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2009-01-25
2009-01-30追記あり


『男が消える? 人類も消える?』を見た

前回の記事にコメントいただいたMIDOさんに教えていただいて、「NHKスペシャル シリーズ女と男」の第3回『男が消える? 人類も消える?』の再放送を録画しました。ようやく見ることができましたので、その感想です。簡単に言えば「不必要に煽りすぎ」な番組でした。番組を見て疑問に思ったことをすべて取り上げてはいません。とりあえず書けることだけ書いてみました。間違い、勘違いがあるかもしれません。気付かれましたらコメント欄で教えていただけるとうれしいです。

コモドオオトカゲの単為生殖


単為生殖とは、雌の産んだ卵がそのまま発生し、個体に成長することで子孫を増やす生殖方法です。アブラムシやミツバチで行われていることが知られています。コモドオオトカゲの単為生殖は、2006年12月21日のNature で報告されています。番組では、雌だけで子孫を残す例としてコモドオオトカゲが紹介されました(放送開始から14分過ぎ)。実はコモドオオトカゲは、雌だけで、単為生殖だけで生き残ることはできません。コモドオオトカゲは雌ヘテロZW型であり、雌がつくる卵は減数分裂によってZ染色体かW染色体のどちらかだけをもっています。その結果単為生殖で生じた胚はZZまたはWWの性染色体をもちますが、WWは正常な発生に必要な遺伝子が足りないため、発生の途中で死んでしまうのです。つまり、コモドオオトカゲの単為生殖ではZZのみ、すなわち雄しか産まれないのです。当然のことながら雄は卵を産まないので次世代をつくれません。このことは番組では一切触れられていませんでした。

このあたりの話はstochinaiさん@5号館のつぶやきのこちらの記事を参考にさせていただきました。

胎盤をつくるための遺伝子


番組では、コモドオオトカゲは雌だけでも次世代がつくれるのに、人類はそれができない、という流れになっていました。その理由は、哺乳類の胎盤にあると言うのです。番組での表現が誤解を招きやすく、「胎盤をつくるための遺伝子がY染色体上にある」と思い込んだ視聴者が結構いたようです。たとえばこちら。そして誤解した人ほど、これはヤバい!と思ってブログにあわてて記事を投稿してしまい、ますます誤った知識が広がってしまうわけです。考えてみれば、女性はY染色体をもっていませんがそれでもきちんと胎盤をつくることができます。だから胎盤をつくるための遺伝子はY染色体上にはありません。実際には、胎盤形成遺伝子は常染色体上に(たとえばpeg10は7番染色体上に)あります。受精卵は両親から1本ずつ7番染色体を受け継ぎますが、ゲノムインプリンティング(遺伝的刷込み)という仕組みにより、父親由来のpeg10しかはたらかないようになっているのだそうです。女性が胎盤をつくるためには、その父親からのpeg10が必要なのです。番組のナレーションでも「胎盤は精子に含まれる遺伝子の命令でつくられるのです」と言っており、「Y染色体の命令で」とは言っていません(放送開始から17分過ぎ)。でも、精子の映像をバックにした話だし、ゲノムインプリンティングの説明もないので、誤解してしまうのも仕方ないのかもしれません。

そもそも進化とは何か?

photo from Wikipedia

進化」とは、世代を経るにしたがい遺伝的形質が変化することです。一般に誤解されることが多いのですが、進化と進歩は異なります。どちらかと言えば、進化は変化と同じです。「退化」も進化に含まれます。1億7000万年かけてY染色体が小さくなったのも進化の結果です。

なぜY染色体は小さくなったのか?

それは「小さいほうが子孫を残すのに有利だった」から(こちらをAとします)です。生存に適した形質をもつ個体が生き残り、子孫を残すことで進化する、このような考え方を自然選択説といいます。自然選択は非情であり、エネルギーを無駄遣いするものは生き残ることができません。すなわち、小さくてもいいのならそのほうが無駄がない、これがAの考え方です。

あるいは「大きくても小さくても子孫を残すことへの影響はなかったので、たまたま小さくなった」から(こちらはB)です。もちろん番組で取り上げられたように、Y染色体は1本しかないため、コピーミスによる劣化が累積したのは真実です。ある個体(これをpとします)はそのため子孫を残せず、その遺伝系統が途絶えてしまうこともあったでしょう。しかし別の個体はコピーミスがあったにも関わらず生き残りました。それは、常染色体での突然変異によりY染色体遺伝子の損傷を補うことができたためです。というか、このような場合にしかY染色体の縮小は起こりませんでした。これは条件がそろったためにB案を採用できるようになったことを示しています。当然のことですが、すべての個体がB案を採用できたわけではありません。そうではなくて、B案を採用できた個体だけが生き残り、子孫を増やしただけなのです。番組の冒頭で恐ろしい予言をしたオーストラリア国立大学ジェニファ・グレーブス博士は、「世界の“どこか"で来週消えても不思議はないのです」と言っています(番組開始から7分過ぎ)。世界のどこかで来週Y染色体を失う男性(これはpの個体です)がいるかもしれません。というか、たぶんいるのでしょう。でもその男性はただ子孫を残せないだけです。世界中の男性が同時に来週Y染色体を失うとは言っていないのです。

このままY染色体が消滅しても大丈夫なのか?

Y染色体の縮小が進化の結果ならば、それは、そのほうが生存に有利だったからであり、何も心配することはないと言えます。しかしBの考えでは、突然変異というある種のアクシデントを必要とします。そんなに都合よく突然変異が起こることを期待してもいいのでしょうか?

番組では、雄ヘテロXO型として、すなわちY染色体を失っても生存が可能になった例としてトゲネズミが紹介されていました(放送開始から27分過ぎ)。これは偶然が重なった結果であり、人類にも同じような偶然が起こると思ってはならない、番組ではそのようなナレーションがありました。本当にそうなのでしょうか?

確かに突然変異は偶然に起こる(本当は違うのですが簡単のためにそう仮定します)ことなので、それが起こるかどうかは分母の大きさが十分に大きいか、に懸かっています。今の地球人口は60億人以上で、男性はその半分です。これが十分な分母の大きさなのか、私にはその評価を下す知識がありませんので、専門家の話が聞ければうれしいです。そして、Y染色体消滅まであと500万年という番組の予測が正しければ、これからの20万世代(1世代25年として)の中で突然変異が起こればいいということになり、私には十分な分母の大きさのように思えます(というか、環境破壊による人類絶滅のほうが先に起こるかも)。この期間が十分な長さなのかについては、議論が分かれるところです。リチャード・ドーキンスは、『盲目の時計職人』でこう書きました。

「われわれの脳は、狩りや採集、婚姻や子育て、換言すれば、ほどほどの速度で三次元空間を動く、ほどよい大きさの物の世界を把握するためにデザインされている(p19)」

それは大きさで言えばmmからkmまで、時間で言えば秒から数十年の範囲です。500万年という時間がどれほどのことを可能にするのか、直感的には理解できません。例えば私の身長(176cm)は父より3%分高いです。1世代ごとに3%身長が高くなるとどうなるのか計算してみると、10世代目の身長は223cm、100世代目では3190cm! 1000世代目では10の15乗cm=10の13乗mとなり、これは太陽から太陽系の果て(ヘリオポーズ)までの距離に相当します。1世代25年とすれば、これは2万5000年後のことです。もちろんこれはただの計算です。突然変異自体は偶然かもしれませんが、ひとたびそれが起これば、自然選択によってその傾向は着実に強化されていくのだから、直感に従ってそんなことはありえない、と切り捨てる前に、本当にそうなのか考えてみよう、というのが私の提案です。

進化の問題と環境の問題

photo from Wikipedia

番組の後半は、現代男性の精子の質の悪化について取り上げられていました(放送開始から30分過ぎ)。確かにチンパンジーとの比較では、明らかにヒトの精子の質は悪いように見えます。でも、チンパンジーは比較対象として適当なのでしょうか? チンパンジーは乱婚という配偶形式に適した精子をもち、ヒトは一夫一婦制という配偶形式に適した精子をもっているだけなのかもしれません。ヒト以外の一夫一婦制の動物の精子と比較して見たいところです。このあたりについては私にはわからないことが多いので判断は保留します。

ここ5年で精子の濃度が大きく低下した(放送開始から37分過ぎ)というのは進化の問題ではなくて環境の問題です。私たちのもっている遺伝子は、1万年前の旧石器時代からほとんど変化していないのだから。これは番組前半の、進化に伴うY染色体の消滅とはまったく別の問題です。そういったナレーションはありましたが、果たして視聴者にどれだけ届いているのか、少し心配です。

とにかく、進化によるY染色体の消滅なんかよりこちらのほうこそ「いま、そこにある危機」なのではないでしょうか。番組でも取り上げられていましたが、悩ましいのは、生殖医療の推進は、精子の劣化(進化によるものでも、環境によるものでも)を加速させる、という現実です。これは科学の問題でもあるけど、それ以上に社会の問題であるように思います。個人として生殖医療を利用することが、人類の遺伝子資源の劣化を招いているのですから。

「一家に1枚ヒトゲノムマップ」を見ると(2009-01-30追記)

以前に紹介した「一家に1枚ヒトゲノムマップ」を見ると、Y染色体の下側5分の2程度が「遺伝子砂漠」となっています。ここは遺伝子が存在しない広大な領域で、無意味な繰り返し配列で埋め尽くされています。そうであれば、この領域が失われても何も害はないわけで、それどころか無い方が都合がいいとも言えそうです。

一方、遺伝子砂漠の存在理由については別の考え方もできます。なぜ役に立たないのに保存されているのか? 本当にまったくの役立たずなのだろうか? ただ私たちの科学が不十分なだけで、砂漠の砂に埋もれている花に気付いていないだけなのではないか?

ヒトゲノム計画は(一応)完成しましたが、まだまだ知らないことはたくさんあるようです。

Y染色体と乗換え(2009-01-30追記)

乗換えとは、両親に由来する2本の相同染色体のあいだで、その一部を交換する現象です。交叉や交差ともいいます。男性においては、Y染色体はペアをつくる相同染色体が存在しないので、乗換えは起こらないはずなのですが、ごくまれにX染色体との間で乗換えを起こすことがわかっています。この場合、乗換えでSRY遺伝子(男性決定遺伝子)を失ったY染色体をもつと、XYでも女性になります。同様にXXであってもSRYをもっていると男性になります。

未来の可能性として、今のY染色体が消滅しても、乗換えでSRYをもつようになったX染色体が固定され、これが新しいY染色体になる、なんてことがあるかもしれません。

さらに考えてみると、現在のY染色体は1億7000万年前の雄ヘテロXY型の誕生と同時に出現した初代Y染色体なのか、それとも初代はすでに消滅していて、2代目、3代目のY染色体なのか、という疑問が浮かびます。もしかしたらヒトゲノムからその歴史が読み取れるのかもしれませんね。




参考サイト

5号館のつぶやき>コモドオオトカゲの単為発生(訂正と追記あり)
Wikipedia>進化オキナワトゲネズミ長さの比較
kikulog>Y染色体のコメント欄  Pediatricianさん、ありがとう

関連項目



  • 非常に良くまとまった記事だと思います。素晴らしいです。
    あの番組の問題と、それから最近よく出ている生物学的性を扱った新書
    の問題は、有性生殖がY染色体の存在の結果であるかのように論じている点ですね。
    実際は全く逆で、Y染色体は有性生殖という根幹的なシステムが利用する「ツール」ですね。
    進化や自然選択の視点がすっぽり欠けているからへんてこな方向に飛んでいくのでしょう。
    しかし進化の視点は一風きちんとした生物学者にも欠けていることがあるのでタチが悪いです。

    -- itomimizu (2009-01-26 00:22:10)
  • itomimizuさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

    ドーキンスがあんなに苦労しているのだから、私の記事で進化を理解できるようになる、などとはまったく思いませんが、正しい理解の入り口になればいいなと思って書きました。
    itomimizuさんのおっしゃるとおりで、あの福岡伸一は分子生物学者であって、進化はまるで理解しいていないということも、一般の人には理解できないでしょうね。
    竹内久美子の本が科学書だと思っている人も多いのでは。科学リテラシーって重要ですね。
    -- yu-kubo (2009-01-26 09:19:03)
  • 私もこの番組を観て,何か違和感を感じたのですが,こちらのエントリを読んですっきりしました。
    このシリーズの1と2はなかなか面白かったのに,この3番目はどういう製作意図だったのか,ちょっと疑問です。 -- Nishi (2009-01-28 23:15:52)
  • Nishiさん、こんにちは。
    番組を見る限り、製作の意図はセンセーショナリズムとしか言いようが無いと思います。
    実際のところどうなんですかね?
    -- yu-kubo (2009-01-29 08:36:56)
  • 遺伝子砂漠も全部詳細に調べられてるわけではないので、全く
    意味の無い羅列かどうかは分かりません。最近になって意味の
    無い羅列にも重要な役割がある事が分かってきてますし。
    何にせよNHKも質が落ちたなぁ・・・と思う所でありますな。 -- ririn (2009-10-22 07:04:22)
  • ririnさん、コメントありがとうございます。
    遺伝子砂漠についてはririnさんのおっしゃるとおりで、単にわかっていない領域なのでしょうね。テレビ番組の質については、それでもNHKの方が民法よりましだと感じています。
    このエントリーは、「NHKよしっかりしてくれ」という思いがあって書いた記事でした。
    -- yu-kubo (2009-10-22 07:16:48)
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最終更新:2009年10月22日 07:25