
氷冬「……(徐々に小さくなっていく鑢の背を最後まで見送った後、彼から手渡された封筒に視線を落とす)……必ず…!(封筒を懐へ深くしまい込んだ)」
雛菊「…… …… ……ピラ…(彼女から事情を聞いた後、開封し、手紙を開いた) 」
最愛の娘 雛菊へ ―――――
お前が旅立ってからもう八年が経とうとしている。昨日まであんなに小さく蹲っていたお前が、今は一人立ちで歩いている姿が思い浮かぶよ。
昨年、雛菊が刀剣武祭に出場しているのを聞いて驚いたよ。私が教えた「剣道」を、お前はいつも忘れないでいてくれているみたいだね。
できることなら、今のお前の姿をこの目にしたかったが、生憎歳を取った今では、この村を抜けられそうにもなくて残念に思うよ。
なに、それでも私は私だよ。母さんと一緒に暮らしながら、今でも変わらず道場で剣を教えている。それが私の生き甲斐だからね。
雛菊、お前が道場を抜けたあの日のことを、私は今でも忘れない。おそらくお前は、今でも心の何処かで自責の念に駆られているだろう。
生真面目だから、ずっと背負い込んで、罪滅ぼしのために何かを成し遂げようとしているのかもしれない。
鑢「バタバタバt(頭部に包帯を巻いた状態で慌てて玄関へと飛び出す)…ひぃ…ひぃ…… おい、雛菊は何処に…?」
女性「……!あんた…安静にしていないと駄目じゃないか。……もう行ってしまったよ。あんたによろしくと、ね。(ほくそ笑んで)」
鑢「はぁ…はぁ… …そう、か……―――――― ふふっ…(嬉々とした満面の笑みを浮かべ、青空を仰いだ)」
―――― その目で『世界』を見て来るんだ。行ってらっしゃい、雛菊。 ――――
だがね、私は傷ついたなんて思ってはいない。そしてお前にも、そんなことで傷ついてほしくない。
いつか教えたことを覚えているだろうか。守るための「剣」は、時として誰かを傷つけるものになり得ると。
あの日、お前が対峙していた本当の相手は、私ではなく、紛れもない「お前自身」だったのだ。
過去への悔恨や憎悪、現実の非情、私への甘え…そのすべてを断ち切らせるために、私はお前を導いたにすぎない。そうしなければ、『世界』へ出てもお前の剣道は通じないからだ。
お前は、私との約束を守った。"強くなる"という約束を。だからあの日、お前がお前自身に勝ったのを本当に嬉しく思うよ。流石は、我が自慢の娘だ。お前に「剣」を教えたこと、今でも誇りに思うよ。
これから先、様々な困難にぶつかることもあろう。どんな人も強くて弱い。 だけれども、自分だけを見失うようなことだけは、決してしてくれるな。
弱さも、後悔も涙も、自分が手にしたもののすべて、自分のものとして受け入れろ。 そうすれば、弱さは強さに、後悔は思い出に、涙は笑顔に変わるから。
気が向いたら、いつだっていい。「剣道」に迷いが現れたなら、いつか道場へ戻ってきなさい。もう一度鍛え直してやろう。それに、成長したお前の顔も見てみたいからな。 ―――
最後になるが、「世界」で活躍し、そしてこれからも高みへ跳んでいくお前を、母さんと一緒に応援している。そのまま迷わず進め、我が娘よ。
追伸:やはり歳は取りたくないものだな。すまないが、やはりまだこちらからお前に会いに行けそうにない。だから代わりに、ある美人の剣士にこの手紙を託した。お前によく似た、強い目をした剣士だ。
きっと彼女は、お前にとって人生で最もかけがえのない『朋』になるだろう。その絆だけは、断ち切らないでくれ。
―――――――― 翡翠 鑢
雛菊「…… …… ……」
雛菊「…… …… ………ぁ…ぁ……っ…(手紙を握る両手が小刻みに震え出す。やがてその振動が脚へ、肩へ、唇へ、瞳へ伝っていく)」
雛菊「………おとう…さん…… …ぅ…っ……うぅ…っ……(溢れ出る想いに耐えきれず思わずその場に崩れる。眼から滴る淡い蒼い感情が、彼女の頬を少しずつ満たしていく)」
ずっと…ずっと、恐かった… …痛かった… 悲しかった……寂しかった…っ… また、独りになるんじゃないかって…また、誰かに愛される温かさを失うんじゃないかって…っ…
生まれてきたことを呪った日もあった… 弱い自分を蔑み続ける日もあった… でも……あの人を……!あの人から教えてもらった「剣」を…忘れてしまう日がいつか来ることが、一番怖かった…!
…そう…なんだ…… 弱くてもいい…傷ついてもいい…泣いてもいい… だってそれは、自分にしかないものなのだから…
失うことばかり考えていたら…迷ってしまう… 自分の足で歩んで手にしてきたものすべてが…私にとって…かけがえの無い"私自身"だったんだ…
あの日…私に「剣」を教えてくれたのは…そういうことだったんですね……御師匠様……おとう…ざん……っ……
雛菊「―――――――――――――」
ポ タ … ポ タ … … ポ タ …
雛菊「ううぅ…っ… …あう…っ゛……ぁ……(零れる蒼を何度も拭っては、再び零れ出るその蒼に溺れていく)」
氷冬「(貴女のお父さん、とても強い目をしていた。それは一目でよく分かった。貴女によく似た、目だったから…――――)(雛菊の後に蒼い空を仰ぐ)……(その後、これ以上のことを伝えるのは野暮だとその場を後にしようとするが…)」
雛菊「―――――― 氷 冬 さ ん … っ … … !(しわくちゃの手紙を握りしめて俯いたまま、彼女の背に)」
氷冬「……(振り返ることなく、そのまま静止する)」
雛菊「はぁ……はぁ……スゥ―――――― いつかまた、私と刃を交えてください…!今度は「朋」として…貴女と語り合いたい…!ずずっ……次は…絶対に、負けませんから……!(ぐちゃぐちゃの顔面を上げて、満面の笑みをその背に送る)」
氷冬「………フッ…(無言で拳を天高く突き上げ、そのまま盤上から姿を消した)」
雛菊「…はぁ……はぁ……――――――」
お父さん…もう二度と迷いません。だって今の私には… 貴方から授かった「剣」と…―――――
―――― 新しい『 道 標 』が出来たから ――――
最終更新:2018年03月01日 22:29