ただ、それはありふれた誰かの

過激表現あり、注意。

























ある曇った日、それはいつものようなただありふれた日だった。

前触れなんて何もなかった、ただその日は両親が帰ってくるはずの日だった。

両親は根っからの放浪者(旅好き)だった、出会いも旅先だったそうだ。

当時の俺は10歳だった、7歳の妹がいた。

両親は妹が5歳になった時から旅に出る事を再開した、そのせいで俺は料理が上手くなった。

外はもう暗くなっていた、そろそろ眠くて二人で寝ていた。

ただ、その日はいつものようなありふれた日だった。









物音がした、そんなのはいつものことだった。

ただ、その物音はやけに近かった。

流石に気になって目が覚めた。

目が覚めたら、すぐに意識は闇の中に叩き落された。

ああ、痛い。



次に目が覚めた時、家は燃えていた。

俺は両手を縛られていた。

妹は、妹はどこだ。

きょろきょろと、周囲を見渡そうとしたら、上から圧力がかかった。

たまらず俺の頭は地面と熱烈なキスをするハメになった、痛い。

「おい、あまり動くなよ餓鬼」

と、声がかかる。

つまるところ、どうやら非常に運が悪い事に、強盗に偶然目をつけられたようだ。

「さて、金目のモノは大体引きずり出したが、シケた家だったな。」

「まあいいじゃねえか、子供が二人だ、変態共に高値で売りつけてやろう。」

何やら、二人で話をしている。

何故、どうしてうちなんだろうか。

いや、そんなことはどうでもいい。

何故、お父さんとお母さんは家にいない?

何故、守ってくれない?

何故だ。

苛立ちばかりが、当時の自分の心の中で渦巻いていた。

が。



「い、痛い、やめて」

と、俺よりもずっと子供らしい声を聞いて、俺の意識は全てそちらに向けられた。

妹が、暴力を振るわれている。

「大人しくしていろ、騒ぐんじゃねえ」

やめろ。

「黙れってんだ、顔だけは殴らないでやるが」

やめてくれ。

「そんなに騒ぐなら」

どうして俺には何も出来ない

「これ以上は」

どうして俺は無力なんだ

「容赦」

力を

「しねえぞ」

妹を助けられる力を

「黙れって言って―――」



「う、ぉぉぉぉぁあああああああああッ―――」

瞬間、体が燃えるように熱くなった

視界が、色を失った

腕を縛っていた、ちんけな拘束を引きちぎった

世界が、遅く映った

頭がぐらつく、どうでもいい

すぐに俺の近くにいた男をぶん殴る

紙屑の如く、吹き飛んでいった

どうでもいい

妹を助ける

妹を虐げようとしていた男が、唖然としてる

最大のチャンスだ

あいつが何かを取り出そうとしているのが見える

どうでもいい、あいつを殺せば済む

子供の体に出せるようなものではない速度で、走り寄る

走り寄って、ありったけを

「依葉から、離れろ―――ッ」

ぶつけてやった。







何かが砕けていく音が響く

数瞬遅れて、男が視界の果てまで吹き飛んでいく

ものすごい速度で、飛んでいった

体がだるい、頭が痛い、割れそうだ

死ぬほど疲れている、息も辛い

でも守れた、妹を







そう、思っていた。





「お兄ちゃん―――」







妹が、俺の後ろに回って、両手を広げてこちらを向いている

何かが妹の体を通り抜けていった

血が。

流れて、止まらない。

妹の体から。

止まらない。

妹の向こう側に、銃を向けている男が見える





視界が

赤く染まった。

気がつけば、俺は男の目の前に立って

拳を、振り抜いて











『死ね』









空間が砕け、地面が割れ、空気が震えた

そうとしか表現できない衝撃が、男に叩きつけられ

男は、バラバラの肉片になった。

どうでもいい

妹に駆け寄る。

息が荒い、死ぬほど疲れている

そんなことはどうでもいい、俺より妹のほうが

目を閉じてしまっている、呼吸が弱まっている

誰が見てもわかるほどに、死を目前にする者の姿だ

認められるか、そんなこと

死なないでくれ

どうか死なないでくれ

死なないでくれ

まだ、兄ちゃんらしい事、できてないじゃないか

どうか、どうか。



俺の意識は、そこで深い闇に沈んでいった。




















目覚めた時には、見覚えのないベッドの上だった。

俺はどうやら、病院に運び込まれたらしい。

妹も一緒だったが、俺よりもずっと酷い状態だった。

俺の願いが通じたのか、死んではいなかった。

ただ、それだけだ。

死んではいなかったが、今もずっと眠り続けている。

俺も、変わった。

まず、色がわからない。

世界から色が、失われた。

味や匂いなんかはわかるのだが、全てがモノクロだ。

どうなってしまったかは、わからない。

でもそれは、妹を守れなかった俺への罰なんだろう。

俺は、懺悔するように、それを受け入れた。









それから何年も過ぎて、俺は15になった。

妹はまだ、目覚めない。

何か変わったことがあるとすれば、妹が目をひらくようになったことと、左目から定期的に血を流すようになったことぐらいだ。

声をかけても、反応はないし、ただ目を開いているだけだった。



両親は、俺との距離のとり方がわからなくなっていた。

俺も、暫くは両親にあたってばかりだった。

でも、その怒りはぶつけてもどうしようもならないものだと、理解した。

そして俺は、旅に出る事にした。

俺はもう、暫く両親と向き合えそうにはない。

それに、俺の父親は15から旅を始めたということを聞いたことがある。

だから、俺は、旅に出た。

逃げ出すように。



旅に出て、何年か経つ内に、俺は色を取り戻せた―――





これは、ありふれた家族の

この世界には、ありふれた崩壊の日だった。




ある曇った日、それはいつものようなただありふれた日だった。

前触れなんて何もなかった、ただその日は父親が酷く負けて、母親が帰ってこない日だった。

父親ははっきり言ってクズだ、酒と煙草とパチンコに溺れまくっている、母は愛想を尽かして俺と妹だけに愛を向けていた。

それでも父親と会うのが嫌だったのか、たまに仕事から帰ってこない日があった。

当時の俺は10歳だった、妹は小学生になったばかりだった。

妹は贔屓目に見てもとても利口で可愛らしい子だった、幼稚園でも子供の遊びとは言えかなり言い寄られていたらしい。

俺と妹はこの歳で既に別々の部屋を与えられていた。

ただ、その日はいつものようなありふれた日だった。









いつものように、クズみたいな父親が帰ってくる前に、料理を作る。

そそくさと、妹と一緒に食べ、あのクズが帰ってこない内に寝る。

こうすることで、あのどうしようもないクズから逃げることができた。

当たり散らす相手が眠っていた場合は、あいつは一人で騒いでいるだけだ。

安眠は妨げられるが、理不尽な暴力を振るわれるよりはよっぽどマシだった。

けど。

この日は、違った。

あいつは。









深夜、ふと小さな物音が気になって、目を覚ました。

俺の部屋の前、つまるところ妹の部屋。

その部屋の方が、少し騒がしい。

何かもめているような声と音がする。

胸騒ぎがした。

あのクズが、何かをしているのだろうか。

あまり働かない頭を動かして、俺は急いで部屋を出る。

そして、目にしたものは。







「いいから股を開け、すぐに終わる、黙って父さんの言うことを聞いてろ」

あのクズが、妹を襲っている所だった。

妹はパジャマを滅茶苦茶にされ、クズは下半身を露出させている。





そこから先は、簡単だった。

俺が押し入って、酒に酔ったクズの頭を殴り

股間を蹴り飛ばし

ひたすら痛めつけただけだ。

妹にしか意識が向いておらず、隙だらけなのもそうだが、酷く酔っていたのも幸運だった

ただ、一切の容赦はしなかった。

実の娘に手を出そうとした、碌でなしの糞親父をボコボコにして、妹を俺の部屋にかくまって

俺は眠れぬ夜を過ごした。









そうして、次の日、母親が帰ってきて

最初は驚かれたものの、事の顛末を話せばすぐだった。

晴れて離婚を推し進め、俺と妹は母親に引き取られた。

あのクズがどうなったかなんて、俺は知らない。

正直どうだっていいし、カッとなってやったのも後悔してない。



でも、一つ気になることがある。

妹からの視線が、熱を帯びている。

あの日から、ずっとだ。

俺は正直、マズイことをしてしまったのかもしれない。





これは、ありふれた家族の

この世界では、あまりありふれていない出来事だった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2024年04月11日 03:20