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全ての人の魂の夜想曲 - (2016/05/31 (火) 22:11:49) のソース

      






   寄せてはかえし 寄せてはかえし 


   かえしては寄せる波また波の上を、


   いそぐことを知らない時の流れだけが、


   夜をむかえ、昼をむかえ、また夜をむかえ

                   ――光瀬龍、百億の昼と千億の夜







1:魔界都市<新宿> “衝撃侠”

「<新宿>ってのは、どうもスシが高くていけねぇ」

 そう言いながら、赤身のマグロを手で掴み、口へと持って行く男は、『ニンジャ』だった。
派手な柄のシャツと白いズボン、そして何より目を引くのが、如何にも示威的な、古代ローマのグラディウスめいて彼の頭から伸びたリーゼント・ヘア。
黒装束に身を纏い、素早い動きで相手を翻弄すると言う固定観念に囚われた我々が見たら、きっとこの男が忍者である、と言われても嘲笑しか上げる事が出来ぬであろう。
だが彼は、『ニンジャ』であって『忍者』ではないのだ。其処を、履き違えてはならない。
彼の名はフマトニ、いや、『ソニックブーム』。衝撃波、と言う名の通り、眼にもとまらぬ速さの速度と、衝撃波を生む程のパワーのカラテを操る、歴戦のニンジャなのだ。

「俺のサーヴァント=サンがスシを上手く作れりゃ、飯代も低く抑えられるんだがな。エェ?」

 言ってソニックブームが、自らが引き当てた、セイバーのサーヴァントの方に目線を送る。それはネオサイタマにいた時代によく切っていたメンチである。
これだけで未熟なニンジャはたちまち震え上がり、ヤクザやサラリマンならその場で失禁しかねない程の威圧感を秘めている。
それを目の前の、線の細い金髪の青年は、風にそよぐ柳の様に受け流す。サーヴァントである以上当然の事なのだが、「ガキの癖に大した野郎だ」とソニックブームは何度も思っていた。尤も、それを口に出す事はないのだが。

「一朝一夕で寿司が作れたら苦労しませんよ。第一、寿司をジャンクフード代わりに食べる何て、どんな経済観念をしてるんですか貴方は」

「俺達の世界じゃスシは常食のブツなんだよ、セイバー」

 信じられない、とでも言うような表情で、『橘清音』は言葉を返した。
人間である以上、当然食事を摂る必要はある。当たり前の事だ。……だがソニックブームは何故だから知らないが、寿司を主食としているのだ。
ご存知の通り、寿司と言うのは高い。無論回転寿司――ソニックブーム曰くスシ・バーの一種との事――に行けば安いのだが、
ソニックブームは寿司の配達を頼む際、いつもグレードが中級以上のものを頼むのだ。これでは金が掛かっても仕方のない事だろう。
現にソニックブームの個人的な財布事情は、結構悪くなってきている。これが、彼が<新宿>の寿司の値段を嘆いていた訳である。
「どうもこの世界のスシは懐に優しくねぇ……味の方は美味いんだが、量もネオサイタマに比べてけち臭い。嫌な世の中だぜ……」、何度ソニックブームはこう思った事か。
清音にスシを作らせてみたは良いが、そもそも寿司を作ると言うのには、弛まぬ努力と研鑽研究が必要になる。直ちに作れる筈がない。
結果出来たのが、シャリの上にネタを乗っけただけの物と言う、それはそれは酷い代物だった。それ以降ソニックブームは清音にスシを作らせていない。配達に頼る事にしたわけだ。

「腹満たす為に食ってるって事もあるが、スシはニンジャの力を蓄えさせる基本食みてぇなもんだ。これを食っとけば、自然回復力も高まる。考えなしな訳じゃねぇ」

 寿司で回復力が高まるなんて、本当に人間なのかと言わんばかりの目で清音がソニックブームを見ている。
これが事実その通りなのだから全く信じられない。このニンジャが記憶を取り戻す契機となった戦いで負った傷が完治したのも、
生来の治癒力もそうなのだろうが、寿司を食べてから確かに目に見えて治癒速度が速まっていた。清音の知る忍者とソニックブームが言う所のニンジャとは、哺乳類と爬虫類ぐらいには違う生き物であるようだ。

「<新宿>って街は、ネオサイタマとは違う、不気味な街だな」

 タマゴを手に取り、ソニックブームが言う。

「近頃頻繁に起こるヤクザ・スレイ。各地で見つかるネギトロより酷い猟奇死体。頻繁に起こる行方不明者。
そして、巷を騒がせる、信条もねぇ、黒い礼服のマス・スレイヤー。この街の暴力は陰気で、ドロドロとしてて、不気味な物を感じるな。十中八九、聖杯戦争のせいなんだろうがな」

 此処でタマゴを咀嚼するソニックブーム。

「来たる時の為に、力は蓄えておくに限る。そうだろう、セイバー」

「……そう言う事にして置きましょうか。食べ過ぎて破産する事のないよう願いますよ」

 清音の言葉を聞き終えると、ソニックブームはイクラの軍艦巻きを手に取った。本当に清音の話を聞いていたのかどうかは、解らない。

 だがしかし――ソニックブームの言う通りでもあった。この街は表面上は、何処に出しても恥ずかしくない立派な経済都市である。
<魔震(デビル・クェイク)>によって生み出された亀裂の傷痕など物ともしない逞しい街。……であった筈だ。
この街の今は不気味だ。この街にやって来る前から、<新宿>には少なからぬ翳があったと聞くが、自分達がこの世界に現れてからこの翳は、
版図を急激に広げて行っているような気がしてならない。殺人。行方不明者。猟奇死体。不穏なニュースをよく耳にする。いやがおうにも、聖杯戦争の始まりが近い事を清音は思い知らされる。

 適当にソニックブームがつけたテレビの液晶に映る番組。二人は全くその内容に興味を示さない。
今はバラエティの歌番組の時間であった。此処<新宿>に本社を置く、『UVM社』がメインスポンサーの、人気番組だった。



2:魔界都市<新宿> “艦想歌”

 どのような才能の分野もそうであるが、ちょっと上手いレベルの人物は、実は世間には沢山転がっている。
しかし才能業界のプロデューサー業と言うものは、ちょっと上手い程度人物など求めていないのだ。彼らが求めているのは、卓越した才能の持ち主だけ。
それが生来備わっていた才能によるものなのか、それとも努力の末に獲得したものなのかは、問わない。本音を言えば、上手ければ良いのだ。
そして、その上手な人間と言うのは、驚く程転がっていない。解っていた事であるが、『ダガー・モールス』は、その事を<新宿>にきてから嫌でも認識させられている。

 <新宿>は河田町に建てられた、巨大なタワー状の建物。通称、UVM社。
此処は嘗て<魔震>によって壊滅的な被害を負ってしまった、旧フジテレビ本社があった場所であり、その場所に成り代わるように、このレコード会社は建てられていた。
曰く、現在の日本において、音楽で一山当てたいと願う者達の理想の御殿、と言うのが余人の認識であるらしい。当然だ、この自分が社長をやっているのだから、とダガーは万斛の自信を持っていた。

 しかし同時に、UVM社は誰でも引き入れていると言う訳ではない。
国内のレコード会社の中でもその選考は驚く程厳しい事で知られており、余所の一線級の歌手やバンドでも、此処で活動出来るか如何かは全く予想出来ないと言われる程だ。
それはそうだ、良質な音楽こそが生命活動の助けにもなるダガーにとって、卓越した音楽の才能の持ち主を集めると言う事は至上命題である。
故にこれだけは、ダガーは妥協はしなかった。少し腕が立つ程度の音楽の才能など求めていない。求めているのは、天才か秀才だけなのだ。
UVMの選考は恐ろしく厳しい。そうと皆が解っていても、このレコード社に自分を売り込みに来る者は絶えない。
そしてそれら全てが、ダガーにしてみれば取るに足らない者。改めて、思った訳だ。本当に世界には、優れた才能を持つ者が少ないと言う事を。

 ――してみると、今自分の目の前で、完全に自分の世界に入っている風に歌を歌っている、オレンジ色の服を着た少女は、
今も完全に力を取り戻し切れていないダガーにとっては、干天の慈雨にも等しい存在なのだった。

「恋の2-4-11、ハートが高鳴るの、入渠しても治まらないどうしたらいいの? 」

 自分の世界に没入できるかどうかと言うのもまた、才能の一つだ。
ましてや歌謡や演劇の世界では特にそうである。これもクリアーしているというのだから、大した才能である。

 UVM社の収録スタジオの一つであった。
とは言えこの収録スタジオは専ら、ダガーの引き当てたアーチャーのサーヴァントである『那珂』が歌を歌う練習の為だけに使われているそれである。
そして同時にその歌を聞いて、ダガーがリラックスをする為の場所でもある。全くダガーも仕事がない訳ではない。疲れも溜まる。
蓄積した疲労を癒してくれるのが、那珂の歌なのであった。ちなみに今彼女が歌っている歌こそが、彼女の切り札的な持ち歌である、恋の2-4-11だ。

 那珂の歌声を聞きながら、ダガーは<新宿>でのこれからを考える。その手にはA4の書類が沢山納められたクリアファイルが握られている。
未だに、聖杯戦争の根幹である、聖杯を求める為に『殺し合う』と言うファクターについてはダガーは否定的だった。
但しそれは、ダガーが平和主義だからと言う訳ではない。寧ろダガーは、聖杯に縋って叶えたい願いが確かに存在する人物である。
殺し合いと言う手段が野卑で野蛮で低俗だから、忌避感を覚えているだけである。それにしても、こうでもしなければ願いが叶えられないと言うのならば。
ダガーはその殺し合いにも、乗る。遍く世界を音楽と言う芸術で支配する為ならば、主旨だって曲げられるのだ。

 音楽に関しては兎も角、ガチガチの実戦についてはダガーは初心者だ。兵法も軍略も欠片も知らない。
しかしそんな彼にも、戦いは情報を制した者が有利になると言う事だけは解る。ダガーの立場は、<新宿>内でも特に大きい。
レコード会社と言うのは各種マスメディアにも顔が利く。況してやUVM社程ともなれば、その影響力は絶大だ。
これらを駆使して、<新宿>区内の情報を掻き集めている。聖杯戦争を有利に進める為に、だ

 ……だが、其処は腐っても音楽会社の社長。
自分の会社に引き入れたい程良さそうな実績を持つアイドルや、少しオーディションをさせてみたいと気になる女優や俳優の情報を見ると。
ついつい情報を選出する行為を止めてしまうのは、本当に悪癖だなと、クリアファイルの中の情報を厳選しながら考える。
自らのサガについて苦悩しつつ、クリアファイルを捲る手を止めてしまったそのページには、二人の女性について記載されていた。
一人は<新宿>の中堅プロダクションに所属する新進気鋭の理系アイドル。そしてもう一人は、歌手ではないが、各界で天才的とすら謳われる程の演技力を持った、天才子役だった。



3:魔界都市<新宿> “ドクター・マッドネス”

「見事な治療の指示と、腕前だ」 

 それは、耳にするだけで警戒心や遠慮などと言った、心の壁を蕩かすような、美しい声だった。
聞くだけで、声の持ち主は天与の美貌の持ち主なのだろうと察せさせる事の出来る声。想像力豊かな者なら、暗幕越しでもその美しさが想像が出来る程の美声だ。

 そして彼の美貌は事実、美しい――いや。
最早美しいと言う修飾語句ですら陳腐でありきたり過ぎて、使う事すら躊躇ってしまう程の美の持ち主だった。
本物の白よりも白いのではないかと言う程の、純白のケープで身体を覆った、長身のその男の名を、ドクターメフィスト。
<新宿>は信濃町を所在地とする、K義塾大学病院を乗っ取る形で現れた、白亜の大病院、メフィスト病院の院長である。
彼は今患者の部屋に佇み、一枚のカルテを眺めていた。メフィストのカルテを見る目は、何処か冷めている。
この世の真理を全て解き明かしてしまい、無上の退屈の中を過ごさねばならない事を余儀なくされた哲人のような佇まいだった。

「流石、と言うべきですかな。『不律』先生」

 言ってメフィストはカルテをそっと、目の前の、千枚通しもかくやと言う程鋭い眼光を持った老人に手渡した。

「恐縮です」

 かしこまった様子で、メフィスト病院に勤務する優秀な医療スタッフである不律は、カルテを受けとる。
患者部屋には、メフィストと、不律、そして、命に係わる程の内臓の重大疾患でメフィスト病院に搬送された患者当人がいた。
陶然と言うべきか、当惑と言うべきか、それとも、畏怖、と言うべきか。四十代も半ばの中年の男性患者は、メフィストの美に釘付けになっていた。
真の美を誇る芸術品を見る様な目、とでも言うべきか。世界には、見る者が見れば、それが途轍もない美を誇る物であると言う芸術品の類が幾つもある。
だが、万人が見ても美しいと思えるような美を誇る芸術品は、驚くほど少ない。――その数少ない、いや。この世で唯一のレアケースが、メフィストなのである。
患者は当然として、不律ですらが、まともにその美を直視出来ない。この男ですらも、目をやや伏せた状態でなければメフィストを直視出来ないのだ。直視すれば、魂すら引き抜かれそうな程の美しさには、不律は恐怖しか覚えなかった。

「患者はいつ退院させるつもりかね」

「経過を見る、と言う意味で、明後日には退院させるつもりです」

「結構。後の処置は、君に任せても問題はなさそうだ。では失礼する、不律先生」

 言ってメフィストは、本当にただちに患者の部屋から、ケープをはためかせて退室する。
部屋の光彩が、ドッと抜け落ちたような感覚を、不律は憶える。部屋に残ったのは明るい蛍光灯の光と、大理石よりもなお白い壁面とホワイトタイルの床。
白と言う清潔感溢れる色が、今はとても猥雑な色に見えて仕方がなかった。何故か? 空間が悲しんでいるのだ。
あの美しい医師が、自分達の空間にいなくなった事を、患者部屋、と言う箱の中の空間が、嘆いているのだ。
其処に佇むだけで、空間すらも彩らせ、いなくなるだけで急激に空間を褪せさせる男、ドクター・メフィストの美貌よ。

【……私の整形外科の腕前でも、彼は再現出来ませんねぇ】

 不律の脳内に、そんな声が響いて来た。念話、と言うものだ。
霊体化した状態で、不律がいる患者部屋で待機していた、ランサーのサーヴァント、『ファウスト』であった。

【どうじゃ、ランサー。あの男は】

【確実に聖杯戦争の参加者でしょうな。恐らくはサーヴァントであろうかと。……私の存在にも、気付いていましたからね】

 やはり、と言う装いで不律は少しだけ首を縦に振った。
元からこのメフィスト病院と言う場所には違和感と疑惑を持っていたのだ。不律がこれを覚えたのは、病院の名前から。
このような名前の病院が、この世にあってたまるものか。患者を受け入れる場所として、あまりにも不適格過ぎるではないか。
この病院には何者かが一枚噛んでいる。それが確信に変わったのは、あの美しい白医師を初めて見た時の事だ。
一瞬不律は、自らの老醜を恥じて刀で腹を裂こうか、と思いつめた程に美しい顔つきをしたあの院長。
何の根拠も確証もないが、あれは、この世にあって良い美しさではない。不律は、メフィストの美しさから、彼が黒なのではないかと考えた。そしてそれは事実、当たっていた。

 サーヴァントが運営する病院で、専属医として働くマスター。何ともアイロニーの効いた構図に、思わず不律は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
今日に至るまでに一線交えても良かったのだが、メフィストを慕う患者も多いし、何より今も彼の力を必要とする患者はメフィスト病院にもいる。
それを考えて、不律は衝動を抑えた。今はまだ、メフィストを葬る時ではない。この病院から不律と、メフィストの手を欲さぬ患者が消え失せた時。
その時こそが、彼の命の潰える時なのだ。彼は、葬られねばならない。自らが生み出してしまった、災厄の種子、パンドラの箱たる研究の成果と研究そのものを消すと言う願いの為に。

 そんな不律の決意を、複雑そうに眺めるファウスト。
解っている。彼もまた、自らの成してしまった事を悔いており、それを是正しようと走っているのであり、決して悪事を成そうとしている訳ではないと言う事を。
解ってはいるが、それには当然血が流れる。人が死ぬ。それらは不可避の事象なのだ。我がマスターがそれを覚悟で、聖杯を手に取ろうとしていると言う事実が。
ファウストには、とても悲しかった。

 ――あの美しい医師とは、同じ医者として語り合う機会が欲しかったのですがね……――

 ゲーデのファウストに於いて、メフィストに誘惑された老博士と同じ名を冠するランサーは、惜しみつつもそう考えるのであった。



4:魔界都市<新宿> “量子去来”

 今一度、自らが封印していた力を振う時が刻々と近付いているのが、『荒垣真次郎』には解るのだ。
確証はない。勘である。しかし直感と言うものは時として、本人の予測を超えて当たる事が間々ある。

 今荒垣は、銀色の拳銃を手に取り、それを見下ろしていた。
中に黄昏の羽根と呼ばれる物を搭載する事で、通常の時間の制約を超越した影時間の中に置いての稼働をも可能とした、ペルソナ召喚の為に必要なデバイス。
ペルソナを安定して召喚するのに必要な、『荒垣にとって』は恐ろしく重要な意味を持つアイテム。召喚器である。
これを見る度に思い出す。影時間とは本来全く無縁であった天田の母親を、自分のペルソナの暴走で死なせてしまった痛ましい事件。
そして彼女の息子である天田から向けられた、これ以上と無い殺意を。……それから逃げるつもりは、荒垣には毛頭ない。
自分が、あのストレガのリーダーである、キリスト気取りの色白の男に殺された事で、罪がチャラになったなどとも思っていない。
人は、誰かを殺したのならば、死んで詫びるのではなく、生きて償う事が必要なのである。……陳腐な言葉に聞こえるが、
それがどれほど厳しい茨の道であるかは、荒垣が良く知っている。その茨の道から逃げ、S.E.E.Sから抜け、日の当たらない巌戸台の路地裏で過ごして来た荒垣には。

 一度は、もう発現させる事もしないと誓った力であった。
その制約を破り、天田を守る為――いや、あの少年に自分が母親を殺したのだと気付かせ、彼に殺される為に振るい始めた力だった。
……だが今は違う。今度は明確に、自らの為に。自らが裡に抱える怒りの為に、この力を発揮させる。その覚悟は既に、荒垣には出来ていた。

 召喚器の銃口を自らのこめかみに当てる荒垣。
嘗てはこのトリガーを引く事すら戸惑っていた事もあった。しかし、今は違う。迷いも何もなく、荒垣はトリガーを引き始めた。

「――来い、カストール!!」

 バァンッ、と言う、火薬を炸裂させたような音とは違う、ガラスが砕け散るような銃声が鳴り響く。
すると、荒垣の背後から、一つの、霊的、或いは精神的ビジョンが現れ始めた。それはスライムやアメーバのような原形質の生き物とは違い、明白な形を持っている。
たなびく長い金髪、白い仮面のような顔面、広く大きな胸板に突き刺さったシャベル状の剣。そんな人型が、足が一本しかない馬のような装置に跨っている。
ギリシャ神話における、ポリデュークスの兄。二人で一人の大英雄。しかし、弟と違い不死なる者ではなかったが故に弓矢を受けて死んでしまった悲劇の男。
それと同じ名を冠し、彼の由来を模した形をした、荒垣真次郎と言う個人の精神的なヴィジョン。それが、彼のペルソナ、カストールであった。

「へぇ、初めて見るけど、随分不思議な力なんやなぁ」

 それを見て、驚いたような表情を浮かべるのは、荒垣が呼んだアサシンのサーヴァント、イリュージョンNo.17こと、『イル』だ。
以前からただ者ではないとは思っていたが、どうやら本当にただの、喧嘩が強くてクソ度胸のある男、で終わる人間ではなかったようである。

「……俺は、心底この力が嫌だった。これを暴走させて人を殺しちまった時以降は、死に場所を求めて彷徨ってた記憶しかねぇ」

 「だが、今は違う」

「死人を勝手に呼び出して殺し合え何て抜かす糞野郎がいると思うと、腹が立ってしょうがねぇ。何処の誰の思惑なのか知らねぇが……絶対にぶっ飛ばしてやる」

「……はは、やっぱアンタ、おもろいわ。初めから解ってた事やけどな。ええで、マスターのやりたい事も、おれのやりたい事も合致してるし、付き合ったる。
あぁ但し、本物のサーヴァントは滅茶苦茶強いから、殴り倒すのはふざけたマスターだけにしとき。サーヴァントはおれがブン殴っとくから」

「あぁ」

 神話に曰く、カストールはポリデュークスと呼ばれる英雄の兄であり、弟に勝るとも劣らぬ英雄だったらしい。
乗馬とボクシング、軍事に優れたスパルタの烈士であったが、弟ポリデュークスの前で矢が刺さり、命を散らしてしまった悲運のヒーロー。
皮肉な事に荒垣は此処に来る前、ポリデュークスのペルソナを操る幼馴染の男の目の前で死亡した男であった。神話の再現である。
だが今、何の奇縁か、荒垣はこうして<新宿>の土地で、五体満足の状態で復活している。

 今の荒垣は、珍しくやる気に満ち溢れている。
死にゆくカストールを生き返らせれば、どんな事が起こるのか。カストールは一人だけでも大英雄である事を、聖杯戦争の裏に潜む魔物に、骨の髄まで教えてやるつもりなのだった。



5:魔界都市<新宿> “死蠅王”

「近いな」 

 色気も何もない、無地の掛け布団の敷かれたベッドの上に腰を下ろしながら、その少年は言った。

「僕には解る。もうすぐ<新宿>が聖杯戦争の舞台地に様変わりするのがね」

 ピクッ、と。勉強机に向かって宿題を行っている少女、『桜咲刹那』が反応を示した。
引き当てた自分のサーヴァントである、ランサー、『高城絶斗』の発言はなるべく無視しようと決めていたのだが、どうしても身体が反応してしまったのだ。

「願いを叶えたい、と言う人の意思の奔流を甘く見ない事だよ、マスター。正義が勝つ、何て甘っちょろい事は思わない事だ。
意思が強くて、より努力した、才能のある奴が、常にこの世の勝利者になるんだ。正しい奴が勝つ、間違った奴が負けるなんて事は関係ない。
間違った考えを抱いた奴でも、強ければ、その間違った思想がその日から世界の真理になる事だってある。……で、だ」

 其処で言葉を切り、タカジョーはベッドから立ち上がる。流暢な男だった、言葉が途切れない。

「もうふわふわしたものの考え方は改められたかな? セッちゃん」

 タカジョーから見た桜咲刹那は、年齢のせいとは言え仕方のない事だが、生の人間を斬り殺す事への忌避感が強い。
それさえ捨てきれば、自分を御すに相応しい、優秀なマスターの出来上がり、と言うものなのだが、これが中々行かない。
時と場合によっては、人を斬り殺す事も視野に入れておいた方が良い。タカジョーが刹那に求める事は、それだけだ。
それが中々彼女は踏み切れていない。面倒なマスターだ、とタカジョーも苦笑いを浮かべるばかりだ。

「お前の言う事を鑑みれば、ふわふわした私の考え方でも、聖杯戦争を勝ち抜ければその日から正しい事になるのだろう?」

「天地が引っくり返ってもないない。聖杯に至る前に殺されるのがオチだよ」

 面白くもないジョークだったらしく、肩を竦めながらタカジョーがそう切り返して来た。

「君はハッキリ言って、命のやり取りの本当の怖さって言うのを解ってない。君は、その深奥を少しだけ覗いた程度。
命のやり取りの何たるかを身を以て知っている相手には、君は絶対負ける。賭けても良いぜ」

「私にそれをさせないように働くのがサーヴァントだろう。貴様は無能か?」

「おや手厳しい」

 これは面白いジョークだったらしく、ケラケラと笑い始めた。

「ま、君の言う事も正しい事だ。サーヴァントの相手はサーヴァントが務めるのは当たり前だ。無能は無能らしく、マスターに魔の手が及ばないように努めるよ。
但し、サーヴァントの相手で手一杯で、相手のマスターの動きは阻止出来なくなっちゃう、か・も・ね」

「……何?」

 タカジョーの言葉にただならぬ意味合いを感じ取ったらしい。刹那が眉をピクッと上げた。
それを見てこの少年魔王は、酷く呆れた表情で刹那を見据え、口を開く。

「その調子だと、君は、自分が殺されるのは敵サーヴァントだけだと思ってたみたいだね。それはつまり、自分より秀でたマスター何て、この世界にはいないと言う自身があった事を意味する」

 其処で、タカジョーは微かな笑みを浮かべた表情を、一切の表情を感じさせない。
宇宙が剥き出しになったような虚無の表情で、彼は口を開いてこう言った。

「お前死ぬな。間違いなく」

 タカジョーの言葉が途端に、刹那を突き放すような冷たいそれへと変貌した。
彼女は身震いを覚える。『死ぬ』、と言う単語を口にした時のタカジョーの冷たさが、尋常のものではなかったからだ。
死ぬやら殺すだのと言う物騒で、しかし陳腐な言葉は、この少年の口から紡がれれば途端に物質的質量を増してしまう。これが、魔王の存在感だった。

「何かを成したい、って言う人の心境と必死さを甘く見るなよマスター。生きてお嬢様だか言う女の所に戻りたいのなら、人一人、そのでっかい刀で斬り殺せる度胸位見せてみろよ」

 言ってタカジョーは、刹那に背を向け、室内から姿を消した。彼が良く使う、瞬間移動である。
普段なら夕凪を振って生意気なタカジョーを打擲する事でもしたのだが、今はそんな気になれなかった。
自分が甘い事など、彼に言われなくても解っている。しかし刹那は、それでも、綺麗な身体で麻帆良に帰りたかったのだ。
いつものように、近衛木乃香を遠くから見守る、あのささやかな日常に戻りたいのだ。

 人を斬る事と、妖物を斬る事は訳が違う。
机の傍に立てかけられた、恩人である近衛詠春から受け継いだ大刀、夕凪を見ながら刹那は考えに耽る。
彼女の選択の時は、近かった。



6:魔界都市<新宿> “白貌帝”

 陸塊ごと天空に浮かぶ御殿の噂が<新宿>に流れ始めたのは、一体何時頃の事なのだろうか。

 その御殿を人々は、テレビや本、ネットから聞いた訳ではない。いやそもそも、これはその御殿の話に限った事ではないが、流行の端緒も何処からなのか解ってない。
気付いたら、多くの人物が『天空の城』の話を知っていた。しかもそのイメージは驚くべき事に、話す個人の主観によるブレが、全くない。
誰もが皆、同じ事を話す。天空に浮かぶ絢爛たる帝都。しかしその絢爛さに反して、その街には、誰一人として、人がいない……。死者を受け入れぬ、天国のようである。

 人々はその国について何故、今しがた見て帰って来たように鮮明に話せるのか。たかが、空想の国の話なのに。
此処が、この噂の不思議な所なのだ。彼らはテレビや本やネットで、天空帝国の話を聞いたのではない。
――夢だ。夢で彼らは、この国の話を見聞したのだ。そしてこれらは、天空の城の話をする人物全てに共通していた。
何と彼ら全員、夢を通じてこの御殿の詳細を知り始めたと言うのだ!! これ以上のオカルトが、果たしてあろうか!!

 この噂が流行り始めたのと時同じくして、不可思議な骨董品が、<新宿>を中心に流通し始めたのは、何の偶然なのだろうか?
それは、地球上に嘗て存在していた、如何なる文明様式とも違う形態や技術で作られた美術品であり、古文書であり、戯曲である。
しかし、炭素年代測定法で本当に古代の代物なのか計測してみても、確かに、最低でも千年の時を経た代物であると言う裏が取れている
ある日を境にしてポッと現れた、現代の人物が観測出来ていない未知の文明の産物。今、考古学界や史学界がちょっとした騒ぎになっている事を、余人は知る由もない。

 ――そして、この天空の城の噂が広く流布される度に、喜悦の感情が高まっている男の存在を、人々は知らない。 

 <新宿>の繁華街の一つに建てられた、高級ホテルのスィート・ルーム。
そのまま眠りこけてしまいそうな極上の据わり心地のソファに、足を組んで腰を下ろし、鳩の血のようなワインを燻らせる眼鏡の男がいた。
彼は微笑みを湛えたまま、夜空を足元に敷いたような<新宿>の夜景を見下ろしていた。笑みが止まらないのだ。
この<新宿>だけでない。遍く全ての世界を、我が手で掌握出来ると思うと。『ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ』ことムスカは、知らず笑みが零れてしまうのだ。

 空調の効いた部屋。夜の中でも昼の明るさを保つ事の出来る照明器具。其処に居ながらにして、世界の様々な情報を把握出来るパーソナル・コンピューター。
全てが全て、ムスカの居た世界には無かったもの。ムスカのいた世界では、考えられなかった代物。彼らの世界の文明の規矩を超越した代物。
此処に来てからは、嘗ての自分の見識の狭さと言うものを思い知らされた。異なる世界に異なる文明、と言う価値観が、彼には想像だに出来なかったのだ。
しかし、その世界があり、そして、本人の努力次第で遍く世界が自分のものになるのだと知ったら……。
猛々しい野心をその胸に秘めたムスカが、滾らぬ訳がなかった。聖杯は、我が手に絶対に収めねばならない。世界は、己が足元に敷かれねばならない。

「最高のショーにしようではないか、キャスター、いや。此処では『タイタス王』と呼んだ方がよろしいかな」

 言うとムスカのすぐそばに、一人のサーヴァントが霊体化を解き実体化をした。
標高数千m級の高山の山頂に降り積もった、穢れの知らぬ万年雪のように白い肌をした、白子(アルビノ)の男である。
身に纏う服も白なら、流れる髪の色も絹のように真っ白。ただ唯一、瞳の色だけが、ルビーの様に紅い。
見る度にムスカは、その圧倒的なカリスマ性と神韻に圧倒される。そして同時に、王とはかくあるべしと言う勉強にもなる。
キャスターとは、聖杯戦争においては外れクジに等しいクラスであると言うが、とてもではないが、このタイタス王の威容を見てしまえば。
そんな文句を言う気概など、塵も残さず吹き飛んでしまう。自分がこのサーヴァントを引いたのは、運命の達しに違いない。世界の王になれと言う、神の思し召しなのだと。

 タイタス王はその口の端を吊り上げた。つられてムスカも、含み笑いを浮かべる。
自分達の相性は抜群だ。戦争などと言う野蛮な行いなど、するまでもない。自分達は、戦わずして聖杯を手に入れられるのだ。
そう考えれば、この白子の王から笑みが零れてしまうのも、無理からぬ事だと。ムスカはそう決めつけていた。

 ……ムスカは知らない。この白子の帝王が、彼の想像を超えて野心に溢れる人物である事を。
宝石を鏤めたような<新宿>の夜景を見て悦に浸るこの男には、想像も出来ないのだった。



7:魔界都市<新宿> “喧嘩稼業”

 突然だが、此処で佐藤クルセイダーズと言うエリート集団の話を我々はしなければならない。
彼らは十代の福山雅治こと『佐藤十兵衛』の忠実な手足となって働く精鋭部隊である。
精鋭と言うからには、当然数は少ない。寡兵である。だがそれら全てが、佐藤十兵衛に対して忠誠心を誓い、そして確かに、優秀な実績を持った騎士(ナイト)達なのだ。
今日も彼らは、ボスである佐藤十兵衛の為に、<新宿>の情報を仕入れに行く。全ては佐藤十兵衛が、聖杯戦争を勝ち抜き、彼の究極の目的。
Google買収と、宿敵である工藤優作相手へのリベンジを果たさせる為に。

「……要するに遣い走りじゃない、その佐藤クルセイダーズって」

 呆れたようにカーペットに寝転がりながら、佐藤が引き当てたサーヴァント、『比那名居天子』が口にした。
まあ要するに、佐藤クルセイダーズとはそう言う事である。佐藤が強引かつ、半ば脅しに近い方法で結成させた、便利な使い走り集団なのである。
元々は、佐藤が元居た世界に住んでいた栃木県宇都宮の高校の一集団であったのだが、此処<新宿>でもそれが生きているとなると、幸いだ。利用しない手立てはなかった。

「立ってる奴は犬でも使えってのが佐藤家の家訓でね。割と役に立つとは踏んでる」

 佐藤クルセイダーズの役割は二つ。
一つは、佐藤十兵衛に対して、<新宿>の異変はないかと言う事を伝えると言う、伝令の役割。
そしてもう一つが――窮地に陥った時の、佐藤十兵衛のスケープゴート。佐藤はこの世界の人物が全てNPC、自分とは縁もゆかりもない存在だと解ると、容赦がなかった。
元々、自分さえよければ、の気が強い男だ。他人を犠牲にする事に一切の躊躇がない。自分が生き残る為には、彼は他の人物を思う存分利用するつもりで満々だった。
天子もこれには難色を示したが、流石に十兵衛も、見知った人間をすぐさま囮に使うような事はしたくない。パシリが減る。
可能な限り彼らには危難が及ばないようには努めると、天子を一応は説き伏せた。

 室内のテレビの電源を付ける十兵衛。
夜のニュースの時間である。この世界にきてから十兵衛は、ニュース番組のチェックを欠かさない。
佐藤クルセイダーズを使う事もそうだが、やはり一番確実なのはマスメディアを洗ってみる事である。不穏な事件は確実に彼らは採り上げるのだから。
だが今日も、放送する内容は変わりはない。<新宿>で起った事件についての報道ではあるのだが、それらは既に、十兵衛や天使も知っている、既知の事柄だった。

 ――日ごと、<新宿>と言う街がおかしくなって行くのを十兵衛は感じる。
黒い礼服の大量殺人鬼と、それと一緒に行動をしている『遠坂凛』と呼ばれる少女の話。荒木町のバラバラ殺人事件。
歌舞伎町の真っただ中にあるとあるマンションの住民全員の殺人。<新宿>と言う街全体で頻繁に起こる、ミンチ殺人。
聖杯戦争の参加者だから解る。これらは全て、人々の心の中で燻っていた闇が偶然爆発した結果起った事件ではないと言う事を。
一見無関係そうに見えるこれら全ての事件の裏には、聖杯戦争と言う太い共通項のワイヤで結ばれている事を。
佐藤十兵衛と比那名居天子は、確りと認識していた。そう、既に聖杯戦争は始まりつつあるのだ。これらの血なまぐさい事件は、その何よりの証だった。

「華やかさがねぇな」

 ポリポリと柿ピーの柿を口へと運びながら、十兵衛は舌打ちをする。 

「本当ね」

 これには天子も同意する。隠しもしない嫌悪が顔に浮かんでいる。

 聖杯戦争には魂喰いと言う魔力摂取手段がある事も知っているし、戦略上それを行わなければならない局面がある事も。
十兵衛は愚か天子ですらもが、それを認識している。だが、今ニュースで報道しているこの四つの事件は、どれらとも違う気がしてならない。
まるで自分の悦楽と欲求を満たす為だけに行われた、残虐な事件。天子が露骨な不快感を示すのは、極々自然な事だった。

 果たして俺は、聖杯戦争を勝ち抜けるのか、と言う不安に一瞬十兵衛は駆られる。
いや、勝たなくてはならないのだ。こんな街で、俺はこの命を散らせる訳には行かない。
顔の形が変わるまで殴り倒し、ションベンを漏らさせ、命乞いをさせたい程憎んでいる男の顔を十兵衛は思い描く。
この世界でNPCとして活動しているのかもしれない。だが佐藤が金剛を叩き込み、煉獄で意識を失わせ、高山で睾丸を潰す相手はこの世界の彼ではない。
元居た世界で、陰陽トーナメントの参加者の一人として出場しているあのバカヤクザの工藤優作の方なのだ。彼に会うまでは、決して下手な傷を負いたくない。

 聖杯戦争には、どんな手段を使っても勝つ。
そう改めて決意して、十兵衛は柿ピーの袋を天子に差し出した。「またぁ!? 何回私にピーナッツ食べさせるつもりよ、もうピーナッツ嫌いになりそうなんだけど!!」
天子がウンザリしたように叫んだ。聖杯戦争に参加してから天子は優に数百粒のピーナッツを十兵衛に食べさせられていた。



8:魔界都市<新宿> “永夜抄”

 『一ノ瀬志希』はこの世界でも一応はアイドル候補生としての立場で通っている。
当然、所属プロダクションの友人や仲間達と一緒に、アイドルとしての練習を行う義務があるのだが……。
今は諸々の都合で、休暇を申請している。所謂オフタイムと言う奴である。プロダクションの友達からも、「志希ちゃんまたどっかいっちゃうのー?」、と
からかわれてしまったが、珍しく何の許可なく何処かへ失踪と言う訳ではなく、予め許可を取ってから休みを取るなんて、と驚かれたりもした。
この世界のプロデューサーが一番志希のこの行動に驚いていた。休みを取ったと言う事実でなく、休暇を取るのに許可を取りに行ったという姿勢にだ。
「年頃だからこんな日々に息苦しさを感じる事もあるだろう。そうと感じたらたまにはめい一杯羽を伸ばすのも良いんだぞ」、と優しく言っていた事を思い出す。

 ……何だか胸が苦しくなる。確かに、諸々の都合があると言う事は事実である。
その都合と言うのが聖杯戦争であり、そしてそれは、場合によっては志希が人を殺すかもしれない事なのだ。
人を殺す事は、自らのサーヴァントであるアーチャー、『八意永琳』が肩代わりしてくれるとは言え、結局は、その片棒を担ぐ事には変わりない。

 此処最近の<新宿>は、血生臭い事件が多い事が、やや世間の事情に疎い所のある志希にも感じ取る事が出来る。
そう言ったゴシップを見る度に、永琳は言う。聖杯戦争が近い、と。そしてこれを聞く度に、志希は、己の脊髄に氷で出来た細いワイヤで貫かれるような感覚を覚えるのだ。
ああ、決断を迫られているのだと。この手を血で汚さねばならない時が来るのだと。チリチリと、自分の心が焦がされて行くのが解る。

【下品だから止めなさいな、マスター】

 念話でそんな、凛とした女性の声が脳内に響いてくる。自らの引き当てたアーチャー、八意永琳の声である。
どうやら、フルーツミックスジュースにブクブクと、空気を吹き込んでいる様子を咎めているらしい。
ついつい考え事やらなんやらで、アイドルらしくない振る舞いをしてしまった。

【それはまぁ、貴女にも悩みがある事自体はよく解るけれど、公の場で悩むのは良しなさい。笑われるわよ】

【うぅ……御免、アーチャー】

 とりあえず、千円弱もするこの高級ドリンクを口にする志希。糖分の摂取は、集中力の維持に重要である。
果実特有の酸っぱさと甘さが程よく調和した味だった。とても、美味しい。店側の研究の程が窺い知れる。混ぜるフルーツの種類やその比率をよく研鑽しているのだろう。
二リットルペットボトルに入れ込めば、そのままスルスルと飲めてしまう程のど越しも良い。流石は、音に聞こえた高野フルーツパーラーである。

【アーチャー】

【何かしら?】

【やっぱ、聖杯戦争ってもうすぐ……?】

【そもそも、私を呼び出した時点で事実上始まっていると思っても良いのだけれど……。でも、大きな奔流めいたものは感じるわ。確実に近いうち、『始まる』わ】

 ああやはり、そうなのか。と志希は、さして驚かなかった。
本当を言うと、志希もそうなんじゃないかと思っていた。日ごと、刻まれた令呪がチリチリ疼くのを感じる。痒みにも似ていた。
これが起る度に、なんとなく志希も察する事が出来るのだ。自身には想像もつかない殺し合いの瞬間が、もうすぐ後ろまで迫っていると言う事を。

 酷く憂鬱な気分も、味だけはしっかりと感じ取る事が出来る。重苦しい雰囲気の中で、フルーツミックスジュースの甘さだけはいやに鮮明だった。
ふと窓ガラス越しに外を見ると、スコールのような大量の豪雨が降り注ぎ始めた。またか、と志希も永琳も思った事であろう。
ここの所ずっとそうである。天気予報にない雨がやけに降るのだ。雲一つなかったのに、突如として何処からか雨雲が彼方からやって来て、<新宿>に『だけ』雨を降らせる。
おかげで最近ずっと、気象庁に苦情が絶えない。お前達の予報は最近適当過ぎるのではないかと。おかげで、つい先日、気象庁の重役の謝罪会見まであった程だ。
しかし、志希には不思議だった。何故この豪雨は<新宿>にだけ降るのか? <新宿>だけを狙って降り注ぐ豪雨。それはまるで、この世界の住民が言う所の<魔震>ではないか。 



9:魔界都市<新宿> “エメラルド・タブレット”

「いやー、ゲーセン終わりにはやっぱりラーメンっすわ」

 セルフの水を二人分注ぎながら、『伊織順平』はしみじみと口にする。
一つのコップは自分の分。そしてもう一つは、自分の隣にいる男、『大杉栄光』の分である。

 聖杯戦争の参加者が見たら、目を見開いて愕然とせんばかりの状況である。
それはそうであろう。順平の隣にいるその栄光と言う人物こそが、彼の引き当てたライダーのサーヴァントであるのだから。
これはつまり、常時サーヴァントを実体化させ、マスターと共に行動をしていると言うのに等しいのだ。
これが如何なるデメリットを孕んでいるのかは、語り尽くせない。常時消費する魔力の消費量も多い事もそうであるが、
一般のNPCに対してその姿が目立つと言う致命的な欠点もある。特に致命的な後者の欠点をクリアーしている訳は、偏にこのライダーが、
隠蔽能力に極めて長けるサーヴァントであり、例え実体化していても、余程の感知能力の持ち主でない限りは、サーヴァントであると言う正体を隠し通せるからだ。
これを利用して栄光は順平と共に、<新宿>での日常をエンジョイしている。無論聖杯戦争についても、忘れてはいないのだが。

「お、サンキュ」

 言って栄光は順平に手渡された冷水を一息に飲み下し始めた。
「お、良い飲みっぷりだねぇ」と隣で順平の茶々が入る。無理もない、今日も今日とて<新宿>は炎天下。
建物が煮えてしまうのではないかと言う灼熱の真夏日和だった。夜になればなったで湿った熱帯夜である。
「東京の夏は地獄か何かかよ、鎌倉を見習ってくれよ」と外に出る度に愚痴っていたのを思い出す。
それは順平も同感であった。彼が主に活動していた巌戸台の夏よりもずっと地獄だ。なまじ周りが海ではない為余計暑く感じる。
更にこの暑さは自然の暑さではなく、クーラーの排熱による暑さと来ている。もう地獄も地獄。炭酸飲料を手放せない暑さだった。

「今宵の成績十勝七敗……お前、何か格ゲーやる度に強くなってない?」

「まそこは、地力と才能って奴? はは」

「うわすげぇ厭味ったらしい。地力とか才能とか、結構キちゃうタイプよオレ?」

 水を一口飲んでから、順平は、やや時間を置いて口を開く。

「……もうすぐ何だろ?」

「……まぁな」

 無論、聖杯戦争の始まりが、だ。
順平は栄光ほど過敏な反応を持ってないし、第六感なんて大それたものも持っていない。
ただ、解るのだ。嘗て『絶対の死』を相手取り、その死を相手にするまでの何十日を過ごして来た順平には。
時が経過するにつれ、体中を綱で縛られるような緊張感が身体に舞い込んでくる。この感覚は、覚えがある。
ニュクスを相手取った、あの運命の日。一月三十一日。その日がやって来るまでの時間を過ごしていた、あの時と同じだった。
あの、化物と言う言葉を使う事すら躊躇われる絶対存在と戦った時と同じ程の緊張を再び味わう事になろうとは。

「昔、さ。悪い大人に騙された事があってよ。十二体の悪い奴らをぶっ飛ばせば、全てが元通りになるみたいな事を抜かしておいて、結局はそいつは、
自分の私利私欲の為だけに俺達を利用して、あまつさえ、俺達を生贄にしようとしたんだよ」

 黙って、栄光は順平の話を聞いている。

「俺が馬鹿だったって事もある。全くその人を疑わなかったんだからな。だけどさ、俺は今でも、アイツの事を許してなんかいないし、これからも許すつもり何てない。
我慢が出来ねぇんだよ。人を好き勝手利用して、あまつさえその命を差し出して身勝手な願いを叶えるような奴がよ」

 カッと水を全て流し込んでから、順平は、呼吸数回分程の間を置いてから、言葉を紡ぐ。

「その点、聖杯戦争程解りやすいものはないよな。誰がどう考えたって仕組んだ奴がいるし、少なくともそいつがろくでもない奴だって事はすぐわかる。だからさ、頼むぜ。ライダー」

「解ってるって、頼りにしとけよマスター。何処の誰だか知らねぇが、こんなアホみたいなイベント仕込むような奴には、お天道様の元に引きずり出してぶん殴ってやらねぇとな」

「ったぼうよ」

 やはり、自分と彼とは息が合う。その事を改めて認識する、順平と栄光であった。
そうである、今更なのだ、こんな確認は。ちょっと、聖杯戦争の始まりが近付いていたからか、おセンチになってたんだなと、順平は恥じる事にした。栄光も空気を読んで、これ以上は何も言わなかった。

「……それにしても出来るのが遅いな。美味いのか、此処の飯屋」

「人があれだけ並んでたんだから美味いんじゃないのか? ラーメン二郎だっけか、ヤケに店内がニンニク臭いけど」

 へいお待ち、と言って如何にもガテン系の若い店員が二名の前に、モヤシとカットされたキャベツの山が盛られたラーメンが差し出される。
……いや、そもそもこれはラーメンなのか? 何と言うか、スープの上にボイルされた野菜が乗っているだけの代物にしか見えないのだが。 

「……ゲテモノかこれ?」

 順平の肩を小突き、ドン引きしたような調子で栄光が言って来た。

「……何だこれは、たまげたなぁ」

 二名とも頑張って食べてみたが、六合目あたりで悲鳴を上げ始めたのは言うまでもない。



10:魔界都市<新宿> “地獄眼(ヘルズアイ)”

 日本は所謂タイフーンの国であると言うのは有名な話だ。
夏場には幾つもの台風が襲来する国として知られており、近場に広い川が流れている地域など、頻繁に氾濫を起こしたり、大量の雨により土が削られ、
大量の土砂崩れが起こる事だって珍しくない国である。

 聖杯戦争の参加者として『塞』は、ありとあらゆる情報を集め出した。
<新宿>の歴史、そして聖杯戦争の舞台となる<新宿>の地理。下水道がどう走っているのかと言う情報から、裏社会の事情に至るまで。
塞は様々な情報を纏めていた。無論、天気情報もその内の一つだ。彼が引き当てたサーヴァント、『鈴仙・優曇華院・イナバ』は言う。
自分達のいた場所でも、天候がモロに強さの強弱に関わる存在など珍しくはなかったと。サーヴァントでもそれは同じだろうと。
塞もそれには同意した。だからこそ、向こう一週間の天気は、把握していた筈……なのだ。

「……日本は何時からスコールの国になったんだ?」

 チッ、と舌打ちを隠しもせず塞が適当な店先の軒下で愚痴った。
隣の、黒のパンツスーツを着た薄紫色の髪の女性も、ハンケチーフでその髪を拭きながら、恨めし気に目線を前方方向に向けている。

 バケツをひっくり返したような雨とは、この天気の事を言うのだろう。凄まじいまでの集中豪雨である。
アスファルトに孔が空きかねない程の猛烈な驟雨。十数m先の空間が、煙って見える程の大雨であった。
まるでタイか何処かの東南アジアの国にでもいるかのようだと塞は感じた。この雨もまた、<新宿>を舞台に勃発する聖杯戦争の、予兆であるのだろうか?

 ――思えば遠い所にまで……いや、遠いとか言う問題でもないかこれは――

 そもそもイギリスから日本と言う時点で、ほぼ地球の反対側に等しい国であると言うのに、これに加えて異世界の日本、その<新宿>である。
最早遠いとか言う距離的問題と言う次元を超越している。そんな問題ですらなかった。そんな街に、塞はいる。
聖杯……。基督教の伝承の中で語られる、黄金の杯。確かアーサー王伝説の中に登場する勇士の一人、パーシヴァルが発見したと言うが、その所在は杳と知れない。
アーサー王伝説とは即ち、イギリスを象徴する伝承である。そしてその中に登場する聖杯もまた、ある意味でイギリスのシンボルであるのかも知れない。

 ……それが何故か、極東の国日本にあると言う。古事記の国である日本に、キリストの血を受け止めた杯が実は存在した、など、
かのアドルフ・ヒットラーも驚愕であろう。事実塞も、未だ半信半疑である。だが、低所得者の子供達が歌う流行歌から、
数千㎞離れた小国の国家機密まで把握しているイギリス情報局が、何の確証もなく聖杯が日本にあると言う訳がない。つまりこの情報は、八割・九割の確率で本当のネタであるのだろう。

 聖杯の奪還は塞、いや。クロード・ダスプルモンの任務である。これを妨げる人物に対しては、自分も容赦しない。
サーヴァントであるアーチャー、鈴仙が頼りなさそうな容姿なのが少々不服であるが、配られたカードに文句を付けるのは大人のする事ではない。
配られたカードをどう工夫して、ロイヤル・ストレート・フラッシュに仕立て上げるか考えるのが、プロなのだ。

「考え事?」

 降り頻る雨を見てたそがれる塞を見て、隣の鈴仙がそんな事を聞いて来た。

「聖杯について、ちょっとな」

「やっぱ興味ある?」

「ま、俺達の国で真っ当な教育をしてるのなら、初等部の子供でも知ってるような物だしな。それだけ有名なのに、誰もが実物を拝んだ事がない。
それを近現代に入って初めてお目に掛かれる人物になれる可能性があるって言うのなら、興味がない訳じゃないさ」

 聖杯の奪還は確かに面倒くさい仕事ではあるが、塞にしてみれば、楽しみの感情もあると言うのが本当の所だ。
何せ、あの聖杯の威容をその目に焼き付ける事が出来るのだ。本国イギリスは愚か、世界中で聖杯を見たいのかとアンケートを取れば、倍率は十億倍は下るまい。
名前の癖に案外ガッカリする程しょぼくれた代物なのかも知れないが、それはそれで話のネタになる。「ホーリーグレイルはこんなにもしょっぱかったぜ」、
と訳知り顔で話せるのだから。……その為には、聖杯戦争に参加した参加者を全員葬り去らねばならないが、自分とこの相棒ならば問題はあるまい。
何せ塞はプロである。聖杯に目が眩んで、欲望が鎌首をもたげたような連中に後れを取るつもりは、更々ない。聖杯をこの手に収める気概に、塞は満ち溢れているのだった。

 耳朶を打つような雨は、今なお続く。
自分の中の熱意を冷まさせてくれるなと、雨と言う自然現象に舌打ちをする。日本の天気予報は此処まで当てにならないのかと、胸中で愚痴をこぼす塞なのであった。



11:魔界都市<新宿> “ワイルドカード”

 平日の真っ昼間だと、流石にかの花園神社も、人数は少ない。
年配の男女か、境内を遊び場にしている子供達位しかこの場にはいない。だがこれでも、『有里湊』の知っている長鳴神社に比べたらマシな方だ。
あちらは本当に人がいなかった。家庭の不和で家を飛び出した小学生の女児しか居なかった程である。
尤も、霊験の方は確かな物であった事は、長鳴神社の名誉の為に言っておく。

【セイヴァーは、神社って行った事ある?】

 恐らくは近くを霊体化して歩いているであろう、セイヴァーのサーヴァント、『アレフ』に対して、湊はそんな事を訊ねてみた。

【似たような様式の建物なら見た事はあるが……俺達の世界じゃ日本土着の宗教は実質殆ど消されていたも同然でな……】

 全く、どんなディストピアの世界からやって来たんだ自分のサーヴァントは、と内心で考える湊だった。
そして湊自身、アレフの居た世界がディストピアと言う言葉ですら生ぬるい基盤の元に成立していた国家であった事もまた、知る事はなかった。

【神社に来ると、ついついおみくじを引いちゃうんだよな、僕】

【おみくじ? 運試しでもするのか?】

【まぁ、そんな感じ。占ってみる? 聖杯戦争の行く末とかをさ】

【……命を懸けた戦いをそんな物で占うのか】

 何処か呆れた様子でアレフが口にする。
目の前にいるこの少年は、マスターとして申し分ないほどの魔力と、戦闘に適した能力を持つが、何処となく危機感が薄い。
いや、彼が彼なりに聖杯戦争について思い悩んでいる事は、アレフが一番よく知っている。
であるのに、彼は何処となく抜けていると言うか、時折ズレた精神性を見せる事が多い。おみくじを引こうか、と言う発言などその最たる例ではないか。

【僕だっておみくじで聖杯戦争の行く末が解るなんて本気で思っちゃいないさ。イワシの頭もプラシーボって言うだろ、セイヴァー】

【信心から、じゃないのか】

【うちの学校の保険の教師の受け売り】

 江戸川先生元気にやってるのかな、と独り言を口にしながら、湊はおみくじを販売している、アルバイトの巫女さんの所へと歩いて行く。

 聖杯戦争の事柄について、全く無頓着と言う訳ではない。湊は鷹揚とした態度の裏で、どうすればこの状況を打破すれば良いのか考えていた。
それでもって彼が思い付いた事柄は、たった一つ。人と『出会い』、『絆』を紡ぐ事。これまでも、そうして来たではないか。
ペルソナとは心の鎧。もう一人の自分。豊かな精神性を持つ程ペルソナは強くなって行くと言う事は、人々との出会いと接しが重要になる事を意味する。
ならば、聖杯戦争の参加者と出会い、絆を紡いで行けば。自ずと答えは浮かび上がって来る筈なのだ。だから今は慌てず、騒がず。
その時が来るまで、有里湊は有里湊らしく過ごす事にしたのだ。気張っていては空回りするだけ。気を抜いて、リラックスする事も、重要なのだ。

 そんな湊の態度を見て、アレフも何かを悟ったらしい。決して見限った訳ではない。
自然体の湊の身体の裡に秘められた決意と熱意を、確かに感じ取ったからだ。自分から言う事は、最早何もない。
有里湊もまた、自分と同じ烈士なのだ。その事を今認識したアレフはこの瞬間から、湊の事を信用するに至った。

 巫女に数百円の代金を払い、おみくじ棒を引く湊。
棒に刻まれた数字に対応する紙片を、巫女が湊に手渡す。それを開くと、小吉と言う言葉が紙片に踊っている。
コメントし難い無難過ぎる結果には、湊もアレフも、次に紡ぐ言葉を失うだけであった。



12:魔界都市<新宿> “愛病獣”

 動物には人間には無い直感が備わっていると言うのは、洋の東西を問わず知られている所である。
そもそもイヌやネコなどは、身体のつくりからして人間とは根本的に異なる。例えば嗅覚、例えば聴覚だ。昆虫に至っては、赤外線が視認出来ると言うではないか。
人よりも遥かに発達した視覚や聴覚、嗅覚を持った生き物は、人間が危機を感じるよりも早く、迫りくる危難を感じ、未然にそれから遠ざかろうとする。
そう言った様を人は結果的に確認する事で、動物には人間にはない霊感めいた物を持っているのだと認識するし誤解する。
但し、これらを誤解と言うのは、些か尚早なのかも知れない。人はどう足掻いてもイヌ科の動物にもネコ科の動物にもなれないし、彼らの心も永遠に解らない。
ひょっとしたら持っているのかも知れないし、持っていないのかも知れない。動物に備わる第六感論等、所詮はその程度の結論に収斂する。
 
 とは言え、動物が人間に比べたら、予知に近しい危機察知能力を持っており、それらが全て、人より極端に優れたある知覚能力にある事は論を俟たない。
彼らは人よりも不穏な気配と言うものに敏感である。野生の中で研ぎ澄まされた本能は、自らの生命の危機を感知するのにこれ以上となく役に立つのだ。

 そして、これらの性質を最大限に利用する者達がいた。
一匹は、生物の死を司る死神ハデスが統治する冥府タルタロスの番犬ケルベロスこと『パスカル』。
そしてもう一人が、パスカルの主である、『睦月』と呼ばれる少女。
庭先で、チチチ、と鳴き声を連続的に上げ続けるスズメを見下ろしながら、パスカルは伏せの状態で佇んでいる。
睦月には、スズメの感情など解らない。しかし、今ならば、このスズメが何を思っているのかは、何となくであるが理解が出来る。
この鳥類はきっと、畏怖を抱いている。目の前の、鋼色の毛並みを携えた巨獣の存在感と畏怖に、ひれ伏している。間違いなく、これだけは言う事が出来た。

「マスター」

 声を潜めて、パスカルが言う。何時聞いても、動物の声帯から発せられているとは思えない程、完璧な人の声。
これで片言を直せば、誰が聞いても人間のそれだと疑わないだろう。 

「既ニサーヴァントヲ使ッテ、NPCヲ殺メテイル主従ガ<新宿>ニハ多イト言ウ。我々モ用心スルベキダ」

「……うん」

 遅れてそう答える睦月。だが、以前に比べれば、感情の所在がハッキリとしている。
大いに、気のすむまで泣き腫らし、感情の澱を洗い流した為である。今でも多少は迷う事はあるが……以前に比べれば、睦月は吹っ切れていた。

 パスカルは獅子の姿をしている所からも解る事だが、動物との会話を複雑なニュアンスを伝えるレベルにまで可能とする。
いや、それは会話と言うよりは最早命令に等しい。見るが良い、針金のような毛並を全身に蓄えたその魁偉を。
これを見て怯まぬ生命が、果たしているだろうか。いや、いない。況やそれは動物とて同じ事。禽獣の全てが、パスカルに従う。偵察などお手の物だ。
パスカルは自らのこのスキルを利用した。彼は野良猫や鳩、スズメなどと言った野鳥を駆使し、<新宿>中に動物のネットワークを張った。
何故かと言われれば簡単だ。サーヴァントの動向を探る為である。使い魔等とは違い、彼らは魔力を持たない。ただパスカルの命令に従って動いているだけ。
だから、怪しまれない。堂々と偵察を可能とする。これこそが、パスカルの最大の強みの一つなのであった。

「……以前ニ比ベレバ見違エル顔ニナッタナ」

 唸りながら、パスカルが思う所を述べた。これを受けて睦月も、口を開き始めた。その口から滑り落ちる言葉には、淀みがなかった。

「正直ね、未だに私、聖杯戦争で人を殺すって事、反対なの」

 「だけどね」、と睦月が付け加える。パスカルは反論する事をしない。睦月がまだ言いたい事を言い終えていない事を理解したからだ。

「死ぬつもりだけは全然ないよ。如月ちゃんはきっと怒るだろうし、吹雪ちゃんも夕立ちゃんも悲しむかもしれない。……パスカルの迷惑にならないように、私、頑張るから」

「……ソレデ良イ。期待シテイルゾ、マスター」

 パスカルは、睦月が未だに、如月を聖杯を利用して蘇らせていいのか迷っている事を看破していた。まだまだ瞳に、迷いの霧が掛かっている。
だが、パスカルは自分が言った通り、それで良いとすら思っていた。自分が愛する主を求めて奔走する姿を見て、何か思う所を見つけて欲しい。
そうパスカルは願っていた。少なくとも、主や友を思う気持ちに、罪もなければ穢れもある筈がないのであるから。



13:魔界都市<新宿> “勇者冒険譚”

 目覚まし時計や携帯電話のアラームの補助を借りる事なく。
少女『北上』は、パチッ、と。その愛くるしい瞼を見開いた。ベッドに仰向けに寝ていた。
掛け布団はかけていない。夏も盛りの日が続く故に、毛布一枚肌にするのも嫌だったのだ。冷房の温度は二十八度。所謂省エネルックだ。
この時間に北上が起きる事が出来たのは、腐っても彼女は重雷装巡洋艦の娘であるからだ。規則正しい生活は、艦娘にとっては当たり前の事柄。
故に北上は、その間延びした気だるい態度からは想像も出来ないが、朝の六時半に起床する事など、造作もない事である。
その気になれば六時、五時半にだって起床が出来る。……そんな彼女に出来て、どうして、この男にはそれが出来ないのだろうか。

 絨毯の上で仰向けに寝転がり、寝息を立てる男がいた。大井が見たらこの男を不貞を働いた不届き者と勘違いし、酸素魚雷をぶち込んできかねない光景だ。
この男の名前は『アレックス』。<新宿>に於いてモデルマンとしてのクラスで北上の下へと推参した、頼りないナイト。自分の相棒。
どうせまたパソコンで夜更かししたんだろうな~、と言った事を思いながら、北上はスタスタと台所まで歩いて行き、冷蔵庫から保冷剤を取り出す。
そのまま元の部屋へと戻り、アレックスの腹の中に保冷剤を潜り込ませる。

「ひゃんっ!!」

 本当に英霊の上げる声か、と思わんばかりに情けない声を上げ、アレックスが飛び上がった。
面白いのでケラケラと北上はその光景を笑う事にした。ざまあみろ。

「おはよ」

 悪びれもなく北上が挨拶をする。不服そうな表情でアレックスが口を開きこう言った。

「……まだ六時半じゃねぇか、もう少し寝させろ」

「何時まで寝るつもりだったのよ、アレックス」

「俺にとっては午後一時までは朝の範囲内だ」

「長門秘書官が聞いたらぶっ飛ばされそうなセリフだね」

 規律規則に厳しい堅物のあの戦艦の事である。アレックスのような性根の持ち主など、即座に特有のスパルタ教育で音を上げさせられる事だろう。

「こんな早い時間に起こしやがって、お前はおばあちゃんかっての」

「うっさいなー、長年の生活が染みついてるだけ。文句言うならご飯抜くよ」

「ちっ、そりゃ困るな。サーヴァントだから本当は飯なんて必要ないんだろうが、やっぱ食えるんなら食いたい。早く作ってくれ」

「りょっかーいっと」

 言いながら北上はテレビの電源を付け、再び台所へと向かって行く。
聖杯戦争の参加者として、一応<新宿>の情報には目を光らせている。と言っても、凄いコネがある訳でもなければ、優れた情報網を敷いている訳でもない。
北上の情報収集源はテレビとネット、そして新聞だ。庶民的な情報集めのメソッドだが、これが一番手っ取り早く、確実であった。

 たまご焼きを焼く為の卵を二つ程冷蔵庫から取り出すと、ニュースチャンネルのキャスターが、連日のトップニュースを報じ始めた。
此処最近<新宿>に現れた、大量殺人犯。大量殺人犯の定義は人によっては曖昧だ。十人殺せばそうなのか? それとも二十、三十人?
――目撃証言によれば礼服を着用したこの殺人犯の殺人数は、ハッキリ言って常軌を逸している。何をどうしたら、『百三十八名』も殺せるのか?
万人が認める大量殺人犯であろう。そんな危険極まりない男が、<新宿>の何処かに、或いは、<新宿>の外に逃げ出したと言う。
アレックスも北上も、当然この殺人犯が、聖杯戦争の参加者である事を予測していた。それにしても胸糞の悪い男だった。
必要に迫られて殺すのならばまだしも、この殺人鬼の行う殺しは、完全に悦楽目的のそれだ。こんな事を言うのは北上の性格に合わないが、人倫に反した外道であった。

 ……此処<新宿>で生き残る上では、あの礼服の殺人鬼は当然の事、様々な強敵を相手取って勝たねばならないのだろう。
それをあの、向こうの部屋で睡眠不足の為舵を漕いでいるアレックスと切り抜けられるのかと思うと、何だか不安になって来る。
自分を勇者と名乗っていたが、本当に大丈夫なのか。そう考えていると、割った卵の卵白に、滅茶苦茶殻が混入してしまった。「あちゃー」、と心中で呟く北上。
殻抜くの面倒くさいからコレアレックスに上げちゃお、そんな事を考えながら卵を溶き始める北上。
後でアレックスが卵を咀嚼する度に、凄い嫌そうな表情を浮かべているのが、何だか北上には面白かったのだった。



14:魔界都市<新宿> “カッティングレインボー”

 誰しもが知ってる巨大財閥の令嬢であり、政財界の粘ついた黒い裏事情を知っている『英純恋子』ですら。
この世界には魔術や霊を操る一派と言うものが存在し、人々に知られぬ市井の何処かで戦っているのだと言う事を<新宿>の聖杯戦争に参加して初めて知った。
漫画や小説の中でしかありえないような、フィクションめいた話が現実に起っているのだ。
そして純恋子は、そのフィクションめいた話の渦中にいる人物だと言っても良い。彼女はその事を強く実感していた。
自らが呼び出したアサシンのサーヴァントが、このホテルにやって来たセイバーのサーヴァントを、虹の縁で斬り殺したその時から。
英霊悪魔の類が跋扈する聖杯戦争の蠱毒の中に放り込まれているのだと言う事を。臆している訳ではない。
自分自身に悪意と殺意が向けられる事など慣れている。向ける相手が人から英霊や悪魔などの超自然的な存在に代わっただけだ。
結局彼らは最終的に、純恋子に『死』と言うものしか齎せない。死以上に怖い結果など、絶対に与えられない。その程度であるのならば、問題ない。
幼少の頃から何度も殺され掛けた純恋子が、今更動じる筈もないのであった。

 魔道の世界に疎い純恋子ですら、解る。
聖杯戦争が始まりの鐘を鳴らすその『瞬間』が刻一刻と近づいていると言う事を。
<新宿>はハイアット・ホテルのフロアーを丸ごと借り上げ、其処から余り外に出ていない純恋子にですら解る。
<新宿>は徐々に、清濁様々な人々の思惑が入り混じった大都市から、人名など羽毛のように軽い“魔界都市”へと変貌を遂げつつある事に。
予報にもないのに、特定範囲に降り注ぐ豪雨や雷雨。各地で起るバラバラ殺人やミンチ事件。そして、百名以上の人間を殺している礼服の大量殺人鬼。
何故これらの血生臭い事件が、<新宿>だけに起るのか? それは簡単だ。此処が聖杯戦争と言う蠱毒の舞台に選ばれたからだ。
選ばれる前は、この街は本当に平和なただの街だったのだ。<魔震>から逞しく復興し隆盛した、日本が世界に誇れる都市だったのだ。
それが、今、風化して脆くなった石灰の塊のように崩れ去ろうとしている。その一端を、純恋子自身が担おうとしている。

「何だかそう言うの、ゾクゾクしませんこと?」

 ティーカップに注がれた琥珀色の紅茶を飲んでから、純恋子がそう言った。
それを受けて返答をせねばならないのは、純恋子が引き当てたアサシンのサーヴァント。『レイン・ポゥ』だ。

「ノーコメント、って言っておくわ」

 やや引いた目で、レイン・ポゥはコメントを返した。
桜色を基調とした、女性の愛くるしさを浮き彫りにさせるようなデザインの衣装。年の幼い子供が憧れそうな、如何にもな魔法少女風の服装。
しかし純恋子はマスターであるからこそ知っている。この魔法少女が暗殺者のクラスでこの世界に召喚され、凶悪の虹の凶器であらゆる物を切断する魔女であると言う事を。

「聖杯戦争、もうすぐ始まるのでしょう?」

「根拠は?」

「勘、かしらね。だけれど、解るの。どんどん、場が煮詰まりつつあると言う事を」

「奇遇だね、私も、すぐに<新宿>が地獄になりそうな気がしてならないのさ」

 やはり思う所は同じだったらしい。
日を追うごとに、サイボーグ化された身体に、チリチリとした火傷めいた緊張感が刻まれて行くのが純恋子には解る。
人に備わる第六感とか虫の知らせとか言う奴なのだろうか。それこそが純恋子が感じた、聖杯戦争の始まる瞬間なのだ。
そしてそれは、信頼して良い感覚だったらしい。何せサーヴァントですら、その日が近いと感じ取っていたのだから。

 英純恋子は自身が特別だと信じて憚らない、雛のままの女王である。
だが彼女はあくまで雛だ。成鳥ではない。自分が女王として完全に成るには、自身が特別であると言う事を皆に信じさせねばならない。
その為の聖杯。その為の聖杯戦争だ。聖杯戦争に勝ち抜いた末に獲得出来る聖杯には興味はない。それを勝ち抜き、頂点に立つと言う事に意味があるのだ。
慣れない形式の戦いであるとは言え、聖杯戦争に期待感を託していると言うのも話。この戦いに勝ち抜ければ、自分は、女王として翼を広げられる。
そんな事を考えながら口にする紅茶は、何処となく味が洗練されているような気がしてならなかった。レイン・ポゥは、如何にも年頃の少女と言った様子で、純恋子の仕草を見るだけである。



15:魔界都市<新宿> “魔剣士譚”

 さして広くもない探偵事務所に、焼けたチーズとサラミの匂いが充満していた。
朝から何も飯を食わずにいた人間がこの部屋に入ってきたら、途端によだれを流し、腹を鳴らしてしまうだろう。
ピザを食べているのである。チーズとサラミがたっぷり乗って、野菜っ気の欠片も無い、如何にも頭の悪そうなピザを喰らう二人の男。
一人は、『葛葉ライドウ』。鳴海探偵事務所に勤務する探偵見習。今時珍しい、黒い学帽に黒いマント、その下に学生服を着用したモダン・ボーイ風の男。
そしてもう一人が、ライドウが呼び出した赤いコートのセイバー、『ダンテ』。ド派手と言う言葉がこれ以上となく相応しい赤コートを着用した美男子。
二人はテーブル越しに向かい合いながら、Lサイズのピザを喰らっていた。……いや、その表現を使うのに相応しい食べっぷりなのは、ダンテの方だけだ。
彼は既にピザを五切れ以上も口にしているが、ライドウの方は初めの一切れ以降から口にしていない。

「どうした少年。ちゃんと食わないと俺みたいに割れた腹筋にはなれないぜ」

 ライドウの様子を心配してか。コーラを飲んでからダンテが聞いてくる。

「俺の金で喰うピザは美味いか、セイバー」

 少しだけピザを口にしてから、ライドウが聞いて来る。

「ピザは美味ぇよ少年。ただ日本のピザは、美味いけど量が少ない上に高いのがな」

「ピザ代は全て俺が出している。高いと思うのなら俺の財布を圧迫しないで欲しいんだが」

「心配するなって少年。ピザは今日で食い修めだ。少年に言う事もないだろうが、直聖杯戦争も始まるだろうしな」

 口を乱暴にペーパーで拭きながらダンテが言う。
やはりピザを下品に喰らうこんな男でも、腕利きのデビルハンター。<新宿>と言う都市全体を覆う不穏の影には敏感であるらしい。
そしてライドウも、超常の事件を幾つも解決させてきたデビルサマナーとして、そう言った気配には敏感だ。
偵察に向かわせたモーショボーはしきりに言っていた。街全体がピリピリとしてる。何があったのと。
今<新宿>は未曽有の猟奇事件や殺人事件の温床になっていた。バラバラ殺人、ミンチ事件、そして礼服の男の大量殺人。
そしてこれは裏社会に半ば足を突っ込んでいる探偵業だからこそ解る事なのだが、最近目に見えてヤクザの数が減って来ている。
間違いない。<新宿>の裏社会の住民達も、時を同じくしてその数を減らしているのだ。しかもそれは警察と言う正当な国家機関が奮闘した結果が故ではない。
警察よりもより強大な力を持った個人の私的制裁でその数を減らされているのは、最早明らかであった。

 ピザのピースの数が、残り三切れ程になった。
「残りは少年にやるよ」とダンテが言ってから、彼はコーラをがぶ飲み。
首筋を黒い液体が伝う事など関係なし、と言ったワイルドな飲み方をし、五百mlのペットボトルを瞬時に空にしてから、ダンテは口を開く。

「漸く、楽しい事が起こりそうだ。ピザは美味かったがよ、そればかりだと退屈で退屈で気が狂っちまいそうになる。そうだろ、少年」

「街の平和は、少なくとも保たれるべきだ」

「結構。やる気に溢れてるな少年。――シケたパーティは参加者が暴れて盛り上げるに限る」

 懐のガン・ホルスターから、デカいは正義を地で行くアメリカですらクレイジー扱いされそうな、馬鹿みたいな大きさの拳銃を取り出し、
器用にそれをペン回しみたいな要領で手首の上で踊らせる。そして、そのトリガーに人差し指をかけ、それを持ち構えながら、ダンテが口を開いた。

「どうせなら、聖杯戦争を参加する何て口が裂けても言えない位に、派手に暴れてやろうぜ。マスター」

「……あぁ」

 ピザを漸く一切れ食べ終えたライドウが、短く、それでいて、確かな意思の強さを感じさせる声音でそう告げる。
それに対して満足そうな笑みを浮かべるダンテ。笑みの裏で、ダンテの脊髄は音叉のように震えていた。
いつからだろうか、こんな感覚が襲って来たのは。この聖杯戦争が気に入らないから、ライドウと一緒に聖杯を破壊しに行くだけだった筈なのに。
それだけでは済まされない何かが、この戦いに舞い込んできているような気がして。ダンテにはならないのであった。何故、自分の中のスパーダの血が、疼くのか。



16:魔界都市<新宿> “閻魔剣譚”

 うなじに植え付けられた必殺の触手が最近になって共振めいて震えている。
なぜこんな事になっているのか、『雪村あかり』にもそれは良く解る。聖杯戦争が近付いている為だ。
うなじに埋め込まれたこの必殺の武器は、生身のあかり以上にそう言った危難には敏感だ。
そう言った気配を感知出来ても、何ら不思議ではない。そして、触手が震える度に脳髄に巻き起こる、耐え難い程の激痛が、あかりに強く認識させる。
この戦いには絶対に勝たなくてはならない。姉を殺害し、そして地球をも破壊しようとするあの凶悪な生命体を、聖杯の奇跡で抹消せねばならないと。

 あかりの私室の壁に実体化をして、仏頂面を崩しもしないで腕を組み、壁に背を預ける男がいた。
洗練された雰囲気の男だ。鋼色に近い色味の銀髪をオールバックにまとめ、如何にも目立つ気障ったらしい蒼コートを身に纏った美青年。
柔和な表情を浮かべれば女の一人二人は容易く堕ちそうな程の美貌に、凍り付きかねない程の険を含ませたこの男こそ、雪村あかりが引き当てたサーヴァント。アーチャーの『バージル』である。

 元々、抜身の刀のような雰囲気を醸し出す男だとは思っていた。
今まであかりが見て来たどの暗殺者よりもずっと恐ろしく剣呑な雰囲気を、体中から発散する強者。
それが、雪村あかりから見たバージルと言う男の印象。その剣呑さが、此処最近になって急激に強くなったような感じがする。
いるだけで息苦しくなる程の鬼気を常時醸し出すアーチャー。無論、臨戦態勢にある事は好ましい事なのだが、それにしても、度が過ぎる。

「……アーチャー」

「何だ」
 
 この男特有の、長ったらしい会話を好まないが故の、短い受け答え。

「聖杯戦争が近付いてるから。そんなにピリピリしてるのは」

「……そうだな」

 この男にしては珍しく、間が空いた。やはり音に聞こえた英霊とは言え、緊張はする物なのだろうか。
初めて舞台に上がって演技をした時の事をあかりは思い出す。今はそんな事はないのだが、あの頃は人前に立つだけで緊張して、口から全ての内臓を吐きだしてしまいそうだった。
今はそれとは別種の緊張感があかりの身体を貫いている事を、彼女は否めない。ひょっとしたら、歴戦の英雄や猛将の類と言うのも。
口や態度では何ともないような素振りを見せているが、内心では緊張をしている物なのだろうかと。あかりは、バージルを見て考えているのだった。

 ――だが、違う。本当はバージルはそんな事を考えてはいない。緊張何て全くしていない。敵に出会えば斬る。この男の思考は物凄くシンプルなものだ。
ある日を境に、彼の身体の中に流れる誇り高き悪魔の血。魔剣士・スパーダの血と、己の魂よりも重要な宝具・閻魔刀が騒ぐのである。
ただならぬものが、この聖杯戦争に紛れ込んでいる。自らの血をピンポイントで湧かせる事の出来る何かが。
ムンドゥスが一枚噛んでいるのか? それとも、親父が? ――いや、もしかしたら。

 ――……貴様がいるのか? ダンテ……――

 首元をまさぐるような動作を、無意識のうちに行うバージル。
其処でバージルは初めて気づいた。母の形見のアミュレットは、最早自分には存在しないのだと言う事を。
そして自分の弟が、母の形見を使って魔帝・ムンドゥスを打ち倒したのだと言う事を。



17:魔界都市<新宿> “ファントムブラッド”

 近頃新宿御苑には、身なりの良い英国紳士風の男が現れる事でちょっと有名である。
非常に年の若い男で、二十歳を過ぎてるかどうかと言う外見で、ややクラシカルな礼服を身に纏っている。
自らをイギリスから来たと言うその青年は、アングロサクソンめいた黒髪をしており、礼服の下の体格もスポーツをやっていたのだろうと思わせる程に立派である。
そして何よりも、これぞ英国紳士の鑑であると言う程に礼節を弁えている。柔和な笑みを崩さず、物腰も柔らか。
こんな調子であるから、子供からは人気である。『ジョナサン・ジョースター』と言う名前を縮めてジョジョと言う愛称で子供達からは好かれており、
よく遊び相手にもなってやっているのだ。サッカーをしてあげたり、女児のおままごとに付き合ってあげたりと。本人も満更ではない。

 日が落ち、夕焼けになるまで子供達とジョナサンは遊んでいるが、母親達からもう時間である事を告げられると、渋々と言った様子で母親の所へと彼らは戻る。
ジョナサンと遊ぶのが楽しいのである。この、子供心の機微を知っているこの英国紳士と。

「いつも申し訳ございませんジョースターさん」

 子供達の母親である女性達が、ジョナサンの方に近付いて行きそんな事を告げて来た。

「いえいえ、そんな事はありませんよ。私も楽しいからやっていますので」

 流暢な日本語でジョナサンは言葉を返す。初見の人間には絶対に驚かれる。語学の方にも堪能なのかと。

「ジョジョは何時まで此処にいるの?」

 おままごとをしてあげた幼女が、無垢な瞳を此方に向けてそんな事を告げて来た。
うーん、とジョナサンは唸りを上げ、大体の範囲で答えた。

「あと一週間、いや。事によってはそれより短い期間でイギリスに帰っちゃうかもね」

「えー、もうそれだけしか遊べないのかよー!!」

 サッカーやキャッチボールなど、球技が好きな方な少年が残念そうな素振りを隠しもしない。
そんな様子を咎め、母親がコラッと叱る。「ジョースターさんにはジョースターさんの都合があるの!!」と言うと、複数の少年少女は黙りこくった。その様子を見てジョナサンも苦笑いを浮かべる。

「本当は僕ももっとこの国にいたいんだけど、すまないね。皆」

「また遊びに来てくれるの?」

 少女の一人が聞いて来る。

「約束するよ」

「その時は、絶対また遊んでくれよな」

「解ってるよ」

「はいはい、もうすぐご飯を作るから帰りましょうね。それでは、さようなら。ジョースターさん」

「じゃーねージョジョ!!」

「また明日遊ぼうぜジョジョ!!」

 元気に此方に対して手を振って去って行く子供達の方に、笑みを浮かべながらジョナサンも手を振った。
その笑みには隠し切れない哀しみが刻まれており、何だかとても哀愁と言うもので彩られていた。

 遠い異国の、自分がいた時代よりも進んだ時代。
そんな世界にも平和があり、平穏があり、それぞれの生活がある。例えNPCと言えどもだ。
それが、もうすぐ崩れ去ろうとしていると言う事実を、ジョナサンは知っている。何を隠そう、彼自身がその平和を崩しかねない人物なのだ。
それを思うと、何だかとても悲しくなってくる。子供達と遊んでいると、ジョナサンは己の決意が固まって行くのが解るのだ。
聖杯戦争は、絶対に止められねばならない。聖杯は、絶対に破壊しなければならない。
自分にだって願いがない訳ではないが、此処で平穏無事に暮らしている人々と、聖杯戦争の参加者の命をかけてまで、願いを叶えたくない。
天国にいる筈の、尊敬する波紋の師にも軽蔑されるだろう。だからこそジョナサンは、己が心の中に宿る黄金の意思に従い、聖杯戦争を止める道を選んだ。

【アーチャー】

 心の中で弓兵を意味する単語を呟くと、直に返事が返ってきた。

【ああ】

 ジョナサンのすぐそばで、霊体化を行った状態の『ジョニィ・ジョースター』返事を行ってくれた。

【僕は君に従うよマスター。こんな聖杯を使って願いを叶えたら、僕の恩人である友達にも怒られそうだからね。僕は、破壊する道を選ぶよ】

【ありがとう、アーチャー】

 其処で念話を閉じ、二人は、沈み行く<新宿>の夕焼けを静かに目にする。
灼けるような橙色と、夜の闇の黒色とが混ざり合っていた。それはこの二人の、黄金の意思と漆黒の殺意とが混ざり合っているその様子に、とてもよく似ていた。



18:魔界都市<新宿> “銀影蝗”

 <新宿>に限った話ではないが、どんな街でも、ホームレスが一人増えようが減ろうが、普通に生きている人間にとってはどうでも良い事なのだ。
そう、この街に珍しい、外国人のホームレスが増えた事など、気に留める者など誰もいない。珍しいな、と思うぐらいしかないだろう。

 ウェザー・リポートこと、『ウェス・ブルーマリン』の寝覚めはいつも最悪だった。
無理もない。男はここの所、<新宿>の繁華街の裏路地で眠っているのだ。屋根も無ければ、仕切りも無い。
寝覚めが快適な筈がない。だが、それ以上に最悪な事は、あの時の胸糞の悪い夢を見る事だ。

 K.K.Kに殺された恋人のペルラ。死にたくても死ねない事による、世界への憎悪と怒り。
自分をリンチにかけた屑共。そして、自分にこのような境遇で生きる事を強いた、憎き男。エンリコ・プッチ。

 此処に来てからいい夢なんて見た事がなかった。見る夢全てが、苛々を助長させ、ストレスを増幅させるものばかり。
元の世界に戻り、あの神父を葬れば、少しは寝覚めも良くなるのだろうか。そして自分は今度こそ死ねるのだろうかと。
ウェザーの考える事は常にそれだけだ。殺す為に聖杯戦争を生き残る。死ぬ為に、聖杯戦争を生き残る。これ以上の矛盾が、果たしてあるのだろうか?

 立ち上がると同時に、ウェザーの真正面の空間が人型に歪み始め、銀色に光輝く鎧を身に纏った者が姿を現す。
エメラルドに似た緑色の複眼を持つ昆虫を模した兜を被った、全体的に色遣いも非生物的で冷徹なイメージを見る者に与えるその威容。
銀色の昆虫の鎧を身に纏ったその存在は、見る者に圧倒的な威圧感と焦燥感を与える。名を、『シャドームーン』。影の月の名を模した、創世王になり損ねた男。ウェザーが従える、セイバーのサーヴァント。

「首尾の方はどうだ」

 ウェザーがそう訊ねると、シャドームーンが此方の方に近付いてくる。
カシャン、カシャン、と言う、踵のレッグトリガーと地面が接地する時に発せられる、死神の音を鳴り響かせながら。シャドームーンが言った。

「既に何人もの主従がサーヴァントを召喚している。本格的に、聖杯戦争が始まるぞ」

 シャドームーンと言う英霊が持つ、科学によりて作られた千里眼、マイティアイ。
科学で作られた千里眼は、本物の千里眼に勝るとも劣らない。彼は知っているのだ。既に<新宿>にいる幾人もの主従が、既にサーヴァントを召喚している事を。
そしてそれが、いやがおうにも実感させる。本格的な戦いの時が確実に近付いているのだと言う事を。

「そうか」
 
 特にウェザーは、その事について言及するでもない。如何でも良い計算問題の答えを知らされたような感覚で返答した。
シャドームーンに言われるでもなく、本当はウェザーも気付いていた。誰とも会話しない、閉塞的な状況でも解るのだ。<新宿>がやがて、火に沈み血に沈み行く事が。

「今更、俺からお前に言う事なんてもうないが、これだけは聞きたい。俺とお前には、絶対にぶっ殺さなきゃいけない相手がいる。そうだろう」

「……あぁ」

 シャドームーンの返答には、呼吸一つ分ほどの間があった。

「俺は絶対にそいつを殺さなければならない。その為だったら命すら惜しまない覚悟だ。お前に……その覚悟はあるか」

「当たり前だ」

 これは即答した。

「なら、俺達はその目的に向かって、ひたすら走るだけだ。行こうぜセイバー。憎い屑の元まで、一直線だ」

「……フンッ」

 ウェザーは水の一杯でも飲もうかと考えたが、生憎その水が切れていた。
チッ、と舌打ちをすると、ウェザーは適当な軒の下まで移動し、自らのスタンド、ウェザー・リポートを発動させ、局所的な豪雨を降らせようとする。
<新宿>を此処最近襲う、超局所的な豪雨の正体。それこそが、彼、ウェザーなのだった。

 死神の足音を響かせて歩きながら、シャドームーンは霊体化を行う。ウェザーが言う所の、殺したい程憎い相手。それを頭の中で描いていた。
ウェザーの脳裏には、法衣を着た黒人の神父の姿が描かれていた。シャドームーンには、自分の宿敵であるあの男の姿が描かれていた。
だが、何故だろう。その男は自分と同じような、漆黒の飛蝗をモチーフにした鎧で身を覆っていなかった。
シャドームーンの男の脳裏に描かれたその男の姿は、仮面ライダーBLACK或いはRXと言う姿ではなく、何故か、南光太郎の姿として映しだされているのだった……。



19:魔界都市<新宿> “妖髪士”

 陳腐な言葉だが、失って初めて気付く物と言うのは絶対にあると。『北上』は今になって思う。
深海棲艦と戦っていた頃は、それが彼女ら艦娘の主たる日常だった。時には仲間が傷つき、泣きそうになった事もある。
被弾して、大井に泣く程心配された事もある。事実それは、北上に言わせれば、滅茶苦茶痛くて本当に泣きそうだった。

 戦っている最中は、何時になったらこんな日々が終わるのかと考える事も少なくなかった。
良い一撃に被弾する度に、艦装何て外して普通の少女として過ごしたいと思う事も、多々あった。
しかし、全てが終わって初めて解るのだ。あの時が一番、北上と言う少女が輝いていた時期であったと。
戦うと言う目的の元に築かれた絆を認識しあっていたあの日々が、一番楽しかったのだと。
そして同時に悟るのだ。楽しい時程、思いの外呆気なく、そして、早く終わるのだと。
深海棲艦とのあの戦いの日々は、北上と言う少女の人生の中で稲妻の如く激しく光り輝く、ほんの一瞬の瞬きであったのだった。

 緊張感に溢れるあの日々が終わってから、北上と言う少女は自堕落な生活を送っていた。
深海棲艦と戦っていた頃は腐っても軍隊であったから、規律には厳しかった。それがなくなると、こうまでタガが緩むのか、と。
北上は布団近くのデジタル時計に刻まれた数字を見て苦笑いを浮かべる。昼の一時。現役時代なら間違いなく大目玉だな~、とか思ったり、思わなかったり。

「随分ねぼすけさんですね」

 北上の起床に呼応するように、彼女の呼び出したアサシン、『ピティ・フレデリカ』が仕方のなさそうな笑みを北上に向けて来た。

「おはよ~」

 と言いながら北上は布団から起き、グッと身体を一伸びさせる。
流石に顔が酷過ぎるので、洗面所に足を運び顔を洗う事にした。目脂やらなんやらが汚い。
夏は温くて冬は冷たい水しか出さない事に定評のある、北上の住まうアパートの水道水で顔を洗いながら彼女は考える。
正味の話をすれば、聖杯戦争は自分の望む戦いではない。北上が取り戻したいあの日々とは、深海棲艦と戦っていた、あの時なのだ。
<新宿>では自分は、重雷装巡洋艦北上として輝けない。それに、全く自分とは関係のない人間を、殺さねばならない。
其処までして取り戻したいかと北上は思うが……考えるのを止めた。あの日々が戻らなかったら、北上と言う少女は平凡なままで終わる。
結局艦娘と戦争は、不可分の存在なのだと、たったの数日で痛いほど思い知らされた。自分の願いが許されざるものだと解っていても、北上は邁進する他ない。
辛くて、厳しくて、しかし、何よりも楽しかったあの日々を、取り戻すまで。

 北上の思う所を知ってか知らずか。ピティ・フレデリカは恍惚とした瞳で北上の事を見つめていた。
彼女の言っていた事を思い出す。自分は世界に、平和になって欲しくなかったのだ、と。あの一言が、鮮明にフレデリカの脳裏に焼き付いている。
あの言葉は、確実にフレデリカと言う少女の心を射抜いた。正直で、力強くて、鬱屈としていて……そして、美しい。
フレデリカと言う少女は最早迷わない。北上と言う少女と共に、聖杯まで駆け抜けるには、十分だった。

 フレデリカは目線を北上自身から、彼女の黒くて美しい、黒曜石のような黒髪に向けた。
やはり美しい。そして、美味しい。如何なるパスタでも、北上と言う少女の黒髪には敵うまい。
舌を少しだけ、悪戯っぽく出してみるフレデリカ。舌先に、北上が眠っている間に抜け落ちた髪の毛が十本程絡みついていた。



20:魔界都市<新宿> “殺人鬼王”

 パッ、とテレビを付ける少女がいた。偶然にもニュースチャンネルだったから、チャンネルを変える必要もなく好都合である。

「此方、事件の現場の神楽坂にいます。今も三日前の悲惨な事件の影響で、人通りは全くなく、平日の最中であると言うのに信じられない人の少なさです」

 見ると、若い女性のレポーターが、真面目で固い表情で、現場のレポートを行っている様であった。
現場周辺の地面は不気味に赤黒く染まっており、凄惨な事故の現場で遭ったのだろうかと、いやがおうにも人々に連想させてしまう。
そしてレポーターの言った通り、現場の神楽坂には全く人がいない。過疎化が進んだ田舎の商店街か何かのようであった。

 全体的におどろおどろしいBGMを流しながら、場面が次のものに映り変わる。
被害者の遺族の声を聞いているらしい。「哀しいです……」、と涙を堪えながら心境を語る中年の女性。
「息子がいなくなってから家の雰囲気が幽霊屋敷みたいです」、と呆然と答える男女二名。
この他にも様々な声が寄せられているが、とてもではないが時間内に収めきれる量ではなかったらしく、数名の声を聞いただけでこの場面は終了。

 舞台は現場からスタジオに移る。
司会役のアナウンサーと、このニュースの為に集められた有識者が何人も座っている。
神楽坂で起った百三十八名もの無辜の通行人を殺害した、黒い礼服の男と、その男と一緒に行動をしていた『遠坂凛』と呼ばれる少女の情報は、
今<新宿>は愚か日本、いや世界中の注目を集める超トップニュースだった。
平日の真っ昼間から突如として起った凄惨な連続殺人事件。たった十数秒で百人以上の人間を殺してしまうと言う、礼服の男の凄まじい殺人技術。
そして何よりも、こんな事件が日本で起ったという事実。諸外国は、とうとう日本もテロの標的になったのかと、この事件に強い関心を寄せている。
ありとあらゆる推理がテレビや新聞で流れていた。曰く、遠坂家は極左暴力団と何らかの関わりを持っていたのではないか?
曰く、あの黒礼服の男は某国から送られた自爆テロリストの一種なのではないか? 曰く、この問題には高度な政治的判断を伴う背景が隠されているのではないか?

 政治学や地政学を絡めた極めて高度な推論から、陰謀論も甚だしい低俗な意見まで。
この大量殺人事件には、現在進行形で提起が成されている。
――だが、このニュースを見ている少女、『遠坂凛』は知っている。この殺人事件には実は高度な政治的問題何てものは絡んでいなくて、
一人の男の悦楽の為に巻き起こされた大事件であると言う事を。そしてもう一つ。その黒礼服の男が殺した人数は百三十八人と言う事になっているが、実際上の数値は『百八十名』であると言う事を。
……なぜ、そんな事を知っているのか? それは、簡単な話である。

「いやはや、世界が変わればここまで大事になるものなんですねぇ」

 ……その死体が、遠坂凛がいる部屋に転がり、死臭を放っているからだ。

 部屋中に転がる、死体、死体、死体死体死体死体死体死体死体。
中世ヨーロッパの時代、モンゴルとドイツ・ポーランドの連合国の間で行われた、ワールシュタットの戦いの後には、きっとこのような光景が見られていたに違いない。
頭を割られている者、身体を真っ二つにされている者、眼球を抉り出されている者、身体を胸や臍の辺りから横に寸断されている者、首を刎ねられている者。
死に様は鋭利な刃物で斬り殺されたかのような切断面を見れば解る通り、全てこの、ソファに寛いでテレビを見ている黒礼服の男のマチェットによるものだった。
そう、この男こそが、神楽坂の連続殺人事件を引き起こした張本人。そして、遠坂凛が呼び出した最悪のバーサーカー。『黒贄礼太郎』である。

 この男を呼び出してからの日常はもう最悪を極るものだった。
自分の姿は道路に配置された、スピード違反者などを取り締まる為の小型カメラでバッチリと捕捉されており、今では共犯者或いは重要参考人として、
新宿どころか世界中からお尋ね者扱いされている始末だ。警察と言うものは無能ではない。何れ掴まると判断した凛は、遠坂邸を飛び出し、
何処かで野宿をしようかと決めかねていた。其処で意見を提起したのが黒贄だった。「私が何とか遠坂さんの住まいを提供しましょう」。
嫌な予感を凛が感じたのは言うまでもない。止めて頂戴と凛が言うよりも速く、黒贄はある豪邸の方に霊体化した状態で向かって行き、そして――殺戮。

 そして現在に至る。増えた死体の数と言うのは、この時黒贄が殺した豪邸の住民の数を含めている。
この豪邸は<新宿>は愚か日本でも有数の規模を誇る暴力団の組長の自宅であった。邸宅に住む人間の数もやけに多かったのも頷ける。
確かに、住まいの問題は強引にクリアした。クリアしたが……もう凛の精神は限界だった。今テレビには、自分の顔写真と全体像がしっかりと放映されている。
この姿を見た人は、是非とも警察にご一報下さい。皆様の貴重な証言が、事件の解決の手掛かりに――

「じゃないわよもう……」

 頭を抱えてグネグネ身体を動かす遠坂凛。聖杯戦争が本格的に始まる前から自分の状況が完全に詰んでいるとは、これ如何に。
こんな短時間で死体にも慣れて来た自分と、この死体を生み出す黒贄が恨めしい。
凛の精神は、確実に限界一歩手前にまで近づいていた。黒贄は、特有のアルカイックスマイルを浮かべて、昼食のカップラーメンに湯を注いでいるのだった。



21:魔界都市<新宿> “魔王伝”

 キイィ、と言う、蝶番の擦れる耳障りな音が、『マーガレット』の耳に聞こえて来た。
それは、棺桶が開かれる音。その棺桶に入っているのが、死人であればどれだけ良かった事か。
棺桶と言う死人の我が家に入っているのは、誰あらんマーガレットが引き当てたサーヴァント。
それにしても、如何なる存在がその棺桶に入っていると言うのか? その棺桶を見てみるが良い。
表面には黄金の山羊の頭のを模した紋章(クレスト)が刻まれ、その角に、顎髭の下で結ばれたマンドラゴラの蔓が纏わっているではないか。
如何なる財を積めば、此処までの美しく、それでいて冒涜的かつ背徳的な意匠を凝らせるのか? この棺桶に入っているサーヴァントとは、人か? それとも、ヴァンパイアか?

「快適な寝覚めだ」

 鷹揚とした動作で、その男が立ち上がった。女の陰唇を濡れそぼらせかねない程の、圧倒的な美を孕んだ声。
マーガレットがキッと、自らが引き当てたアサシンのサーヴァントを睨みつけた。
黒いインバネスコートを身に着けた、美しい魔人を。マーガレットが拠点としている<新宿>の下水道が、神仙の住まう世界に変質しかねない程の美を持ったアサシン、浪蘭幻十を。

「そう睨んでくれるなよマスター。君に害を成した覚えは僕にはないのだがね」

「貴方みたいな外道が召喚されたという事実に不快感を覚えているわ」

「手厳しいな」

 棺桶の蓋を閉じ、それに腰を下ろし、幻十が言った。
何気ないしぐさの一つ一つに、女を焦がし男を当惑させる程の魅力に満ちている。如何なる神に愛されれば、このような存在に生まれ変われるのか?

 この世界におけるマーガレットの立ち位置は、事実上ホームレスと何ら変わる物がなかった。家がないのだから当然である。
しかし、幸いにも彼女は金或いは、金に換えられる物は幾らでも所持している。食事や住処の類には困る事がないのだが、
幻十と言う男の性質を考えた場合、常道の宿泊施設には到底泊まれるものではない。それにきっと、宿泊施設を拠点としている主従も少なくはないだろうと踏んだのだ。
その結果が、下水道での生活である。生活環境は最悪であるが、幻十の張り巡らせたチタンの魔糸のおかげで、ネズミは愚かゴキブリ、ダニの一匹ですら、
マーガレットと幻十の眠っている宝具、浪蘭棺に触れる事すら出来ない。臭いさえ除けば、最低限眠れるだけの環境は整えられていた。

「まあいい。僕から何を言っても暖簾に腕押しだろう。実力で、マスターの小言を黙らせる事としよう」

「あら、貴方にそんな事が可能なのかしら? 『アサシン』、何でしょう?」

 暗にアサシンが、聖杯戦争の中でも弱いクラスである事を強調しているような言い方。フッ、と幻十が笑みを零してから口を開いた。

「僕を倒せるのは僕の技を知る『秋せつら』のみ。それ以外の存在に、後れを取るような事はしないさ」

 ――秋せつら。
その男の名前を口にする時の幻十の顔はいつも、何処か遠い所を見るようなそれであった。
遠い昔に死別してしまった友を思うような。しかし、その瞳には、確かなる敵意と殺意が同居している。
昔日の日々を思い出し破顔しながら、その友に確かな殺意を向けさせる。浪蘭幻十は、確かなる狂人であった。
……魔界都市の住民に相応しい、魔王のような男であった。

「今度は僕が君の首を刎ねよう、せつら」



22:魔界都市<新宿> “魔執劇”

 人目につかない裏路地で、四人の男達がたむろしていた。正確に話すのならば、一人に対して三人が話かけていると言うべきだ。
そして、その全貌を語るとするならば、三人が一人の男を脅しかけていると言うべきか。

 眼鏡をかけた、モヤシを思わせる程白く細長い体躯をした眼鏡をかけたこの青年は、塾帰りにはいつも、この三人の不良に金銭を脅し取られていた。
誰が見ても弱そうな身体つき。小突いただけで、肋骨が折れそうな程か弱い印象を見る者に与える。其処を、狙われたのだろう。
人通りの少ない場所に案内され、金銭を脅し取られる関係が、かれこれ十日以上は続いている。断れば殴られ、蹴られ、無理やり全て奪われる。
この眼鏡の少年には、従順な態度しか許されていない筈であった。それが何故だろう。今日に限って、青痣と腫れだらけのその顔に、笑みが浮かんでいた。
目の前の三人の知性を嘲笑うような。強者が弱者を甚振るような。カンパと称して金銭を巻き上げようとしていた三人であった、その笑みを見て、何だか、とてもイラついた。
パンクファッションに身を包んだ小太りの男が、少年の頬に張り手を喰らわせた。いつもなら一m程も吹っ飛ぶのだが、今日は吹っ飛ばない。少年は、ヘラヘラと笑い始めた。

「馬鹿な奴らだよなぁお前ら」

 それは、本当に以前までカモにしていた青年の口から発せられているのかと思う程、邪悪で嗜虐的な声。
悪魔が少年の身体に乗り移って、言葉を紡がせているのではないかと思わせる程、以前とはまるで性格が違っていた。

「まぁでも手間が省けたよ。お前らだけは絶対に殺しておきたいと思ったからさ、今までの恨み、晴らさせて貰うよ」

 一瞬ポカンとした不良達であったが、青年の言葉を咀嚼し終えた瞬間、如何にも下品な笑い声を上げ始めた。
恨みを晴らすである。この、女にも負けそうな弱々しいがり勉男が、だ。全く笑わせる。今日は痛めつけるだけじゃなくて、着てるもの全部脱がせて転がしてやろうかと考えた、その時である。

 青年が、左手の甲に刻まれた、痣か、或いは、タトゥーに似た紋様を不良達に見せつけ始めた。
そして、コンセントレイト。青年が目を瞑り集中したその瞬間。その痣を中心に、青年の身体全体に緑色に光る筋が走り始め、それと同時に、光の柱が彼包み込んだ。
数秒の事、光が止んだ。其処に居たのは、人間ではなかった。それは、人間の背部に巨大なサソリの身体が合体した様な怪物で、
特撮の番組に出てくる怪人か何かかと錯覚させる生物だった。言葉を、不良達は失った。尻尾を猛速で、先程張り手を喰らわせた男に突き立てた。
顔面が吹っ飛ばされ、挽肉にされた。漸く事態を認識した、茶髪の不良が逃げ出そうとするが、そのハサミで胸部から、紙を切るみたいにジョキンと切断。即死させる。

「あ……ぁ……あ……」

 残った女の不良が、失禁しながらサソリの怪物を見上げていた。
殺さないで、と膝を笑わせながら許しを請う。ジロリとサソリ人間が目線をそちらに向けた。ガシリと彼女の両肩を掴み始める。
「いやぁ!! やめて、離して!!」と、大泣きしながら身もだえさせる女だった。サソリ人間の人間の部分の顔が、大きく口を開けた。
人間の頭など一口で丸かじり出来る程、その口は大きい。

「やだぁ!! 助けて、お母さん!! お父さん!! 食べられるの何ていやあぁああぁああぁ――あ゛、が……べっ……!!」

 其処で、女の声は途絶えた。サソリ男に頭を鼻梁の半ばまで喰らわれた。大脳を咀嚼し眼球を噛み砕く化物。頭蓋骨すらも、食事の対象だった。
女の死体からは気道から空気とどす黒い血液が漏れる音が連続的に響き始め、体内に溜められていた大便が全て肛門から噴き出して来た。
ブンッ、と、ボールの様に少女を投げ飛ばす。十mも吹っ飛ばされ、死んだ蜘蛛のように女体が横たわった。

 路地の暗がりから、上から下まで白一色の服に身を纏った、凛冽とした黒髪の美女が現れた。
その方向に、サソリの怪物が目線を向ける。「おぉ、アンタは……!!」、感動したような声音でそれが言った。

「凄い力だよ!! 身体の底から、俺が認識してなかった力が湧き出てくるようだ、ありがとう、ありがとう……!! 復讐が――」

「『パピルサグ』か。まぁよく見られた悪魔だな」

 青年が変身したサソリの怪物もとい、パピルサグの言葉など聞いていないと言った様子で、女性が近付いてくる。

「残念だが見込み違いだ」

 フッ、と、鉄面皮を笑みに崩させて、女性が言った。目の前のパピルサグを皮肉る様な、そんな態度。
ベラベラと饒舌に喋る怪物の機嫌が、何処か悪くなっていた。

「私も少し腹が減っている。貴様で満たさせて貰うとしよう」

 言って女性が腕を横薙ぎに振るったその瞬間。パピルサグの胴体が腰から横にズルリと移動し、ズレ落ちた。
痛みが遅れてやって来たのか。それとも、痛みに漸く気付いたのか。青年が叫び声を上げようとしたその瞬間、女性に頭を踏み砕かれ青年は即死した。
女性の腕は別種の怪物のそれになっており、それを高速で振るい身体を斬ったのだ。

 『ジェナ・エンジェル』にとって、この程度の雑魚悪魔にしか変身出来ないチューナーには用はない。
<新宿>中に、今やジェナが開発した宝具、『悪魔化ウィルス』に感染しチューナーとなった人間が潜伏している。
変身した悪魔によっては、サーヴァントと同等以上に戦える者も少なくないが、雑魚の悪魔を増やした所で混乱をいたずらに招くだけだ。
だからこうして、弱い悪魔にしか変身出来ない人間は、殺し、喰らう事で間引いているのだ。主の『結城美知夫』は悪辣な笑みを浮かべてジェナの事をこう評した。
アルバート・フィッシュもブラボーを送る程の大悪党だなと。

 口元をパピルサグの臓器の血で濡らしながら、ジェナは血肉を喰らい呑んでいた。
世間を騒がせるミンチ殺人の実行犯は、彼女及び、彼女の宝具で変質したNPCのせいだとは、まだ誰も知らない。



23:魔界都市<新宿> “浄化狂”

 一日一善、と言う言葉がある。 
一日に一つ善い事をすれば、それが積み重なり、本人にもきっと善い事が起こると言う言葉である。
何て素晴らしい事なのだろう。難しい事はしなくていい。ただ一つ、一日に善い事を行うだけ。
だが待って欲しい。一日一善では少ないのではないか? もっとノルマを引き上げられる筈だ。
一日に一善と言わず、一日十善、いや、もしかしたら一日百善も、理論上は可能かもしれない!!

 『セリュー・ユビキタス』は<新宿>に例え来ようとも、自分の信念を曲げるつもりは毛頭なかった。
悪を裁き、善なる世界を築き上げる。それが、セリューの究極の理想。自分の目指す、正義の世界。
それが困難である事は彼女も良く解っている。この世には悪が多すぎる。自分の身体一つでは、厳しいと言うのもまた事実だ。
だが、聖杯があれば。この<新宿>の悪を一つ一つ挫いて行けば。きっと聖杯に辿り着き、全人類の理想である、正義だけの世界を構築する事だって可能な筈なのだ!!

 道は、険しいのかも知れない。茨や鉄条網が、沢山絡みついた道なのかも知れない。
でもそれでもセリューには、勝ち抜ける自身があった。だって、自分を助けてくれるパートナー――サーヴァント――は、最強の存在だから。
自分の正義の心に導かれてやって来た、正義の使者なのだから!!

「そ、その……どうでしたか?」

 及び腰になりながら、セリューが聞いて来た。
正義とは苛烈なものである。セリューはその事をよく知っていた。セリューのサーヴァント、『バッター』の正義は確かに苛烈である。
が、その正義は彼女の物とは違い、冷厳さと威厳に満ち満ちた正義である、熱を伴う彼女の在り方とは百八十度異なる。
セリューの正義とバッターの正義は、密度と質が違う。バッターが醸し出す正義のオーラは、セリューのそれを圧倒する程のパワーに満ちている。故にセリューは、バッターには従順であるし、その威厳溢れる魁偉には、最大限の敬意を払っていた。

 ワニに似た動物の頭を持った、バッターと呼ばれるサーヴァントは、ジロリとセリューの方を睨んだ。
真珠のような白い瞳。これに射抜かれる度にセリューは、心の内奥すら見透かされているのではないかとたじろいでしまう。
ややあってバッターは、言葉を紡ぎ出す。ワニの頭で、だ。

「見事だ。動作も軽やかだったし、掛かる時間も人にしては短かった」

「!! あ、ありがとうございます!!」

 勢いよく一礼して、セリューが感謝の言葉を述べる。漸く、バッターに認められた。
その事が嬉しくて嬉しくて、セリューには仕方がなかった。人に対して厳しいこのサーヴァントが、自分を認めてくれたのだ。
仕事の後の疲れ何て、風に吹かれる木の葉の山のように吹っ飛んでしまう。今セリューは、ヒマワリのように晴れやかな笑みを、バッターに対して向けていた。

 ……所で、彼女の頬と身体には返り血が何滴も付着していた。
今日セリューとバッターが行った正義とは、中堅の暴力団事務所を壊滅させた後で、その家族を子供も含めて皆殺しにした事であった。
足元に大量に転がる、骨を砕かれ頭を銃で撃ち抜かれた死体の数々。「これで七……いや、九善位は行きましたかね?」とバッターにコメントを求めるセリューだったが、彼はノーコメントであった。

 一日一善、と言う言葉がある。 
一日に一つ善い事をすれば、それが積み重なり、本人にもきっと善い事が起こると言う言葉である。
何て素晴らしい事なのだろう。難しい事はしなくていい。ただ一つ、一日に善い事を行うだけ。
だが待って欲しい。一日一善では少ないのではないか? もっとノルマを引き上げられる筈だ。
一日に一善と言わず、一日十善、いや、もしかしたら一日百善も、理論上は可能かもしれない!! ……セリューらの行った行為が、善に当たるかは別の話である。



24:魔界都市<新宿> “星辰光”

 青年の知る新宿には、このような建物など存在しなかった筈だ。それとも、此処が<新宿>であるからこそ存在しているのか?

 信濃町に建てられた、元々はK義塾大学病院として機能していた筈の病院は、現在『メフィスト病院』と言う名前で管理運営されていた。
病院の名前に、あのメフィストフェレスの名前を頂戴する等とは、大したセンスであると『ヴァルゼライド』は褒めちぎっていた。
無論、それが皮肉であると言う事は言うまでもない。院長のセンスは、相当捻くれているか、或いは本物の馬鹿であると、言わざるを得ないだろう。

 白亜の大伽藍とは、きっとこの病院の事を言うのだろう。
清潔感溢れる白い外装に、夜間でも診療を行っているのか、電気の明かりが煌々と窓から溢れている。
夜でも診療を行っていると言う事自体は褒められるべき事だろう。

【……この建物、やはりそうなのか?】

 霊体化をしているバーサーカー、ヴァルゼライドに少年はそう訊ねた。

【魔力の香りを隠そうともしないのが、いっそ清々しい程だ。此処まで堂々として目立つ拠点を築くとは、嗟嘆の念を禁じえん】

 要するに、此処にサーヴァントがいると言う事への肯定だ。尤も、ヴァルゼライドに聞くまでもない事だったかもしれない。
聖杯戦争の参加者であれば、此処が何よりも怪しいと言う事など、すぐに解るのであるから。

【……行くか、マスター?】

【今は良い。本音を言えば行きたい所だが、無益な犠牲は好む所じゃないよ】

【解った】

 言ってヴァルゼライドは、襲撃を取りやめてくれた。
メフィスト病院が、彼らにとっての敵の巣窟であると言うのは事実であろう。だが、この病院を襲撃すると言う事は、最低でも数百人は下らない患者と、
其処で働く医療スタッフの命をも危険に晒すと言う事をも意味する。言ってみれば、メフィスト病院は数百人の人質を擁していると言う事だ。
今はまだ、動く時ではない。何とか此処を攻略出来ないか。その手段は、何れ考える事とした。

 歴戦の烈士である二人は、聖杯戦争の始まりを告げる鐘が、もうすぐ鳴らされる事を直感的に理解していた。
日を追う毎に緊密になって行く空気、空気分子に鉛でも結合したのかと思わせる程重苦しくなって行く街全体の雰囲気。
そして、それらを裏付けるように、<新宿>と言う街で起る様々な事件。間違いない。この街は何れ、妖都と変貌を遂げる。
その瞬間こそが、二名の怪物を繋ぎ止める鎖が解き放たれる時。人類種が到達出来る限界点(リミッター)の、更に限界点を超えた超人達が、
剣を振い、如何なる魔術師たちの妨害にも屈さず、その勇名を轟かせる時なのだ。

 己の身体を鋼とし。己の身体を剣とし。その犠牲が新たなる世界への礎石になると信じて。
二人は、メフィスト病院の白き威容を背に、その場から去って行った。次に会う時は、こうは行かないと、彼らの背中は語っていた。
霊体化を行ってるバーサーカーの真名は、クリストファー・ヴァルゼライド。軍事帝国アドラーの総統。帝国の未来の為に過去も現在も未来も戦い続ける鋼の男。
そしてもう一人の男、即ちマスターには、名前がない。人の世の平和の為に、剣を振い銃を撃ち続ける孤独なこの男に名前を授けるとするのならば、英雄の中の英雄。
さしずめ、『ザ・ヒーロー』とでも名付けるべきなのであろう。



25:魔界都市<新宿> “アイアンナイト”

 令呪と言う焼き鏝により騎士(ナイト)を強制させられた、機械の乙女がいた。
彼女を例えるのならばさしずめ、王や女王の近衛兵と言うべきか。但し彼女が振るうの、絢爛たる装飾に彩られた剣でもなければ、鋼の光が美しい直剣ではない。
ありとあらゆるものを粉砕し、薙ぎ倒す白銀の大斧。きっと、嘗てミノタウロスを閉じ込めた迷宮、ラビュリントスに収められていた大斧ラブリュスとは、
彼女が振るうこの大斧のような代物であったに相違ない。

 そんな機械の乙女に、『ラビリス』と言う名前が与えられたのは、一種の皮肉なのであろうか?
迷宮を意味する単語であるラビリンスをもじったような名前。迷路とは即ち、逡巡と躊躇、迷いのシンボル。
その様な名前を冠しておきながら、この少女には迷いがない。それはそうだ。迷う程の理性を既に、戦闘意欲と言う感情で塗り固められているからだ。
つまりラビリスは率直に言って、狂化させられている。しかも彼女は本物のラビリスではなく、彼女の心の迷いが具現化したシャドウだ。
言うなれば、『シャドウラビリス』とでも言うべき存在である。狂化等施さなくとも、狂気の具現のような存在であるラビリスの影であるが、
今は人が違ったように大人しかった。大人しくさせられていると言うべきか。背後のベッドで寝息を立てる彼女のマスター、番場真昼/番場真夜が行使した令呪によってだ。

 ラビリスが腕を振えば、体中がバラバラに離散するのではないかと言う程弱々しい身体つきをしている。
今は余程疲れているのだろう。年相応の少女めいた寝息を立て、泥のように眠っている。
夜になると極めて険の強い表情になる番場であったが、こうなると年頃の少女である。全く油断し切っている。

 令呪による強制力が働いているとは言え、ラビリスの戦闘本能の強さは、筆舌に尽くし難いものがある。
兎に角今の彼女は、大斧で敵を薙ぎ倒したい、破壊したい、粉砕したい。しかし、それが出来ずにいる。恐るべし、令呪の強制力よ。
ジレンマに悶えながら、ラビリスは考える。彼女は複数だった。彼女には同型機と呼べる存在が複数体存在した。
それらがいる限り、彼女は絶対にオリジナルにはなれない。全てを破壊し尽くす必要があった。

 無論それらも重要な命題であるが、やはり、聖杯戦争に対する期待も其処にはあった。
自分の力が、振える。圧倒的な暴力で、敵を蹂躙出来る。それがどれほど楽しい事なのか、ラビリスの影はそれをよく知っている。

 嗚呼、早く斧を振わせてくれ。早く聖杯戦争が始まってくれ。
自らにナイトとしての役割を授けたこの愚かな女に、サーヴァントよ襲い掛かってくれ。
そして願わくば――自らを本物へと昇華させてくれ。

「――殺す」

 一言、ラビリスの影からそんな言葉が漏れ出た。
その一言に、どれだけの感情が詰まっていたのだろうか。その声に秘められたる感情は喜悦と狂喜。
しかし、声にこそそのような感情が込められてはいたのだが。影の濁った金色の瞳は、何処までも笑っておらず、感情の光と言うものを一切宿さぬ、人形の如きそれなのだった。



26:魔界都市<新宿> “魔獣戦線”

 神は人を私利私欲で殺さない。正確に言えば、神は人を試し、惑わす試練を与えるか、天罰を下すのである。
神によって人が殺されるのではなく、人は神の与え賜た試練に敗れて死ぬか、所謂天罰を受けた時に、彼らは死ぬのである。

 そう、人を殺めるのは神ではないのだ。
人を殺めるのは何時だって、神が土塊を捏ね、自らに似た姿となるように作り上げた、肉と糞との集積体である人間が。
増えすぎた地上の人物を間引きし、善い人間も悪い人間も等しく天国か地獄に案内する役割を担うのである。

 南米ベネズエラの名家であるラブレス家に忠誠を誓っていたメイド長、『ロベルタ』の平和は、マルガリータ島のビーチの砂で作った城のように呆気なく崩れ去った。
泥水を啜ってでも仕えて見せると誓った主が、爆殺された。車体ごと、主ディエゴの身体は粉々になり、焦げたステーキ片と成り果てた。
ディエゴの息子のガルシアは言っていた。父を殺した人は、何を思って父を殺したのか。そして、そうまでして、紳士の鑑であった父を殺す理由とは何だったのか。
ロベルタは知っている。其処に意味など初めから介在していないと言う事を。餓狼が得物を殺すのに何の感傷も抱かないのと同じである。
狼は、弱った相手を食い殺すのに、何の躊躇も抱かない。狼は、得物を殺す機会が用意されたのならば、それを最大限に利用する。
人はその性質を何処までも狼に近づけさせる事が出来、遂には、狼の性根すらも超えた怪物にだってなる事が出来る。

 稼業人にとって、人を殺す際に、そのターゲットに対しては、何も思う所などない事をロベルタは痛く知っている。
何故ならばそう言ったケースの場合、その標的と言うのは大抵自分とは縁もない他人であり、どうでも良い存在なのである。
そう、人が死ぬ事になど、意味などない。いない方が都合が良い、何処かの誰かにそう思われた時。人は何時だって、死と隣り合わせの存在となるのだ。

 それが世の真理であると言うのならば、殺されるのは自分の方だとロベルタは思っていた。恨みは随分買っていたからだ。
だが、自分を通り越して殺されるのが、何故ディエゴで、悲しみを背負わされるのが何故幼いガルシアだったのか。
神が人の為に作り上げた世界は、それ自体が完成された至高の世界であり、全てが美と調和の中に落ち着いている。
その中で、人だけが不完全なのだ。人だけが、理不尽な存在なのだ。たった一つの歯車がかみ合わないだけで地獄となるように、神は世界を創造した。
自分が受ける筈だった因果を、ディエゴが肩代わりする。何て、世界は理解し難いのだろう。――おかげで、自分は銃把を握らざるを得なくなったではないか。

 何故、ジャパンの都市である<新宿>に自分がいるのか、ロベルタは今でも解らない。
しかし、自分が暴力を振るい、山間民族がマチェットで邪魔な枝を切り払うが如く、聖杯戦争の参加者を蹴散らせば。
指と指との間から砂が抜け落ちるようにして、ロベルタの手から落ちて行った平穏なあの日々を、取り戻せるのだ。汚れた狐共を、一匹残さず殺す事が出来るのだ。
ならば、邁進するしかない。かのアーサー王が求めたとされる、奇跡の杯まで。ロベルタが引き当てた、破壊の権化、魔獣(ジャバウォック)と一緒に。

「まだまだダンスは始まったばかり。手足が動かなくなるまで、踊り明かしましょう。バーサーカー」

 覇気を放出しながら、ロベルタの方を見て佇む、少年の形をした化物がいた。
ロベルタが引き当てたサーヴァントの真名は、『高槻涼』。しかし、この名前は何処か威厳がない。
彼女は専ら彼の事をバーサーカー或いは、鏡の国のアリスに登場するドラゴン、ジャバウォックと呼ぶ事にしている。
猛り狂う暴力の化身。立ちはだかる者は、自分が扱う銃兵装がちゃちな花火にしか見えない程の火力で焼き尽くして灰にする。
まさに自分に相応しい魔獣であった。さぞや生前は、意思の赴くがままに暴威を振った怪物であったに相違あるまい。

 ……それが、この女の勝手な思い込みであり、高槻涼と言う存在を何処までも冒涜している考えだと言う事に彼女は気付かない。
彼がどれだけ、自分の体の中に眠る魔獣の力を恐れていたのか、彼が正義感に溢れる少年であった事など。
この身勝手な女が気付く事は、永久にないのかも知れなかった。



EX:魔界都市ブルース “求答の章”

 ……話は、美しき魔人が初めて呼び出された日にまで遡る。

「――やぁ」

 その男は、群青色の鍵によりて導かれてやって来た、黒い魔人であった。
夜の闇よりなお黒い、襟を立てたロングコートを身に纏う、黒シャツに黒スラックスと言う、着る物全て黒ずくめの男。
それが見る者に、冬至の日の厳しい寒さを連想させ、魔人――『秋せつら』召喚したマスターの身体に、薄青い戦慄を走らせる。

「堅苦しいのは嫌いでね。君が僕のマスター?」

 そのマスターは答えない。目の前の青年が発する、凄まじいまでのカリスマ性に呑まれたからか?
それもある。だが、真実ではない。目の前の男は、余りにも……美し過ぎた。
柳の葉の如き眉、黒珊瑚に似た輝きを放つ黒瞳、すっきりと伸びた理想的な鼻梁、薄い紅を引いたような唇の中で太陽のように眩い歯並び。
そして、身体全体に纏わりついている、蕭殺たる神秘な雰囲気。神が創り上げた、汚されざる美の象徴の存在のようなせつらに、彼を召喚したマスターは、フリーズを起こしていた。この様な美しい男性が、存在して良いのかと。

「……そ、そうで、あります……」

 漸く、そのマスターは答えた。女の声だった。

「宜しく頼むよ。せんべいを焼く事と、人を探す事しか能のない人間だけど、精々仲良くやってこうぜ」

 「しっかしなぁ、僕を<新宿>に呼び出す何て、なんの因果なんだか」、と後ろ頭で手を組んだ状態でせつらが口にする。
マスターの女性は、せつらが放つ美の神韻に圧倒され、何にも口に出来ない状態であったが、ようやっと、と言った体で言葉を紡いだ。

「あ、あの……!!」

「どうしたのかな?」

 ややそっぽを向いた状態で、せつらが訊ねて来る。目の前の女には、興味を示さないのか。秋せつらよ。

「私には、どうしても聖杯を使って、叶えたい願いがあります!!」

「だろうね。でなければ、“魔界都市”に来れない」

 室内の壁際にまで歩いて行き、其処に背を預けてせつらが言った。
思えば生前のせつらが活動していた、“魔界都市<新宿>”もそうであった。この世総ての悪たるあの街にやってくる人物は、相当な野心家か、
<新宿>以外の街では生きて行けない程深い悲しみを背負った者ばかりであった。せつらが呼び出された<新宿>もきっと、そう言った者を選んでいるに相違ない。

「……貴方も解っている事なのかも知れませんが……私は、人間ではありません」

 せつらもそれは知っている。初めて見た時から、『糸』を使うまでもなく、彼女が人間ではない事は承知していた。
それにもかかわらずせつらがその事を聞かなかったのは、本当の魔界都市では彼女のような存在など珍しくもなかったからだ。
中国は夏王朝の時代から現代まで、身体をサイボーグ化させて生き長らえさせる事で暗躍していた大科学者や、フランケンシュタインの怪物そのものを目の当たりにして来た男を驚かせるには、目の前の女性は全く足りなかった。

「私には、どうしても、助けたい人がいるのです。私は、その人を絶対に、聖杯で生き返らせたい。ですから、お願いします!!」

 勢いよく深々と礼をする女性を見て、せつらはうーん、と唸った。さて、どうしたものかな、と顎に手を当てて考える。
サーヴァントとして呼び出された以上、マスターの為に聖杯獲得のサポートをする事は知っているのだが、生憎せつらには願いなどない。
生前に未練も何もないのだ。受肉してせんべい屋でもまた開こうかな、程度の願いしかない。
出来るのならばのんべんだらりと<新宿>で過ごしていたかったが、残念な事に、女性は聖杯が何が何でも欲しいと来ている。
せんべい屋としてのせつらではない。人捜し屋(マン・サーチャー)としてのせつらを求めたのだ。

「聖杯がね、スナックやバーが置いたワンダースの空瓶みたいに転がってるなら、僕も探すのは簡単なんだけどさ。聖杯って、人を殺さなきゃ現れないんだろ?」

 お辞儀を解こうとする女性の身体が固まった。

「君の呼び出したい人って言うのは、他の参加者を殺して生き返らせて、喜ぶ人なのかな」

 我ながら意地の悪い質問だとせつらは考える。だが、これは聞いておきたい事柄だった。
せつらも魔界都市の住民である。人を殺す事に躊躇はないし、痛めつける事だって時と次第によっては辞さない。
だが、それらは全て悪人に対して向けられる事なのだ。普通に生活している人間、訳も分からず聖杯戦争に巻き込まれた人間を殺すような事は、なるべくならばしたくない。
この戦いを勝ち抜こうとするのならば、そう言った人物とぶち当たると言う可能性をも検討せねばならない。これに対し、せつらのマスターよ、どう答える。

「……あの人は、こんな形で呼び返されても、絶対に喜ばない人でしょう。そう言う性格でしたから」

 スッ、と顔を上げる女性。せつらと、目があった。女性であれば正気を保てない程の美しさと真正面からぶつかった。
怯みそうになる。しかしこれを堪えて、彼女は言葉を紡いで行く。

「ですが……、それではあまりに、哀れであります。あの人は生前、良い事なんて何にもなかった!! 
私の勝手な判断で幸福を全て破壊されて、紆余曲折の末に、世界を救う為のたった一人の人柱になった……あの人に、人並の幸せ何て存在しなかった!!」

 もう、せつらの黒い瞳が明白に、少女の方に向けられた。表情と意思を、完全に一人の人間に向けているのだ。
この男の美を真っ向から受け止めて耐えられる人物など世に存在しない。本気で、彼女の意思を問うているのだ。

「私は彼に、『死』を封印した。今度は彼を、『死』から解き放ちたいのであります!! 彼は人柱になった事に悔いはなかったのかも知れませんが……私には、悔いがあるんです!! もう一度、彼に会いたい!!」

 本気でこの少女は言っているらしく、その決意の固さを骨の髄までせつらは思い知らされた。

「……解った。今から君は僕の依頼人だ。聖杯捜索か……はは、魔界都市でもこんな大それた依頼、あったかどうかなんだけどね」

「あ、それとこれは貴方に言われて決めた事なんですが――」

「うん?」

「あの……巻き込まれて<新宿>にやって来た方に関しては、マスターでなく、サーヴァントだけを殺してくれませんか?」

 「うわぁ、マジかよ……」、と胸中でせつらが思ったのは言うまでもない。
場合によってはマスターを殺した方が速い主従がいる事を、せつらも彼女も理解している筈。それを理解していてなお、彼女は自分にサーヴァントだけを殺してくれと言って来た。
何たるわがままな女性――いや、女性を模した人形なのかとせつらは苦笑いを浮かべた。
どうにも、自分はこの少女には弱い。彼女は機械だった。しかし服を着てしまえば、誰がどの角度から見ても、人間にしか見えない。
そして何よりも、宿している感情である。彼女の感情は、プログラミングされた機械では絶対に再現できない程、人間性に満ち満ちている。彼女は最早完全に、一個の人間であった。

 自分はひょっとしたら、機械の乙女である自分のマスターである『アイギス』に。
プラハで一番腕の立つあの老魔術師が作り上げた人形娘の面影を、感じているのかもしれない。
この世界の<新宿>での日々が、きっと長い事になるのだろう事は、せつらにも容易に想像が出来るのであった。





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【クラス】

サーチャー

【真名】

秋せつら@魔界都市シリーズ

【ステータス】

(僕)
筋力C 耐久D 敏捷B+ 魔力B 幸運A 宝具-

(私)
筋力C+ 耐久D 敏捷B+++ 魔力B 幸運A

【属性】

中立・中庸

【クラススキル】

探索者:A
特定の物や人物を探す技量に長けた者。ランクAは凡そ人間が到達しうる中では最高のランク。
サーチャーの場合は長年の経験や妖糸を操るその技量、幸運や人とのコネなどを総合的に勘案した場合、このランクとなる。
サーチャーは魔界都市において並ぶ者がいないと称された程の腕利きのマン・サーチャー(人捜し)であった。

【保有スキル】

妖糸:A+(A+++)
細さ1/1000ミクロン、人間の目には映らない程細い特殊加工チタンの糸を操る技量。
ランクA+は世界中を探し回っても数人と見当たらない程の腕前の持ち主。人格が『私』に代わった時、カッコ内のランクに修正される。

美貌:A+++
美しさ。サーチャーの美貌は神秘に根差したそれでなく、持って生まれた天然の美貌である。それ故に精神力を保証するスキルでしか防御出来ない。
性別問わず、Aランク以下の精神耐性の持ち主は、顔を直視するだけで茫然としたり、怯んでしまったりする。常時発動している天然の精神攻撃とほぼ同義。
ランク以上の精神耐性の持ち主でも、確率如何では、その限りではない。またあまりにも美しい為に、如何なる変身能力や摸倣能力を以ってしても、
その美しさが再現出来ない為、サーチャーに変身したり摸倣する事は不可能。人間に近い精神構造を持つ存在になら等しく作用する。

精神耐性:A(EX)
精神攻撃や精神干渉に対する耐性。サーチャーは極めてマイペースかつ鷹揚とした性格の持ち主で、大抵の精神攻撃はそよ風程度にしか感じない。
人格が『私』に代わった時は、カッコ内のランクに修正。精神攻撃は愚か、心に訴えかける行為全てに聞く耳を持たない。完全に相手を葬る気概を見せる。

単独行動:A
マスター不在でも行動できる。ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要

“魔界都市”の庇護:E
“魔界都市”と言う土地が彼に与える加護。サーチャーが生前活動していた“魔界都市<新宿>”ならば、最高ランクのバックアップが得られるが、
サーチャーが活動している現在の<新宿>では最低ランクにまで落ち込んでいる。このランクであるならば、窮地に陥った場合、自らの幸運判定と相手のファンブル率を少し上昇させる程度の力しかない。

【宝具】

『“私”』
ランク:- 種別:人格 レンジ:- 最大補足:-
――“私”と出会ったな。
サーチャーの身体の中に潜む、もう一つの人格。サーチャーは状況によって“僕”と“私”の人格を入れ替える事が出来る。
この人格にはどちらが上位でどちらが下位かと言う区別はなく、どちらも平等の人格。が、平時の主導権は“僕”の方にあり、表に出ているのは“僕”の方。
“僕”では手に負えない程の強敵、或いは許し難い外道と対峙した時に現れる人格で、この人格には“僕”の時の様な親しみやすさや気前の良さが欠片もない。
“私”に性格が入れ替わった場合、ステータスやスキルランクは“私”の物へと修正され、妖糸を操る技量も格段に上昇する。

 この人格の正体は全く判別が出来ず、サーチャーのもう一つの性格なのか、それとも彼の中に眠るもう一つの魂なのか、その正体は不明。
性格や口調、発する威圧感のみならず、妖糸を操る技量ですらが格段に上昇する事からも、多重人格とも違う。

【weapon】

妖糸:
サーチャーが操る、細さ1/1000ミクロン、つまり1ナノmと言う驚異的な細さを誇る、人間の目には絶対捉えられない糸。
材質はチタンであるが、魔界都市の特殊な技術で作られており、非常に強固。その強固さたるや、銃弾や戦車砲の直撃で千切れないばかりか、
摂氏数十万度のレーザーですら焼き切る事が敵わない程。これだけの強度を持ちながら、風にしなったり、たわんだりする程の柔軟性を持つ。
サーチャーはこれをもって、主に以下のような技を操る事が出来る。

切断:妖糸を操り、相手を切断する。妖糸のスキルランク以下の防御スキルや宝具を無効化する
糸砦:妖糸を張り巡らせ、不可視のトラップの結界を構成させる。無造作にそのトラップに突っ込もうものなら、体中をバラバラにされる。
糸鎧:妖糸を身体に纏わせ、不可視の防御壁を構成する。妖糸のスキルランクより低い筋力や宝具の攻撃を無効化する。他人にも可能。
糸の監視:妖糸を広範囲に張り巡らせ、其処を通った存在を察知する。妖糸スキルランクと同等の気配察知に等しい効果を発揮する。
人形遣い:妖糸を相手の体内に潜り込ませ、相手の意思はそのままに、サーチャーの自由に身体を動かせる技。サーヴァントレベルなら抵抗可能。また、死人も動かせる。
糸縛り:糸を相手の身体に巻き付かせ、捕縛する。無理に抵抗すると身体が斬れる。
糸探り:不可視の糸を伸ばし、糸の手応えで空間の歪み、空気成分、間取り、家具調度の位置から、男女の性別、姿形、感情まで把握する。 

妖糸は指先に乗る程度の大きさの糸球で、2万km、つまり地球を一周しておつりがくる程の長さを賄う事が出来、
サーチャーはこの大きさの糸球をコートのポケットや裏地のみならず、体内にすら隠し持っている。事実上、サーチャーから妖糸を取り上げる事は、ほぼ不可能。

黒いロングコート:
一見すれば普通の代物であるが、実は友人である魔界医師が作り上げた特注の品。
Aランク相当の高い対魔力性と対毒性、対光性を誇る特注品。但しこの対魔力はサーチャー自身にではなく、このコートそのものの値の為、サーチャーに魔術が直撃すれば当然彼はダメージを負う。

【人物背景】

“魔界都市<新宿>”は西新宿でせんべい屋を営んでいた男。副業で人探し屋(マン・サーチャー)を営んでおり、此方の方が有名。
数々の難事件や<新宿>の危難を解決して来た、魔界都市の英雄。そして、絶対に敵に回しては行けなかった三人の美魔人の一人。
 
【サーヴァントとしての願い】

特にはない
     





   我が白髪の三千丈 


   心の丈は一万尺 


   因果宿業の六道も 


   百の輪廻もまたにかけ 


   愛(かな)し愛(かな)しと花踏みしだき 


   おつる覚悟の畜生道
     






EX:魔界都市<新宿> “月光花”

 <新宿>にやって来てからは院内に置いてあった小説を読み漁る日々が続いた。
良作もあれば、駄作を掴まされる事もあった。そんな中で、今彼女が口ずさんだ詩は、特にお気に入りのものだった。自分を皮肉っているようで好きだった。
お気に入りの詩歌は最早、見なくても口に出来る程のお気に入りになっている。目を瞑れば、情景すら浮かんでくるようだった。

 ……遂に、始まるのだ。
何人犠牲になってしまうのだろう。誰が、聖杯を手に入れられるのだろう。我々は、何処へ向っているのだろう。
そんな事が取り留めもなく、彼女の脳内に溢れて来る。今でも彼女は思っている。自分のやっている事が正しいなどとは露とも考えていない。
しかも彼女は、この聖杯戦争を主催した立場、しかも統治者であるにも拘らず。皆が顕現させるのに必死になった聖杯を、横取りしようとしている。
何と言う、呆れた考え。厳格な姉が見たら、殴ってでも性格を正されてしまうに違いない。

 しかしそれでも、彼女は聖杯を求めるのだ。
たった一人の男を蘇らせる為に。人の死にたいと言うネガティヴ・マインドの集積体が怪物となった存在から『絶対の死』を守り通す人柱となった青年を救う為に。
人一人の為に、何百人の命を犠牲にする。迷信と妄信が蔓延った中世ヨーロッパの悪魔信仰と同じレベルで、つり合いが取れていないだろう。
解っていても、彼女は求めるのだ。自分が、蛇に騙されたイヴだと解っていても、その奇跡に向けて突き進むしかないのだ。

 恋と愛は、人を狂わせる。
ある時まで彼女はその事を知識としては知っていたが、それが如何なる意味なのかと言う事までは理解していなかった。
だが今なら解る。自分は彼に恋をしていた。愛していた。自分は狂っているのだろう。しかし今は、狂わねばやっていられない。
正気を保っていれば、自分が壊れてしまいそうで怖かったから。だから彼女は、完全に狂う事とした。

 ――仏教の説話に曰く。
阿修羅王と呼ばれる悪鬼羅刹の王がおり、よりルーツを辿れば彼は正義を司る高次の存在であったと言う。
彼はその宿業によりて、帝釈天のいる兜率天浄土へと攻め込み、何億年の長きに渡り戦い続けるらしい。
では、その宿業の原因とは何か? 永劫の時を戦い続けるに至った動機とは、何か?
阿修羅王は、帝釈天に大事な娘を奪われたのだ。蝶よ花よと愛で、愛していた娘を。
そんな、人間界にでも良くある様な話が原因で、正義を司る神は、悪鬼を率いる王に近しい存在とまで認識され、怒りに狂ってしまったのだ。

 自分は阿修羅王だ。
たった一人の青年への愛の為に許されざる戦いと行為を行おうとする悪鬼羅刹だ。
どんな非難や誹りも、甘んじて受け入れる。だが、我が意を曲げたりなど彼女は絶対にしないと心に誓っていた。

「……もうすぐでございます、湊様」

 天井の照明を見上げ、力を司さどる者と呼ばれ、嘗て鼻の長い老人に仕えていた麗女、『エリザベス』が。
全人類の悪意から、人類とニュクスの身を守る盾となっているであろうあの青年の名を口にした。
数秒程照明を見つめた後、エリザベスはその部屋から退室した。向かう先は、この『病院』にいる、自分が引き当てたルーラーの下である。






   諸の声聞に告ぐ――


   我は未来世に於いて三界の滅びるを見たり


   輪転の鼓、十方世界に其の音を演べれば、


   東の宮殿、光明をもって胎蔵に入る


   衆生は大悲にて赤き霊となり、


   諸魔は此を追うが如くに出づ


   霊の蓮花に秘密主は立ち理を示現す


   是れ即ち創世の法なり――






終わりの始まり:魔界都市<新宿> “夜想曲”

 エリザベスの引き当てたルーラーは、いつも病院の地下室にいた。
日長一日、薄暗い病院の地下室のベッドで眠りこけており、その瞬間が来るのを待っている。

 ――今がその時である。
相手も気付いている事だろう。自分が来て、聖杯戦争が始まると告げるまでもない事なのかも知れない。
解ってはいるが、やはり今日この日は特別な日になってしまう。自分の口から報告したいと言うのも、むべなるかなと言う奴であった。

 エレベーターもエスカレーターも死んでいる為、非常階段を下り、照明器具の一切が死んでいる地下を、エリザベスは歩いて行く。
光すら届かない程の真っ暗闇の中を、エリザベスは何の迷いもなく進む。フクロウの様に夜目の利く女だった。
角を曲がり、二十m程進んだ辺りで、更に曲がり、目的の部屋へと通ずる扉の前に彼女はやって来た。
ノックもなしに、ドアを開ける。淡い緑色の光が、やはり暗い室内で、幻想的に光っていた。
その光はライン(線)を形成しており、よくよく目を凝らして見ると、それが人型を成している事が解る。

「来ましたわ」

 エリザベスが告げる。

「……そうか」

 ベッドに腰を下ろしている人型が、そう告げて来た。年の若い青年の声だった。エリザベスが懸想する、有里湊と同年代位の男の声である。

「ルーラー。貴方に告げるまでもない事でしょうが、始まりますわ」

「『二十八組』だ」

 青年が口にする。その言葉の意味を、エリザベスは理解している。

「<新宿>は滅びる。俺達が滅ぼす。その末に、聖杯が現れる。……解ってるな、マスター」

「存じております」

 答えるエリザベスに、迷いはない。それはルーラーも解っていた事らしい。
彼は本当は、もっとエリザベスに問い質したい、聞きたい覚悟もあったに違いない。だがしかし、存じておりますと答えたエリザベスの、何たる意思の強さよ。
これを聞いて彼は、これ以上問う事は野暮だと判断したのだ。

「お前も大層な悪党だな」

「恥ずかしながら」

 エリザベスは否定しない。

「聖杯戦争の主催者にして管理者が、聖杯が現れた後でそれ分捕るなんて、普通は考えないだろうよ」

「私にはそれを行うだけの願いがあります。大切な人がおります。……ルーラー。貴方には、その様な方はいらっしゃらなかったのですか?」

「いた気もするが、俺の手で葬った」

 紅色の瞳が、エリザベスを射抜く。力を管理する者として、圧倒的な能力を秘めた彼女ですらも怯ませる、魔の眼光であった。

「俺は、この病院の、今此処に座るこのベッドで生まれた。俺にある感情と言えば、三度此処で生まれて、奇縁だなと思う位だ」

「冷めた人ですね」

「お前に言われたくないさ」

 皮肉を一つ利かせると同時に、青年がベッドから立ち上がる。
それと同時に、青年の身体に走っている緑色のラインが放つ光が急激に光を増し、その姿を露にさせる。
背格好は、エリザベスの知る湊と大して変わらない。黒髪もだ。奇妙な服装をしていた。
上半身は裸で、下半身はハーフパンツ、スニーカーを着用したラフ過ぎる恰好。その上半身の筋肉を見るがよい。如何なる死闘を幾つ経験すれば、此処まで身体が引き絞られるのか?

 その青年は、自分の本当の名前――人間であった頃の名前を既に忘れていた。
尤も、彼が人であった頃の名前など、歴史の荒波どころか、さざ波に浚われてしまえば跡形も残らない程脆いものであった為に、然程意味はない。
今の彼には、人であった頃の名よりも有名な名があった。有里湊を蘇らせる過程で、様々な世界を旅していたエリザベスも、その勇名は度々耳にしていた。

 ――その男、曰く。大いなる意思に呪われ、永遠を生きる事となった悪魔。
その男、曰く。創世を成す無辺無尽光を破壊した拳を持つ悪魔。
その男、曰く。十二枚の翼をもつ魔界の帝王の最強の懐刀、混沌の悪魔が永劫の時を待ち続け、漸く現れた究極の存在。
その男、曰く――『混沌王』。

 人間であった頃の名前である、『間薙シン』と言う名前は、最早機能していないに等しい。
この青年は『人修羅』と呼ばれる名前と、それに付随する伝説の方が最早、有名であるのだから。

 人修羅に纏わりつく緑色の光とは、彼の体中に刻まれた、黒い入れ墨を縁取る鮮やかな緑の発光現象で生み出された物であった。
これと、うなじに生える硬質化した脳幹こそが、彼を悪魔足らしめるシンボルだった。
その神秘的な、それでいて、エリザベスが操る全てのペルソナを足してもなお足りない程の、威圧的な姿に、彼女は何度気圧されそうになった事か。
其処にいるだけで、威圧感を放ち続ける、恐るべし、人修羅の魔力よ。

「これからやる事があるだろう。小説何て読んでられないぞマスター」

「聖杯の為ならば何でもする所存で御座います」

「良い返事だ。此処は懐かしい場所だが、やはり少々空気が湿っている。久々に上に向かうぞ」

 人修羅はそう言って部屋から退室し、我が家でも歩くが如く地下室を歩いて行く。それに追随するように、エリザベスも歩み始める。

 <新宿>にはメフィスト病院を筆頭に、病院が幾つもある。
その中で、現在病院としての機能を失っているのが、現在エリザベスたちの居るこの病院であった。
十年前、公安にもマークされる程の危険思想を抱く新興宗教の信者達が運営。
数々の非人道的な実験を行ったり、医者の立場を利用した死亡診断書を捏造し、敵対宗教の信者を何人も殺すと言う大事件があった。
現在関係者全員が総逮捕され、現在は時の流れに任せるまま。嘗ての姿を残し続ける建物が、<新宿>の北に存在している。
名を、『<新宿>衛生病院』と言う。それは嘗て、人修羅が人を捨て悪魔となった病院と、奇しくも同じ名前であった。





 ……参加者全員の契約者の鍵が、光っている。神秘的な群青色に。
ある者は人目につかない場所で鍵を取り出した。ある者は周りに誰もいなかったので鍵を取り出した。ある者は――寝過ごした。
契約者の鍵から投影されるホログラム。文字が、携帯電話でメールを見るようにしてパッと確認出来る。その大意は凡そ、こう言う事になる。



 ――ルーラー及び、<新宿>の管理運営者からの通達・報告。
ただ今の日付時刻、『7月15日金曜日深夜0:00時』を以て、<新宿>聖杯戦争の本選を開始いたします。皆様が聖杯の奇跡にまで到達出来る事を心より祈っております。
またこれに付随し、討伐クエストを発布いたします。クエスト達成者には、令呪一画が成果報酬として与えられます。

現在の討伐クエストは、以下の二つになります。

①:遠坂凛及びバーサーカーの討伐

討伐事由:<新宿>の無辜のNPC百八十名の殺害

開示情報:遠坂凛とバーサーカーの顔写真を転載いたしました

備考:主従共に生死は問いません


②:セリュー・ユビキタス及びバーサーカーの討伐

討伐事由:<新宿>のNPC百二十一名の殺害

開示情報:セリュー・ユビキタスとバーサーカーの顔写真を転載いたしました

備考:遠坂凛の項に同じ











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【クラス】

ルーラー

【真名】

人修羅@真・女神転生Ⅲノクターンマニアクス

【ステータス】

筋力A+ 耐久A 敏捷A+ 魔力A 幸運C 宝具EX

(マサカドゥス装着時)
筋力A++ 耐久A+ 敏捷A++ 魔力A+ 幸運C+

【属性】

『混沌』

【クラススキル】

対魔力:D(A+++)
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。 
後述する宝具を発動した際には、カッコ内の値に修正される。

真名看破:C
ルーラーとして召喚されると、直接遭遇した全てのサーヴァントの真名及びステータス情報が自動的に明かされる。 
ただし、隠蔽能力を持つサーヴァントに対しては、幸運値の判定が必要になる。 

神明裁決:A+
ルーラーとしての最高特権。聖杯戦争に参加した全サーヴァントに二回令呪を行使することができる。他のサーヴァント用の令呪を転用することは不可。
帝都の守護者としての側面も有しており、かつ開催場所が東京の為そのランクが跳ね上がっている。ルーラーの使う令呪は、一画につき二画分の効力を発揮する。

【保有スキル】

半人半魔:-
彼は、彼を人として繋ぎ止めていたその心を、明けの明星に売り渡した。ルーラーは、明けの明星が待ち望んだ、究極かつ完全なる混沌の悪魔になった。

混沌王:EX
ルーラーは、明けの明星と、彼に従う混沌の悪魔が永劫待ち望んだ、終わりなき戦いを告げる者である。
極めて高ランクの心眼(真)、直感、勇猛、魔力放出、無窮の武錬を兼ね備えた複合スキルであり、Aランク以下の精神干渉を全て無効化する。
このランクは絶対性ではなく、明けの明星が認めた混沌王と言う種族の悪魔はルーラー以外にいないと言う唯一性を表す。

戦闘続行:EX
オーバーキルの大ダメージを受けても、因果を逆転させ即死させるような攻撃でも。一回だけ『食いしばる』事で寸前で耐える事が出来る。
このスキルは連発出来るわけではなく、一度発動したら次に発動するまで、発動した瞬間から起算して二十四時間を経過しない限り再度の発動は不可能となっている。

貫通:A
明けの明星から授かった究極の矛。物理攻撃に対する耐性、無効・吸収効果を無視し、本来与えられる筈だったダメージを等倍で与える事が出来る。
遍くスキル、宝具による防御効果を一切無視してダメージを与える事が出来るが、『攻撃を反射する性質』だけは貫けない。

魔術:D
キャスタークラスであれば、マガタマから引き出した様々なスキルを扱う事が出来たのだが、現在は大幅にランク低下している。
ルーラークラスの場合は、万能属性の魔術を除いた多少の攻撃魔術と、自らの攻撃を補佐する魔術程度しか扱えない。

帝都の守護者:-(A)
帝都、即ち東京を守護する側面を持った存在。ルーラーは本来そう言った悪魔ではないのだが、『公』と呼ばれる存在からその任を託されている。
普段は発揮されていないスキルだが、後述の宝具を使用した際にカッコ内の値に修正。
東京の平和を著しく傷つけたサーヴァントと対峙した場合、彼らの全ステータスをワンランク下げ、ファンブル率を大幅に上昇させる。

【宝具】

『混沌よ、帝都を守護れ(マサカドゥス)』
ランク:A+++ 種別:禍玉 レンジ:- 最大補足:自身
東京受胎によりボルテクス界とかした東京で、公こと『マサカド神』から授かった究極のマガタマ。貫通とは対になる、究極の盾。
普段は原初のマガタマであるマロガレをルーラーは装着しているが、これを装備する事で全てのステータスに『+』が一つ追加され、
対魔力の値をカッコ内の値に修正。同ランク以下の神秘の攻撃では傷一つ負わなくなり、銃弾を除く物理的な干渉の全てを一切無効化する。
また装備する事で帝都の守護者スキルを獲得する。此度の聖杯戦争の開催場所が、<新宿>と言う東京であるからこそ使用を可能とした宝具。
但し装備時は莫大な魔力消費が掛かるだけでなく、この宝具の肝である究極の盾も、相手の補正次第では、呆気なく貫かれる。万能属性宝具は、その最たる例である。

『地母の晩餐(ティタノマキア)』
ランク:A+(A++) 種別:対城宝具 レンジ:100~ 最大補足:1000~
彼を中心としたレンジ内の大地に亀裂を生じさせ、その亀裂から莫大なエネルギーを噴出させて相手を攻撃する宝具(スキル)。
大地母神である神霊・ガイアの力の結晶体であるマガタマ、ガイアから引き出した攻撃スキルの一つ。
通常状態では、マスターの魔力を莫大に消費させるが威力の高い宝具、と言う扱いだが、真価は令呪1区画を消費してこの宝具を使用した時にある。
令呪を消費してこの宝具を発動した場合、威力がカッコ内相当のものに跳ね上がり、かつ攻撃属性が物理から、あらゆる方法でも無効化する事が出来ず、
耐久パラメーターでしかその威力を低減させるしかない『万能属性へと変貌』。途端に、一撃必殺の威力を誇る宝具へと昇華する。
但し、攻撃範囲が極大過ぎる為に、ルーラーは<新宿>を破壊しかねないとして、余り使う事はない。

『至高の魔弾(デア・フライシュッツ)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:100~ 最大補足:1
相手目掛けて、万能物理属性を秘めた、強大なエネルギーの集積体を超高速で射出させる宝具。
シヴァ神の力の結晶体であるマガタマ、カイラースから引き出した攻撃スキルの一つ。シヴァの第三の目その物。
万能属性かつ、物理属性、そしてスキル・貫通の影響で、その場に存在でもしない限り如何なる宝具やスキルをも貫いて相手に超特大の大ダメージを与える事が出来る。
新たなる世界秩序を内包した理とそれに満たされた一つの宇宙を産む力を粉砕した、“世界の未来を閉ざした魔眼”である。発動にはやや時間がかかるが、それも数秒の事である。

『集え、そして行こう。我らが真の敵の所へ(カオス)』
ランク:EX(使用不可能) 種別:魔の軍勢 レンジ:∞ 最大補足:∞
ルーラーが葬り、そして従えて来た混沌の悪魔を際限なく召喚し、相手を蹂躙する宝具。
悪魔とは言うが彼らが言う所の悪魔とは、唯一神とその庇護をうけた天使や唯一神から別れた神霊以外の事を指し、従える悪魔の中には一神話体系の主神などと言った、
破格の神霊も存在する。現在はルーラーと言う、『人修羅本人の指導力と人修羅と言う個の強さを押し出した』クラスでの召喚の為、使用は不可能となっている。

【weapon】

拳、そして、魔力を練り固めて作った剣

【人物背景】

うまれ、そだち、ほろび、……そしてまたうまれる。それがこのセカイのあるべきすがただったのに。ひとりのアクマがそれをゆるさなかった。

創りかえられるはずだった世界と引き換えに生まれてきたのは、混沌を支配し、死の上に死を築いてきた闇の力だ。
 
【サーヴァントとしての願い】

??????
       





「……まもなく、最上階でございます」

 <新宿>の夜景を、衛生病院の屋上から人修羅と一緒に見下ろしながら。
エリザベスは、物悲しそうにそう呟いたのだった。絶対の死へと挑む有里湊を見送った、最後の言葉であった。
       





       





       








0:“魔界”

 聖杯戦争の開催場所である<新宿>にあるメフィスト病院で働く医療スタッフは全て、人間ではない。
この病院に勤務するスタッフは全て、メフィストの手によりて創り上げられた人造生命体(ホムンクルス)或いは、宝具によって再現された生前のスタッフ達だ。
彼らは皆、メフィストによる強化手術を受けており、対物ライフルや軍用の突撃銃や小銃を喰らってもまだ活動が出来るだけでなく、
戦車すらも解体してしまう程の強さを誇る。また病院全体には、区外及び<新宿>の常識を超えた凄まじい霊的かつ魔術的、そして科学的な防護システムが施されており、
これにより患者や医療スタッフの身の安全は完全に確保されていると言っても良い。
小型の核爆弾で攻撃されても、病院は愚か患者・スタッフ一人に傷すら負わせる事は叶わなかったと言う逸話からも、その堅固さの程が窺い知れよう。
そして、この病院を攻撃した不遜の輩は全て、防衛システムで跡形もなく消され、縦しんば逃げ果せたとしても、病院の防衛システムの構築者であり、
魔界都市で最も恐れられた三人の内の一人に数えられる院長が、地の果てまで追跡。その存在を抹消するのである。

 ――とは言え、結論を述べれば、病院にさえ危害を加えなければ、この病院は無害そのものと言っても良い。
患者であればどんな立場の人物であれ迎え入れる懐の大きさと、保険外診療であろうとも他区の1/10の値段で済むと言う、出血大サービスと言う言葉すらも生ぬるい診療費。
何もしなければこの病院はまさに、患者にとっての楽園であり、最後に縋るべきアジールなのである。

 だが、どんなに善良な患者でも。どんなに院長との信頼を勝ち得た人物であろうとも。
決して足を踏み入れられない領域と言うものが、この病院にはいくつも存在する。その最たる例が、メフィスト病院の院長室であろう。
キャリア数十年の婦長も、メフィストが全幅の信頼を寄せる医療部長であろうとも、院長室に足を踏み入れる事は出来ない。
院長室にいるメフィストを呼ぶには全て、モニタ通信でなければならない程である。

 白く美しい闇が、患者が寝静まり、数十名の夜勤スタッフが活動をしている深夜のメフィスト病院を歩んでいた。
固いリノリウムの床を、絹を踏むような軽やかさで歩くその男こそ、魔界医師ドクターメフィスト。
無窮の暗黒の中ですら、白く光り輝く美貌を持つ、美しい医師。白き魔人である。
道中スタッフとすれ違う事もなく、彼はメフィスト病院最上階に存在する院長室の前までやって来た。
彼の存在感と言うべきか、身体から醸す魔力を感知した自動ドアが、音もなく開いて行く。彼はその中に入った。

 メフィスト病院の潤沢な資産は、何処から来るのか。
一説によればメフィストは過去に、分子・原子構成変換機の開発に成功しており、無尽蔵に黄金や宝石を生み出す事を可能としたと言う。 
こう言った噂を信じ、トレジャーハンターと言う名の賊が、院長室などに忍び込む事が多々あった。
院長室に侵入出来るだけでも、魔界都市でも指折りの怪盗だと自負して良いだろう。だが、院長室に入った賊は、皆生きて帰る事が出来なかった。
それは何故か。メフィスト病院の院長室は、メフィストの意思次第で空間自体の大きさを無限大に拡張出来るからだ。
ドアからメフィストが作業している黒檀の机までの距離が、見かけ上は三十m程に見えても、メフィストが許可しない限り、その実質上の距離を、
数千億光年にまで引き延ばす事だって不可能ではない。これを知らず院長室に入った賊が、餓死した状態で発見されると言う事態まであったほどだ。

 メフィストが一切の許可なく、メフィスト病院の院長室への入室を許可した人物は、二名ほど。
一人が、新宿警察署に所属している幸運の刑事、『朽葉』。そしてもう一人こそが、メフィストが懸想する、美しい黒魔人。『秋せつら』。
そしてつい最近入室を認めた存在こそが、メフィストを召喚したマスターである。

「やぁ、メフィスト」

 院長室は凡その想像がつくかもしれないが、この世界の時空にはない、完全な異空間である。
メフィストが作業している黒檀の机まで、幅五m程の細長い道が続いており、その道の縁には柵がなく、その下には宇宙の如き暗黒空間が広がっていた。
此処に落ちてもメフィストが許可すればすぐに助かる事が出来るのだが、そうでない者は、深さ∞kmを死ぬまで落下し続ける事となる。
メフィストの視界の先に存在する、黒檀の机に付近で、男が虚空に座っていた。
いや、正確に言えばそれは虚空ではない。マスターは蒼白い、エクトプラズム製の椅子に座っていた。
霊魂が発生させるたんぱく質に酷似した物質であるエクトプラズムの椅子は、使用者に最も快適な角度へ万分の一単位の精度で自動的に調整されるのだ。
極めて原始的かつシンプルな技術で作られて居ながら、その座り心地の極上さは言葉に出来ない程であり、一生をこうして座って過ごしいたいと人に思わせる程である。

「契約者の鍵に、聖杯戦争の開始を告げる通達がホログラムで投影された。いよいよ始まるな」

「私は、私を求める存在だけを癒す者だが」

「無論君の意思は尊重するよ。君が聖杯に興味がないように、私も聖杯には興味がないからね」

 音もなくメフィストは黒檀の机の所にまで歩いて行き、マスターと相対した。
嘗て、重度のドラッグ中毒により、精神が破綻し、己の名前すらも思い出せなかったジャンキーが、正気を取り戻した程の美貌を真正面から見据えても。
マスターは、何処吹く風と言わんばかりに、微笑みだけであった。メフィストも虚空に座った。主のこの動作を待っていたように、メフィストの周りに蒼白いエクトプラズムが凝集して行く。

「……マスター」

「うん?」

 足を組み直してから、マスターは聞いて来た。

「此処に来てから私はずっと、この<新宿>の成り損ないのような街について考えて来た」

「ほう」

 意外そうにマスターが嘆息した。無理もない、マスターから見たメフィストと言う男は、世界の全ての真理を解き明し、
その疲労感で消耗してしまった哲学者のような様子であったからだ。そんな彼にも、思い悩む事柄があったとは、と言う事実に驚いていた。

「私のいた本当の<新宿>では、様々な知識人や魔術師、果ては吸血鬼ですらが、“魔界都市<新宿>”が何故生まれて来たのか考えて来た。
高田馬場に住んでいた、チェコはプラハ随一の女魔術師も考えていただろう。その妹の醜い女魔女もだ。戸山町の吸血鬼の長も考えたに違いない。
数千年の時を生きる大吸血鬼や、それに付き従う中国夏王朝の時代から生きる大妖術師も、中世の時代に串刺し公と恐れられた魔王も考えたか?
名だたる者達が、我々の住まう都市が何なのか考えて来た。かく言う私もその端くれだが、私とて、遂に真理を掴む事は叶わなかった」

 恥も外聞もなく、メフィストは正直に吐露した。それだけ、魔界都市の真実は、近いようで見えて遠く、簡単なように見えて難解だったのだ。

「陰謀論、終末思想、神の裁き。色々な説があった。だが一つ、興味深い説があったのだ」

「何かな」

 口の端に微笑みを刻みつけて、マスターが訊ねて来る。

「<新宿>は、新たなる人類を選出する為のステージだったのだと」

「成程、面白い考えだ」

 メフィストのこの一言だけで、マスターは全て得心したらしい。その様子に、解ったフリなどと言う嘘はなかった。

「此処とはまた別の、上位次元の存在。それを敢えて『神』とでも言おうか。きっと神は、現生人類を新たなる段階へと引き上げる実験場に、
<新宿>を選んだのだ。そう、太古の昔、原人が猿人に駆逐されたように。ホモ・サピエンスが猿人にとってかわるように繁栄したように。新しい霊長の覇者を、<新宿>と言う蠱毒で決めようとしたのだ」

 マスターは笑顔を浮かべて、メフィストの自論を耳にするだけ。
メフィストは、若き衒学者が自論をひけらかすように淀みなく話している。彼が大学教授として講義を務めれば、忽ち教室は、立ち見の生徒すら現れるだろう程、魅力的で解りやすかった。

「その考えで行くのならば、この<新宿>は、魔界都市の成り損ないでは断じてない事になる」

 空気の成分が、静止した。と、錯覚するほどの沈黙が、院長室中を支配した。光の動きすら止まりそうな程、緊密な空気。
空気をノックすれば、音が出るのではないかと言う程、固く引き締まっていた。

「この<新宿>は、今日この日までずっと、平穏な状態で雌伏の時を過ごしていたのだ。だからこの街には妖物もいないし、時空間の乱れもない、平和な街だった。
魔界都市たる要素など必要がなかったのだ。<魔震(デビル・クェイク)>から数十年の時を経れば、時空を超えてこの街に、異世界の強者が現れる事を知っていた。
この世界の<新宿>と<魔震>は、『妖物や超常現象、バイオハザードや時空法則の乱れを以て長期的なスパンで人類を進化させる街ではない』。
『聖杯戦争と言う雷光の様に光り輝く一瞬の煌めきで、新たなる人類を選出しようと考えた』のだ」

「成程。期間が長いか短いか、の違いでしかなかった訳か」

「そして貴方は、その事を知っていたのではないか? マスターよ」

「馬鹿な。君にも解る筈だ。今の私は、何の力もないか弱い存在だと言う事に」

 諸手を広げてマスターが言った。笑みは崩れていない。

「初めて私を召喚した時、貴方は言った。聖杯等必要がない。私はこの世界に集まった参加者が、どのようなきっかけで、どのように動くのかが気になるだけだと。
その意味が初めて理解出来た。貴方が初めから『蛇』である事は解っていた。だが、何故その蛇が此処まで矮小化されて此処にやって来たのかの理解に時間が掛かった」

「……」

 次の言葉を、マスターは待っていた。改心の出来の模試の結果を、今か今かと待つ受験生の心境である。

「――魔界は今、そんなに人手が不足しているのかね? 『ルイ・サイファー』。我が目には、その背に六枚の翼を携えているように見える男よ」

 ルイ・サイファーと呼ばれた、黒スーツに、黄金色の髪を持った紳士は、フフッ、と笑みを零してから、言葉を返してきた。

「嘗て、混沌王と言う会心の出来を誇る悪魔を作る事の出来た喜びが忘れられなくてね。彼程の存在が、出来上がれば嬉しいのだが……」

 赤と青のオッドアイが、爛と輝いた気がした。
メフィストはそれを黙って受け止めるだけ。この得体の知れない男の目的には興味はない。
自分はただ、自分の医療技術を求める者だけを、ただ救うだけ。メフィストは患者が好きだった。自分の技術を、求めてくれるから。愛してくれるから。

 数百m上空の天窓が、<新宿>の夏の月を映しだしていた。五日後に満月になる、<新宿>の月が。





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【クラス】

キャスター

【真名】

メフィスト@魔界都市シリーズ

【ステータス】

筋力D 耐久D+ 敏捷B 魔力A++ 幸運B 宝具-

【属性】

中立・善

【クラススキル】

陣地作成:-
独自の固有結界を有する為に、本来ならば規格外(EX)の陣地作成ランクを保有していた。
しかし、聖杯戦争の舞台の影響で、常に固有結界が現出している状態で固定化されてしまった為に、陣地作成スキルが消失している。

道具作成:A+(A+++)
極めて高度なレベルの科学的道具や、魔術道具・礼装の作成を可能としている。材料さえ揃えば、宝具の作成すらも可能とする。
固有結界内部の場合、道具作成スキルはカッコ内のそれに修正される。

【保有スキル】

医術:A++(A+++)
魔界都市最高の医者であるキャスターは、オカルト・科学を問わぬあらゆる知識を修めており、それら全てを医術の為に利用している。
キャスターの行うありとあらゆる治療行為及び製薬行為は、常に極めて有利な判定を得る。
また、キャスター程の医術の持ち主となると、相手を治す医術だけでなく破壊する医術にも造詣が深く、攻撃に転用させられる医療も行う事が出来る。
固有結界宝具の中では、ランクがカッコ内に上昇。一神話体系の治療神・医術神に肉薄する程の医療技術を発揮する。但しそんな彼でも、死者の蘇生だけは出来ない。

美貌:A+++
美しさ。キャスターの美貌は神秘に根差したそれでなく、持って生まれた天然の美貌である。それ故に精神力を保証するスキルでしか防御出来ない。
性別問わず、Aランク以下の精神耐性の持ち主は、顔を直視するだけで茫然としたり、怯んでしまったりする。常時発動している天然の精神攻撃とほぼ同義。
ランク以上の精神耐性の持ち主でも、確率如何では、その限りではない。またあまりにも美しい為に、如何なる変身能力や摸倣能力を以ってしても、
その美しさが再現出来ない為、キャスターに変身したり摸倣する事は不可能。人間に近い精神構造を持つ存在になら等しく作用する。

魔界医師の頭脳:A+++
魔界都市にあって最強の存在と言われた三人の内の一人、キャスターが有する圧倒的な頭脳能力。
ランク相当の高速思考、分割思考、心眼(真)を兼ね備えた複合スキルであり、弁論や策略、戦術などで圧倒的な効果を発揮する。
これら三つのスキルを同時に発動する事で、高い精度の未来予測すらも可能とする。

精神耐性:A++
精神攻撃に対する耐性。およそ精神に作用する術の殆どが通用しない。特に、女性の美貌による誘惑や幻惑はランク問わず全て無効化する。

【宝具】

『白亜の大医宮(メフィスト病院)』
ランク:-(EX) 種別:固有結界 レンジ:100 最大補足:2000
生前キャスターが管理・運営していた、新宿は歌舞伎町を所在地とするメフィスト病院を固有結界として展開する宝具。
発動する事で、旧新宿区役所周辺の風景と、其処を拠点とする、地上10階地下10階、収容人数2000人を誇る白亜の大病院の風景が展開。
固有結界内部ではキャスターの道具作成スキル、医術スキルがカッコ内の値に修正される。
またメフィスト病院の中には、Dランク相当の『単独行動』を持った、改造手術やサイボーグ化手術によって高い戦闘能力を有するに至った医療スタッフの数々が、
病院内でキャスターの医療をサポート、或いは賊を迎撃する為にパトロールをしている、だけでなく。
病院自体が超科学技術による最先端の防衛・迎撃システムに、院長であるメフィスト自体が魔術に対して極めて造詣が深い男である故に、
様々な霊的・魔術的・空間的防衛手段を病院に施している為、その堅固さは下手な要塞を上回る。対城宝具を直撃させても、滅多な事では破壊されないレベル。

 本来この宝具は、莫大な魔力を消費する事でメフィスト病院を展開する宝具である。
しかし、<新宿>で展開されることで、異物の<新宿>と現実の<新宿>が融合。その結果、魔力消費なしで常時発動、流出している状態の宝具へと変貌を遂げてしまった。
神秘が常に現実世界に表面化、固定化され、世界に受け入れられた結果、固有結界を展開した時に起る、抑止力による世界からの修正が発生しなくなった。
神秘としての測定が不可能になっているのではなく、世界に受け入れられ、完全に神秘が表面化、固定化されてしまっている為に、神秘としてのランク測定が無意味になっている宝具。

【weapon】

針金:
文字通り銀色の針金を、キャスターは常に何百m単位で持ち歩いている。
瞬間的な速度でキャスターは針金細工を生み出す事が出来、これによって針金細工のトラやサイ、幻想種を生み出す事が出来る。当然針金細工の為に中身は空洞。
また針金を目にも留まらぬ速度で伸ばしたり縮める事で、相手を切断する事も可能である。
本来の実力なら針金細工の維持には何のデメリットもなかったのだが、サーヴァントである為に、維持には魔力消費が掛かる。

メス:
文字通りの医療道具であるのだが、キャスターの使うそれは、如何なる技術で作られているのか。
核弾頭でも破れぬ被膜を切り裂く力と、物質を素粒子レベルにまで分解する攻撃に直撃しても破壊されなかった程の耐久力を持つ。
空間や次元を切り裂く事も可能で、空間を切り裂いて、数百m単位で移動する事が可能。
直接このメスで敵を切り裂くと、耐久や宝具のランクを無視して相手にダメージを与える事が出来る。
宝具として機能してもおかしくない程の性能を誇るが、耐久力に関しては劣化が施されており、Bランク相当の宝具攻撃、
或いはAランク相当の筋力を有するサーヴァントの攻撃に直撃すると破壊されてしまう。また破壊されたメスを生み出すのにも、魔力が必要となる。

ケープ:
ルーラーが身に纏う純白のケープ。彼に身の危険が迫った時、意思を持ったように動き始め、攻撃を防御する。飛来する銃弾を包み、無効化した事もあった。
Aランク相当の対魔力を獲得出来るケープだが、あくまでもケープ部分のみだけで、生身のメフィストの身体には対魔力はない。

【人物背景】
 
魔界医師。何年生きているのか、何処の生まれなのか。彼の口からそれが語られた事はない。

【サーヴァントとしての願い】

?????????







   じゃ、これが地獄なのか……。こうだとは思わなかった


   硫黄の匂い、火あぶり台、焼き網など要るものか


   地獄とは他人のことだ


                           ――ジャン・ポール・サルトル、出口なし







                       Let`s SURVIVE...




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